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340 :一週間 木曜日 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/07/19(木) 23:44:01 ID:SJZmgcvh
 会社でふたり。僕と先輩はたまたま同じタイミングで廊下に並んだ。
「……どうも」
「…………どうも」
 僕はできる限り目を逸らして声をかけるが、対する先輩は思いっきりこっちをガン見。ガンガン見ている。もちろん月刊の雑誌ではなく、物凄くこっちを見ているという意味。
 視線は確実に僕のほうへ向いていた。穴が開くように見つめている。目を逸らしていても、先輩の焼け付くような視線は感じ取れる。
 ああ、先輩。でもこれも先輩のためです。
「じゃあ」
「あ……っ」
 僕は曲がり角で先輩と別れる。僕が何も話さず離れていくことで先輩は残念そうに声を漏らした。先輩のそんな感情の声を聴くのは久しぶりだ。しかし、僕は振り返らない。
 先輩のためなんです。自分の心の中で何度も先輩に訴えかける。だって、今時一日二日逢えないだけで情緒不安定になるってどんな中学生カップルですか。先輩26ですよね?
 逢えない時間が愛を育てるんですよっ。

 ……まぁ、本音は僕の体力が持たないからってのもあるんだけどさ……。
 先輩にはこれを機会に、性欲を抑えるっていうことを覚えてもらわないと。
昨日電話して、二人で会話したときに一生分の「大好きだから」「愛してるから」を聞いちゃっているんだよなぁ。
 それにしても。先輩、よっぽどイラついているらしいなぁ。
先輩の部下である僕の同僚に聞いたところ、先輩はまがまがしいオーラを職場中に放っていて、うっかりお茶をこぼしたドジっ子めぐみちゃんに800円投げつけてDSを買いに行かせるというリアルに痛い罰を施行したらしい。残りの16000円は自腹ですか?
 まぁ、先輩もしばらく時間を置けば落ち着くだろう。どう足掻いても僕は距離を置くし。
「さてと、ご飯食べに行くかー……」
 
 着信47件。ディスプレイには先輩の名前がずらり。
 昨日よりも酷いなぁ。僕はまた鳴り始めた電話を取る。
「ただいま、先輩」
『出た…? 出た! 出た! 出た!!』
 出ただけでそこまで興奮しないでください。宝くじじゃないんですから。
「先輩。かけすぎですよ。僕の着信履歴が全部先輩で埋まっちゃったじゃないですか。」
『えへへ。いっぱいかけたからねぇ』
 得意げに笑う。
「もう……」


341 :一週間 木曜日 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/07/19(木) 23:44:43 ID:SJZmgcvh
『ねぇ、みぃーくん』
 電話越しに聞こえる先輩の声はとても楽しげだ。そりゃそうだ。先輩にとって、この甘い口調で僕と話が出来るのはこの電話だけなのだから。
「なんですか?」
『好きって言って』
「またですか」
 僕は電話を肩と首に挟みながら、台所の冷蔵庫を開ける。ぺたりと冷蔵庫からスライスチーズが落ちてきた。それをひろって、冷蔵庫の棚に戻す。
「昨日、一生分の好きを言いましたよ」
 好き、大好き、愛してる、電話をとってから僕が眠りに着くまで、先輩と僕との電話での会話ではこれらの言葉が三分に二回のペースで出ていたのだ。
『昨日は録音し忘れてたの』
 ……は? 僕はまたスライスチーズを落とす。ぺたりとフローリングの床に黄色くて四角いチーズが広がる。
「録音…ですか」
『うん。みぃーくんの愛の囁き。今日はみぃーくんの電話越しから聞こえる美声をぜーんぶ録音するの』
「………」
『だってみぃーくんがそばに居ないから。みぃーくんが寝ちゃったら私、どうやってもみぃーくんを感じられないじゃない』
 先輩……。
 僕はチーズを拾って、もう一度冷蔵庫の棚へ戻す。
『あ、そうだ。ipodに入れちゃえば通勤中でも仕事中でもみぃーくんの甘い囁きを聞けるね。じゃあ、パソコンでデータにしないと……。ちょっと待っててみぃーくん……マック立ち上げるから……』
 ごそごそと動く音が聞こえる。電話越しに聞こえる衣擦れの音とジャーンというパソコンの起動音。その後にはコードをつなげているらしいガチャガチャとした端末口を弄る音が混じる。
 かちり、かちり。クリック音。そして、先輩の荒い吐息がはぁはぁと受話器から僕の耳へ。心なしか先輩の呼吸が荒くなってきたような気がする。
「先輩、先輩っ。先輩!」
『できたっ。じゃあ、みぃーくん。まずは基本で「愛してる」と「大好き」からお願いね』
 そんな可愛く言わないでください!
「なにやってるんですか! 先輩。なんのために僕が先輩と距離をとってると思ってるんですか!」
 先輩に自制の心を持ってもらうためだ。
『ああっ。罵声もいいなぁ。あとで編集で繋げるね。みぃーくん、「愛してる」。言って』
 しかし、先輩。何故か楽しげにえへへへと返すだけだ。
「先輩!」
『あ・い・し・て・る。 言って♪』
 だめだ。聞いてない。
「もう! 先輩。もう電話は禁止です!!」
『えっ!?』
 エッチを自制するための期間なのに……。
 テレホンセックス以上のことしちゃったら、意味がないでしょう!
「それじゃあ!」
 僕はコードレスの受話器を持って、赤いボタンを押して通話をきった。スライスチーズがまたおちたがもう無視した。
 RIRIRIRIRI。
 すぐさま鳴る呼び出し音。僕は電話線を引っこ抜くと、シャワーも浴びないままベッドにダイブした。
(続く)