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42 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/31(木) 00:40:02 ID:rpZeIlfO


 空が青くて雲は白く、汗をかいた体に向かってときおり心地よい風が吹き、遠くの
アスファルトの上に陽炎が立ちのぼる午後の2時。
 僕はアパートの近くの本屋で涼みつつ、立ち読みをすることにした。

 最初はいつもの習慣でライトノベルコーナーへ向かった。
 目当ての本はコーナーの目立つ場所にあってすぐ見つかったけど、新巻はまだ
発売していないようで、見飽きた拍子だけが並んでいた。
 僕が目当てにしているライトノベルはファンタジーものだ。
 作者はライトノベルを発行しているわりには固い表現を好む人で、僕はときどき
読むのをためらうのだが、挿絵の好みのせいで上手いこと読まされてしまう。
 そうは言っても、読み始めるとそのまま流れるように最後まで読んでしまうほどには
面白い本ではあるのだ。
 僕が残念に感じるのは、プロローグの突飛さが僕の好みと合致していないという
ことだろうか。

 ライトノベルコーナーを離れて次に向かうのは、ホラー小説コーナー。
 僕は別にホラー小説を好んで読んでいるわけではないのだが、好きな作家がいるのだ。
 いや、その作家の選ぶテーマが好みである、と言いなおした方がいいかもしれない。
 好きな作家がテーマにするのは、人間の嫉妬や執念といったものだ。
 人間が執念をもつ対称が人であったり、金であったり、車や金品であったり、俗な欲求
であったりはするものの、読んでいる分には楽しめる。
 時々胸の内側が痛むこともあるけど、ついつい読んでしまうのだ。

 しかし、今日は新しい本を探しにきたわけではない。
 僕が今参考にしたいテーマは、女性が男性へ向ける感情とそれが向かった先にあるもの。
 もっと分かりやすく言えば、恋愛に関するものだ。

 山川は言った。危機感を持ったほうがいい、と。
 さつき姉の行動が、僕を想うあまりにしたことなのかはわからない。
 なにせさつき姉の様子が昔と変わらなさ過ぎて、僕の心配が杞憂に過ぎないのではないか
としか思えない。だが、現時点ではなんとも言えない。
 山川がオレンジジュースを入れ替えていなければ、僕は今頃深い眠りに落ちていた。
 その後で僕と山川が一体どうなっていたのか?
 女性が恋人の男性を動けなくして、恋敵の女性を無防備な状態にさせた場合、一体なにを
するのか?僕はそれが知りたかった。

 棚から同じ作家の本を順に取り出して読み、参考にならないことを知って棚に戻す。
 何度か繰り返すうちに目当ての作家の本は全てめくり終わったが、成果なし。
 時刻は夕方の6時になっていた。

 自動ドアを通り抜けると、夕方らしく気だるい雰囲気を纏わせた風がゆるく吹いてきた。
 僕はさつき姉と顔を合わせた光景を想像し、なにを言われるのか予想した。
 今までどこに行ってたんだ、と言われる可能性が高そうだ。



43 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/31(木) 00:41:15 ID:rpZeIlfO
 201号室の玄関を開けて部屋の中に入った僕を迎えてくれたのは、さつき姉の笑顔だった。
「おかえりなさい、惣一。待ってたのよ」
「……ただいま。ところで、待ってたって、なんで?」
「一緒に買い物に行きたかったから、惣一が帰ってくるまで待ってたのよ」
「ああ、そういうことか。ごめん、遅くなって」
「素直でよろしい」

 意外なことに、どこに行っていたのか、とは聞かれなかった。
 僕がさつき姉が眠っている間に外出していることについて何か言われるのではないかと
思っていたのだが、さつき姉はそんなことはどうでもいいような態度だった。
 むしろ、僕と一緒に夕飯の買い物に行くことのほうが大事なようだった。

 やはり、杞憂だったのだろうか?
 さつき姉が僕をどうにかする、というのは僕の妄想に過ぎなかったのか?
 それならば、山川の体が痺れたこととさつき姉が突然眠ったことの理由はなんだ?
「ほら、早く行きましょ。山川さんが持ってきたケーキだけじゃ、さすがにバランスが悪いわ。
 さつきお姉ちゃんがしっかりとした料理を食べさせてあげる」
「……うん」
「元気ないわね。どうかした?」
 僕は何でもないよ、というふうに首を振った。

 夏の7時はまだ暗くなくて、日差しが強くない分散歩に適している時間帯だ。
 歩道を歩いていて聞こえるせみの鳴き声と夕方の明るさの組み合わせは、どこか落ち着く。
 今日の忙しい時間帯は終わりました。家に帰ってゆっくり過ごしましょう。
 そんな空気をどこかから感じ取ってしまう。

 僕はとても健やかな気分になっていた。
 肌はさらさらで、地面につく足は軽くて、まるで扇風機に吹かれているように思えた。
 前を向いている僕に向かって、さつき姉が声をかけてきた。
「惣一、なんだか嬉しそうな顔してるわよ」
「そんな顔してたかな」
「うん。まるで何も心配することなんかない、って安心してる人みたい」
「心配……」
「うん?」
「ううん。さつき姉の言うとおりだよ」

 心配することなんかないのかもしれない。
 僕のいる世界は、本当は混沌をはらんでいるくせにこれだけ涼しげだ。
 耳が寂しくなるほどに静かで、せみは遠慮したように遠くで騒いでいる。

「ねえ、手を繋いで行かない?」
「うん……って、もう繋いでるじゃないか」
「事後承諾ってやつよ」
 さつき姉の手の感触まで涼しくて、心地よかった。



44 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/31(木) 00:42:42 ID:rpZeIlfO
 スーパーからの買い物を終えて、自宅に帰り着くころには僕の腹はかなり空いていた。
 さつき姉は料理を手伝おうとする僕を居間に座らせると、1人で料理を始めた。

 僕は窓を開けて、外の空気を取り込むことにした。
 2階から見下ろす民家はどこも明かりが灯っていて、人が住んでいることを主張していた。
 遠くで救急車の音が聞こえた。距離感を掴みにくいサイレンの音はアパートに近づいて
くるかと思ったら、まったく見当違いの方向に音を向けた。
 何の感慨もわかない、夜の光景。僕が望むもの。
 僕はこんな平和な場所にいる自分が、本当はここではない場所にいるのではないかと思った。
 平和すぎて、無駄なことを考えて、無為な時間を過ごしてしまうのは良くないことなのだろう。
 でも、僕はここから動きたくなかった。動きたくなくなってしまった。
 これが堕落なのかもしれない、と遠くの明かりを見ながら見当をつけた。

「お待たせ。チャーハンができたわよ」
 さつき姉は両手にチャーハンの皿を持って、テーブルの上に置いた。
 テーブル前に座ったさつき姉と向かい合うように、僕も座る。
「惣一。これ、いる?」
 さつき姉は右手に粉の入ったビンを持って、僕に見せた。
 たぶんコショウかなにかだろう。僕はさつき姉に向けて頷いた。

「ふふふ、じゃあ、さっそくふりかけましょうかね~」
 そう言うと、さつき姉はチャーハンに満遍なくコショウをふりかけた。
 僕は上下に動く白い腕をぼーっと眺めていたけど、その腕がいつまで経っても止まろうとしない
ことに気づいて慌てて止めた。
「さつき姉、かけすぎだって!」
「あら、そう? まだ足りない気がするけど」
「あーあ、大丈夫かな、これ」
「平気平気。たぶんコショウとの比率はちょうどいいはずだから」
「……比率?」
「あ! ううん、なんでもないわよ。どうぞ、召し上がれ」

 あやしくはあったけど、さつき姉の言動がおかしいのは以前からだった。
 僕はスプーンを動かしてチャーハンを口に運んだ。
「……うん。あまり塩っ辛くはなってないね」
「でしょ。ねえ、もっとかけてみない?」
 僕は否定の動作の代わりに、チャーハンを食べ続けることで応えた。



45 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/31(木) 00:43:52 ID:rpZeIlfO
 食後に本を読みながら考える。
 一体、性欲というものはどこからやってくるのだろうか、と。

 腹が減った場合には、空腹であることを脳が理解することで食欲が湧いてくる。
 眠たくなる理由はよくわからないけど、おそらく脳に睡魔か何かが棲みついているのだろう。
 時と場合によるだろうけど、食欲も睡眠欲も性質の悪いものではない。

 1番性質の悪いのは、性欲というやつだ。
 女の場合はわからないけど、男はときどき理由も無くセックスがしたくなる。
 しかも性欲を喚起されるきっかけが、女性(一部例外あり)の体に接したり裸体を想像する、
という簡単なものだったりする。
 根源的な欲求の中にエロスというものが存在しなかったら文明はここまで発達はしなかった。
 性欲とは人間に必要不可欠なものだと思う。

 だが、世界に存在するあらゆるエロスに対して、理性を強固にする役目を果たすものは
あまりに少なすぎる気がする。
 完全に性欲が無くなってほしいと考えたことはないけど、体のツボを刺激しなければ性欲が
湧いてこないように身体構造が変わってほしいと考えたことはある。
 そして、たった今もそんな起こりもしない幻想を見る自分がいる。

 僕は部屋に置いてある文庫本を読んでいる。
 現代日本文学を支える人の書いた小説である。が、たった数行読むだけで物語のあらすじを
忘れてしまう今の僕にとっては、有名であろうとなかろうと同じことだ。
 さつき姉は僕と同じように本を読んでいるけど、ときおり僕の顔をちらちらと見てくる。
 見られるたびに僕は落ち着かない気分にさせられる。

「惣一」
「……なに」
「ミニスカートとロングスカート、どっちが好き?」
「わからない」
「じゃあ、黒い下着とフリルの付いたピンクの下着、どっちが好き?」
「わからない」
「それじゃあ――」

 さつき姉が言葉を紡ぐ前に、僕は立ち上がった。
 本をカラーボックスに戻す。表紙が折れ曲がって入ってしまった。
 このままでは、今度こそさつき姉を犯してしまう。
 どこか、1人になれる場所を探してそこで解消しよう。
 惨めだけど、もうそれしか方法が無い。



47 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/31(木) 00:45:56 ID:rpZeIlfO
 僕が無言のまま玄関へ向かっていると、さつき姉が後ろについてきた。
 僕は、なるべく突き放すように言うことにした。
「しばらく散歩に行ってくるから、先に寝てて」
「ちょっと、どこに行くつもり?」
「どこでもいいだろ」
 さつき姉のいない場所なら、どこでもいい。

 靴を履いて玄関を開けようとしたら、さつき姉が僕の腕を掴んで、胸に抱いた。
 腕を柔らかい感触によって刺激される。もどかしすぎて喉が詰まる。
「1人では行かせないわ。惣一は、私と一緒じゃなきゃどこにも行っちゃいけないのよ」
「そんなこと、誰が決めたんだよ」
「私。だいたい、1人でどこかに行ったら変な女が近寄ってくるかもしれないわよ」
「むしろ、その方が好都合だ」
「は? なに馬鹿なこと言ってるのよ。こんな時間に男に寄っていく女が
 なにを目的にしているか、知ってるの?」
「知ってる」
「それなら、なんで――」
 しつこい。もうこうなったら、体でわからせるしかない。

 さつき姉の顎を右手で上げて、唇を見る。小ぶりな唇。とても柔らかそうな唇。
 とても美味そうだった。味わってみたくなった。どうしようもなく、欲しくなってしまった。
 僕は、強引にさつき姉の唇にキスをした。

 さつき姉はキスされた途端、びくりと動いた。
 同時に唇も動き、僕の唇も形を変えた。
 腰に両手を回し、強く抱きしめて、さらに強く唇を押し付ける。
「ん……んぁ……そうい、ちぃ…………めぇ……」
 そう言いながらも、さつき姉は抵抗しようとはしない。

 さつき姉のシャツの上から、背中を撫でる。
 腰から上に這わせていくと、抱きしめている体がふるふると動く。
 シャツの下に手を入れて、くぼんだ背筋に指先を当ててくすぐると、
さつき姉は身をよじらせた。
 固い線のようなものが指に当たった。ブラジャーのホックだ。
 僕はそれを外そうとすると同時に、さつき姉の唇を舐めて――――そこで止まった。



48 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/31(木) 00:47:15 ID:rpZeIlfO
 目前にあるさつき姉の両目から、涙が流れていた。
 閉じられた目は僕の方を見ていない。だけどそれは僕の一方的な蹂躙に
耐えるためにしているだけで。
 僕に、応えているわけではない。

 腰から手を離すと、さつき姉はその場にへたりこんだ。
 そして、何故か笑い出した。
「う、ふふふ、ふふふふふふふふ。
 キス、したわね。私に、ようやく、キスを……うふふふふふふふふぅ」
 僕は声をだせなかった。
 自分がいくら冷静ではなかったとしても、さつき姉にやってしまったことはどうしようもない。
 取り返しのつかないことをしてしまった。さつき姉を、傷つけた。
 ずっと昔から友達だったのに。綺麗なままでいてほしかったのに。

「あ、ああ、あ……ご、ごめん……」
「謝らなくてもいいのよ。さつきお姉ちゃんは、あなたのことずっと見てたから。
 惣一が私のこと、ずっとそういう目で見てたことも、知ってるんだから」
「こ、これは……僕は、違っ、て……」
「いいのよ。さあ、私を思うままにしてちょうだい」
「っ! ごめんっ、さつき姉!!!」
「あ! ちょっと!」
 僕は勢いよく扉を開けて、外に飛び出した。



49 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/31(木) 00:48:32 ID:rpZeIlfO

 なんで、どうしてさつき姉を傷つけるようなことを、僕は……。
 くそっ!くそっ!くそっ!僕の馬鹿!阿呆!変態!
 もう、さつき姉は僕と会ってくれない。間違いなく。
 もうすぐ、前みたいに仲の良い友達になれると思ったのに。

 階段を3段飛ばしで駆け下りる。
 夜の暗さのせいで、地面に足をついたときバランスを崩してしまった。
 早く走りたい。走って忘れたい。何も考えたくない。
 最低だ。僕は。

 震えて上手く動かない足に力を込めて走り出そうとしたら、何かが右の地面に着地する音が聞こえた。
 何だ?同じアパートの住民か?
 と思い、音がした方を振り向いたら。

「惣一……あそこまでしておいて、逃げるってことは、ないんじゃない?
 もしかして――私に、恥をかかせるつもり?」
 さつき姉だ。地面に手をついて、しゃがんだまま僕を睨んでいる。
 2階を見る。階段の手すりは目線よりもずっと上にある。あそこから飛び降りたんだ。
 そこまで、僕を恨んでいるのか――。

「早く部屋に戻りましょう。さつきお姉ちゃんが、たっぷりお仕置きしてあげるから」
「あ、あああ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 僕はそう言うと、さつき姉に背中を向けて、
「っへ? あ、ちょっと待ちなさい!」
 さつき姉と、自分のやったことへの後悔から逃げ出すように、走り出した。