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476 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/04/11(水) 16:16:42 ID:lVF54DiY

「ヤンデレについて」 南條範夫


ヒロインの感情が極端にはしるところにヤンデレはうまれる。

問題が無く、日常生活が平穏に営まれているところにはヤンデレはあらわれない。
しかし、ひとたび問題が起こり、社会や世間、とりわけ人間関係がその問題を
和らげることができず、その状況の中で人間の感情が極端にはしる時、
あらわれてくるのはヤンデレだ。

ヒロインの感情が極端にはしる場合はさまざあって、例えば三角関係などもそうである。
私がヤンデレの女房などを小説にする場合には、三角関係を描くことになるが、男の、ヘタレの問題を
小説にする場合には、修羅場を描くことになる。私は、男の、ヘタレのことを多く小説に描いて
いるので、「ヤンデレ」が当然多くなる。

ヒロインの感情がはっきりと判るのは、病んだ時である。
ヘタレ男も一応の優しさを示す。しかしそれはどこか的外れもの、かえってヒロインを傷つけるものになる。男の場合、ヘタレになる時
その本性、読者すら敵に回すウザサが出てくる。だから男の世界を現実につかみだすとすれば、それはヘタレだ。
今も、昔からもずっと、世界中のどこでもそうだ。歴史上の問題を何か一つつかんでみるとよい。
そこを突き詰めると必ずヒロインが病んでいくような状況があるだろう。

私は主にヤンデレ小説を書いて来たが、昔の社会というものにはヤンデレがあらわれやすい。
そこでは何もかも病んでいるのだ。戦国時代の武将達のように、対立を和らげる組織がないとことでは、
それぞれが敵対者、泥棒猫と直接にぶつからねばならない。自分が勝つか相手に殺されるかだ。
また一方で、今も、昔も人々は上のものに対しても仲間に対しても、普段は感情を抑えて生きていたから、
一旦それが破れると普段抑えていたものが、みなぶつかり合う。嫉妬、独占欲、変態性欲、狂気、様々なものが一気に噴出し、
感情は極端にはしる。ヤンデレになる。

人間はヤンデレなものである、などということではない。
何か問題が発生した時、それが対立に向かわないように取りまとめようとする人ももちろんいる。
穏やかで、ヤンデレが表面化してこない社会も、歴史上いくらもあった。ヤンデレが表面化しないように
しっかり抑えるのが、そもそも恋愛物語の主人公の使命だともいえる。

しかし、問題のない物語、あってもその問題を受け入れ何も事を起こさない、マグロ、
というものは小説にならない。私はそうしたものに興味はない。

私が取り上げるのは、何か問題が生じた時、それを抑え和らげようとするのではなく、むしろ
カンカンになってしまう人間、感情を極端にはしらせる、つまりヤンデレである。(談)