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178 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/06/05(火) 00:24:16 ID:z5DhbTSq
第十三話~無計画な2人~

 華に二度目の告白をされた。
 それだけならいい。女性には何度告白をされても嬉しい。
 俺が気になっているのは、華の告白に込められた想いの強さだ。
 華に初めて告白されたとき、正直言って嬉しかった。だが、あまり真剣には受け止めていなかった。
 男を美化するあまりに行われる、ごくありふれた告白と変わりないと思っていた。
 しかし、昨日の華の様子を見ていると、その考えは吹き飛んだ。

 俺のことを昔から思っていた、俺が他の女と付き合っていたとき悔しかった、
俺が就職して離れていったときには寂しかった。
 どう考えても、幼馴染としての好意とは違うものだった。
 執着心、嫉妬、怒り。
 持てる感情の全てをぶつけるような華の様子は、普段の冷静なあいつとは程遠いものだった。

 華の気持ちに対して、どう応えるべきなのか。
 俺は華に対して好意を持っているが、華を性的な対象としては見ていない。
 そんなものは付き合っていくうちに変わっていくだろうが、問題はそこではない。
 華を受け入れてしまっていいのか、というところが問題だ。

 あの時、かなこさんが死んでしまってもかまわない、とまで華は言った。
 華とかなこさんが向かい合ったとき、絶妙のタイミングで爆発が発生していなければ、
華とかなこさんはぶつかっただろう。
 その結果がどうなるのかはわからない。ただ、無事では済まないということはわかる。
 取り返しのつかない事態になっていた可能性もある。

 そう思うと、華の気持ちにどうやって応えるか、迷うのだ。
 気持ちに応えるより先に華の性格を矯正してやるべき気もする。
 それとも、華の性格が歪んだのが俺のせいだというなら、気持ちに応えるべきなのか。
 だが、それだけの理由で付き合うというのもおかしい。
 そんな不真面目な気持ちで付き合うのは、華に失礼だ。

 ……ふう。
 肩の力を抜いて、ため息をひとつ。
 大仰な動きをすると、店長に何を言われるかわからない。
 ただでさえ今日は遅刻して大目玉をくらっているというのに。

 俺は今、アルバイト先のコンビニでレジ当番をしている。
 菊川の屋敷から十本松の案内に従って自宅に帰って、最初に思いついたのは今日はアルバイトの日だということ。
 昨晩はかなこさんに襲われたせいもあり、体はとてもだるかった。
 それでも体に鞭を打って全速力で自転車をこいで来られたのは、店長の教育の賜物だろうか。

 レジのカウンターに立って雑用をしながら、昨日のことを思い出す。
 かなこさんとの情事、前世の絆、華の告白、爆発事件。
 どれもこれもが日常とはかけ離れているものばかり。そして、全てが俺と無関係ではないということ。
 俺自身がどう動くべきか、それすら決まっていない。



179 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/06/05(火) 00:25:59 ID:z5DhbTSq
 午後4時。アルバイトを終えて、今は事務所の椅子に座っている。
 今日は午前8時から12時までシフトが入っていたが、家に帰りついたのが11時だったため、
繰り下がって12時から午後4時までのシフトになった。
 どうやら、香織が俺の代わりに入ってくれていたらしい。
 本当に香織には世話になりっぱなしだ。後で何かお礼をするとしよう。

 事務所のテレビをつけて、ニュース番組にチャンネルを合わせる。
 予想通り、菊川邸で発生した爆発事件のことを報道していた。
 今朝の午前7時ごろ、菊川邸にて二度の爆発が起こった。
 犯人の名前や、犯行の動機などは不明。
 死傷者の数は報じられていない。
 二度の爆発以降、目立った破壊行為は見られない。
 他の局にチャンネルを合わせてみても、内容は同じだった。
 どこでも人的被害についての情報は一切流れていない。
 せめて、かなこさんが無事かどうかだけでも知りたかったのだが。

 俺が気になるのは、犯人の正体だ。一体誰が菊川家に爆弾をしかけたのか。
 テレビでは菊川家当主を狙ったテロだ、恨みによる犯行だ、無差別テロだ、
と色々な可能性が議論されていたが、どれも的を射ていない。
 被害者が公表されていないのが意見の混乱を煽っているのかもしれない。
 せめて知り合い――かなこさんと十本松が無事でいてくれればいいのだが。

「あ」
 今思い出した。十本松に無事に帰りついた、と連絡することを忘れていた。
 アパートに帰り着いてから、すでに5時間が経っている。
 いつまでに連絡しろとは言われていないが、早めに連絡した方が良いだろう。

「……連絡が遅れてすまん。……11時に帰り着いたぞ、と」
 簡単な文章を打って、十本松宛のアドレスに送信する。
 送信してからあまり時間を空けずに、メールが着信した。
 十本松か?やけに早いな、もしかして連絡がくるまでじっと待っていたのだろうか。
 携帯電話を見つめながらじっと待つ十本松……想像できるのがなんだか嫌だな。

 メールを開いて送信者を確認する。送り主は十本松ではなく、華だった。
 なんとも絶妙なタイミングで送ってくるものだ。
 それに、華が俺にメールを送ってくるなんて珍しい。
 アドレスを交換してから一度もメールを送ってこなかったのに。

 本文には『おにいさん、アルバイトは終わりましたよね? 早く帰ってきてください』と書かれていた。
 なんで華がアルバイトの終わる時間を知っているんだ?
 アパートに帰ってきたらそれぞれ自分の部屋に入ったから、華は俺の部屋には入っていないはず。
 カレンダーにはシフトの時間を書いているが、それを見なければわかるはずがないのに。
 まさか部屋に入りこんだりは……さすがにしないか。



180 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/06/05(火) 00:27:41 ID:z5DhbTSq
 店に出て缶コーヒーを買って、事務所に戻って、缶コーヒーを飲み干しても十本松から連絡はなかった。
 無理もないか。なにせ十本松は菊川の屋敷に部屋を持っているんだし、かなこさんとも知り合いだ。
 事情を聞いたり、聞き出されたりで忙しいんだろう。向こうからの連絡待ちだな。

 缶コーヒーをゴミ箱に突っ込んで、さて帰ろうか、としたとき。
「雄志君。ちょっと待ってくれないかな」
 後ろから肩を掴んで、俺を制止する人物がいた。
 振り返る。腰に手を当てて、俺を見つめる香織がいた。
 俺の経験に基づく推測によると、香織は不機嫌なようである。

「最近、雄志君は遅刻が多すぎるよ」
「すまん。今朝はいろいろあったんだ」
「いろいろって、何?」
「えっと……」
 まさか昨晩俺の身に起こったことを言うわけにもいくまい。
 とりあえず、事実をぼやかして伝えるとしよう。
「友達と一晩中飲んでたんだ。そのせいで起きたのが11時だったんだ」
「嘘っぽい」
 勘づかれた?そこまで俺は顔にでやすい人間だったのか?
「雄志君に、ボク以外でそこまで仲のいい友達、いた?」
「……ああ、そういう意味か」
 何気に失礼な発言だな。
 俺に友達がいないみたいじゃないか。……あながち外れてもいないけど。

「もしかして、その相手って……華、ちゃん?」
「は?」
「華ちゃんじゃないの? 一緒に飲んでいた相手って」
「なぜそうなる。あいつはまだ未成年だぞ」
 正論を言ったつもりだった。
 が、香織は疑惑の眼差しを俺に向けたままである。
「お酒に酔った華ちゃんを、無理矢理どうにかしようとしたとか……」
「そんな犯罪行為に身を染めるほど俺は馬鹿じゃないぞ」
 第一、華にそんな手が通用するはずがない。
 
「華ちゃん、可愛いから。雄志君が華ちゃんを選んだとか」
「……安心しろ。まだ選んではいないから」
 言い聞かせるように静かな口調で言う。
 香織は俺に好きだと言っていた。だから隣に住む華のことが気になっているんだろう。
 俺自身、自分の気持ちに整理がつかない。いろいろありすぎて。
 香織を選ぶか華を選ぶか……かなこさんの思いを受け入れるのか、迷っている。

 香織は俺の言葉を聞いて、少しだけ表情を柔らかくした。
「あ、そ……そうなんだぁ、よかった……」
 安堵した表情。香織が変わっていないことに、つい和んでしまう。
 俺と香織の関係は、少しずつ変わっているのだろう。
 変わって、変わって……最後にはどうなるのかはわからないけど、悪いことではない。
 できるなら、良好な関係でいたいものだ。



181 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/06/05(火) 00:29:38 ID:z5DhbTSq
 香織は自分のバッグを持つと、事務所から出て行こうとした。
「じゃあね、雄志君。……また」
 俺は香織を見送ろうと思ったが、あることを思いついた。
「香織、今から予定があるか?」
「え? ううん、今日は特にないけど」
「じゃあ、どっか遊びに行かないか」
 香織は俺を見つめながら、何回か瞬きをした。
 そして。
「いいの!? じゃあ、今が、っら」
 噛んだ。

 香織は口を抑えながら後ろを向いた。
 何度かうめき声を上げるとようやく回復したのか、俺に向き直って口を開いた。
「今から、付き合って欲しいお店があるんだ」
「いいぞ、どこだ?」
「あのね……」
 耳に口を寄せて、香織が伝えた場所。
 俺はそれを聞いて、自分の発言を後悔した。
 誘う前に、せめて目的地だけでも設定しておけばよかった、と。

・ ・ ・

 俺の住むアパートからバスに揺られて、50分ばかりして降りると、隣町の駅前に到着する。
 駅前を歩く人々の人口密集度はなかなかのもので、それに比例して店舗も集まっている。
 そのうちの一つの店舗。歩道を歩く人から見ればいかにもな喫茶店。
 しかし、その実態は喫茶店ではない。実は甘味処である。
 店のドアに張り付いているお店の名前は、この町ではところにより有名なもの。
 あえて名前は伏せる。重要なのは名前ではない。

 『カップル限定 40%OFF』と壁に貼られているチラシの方が重要なのだ。
 言うまでもなく、熱々のカップル達が集う場所である。
 そして、香織の手によって恋人でもないのにここに連れてこられた。
 意図はわかる。恋人としてお店に入りましょう、ということだ。

 自分の注文したショートケーキを食べ終え、コーヒーを飲みながら目の前の女を見る。
 甘いものを食べられる嬉しさによるものか、俺と一緒にいるせいなのかはわからないが、
幸せそうな顔をしている。
 女の前にはパフェやらモンブランやら、甘いものが大量に並んでいる。
 その全てに少しずつ手をつけながら、女は言う。

「おいしーっ! やっぱりおごりで食べるのって素晴らしいね!」
 普通の店――1人でも入れるところなど――であれば、香織が出している大声は迷惑だろう。
 だが、ここは一種の異空間。まわりでもカップルが似たような声を出している。
 テーブルによっては女の子だけの集団もあるが、女の子にとって甘いものは麻薬の一種なのか、
値段を気にせず食べているようだ。
 対して俺は、香織の胃がいつになったら満たされるのか、と不安になっている。
 香織に向かって奢るなんて、言うもんじゃないな。



182 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/06/05(火) 00:31:37 ID:z5DhbTSq
 近くを通った店員にコーヒーのおかわりを注文する。
 店員はかしこまりました、というと俺と香織を見て、微笑んだ。
 予想どおり、恋人同士に見られているらしい。この店に男女で入ったらそう思われて当たり前だが。
 店内にいる人間で、俺たちのような関係にあるカップルはいくらいるのだろう。
 窓際に座っている中性的な顔をした男と、男の向かいに座る背の高い女などは姉弟なのではなかろうか。
 が、女がフォークでケーキをくずし、ケーキを男の口に運ぶ様から鑑みるに、やはりカップルだ。
 日本にはここまで甘い空間が存在していたのか。
 そして俺は甘甘な空気に満ちた店で何をしているのだろう。

 俺が思案に暮れていると、店員がコーヒーを持ってきてくれた。
 息を何度か吹きかけて少しだけ飲む。甘い。
 この店ではコーヒーは甘いのがデフォルトであるらしい。
 コーヒーを注文して加糖したコーヒーが出てくるというのはいかがなものか。
 そんな些細なことすら脳内議場で議論対象になるほど、今の俺はおかしい。

 香織を見る。チーズケーキをフォークでつついていた。
 ぼんやりと観察していると、香織が口を開いた。
「欲しいの? チーズケーキ」
「いいや。チーズケーキは好きだけど、欲しいわけじゃない」
「ふーん……」
 香織は俺からチーズケーキへと視線を移した。
 薄い黄色のスポンジを切り、フォークで突き刺す。
 それは香織の口へと運ばれていくのだろうと思った。が。

「なんで、俺にそのフォークを向ける?」
「あーん」
「……いや、食べないぞ」
「あーーん」
 こいつ、俺にいわゆる恋人的な行いをさせるつもりか?
 冗談じゃない。そんな恥ずかしいことができるか。恋人でもあるまいし。

 俺が口を頑なに閉ざしていると、香織の声が沈んできた。
「……あーん、してよぉ……」
 涙目で見ないでくれ。突き出したフォークを小刻みに動かさないでくれ。
 周りの人たちの視線が痛い。遠巻きに俺の行動を期待するのはやめてくれ。
 香織の口から、小さな嗚咽が漏れた。途端、周りの空気が濃くなる。殺気さえ感じられる。
 ……くそう、覚えてろ、香織。

 少しだけ身を乗り出して、軽く口を開ける。香織の顔がまぶしいほど輝いた。
「あーん」
 という、香織の声と共にチーズケーキが口の中に運ばれた。
「美味しい? 雄志君」
 半眼で香織を見つつ、頷く。
 チーズケーキは美味しかった。だが、香織の行いが影響しているわけではない。
 考えを口に出すことはこの場ではばかられるので口にしないが。



183 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/06/05(火) 00:33:52 ID:z5DhbTSq
 まだ食べる、という香織を半ば引きずるかたちで店を後にする。
 携帯電話で時刻を確認すると、すでに7時。1時間近くは甘味処に居たことになる。
 40%引きとはいえ、香織の食べたケーキがあまりに多かったせいで俺の財布から紙幣は消えてしまった。
 香織の体のどこにあれだけのエネルギーが収まるのだろう。……たぶん胸だな。
 そういえば華は小食だった。だから胸が慎ましいサイズなのか。納得。

 隣で歩く香織のふくらみを見ていると、手のひらで視界を覆われた。
「……えっち」
「誰が?」
「雄志君に決まってるでしょ! なんでボクの胸をじーっと見てるのさ!」
 なんとなく。というのが答えだが、別の答えを返してみる。
「悪いか?」
「え? 悪くは、ないけど……じゃない! 悪いに決まってるじゃないか!」
「はいはい、もう見ませんよ」
 香織から目をそらして、町並みに目を向ける。

 7時を過ぎると日はすでに沈んでいて、空には月と星が浮かんでいた。
 駅前に並ぶ店の前には看板がある。ネオンの紫、青、緑の色が看板を彩っていた。
 周りを歩く人たちはまばらになったが、構成は変わっていない。
 スーツを着たサラリーマンやOL、自分で選んだファッションに身を包んだ同年代の男女、
学校帰りの小中高校生、道路脇で客を待つタクシーの運転手。
 人の流れに乗りながら歩き、駅前のロータリーでバスの時刻表を確認する。
 アパートの近くへ行くバスの、最終時刻は……
「……6時、45分」
「だね」

 明るい声でうなづく香織の声を聞きながら、俺はうなだれた。
 自宅までの距離は、バスで移動して50分ほど。移動するための手段はバスしかない。
 自宅近くには駅がないので電車は利用できない。
 ヒッチハイクは上手くいくとは限らない。リスクも大きい。
 となると、タクシーか?
「香織、いくら持ってる?」
「えっとね……4000円と小銭が少々」
「俺は帰りのバス代しか残ってない」
「……タクシーの料金、足りるかな?」
「わからん。でも香織の家にいくらか置いてあるだろ。家に着いてから払えば大丈夫だ」
「無いよ」
 髪の毛を揺らしながら首を横に振る香織。こいつ、なんて言った?

「残りのお金は全部銀行に預けてあるから、部屋には置いてない」
「……ほう」
「雄志君は?」
「香織と同じ」
 見つめあいながら、沈黙。そして、自分達の無計画さに、後悔。
 料金がいくらかかるかわからないタクシーに乗って帰るか。潔くこの町で一晩過ごすのか。
 心の中で、救いの手を差し伸べてくれる人が現れることを望んだ。
 今時、そんな甘い話はないよな、と自覚しながら。