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161 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:08:32 ID:FZKvuD5l
目の前の目障りな害物へのあくまでも正当なけじめ、としてスタンガンの電撃を与えよう、そうすれば少しは反省して松本君の気苦労も軽減されるだろうと思い、
自分のこの報復の成功を信じて疑わなかった。
しかし、その矢先、私が害物のスタンガンを掴み取ったように、私は父にこうして愚かにも、スタンガンを取り上げられてしまったのである。
咄嗟のことに私は壊れた人形のように呆然としたまま、父のなすがままにスタンガンは取り上げられ、その物騒な装置のスイッチを即座に切られた。

父の目はいつものように陰のある目であり、どこか取り澄ましたような目をしている。
何事に対しても動じない父は、私の害物への報復を見て何と思ったのかしら?
娘が知らない女の子に対して凶行に及んでいる。悪くすると、殺そうとしている、そんな風に取ったかもしれない。
確かに、それを物語るように父の黒褐色の静やかな目からは、心なしか正反対の確かな憤りと悲しさを感受できた。
しかし、それは私に対して昔から無関心な父親故の誤解というもの。
私は、単にけじめをつけようとしただけなのだから。
白黒はっきりさせ、それなりの処遇を施すことが悪いことだというならば、何をもって、世の中の正邪の区別をしそれを正すというのか。
だから、父の突然の闖入は無粋でナンセンスなものであって、私にとっても憤りを感じるところ。


162 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:09:47 ID:FZKvuD5l
それなのに、父は私が悪いと思っているので、私の双眸に向けた目をそこから離さずにいた。
父は何も声を発していないのだが、そのまま話す以上に雄弁に目が語っていた。

謝って済むことでないが、早く彼女に謝りなさい、と―。
そして、何があったのか逐一、自分に話をするように、と―。

私にとっては、そんなことは歯牙にもかけない事。
なぜなら、私は松本君と私自身の幸せが最重要であって、それ以外のことは二の次で十分だと思っているからだ。
だから、今回も松本君のためにこの行為に出た訳であって、行為そのものに罪悪感とか良心の呵責とかいった物は感じない。
恐ろしさのあまり腰を抜かしているのか、あまりに突然の出来事と緊張の緩和からか、害物は気の抜けた顔でただ茫然自失としているのみであった。
そのため、誰一人として語を発するものがないという、異様な沈黙が生まれた。

その沈黙を破ったのは意外にも悠然とした態度をとっていた父だった。
「時雨、そのように黙っていたのでは何も物事は進まないものだよ。きちんと私に分かるように何があったのかをまず話しなさい。」
それから、父は視線をぼんやりとしてしまっている害物の方へとやり、君からも話を聞くので不公平はなく聞くつもりだよ、と安心させるような口調で優しく言った。
いつも、いつものことだが、父はこういうときだけ実情を知らなくて、問題を余計にややこしくするだけだというのに、訳知り顔で、父親ぶった行動をする。
それでも、きちんと話せば私が悪くないことを証明できるだろうか。
答えはダウト、などと松本君がいたら突込みを入れてくるところかもしれない。
別に父に理解してもらおうとは思わないが、私は父に今の事を話すことにした。


163 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:11:46 ID:FZKvuD5l
私の前で娘が今あったことの一部始終を話し出した。
私はその突起の穴から伸びている紐を腕にかけて、手のひらの中に銀白色の光沢が生々しい、
スティック状のスタンガンを確かに自分が保有していることを確かめるかのように、しっかりと抑えながら、娘の話す内容に耳を傾けた。
今日、私のすべき仕事自体は午前中に終わり、長らく無沙汰であった大学時代の友人から連絡があったので、
少しばかり話をしていたのだが、彼に急な用事ができ、すぐにお開きとなってしまった。
その彼の住んでいるという家は娘の学校の近くにあり、ここの学園長とは私の義父の友人であったことから、
今でも時折、会っては歴史の話をしているのだが、その例に漏らさず、学園長に会うためにやってきたが、今日は学校に来ていないようで、
何をするわけでもなかったのではなかったのだが屋上に出ようと思った。
そこで、私は時雨の凶行を目にした訳である。
しかし、それにはやや語弊があって、正しくは私は短いブロンドの小柄な少女に相対するような長身長髪、
黒髪のわが娘とが舌戦を繰り広げているところから、言ってしまえば最初から静観していたのだった。
だから、全ていきさつは知っており、最初にスタンガンを取り出したのは小柄な少女の方だということは知っている。
はじめにその少女が凶行に出ようとした時に止めに入ろうとしたが、すぐさま娘がスタンガンを取り上げてしまったので、止めに入る必要性を感じず、そのまま静観していた。
そして、その静観を破ったのは娘が凶行に出ようとしたからであった。
だから、正しく何があったかは私は完全に理解しているのだ。
その上で彼女らのあったこと、を話させて解決しようというのは角が立たないようにし、彼女らを一番納得させることができる、そう読んだからだ。



164 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:13:02 ID:FZKvuD5l
やや落ち着いてきたのか、朧気だった意識が明晰さを取り戻しつつあったブロンドの少女は時雨の話す内容を耳をそばだてて聞き、
彼女からすれば不公平に感じることがあったのだろうか、目には怒りの色をたたえていた。
それから、平板な印象の強い時雨の形式的な説明が終わると、怒りに満ち満ちた表情のブロンドの少女に落ち着いて話すようにと、
落ち着いて、というところを強調して促した。
人は皆大なり小なりとも、嘘をつくものだ。だからといっては私は取り立てて、嘘が悪いと声高に叫ぶこともないし、そう思いはしない。
というのも、嘘をつくことは自分に対して正直であると私は考えているからだ。
だから問題の解決には第三者の視点から見た主観の入っていないものが一番合理的に思える、が、この場合はそうではないのだ。
実際に二人に言いたいことをまず完全に言い切らせることで、一定の満足を与える。
それが問題解決に思わぬ効果を与える。
また、このブロンドの少女が何者か解らなかった私にとっては、彼女らの説明を聞くことで一層状況を深く把握できるという効果もあるのだ。


165 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:14:07 ID:FZKvuD5l
さて、このブロンドの少女、松本理沙と私の娘、北方時雨の双方の意見を聞き、彼女らの争いは例の松本君に起因している。
幸いにも今回誰も外傷を負ったものがいないわけなので、極端にどちらが悪いということは言い切ることができなかった。
また、松本君自身の病状を考えたならば、松本君がどう思うのか、精神的ダメージについて考えるようにいい、その病状を根拠に彼を安静に休ませてやるように合意させた。
具体的には完治するまで、理沙と時雨を松本君に会わせない、という方針を提案した。
流石にこれは逆効果かと思ったが、なんとか説き伏せて共に認めさせる事に成功した。
喧嘩両成敗という形をとり、何とかこの問題を解決できそうだ。
後は時雨自身ともう少し対話する機会を設けて、何とか松本君に私と同じ目にあわせないように努力してみることにしよう。




北方利隆は自身がこの問題を仲介し、自己の力で解決へと導けると信じて疑わずにいた。
ここで喧嘩両成敗という方針を採ったことで松本理沙、北方時雨の両名から恨まれる結果となるなどと、予想だにしていなかった。
北方時雨が所持する本では髪長姫の行く末を案じた優柔不断な彼女の父は結果的に皆から恨まれ、無残にも全員から惨殺の目に遭って死ぬ、そう綴られていた。
また、面白いことに彼女の妻もこの殺害に加わっていたのである。
彼女は言う―愛するが故に殺したのだ、と。



166 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:14:58 ID:FZKvuD5l
今日は綺麗な夕焼けが拝めるか、などと思っていると、急速に墨をこぼしたように暗雲が立ち込めてきた。
それは予想通り雨雲であったようで、激しい雨を降らせていく。
先程までの良いお天気もどこへやら、流石は梅雨の時期だけあるなどと、無駄に感心してしまう。
医者の話だと一ヶ月以上はこの脳細胞のゲシュタルト崩壊機能を目玉とする病人収容所に無料で
(いや、北方家が払ってくれるとか、何とからしい。それを聞いて親は一文も払う気がなくなったらしい。薄情め。)入所、体験実習できるらしい。
しかも、それだけでも腸をえぐられるような高邁な満足感があるのにも関わらず、平安貴族向けですか、
と子一時間問い詰めたくなるようなすばらしく高雅な味付けの楽しいお食事が三食付いて、寝ることが仕事、
という更なる鉛のような、真鍮のような、そんな金属とか言っても非金属だったり、単に比重が重いだけのお得感。
……妙に皮肉が浮かんできたので脳内でそれを紡いでこんな風に継ぎ合わせてみたが、いや、我ながらナンセンスだ、はは。
いや、笑えない、笑えない。



167 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/07/08(日) 02:15:03 ID:Qq/vzm6U
>>159
GJ!起きてて良かった


168 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:15:48 ID:FZKvuD5l
昨日はかなりの時間を北方さんの本を読むことに費やしていたが、今日はその本をそこまで長時間読んでいなかった。
北方さんが今日見舞いに来てくれる、そう一昨日に言ったのだが、その指定された時刻を大幅に過ぎても彼女はやってこないので、さっきから心配しているためである。
しかし、彼女にも用事というものがあるのだろう。急にできた用事のせいで僕のところに来れなくなった、ということがあってもそれは不思議なことじゃない。
そうこうしている内に、夕食が僕だけしかいない味気ない病室に妙に優しい看護婦さんの手によって届けられ、それを食べているうちに面会時刻は終わってしまった。
あれほどずっと傍にいた彼女が急にいなくなると、その寂しさが際立ってしまうものだ。怪我をして、こうして一人でいる時間が長いからか、なんとなく心細く感じる。
塩気が完全に抜けている味気ない鮭の切り身をいくつかに箸を使って分けて、その一切れを口にしながら、監獄に不似合いに取り付けられた一つだけの窓から外を眺める。
目を醒ました一昨日から時折眺めてきた、その窓だ。
外では、ざあざあと大粒の雨粒が音を立てて狂ったように踊っている。



169 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:17:36 ID:FZKvuD5l
そういえば、あの時もこんな陽気の日だった。
初夏の蒸し暑く晴れていた日、僕は珍しく体調が良くなった日が続いていた妹を連れて、近所の散歩をしたり、近くの公園へ遊びに行ったりした。
理沙は一時期かなり病弱で、入退院を繰り返し、家にいるときでさえ、寝たきりでいる時間のほうが長かった記憶がある。
そんな中、体調が極めて数日の間優れていた日があった。小康状態が時折訪れることはそれまでにはたびたびあったのだが、
そのときはそれまで以上で、医師ですら、狐につままれたような表情でもう少しで完全に治るなどといっていた。
そんなことがあって、僕は病院以外の理由ではめったに外に出ることがなくなっていた、理沙をその体調がいい日に連れ出して、
近所を散歩したり、公園へ連れて行きごく普通の子供ならば、普通に親しんでいるブランコに乗せたり、砂場遊びをしたりした。
皆、僕と同世代の子供たちは見慣れぬ妹の存在を物珍しげに遠くから眺めてはいたが、誰一人として理沙に話しかけてくるものなどいなかった。
僕以外の誰もが無視をしていることに気づいた理沙は時折涙を見せていたことがあった。
僕だけが理沙と話をして、家とは違った遊びに興じる、そういう構図に理沙自身が満足しつつあったとき、悲劇は起こった。
ひどい喘息の発作が起こり、僕は救急車を手配し、親に連絡を取った。幼心に妹が死んでしまうという恐怖心に震えていたことを覚えている。
病院へ運ばれた理沙は緊急手術を受けることになり、他の子が幼稚園を卒園するくらいまでの間ずっと、病院に入院するか、常に薬を常用しているかしていた。
思えば、理沙は病弱だった幼少期、こんなに閉塞感にさいなまれながら闘病生活を続けてきたのだろう。
どれだけ、心細かったことだろうか。それに対して、僕はその理沙に対してどれだけ力になってやれたのだろうか。
そもそも、僕が理沙を無理に連れ出すことがなければ、こんなことになっていなかったのかもしれない。
それは、そのままにしていても小康状態が終わり、このひどい発作が発生していたことも考えられるが、あまりに関係があるように感じられてならない。


170 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:19:04 ID:FZKvuD5l
そういえば、入院して以来、理沙の顔を見ていない。
あの子は確かに北方さんの自転車に細工をして、この僕が負っている傷を北方さんに与えようとした。
しかし、それは僕が自分の単なるうぬぼれに過ぎないかもしれないが、あの子の不安感や恐怖心を取り除く唯一の光であり続けたのに、
急にここのところ、北方さんといろいろと接近して、あの子のために時間を割いてやることが少なくなったのが原因なのだ。
理沙のことだから、当然、僕に対して不平不満を面と向かって漏らすようなことはしないだろう。

今になって考えてみると、理沙はかまって欲しいというサインを明らかに発していたと思う。
第一に、いつも学校に行く前に遅くなることを事前に言わなければ、必ずすぐに帰ってきた僕が、理由も言わないまま遅く帰って、
一緒にお風呂に入ろう、そう提案してきたとき。
第二に、僕が昼食を北方さんととっているときに取った理沙の不愉快そうな態度。
第三に、理沙が一緒に帰ろうといってきた申し出を面前で断って、北方さんの家に行ったこと。
特に、このときのサインを気づかずに、正しくは心のどこかでは、気づいていたのかもしれないが、
完全に理沙か北方さんかという、二択において拒絶してしまったことが大きかったのかもしれない。

少し考えるだけでもこれだけのサインが浮かび上がってくるのだ。
勝気な彼女は人前で悲しそうな顔をするだろうか。
いや、しないだろう。そういえば、あの北方さんの家の車に乗せてもらって帰ってきたとき出迎えた理沙の表情は笑っていなかっただろうか?
堤防を決壊し、勢いよく溢れ出てしまいそうになる感情を押し殺しながら笑みを作ったのかもしれない。



171 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:19:52 ID:FZKvuD5l
北方さんを確かに僕は愛しているつもりだ。現に北方さんも僕のことを愛してくれているだろう。
彼女の暗い過去を受け止め、共有し、それを忘れてしまうような楽しい日々を一緒に送れたらいかに満足なことか。
彼女自身も僕と過ごす日々が楽しいと言ってくれた。また、彼女のお父さんも僕の存在を認めてくれたのだ。
でも、これだけの好条件が揃いに揃っていたとしても、今の僕の立たされている状態は順風満帆ではなかった。
問題はいくつかあって、曰く、北方さんを理沙よりも優先させることは理沙を明らかに破滅させる。
二に曰く、理沙を北方さんよりも優先させることは北方さんを完全に破滅させ、最悪の事態どんなことが起こるかわからない。
そう、この問題はアイロニーなまでに典型的な二律背反。アンチノミー。こんな選択をすることができるわけがない。
さらに、心のどこかでは未だに何とかなるのでは、という淡い期待を抱いている自分がいるようで、その自分がこの選択をさせないようだ。


172 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:21:33 ID:FZKvuD5l
コンコンと、病室のドアを叩く音が味気ない病室に響く。
どうぞ、と入室を許可してから、視線を開扉されたドアにやると、そこには年の割りに白髪が多く黒髪に交じり、瀟洒なスーツを着ている男性が立っていた。
北方さんのお父さんだ。

「松本君、君は私のことを覚えていないかもしれませんが、北方時雨の父、北方利隆です。」
「いえ、北方さんのお父さん、だとしっかりと把握しておりますが。」
北方さんのお父さんがいったい何のようであろうか、と咄嗟に何か理由となりそうなことが脳の引き出しの中から見つからず、率直にそう思った。
「……今日は、時雨が君を見舞いに来ることになっていたと思うのだが……」
「確かに、今日は…そうですね、一時間半ほど前までにはこの病室に来るということになっていました。」
目覚まし時計の今の時刻を確認した上で、そう答えた。
「そうですか、それで時雨からは何か君に対して連絡は来たのかね。」
「いえ、来ていません。」
「………そう、だったか。」
連絡が何も来ていないことを手短に相手に伝えると、驚きを隠せないといった表情で応答した。
「娘には自分で君に説明するように、と言ったのだが…」
あの賢く合理的でそつなく物事をこなす、あの北方さんが連絡しないというのは何かあるのかもしれない、
そう直感的に動物的感覚に近い何かで感じ取った。
いったい、その何か、とは何のことだろうか?
しかも彼女自身が言い出しにくいこと、敢えて強めて言うならば、僕に聞かせたくない言葉、となるのだろうが皆目見当がつかない。


173 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:23:10 ID:FZKvuD5l
「……どんなことを説明するのか皆目、僕にはわかりません。」
「そうだった、君自身が考えても、何を時雨が君に説明しなければならないか、それは理解できないはずだね。」
「単刀直入に言ってしまうと、君の身体が治るまで時雨には君に会わせないようにしたというところである。
また、君に対して指図するようで申し訳ないが、体調が良くなるまでの間は時雨に会わないでやってくれないだろうか。」

あまりのことに絶句した。

何を説明するのかと思えば、唐突に北方さんと会わないでくれ、という発言。
一体どういうわけでそうしなければならないのかわからない。北方さんのお父さんが言うことなのだから、
何らかの謂れがあるのだろうが、これを北方さんに説明しろ、というのはあまりに酷な注文だ。
いつだったか、北方さんは自身の父に対して、不平を漏らしていたことがあり、それどころか嫌いであるとまで言い切っていた。
今のこの発言で、彼女がそのような感情を父に対して抱く理由が理解できたと思う。
そう思っていると、僕のその心境を深く考えるまでもなく、すぐに察したらしく本当に申し訳なさそうな顔をしながら、口を開いた。

「あるときは傍にいてやってくれと言ってみたり、また今は離れていてくれと臆面もなく言う。
それがいかに、得手勝手で、厚顔無恥なことであるかは、私自身が一番、一番理解しているつもりだよ。」
「だがね、事は差し迫っているのだ。君が事故にあってから、一週間と経過していないのだが、こんなにも問題が大きくなってしまうとは思わなかったのだ。
どうか、この状況を理解してくれないだろうか。」


174 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:24:57 ID:FZKvuD5l
そこで、問題が大きくなった、という句にかかる箇所があって、そこに関して質問をしようと思ったのだが、もう北方さんのお父さんにはそれを意に介する為の余裕がなくなっているらしく、
そのまま話し続けてきた。
「……君は私が君を嫌っているという風にとったかもしれないが、それは違うとはっきり言っておきたい。
寧ろ、君は昔の僕と似ているような気がしてならない。だから、お節介だと知りつつも、余計なことに手出しをしてしまうのだ。」
「僕が、あなたに、ですか?」
「そう。だから、君に私が味わったような思いをさせたくなくてね。このままでは、君は私が味わった苦痛、耐え難い理不尽な不幸の連続、それ以上の苦しみ、
言ってしまえば煉獄の苦しみを味わうことになってしまう。それだけは私は絶対に、避けたいのだ。」
必死な僕に対する態度から、単に僕と北方さんの関係を嫌悪した故の行動とは割り切れないものである、むしろ異質なものであることがひしひしと伝わってきた。
しかし、一向に解せないのは、そもそも僕が置かれているという大変な状況、という奴である。
「解りました。北方さんのお父さんにそう言われては、当然、従わないわけにはいきません。」
「どうもありがとう。私が言っているのは滅茶苦茶で身勝手なことに他ならない。それなのに、本当に申し訳ない。
ただ、申し訳ないついでに一つ勘違いして欲しくないことは私自身の意見としては時雨と君の関係を肯定している、ということだ。本当にこれだけは信用して欲しい。」
「はい、それに関しては僕も理解しているつもりです。しかし、確認しますが、僕が病院を退院したならば、これまで通り北方さんと付き合ってよろしいですか?」
「時雨があれほどまでに信用するのは君だけだ。だから、君は時雨の傍に極力いて欲しい。だから、当然それは許すつもりだよ。」
「それともう一点ですが、僕自身、その大変な事態、というものがいまいち理解できていないのですが、細かく説明してもらえますか?」


175 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:26:43 ID:FZKvuD5l
それから、昨日の放課後に起きたことの一部始終が語られた。
正直なところ、理沙が北方さんを呼び出して、襲おうとしていたことに驚きを隠せなかった。
これによって、未だに女々しくも自転車事故は偶然の産物だなどと観測的な考えを滅しきっていなかったのだが、
これで完全に理沙によるものだと理解した。
が、それと同様に驚いたのは、北方さんもその取り上げたスタンガンで理沙に対する害意を持ったということである。
やはり、理沙に対しては今までのサインに気づいてやれなかったことが大きかったのだろうか。
このままでは、本当に大きな傷を作ってしまうことになりかねない。そもそも、理沙が北方さんを襲うことがなければ、
北方さんも理沙に対して攻撃しようとしなかったような気もする。
そうすると、やはり僕は理沙に対する接し方を大きく誤っていたのだ。
もし、そうだとしても今回は誰にも死傷者は出なかったのだ。
二度の理沙の暴走の結果、結局のところ、痛い思いをしたのは僕だけだった。


176 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:27:35 ID:FZKvuD5l
見方によってだが、言ってしまえば、これは三つのさいころが同時に全て、六の目を出したかのような幸運であるというべきかもしれない。
もっと具体的に述べるなら、まだ理沙ときちんと向き合って、問題を解決する為のチャンスがあるということだ。
その機会を活かさなくて何が幸運だ。
常々、不幸は幸せの三倍多い、などと言っているのだから、ここで幸運を活かさなくてどこで活かすというのだろうか。
幸いにも、北方さんのお父さんは理沙に会うことも禁じる、とは一言も言っていない。今度、この病室に理沙を呼び、きちんと話し合う機会を作ろう。
いまさら何を言っているのかと自嘲的に思ったが、兄として、少しでも理沙の暴走をきちんと清算しなければならないと思う。



177 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:28:48 ID:FZKvuD5l
話そうとした全ての話を全て語り終えて、自分の娘と松本弘行を彼自身の体調が回復するまで、会わせない、
という条件を呑ませた北方利隆は病室を後にした。
強酸のような濃密さの短時間で、自分の望むように話をつけたことに満足し、
肩をなでおろしていてもおかしくない状況だったが、利隆の表情はどこか空気の入ってしまった氷のようにくもったもので、
どこか浮かない表情だった。

その暗い表情の理由はごく簡単なことに起因している。彼は自身の娘である時雨と松本理沙の二人の調停をした際の約束の一つ、
一つであったが非常に重みのある一点において、約束を松本弘行に伝えず、違えようとしていたのだ。
その約束とは、北方時雨を納得させるために見繕った条件である、時雨が松本弘行に会わない間は、妹である理沙も兄に会わないで、
静かに完治するのを待つように、という条件であった。

利隆は仲介時の理沙の態度や思考といったその場で咄嗟に判断できる事柄から、約束を確実に反故にする、
また、実は実の娘である時雨以上に暴走する可能性があるのではないか、と踏んだのだった。
対して、時雨の場合、この条件に関しての松本弘行の同意があったならば、すぐに従うであろう事は今までのことから予想できた。


178 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/07/08(日) 02:29:40 ID:FZKvuD5l
このことを活かして、利隆は弘行に理沙と極秘裏に、少なくとも時雨に伝わらないように会わせ、理沙に暴走に関して反省させ、この三角関係とも呼べなくなりつつある、
異常な状態にピリオドを打とうと画策していたのであった。
しかし、実の娘である時雨に毛嫌いされ続けながらも、父として娘に父らしいことをしたいと思っていた利隆にとっては、再び娘を欺くことは大きな苦痛であったようである。
夕立のように短い時間の内に降り終るであろう、と思っていた雨は、上空の黒雲が大粒の雨粒を降らせている為、未だに止みそうにない。部下を使って車に乗ることなく、
行きは傘をさしながら歩いてきた利隆であったが、帰りは傘をささずに、暑さと対照的に冷たい雨に瀟洒なスーツが濡れることを厭わずに、ただ雨に身を任せていた。
しかし、それが不快なものと感じることがないようで、自宅に繋がる道を暗闇の中、ただ歩を進めるばかりであった。
頬を雨粒が伝い落ちていく。しかし伝うものは雨ばかりでなかったようだ。