※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

376 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 17:56:56 ID:HLEzbkKD
朝。
僕はペタペタと米を盛り付ける。
帰る前に綾緒がタイマーをかけていった炊飯器。
晩御飯と一緒につくり仕込んだ、弁当のおかず。
あんなことがあって、昨日は良く眠れなかった。
だからこんな朝早くから、綾緒の作った弁当を完成させている。
「にいさまのお食事は綾緒が何とか致します。ですからくれぐれも、織倉さまとやらには
関わらないようにして下さいませ」
微笑んで念押しをされた。
流石に詰め込むだけなら僕でも出来る。
配置の才はないが、作り終わり充分冷ました弁当を自室の鞄にしまう。
続いて朝ごはんに取り掛かる。
実はそれも綾緒が用意していった。
普段口にすることの無いような、高級な食材たち。
原型はすでに出来ているので、温めるだけで食べられる。
そうして電子レンジとテーブルの往復をしていると、こんな時間なのに呼び鈴がなった。
「珍しいな、何だろう?」
ピンポン。
歩く間もなく、2回目の呼び鈴。
ピンポン。
歩いて間もなく、3度目の呼び鈴。
ピンポン。
ピンポン。
ピンポン。
ピンポン。
大して距離のないはずの廊下を往く間、耳障りな呼び出し音が響き続ける。
ピンポン。
まるで「早く出ろ」と云わんばかりに。
ピンポン。
余程に急な用事なのだろうか?
ピンポン。
しつこく鳴り響く。
ピンポン。
いい加減煩いな。一体なんだろう?
首をひねりながら扉を開ける。
「え?」
僕は呆けた声をあげた。
「おはよう、日ノ本くん」
響いてきたのは、流麗なソプラノ。
そこには、朝は逢うことの無い織倉由良が立っていた。
学校の制服を着込み、手には鞄と、ビニル袋。
そして、いつもどおりの優美な笑顔。
「ど、どうして、先輩が?」
突然のことに、思わず尋ねる。
彼女とは家の方角がまるで違う。通学路が重なる知り合いは一ツ橋くらいしかいないはずだ。
「朝ごはんまだでしょう?つくりに来たの」
そう答えてビニル袋を持ち上げる。スーパーマーケットのロゴがプリントされたそれのなかには、
種種の食材が見え隠れしている。
「え、あ、でも」
僕がくちごもっていると、その間に先輩は靴を脱いで廊下を歩いて行く。
「あ、ちょっと、先輩・・・・!」
僕は慌てて後を追う。
「あら?これは?」
キッチンに入った先輩は、つくりかけ、否、並べかけの朝食を見て振り返る。
「日ノ本くん、朝はいつも食べてないんじゃなかったけ?起きるのもつくるのも苦手だって」
「えと、それは綾緒・・・・イトコが」
「そう」
喋り途中だと云うのに、先輩は僕を遮ってテーブルのお皿を掴む。
ドサッ、ドサッ、と音が響く。


377 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 17:59:39 ID:HLEzbkKD
それが皿の食材を廃棄している音だと気づくのに、暫く掛かった。
「せ、先輩、なにを・・・・・!」
「だめよ、こんなの食べちゃ」
振り返る。
先輩は笑顔。
けれどそれはいつもの気品と慈愛に満ちた笑顔ではなかった。
「新鮮なものを食べなきゃね。“これ”、昨日の残りか何かでしょう?そんなものを日ノ本くんの
口に入れるわけには行かないわ」
「でも」
「なぁに?」
先輩は目の前へ。
そして、僕の肩を掴んだ。
「痛っ」
「そう云えば日ノ本くん。どうして昨日は急に電話を切ったのかなあ?私、話してる途中だったよね」
「あ、その・・・・それは、すみませんでした」
「すみませんは良いの。私は“何で”って、聞いてるのよ?ねえ?私が悪かったの?貴方が悪かった
の?それとも――」
グッと、僕を掴む手に力が入る。
「一緒にいたって云う、イトコの女のせい?」
「い、痛い、先輩、痛いです」
「痛い?こうすると痛い?でもね、今はそんな話ししてる訳じゃないでしょう?私はどうして
“許可無く”電話を切ったのかって聞いてるの。わかるかしら?」
「昨日はその、ちょっと慌ててて・・・・すみませんでした」
痛みをこらえながら謝ると、先輩はとりあえず手を離した。
「昨日は私の晩御飯を食べに来なかったんだもの。朝ごはんは食べてくれるわよね?」
「・・・・・」
綾緒の用意してくれていた食材はすでにゴミ箱に叩き込まれていた。他には何もない。
「返事は?まさか食べないなんて云わないわよね?」
「あ、い・・・・頂きます・・・・」
「そう」
先輩は漸く笑顔をつくる。
「それでいいのよ。日ノ本くんは私の作ったご飯をたべ続けなきゃ。待っててね。腕によりをかけて
つくるから」
掛かっていたエプロンをつけ、腕をまくる。
「一緒にお弁当も作ってあげるから、楽しみにしててね」
「あ、それは」
「なぁに?」
「いえ、・・・・何でもありません」
綾緒がすでに用意している。
その言葉を飲み込んだ。
先輩はニコニコと笑いながら調理を開始する。
一方の僕は気が重い。
顔を上げると飾られている不気味な面と目が合った。
「そんな目で見るなよ」
呟いて目をそらす。
『深井(ふかい)』。
従妹がそう呼んでいた“面”は、恨みがましく僕を見つめていた。

空が蒼い。
屋上でははしゃぎながら昼食を摂る学生達の姿。
皆あんなに楽しそうなのに。
他方の僕は吐息する。
傷んだベンチに座る僕のひざの上には、二つの弁当箱。
云わずと知れた先輩と綾緒がつくったそれだ。
僕はあんまりものを食べるほうではないので、二つも平らげることはできない。
さりとて残すわけにも行かず、片方だけ食べるという選択肢も許されないだろう。
「どうするかなぁ」
空を仰ぐ。
すると、


378 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18:01:21 ID:HLEzbkKD
「辛気臭い顔ですね」
ちいさいのに良く通る澄んだ声がした。
幽かな軋みを伴なって、すぐ横のベンチが撓む。
「ああ、お前か」
僕は視線を横――やや下に落とす。
そこには、無表情でとても小さい少女が座っていた。
一ツ橋朝歌。
小学校のときからあまり見た目の変わっていない古い知己。
弁当箱の入っているであろう小さな巾着と、三冊の文庫本がそばに置かれている。
「珍しいな、部室に居ないなんて」
僕は云う。一ツ橋は学校に居る間は殆ど部室に篭りっきりだ。
「たまには、むしぼししようと思いまして」
「本のか?」
「私のです」
文庫本に目を遣った僕を遮るように云う。
この娘はいつも淡々と喋る。のみならず、顔を話し相手に向けないので、独り言を云い合っている
よう感じられる時がある。今もそうだ。顔は勿論、視線も向けない。
「先輩のほうこそどうしたんですか」
前を向いたまま口を開く。
「いつもなら部室で部長といちゃついているでしょうに」
「別にいちゃついてなんてないさ」
「そうでしょうか」
「そう見えるのか?」
「ちんちんかもかもです」
「・・・・・・・」
絶句する。色々突っ込みたいが無視することにした。
「ここに来る前、部室に寄りました」
一ツ橋のちっちゃい手が文庫本を撫でる。これを取りに行った、ということだろう。
「部長、今日は先輩と一緒のお弁当だと浮かれていましたが」
「・・・・・・・」
「また辛気臭い顔になりましたね」
フェンスの一部を指差す。
「あそこ、実は金網が腐ってまして、体当たりすればダイブ出来るはずですよ」
抜本的な解決策を提示する後輩。有難くて涙が出る。
「気に入りませんか」
「当たり前だ」
「そうですか」
巾着を開けて弁当箱を取り出す一ツ橋。
彼女の弁当箱は縦に長い。段々になっていて、保温性に優れている水筒のようなデザイン。
「食べないんですか?」
「食べるよ」
2つの弁当箱を見る。
豪華な御重と、普通の弁当箱。
綾緒と、織倉先輩のそれだ。量も気も、重い。
「本物の漆塗りですね。今まで先輩が持ってる姿を見たことがありませんでした。
誰にもらったんですか?」
「・・・・・」
「二人の女性からお弁当をもらって困っている。先輩の変な顔の原因は、そんなところでは?」
「ぐっ・・・」
「当たりですか」
「だったらなんだ」
「賞品を下さい」
弁当箱を指差す一ツ橋。
「食べ切れなくて困っているのでしょう?なら、食べきれる分だけ取り分けてください。残りは
私が引き受けますから」
「え?いや、でも」
後輩を見る。
こんなにちっちゃい身体に、この量が詰め込めるとは思えない。
「問題ありません」


379 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18:03:10 ID:HLEzbkKD
一ツ橋は僕の考えを見越したように口を開く。
「食べられるのか?・・・かなり多いぞ?コレ」
「多多、益益良し」
表情を変えずに少女は頷く。
――で、十数分後。
「・・・・・凄いな、お前」
視界には空になった3つの弁当箱。
無表情な後輩は特に苦しそうな様子も無く、すぐ横で本を読みふけっている。
6対4・・・いや、7対3くらいの割合で大量の食材は二人の腹に消えたわけだが、勿論僕が
『小』である。各おかずを一品ずつ食べて、それで終わりだ。弁当一個でも食べ切れなかったかも
しれない。なんにせよ残さずに済んだのは僥倖だった。
「助かったよ、一ツ橋。で、おなか、大丈夫か?」
「問題ありません。それよりも先輩」
「うん?」
「恩に感じているというのなら、交換と云う訳ではありませんが、事情をお聞きしても
宜しいですか?」
一ツ橋は本を読みながら独り言のように呟く。聞く気があるのか無いのか、今一つ判然としない。
「別に構わないが、なんでそんなこと聞きたいんだ?」
「好きなんです」
「え?」
「他人の人生を傍観するのが」
「あ、ああ・・・そういうことか」
びっくりした。
一瞬告白でもしてきたのかと思った。我ながら恥ずかしい奴・・・。
「本を読むのと同じです。他人の人生はそれがどんなものであれ観測する価値があります。
特に先輩のように大きく乱れそうな人は、最高級の娯楽です」
「娯楽・・・・」
「どうぞ先輩の口から茶番を紡いで下さい。拝聴させていただきますので」
「僕の人生は茶番か?」
「演じる人間と観覧する人間の差です。お気になさらず」
「それ、フォローのつもりか?」
僕は肩をすくめる。
一ツ橋が気にした様子は無い。仕方ないので斯く斯く然然と昨日今日の情景を告げた。
語っている間、後輩は相槌ひとつもうたない。唯、黙々と本を読んでいるだけであった。
全部を聞き終えると漸く、
「そうですか」
とだけ呟いた。
「それだけ?」
「はい」
無関心に頁をめくる。
イラストも写真も扉絵も無い無骨な文庫本。
表紙には、ただ英文でタイトルが一行。
「・・・・それ、なに読んでるんだ?」
「burlesque」
一ツ橋は抑揚なく呟いた。

ホームルームが終わる。
クラスメイト達が思い思い、予定予定に向けて歩いて往く中、僕はのたのたと帰り支度に務める。
「今日はどうしようかなぁ」
部室に往くべきか、道草でも食うか、さもなければ真っ直ぐ帰るか。
唯、なんとなく先輩には逢い辛い。
先輩は優しいから、多分今日も晩御飯に誘ってくれるだろう。
けれど、それは出来ない。
綾緒に念押しをされている。
今朝の――
今朝の一件ですら、従妹に知れたら、説教されることになるだろう。
いや、もしかしたらそれ以上のことがあるかもしれない。僕は身震いする。
懊悩し、逡巡していると廊下からざわめきが聞こえてきた。
それは次第に数を増やし、距離を詰めてきているようだった。


380 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18:05:07 ID:HLEzbkKD
なんとなしに振り返る。
それで、ざわめきの理由を知った。
「織倉先輩・・・」
数多くのギャラリーに囲まれた学園最高の美少女がそこにいた。
先輩は微笑みながら僕の前へやって来る。
「迎えに来たのよ、日ノ本くん」
「む、迎、え?」
「ええ、そう。迎え。今日も部室に来てくれるんでしょう?一緒に往こうと思って」
織倉由良は笑みを浮かべたまま腕を取る。ギャラリーたちが「おぉ」と沸いたが、僕は困惑する。
「あの、先輩」
「なぁに?」
「その、今日はどうするか、まだ決めてないんですけど」
「そう。じゃあ今決まったわね。いきましょう?」
有無を云わさず腕を引っ張る。
廊下。
そして階段へと。
「ねえ、日ノ本くん」
引っ張りながら問う。前に進んでいるのでこちらを見てはいない。
「今日、お昼はどうしてたの?」
「え?」
「来なかったでしょう?部室に。どこにいたのかなぁ?」
一緒に一緒のお弁当を食べようと思っていたのに。
先輩はそう呟いた。
なんだろう。
どうも今朝から先輩の様子がおかしい。
妙に強引と云うか、焦っているみたいだ。
「えと、それは・・・・」
なんと云えばいいだろう?
弁当の処理に困っていた?綾緒に一線引くよう云われたから?
上手く言葉が見つからない。
「まあ良いわ。部室に着いたらたっぷり話を聞かせてもらうから」
握る腕に力を込める。
その直後――
「日ノ本先輩」
ちいさいのによく通る声がした。
僕も先輩も声の主に顔を向ける。
「一ツ橋」
「朝歌ちゃん」
ハードカバーの重そうな本を小脇に抱えた後輩がそこに立っていた。
一ツ橋は感情の篭っていない会釈をして、僕らを――繋がった腕を見る。
「ちんちんかもかもですね」
ぽつりと云う。果たして先輩には聞こえただろうか。聞こえていないほうが良い気がする。
「朝歌ちゃん、こんなところで声をかけてくるなんてどうしたの?」
「先輩に用がありまして」
先輩――僕のことだ。一ツ橋は織倉由良を部長と呼ぶ。
「・・・・」
織倉先輩の腕に、また力が篭った。
「朝歌ちゃん、日ノ本くんに何のよう?“今”、“ここで”、“私にも”聞かせてくれる?」
「それは無理です」
「・・・・どうしてかしら?私には聞かせられない?」
「用があるのは私ではありませんから」
淡々と云う。先輩には殆ど視線を合わせず、用事の対象――僕に無機質な瞳を向ける。
「どういうことだ、一ツ橋?」
「来客です。先輩の連枝と主張している人が外に」
「兄弟?日ノ本くんって、一人っ子よね?」
「ええ、そうですが・・・・」
答えながら距離をとろうとする。が、先輩はそれを許さなかった。がっちりと腕を掴みなおされた。
「朝歌ちゃん、聞いての通りだけど?」
「真偽は関係ありません。そう語っている人が外にいて、先輩を“待っている”と」


381 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18:07:18 ID:HLEzbkKD
「“待つ”?呼んでいる、じゃなくて?」
織倉由良は首を傾げる。
「はい。“待つ”、です。兄の君(せのきみ)を呼びたてするような無礼はできない。そう云って
ましたけど」
「・・・・それって」
僕は顔をあげる。
「なあ一ツ橋、その娘、着物姿じゃなかったか?」
「いいえ。学生服でした。光陰館学院の」
「綾緒だ・・・」
他に光陰館に知り合いはいない。更に連枝を名乗るものとなると、一人だけだ。
「日ノ本くん」
すぐ横から、冷たい声がする。
「“それ”って、昨日、夕食の邪魔をしたイトコの女?」
「え?・・・邪魔?」
「なんでもない。ねえ、どうなの?イトコの女?」
「多分、そうだと思いますけど・・・」
「ふぅん、そう・・・」
織倉由良はつまらなさそうに呟いた。

「御初御目にかかります。日ノ本創(はじめ)が連枝。楢柴綾緒と申します。以後お見知り置きの程
宜しく御願い申し上げます」
市松人形は深々と腰を折った。
ここは学校の裏門。それほど人通りの無い――けれど僕にとっては通学路にあたる場所。
下校する生徒の幾人かが、この絶世の美少女を遠巻きに見つめている。
かくいう僕も一瞬見入る。家に来る綾緒は、いつも決まって和装だからだ。
超名門私立校・光陰館学院は、その制服のデザインでも有名だ。
優美にして可憐。軽くなく、さりとて野暮ったくも無いその意匠は評価が高い。
スカートは当然長い。光陰館では靴下は白か黒のハイソックスか、ストッキングと決まっており、
目の前の従妹の細くて長い足は黒のストッキングで包まれている。綾緒の洋装は滅多に見れないので、
なんだか新鮮だ。ちなみにうちの制服は何の可愛げも無いブレザーである。
そのブレザーに身を包んでいる女生徒二人は、それぞれ意味の異なる沈黙をする。
一人は傍観。もう一人は睥睨を。
「・・・綾緒、どうしてここに?」
“待って”いた従妹に質する。綾緒はいつも通りの穏やかな微笑で僕を見つめた。
「昨日(さくじつ)の言葉通りです。炊事一切を任されましたので、推参致しました」
その言葉に先輩が震える。僕は気づかない振りをする。
「家じゃなくてこっちに来たのか」
「はい。にいさまの学び舎を見ておくのも悪くないかと思いまして」
綾緒は笑う。すると、先輩が前へ出た。
「貴女・・・楢柴さん、だっけ?」
「はい。楢柴綾緒に御座います。織倉さま、でしたね。いつも兄がお世話になっております」
完璧な所作でお辞儀をする。先輩はどこか冷たい瞳だ。
「そう。私が日ノ本くんのお世話をしているの。今、貴女炊事がどうとか云ったけど、それは必要
ないの。彼の食事は全部私が作るんだから」
「まぁ・・・」
綾緒は上品に驚き、僕を見る。
「にいさま、織倉さまには、まだ告げていないのですか?」
「あ、いや・・・」
「左様で御座いますか」
一瞬。
従妹の瞳が細くなり、すぐにまた笑みを作る。
「織倉さま」
「なにかしら?」
「以前まで創さまの食(け)のお世話をして頂いたことには心より御礼申し上げます。ですが、以後は
その必要はありません。創さまのお世話は、妹であるわたくしが取り仕切りますので」
「なに云ってるの。日ノ本くんの食事は全部私が作るの。貴女の出る幕は無いわ」
「お心遣いは嬉しいのですが、赤の他人の織倉さまに縋るような真似は出来ません。身内事は身内が
負うべきである、と心得ておりますので」


382 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/15(火) 18:09:06 ID:HLEzbkKD
「身内とか、そんなの関係ないでしょう?これは私と日ノ本くんの話なのよ?」
「左様で御座いますね。わたくしも創さまが御心に従う所存です。もしも織倉さまの言が創さまの
希望であれば、差し出がましい口はきくつもりありません」
綾緒が一礼すると、先輩は僕に振り返った。
「ねえ、日ノ本くん、毎日私のお料理を食べたいでしょう?」
鬼気迫る――どこか威圧めいた様相。他方の従妹は穏やかに微笑んでいる。
なのにだめだ。――綾緒のほうが“怖い”。
「先輩、やっぱりこれ以上は迷惑かけられないよ」
「なっ・・・・」
「礼節を知り、遠慮を知る。それでこそ殿方。それでこそ楢柴の血縁です」
先輩は絶句し、綾緒は頷く。まるでそれが予定調和だったかのように。
「待ってよ、日ノ本くん。私は別にめいわ、」
「織倉さま」
先輩の言葉を綾緒が遮った。
「織倉さまの恩情の深さはよくわかりました。ですが、創さまの気持ちも汲んであげてください。
織倉さまの厚意などいらぬ、と云うその御心を」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」
先輩が綾緒に手を伸ばす。その瞬間――
「え」
ふわり。
織倉由良は天に浮遊し、一回転して着地する。
元通りの立ち居地。
コンクリートの上。
「御無礼。つい“叩きつける”ところでした。わたくしは創さま以外のかたに触れられると
手がでてしまうもので」
くつくつと笑う。穏やかなのに、まるで嘲笑。
「にいさま」
従妹が僕を見る。
「あ、ああ。先輩、すみません。今日は、その、帰ります」
呆然とする先輩に頭を下げる。
「一ツ橋、先輩のこと、頼む」
黙って傍観していた後輩に云う。一ツ橋は無表情に頷いた。
「にいさま、鞄をお持ち致します」
荷物を取り、半歩後ろに立つ従妹。
僕はもう一回頭を下げて、逃げるようにその場を離れた。
先輩と綾緒。
この二人は合わせるべきではなかったのではないか、と考えながら。