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182 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:37:47 ID:e3g7TlOW
第十六話~犯行の動機~

 まぶたが重い。
 上下のまぶたが糊でくっついているようにべとべとする。
 服の袖で目をこすり、目やにを取り除く。
 少しだけ軽くなった目を開けると、白い袖が見えた。
 袖口から離れた位置には薄いブルーの横線が入っている。
 腕を下ろし、目線を自分の胸元へ。
 そこで飛び込んできたものもまた白だった。
 俺の部屋にある掛け布団のカバーは、あまり洗っていないせいでくすんだ色をしている。
 とてもじゃないが、今体の上にかけられている布団のような純白とは程遠い色だったはずだ。

 違和感を覚えつつ、視線を上へ向ける。
 天井が見えた。またしても白。合板の継ぎ目の色が違うせいで、そこだけが浮いていた。
 首を左に傾けると、閉め切られている窓が見えた。
 窓の向こうには、電信柱があって、その向こう側には曇り空が広がっていた。
 雲は幾重にも重なっていて、日の光を通していない。
 寒そうだ。外はかなり冷え込んでいるのかもしれない。
 そう思うとずっとこうやって布団の中に潜り込んでいたくなる。

 だが、それはできない。
 今いる場所が病院だということはすでにわかっている。
 俺はここで眠っているわけにはいかないのだ。
 やらなければいけないことがある。
 十本松にどういうわけかさらわれた香織を助けなければならない。
 そのためには、まず動かなければ。

 体をゆっくりと起こしていく。頭の中を軽い痺れが走った。
 かけ布団を跳ね除け、ベッドの右に足を下ろす。
「おはようございます。遠山雄志さん」
 不意に声をかけられた。視線を床から上げる。
 ベッドの横にスーツ姿で小太りの中年男性が椅子に座っていた。
 男性はジャケットの中に手を入れると、黒い手帳を取り出した。
 手帳を広げると、俺にその中身を見せた。
「県警の刑事課の中村と言います」
「はぁ……刑事さん?」
「はい。あなたの自宅で起こった銃声について、質問をさせてください」
 相手をする気分ではない。
 しかし、相手は刑事。下手な態度をとるのはよくないだろう。



183 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:39:53 ID:e3g7TlOW
 俺は焦る気持ちを抑えて、中村という刑事と向き合った。
「いいですよ。どうぞ、質問をしてください」
「ええ。それでは……あなたが覚えている事件の詳細を教えてください」
 俺は言葉を選んでわかりやすいように説明した。
 刑事は話を聞きながら、手帳にペンを走らせている。

「……なるほど。だいたいの状況はわかりました。
 つまり、その十本松あすかという女性が、あなたの部屋のドアノブに向けて拳銃を発砲したと」
「たしか、6発撃ったと思います」
「鑑識も6発の銃弾を発見しました。それは間違いないです。
 その後、あなたの部屋に忍び込み、あなたとあなたの従妹を気絶させ、女性をさらった。
 お名前は天野香織さん。あなたとの関係は、恋人」
「……はい」
「この、天野さんがさらわれた理由について、何か心当たりはありませんか?」
 俺は何も思い当たらなかったので首を振った。
「よーく思い出してください。どんな些細なことでもかまいません。
 それが手がかりになるかもしれないんです」
「香織と十本松は、お互いの父親が知り合いだったみたいです。
 2人は顔見知り程度の関係で、最近はあまり面識がなかったらしいです」
「ふんふん……他には、何かありますか? 父親同士で確執があったとか」

 刑事から目を逸らして黙考する。
 以前十本松に聞いた話では、香織の父親はビルから飛び降りて死んだらしい。
 自殺か、それとも他殺かはわからないと言っていた。
 十本松の父親は、なんで死んだのかわからないがこの世にはいないようだ。
 そういえば昨日、十本松は俺に父親を殺されたとか言っていたな。
 なんか、前世がどうとかも喋っていた気がする。
 どうせ十本松の言うことだ。
 深い意味なんかないだろうし、それ以前に信用に足るとは言えない。
 もし本当に十本松や香織の父親が死んでいるのならば、警察が調べればそんなことはすぐわかる。
 この刑事に喋る必要はないだろう。

「特に無いですね。2人とも父親を亡くしているらしいとは聞いてますけど、疑わしいし」
「疑わしいと、なぜ思うんですか?」
「事件の犯人から聞いた情報なんか、嘘っぽいですから」
「……ああ、なるほど。それは言えてますね。では、十本松という人物が住んでいる場所に心当たりは?」
「菊川邸に住んでいたみたいです。今はどうか知りませんけど」
「菊川ですか……またやっかいなところが……」

 刑事は手帳をしまうと、椅子から立ち上がった。
「ありがとうございました。あなたの従妹さんとの話と合わせればかなり捜査が進みそうです」
「華にも話を?」
「聞きました。2人とも病院に搬送して、一夜明けた今朝、彼女に話を伺いました」
「……華も怪我をしていたんですか」
「も、ではなく彼女だけが怪我をしていました。あなたはただの脳震盪で倒れていただけです。
 従妹さんは、肋骨にひびが入っていて、さらに吐血までしていました。
 内臓に後遺症が残らなかったのは、不幸中の幸いでした」



184 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:41:06 ID:e3g7TlOW
「それで、華はどこに?」
「隣の病室にいます。彼女、あなたのことを心配していましたよ」
「後で行ってみます」
「ぜひそうされてください。では、私はこれで」
 刑事は軽く頭を下げると、病室の扉から出て行った。
 足音が聞こえなくなるまで待つ。……聞こえなくなった。
 そろそろ動こう。香織を助けにいかなくてはならない。

 ドアを開けて病室から頭を出して、周りを確認する。
 廊下には白衣を着た病院の人間と患者らしき人間しか居ない。
 さっきの刑事はいないし、俺を観察しているような人間も居なかった。
 病室の壁に掛かっている時計の針は、昼と言ったほうがいい時間を差していた。
 昨夜十本松が俺の部屋に来てから一夜明けて、今は昼。
 十本松が俺の部屋に来たのは午後7時ごろ。あれから12時間以上経ってしまった。
 十本松が香織をさらって何をするかわからないから、時間が過ぎるごとにまずいことに
なっていくのかは判断できない。
 しかし、あそこまで強引に香織をさらっていった以上、冗談だよ何もするつもりはなかったんだ、
などとは言わないだろう。
 もしそうだったらすぐにでも引きずりだして警察に突き出してやる。
 が……十本松が本気だろうと冗談だろうと、俺にはどうすることもできない。
 さっきのように、俺の自宅にやってきて拳銃を撃ち香織をさらった犯人が十本松だと
警察に言うだけで精一杯だ。
 十本松がどこにいるのかがわからない。
 もっとも、それがわかれば警察だって苦労はしないだろう。
 わかっていればとっくに十本松を捕まえているはず。
 わかっていないから、俺に話を聞きに来たんだ。
 まだ菊川邸に潜んでいるのか、秘密のアジトに隠れているのか、何の変哲もない
民家に住んでいるのか、どれもありそうだけど確信を得ることはできない。

 十本松は菊川邸の一室に部屋を持っていた。以前から菊川邸に住んでいたと考えられる。
 菊川邸で起こった爆発事件の犯人は十本松。
 直接聞いたわけではないが、昨日の行動から考えれば十本松がクロで間違いない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 香織は助けなければいけない。
 香織に告白する前なら、警察にまかせっきりにして自分はじっとしていただろう。
 けれど、今は違う。俺は香織を助けたいと思っている。
 こうやってじっとしているだけでいらいらする。動きたくなってくる。

 今度目の前に現れたら殺す、と十本松は言った。
 ならば、俺はお前に殺される前に香織を助け出す。
 それで、終わらせる。



185 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:41:51 ID:e3g7TlOW
 隣の病室のドアを3回ノックする。返事はない。
 ゆっくりとドアを引くと、さっきまで居た病室と同じ光景が広がっていた。
 ベッドの上には華がいる。ベッドで横になって眠っていた。
 置かれたままになっている椅子に座って華を観察する。
 白い布団から、華の頭と手首が出ていた。
 華は見られているとは知らず、無防備な寝顔をさらしている。
 さっきの刑事の話では肋骨にひびが入るほどの怪我を負っているらしい。
 それをやったのは、間違いなく十本松だ。
 一体十本松は華に何をしたのだろう。
 拳の一撃か、体当たりか、蹴りか。
 ドアを開けるとき、銃弾を撃ちつくしておいてくれてよかったと思う。
 もしかしたら、華が撃たれていたかもしれなかった。

 華のやつ、俺と香織が付き合っていると知って何をしてくるかと思えば、俺の手が出せない
場所で香織に危害を加えようとしてきた。
 そういう意味で考えれば、十本松が来てくれてよかったとも思うが……。
 もし十本松が来なかったら、俺は華を止めて香織を助けられたのだろうか?
 管理人のところに行って鍵を借りてきて、戻ってきたとき香織が無傷でいられたのか?

 待て。そもそも、華は香織に危害を加えようとしていたのか?
 直感で香織が危ないということはわかったが、実際にはどうするつもりだったのか。
 仮に華が香織に暴力を振るおうとしていたとして、なぜ華がそれをする?
 華が言った、「俺を奪った香織は許せない」という言葉。
 言葉の通り、香織を許せなかったからあんなことをしたのか?
 もしそうなら、華を放っておくわけにはいかない。
 俺と香織が付き合っていることを納得してもらわなければいけない。

 けれど、それをするのは今じゃない。
 十本松の居場所を突き止めて、香織を助けてからになる。
 ここに来たのは、華を起こすためではなく、華の無事を確かめるためだ。
 華に協力してもらうわけにはいかない。
 怪我をしているし、第一華の身が危険にさらされる。
 それに、香織を助けるための協力をしてくれるかどうかもあやしい。
 協力してくれる人が多いにこしたことはないが、華の力は借りられない。

 眠ったままの華の頬に右手を当てる。
 その途端、華がぴくりと身を震わせた。体を震わせただけで、起きる気配は無かった。
 そのまま眠っていてくれ。
 俺は今から、この病院を出て香織と十本松の居場所を探しに行く。
 そんなことをするのは俺だけでいい。
 俺のことを想ってくれる華の気持ちに応えられないのは悪かったと思う。
 だけど、俺は華を傷つけたかったわけじゃない。自分に嘘をつけなかっただけだ。

 華の髪の毛を撫でる。さらさらしていて、暖かくて、いつまでも触っていたくなる髪だ。
 ごめんな。俺もお前のことが好きだけど、お前の気持ちにはやはり応えられない。
 香織の代わりに俺を殴ってくれ。俺なら次の日には必ずケロッとしているはずだから。
 俺が香織を助けられたら、そうしてくれ。



186 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:43:20 ID:e3g7TlOW
 人に見つからないよう病院を出て、自宅へ向かう。
 空は相変わらず曇りで、晴れ間を覗かせる様子は無い。
 まだまだこの季節は寒い。今日は風が強くないのが幸いだ。

 香織を助ける。そのためには、十本松を探し出さなければならない。
 十本松は今どこにいるんだ?
 可能性がありそうなのは菊川邸だが、いつまでもそこに留まっているとも考えられない。
 それに、先日の爆発事件で菊川邸は警察にも注意を向けられているはずだ。
 とすると他の場所。しかし十本松が居そうな場所なんて見当もつかない。
 華の通っている大学で聞き込みをしてみるか?
 だけど十本松と積極的に関わろうとする人間なんているんだろうか?
 だめだ。聞き込みはあてにならない。時間もかかる。

 なら、もう一度菊川邸に侵入してみるか?
 俺と華が脱出するときに使った裏道を使えば、中に入れる可能性がある。
 菊川邸の外を囲っている雑木林から県道に出た場所は、どこにでもありそうなわき道だった。
 あそこなら人の目につかず侵入することができる。
 問題はまだある。侵入できたとして、それからのこと。

 どうやって十本松に繋がる手がかりを探し出すか。
 脱出に使った屋敷からの出口は十本松の部屋だった。
 部屋をあされば何か見つかるかもしれないが、全て隠滅されているかもしれないと思うとあてにはできない。
 それなら、他の手段。屋敷の中をくまなく捜索する。
 ……これも駄目か。爆発事件の後でうろついている部外者が居たら、そいつは袋叩きの目に会うだろう。
 俺が袋叩きの目に会うわけにはいかない。

 せめて、菊川家に関係する人物でもいれば何かわかるかもしれない。
 だが、どうやって探す? 誰一人として菊川家に関係する人間なんて知らないぞ。
 かなこさんは知り合いといえば知り合いだが、連絡をとる手段がない。
 連絡をとる手段があるならとっくに俺はそれを試している。
 何の手段がないからこそ、かなこさんが無事か心配なんだ。

「さっそく手詰まりか……」
 歩きながら、頭をかく。
 なにか他に手はないのか?所詮俺1人ではどうすることもできないのか?
 情けない。香織がさらわれたというのに何もできないなんて。
 恋人の身が危険にさらされているというのに。
 どうしたらいいんだ――?



187 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:44:52 ID:e3g7TlOW
 考えながら歩いていたら、自分の住むアパートの前に到着していた。
 2階にある自分の部屋のドアを見る。ここからではドアノブまでは見えない。
 ドアの前に人がいる様子はなかった。警察もあらかた調べ終えたんだろう。

 階段を登り、2階の自室のドアを開ける。
 そこに、知らない人が居た。
 玄関にいる俺の位置からは、その人物の顔は見えない。
 見えるのは頭を覆う白髪と、スーツかタキシードらしき格好のみ。
 スーツを見て、一瞬十本松かと疑ったが、あいつは白髪を生やしていない。
 となると、別の人物だ。
 誰だ?この状況で、勝手に俺の部屋に侵入する人間は。

 警戒しながら靴を脱ぐ。声をかけるため、静かに息を吸う。
 白髪の人物に向けて声をかけようとしたら、先手を打たれた。
「遠山様ですね」
 低い声。髪の毛が全て白くなるまで年をとっている人物とは思えないほど声に力を感じられる。
 俺の名前を知られている。なら、黙っているわけにもいかない。
「……ええ。俺が遠山雄志です」
「お待ちしておりました。私は――」
 畳の上に正座している人物が、玄関にいる俺に体を向けた。
「菊川本家長女、菊川かなこ様の執事、室田と申します」
「かなこさんの、執事?」
「そうでございます」

 今まで見たことがないけど、執事って本当に居たのか。
 しかし、服装や姿勢は本当にイメージどおりだな。
 勝手に人の家に入っているところだけは、イメージどころか予想すらしなかったが。
「勝手にお部屋に入ってしまったことはお詫び申し上げます。どうか、お許しくださいませ」
「もちろん勝手に入ったのには、理由がありますよね?」
「はい。火急の事態ゆえ、こうせざるをえませんでした」
「話してもらえますか?」
「はい。そのために遠山様を訪ねてきたのです」

 白髪の執事、室田さんと向かいあって座る。
 この人と向かい合っていると、勝手に足が正座を組んでしまう。
 こういう雰囲気の人が嫌いなわけではないんだけど、一対一で話すのは得意じゃない。
 とりあえず、事情を聞いてみるか。
「俺から質問します。なんで部屋に入ったんですか?」
「実は、私は命を狙われております。それゆえ、外で待っていることができませんでした」
「……誰に?」
「十本松あすかの手の者にです。もっとも、私を狙うのは安全策といったところでしょう。
 本命は、かなこ様です」
「かなこさんは生きているんですか?!」
「はい。私が屋敷から追われる昨夜まで、かなこ様は無事でした」
 よかった。肩の荷が一つおりた。



188 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:45:49 ID:e3g7TlOW
「しかし、今もかなこ様が無事であるかはわかりかねます」
「なぜ?」
「桂造様を殺害した十本松あすかが、かなこ様を無事でおいておくとは考えられません」
「桂造……菊川家の、当主の方?」
「はい。誕生パーティの翌朝、十本松あすかの仕掛けた爆弾の爆発に巻き込まれ、亡くなられました」

 あの日、爆発は2回起こっていた。
 1回目は俺と華とかなこさんの近くで爆発が起きた。
 あれが2回目の爆発に注意を向けさせないためのものだったとすれば、
1回目の爆発の威力が低かったことにも合点がいく。
 2回目の爆発が本命。当主の桂造氏の命が十本松の目的だったということか。

「昨晩のことをお話します。私は9時ごろ、ショックで寝込んでいたかなこ様に付き添っておりました。
 そこへ、十本松あすかと屋敷の人間の数名がやってきました。
 十本松あすかは私を拳銃で脅し、かなこ様をどこかへ連れ去りました。
 隙を見て、私は屋敷から脱出したのです」
 かなこさんがさらわれた?!
 くそったれ。香織に続いてかなこさんもか。
 十本松は何をするつもりだ?

「それで、屋敷に住んでいる人達は十本松を止めなかったんですか?」
「止めるものはおりませんでした。おそらく、あの屋敷の使用人全てが十本松あすかに従っております。
 桂造様を殺害するために、ずっと準備を重ねていたのでしょう。あの女は」
「なぜ十本松がそんなことをしたのかはわかっているんですか?」
「……それは……」
 室田さんは俺の目から視線を外した。
 さっきまで詰まることなく話をしていた人物が見せるとまどい。
 話しにくいことなのか?もしくは口止めされているとか?

「桂造様は亡くなられました。このうえ、かなこ様を失うわけにはいきません。
 ……お話しましょう。他言無用で、お願いいたします」
 俺は無言で頷いた。
「十本松あすかは菊川家の人間を恨んでおります。
 その理由は、桂造様が十本松あすかの父を謀殺したからです」
「え……?」

 十本松の父親が、かなこさんの父親に殺されていた?
 じゃあ、十本松は父親の仇を討つために桂造氏を殺害したということか?
 それなら、あいつがかなこさんを連れ去る理由もわかる。
 かなこさんは無事なのか?
 あいつが菊川家の人間全てを恨んでいるなら、かなこさんに危害を加えない理由が無い。
 いやむしろ、そうするのが自然だ。

「私は十本松あすかの父、十本松義也を殺す計画を、桂造様が立てていることに気づきました。
 私が警告しても十本松義也は聞き入れませんでした。
 数ヶ月が経ち、十本松義也が殺害されたことを知った私は、独自に調査を始めました。
 そこで気づいたのは、十本松あすかが行っていた事業を桂造様ともう1人の人物が引き継いだことでした」
「もう1人?」
「はい。その人物の名前は、天野基彦といいます」



189 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:46:51 ID:e3g7TlOW
 今まで起こってきたことの全てに納得ができた。
 十本松は、かなこさんの父親と香織の父親に、父親を殺された。
 これは、十本松が香織とかなこさんの2人をさらう動機になる。
 そして、もしかしたらという推測が真実味をおびてくる。
 香織の父親は、ビルから飛び降りて死亡した。
 俺の推測が正しければ、おそらくは。

「その天野基彦という人は今、どうしているんです?」
「殺されました。十本松あすかの手によって。天野基彦は、10階建てのビルから突き落とされて死亡しました」
 ――やっぱりか。
 
 十本松は、自分の父親を殺した人物を、殺した。
 今は、その娘2人まで手にかけようとしている。
 香織と、かなこさん。
 香織をさらったのも、かなこさんをどこかへ連れていったのも、2人を始末するための行動だ。
 最悪だ。知り合いの1人が殺人犯だった。
 元知り合いの殺人犯は、俺の恋人と俺を想ってくれている人を殺そうとしている。
 これが冗談ならどれだけ嬉しいことか。
 だけど冗談じゃないんだろう。
 そうでなければ目の前に執事さんがいたり、執事さんが真剣な顔で向き合っていたりはしない。

「まずいです。その天野基彦の娘の香織が、昨日十本松にさらわれました」
「天野基彦の娘? それは、何時ごろの話でございますか?」
「昨日の夜7時ごろです」
「ということは、昨夜十本松あすかがその香織さんをさらい、屋敷に帰ってきてからかなこ様を連れ去った。
 自分の父親を殺した2人の男の、娘。十本松あすかが動くだけの理由は充分ですな」
「……今、十本松はどこに?」
「おそらく、まだ菊川の屋敷の中にいるでしょう。推測ですが」
 それだけわかっていれば十分だ。
 近くの警察署の番号に電話をかけるため、俺は携帯電話を取り出した。

「警察に連絡しても無駄です」
「……なぜです?」
「警察は菊川家に接触しないよう動いています。
 最近のニュースを見ていれば、その理由がわかるはずです」
 あの爆発事件のことか。
 爆発事件が起こったというのに多くの情報を流さないマスコミ。
 進展を見せない警察の捜査。
 どちらも圧力がかかっていなければ、そんな行動をとりはしないだろう。
 マスコミは最初からあてにならないが、警察すら同じ状況だとは。



190 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:47:36 ID:e3g7TlOW
「ですから、私達が動くしかありません」
「私達? 俺を含んでます……ね、その言い方は」
「はい。かなこ様から聞いておりました。
 遠山雄志様は、何があろうともかなこ様を守ってくださると。
 かなこ様の言うことに間違いはございません。
 もし間違っていようとも……私はかなこ様の言葉を信じます。
 そして、かなこ様が信じている遠山雄志様。あなたのことも私は信用します」
 室田さんの目は嘘を言っていない。こんなまっすぐな目をして嘘をつく人などいるはずがない。
 買いかぶりすぎです、かなこさん。
 あなたはなんで俺をそこまで信用しているんですか。
 ――ああ、俺ってかなこさんにとって護衛役だったんだっけ。
 自覚は一切ないんだけど。前世の記憶なんかないし。

 だけど、これは願ってもないチャンスだ。
 菊川邸のことを詳しく知っていそうな室田さんと一緒なら、香織とかなこさんの捜索もスムーズにいくはず。
 やるしかない。多分、これが最後のチャンスだ。

「やりましょう、室田さん。俺は香織とかなこさんを助けなければいけません。
 2人をみすみす見殺しにすることなんて、できません。絶対に」
「私も同じです。この事件は、桂造様が根になって起こったことです。
 菊川家の執事として、解決のために動くのは当然のこと。
 主を止められなかった私にも、責任があります。
 十本松あすかを、必ず止めて見せます。たとえ、この身を砕かれようとも」

 室田さんの目を見る。
 黒い瞳は、まるで意思の塊のようだった。
 この決意を砕くなど、誰にもできないのではないだろうか。俺はそう思った。



191 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/08(日) 07:49:53 ID:e3g7TlOW
・ ・ ・

 菊川邸へ向かう、室田さんの運転する車の中。
 俺の部屋より広いわけではないが、どちらの居心地がいいかと問われれば間違いなくこの車の中だ。
 シートは、シートではなくソファーと言ったほうがいいほどふかふかしている。
 空調も完璧なようで、濁った匂いが全くしない。
 座りながらぼーっとしていると、眠気がやってきた。
 深呼吸して、背筋を曲げ伸ばしして、睡魔を追い払う。
「遠山様」
 睡魔がブーメランして戻ってきたころ、室田さんに話しかけられた。
「なんですか?」
「かなこ様のことを、よろしくお願いいたします」
「え? それはどういう意味で?」
「かなこ様を幸せにしてください、との意味で言っております。
 かなこ様を悲しませることだけはなさらないでください。もしそうなったら私は……」
「なんです?」
「遠山様を……いえ、何でもございません」
 室田さんはそこで言葉を止めると、口を開かなくなった。

 この人、俺をどうするつもりなんだ。
 待てよ。俺はすでに香織を恋人にしてしまった。かなこさんは恋人の対象ではない。
 もし室田さんの言う言葉の意味が「女性として」幸せにしてほしいというものだったとしたら……。
 かなこさんと結婚してほしいという意味で今の言葉を口にしていたのだとしたら……。

 いや、考えるのはやめよう。
 今は、それより先に香織とかなこさんを助けなければいけない。
 全てはそれからだ。それまで全て保留だ。
 それからでも、きっと遅くはない。

 スモークの入っていない窓から外を見る。
 車は菊川家の敷地に入る玄関前を通り過ぎたが、敷地には入らずそのまま道路を走り続けた。
 そこで一瞬見えた菊川邸には、明かりが灯っていた。
 まるで、何の異常もないことを教えるためにそうしているようで、かえって不自然に見えた。

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