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5 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/06/27(水) 19:01:09 ID:KNY2XH0W
「朝歌ちゃん、どうしてここに?」
そう問う織倉由良の表情は硬い。
ある種の感情を無理やりに塗り込めたかのような相好。
無に見える有。
後輩の無とは明らかに違う外貌だった。
対する一ツ橋は先輩の無表情などどこ吹く風と僕を見る。
「約束通り迎えに来ました」
「え?」
約束?
迎え?
そんなことあったろうか。
僕が怪訝な顔をすると、心情を代弁するように織倉由良が口を開く。
「どういうこと、朝歌ちゃん」
「言葉通りです」
さ、往きましょう。
一ツ橋は僕を促す。
「ちょ、ちょっと待って!」
先輩は僕を掴む。
「・・・・どういうこと?」
なんで朝歌ちゃんと?
どういう約束?
無の隙間から噴出した憤怒を双眸に乗せて織倉由良は僕を見る。
やはり、最近の先輩はどこか変だ。
以前の彼女ならば、穏やかに「どうしたの?」と問うはずだ。
腕を掴むことも、睥睨することも無かったろう。
しかしどういう態度で問われたところで僕には答えようが無い。
迎えの約束なんてした覚えが無いのだから。
(どういうことだ)
目で後輩に訴える。
一ツ橋は僕を睨めつける先輩の間隙を縫って、人差し指を己の口の前に移動させた。
(静かに)
自分に合わせろと云わんばかりに。
「部長。先輩は今日日直なんです。それで私に起こすよう依頼されました」
「朝歌ちゃんに?なんで私じゃないの」
「部長の家は学校を挟んで正反対です。私なら、ここは通り道ですから」
ね。先輩。
「あ、ああ。そうだった。そうなんですよ。先輩。一ツ橋に頼んでたんです。僕がネボスケなのは
先輩も良く知ってるでしょう?」
後輩の思惑はわからないがこれは渡りに船だろう。もしもこのまま織倉由良の朝食を食べて、そのこと
が綾緒に知れたら、次は爪一枚なんて生易しい罰では済まなくなる。
幸いすでに着替えは終わっているし、荷物も揃っている。家を出ることに支障は無い。
僕は一ツ橋の発言に乗っかることにした。
「すいません、織倉先輩。そういうわけで、今日は急ぐんですよ」
「・・・・・日ノ本くん。私のご飯が食べられないの?」
「いえ・・・。そういうわけじゃありません。ただ、日直が・・・」
「日直なんてどうでもいいじゃない。貴方は私の持ってきた食材を無駄にするつもりなの?」
「ではそれは私が頂きます」
一ツ橋は遮って先輩の前に立つ。
「・・・・・・・・・・・・・」
織倉由良は暫く小さな部員を見つめていたが、
「そう。わかった」
呟いて、歩き去って往く。
「織倉先輩」
僕は声をかけるが聞こえていないのか聞くつもりが無いのか、答えることなく消えていった。
「・・・・・悪いことしたなぁ」
「平気です。あとでフォローしておきますから」
「すまん。助かる」
僕は一ツ橋に頭を下げた。
「それにしても、今日はなんで急に家に来たんだ?」


6 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/06/27(水) 19:03:08 ID:KNY2XH0W
「なんとなくです」
後輩は呟くように。
「昨日、部長と先輩の連枝で一悶着ありましたので、なにか面白いものでも見れるかもしれないと
思って伺いました。私の勘、結構当たるんです」
一ツ橋は瞳だけこちらに向ける。僕の顔ではなく、左手に。
「あ、コレは・・・・ちょっと転んでな」
「・・・・・・」
包帯の巻かれた左手を隠す。
すると後輩は珍しいことに顔をこちらに向けた。
「嘘吐き」
「う・・・」
「昨日、そして今。私は先輩を助けました。その見返りを要求しても良いでしょうか?」
「・・・・・わかったよ」
僕は仕方なく“罰”を語る。
一ツ橋は相変わらず興味があるのか無いのか良くわからない無表情。
総てを聞き終えると「そうですか」とだけ呟いた。
「助かったってのは、食べずに済んだってだけじゃなかったってことだよ。綾緒との約束を破る訳には
いかないからね」
天井を見上げる。
口からは自然とため息が漏れていた。
「先輩」
「うん?」
「先輩は、そのイトコの方に迷惑しているんですか?」
「迷惑?まさか」
僕は体を後輩に向ける。
「“こういうの”は正直勘弁して欲しいけどね。でも、僕は綾緒が可愛くて仕方ないんだよ。
あんなに兄思いの妹はそうはいないさ。そりゃ多少往きすぎてるところもあるけど、その辺も含めて
僕は綾緒が気に入ってる。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるところも。おしとやかで穏やかな
ところも。怒ると怖いところもね。全部含めて、大切な妹だよ」
「貴方は莫迦です」
「今頃気づいたのか?」
「再確認です」
再び前を向く後輩。
そう云えば、この娘との付き合いも長い。小学校2年のときからだから、幼馴染と呼べなくも無いの
だが。
(いや――)
僕は首を振る。
幼馴染と云うよりはもう一人の――
「朝歌」
「なんですか。お兄ちゃん」
「・・・・ちょっと待て、一ツ橋」
「なんですか。先輩」
「なんで“お兄ちゃん”と呼ぶ」
「貴方が今、私を名前で呼んだんですよ、昔みたいに“朝歌”って。だから私も昔のように云った
だけです。“お兄ちゃん”と」
「・・・・・」
そう。
以前、僕はこの後輩を妹として扱っていた。一ツ橋も一ツ橋で僕に兄事していた。
中学に上がってから照れもあって呼び方を変えたが、そのときから彼女も先輩と呼称したのだ。
今――
僕は幼馴染と云うよりは妹に近いと考えたから、自然この娘を名前で呼んでしまったのだ。
「・・・・なんか、変に恥ずかしいな、この呼び方」
「いいえ」
憮然とした表情で首を振る。
「こっちの呼び方のほうが、長いです」
「いや、それはそうだけど・・・・って、ああ、そうか」
僕は拍手を打つ。
「どうやって家の中まで入ってきたのか疑問だったが、鍵を渡していたよな、昔」
小学生のときに。


7 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/06/27(水) 19:05:12 ID:KNY2XH0W
「はい。持ってます。ですが必要ないと云えなくもないです。鍵の隠し場所、変わってないよう
ですから」
「・・・・」
確かに、子供のころから一度も変えていない。
僕は織倉由良を思い浮かべる。
だから先輩は合鍵を作れたのか。彼女も僕の家の鍵の隠し場所を知っているはずだ。
「なあ、一ツ橋」
後輩に問う。
「先輩、最近おかしくないか?なんか妙にあせってるって云うか、鬼気迫るものがあるって云うか」
「具体的にお願いします」
「だからさ、普段の先輩なら、僕を教室まで迎に来たり、朝飯を作りに来たりはしないと思うんだ。
ましてや、家の中に勝手に入ってくるなんて・・・」
「素養はありましたけどね、昔から」
「え?」
「今まで鉄壁だと思っていたガードに実は穴があった。それに気づいただけでしょう。あの人、そんな
に強くありませんから」
「どういうことだ?」
僕は首を傾げる。
後輩はあいも変わらず無表情。
前を向き、どこに意識が集中しているのかもわからぬまま。
「――人は、見たいと欲する現実を見る動物である」
そう呟いた。
かの有名な終身独裁官の言葉。
「唐突だな」
「あの人は私のもの。この人は私を愛している。先輩は良い人に違いない。彼女は兄思いの妹だ」
「何が云いたい?」
「MEGALO MANIA」
きついな、一ツ橋は。
「――なら、そう云うお前はどうなんだ?」
「je pense,donc je suis」
返ってきたのは澱みの無い仏蘭西語。
「それ、同類ってことかい?」
僕がそれに皮肉で返すと。
「立場が違います」
動じない後輩は瞳だけ向ける。
「私、唯の傍観者ですから」

「すまんね、急に呼び出して」
楢柴文人(ならしば ふみひと)は到着した僕に頭を下げた。
ここはさる高級レストラン。
時間は夜。
食事を摂るには少々遅い時間。
呼び出しがあったのは夕方のことだ。
綾緒の父にして、母の兄。
名閥・楢柴の総帥にして僕の伯父。
それが楢柴文人。
僕をここへ呼んだ張本人だ。
白いテーブルクロスのかけられた円卓の向こうに座る伯父の姿はやり手の紳士といった感じで、
立ち居振る舞い、表情、雰囲気、総てが良い意味で貴族的な人物である。
「左手、怪我でもしたのかね?」
挨拶を済ませると、伯父はすぐに僕の左手に目を向けた。
「あ、ちょっと転びまして」
「ふむ。そうか、気をつけたまえ。きみが怪我をすると、綾緒が悲しむ」
伯父は荘厳に微笑む。
僕は頷いてそれに返した。少しぎこちなかったろうか。
「きみは――まだ酒は呑めんよな」
ワイングラスを持った伯父は僕に勧めようとして苦笑した。
「ええ。まあ、建前は」
「そうだな。えてして実よりも虚。中身よりもラベルのほうが重要なものだ。ここではそれでいい」


8 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/06/27(水) 19:07:19 ID:KNY2XH0W
伯父はグラスを口に運ぶ。唯、飲酒をする。それでもさまになる人はいるものだ。
「伯父さんて、日本酒党でしたよね?」
「ああ。日本酒は実に美味い。だがここで和酒なんぞ飲んでいても嫌味になるだけだ。付き合いで飲む
のもワインのほうが多いくらいだしな」
伯父はそう云ってにやりと笑った。
そこに料理が運ばれてくる。高級を謳っているだけあって味は良い。唯、根っからの庶民である僕には
こういう空気はどうも馴染まない。
「それで、今日はどうしたんですか?」
空気を払拭するように僕は問う。
楢柴の総帥でもある伯父だ。忙しくないはずが無い。身内相手とはいえ、無意味に食事に誘う暇など
あろうはずも無いだろう。何某かの意図ないし企図があるはずだ。
伯父は「うむ」と呟いて酒を飲んだ。
「どうだね、娘とは最近」
「綾緒ですか?仲良くやってますよ。あいかわらず僕が凭れ掛ってはいますけど」
「謙遜をしなくてもいい。押し掛けているのは娘のほうだ。ただ、あれもきみの世話焼きが楽しくて
仕方ないのだろう。往き過ぎた部分は多めに見てやってくれ」
その言葉に笑って返す。綾緒が往き過ぎなのは世話焼きな部分ではないのだから。
「わかっているとは思うが、アレは本当にきみの事を慕っていてね。家でもその事ばかり話すんだよ」
「光栄ですね」
「あの子は孤高、故に孤独だ。だからなのかな、きみがあの子の中で占める割合は私なんぞとは比較に
ならん。まるできみしか見えていないようにね」
「・・・・・・」
「正直、あの子に危うさを感じるときがある。恐怖と云ってもいい。海千山千の政治家や、やり手の
同業者、経済界の黒幕、ヤクザの首魁とも問題なく渡り合える私が、愛すべき実の娘に恐怖を覚える。
滑稽な話ではあるが、それが現実でね。夜叉と向き合うような違和感があるのだ。――きみはどうだ?
あの子と相対して、何か感じるものはないかね?」
「――」
それは――無くは無い。
綾緒は『従』の中に何かを潜ませている。
僕の左手。
剥がされた爪は、その何か――伯父の云う所の『夜叉』が顔を覗かせたのだと思っている。
けれど。
「・・・・それでも、僕は綾緒は良い子だと思っています」
「・・・“それでも”か」
伯父は目を閉じた。
何かを考え、逡巡している様子だ。
「創くん」
「はい」
「今日きみを呼んだのはね、娘に頼みごとをされたからなんだ」
「綾緒に」
「私自身、その頼みごとには丸で乗り気ではなかったんだが、とりあえず、きみを見ておこうと思って
ね」
「・・・・・綾緒はなにをねだったんです?」
「すまんがそれはまだ云えん。近いうちにわかるとは思うが」
伯父はため息を吐いた。
その吐息にはどんな意味が込められているのだろう?感情が読めない。
「――冬来たりなば、春遠からじ、か。しかし冬に死に絶えるものにとって、春の到来など何ほどの
意味を持とうかね。・・・・・・きみには迷惑をかけると思う」
伯父はそう云って頭を下げる。
その顔はどこか疲れているようにも見えた。

「にいさま、くすぐったくはありませんか?」
「ん~。大丈夫。気持ちいいよ」
休日。
従妹は朝から家にやってきて、家事全般をこなす。
それが済むと従兄を膝枕し、耳掃除を始めていた。
つまり、今の僕は綾緒の太腿に頭を乗せていることになる。
従妹は朝から妙に機嫌が良い。
掃除をされる耳の中には先ほどから鼻歌が入ってくる。


9 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/06/27(水) 19:10:01 ID:KNY2XH0W
「なあ綾緒、何か良い事でもあったのか?」
ついこの間の伯父の件もある。僕は思い切って聞いてみた。
「はい!わかりますか、にいさま」
「そりゃぁね」
ニコニコニコニコと笑う従妹の顔を見ていれば嫌でもわかる。
綾緒は耳掻きをどかし、僕の頭を撫で始めた。
「実はとうさまに以前よりねだっていたある事を許可されたんです。とうさまは、にいさまが本当に
望んだらと条件をつけましたが、にいさまが綾緒のお願いを拒絶することはありませんから、事は
成ったも同然です。綾緒はそれが嬉しいのです」
「僕?僕がどうかしたのか?僕に関係することなのか?」
つい身体を起こす。けれど従妹の手が僕の身体をやんわりと押さえ、再び頭を己の膝に乗せた。
「にいさまの、ではなく、にいさまと綾緒、二人のことになります。実は本日ここに伺ったのも、
その話をするためなのです」
従妹は妙に優しい手つきで僕を撫ぜる。
気味の悪いほどの穏やかな声。
『何か』を感じずにはいられない気配。
「・・・・・・それ、どんな話だい?」
僅かの戦慄を伴なって綾緒を見上げる。
従妹は笑顔を紅潮させて僕を見下ろしていた。
「女の立場からこのような事を申し上げるのは甚だ無礼であるとは心得ておりますし、面映くもあるの
ですが・・・・」
従妹は手を止める。
「にいさま。綾緒とどうか――夫婦(めおと)の約定を結んで下さいませ」
「――え?」
今、綾緒はなんと云ったのだろう。
「ま、待ってくれ、綾緒」
僕は身体を起こし、従妹と対面する。
「今――なんて云った?」
鏡が覗けば、恐らく蒼い顔があったに違いない。
僕は震える声でそう尋ねた。
蒼に対するは、赤。
従妹は頬を手で覆い、「何度も言わせないで下さい」と身を捩る。
「た、頼む、もう一度云ってくれ!」
今のは聞き間違いであるはずだ。
「にいさま・・・そんなに綾緒の口から祝事を聞きたいのですね」
祝事?
この子は何を云っているんだ?
従妹は背筋を伸ばす。破顔していた表情を凛と引き締め、
「楢柴綾緒は日ノ本創にいさまをお慕いしております。どうぞにいさま、綾緒との婚約を了承して
下さいませ」
「         」
僕は声が出ない。
この子は今なんと云った。
従妹とはいえ家族そのものと考えている相手だぞ。了承できるものではない。
「綾緒、お前・・・本気で云っているのか?」
「当然です。このような重大事に虚偽を用いるほど綾緒は落ちぶれてはおりません」
「・・・・・・・・・・・」
僕は頭を抱えた。
伯父の逡巡はこれだったのか。
「綾緒」
「はい」
「すまないがそれは出来ない」
「え?」
従妹は呆けた顔をする。
「僕は綾緒を大切な妹だと思っている。だから異性としては見れないよ」
「・・・・・・」
「伯父さんには僕から云っておく。綾緒と婚約なんて出来ませんって」
「・・・にいさま・・・」
綾緒が掠れた声を出す。


10 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/06/27(水) 19:12:02 ID:KNY2XH0W
「いくらにいさまでも、このようなときに戯言を口にしてはいけません」
「いや、冗談じゃないよ。今更綾緒をそんな風には見れない」
わかってくれ。僕は従妹に手を伸ばす。
刹那――

「に い さ ま」

綾緒の雰囲気が一変する。
「あ・・・・」
僕は手を止める。
(まずい)
これは、
(まずい)
夜叉が覗いている。
従妹は耳掻きを手に取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「にいさま。綾緒の言葉が聞こえませんでしたか?たった今御耳を掃除したと思っておりましたが、
まだ足りぬようですね」
綾緒は僕を抱き寄せて、耳元に口を寄せた。
「聞こえていますか、にいさま?」
「う・・・あ・・・・」
僕は頷く。
体中から汗が噴出しているのがわかる。
「そう。これくらい近ければ聞こえているでしょう。では、もう一度云いますね。――綾緒と夫婦の
約定を結んで下さいませ」
怖い。
恐い。
こわい。
コワイ。
(でも――)
こんなのは間違ってる。
「ご、ごめん綾緒。それは受け入れ――」

ずん。

何かが耳内を走り、勢い良く突き刺さっていた。
「――あ゛」
耳。
耳の奥が――
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
頭!!!
痛みが頭に響く!
熱くて、痛くて!僕はのた打ち回る。
「こちらの耳は不良品ですかぁ?仕方ありませんねぇ。綾緒が掃除して差し上げます」
グリ。グリ。グリ。グリ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!」
耳を!
耳掻きの入った穴の奥を!
従妹は何度も何度も突き刺し、掻き混ぜて往く。
「や、止めてくれええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
ドクドクと血が流れて往く。


11 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/06/27(水) 19:14:03 ID:KNY2XH0W
耳の中を何かが動いているのに。
こっちの耳からは何も聞こえない。
痛みだけが響くのに!
自分の絶叫が聞こえない!!
「にいさま。こちらの御耳はどうですか?綾緒の声、聞こえていますか?」
グリグリ。グリグリ。
『不良品』の耳を穿りながら、従妹はもう片方の耳に囁く。
「やめ・・・やめてくれえええええ!!!!」
「聞こえておりませんか。ならばこの御耳も――必要ありませんね」
綾緒はそう云って耳掻きを引き抜く。
見慣れていたはずのそれは、先から数cmまでもがぬめついた赤で染まっていた。
「き・・・!きこ・・・てる!きこぇてい・・・から・・・!!」
だからもう止めてくれぇ!!!
痛い。
痛いぃぃ!!
「それはようございました。聞こえているのですね?ではにいさま。にいさまのくちから、祝事を
語って下さい。矢張り女の口から云うべきことではありませんから。ささ、にいさま。殿方らしく
にいさまの口から綾緒に云うのですよ?」
僕は頷いた。
痛いけど、嫌だけど、それ以外になにが出来るんだ!
「あ・・・綾緒・・・・」
「はい」
涙が止まらない。
「ぼ、僕と、」
それは痛みのせいか。
「僕と――」
それともこの境遇のせいか。

その日、僕には将来を誓う婚約者が出来たのだった。