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112 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/06/03(日) 22:51:12 ID:biq4Qk+P
 今日は12月24日。クリスマスイブ。
 僕が通う大学は今日から冬休みに突入した。
 帰り道で近くのスーパーに寄って食材を購入し、ケーキ屋で予約していた
クリスマスケーキを持って、僕は自宅にたどり着いた。
 住んでいる場所は、春から住んでいるアパートから変わりない。
 実を言うと、さつき姉と初めて結ばれた夏休み、僕は窮地に立たされた。

 さつき姉に、大学を中途退学してくれ、と言われたのだ。
 さつき姉の言い分によると、夫婦は同居するのが当然であり、別居など許される
ことではない、とのことだった。
 僕は当然、反対した。僕はまだ大学で文学を学びたかったし、なにより親の目もあった。
 文学部という就職に有利ではない道を選ばせてくれた両親の期待に、僕は応えたかった。
 小説家を目指しているわけではないが、それでも大学中退だけはしたくない。
 僕がさつき姉にそう言ったら、さつき姉は条件付きで応じてくれた。

 さつき姉から出された条件は、3つ。

 まず、婚姻届を提出すること。
 これに関しては僕自身さつき姉と結婚できるということに浮かれていた部分もあり、
すぐに条件を呑んだ。
 さつき姉が、後は僕の印鑑を押すだけ、というところまで記入済みの婚姻届を
取り出したときにはさすがに驚いたが。

 次の条件は、さつき姉が大学卒業したら同棲すること。
 これは僕にとって願ってもない条件だったので、了承した。
 どうやらさつき姉は夏休み前に、僕の住む町の企業で内定をとっていたらしい。
 最初から僕と住むことを目的にして選んだらしく、僕は正直言って嬉しかった。
 夏休み以前から僕の住所を知っていた、という部分に僕は首を傾げたが。

 最後の条件は、毎日の朝昼夕、電話をすることだった。
 夫婦が連絡を取り合うのは当然ということらしい。
 これに関しても、僕は条件を呑んだ。もとより反対する理由さえなかったが。

 僕は携帯電話を取り出して、さつき姉へ夕方の連絡をすることにした。
 アドレス帳からさつき姉の番号を呼び出して、通話ボタンを押す。
 1コール、2コール、3コール、と待っても出ない。
 さつき姉にも忙しいときがあるのだろう。
 僕は電話を切って、料理を始めることにした。
 今日のメニューはさつき姉の要望により、鳥のから揚げを作ることになっていた。
 クリスマスの時期は鶏肉は安く売られている。
 僕自身から揚げが好きなところがあり、大量に買い込んでしまった。

 鶏肉を適当な大きさに切り、味付けをして、卵と片栗粉の中にとおす。
 全部の鶏肉の下準備を終えて次の手順に移ろう、としたとき。
「きったがーわくーん、開けてーー」
 という、友人であり恩人でもある山川の声が聞こえた。



113 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/06/03(日) 22:52:17 ID:biq4Qk+P
 ドアを開けると、山川が片手にケーキ屋の箱を持って立っていた。
 僕にケーキの入っている紙箱を渡すと、部屋にずかずかと踏み込んできた。
 疑問に思ったことを、聞いてみる。
「なんで山川がここに? 今日は彼氏と過ごすんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったよ。だったん、だけど……」
 山川が肩を落として、絵に描いたようにしょんぼりとした。
 まるで、遊園地に行く約束をしていたのに、父親に約束をすっぽかされた子供のような仕草。
 もしかして、また……。

「昨日、アパートの階段で転んで骨折してね。今入院中」
「……それは、また。不運なことで……」
「ああ、なんで大切なイベント前には彼氏と一緒にいられないのかな。
 しかもどうしていつも北河君と一緒にいるんだろ」
「それは山川が僕のところにくるからだろう」
「だって、他の友達は皆恋人と過ごすとか言って会ってくれないんだよ!
 そしたらもう、北河君の家に来るしかないじゃん!」
「僕も皆と同じなんだけど」
「ああ、そうだったね。綺麗な奥さんと2人っきりで甘い言葉をささやきながら食事して、
 とびっきり甘い言葉を交わしながら抱き合うんでしょ! ふん!」

 山川はそこまで言うと、浴室へ入っていって、扉を閉めた。
 扉の隙間から飛び出した手が、服と下着を床へ放り投げる。
 水音が聞こえてきたので、山川を放っておいて調理を再開することにした。

 フライパンに油を入れて、火を点けようとしたときだった。
 マナーモードにしたままの携帯電話が振動して、着信を報せた。
 取り出して、携帯電話の画面を見る。さつき姉からの電話だった。
 通話ボタンを押して、電話に出る。
「あ、惣一? ごめんね、電話に気づかなくって」
「いや、気にしないで、さつき姉」
「……訂正」
「あ! ごめん、えっと、その…………さ、さつき」
 電話の向こうから、キャー、という甲高い叫び声が聞こえてきた。
 ちなみに、さつきと呼ばないとさつき姉は怒る。目の前で口にしたらまず手が飛んでくる。
 鼻先をかすめて拳が振るわれるので、僕にとっては死活問題である。
 心の中ではまだ、昔のままの呼び名だけど。



115 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/06/03(日) 22:53:56 ID:biq4Qk+P
「惣一、頼んでおいた食べ物は買ってきた?」
「うん、おかずもケーキも、全部買ってきた」
「よしよし、後はメインディッシュの到着を待つのみ、というところね」
「あはは……」
 この辺りで、いったん通話を終えようとした時だった。

「北河君、バスタオルとってーー!」
 浴室の扉から頭を出した山川が、僕に向けてそう言ったのだ。
 僕はバスタオルをとって、山川を見ないようにして渡した。
 一連の動作は、まったく自然に行うことができた。無意識のうちの行動だったと言っていい。
 だから、気づいたときには遅かった。
 さつき姉と電話が繋がっていることを忘れていたのだ。

「……ねえ、あなた?」
「な、何かな?」
 電話の向こうから聞こえてくる声が、耳に痛い。
 かといって耳をそらせば何か物騒なものが飛んできそうで、動けない。
「赤と白だったら、どっちが好き?」
「えっと、あの、これは……」
「じゃあ、パンクしたタイヤと絞り切られた雑巾なら、どっちが好き?」
「さつき、ごめ……」
「あら、つぶれたトマトの方が好き? わかったわ、準備するから家で待っててね」
 僕が何か言おうとする前に、さつき姉は電話を切った。
「ふー、いい湯だった。北河君も入ったら?」
 無邪気な山川の声。僕は反射的に頷きを返した。

 申し訳程度に存在する台所の窓から、空を見る。
 時刻は7時を過ぎていて、空には星がいくつか光っていた。
 雪が降りそうな天気ではないけど、空気は冷えて、乾燥し、風が吹いていた。
 窓から入り込んだ風を受けて、僕は少しだけ震えた。

 思い出すのは、今年の夏のこと。
 去年までの夏の暑さは覚えていないけど、今年の夏の暑さは覚えている。
 初恋の人と再会して、勝手に失恋して、その後で告白してOKをもらったこと。
 それらを思い出すと夏の暑さまで一緒に思い出せる。
 思い出した夏の暑さと比べて、僕に吹き付ける風は嘘みたいに寒かった。
 出来ることなら、来年の夏を無事に迎えたい。

 さつき姉――訂正。本名、北河さつきと一緒に。