※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

508 :黒の領域 最終話 ◆J7GMgIOEyA [sage] :2007/04/14(土) 01:11:08 ID:2xtY9pJZ
 始めての唇を奪われてから、僕と英津子さんの関係は否応にも深まって行った。
寂しさと孤独に耐えられない英津子さんは更に僕を求めるようになった。

愛玩動物の役割を果たしているとしても、僕は彼女の手厚い看病をなしでは生きられない体だったし、
愛情を同情として向けることしか僕にはできなかった。
 監禁生活が長引くと監禁犯に対して被害者は親近感が沸いてしまうという心理学的な内容はあるかもしれないが、

僕の場合は親近感よりも大根自体が畏怖の対象になってしまっていた。
そうである。もう、僕は大根おろしや大根の具が入った味噌汁
おでんの中に入っている大根、そして、大根を焼くという焼き大根すらも
僕は見るだけで鳥肌が立って、失神してしまうのだ。それが一番の難関である。

ひきこもりやニートよりも立ち直ることはどんな精神科医でも治療するには首を傾げることであろう。
大根は日常的に様々なところで使用されている食材だ。
これがトラウマになるってことは、日常生活にいろいろと支障が出ることは間違ない。

 さて、僕は大根トラウマ物語は本当にどうでもいいのだが。
 本題に入ろう。

 英津子さんと僕の共同生活の終わりがようやくやってきた。


「あ、あ、あなたたち誰ですかっっ!!」
 今日も僕と英津子さんはのんびりと一緒に居る一時を充分に楽しんでいた。
骨折して退屈な僕を退屈させないように英津子さんは頑張って面白い話をしている最中に

インターホンが鳴り響いたのだ。僕もこんなお日様が昇って洗濯日和な日に友人もいない
英津子さんの家に尋ねてくるのはどこかの集金人ぐらいだと思っていた。
 だが、英津子さんの取り乱した様子に僕は真剣に玄関の方向に耳を傾けた。

「須藤英津子。河野京介を拉致監禁及び暴行罪の容疑で逮捕する。ちゃんと礼状は出ているからな」
「い、い、いやぁぁああ。来ないで!! 私から京介君を取らないでぇぇぇ!!」
「容疑者をさっさと確保して、被害者を保護しろ」

 刑事らしい人間が数人で発狂して暴れる英津子さんを取り押さえていた。
その間に僕の所にももう一人の若い刑事さんがやってきて心配そうな表情を浮かべて言った。

「京介君。もう大丈夫だよ。監禁犯はもうすぐ逮捕されて署の方に連行するから」

 その大きな手で僕を気遣うように髪をぐしゃぐしゃと撫でてくる。
僕は何も答えることができなかった。
この場所から解放されるということが全く理解ができずに、英津子さんが顔を真っ赤にして
僕の名前を悲鳴のように叫びながら呼んでいる光景に呆気に取られていた。

 この状況を僕は渇望していたはずであった。
 電波女から解放される瞬間を望んでいたのに。

予知することもなく英津子さんと僕の共同生活が終わってしまうことに寂しさを覚えてしまっていた。

「き、き、き、き、京介くぅぅぅんんっっ!!」

 数人がかりで英津子さんを抑えた刑事さんたちが彼女の細い手首に手錠をかけた。

金属の冷たい閉じる音が僕達の奇妙な監禁生活の終わりを意味していた。

 こうして、僕は英津子さんから強制的に解放されてしまった。


509 :黒の領域 最終話 ◆J7GMgIOEyA [sage] :2007/04/14(土) 01:14:10 ID:2xtY9pJZ
 警察に通報したのはアパートに住んでいる住人であった。
とある日から男の子の悲鳴が聞こえるようになってきたので大家と相談して警察に通報した。
僕の両親が僕を拉致されてから数日後ぐらいに警察に行方不明者だと届けを出したそうだ。

たまたま行方を捜査していた警察が男の子の悲鳴がうんぬんの報告を呼んで、
容疑者である英津子さんのアパ-トと僕の家が近いという接点に気付いた。
もし、自宅の途中で拉致されたと考えるならば、これ以上容疑者に相応しい人物はいない。

須藤英津子の行動を常に監視していれば、一人暮らしなのに明らかに一人では食べる量ではない食料を買い込んでいる。
更に男性用の下着まで買っているのが極め付けであった。
あっさりと礼状が降りて英津子さんは逮捕されて、僕は病院に搬送されていた。

 長い監禁生活で身体がやつれてしまった僕は骨折していた足を適切な治療を受けて
病院のベットで天井を眺めている日々が続いていた。

心配した担任やクラスの友人たちは見舞いにやってきてくれたが、
両親は最初にやってきただけでそれ以降は全く来る気配もなかった。

 こうして、一人でいるととてつもない不安だけが襲ってくる。
あの両親は僕が誘拐や拉致をされたとしても、結局は何の心配もしてなかったことだ。

世間体のことを考えて、行方不明になった僕の捜索を警察に届けただけ。
他は何にもやってない。
拉致から解放した僕を元気付ける言葉をかけてもらったこともなかったんだ。
 
(京介君。今日は何が食べたい?)

(お姉ちゃんは京介君が傍に居てくれるだけで嬉しいんだから)

(京介君がいないと私は本当にダメになっちゃう。一人は本当に寂しいんだよ)

 僕を拉致した英津子さんとの日々が自然と思い出した。

どんな時も笑顔を絶やさずに俺と一緒に居ることで自分の孤独と寂しさを紛らわした人。

だが、不思議なことに拉致監禁されていたというのにあんな日常が夢のようで楽しかった。

「大人しく病院で入院している場合じゃないぞ」
 
 悪夢の日々から解放されてから始めて気付いた。
英津子さんが僕にとって大事な人だったんだと。
僕も英津子さんと同じで孤独で寂しがり屋。

同じ痛みを持っていた二人が傷口を舐め合う関係こそが僕らに相応しかった。
狭いアパ-トの一室で一緒に暮らして、英津子さんが寂しさの余りに

僕に甘えてくるような今までの生活こそが僕達が望んでいた物なんだと。



 だから、取り戻そう。


 あの素晴らしき監禁生活をっっ!!


510 :黒の領域 最終話 ◆J7GMgIOEyA [sage] :2007/04/14(土) 01:17:10 ID:2xtY9pJZ
 すぐに警察へ告訴の取り下げを僕は求めた。
 あの監禁生活の真実は僕がとある場所で転んで頭を打って、
 一時的な記憶喪失を陥った所を英津子さんに保護された。

 足を骨折して、精神的に病んでいた僕の様子を気遣って
 警察や病院に連れて行くのを躊躇している間に警察官たちが勝手に部屋へと踏み込まれたと言った
 辻褄が合うような弁解を僕は警察側は主張した。

 さすがに容疑者を庇う被害者の僕が監禁されている間にマインドコントロ-ルを受けた可能性が
 あると精神科で強制的な精神鑑定を受けた結果。精神的に正常だと認められた。

 その主張と腹黒い取引を繰り返したおかげで、英津子さんは証拠不十分で釈放されることなった。
 僕は英津子さんが釈放されるまでの間に……親と勘当して、学校には退学届けを提出していた。
 今まで大切にしていた全ての物を失っていても、それに勝る価値がここに存在している。

「京介君っっっ!!」
 感動の再会を果たされる英津子さんが釈放される日に
 僕は拘置所まで松葉杖で必死に目的の場所まで歩いた。
 今日は僕と英津子さんの新たな旅立ちを祝うかのようにどこまでも澄み渡る蒼い空が限りなく広がっていた。

「うぇぇっっんん。助けてくれてありがとう。本当にありがとうっ」
「そんなの大したことじゃないですよ」
 久々に再会した英津子さんは監禁されてあの頃と比べると痩せ細っていた。
 拘置所の生活がそこまでも過酷だったのだろうか。
 顔には生気が篭もっていないが、その瞳の輝きは僕と再び出会ったことで光を取り戻していた。

「私、思ったんです。薄暗い牢獄でずっと京介君の事を想っていたけど……。
 私が京介君を監禁してしまったことは自分勝手で酷いことをしたんじゃないのかなって」

 いや、酷いってレベルじゃねぇぞ……。
 あえて、口は出さないけど。


「最初からこうしておけば良かったんです」

「えっ?」
 英津子さんは衣服の中から取り出した大根を手慣れた仕草で僕の頭に素早く叩きつけた。
 予想すらできなかった事に反応できない僕は間抜けな声をあげて、その場に倒れ伏せた。

「監禁生活は犯罪ということはよ~くわかったので。
 次は私が京介君にちゃんと首輪をしておけば大丈夫だったんです」

 いつものように優しい微笑を浮かべる英津子さん。
 僕は薄れゆく意識の中で頬が少しだけにやついていた。


「今日からまたよろしくね。京介君」

 また、英津子さんによる監禁される日々が始まった。

 次は首輪を付けてワンちゃんプレイに走るらしい……。
 
 やっぱり、僕は早まったことをしてしまったのかな。




 黒の領域 完