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324 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:04:09 ID:KB9hD5g0
「あ、いらっしゃい♪」
いつもの時間にドアが開くいつもの光景、いつもの挨拶。
静かな店内に流れる音の中、フクダさんの姿が見える。
背広を預かりハンガーに吊るしている間に、フクダさんはいつものカウンター席に腰をかけていた。
「いつものでいいですか?」
「はい、いつもので…」
手早く氷とボトルを用意し、グラスに氷を割り入れウイスキーを注ぐ。
とくとく…とく…
コースターの上にグラスを静かに置くとフクダさんと眼が合った。
「今日はお一人なんですね。」
「ええ、今日は……」
チーズを切りながら言葉を交わす。
そういえば、ゆっくりフクダさんとお話しするのは久しぶりかもしれない。
ふと、そんなことを思った。



325 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:05:16 ID:KB9hD5g0
「…で?…なんだって?」
「だからぁ……冬彦さん…女の人と…逃げちゃった…えへ♪」
「…だぁかぁらぁ…あれほど地雷だと忠告しといただろうがぁ!!」
景子は珍しく語気を荒げて怒っているように見えた。
いつもの居酒屋で私と景子は結婚後初めて会うことになった。誘ったのは私。
「あ、生中お代わりお願いね~♪」
「人の話を聞け!」
「聞いてるよぉ…だから景子に相談してるんだよ?」
「…まぁ、いいさ・・・それで?相談内容はなんだ?離婚の手続きか?それとも逃げた冬彦を探し出すのか?」
「ううん…きっとね?冬彦さん…戻ってきてくれると思うんだぁ…だってあそこが冬彦さんの家なんだし…」
「ほぉ…なんだ?離婚する気はないのか?」
「うん…春樹君のこともあるし…」
「ふぅん…」
ぐびり…
とビールを飲む景子。なんだろう?…珍しくなにか考え込んでいる様子だった。
「で?…じゃぁ、相談ってなんなんだ?」
「それは…」
私は自分の就職活動の苦労話を率直に打ち明けた。
冬彦さんがいなくなって、昔の貯金を少しずつ削って生活していること。
もともとある程度の貯金はあったのだけど、このままではいずれ虎の子貯金にまで手をつけなきゃいけないこと。
お金を稼ぎたい…でも、お昼の仕事だけだと子供二人を養う金額は稼げず、また水商売をしようと考えていること。
以前、勤めていたお店に相談することも考えたけど、通勤に時間が掛かりすぎること。
この近くで探したのだけど、なかなか採用してもらえないこと。
「そうだね。この近辺だと…今は難しいだろうね。」
「うん…もう私もそんなに若くないし……そんなに仕事を選べないこともわかってるの。
…でも変なお店は…できたら…いやかなぁ…って」
「……まぁ、心当たりがないわけじゃないけど…」
「ほんと!?お願いっ!景子!一生のお願い!」
「……君の一生は一体何回あるんだ?」



326 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:07:41 ID:KB9hD5g0
…そんな経緯でこのお店のママを引き受けることになったのだ。
場所は市内の歓楽街の中心地。そのオーナーは意外なことに景子だった。
「いやね?知り合いのお姉さんが引退して田舎に帰るというのでこのお店を買わないか?
と持ちかけられていたんだよ。まぁ、大赤字にならない程度にやってくれたらいいから。」
お店の内装は以前のお店のまま…ダークブラウンの壁に敷設された棚には無数のレコードやCDがずらりと並び、
スポットライトの僅かな明かりがお店の中を幻想的に照らしている…
そんな落ち着いた大人の隠れ家のような素敵なお店だった。
「前のママがね…ジャズが好きで始めたお店なんだ。それを辞めるにあたり大切なレコードも進呈してくれたんだよ。
そんな訳だからできたらこれはそのままにしておいて欲しいけどいいかな?」
それが景子の出した唯一の条件だった。給料は稼いだ分だけ貰っていいよ?と言ってくれたものの
一等地でのお店の立ち上げはもちろん、ママの経験だってない私にはどうしていいのかさっぱりわからなかった。
景子が仕入れや会計なんかに関しては力を貸してくれたものの、当初はお客さんの数もまばらで…大赤字にはなんとかならなかったものの
「本当にこれでやっていけるのかなぁ…」
そんな不安な毎日だったように思う。疲労もピークに達していた頃かもしれない。
その当時の私は多分…不安そうな表情を子供たちにも見せていたのかもしれない。
春樹君が学校を辞めて働く…そんなことを私に言ってきた時期でもあったから…
その時の事を思い出すと今でも心臓が止まりそうになる。
 春樹くんを必死で説得し、なんとか思い留まってもらえた時の安堵感は同時に焦燥感だったように思える。
確かに春樹君と夏海が進んで家事の手伝いをしてくれるようになったことは嬉しいと同時に悲しかった。
本当ならもっと友達と遊んで、自分の時間を楽しみたいはずの子供たちに苦労をかけている…
冬彦さんがいないせいで…私のせいであの子達に苦労をかけている…
でも、その時の自分には仕事と家庭を両立させるだけの余力は残っていなかったんだと思う。
その時私にできたことはあの子達の前では笑うこと…
余計な心配をこれ以上かけないこと…
それだけしかその当時の私にはできなかった。



327 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:08:50 ID:KB9hD5g0
そんな毎日が変わり始めたのは一本の電話からだった。それはフグタさんからの電話だった。
「お久しぶりです。何か変わったこととかはありませんか?一応、家のほうは定期的には見回らせていただいているんですが…特に今のところ異常は…ないようです。」
「あ…そうなんですか?ありがとうございます。変わったことですか?…あの実は…」
このお店でママをやっているんです。そんな風にお伝えしたその日にフグタさんは大きな胡蝶蘭を幾つも持ってお店にお祝いに来てくれた。
「いい店ですね…とても落ち着いていて…」
そんな風に誉めてくれたように思う。私の手柄じゃなかったけどやっぱりお店を誉めてもらえると嬉しかった。
そしてその日はいつものように、フグタさん以外のお客さんの姿は見えず、ゆっくりと久しぶりにお話ができたように思う。
お店をやめてからのこと。冬彦さんがいなくなるまでのこと…何故だかフグタさんには素直に話すことができた。
フグタさんは言葉数少なかったけど真剣に私の話を聞いてくれていた。
「なんだか…私ばっかり喋っちゃって…ごめんなさい…」
気がついたときには日付が変わっていた。人とゆっくり話すのも…しかも男の人とこんなに長時間話すだなんて…本当に久しぶりだった。
「いえ、今日は本当に楽しかったです。また来ます…必ず…」
そういって店先で見送ったフグタさんは、それからは必ず誰かを連れてお店に来てくれるようになった。
連れて来られる方の業種も職種も様々で、主に会社の役員や役職者、文化人、芸能人などが多く…
フグタさんとどういった関係なんだろ?と思って聞いてみると
「仕事の関係です。」
とフグタさんが笑って答えるのが決まりになっていた。
 フグタさんの連れてきてくれたお客さんは、今度は別のお客さんを連れて来られ、
そして、そのお客さんがまた別の方を連れて来てくれていた。
…そんな風にお店は少しずつ軌道に乗り、昔のように誰も来ない日のほうが珍しくなっていた。



328 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:10:24 ID:KB9hD5g0
だから、フグタさんが一人で来られるのもお店に他に誰もいないことも、
あの時以来だなぁ…そんな風に思い出に浸っていた。
「久しぶりですね…こうやってフクダさんと二人きりでお話しするのって…」
フクダさんは驚いたような顔のまま、何故か固まっていた。
「フクダ…さん?」
「あ…いえ、あの…少し驚いてしまって…初めてきちんと福田って呼んでくれたので…」
「そう…でしたか?」
…そういえば何故なんだろう?…来られるお客さんが
「フクダさんにまたよろしくお伝えください。」
判を押したようにそう言われ続けたからだろうか?…なんだろう?そういえば…
私はいつからこの人のことをフクダさんと呼んでいたのだろう…
…何かが心に引っかかる…なんだろう…
「あの…」
「なんでしょう…?」
「どうして…こんな私に…私にこんなにも良くしてくれるんですか?」
フクダさんはごくりとウイスキーを飲み干し、俯いたまま動かなかった。
「あの…すみません…変なこと聞いちゃって…ごめんなさい…」
すると急にフクダさんは顔を上げ…そして真剣な表情で口を開いた。
「貴女の笑顔が…見たいだけなんです…」



329 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:11:38 ID:KB9hD5g0
出勤前に、いつものようにぶらりと本屋に立ち寄り、いつものように本を買う。
ジャンルは何故かいつも少女漫画だった。
ハッピーエンドな話がいいな…
そう願うもののヒロインに悲劇が訪れたら読むのをやめてしまう私は…
いつまでたってもハッピーエンドにはたどり着けなかった。
「どうしてなのかなぁ…」
少女漫画のヒロインたちが本当にみんな最期には幸せになっているのかさえ、確かめられなかった。
店員さんに「これはハッピーエンドですよ?」と勧められて購入したものでさえ、最後まで読んだものは一冊も無かった。
ハッピーエンドのはずなのに必ず訪れる不幸。
不幸なしにハッピーエンドを迎えるお話は本当にないのだろうか?
それとも…不幸が無ければハッピーエンドにはたどり着けないの?
それとも…お話だから?
ううん?最後には報われなきゃ嘘だ。だって、こんなに不幸なんだから…
でも、本当に幸せになれるの?
私のように…幸せになって終わった次の瞬間…
どうしようもないほどの絶望に襲われるのだと知っていたら。
彼女たちはその道を選ぶだろうか?
でも、不幸だったらハッピーエンドにたどり着くことが本当にできるのだろうか…
いつの日か…幸せだって本当に心のそこから笑える日が来るのだろうか…




330 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:14:25 ID:KB9hD5g0
日に日に冬彦さんの姿と重なっていく春樹君。
日に日に私の姿と重なっていく夏海…
同じベッドで眠る二人の姿が私と冬彦さんの姿に重なっていく。
私の居場所は本当にここにあるのだろうか…
冬彦さんは…いつ帰ってくるのだろうか…本当に帰ってくるのだろうか…
いえ、もしかしてもう…帰ってきているの?
毎日、家に帰宅する時はいつもゴミ捨て場を眺めてしまう。
最期に冬彦さんを看た場所。どうして私は冬彦さんと喧嘩をしてしまったのだろう?
冬彦さんが怖がって逃げだすのも仕方がないと思う。
悪いのは私。
包丁で刺したりしたら誰だって逃げ出すと思う。
怖いと思う。
だから冬彦さんは他の女に逃げてしまったんだ。
冬彦さんは悪くない。悪いのは私…
でも、どうすれば冬彦さんは許してくれるのだろう…
それとも…もう…私のことは許してくれないの?もう…許せないのかなぁ



331 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:15:47 ID:KB9hD5g0
ある日、気がつくとゴミ捨て場には死体が転がっている。
冬彦さんじゃない女の死体が糸の切れた人形のように転がっていた。。
制服…春樹さんの学校の制服…女の子が死んでいる。
死体…この死体は…だれ?誰なんだろう…どうしてこんなところに…?
どうしてこんなところで死んでいるんだろう…私が殺した?
どうして?…どうして?
…もしかして…冬彦さんと逃げた女?
そっか…だから私…殺しちゃったんだ…そっか…そっかぁ…
じゃぁ…冬彦さんは…戻ってきてくれたのかなぁ…
家の中に…冬彦さんいるの?
帰ってきて…くれたの?
私は急いで携帯電話を取り出す。
「フクダさん…冬彦さんと逃げた女を見つけたんです」
「そんな…それで…どうしたんですか!?」
「殺しちゃいました。だって……気がついたら死んでいるんですよ?」
「とりあえず…そこから動かないでください!」
「はぁい♪」
私はその場で待った。どうしてだろう。フクダさんの言葉は素直に聞ける。
フクダさんだけは…信用できる。フクダさんはいつだって力になってくれる。
フクダさんが動くなと言うんだから動かないほうがいい…きっと動かない方がいい…
30分ほどでフクダさんと回収業者の方が来られて手際よくゴミ捨て場を片付けてくれた。
「これで…冬彦さん戻ってくるのでしょうか?」
期待の眼差しでフクダさんを見つめる。フクダさんは言いにくそうに
「いえ…どうやら冬彦さんは…別の女のところにいるらしいんです…」
そっかぁ…そうなんだ…この人は冬彦さんに捨てられちゃった人だったんだ。
捨てられて…ゴミになっちゃった人だったんだ。
なんだか可愛そうだった。必要が無くなって捨てられたその人が可愛そうだった。
でも、やっぱり冬彦さんはその人には満足できなかったんだと思う。
だから、きっと帰ってくる。
最後には必ず…
冬彦さんは私のところに帰ってくるんだと…
強く願った。



332 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:16:56 ID:KB9hD5g0
…気がつけば目の前には3体の死体。
ゴミ捨て場にまるでゴミのように打ち捨てられていた。
また、同じ春樹さんと同じ学校の制服
…冬彦さん…やっぱり若い女の子が好きなんだ…
だから私から…逃げちゃったのかなぁ…


また、3体の死体。
同じような死体。
春樹さんの学校の制服
…冬彦さん…もしかして学校に…いるのかな…






333 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:18:24 ID:KB9hD5g0
初めて仕事を休んだ…
学校に冬彦さんがいるかもしれない
…そう思うと…いてもたってもいられなかった。
学校が終わる頃…学校近くの喫茶店で冬彦さんの姿を探した。
永遠とも思える時間…氷が全て解け落ちた瞬間
…私は信じられないものを見てしまった。
冬彦さんと…そしてその隣で楽しそうに微笑んでいる私。
腕を組んでいる。冬彦さんに甘えている私。
その私は今の私じゃなかった。
冬彦さんが好きそうな…
いえ、冬彦さんが今愛しているのは…あの若い私なんだ…
あれ?…どうしてなんだろう…

ハッピーエンドじゃない?

私と冬彦さんが幸せそうに歩いている。
不幸なんて微塵も見当たらない。

そっか…そうだよね。あはは…バカみたい…

違ったんだ…あの子達じゃなかったんだ…
冬彦さんはちゃんと…私のところに帰ってくれていたんだ。
ずっと昔から…私の傍にいてくれたんだ…
でも、それはこんな年老いた私じゃなくて…
ずっと若くて綺麗な私のところに…帰っていたんだ…
じゃぁ…私は誰なんだろう…
どうして私は…私は…冬彦さんの隣にいないんだろう…
私は…だれ?…私は…誰なんだろう?
あの冬彦さんと幸せそうに歩いているのが私なら…
私は私であってはいけないんだよね…
じゃぁ…私は…私の名前は……



334 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:19:27 ID:KB9hD5g0
「大丈夫ですか!?晶子さん!晶子さん!」
気がつくと目の前にはフクダさんが心配そうな顔をして私を見つめていた。
…ここは…どこだろう…
「あの…ここは…」
「失礼かと思いましたが…私の車の中です。
知人が喫茶店で具合を悪そうにされている晶子さんを見かけまして…
それで私が…すみません。余計なことをしまして。」
「いえ…いつもすみません。なんだか恥ずかしい姿ばかり見せてしまって…」
晶子…それが私の名前?…でも…喫茶店……ずきりと頭が痛い。
なんだろう…なにか頭が痛い。だって…冬彦さんの傍にいるのは私…
じゃぁ、冬彦さんの傍にいない私は誰なんだろう…
車のミラーに映る私の姿を見つめると、私じゃない私が虚ろな瞳で私自身を見つめていた。
「ねぇ…フクダさん…私…とっくに冬彦さんの傍にいたんです…
なのに、そのことに気がつかなくって…
冬彦さん…やっぱり私のことが好きだったんですよ。
だって、ずっとずっとずっとずっとずぅっと…私の傍に…
私の一番近くにいてくれて…私のこと守ってくれてたんです。
なのに、私はそんなことにも気がつけなくって…
…奥さん失格ですよね。
だから冬彦さんは…私じゃない私の傍に…
もう、こんな私のことは…見てくれないのかな…
こんな私に…生きている価値なんってあるのかなぁ…」
涙が瞳から溢れる。冬彦さんの傍にいない私には価値はない。あの死体たちと同じように価値はない。
いらない…いらないから捨てるんだよね。
でも、冬彦さんは私を選んでくれたんだよね?でも、その私は私じゃない…
 そんな思考を遮るようにフクダさんは私の身体を強く抱きしめていた。強く…とても強い力で…。
そして耳元で囁くように
「冬彦さんは…晶子さんのことを今も大切に想って…いるはずです」
「なんで…どうして…」
「冬彦さんは…まだあの晶子さんを抱いていないそうです。」
「どうして…ねぇどうして…あの人に抱いてもらえないの!?」
「あの晶子さんは…冬彦さんを拒んでいるらしいんです…」
そんな…酷い…
…なんで私は冬彦さんを受け入れてあげないんだろう…
あんなに冬彦さんのことを愛していながら受け入れないなんて…
違う…あれは私じゃない
…私じゃない…私なら冬彦さんを拒んだりしない。
冬彦さんを受け入れたい…冬彦さんの望むことならどんなことだってしてあげたい。
なのに…その私は拒んでいる…
「もしかして…偽者なの?」
突然、脳裏に閃く一つの可能性を口にする、
「…おそらくは…」
「そっか…冬彦さん…また騙されちゃったんですね。本当に仕方ない人ですね。」
そうだったんだ…そうだったんだ…よかった…よかった…あの私は偽者だったんだ…
安堵とともに危機感がつのる。冬彦さんが騙されているなら…助けてあげなきゃ…
そんな私の心を見透かしたように
「…その件に関しては…私に任せてもらえないですか?」
「フクダさんに…ですか?」
「ええ…いくら偽者とは言っても晶子さんの分身には違いありません。
その方を殺したら…」
「冬彦さんが悲しむ…ですね。わかりました。
それじゃぁ…その件はフクダさんにお願いしてもよろしいですか?」

「ええ…お任せください。」



335 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:21:25 ID:KB9hD5g0
その言葉通り…翌日、冬彦さんの傍にいた私は姿を消していた。
冬彦さんは慌てていた。慌てて必死に私の姿を探していた。
電話でも慌てている様子だったのがわかった。
嬉しかった…そっかぁ…冬彦さんは私がいなくなったら…
こんな風に探してくれるんだ。
「母さん!夏海が…夏海がいないんだよ!」
かぁ…さん?冬彦さんは私のことを母さんって呼んでたのかな?
…でも、子供たちの前では…そんな風に呼んでくれていたよね。
うん…確かそうだったよね♪
夏海?…そういえば…夏海…は…どこに行ったのかなぁ
…小さくて可愛らしい夏海…もしかして誘拐…されたの!?
「私も心当たりを探してみるけど…アナタの方には心当たりはないの?」
あなた…なんて久しぶりに使う気がする…懐かしい…
冬彦さんは電話口でもわかるぐらいにはっと…何かに気がついた様子だった。
「なんでもない…母さんも心当たりを探して」
そっか…冬彦さんには心当たりがあるんだ…
じゃぁ…冬彦さんに任せておけば…大丈夫よね。

家に帰ると1体の死体…男?女?…
でも、もうそんなことはどうでも良かった?
「フクダさん?ゴミ…また増えているみたいなんです…
 回収業者の方によろしくお伝えしていただけますか?」
「な…!?また…それは…」
「お願いしますね♪」
かちっと…電源を切る。
わかる。家の中にはあの人がいる。
もう、あの悪い私はいない。
私なら大丈夫だよ?もう、怒っていない。ううん…大丈夫。
私は全て許すよ?世界中があなたの敵になっても…
私だけはあなたのことを愛しているから。
あなたが私を裏切っても、私はあなたを裏切らないから…

その夜…私は冬彦さんに抱かれた。
泣いている冬彦さんを受け止めた。
私も涙が溢れた。
やっと逢えた。
やっと触れることができた。
やっと抱いて貰えた。
やっと…冬彦さんが私のところに…
本当に私のところに帰ってきてくれた…
私たちは何度もお互いを貪った。
逢えなかった時間を埋めるかのようにお互いを貪った。
ごめんなさい。
刺してごめんなさい。
殺してしまってごめんなさい。
心の中で私は何度も冬彦さんに謝った。
謝りながら何度も絶頂に達していた。
子宮の中に冬彦さんの迸りを感じるたびに
頭の奥が真っ白になる。

私は幸せを感じていた。
冬彦さんに選ばれた喜びと…
女としての悦びを…



336 :すりこみ [sage] :2007/06/11(月) 02:24:02 ID:KB9hD5g0
気がつけば病院の中…白い天井…夢…?
幸せな夢を見ていた。まるで少女漫画のような幸せな夢を見ていた。
嫌なこともあった…不幸な出来事もあった…だけど最後にはハッピーエンド…
そんな幸せな夢を見ていた。
「母さん…大丈夫かい?」
私の顔を心配そうに覗き込んでくれるあの人の顔。
よかった…夢じゃない。ちゃんと私の傍にいてくれる…
「うん…少し怖い夢を見ちゃった…あなたがいなくなっちゃう夢…」
「僕は…いなくなったりしないよ…」
「うん♪」
大きくなったお腹を擦りながら、眩しい彼の笑顔に笑顔で応える。
「そうだ…母さん…その子の名前…もう決めたの?」
「うん…ゆっくり考えられる時間もあったし…
あなたもきっと…気に入ってくれると想うの……」

ずっと心のどこかに残っていた名前を口にする。
彼はきっと喜んでくれる。
いい名前だね…
って誉めてくれることを期待しながらその名前を口にした。



「夏の海と書いてなつみ…いい名前だと思わない?」