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239 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23:56:07 ID:ZwzDwLr8
「・・・て、・・・きて、」
うん?なんだろうか?
「・・・起きて、・・・ねえ、起きて・・・」
全く誰だというのだろう、人の眠りを妨害するとはいい度胸だ、もう十五分ばかし寝てやろうか。
「・・・ちゃん、お兄ちゃん、起きてよ、」
お兄ちゃん?妹の理沙だろうか?いや第一、理沙は昨日の夜に自分の部屋に帰らせたのだから、
ここにいるわけがない。
「お兄ちゃん、遅刻しちゃうよ?もうすぐ八時半だよ?」
うん、八時半?ということは、急いで枕元の目覚まし時計を確認する。

こいつ、定時に鳴らなかったな!確かにセットしたはずなのだが・・・・、って、をいをい。
いきなり、OFFになっている上、セットしてある時刻が九時三十分とは、
いったいどんなことが起こったんですかね?

そんな事を考えている暇も惜しいので、てきぱきと着替えを始めつつ、理沙が持ってきてくれたトーストを食べる。
遅刻にトーストは王道ですなぁ、しかし、いかんせん喉に詰まらせることがあるのが難点だ。
実際問題としては、急いでいればどんなものを食べても同じなのだが。
割と順序良く着替え、授業の準備をすることができたので、要らぬ心配をしているのだが、
時計を見ると、出席を取り始める九時一分二十秒(当社調査)まで十分を既に切っている。

そんな状況でも、ニコニコしながら理沙は私が出発するのを待っている。
理沙は僕と一つ違いなので、同じ学校に通学しているから、遅刻するか、しないかの瀬戸際に立たされているのは
僕と同じはず。というより、何でそんなにニコニコしていられるんだ、君は?


240 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23:56:44 ID:ZwzDwLr8
咀嚼するというより、丸呑みにしたという形で、なんとか朝食を食べ終えた僕は自転車にまたがる。
理沙もちょうど同じタイミングで後ろの荷台に乗ったようだ。
普通に考えれば、二人乗りはまずいことだろうが、状況が状況だ。致し方ない。
いや、それ以前に、理沙は自分の自転車はどうしたのか?って、まあいいか。

なけなしの体力を使って、閑静な住宅地を疾風のように走りぬけ、駅前の雑踏も間隙を縫うようにして突破し、再び住宅地を韋駄天のように駆け抜ける。途中で罵声を浴びたような気がしたが、馬耳東風。
理沙が振り落とされないように僕にしがみついて、さりげなくどこが密着していようとも、どこ吹く風。
さあ、急げ急げ急げ!
校舎に取り付けられた時計の針は既に八時五十八分を指している。
校門を通過した後、仕上げに大きな孤を描いてカーブし、自転車を置き場に停める。

妹の理沙はこんな切羽詰まった状況にもかかわらず、西へ東への自転車曲芸を楽しんでいたようだ。
「じゃ、理沙また後で。こっちはかなりまずいから急ぐからね。」
「また後でね、お兄ちゃん。」
彼女は教室が一階にあるからか、歩いてすらいるようだ。それに引き換え、こっちは四階だ。時計は九時三十秒前。
南無三だが、乾坤一擲、余力を残すことなく、心臓破りの階段を駆け上がった。

ガラガラという扉を開く音。
そこに先生はいなかった、などということも無く、担任の田並先生が堂々とおわっしゃった。
クラスメイトの視線がこちらと田並先生とに向けられる。
僕が教室に入ってきたのを確認すると、時計を見て、
「おい、松本、九時一分三十八秒だぞ。一分半オーバーだ。残念ながら、遅刻だな!」
クラス内は賭けに敗れてがっかりするもの、ニヤニヤしているもの、ああだこうだと雑談しているもの、様々だ。が、例によって燃料がある以上ざわざわと騒がしくなってきた。
しかしすぐに
「シャーラップ!」
という、田並先生の十八番で潮が引いていくように静かになった。


241 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23:57:23 ID:ZwzDwLr8
田並先生の授業は数学なので自分は得意なので、さっさと定位置に着き、テキストとノートを出した。
さっきみたいにクラスががやがやと落ち着かないときも、隣に座っている北方さんは、
我関せず、とでもいう感じだ。
彼女から必要に感じない話題で誰かに話しかけるということもそうそう無く、それゆえ相手からも敬遠されるのは仕方ないが、ああまで感情を表に出さず、年齢不相応に自分を確立している彼女に驚きを禁じえない。

彼女について考えることは今まで無かったのだが、思ったよりも身近なところに
驚きというものは存在しているものだと感心してしまう。
おお、いかんいかん。授業が上の空になってしまったではないか。

「この問題は今の解法の応用で簡単に解ける。というわけで、松本、おまえ解け。汚名返上だ!」
な、なんだってー!
予習復習をせずに授業に望むこと幾星霜。肝心の授業を聞いてもいないのに、それを解けるわけもない。
「はい、分かりません。」
クラスが僕の即答にどっと沸く。
「とか何とか言って、解けるはずだろ?早く解いたどうだね?」
冗談だと思ったらしく、先生も半ば冗談めかして返してくる。
いかん。手も足も出ない。

すると、唐突に隣に座っていた北方さんが、ツカツカと黒板の前に歩み出て行って、サラサラと問題を解き始めた。
腰まであろうかという瀬戸黒のつややかな髪が、細長く華奢な四肢が、抜けるような肌の白さが、
自然と僕の目を引いた。
って、何なんでしょうかね、今日の僕は実にだらしない。
北方さんはごくごく当たり前のことのように、そう流れる水が如く、無駄が無い解き方をして、
チョークを置くとまた静かに自分の席に戻っていった。
おお、クールだな。



242 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23:58:00 ID:ZwzDwLr8
あまりにも突然に、思いもよらぬ人が思いもよらぬ行動をしたので、皆、呆気に取られて静まり返っている。
先生が気をとりなおして、「正解です。」と、いかにもとってつけたように言うが、全員無視。
おお、助かったな。危機一髪で棚から落ちた皿を全て割らずにすんだ、そんな感じだな。
なんて、人事のように納得していると、こちらに視線をあわせてきた北方さんがクスリと笑っていた。
なんだか、別の意味で怖かったぞ。借りができた、とかそんな事を考えているような、そんな感じ。

それから空中分解しまくって、訳が分からなくなった数学の授業が終わり、午前の日課、四時間は
読んでいるラノベの内容を反芻したり、アニメ版の内容と比較するという激務に費やすとあっという間に終わった。
そうすると、昼休みだ。うちの学校は掃除がないという殊勝な環境なので、
四十分間まるまる遊んでいるなり、食事をするなりすることができるのだ。
そういえば、理沙は遅刻しなかったのだろうか?まあ、何とかなっているだろうが。

帰ったら何をするものか、などと寝そべりながら考えていると、
隣の北方さんが机の上板をトントンと軽く叩いた。
「松本君、お昼、暇かしら?」
「まあ、見ての通り手持ち無沙汰ですが。」
いやはや、彼女としては普通に話しているのだろうが、なんだか気迫に押されているぞ、俺。
「・・・そう、それなら私とお昼食べない?もちろん、無理強いはしないわ。」
言葉は遠慮している内容であるが、能面とでもいうべき無表情が有無を言わせない気迫を醸し出している。
「ではご相伴させてもらいましょう。」
あれ、何で敬語?声は裏返らなかったが。

四限目が終わってからも教室でのろのろとしていたせいで、学食へ向かう人の波に乗り遅れたので、
席は十中八九取れないということが想像できたので、屋上で風に吹かれながら昼食を食べることにした。
とは言ったものの、食費すらゲームやラノベに使い込んで、エンゲル係数が大暴走している僕は断食することにした。
学食で何も買わずに屋上に上っていったので、北方さんはこちらを少し怪訝そうな顔で見ていたが、気にしない。


243 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23:58:38 ID:ZwzDwLr8
屋上は本来、開放禁止になっているのだが、鍵がかけられていないので拘束力はないに等しい。
屋上の扉を開くと、柔らかな風を頬に感じた。
こんなに心地よいにもかかわらず、今日は先客はいないようでした。
いやはや、眺めの良い屋上でこうやって風に吹かれながら、というのもなかなか風流なものだ。
用意周到な北方さんはビニールシートを鞄から取り出し、手際よく広げそこに慎ましやかに座り、
僕にも座るように促してきた。
屋上から何を考えるでもなく、新緑を眺めていると、僕の目の前で北方さんはサンドイッチとサラダを広げだした。

クスクスと笑いながら、
「食べるものがないなら、これを一緒に食べましょう。」
と言って、割り箸を渡してきた。
月の半ば位から、昼食に食べるものが無いのが当たり前なこちらとしては、何よりありがたいものだ。
そして何よりもサンドイッチは僕の大好物なんですよ、これが。
「おお、ありがたやありがたや。」
「ふふ、金欠なのは分かるけど、ほどほどにしないと体調を崩すわよ。」
さっき機嫌を損ねたかと気になったけれども、そうでないようで少し安心した。

サンドイッチに舌鼓を打つ。
このサンドイッチの味付けはなかなか大したもので、買った出来合いのものとは一味違った。
実際、北方さんは学食でこのサンドイッチを買ったわけではないから、彼女の家の誰かが作ったのだろう。
「このサンドイッチ、誰が作ったの?北方さん?」
「ええ、それは私が作ったわ。味に自信はないのだけれど、どうだったかしら?」
「とてもおいしくできたと思うよ。」
すると、昨日彼女の家で見たような自然で嬉しそうな表情をしていた。



244 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/05(土) 23:59:16 ID:ZwzDwLr8
そんな感じで楽しく雑談しながら昼食を取っていたのだが、数分後―。
「あれ、お兄ちゃんこんなところでどうしたの?」
「理沙、理沙こそ屋上に何か用でも?」
「うん、食堂が人で一杯だったから、屋上で食べようと思って。」
「なるほど、この時期の屋上は風が心地よいから、いい選択だな。」
「そうだね。お兄ちゃんこそどうしたの?私はお兄ちゃんと一緒に食べられるからうれしいんだけどね。」
「え、まあ・・・」
さすがに、飯の代金を使ってしまい何も食べられなくて、彼女に恵んでもらっている、とは言えないだろう。

ふと、横を見ると北方さんの表情は先程までのにこやかなそれとは、一変しており、いつものポーカーフェイスだった。
しかし、それにはわずかながら険があるように感じられた。
僕は何故、表情が激変したのか理解できずにいる。
理沙のほうも心なしか、表情を曇らせている。北方さんを意識しているのだろうか。
面識が無いはずの二人だから、まあ意識するのは当たり前なのだろうが、
そういった意識する、とは違ったより不穏な空気であるともとれなくはない。
まあ考えすぎか。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんと一緒に居る人は何?」
理沙の声から温かみが感じられない。僕が誰か他の女の子といることを快く思っていないのだろう。
僕がどうしたものかと対応に困っていると、北方さんは理沙に向き直り、淡々と自己紹介を理沙にし始めた。

北方さんが自己紹介を終わらせると、理沙はふてくされたような声で口を開いた。
「ふーん、なるほど、北方先輩はお兄ちゃんのクラスメイトなんだ。
でも、普通のクラスメイトなら、それだけの理由で相手が異性なのに一緒に食事をするかな?」
「別にいいじゃないかしら?松本君、今日は昼食の準備してきてなかったみたいだし、私、小食だから彼に分けてあげてた、ただそれだけだわ。」
それとも迷惑だったかしら?と静かにこちらに切れ長な目を向ける。
「え、あ、まあ、そりゃ助かったよ。」
「どういたしまして。」
するとすぐに表情を崩し、ニコリと微笑みかけてきた。
が、それが気に障ったらしく、横でそれを見ていた理沙は舌打ちをはばからずにした。


245 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/06(日) 00:00:28 ID:ZwzDwLr8
「お兄ちゃん。お金がないなら私に言ってよね。」
半ばふてくされた感じでそう言い出した。
「もし、そうしてくれれば、お兄ちゃんの分の昼食も作ってあげるからね。」
「私はね、お兄ちゃんのためなら努力は惜しまないよ。」
今度はどんなことを言い出すか、と身構えていたので、かえって拍子抜けしてしまった。
「あ、ああどうもありがとう。」
「お兄ちゃん、私、少し感情的になりすぎてたみたい。ごめんなさい。
北方先輩もお兄ちゃんに良かれと思ってしてくれたはずなのに、それを無にするようなことをしてごめんなさい。
私のことを許してくれる、北方先輩?」
北方さんは無言のまま、険のある目で理沙をみていたが、
その理沙はすぐに昼食を取らずに階段を降りていってしまった。

今日の昼食は成功だった、一部を除けばの話ではあるが。
というのも、私が作ってきたサンドイッチとサラダをあんなにもおいしそうに彼が食べてくれたから。
昨日の事であまり和食が好きではないのか、と思ったので私自身作ったことがないものだけれども、
サンドイッチを作ってみた。本来、私は薄味が好みなのだけれど、
彼の口に合うように少し調味料の量を多めにしてみた。
私は松本君はよほどおなかが空いていたのか、サンドイッチを受け取るとすぐに食べだした。
そんな彼の子供らしい所も私は好きだ。そんな無邪気な仕草や表情全てが私を和ませる。
反応が気になった私は松本君に気づかれないようにチラチラと視線を向けていたのだが、
彼は静かに黙々と食べ続けていた。
もしかしたら、慣れないことをして帰って不味いものを作ってしまったかもしれないという疑問がよぎった。
もしそうだとすれば、私は愚かなミスを二回も連続で繰り返すことになる。

『とてもおいしくできたと思うよ。』

その一言を聞けたときはそれが夢か何かのように感じられた。でも、それが夢であろうはずも無く、
現実のものとして半永久的に続くかのように喜びを噛み締めていた。



246 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/06(日) 00:01:16 ID:V1BKRB24
彼はこの時期になると趣味にお金を使いすぎて食事に手が回らなくなる。
それは既に調査済みだったので、当然彼に昼食を食べさせないで、空腹に飢えさせるなんてするはずがない。
これからもあなただけの為にお弁当を作ってあげたい。
私以外の食事は彼にとっても私にとっても信用できないものだから。
そうよね、松本君?
だから、普通の出来合いの食事ならまだしも、あんな子の作る汚染しかなさないゴミなんかを
摂らせるわけにはいかない。
いずれ彼の食生活についても探りを入れなければならないだろう。

それにしてもあの子、理沙と名乗った害毒。
私が松本君と楽しく食事しているにもかかわらず、無礼にもいきなり割り込んできて、
空気を乱すだけ乱していって、さっさと去っていく。
しかも狡猾にも形だけ謝って自分が折れてあげた、みたいな形にしてしまった。

悪いことをしたものはそれなりの罰を受けるのが当たり前なのに、それすらも臆面も無く逃れようとする。
なんという子だろう。さすがは厚顔無恥なパラサイトだ、というところかしら。
害毒がどうして普通に生活していけるのか、と奇怪に感じるが、これがいわゆる憎まれっ子世にはばかる、だろうか。

昨日の彼の痛々しいまでの話を聞いて、私が予想したレベルをはるかに上回るものであった。
あんな子が近くにいれば、松本君の苦痛は尋常じゃないだろう。
昨日も夜寝るときですら、松本君がどんな思いで針のむしろにいるだろうか、と気が気ではなかった。
それにしても、かわいそうなのは松本君。
でも、大丈夫。私の傍にいるときは、私はあなたにとってのオアシスになるのだから。
乾いた心を潤し、病や穢れを取り払う禊(みそぎ)のためのオアシスの水―。
彼が今まで私のオアシスだった、だから私も彼にとってのオアシスとなる、なんとすばらしいのだろう。
もっと彼に接近し病状を把握することが火急となる。



247 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/05/06(日) 00:02:01 ID:ZwzDwLr8
「松本君?」
「北方さん、本当にうちの妹が失礼しました。もしかして、機嫌を悪くした?」
「大丈夫よ。さして気にしていないから。」
自分が悪いわけでもないのに、愚かな害毒のために謝って、それどころか、
こんな私の心配までしてくれるなんて、本当に松本君は優しい人、それだけで私は目頭が熱くなってきた。
しかし、このタイミングで泣いてしまっては松本君の優しさを無にしてしまうので、本題に入った。
「連続で悪いけれども、今日も放課後に私の家に来てくれないかしら?」
「あ、はい。」
「承諾してくれてうれしいわ。今日は茶菓子は洋菓子にしておくわね。」
「わざわざどうも。」
せっかく松本君に私の家に来ていただくのだから、喜んでもらいたい。
下調べが十分ではなかったから、害毒の友人に聞き込ませて、午前中に調べをつけておいた。
あの害毒を伝って流れてきた情報を使って、彼をもてなすことは非常に不本意な事だけれども仕方ない。
松本君にとって、が一番なのであって、私がどう感じるか、はそれと比べられるものではないのだから。