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851 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/16(日) 20:10:41 ID:XhI6Pjwi
 小さい頃に読んだ絵本の登場人物は、みんなとても穏やかな目をしています。
 私はそんな穏やかな目を見たことがありません。
 私が暮らす家には、父親という名前の他人と、母親という名前の他人がいます。二人とも私を見るたびに、険しい目になります。
 絵本の登場人物は皆、誰かを愛しています。とすると、父親と母親という他人は、どうやら私を愛していないようなのです。
 学校の先生という名前の他人も、クラスメイトという名前の他人たちも、私に向ける目は険しく、きっと私を愛していないのでしょう。
 困りました。絵本によると、愛されない人は悪魔らしいのです。愛されない私は悪魔なのでしょうか。
 悲しいことに、きっと私は悪魔なのです。だって皆とは違う髪の色をしているのです。
 こんなに赤い髪をしている私は、悪魔以外の何者でもないのです。

 私が悪魔だとしたら、悪魔は何をすればいいのでしょうか。本屋さんでなにやら難しそうな、悪魔と書いてある本を探して、なけなしの小遣いをはたいて購入し、家に帰って読んでみました。
 しかし当時小学生だった私には読めない漢字が多く、頑張って解読しようと辞典辞書を持ち出して、なんと書いてあるかを必死で調べていました
 幸いカタカナを読むことはできたので、悪魔の名前を知る程度はできました。
 たとえば6番目の悪魔ウァレフォールは盗みがたいへん上手な悪魔であるとか、17番目の悪魔ボティスは友人や敵の調停(よくわかりませんが、きっと仲直りさせてくれるのでしょう)を行うであるとか。
 どうやら悪魔というのは、人に迷惑をかけるだけのものではないようなのです。私は少し感動しました。
 72もいる悪魔のうち、24番目まではどんな悪魔かはわかりましたが、25番目の悪魔を解読している途中で、父親という名前の他人に悪魔についての本を取り上げられてしまいました。
 25番目の悪魔は一体どんな悪魔だったのでしょうか。
 名前だけは憶えているのです。カールクリノラースという名前だけは。



852 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/16(日) 20:12:31 ID:XhI6Pjwi
 小学生のときの思い出は、きみこちゃんが全てです。
 誰もが赤い髪の悪魔に話しかけないのは当然のことなのですが、きみこちゃんだけは違いました。
 私のことを『親友』だと言ってくれたのです。
 友達どころか、まともに話す相手もいなかった私を親友だと言ってくれたのです。
 そのときの喜びをどう言い表せばわかりません。私の語彙が足りないせいです。ただ、家に帰るとそのときの感情を何度も思い出して、嬉しくて涙が出てしまいました。
 『親友』。
 そう、私ときみこちゃんは親友です。彼女のためなら何でもしてあげたい、いえ、何でもすると誓います。私の全てはきみこちゃんのものであり、私の思い出の全てはきみこちゃんのものなのです。
 永遠に、私の親友はきみこちゃんだけです。神に──いえ、私は悪魔です。ならば何に誓えばいいでしょうか。
 そうだ、私は悪魔なのですから、悪魔に誓えばいいのです。悪魔に誓うだなんて不吉な感じがしますが、悪魔は人に迷惑をかけるだけのものではないはずです。
 誓います、悪魔カールクリノラース。
 私はきみこちゃんを裏切りません。
 絶対に。
 永遠に。

 私の上履きが隠されました。何回目でしょうか、もう私は数えるのを諦めました。多分どこかのゴミ箱から出てくるでしょう。
 教科書や筆箱が消えています。何回目でしょうか、最初から数えていません。やはりどこかのゴミ箱から出てくるはずです。
 私の持ち物はいつもすぐに隠されます。
 上履きを履かずにいると、先生という名前の人間が上履きはどうしたのかと尋ねてきます。失くしましたと言えば怒りだし、黙っていれば怒りだし、隠されたと正直に言うと人のせいにするなと怒りだすので、私にはどうすることもできません。
 教科書もそうです。教科書が無いと怒られます。
 あの先生という名前の他人は、私を怒鳴ることで生きているのではないか、と時々考えてしまいます。
 給食のときにみんなが嫌いな食べ物が出ると、私の机はその食べ物で埋め尽くされます。クラスメイトという名前の他人が置いたものなら手をつけませんが、きみこちゃんが置いたものなら喜んで食べます。だってきみこちゃんは親友ですから。
 きみこちゃんが欲しいものは何でもあげました。教科書だって、鉛筆だって、消しゴムだって、なんだってあげます。きみこちゃんが欲しいものなのです、惜しくはありません。
 トイレに閉じ込められてバケツ満杯の水をかけられても、掃除用具入れに放課後まで閉じ込められても、きみこちゃんがやったことなら、許せます。きみこちゃんがやったことなら、耐えられます。


853 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/16(日) 20:13:04 ID:XhI6Pjwi
 だから、あのときのことは忘れません。あの日から、私はほとんど眠れなくなりました。頭と喉、胸が針を刺されたように痛みます。
 掃除の時間のときのことです。私が箒で塵を掃いていると、大きな音とともに窓ガラスが割れていました。何があったんだとすぐに先生という名前の他人がやってきました。
 教室が他人たちの声でざわめく中、きみこちゃんがこう言ったのです。
「あきらちゃんがほうきで割りました」

 私は、ただ箒で掃いていただけのはずです。私は窓ガラスに触れていません。
 でも、きみこちゃんが言ったのです。私が割ったに違いありません。どうやって割れたかは問題ではないのです。
 それでも、私はきみこちゃんを疑わずにはいられません。私は何もしていない。でも、きみこちゃんの言うことは全て正しいのです。
 どうすればいいのでしょう。親友を疑うなんてこと、あってはいけません。
 私が悪いのです。私が悪いから、きみこちゃんはあんなことを言ったのです。きみこちゃんが正しいから、悪いのは私なのです。
 ごめんなさい。私は悪魔です。人に迷惑をかけるだけしかできない悪魔です。
 ごめんなさい。親友を疑う私は悪い子供です。
 ごめんなさい。きみこちゃん、ごめんなさい。


854 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/16(日) 20:13:35 ID:XhI6Pjwi
 中学生の記憶は、ほとんどありません。
 きみこちゃんが話しかけてくれなくなりました。
 私は、何も憶えていません。
 私の机に何か書かれていようと、私には見えません。
 私が何をされようと、何も感じません。
 きみこちゃんが全てなのです。同じクラスにいようと、きみこちゃんの近くにいられないなら、その部屋には誰もいません。
 きみこちゃんがそこにいないなら、私に生きている意味はありません。

 家の中でうずくまって家とはなんだったのか思い出せなくて喉が痛くて頭が痛くて部屋は暗くて。
 父親という名前の他人の声がうるさい母親という名前の他人の声がうるさい別の部屋の声が私の耳元で聞こえる。
 助けてたすけてたすけて誰も助けてはくれません私は悪魔だから私は悪魔だから私は悪魔なのです。

 気付いたら、部屋の中は暗くなっていました。誰の部屋だったかも思い出せません。
 ベッドの中で泣いていた私の目の前に、黒い人影がありました。
「あなたは誰?」
 影は答えません。でも私にはわかっています。影は悪魔です。私の望みをかなえてくれる悪魔です。
 悪魔カールクリノラース。そう、私はあなたに誓ったのです。
「私はどうすればいいの?」
 影は答えません。でも私にはわかっています。
 いつしか私は、笑い叫ぶ自分に気付いていました。


855 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/16(日) 20:14:41 ID:XhI6Pjwi
 高校受験は、きみこちゃんと同じ高校を選びました。きみこちゃんの行く高校は、カールクリノラースくんが教えてくれました。
 きみこちゃんは小学校のときからずぅっと同じクラスだったのです。いつまでも一緒です。
 だって私ときみこちゃんは、親友なのですから。
 私のすべてはきみこちゃんのものです。きみこちゃんの言うことはすべて正しいのです。
 きみこちゃんと一緒にいられるなら、私は何もいりません。私の望みは、きみこちゃんだけです。
 だから、同じ高校を選びます。また同じクラスになりましょう。また私に話しかけてください。
 私ときみこちゃんは親友です。
 そう、永遠に。

 そうして私は合格し、きみこちゃんもまた、合格しました。