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852 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/08/24(日) 01:39:19 ID:oprcGLxV
***

 私は、家族のみんなが好き。
 時々不機嫌なことがあるけど、普段は聞き上手で相談しやすいお父さん。
 家族全員の面倒を見る、しっかり者のお母さん。
 同級生の友達から紹介してと頼まれるぐらい、格好良くて目立つ弟。
 そんな弟にいつまでもくっついて離れない、子供っぽい一面を持つ妹。
 ずっとずっと、家族五人で仲良くしていたい。
 進学したり就職したり結婚したりで離ればなれになっても、胸を張って私の家族だと言い切れる仲でいたい。
 お父さんとお母さんは二人とも元気でとっても仲が良いから、離れたりしないはず。
 心配があるとすれば、妹がいつまでも兄離れできない場合の説得の仕方。
 無理矢理言うことを聞かせようとすれば妹の性格じゃ、間違いなく反発する。
 弟に同じクラスの可愛い女の子を紹介してあげたけど、恋仲になったことは一度もない。
 どこが気に入らなかったのか、と弟に聞いたら予想外れで、女の子の方から謝ってきたそう。
 だいたい会ってから一週間以内、早い場合なら、朝会ったらその日の夕方に。
 そんなことばかり続くものだから、最近じゃ弟に女の子を紹介できなくなった。
 断られる度に弟は落ち込んでしまうから。
 どこが駄目だったのかと同級生の子に聞いたけど、誰もが口をつぐむばかり。

 早く弟に彼女ができないかしら。あと、妹にも彼氏ができないかしら。
 まったく、仲の良すぎる弟と妹も困りものだわ。




853 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/08/24(日) 01:42:45 ID:oprcGLxV
***

 困った。
 記念すべきほどではないが、一応久しぶりに学校へ登校する、復帰一日目。
 朝っぱらから右腕にギプスを装着していることによる弊害が発生した。
「腕が、通らねえ……」
 右腕のサイズのみが格闘ゲームのキャラクター並の太さになっているため、
長袖シャツが合わなくなってしまったのだ。
 当たり前と言えば当たり前。……なのだがなんとなく不機嫌になる。
 今の俺の気分は、なんというのだろう、新学期を迎えた時のようにちょっぴり高揚しているのに、
いきなり出鼻をくじかれたような感じだ。
 仕方ない。シャツはやめて、上は白のTシャツだけにしよう。
 で、ズボンを穿いて、肩から制服の上着を着て……と。
 ふうむ、まるで大怪我をした人みたいな風体だな。
 肘が曲がっちゃいけない方向に曲がったんだから、あながち外れてもいないけど。
 これから学校だけじゃなく、外出する時もこれかよ。
 怪我なんかするもんじゃない。
 高橋みたいに、医者に掛からないように生活態度を改めるべきだな。

 リビングで以前と同じように朝食を摂り、学校へ向かう。
 一週間前と違う点は、まず葉月さんが迎えに来ていないというところ。
 それは当たり前だ。俺があんな形で振ってしまったのだから、迎えに来るはずがないのだ。
 ここ最近の数ヶ月はほとんど毎朝葉月さんに会っていたから、惜しい気分もあるが……もはやどうにもならない。
 女々しいぞ、俺。すっぱり忘れろ。
 さて、一週間前と違う点、その二。
「あの、さ」
「なあに、お兄ちゃん」
「こっちは高校に向かう道なんだけど……」
「いいじゃない、時間はたっぷりあるんだもの。私は遅刻なんかしないよ」
 妹が弟と腕を組み、一緒に通学路を歩いている。
 それだけなら何の変哲もない、俺が毎朝見てきた光景だ。
 だが、以前とは明らかに違う。
 何故、妹が俺らと一緒に高校へ向かおうとしているのだ。
 まあ……いつかやるだろうな、と危惧していたことが現実になったというべきかもしれん。
 時間的に見ても、高校から中学へ一直線に向かえばなんとか遅刻せずに済む。
 大好きなお兄ちゃんと長くくっついていられる。
 妹的には、遅刻するかもしれないというデメリットを計算に入れても、メリットが勝る。
 妹はいいだろうさ。妹は。
 だが俺はどうだ。高校の校門まで兄に寄り添って歩く中学生の妹を持った俺の立場は。
 幸い学校には弟を知っていても妹の顔は知らない人間がほとんどだからいいが、来年度からはそうも行くまい。
 妹は俺らと同じ高校に通うと言って、実際に受験して合格した。
 そうなったら、名字で兄妹であることがバレバレ。
 心配しすぎ? 皆俺の妹の顔なんて覚えていない?
 ははははは。これがまた、そうも行かんのだよ。
 見よ、同じ路を歩く男子高校生達の興味津々の視線を。
 なんかね、俺の妹は目立つんだ。悪い意味でなく、良い意味で。
 今は中学生だから背も低いが、これから大きくなるにつれて身体の要所も成長していくだろうし、
年齢不詳の母親譲りの整った顔も大人びていくのだろう。
 事実、俺が高校に上がった辺りから驚くほどの成長を見せたからな。
 両手に収まるぐらい小さかった子猫がちょっと見ない間にこんなに……というぐらいの驚き。
 俺が高校を卒業したら、どれだけ容姿に磨きが掛かるか。
 期待四割、悲しさ四割、そして……虚しさ二割。
 弟も妹も容姿のレベルが高いのに、俺だけボーダーライン付近なのはどういうわけだ。
 俺はしばらく使っていなかったボディソープの容器の口から出てくる塊かよ。
 お湯と一緒にこねくり回してやらないと使い物にならない。
 いや、もちろん比喩だから肉体的にこねくり回して欲しくない。
 こねくり回されるのは辛いんだよ……腕が折れたら特に辛い。



855 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/08/24(日) 01:47:15 ID:oprcGLxV
 さて、校門前。
 あと十メートルぐらいで妹はとんぼ返りして中学校へ向かうだろう。
 ここに来てまでUターンしないということは、校門ギリギリまで付いてくるはず。
 まさか校舎まではついてこないはずだ。

 ふと、校門前の様子がおかしいことに気付いた。
 生徒が校門を通る時、ほとんどの人間が一瞬驚きの表情を見せるのだ。
 ここからでは死角になっていて見えないが、何かがあるらしい。
 ふむ。動物の死骸か、はたまた浮浪者か、建前上男子高校生には見せられない書籍が転がっているか、それ以外か。
「あー……あのさ、そろそろ中学に行った方がいいんじゃない?」
「何言ってるの? あと少しなんだから恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
「そうじゃない。恥ずかしいんじゃなくって」
 弟がなにやら焦っている。
 こら、後ろにいる俺を振り向いて助けを求めてくるんじゃない。
 お前が何を焦っているのか、こっちは知らんのだ。
 校門の前に来て見せるこの動揺の原因…………校門に何かがある、と見た。
 ということは、弟はその何かの正体を知っている。
「頼むから、言うことを聞いてくれ。もうここからでも聞かれてるかもしれないんだから」
「誰に聞かれても何も困ることなんかないでしょう?」
「そう……なんだけど、さすがに相手が悪いというか……と、とにかく帰るんだ!」
 弟が強く言い放ち、妹の肩を掴んだ瞬間――それは現れた。
「……げぇ」
 弟が焦るのにも納得だ。
 たしかにこれは相手が悪い。特に妹にとって。
 おまけに弟が妹の肩を掴んでいるというこの光景もあまりよろしくない。
 姿を現わしたのは、日本人のくせにサラサラの金髪の女子高生、葵紋花火だった。
 そりゃ、こんな一見しておっかなさそうな女が進路に居たら誰でも驚くよ。
 花火の奴、弟が来るのを校門前で待っていたのか。
 好きな男子生徒が来るのを校門でじっと待つ女の子。
 聞こえはいいが、実際にいいものかどうかは、女の子次第だ。
 校門前で待っているのが花火だったら、ほとんどの生徒なら朝から果たし合いでもやらかすのかと思うだろう。
 俺だったら殴られるのを覚悟するね。
 弟にとってはどうやら嬉しいことであるらしい。
 こっちに向かってきた花火を向いて、朝の挨拶をした。
「おはよう、花火」
「ん……おはよ」
「別に待っててくれなくてもいいんだよ」
「それは…………まさか」
「じゃなくて、外にいたら寒いでしょ? 教室の中の方がずっと暖かくないか?」
「……嫌いじゃない」
「そっか。花火がそう言うなら、止めないよ」
 花火が首を横に振る。それを見て、弟が微笑む。
 何、この置いてけぼりにされた気分。
 二人ともわけがわからん。なんで今の会話でやりとりができるんだ。
 花火の台詞があまりに省略されすぎて解読できない。
 花火の省略語の意味を一瞬で悟る弟だっておかしい。
 こっちは朝の挨拶までしか理解できなかったっていうのに。
 こいつら、どれだけお互いのことを理解しあっているんだよ。



856 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/08/24(日) 01:50:10 ID:oprcGLxV
 花火は弟の手首を掴み、手を引いて歩こうとする。
 だが、それをよしとしない人間がここに居る。
 もちろん俺ではない。俺の妹である。
 妹は弟の右手を掴み、その場から動かない。
 お兄ちゃんは渡さない、というやつだろうか。
 けど、俯きながら怯えていては花火には到底敵うまい。
「……手」
「て、手が……どうしたっていうの、花火ちゃん」
「離せ」
 たった一言なのに、鋭く突き刺さる花火の言葉。
 それでも妹はまだ手を離さない。
 後ろで見ているから分かる妹の怯え。
 膝が、笑っている。
 弟を止めるために手を掴んでいるというより、自分が立つためにしがみついていると言った方がふさわしい。
「早く、行け」
「嫌……私が一緒にいないとお兄ちゃんが、盗られちゃう。だから、嫌」
「こいつは、物じゃない」
「お兄ちゃんはずっと私の傍にいるの。それを、譲ったりなんか……」
「――小っさい妹」
 妹の腰が引いた。左足が後ろに下がる。
 今の妹は、歯をガチガチと鳴らさないよう、奥歯を噛みしめていた。
「勘違いで、こいつに惚れるな」
 その一言で、決着が着いた。
 妹は弟の手を離した。
 支えを失い、膝を地に付けそうになった妹を、後ろから支える。
 花火はそれ以上何も言わず、弟の手を引いて校門をくぐっていった。

 妹はまだ震えている。
 恐怖から覚めていないわけではない。
 怒りに震えていた。悔しさが表情に表れている。
「だ、大丈夫か?」
「何よ……何なの。違うんだから、そんなんじゃない。
 本当は、お兄ちゃんは私だけに優しくって、他の人なんか見ないのに……」
「お、おい?」
「こんなの、信じない。じゃなきゃ、私は……ただの馬鹿じゃない!
 絶対に、勘違いなんかじゃないんだからっ!」
 妹は俺をふりほどくと、坂道を上る生徒の流れに逆らい、全力で駆け下りていった。



857 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/08/24(日) 01:52:14 ID:oprcGLxV
「やあ、来たか我が友よ」
「おはようさん、お前が相変わらずいつも通りで、俺は安心したよ」
 二年D組の教室に入り、自分の席に着いた途端高橋が話しかけてきた。
 先週末から昨日まで欠席し、久しぶりに来たら腕をギプスで固めている俺を見て、
クラスメイトもさすがに驚いているようだった。
 だがまさか監禁されていたとまでは知るまい。知っているのは担任と葉月さんと高橋ぐらいだ。
「先に謝っておく。済まない」
「何をだよ。お前、何かしたのか?」
「何もしていないことを謝っている。
 久しぶりに登校してきたら机の上に花が一輪刺さった花瓶が乗っていた、というお約束を実現できなかった」
「いまいち元ネタがわからんのだが……別に期待してないぞ、俺は」
 それ、多分いじめだろ。
 実行するんじゃねえ。
「しかしまあ、見事に重傷人だな」
「ああ。右腕が使えないのがここまでやっかいだとは思わなんだ」
「ふむ。……それでどうやって勉強するつもりだ?」
「うむ。……我が友よ。ノートを」
「タダで貸し与えるほど僕もお人好しではないよ。
 そうだね、君の怪我が治るまで、昼飯時に毎日ジュースを奢ってくれるのなら応じてもいい」
「この間まで俺は宿題を無償で見せてやってたっていうのに、お前はそれかよ」
「交換条件を出してこない君が悪い。まあ、諦めるんだな」
 こいつ……その辺は暗黙の了解ってやつで、わかるだろ?
 俺が何の条件も出さなかったんだから、お前だって無条件で見せてくれよ。こんちくしょうめ。
「もういい。お前に頼ろうとした俺が馬鹿だった」
「今更気付いたのか。そうとも馬鹿だよ、君は」
 怒るな、猛るな、俺の心。
 今、右腕は使えないんだ……。
 こいつが憎たらしくても、ひたすらに堪え忍ぶんだ。
「他の奴に頼むからいい」
「ほう、誰に頼むつもりだ?」
「ノートをとってそうで、タダで貸してくれる奴ぐらいいるだろ」
「ほう、例えば……葉月さんとかかな?」

 胸が痛む。呼吸が数秒間だけ確実に止まった。
 高橋がここで葉月さんの名前を出したのは、俺が葉月さんを振ったと知っているから?
 いいや、性悪なところのあるこいつでも、そんなことはしないはずだ。
「どうかしたのか?」
「……なんでもない。時々関節が痛むんだよ。まだ直りきってないから」
 きっと、俺が気にしすぎているだけだ。
 時間が解決してくれる。
 これまでだって、中学時代にハードに振られた時だって、そうだったんだ。



858 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/08/24(日) 01:55:14 ID:oprcGLxV
 結局、昼食時間にジュースを奢る契約を、高橋と交わしてしまった。
 数人の友人に頼んだ結果、理解できる内容のノートを持っているのが奴しかいなかった。
 宿題はやってこないくせに、どうして黒板の内容はきっちり書き写すのか、いまいち俺には理解できない。
 ともかくそんなわけで、弁当を食べ終えた後にこうしてジュースを買いに向かっている。
 校内に自販機は数カ所設置されている。
 部室棟、購買前、校舎の一階。
 自分の教室から近いのは、もちろん一階にある自販機だ。
 教室に近い分生徒が最も利用するため、昼休みになったらすぐ混み合う。
 しかし時間帯をずらしてしまえば割と簡単に買えてしまう。
 階段を下りて遠目に自販機前を見ると、例にならって、幸いなことに一人もいない。

 ちょっと早足で歩き、自販機の前へ。
 俺はカフェオレでいいか。高橋は、えー……と、いちごオレだったな。
 お金を入れ、ポチポチと、品を自販機から吐き出させる。
 自販機の口を開け、カフェオレといちごオレを取り出す。
「……ん、ん?」
 あれ、いつのまにかこの自販機には、当たりを引けばもう一本くれる機能が付いていたのか?
 もう一本、紙パック入りのカフェオレが入っている。
 ふうむ。当たり機能付きにしては、それらしきパネルが見あたらないし、おめでとうの機械音声さえ流れない。
 これは――単に誰かが忘れていっただけ、かな?
「あ、やっぱり忘れてたんだ」
 手にとって余り物のカフェオレを見つめていると、左から声が聞こえてきた。
 何気なく左を向くと、そこにいる女子生徒と目が合った。
「あ……葉月、さん……」
「あなたが見つけてくれて良かった。他の人だったらきっと持って行かれてたよ」
「うん、たぶんそうだろう、ね……」
「どうしたの? なんだかボーッとしてるけど。
 もしかして、風邪もひいちゃった?」
「そうじゃないよ。そういうわけじゃない」
 そういうのが原因じゃなくて……葉月さんの態度が、気になった。
 振ってしまったから、葉月さんに会ってももう話せないだろうと考えていた。
 けど、葉月さんは全然そんなこと気にしていない。
 まるであの日の出来事が無かったかのように。
 俺に振られたことを、全く引き摺っていない。
 俺が、気にしすぎなのかな。
 カフェオレを渡すと、葉月さんは以前と同じように――軽く笑ってくれた。
「ありがとう。また、同じことしちゃったら、その時はよろしくね」
「うん。その時は、持って帰ったりしないよ」
「お願いだよ? 約束だから、ね?
 それじゃ、また!」
「また……教室で」
 葉月さんはきびすを返し、階段を上っていった。

「そっか。そういうこと、か」
 吹っ切ったんだな、葉月さん。
 俺とのことは過去にした。気持ちを整理したんだ。
 なんだか、気分が軽い。
 気付かないうちに俺は葉月さんのことを気に懸けていたんだろう。
 でもそれも――今、この時で終わった。
 俺も気持ちを整理しないと。
 また、葉月さんとクラスメイトとして付き合っていくために。
 告白される前の、友達未満の関係に戻るんだ。