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534 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/26(土) 01:25:40 ID:KA6YcRrv
 夏がくると、スイカを思い出す。
 夏の風物詩といえるスイカであるが、実を言うと僕はあまり好きじゃない。

 理由の1つが、赤い果肉の中に入り込んでいる黒い種だ。
 大口を開けてスイカに噛り付くと、大量の果肉と一緒に種までもがついてくる。
 ひと噛みするごとにいちいち邪魔をしてくる小さな種の存在が、僕にとっては不快だった。

 もう1つの理由が、僕の父親の存在だ。
 僕の父親はスイカを食べるとき赤い果肉だけではなく、皮まで齧っていた。
 スイカをおやつとして出されるたび、僕は父親から赤身を残さずに食べろと
口うるさく言われてきた。
 もちろん父親と同じようにできるはずもなく、僕はいつも赤身を少しだけ残した。
 そして、父親に怒られた。スイカを全部食べなかったという理不尽な理由で。

 それらのことがあったせいで、僕はスイカというものから距離を置くようになった。
 夏休みに家で過ごしているとスイカを食べさせられるので、家にいない理由を
いつも適当に作り出した。
 図書館へ宿題をやりに行ったり、さつき姉の家に遊びに行ったり――――

 うなだれて、ため息をひとつ吐く。
 また、さつき姉のことが浮かんできた。
 たった今風呂に入っているさつき姉の裸体を想像しないために、まったく関係のない
ことを考えていたというのに。
 1畳ほどの広さもないバスルームでさつき姉がシャワーを浴びている音が、
浴室のドアを通り抜けて僕の座っている居間まで聞こえてくる。
 さつき姉がシャワーを浴びに行ってから20分が経とうとしているが、僕の主観では
2時間は経っているように感じられる。

 さつき姉の作った夕食を食べ終えた後にシャワーを浴びてからも、僕の股間と
欲望は熱くなったままだった。
 風呂上りに勃起している様を見られないよう隠すのには苦労した。
 昼食後から現時刻の午後8時50分まで、僕はずっとこんな情けない状態のまま
部屋に閉じこもっている。

 久しぶりに会ったからかもしれないが、さつき姉は僕によく話しかけてきた。
 耳に優しいさつき姉の声を聞くたび、僕の体がうずいた。
 奇妙な現象だった。いくらさつき姉が魅力的な容姿をしているからといって、
ここまで強く欲情したことはない。
 まして、さつき姉とセックスしたいなど、実家に住んでいた今年の3月までは一度も
考えたことがなかったのに。
 しかし、現に僕は今性欲を解消したくて仕方なくなっている。
 僕の浅ましい欲望をさつき姉の体にぶつけたくないのに、全力疾走した後よりも強く脈を
打つ心臓は思いに応えてはくれなかった。



535 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/26(土) 01:27:30 ID:KA6YcRrv
 浴室のドアが開く音がした。しばらく体をタオルでこする音が続く。
 足拭きマットを踏みしめる音が2つ聞こえた。さつき姉が出てきたのだろう。
 さつき姉がしているであろう行動を背中で聞いているだけで下半身に血液が送り込まれ、
欲望を閉じ込める役目を任された腹筋が固くなる。

 自分が吐く息すら強い熱を持っている気がする。
 ふと、バニラのアイスバーに息を吹きかけたら溶ける様子が浮かんだ。
 バニラアイスでもドライアイスでもいい。僕の欲望と熱を抑えてくれ。

 居間とキッチンを仕切る引き戸が開くと、シャンプーの匂いがした。
 匂いを大きく吸い込んでしまいそうになるのを必死に抑える。
 さつき姉は僕の背中に向かって声をかけた。
「ねえ、惣一。ドライヤーはどこにあるの? 私持って来てないのよ」
「え……。なに、もう1回言って?」
「なにぼうっとしてるのよ。ドライヤーは、この部屋の、どこに、あるの?」
 さつき姉は上の空の返事をした僕に言い聞かせるように言った。

 そういえば、ドライヤーはどこ置いただろう。
 部屋の空気に混ざり始めた鼻をくすぐる匂いのせいで、簡単なことの答えも見つからない。
 そうだった。ドライヤーは浴室のドアの近くにかけてあったはず。
 僕がさつき姉にそのことを伝えようとして顔を上げると、バスタオルを体に巻きつけて
部屋の中を探し回るさつき姉の姿が目に入った。
 力を振り絞り、目と顔をあらぬ方向に向ける。

「どこにあるのよ、ドライヤー。早く髪の毛を乾かしたいのに」
「浴室の、ドアの壁」
「ん? 何か言った?」
 さつき姉が、僕の目線の先でしゃがんで見つめてきた。
 湯上りで湿った髪と、わずかに濡れた肩と膝と、タオルに収められた胸の谷間が見えた。
「浴室のドアの近くの壁にかけてあるから! 早く服を着てくれ、頼むから!」
「ああ、あそこにあったのね、気づかなかったわ」

 さつき姉は立ち上がると、ぺたぺたと歩いて浴室の方へ向かった。
 ドライヤーの騒音が聞こえる。髪を乾かしているのだろう。
 時々大きくなったり小さくなったりするドライヤーの音を聞きながら、僕は長いため息を吐いた。

 ドライヤーの場所を尋ねられて答える、というだけのやりとりで僕の精神力はかなり磨り減った。
 大学の眠たい講義を受けていてもここまで疲弊しないだろう、というぐらいに。



536 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/26(土) 01:28:50 ID:KA6YcRrv
 さつき姉は髪を乾かしてパジャマに着替えると、僕の傍に座った。
 僕がさつき姉から距離をとると、さつき姉は空けた距離をすぐに詰めてきた。
 さつき姉からの逃亡は、僕の背中が壁についたことで幕を下ろした。
 部屋は6畳しかなかったから、2人居るだけでも狭く感じられる。

「なんで逃げるのよ。そんなに怖がらなくてもとって食ったりしないわよ」
 間近で声を出すさつき姉から顔をそらす。見ているだけで自制が利かなくなりそうだ。
「それに、なんだか顔が赤いわよ。もしかして夏風邪?」
 さつき姉の手が、僕の額を覆った。風呂上りのせいだろう。額に手のぬくもりが感じられた。
「うーん。熱は無いみたいだけど、本当に大丈夫?」
 今度は、身を乗り出して僕の顔を見つめてきた。
 さつき姉の美しいラインを描いた二重まぶたがよく見える。
 風呂上りから間の無い髪の毛はまだシャンプーの香りを漂わせていて、空気を柔らかくしていた。

 僕は、さつき姉の唇にくちづけたかった。
 上下の唇を舌で割り、歯と歯の間を舌の先でなぞり、唇の裏と頬の裏を舐めて、
さつき姉の舌を自分の舌で嬲りたくなった。
 ピンク色のパジャマを震える手で急いで外し、ブラジャーをまくりあげ、胸の谷間に
顔を埋めるところを想像した。触感までも、想像することができた。
 そして、さつき姉の足を開いて中へ入るところまで思考を泳がせたところで、自分の頬を殴った。
 続けて左の頬を左拳で殴る。頬骨と、拳の尖った骨が思い切りぶつかった。

「いきなりどうしたの? 自傷癖でもできてたの?」
「……もう、寝よう」
「え、でもまだ10時にもなってないけど」
「いいんだよ。僕はいつも10時には寝るようにしてるんだから」
 僕の言葉を聞いて、さつき姉は一度顔をしかめてからため息を吐き出した。
「仕方ないわね。じゃあ、もう寝ましょうか」

 僕はさつき姉に背中を向けて、深く腰を曲げながら布団を敷き始めた。



537 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/26(土) 01:30:34 ID:KA6YcRrv
 歯を磨いて、部屋の電気を消して布団に潜り込んでから、僕は自分の行動を後悔した。
 横になった僕と向かい合う形でさつき姉が布団に入ってきたのだ。
 僕が布団から出ようとすると、さつき姉に肩を掴まれて動きを止められた。
「どこに行くつもり?」
「僕は台所の床で寝るよ。さつき姉は1人で布団を使って寝ていいから」
「別にいいじゃない、一緒に寝ても。昔はよくこうやって一緒に眠ったでしょ」
「今と、昔は違うよ」
 僕が手を伸ばすまいと努力していることにも気づかず、さつき姉は言葉を続けてくる。

「ふーーん。も、し、か、し、て。さつきお姉ちゃんの体に興奮しちゃってるとか?」
 否定しようとしたら、いきなりさつき姉が僕の首に手を回してきた。
 吐き出す息まで感じとれる距離に、さつき姉の顔がある。
「でも、私を無理矢理どうにかしようとか、惣一にはできないよね」
 その言葉は、僕をからかっているようだった。
 体の中を駆け巡る欲望が、大きな津波のようになって押し寄せてきた。
 できない、とさつき姉は言った。僕に、僕自身がしようと思っていることはできない、と。
 僕がしたくなっていることなど、さつき姉は気づいていないようだった。

「ふふ、できないわよ。惣一には、まだそんなことはできないって」
 さつき姉は、鼻から小さく息を吐き出しながら笑った。
 僕は、さつき姉の笑顔を汚してやりたくなった。
 苦痛に顔を歪めさせて、身を捩じらせて、僕の思うままに弄びたい。
 いつまでも子供のままだと思っているさつき姉の考えをひっくりかえしてやりたくなった。
 さつき姉を喘がせて、呼吸と体を乱れさせて、涙を流させて――――?

 涙を流させる?さつき姉に、か?
 初恋の人に、また涙を流させようというのか、僕は?



538 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/26(土) 01:32:33 ID:KA6YcRrv
 僕が高校時代に好きだった女の子は、さつき姉が原因で離れていった。
 だから僕はさつき姉を無視し続けて、寂しい思いをさせた。そして泣かせてしまった。
 最後には一言も言わずにこの町へやってきた。
 僕と再会するまで、さつき姉が寂しい思いをしていたのは違いない。
 久しぶりに僕に会いたいと思ってやってきたさつき姉を、僕は自分の欲望のままに泣かせて、
汚して、傷つけるのか?
 今度こそ、決定的な傷をつけてしまおうというのか?

 僕にそんなことができるわけ、ないじゃないか。
 僕はさつき姉を嫌っているわけではない。むしろ、好きなままだ。
 ただ、まだ時間が欲しいんだ。僕の頭が冷えて、さつき姉を心から許せるまで。
 だから、今は。
「おやすみ、さつき姉」
 こうやって、背中を向けていたい。

 さつき姉と向かい合っていたときとは違い、僕の欲望は鎮まり始めていた。
 緊張が解き放たれて、精神の疲労が心地よく眠りに導いていく。
 まどろみの中で、さつき姉の声を聞いた。
「ふう、仕方ないわね。……まさか耐え切るだなんて思わなかったけど。
 でもいいわ。今日のところはお休みなさい、惣一。また、明日ね」

 開けたままの窓から入り込んだ夜風が、カーテンを揺らし部屋の空気を押し流していく。
 昼間のうだるような熱気のない、肩を優しく撫でてくれる風だった。