※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

60 :ヤンデレは誰だ/毒蛇 ◆i8W/K/qE6s [sage] :2007/09/18(火) 03:33:31 ID:vd74AtWu
 その日、事件が起きた。
 俺のちっぽけな人生の中で、未だかつて経験したことのない大事件だった。
 その日の朝。俺はいつものように朝寝坊をして由香里に叩き起こされ、夢うつつのまま学校へと向かった。
 そしていつものように教室へ向かい、いつものように席に座り、いつものように授業を受けた。
 しかしその日の昼休みだけは、いつものようではなかった。

 さて、今日の昼も健やかに惰眠を貪ろう。
 そう思って机に突っ伏そうと思った矢先、俺を呼ぶ声がした。
 声の方を振り向くと、教室の入り口に見かけぬ女子生徒がいる。
「笹田先輩! ちょっといいですかー?」
 元気よく俺を呼ぶ女子生徒。「先輩」ということは、この子は一年生か。
 俺は戸惑いながら彼女の方へ歩くと、気弱な返事をした。
「えっと…。何かな?」
「先輩、ちょっとお時間いいですか?」
 元気いっぱいに尋ねる一年生。その爛々とした目に押され、用を尋ねることも忘れて生返事をしてしまう。
「あ、うん。いいけど…」
「じゃあ、一緒に来て下さい」
 その子はそれだけ言うと、俺の手を引っ張って歩き出した。
「え、ちょっと…。どこ行くの?」
「いいから、ついて来てください」
 有無を言わさぬ押しの強さに、何もいえない俺。
 下級生を相手に我ながら情けないものだと思いながら、そのまま引かれていった。
 連れて行かれた場所は、体育館の裏だった。
「あの、こんなところに来てどうするの?」
 何とも古典的且つベタなスポットへと来てしまい、俺は彼女に尋ねた。
 すると彼女はくるっと俺の方へ振り返り、にこっと笑った。
「じゃあ、わたしはこれで」
 そう言うと、なんと彼女はすたすたと立ち去ってしまったではないか。
「え、いやちょっと待って…」
 俺の声は届かない。彼女は見る見るうちに遠くへ行ってしまう。
「…何なんだ、これ。嫌がらせ?」
 この状況にどう対処してよいか分からず、呆然と立ち尽くす。
 しかし、そうしているうちにあることに気づいた。
「……!!」
 足音だ。そう遠くないところから、足音が聞こえたのだ。
 足音はどんどんこちらに近づいてくる。
 俺は心臓が高鳴るのを感じた。
 何なんだ、一体。まさか校内で美人局…? いや、そんなはずはない。ていうか第一俺は何もしてないし…。
 軽くパニックに陥った頭でそんなことを考えながら、俺は近づいてくる足音を待った。
 しかし、そこに現われたのは、俺の予想外の生物だった。
「せ、先輩…」
 ひょこっと俺の目の前に現われたのは、小柄な少女だった。
 彼女はなぜか頬を赤く染め、俯きながら近づいてきた。
「え、えっと…。君も一年生?」
「は、はい…。一年の中島といいます」
「さっきの子は、君の友達?」
「はい。あの、わたしが頼んで、先輩を連れてきてもらったんです」
 中島という女子生徒は、落ち着かない様子でそう言った。


61 :ヤンデレは誰だ/毒蛇 ◆i8W/K/qE6s [sage] :2007/09/18(火) 03:34:39 ID:vd74AtWu
「そう。それで…何かな?」
 そう尋ねると、彼女はまた俯いて黙り込んでしまった。
「………」
 …さて、どうしたものか。俺まで気まずくなってしまう。
 しかしいつまでもこうしていても、らちがあかない。
 第一、俺の貴重な睡眠時間を削ってここに来ているのだ。これでどうでもいいような用事なら困る。
 俺は先を急かそうとして口を開きかけた。
「あのさ…」
「先輩、好きですっ!!」
 俺が話そうとしたその瞬間、そんな言葉のピストルが俺の脳天を貫いた。
 多分、時が止まった。
 あまり覚えていないが、数秒の間、俺は呆然と立ち尽くしていたと思う。
 やっとの思いで我に返ると、俺は慌てて喋りだした。
「え、あの、いや…。え? その、あーっと…。マジで?」
 なんだかよく分からない出来事に混乱した俺は、なんだかよく分からない言葉を発した。
「本当です!! わ、わたしと付き合ってくださいっ!!」
 彼女は先ほどまでとはうって違い、俺の目を真っ直ぐと見据えた。
 そんな気迫に、思わずたじろいでしまう。
 ただでさえ生まれて初めての体験に、脳が追いついていない。ここは一旦落ち着いて考えるべきだ。
 そう自分に言い聞かせ、俺は小さく深呼吸を繰り返した。
 数分が経っただろうか。
 俺は冷静さを取り戻すと、じっくりと考えていた。
 この場の空気に流されないように、一番良い答えを見つけれるように、いつになく真剣に考える。
 そしてゆっくりと口を開いた。
「あのさ…、俺なんかのどこがいいの?」
「えっと。気の弱そうなところとか、ちょっと頼りないところとか…」
 中島さんは照れたような表情で言った。
 なんかあまり褒められた気はしないが、それでも彼女の気持ちは本当らしい。
 俺はもう一度考えると、一つ息をついた。
「…ごめんね」
 その言葉を聞くと、彼女の顔に絶望の色が広がった。
 みるみるうちに瞳に涙が溜まっていく。
「…なんでですか?」
 彼女は震えた声で尋ねる。
「俺は君のことよく知らないし、…やっぱり急には無理だよ」
 適当なことを言って誤魔化しても仕方がない。俺は正直な気持ちを口にした。
 それからまた数分が経って、彼女はか細い声で「分かりました」と言って、泣きながら走っていった。
「はぁ…」
 緊張が切れて、大きなため息をつく。
 初めてのことに何がなんだか分からなかったが、ひょっとして勿体無いことをしてしまったのかなと、未だ冷めない頭で思った。
 教室に戻ろうと歩き始めた頃、昼休みの終わりを告げるチャイムが響いた。


62 :ヤンデレは誰だ/毒蛇 ◆i8W/K/qE6s [sage] :2007/09/18(火) 03:35:11 ID:vd74AtWu
 その日の先輩は、なぜか機嫌が悪かった。
 放課後、珍しく部活に顔を出すことにした俺は美術室へと向かった。
 また何か絡んでくるかと思いきや、俺を見た先輩は「あら、来たの」とそっけない態度をとる。
 無愛想なのはさほど珍しくないのだが、いつもはもっと辛らつな感じで攻撃してくるはずなのだが…。気のせいだろうか。
 まあ、それはさておき部活に集中だ。どうやら今日は人物画のデッサンをするらしい。
 しばらくして顧問の若槻先生が来て指示があると、部屋の中心に置かれた台の上にモデルを立たせ、他の部員でそれを囲んだ。
 俺はたまたま先輩の隣だった。いつもと違う様子が気にならないこともないが、とりあえず集中してデッサンを始めることにした。
 静かな部屋の中、カリカリと鉛筆の擦れる音が響く。
 少し疲れた俺は、手を止めて一息入れることにした。すると、隣にいる芳野先輩が俺を見ていることに気づいた。
「…あんた、一年生の子に告白されたんだって?」
「え…。な、なんで知ってるんですか?」
「みんな知ってるわよ。結構うわさになってたから」
 カリカリと鉛筆を動かしながら、先輩は言った。
 沈黙が流れるが、何秒かすると先輩はまた鉛筆を止めてこちらを向いた。
「で、どんな子だったの?」
「どんな、ですか?」
 そう言って少し考え込む。
「うーん。割りと背の低い子だったかな。っていっても先輩とそんなに変わらないですけど。…まあ、なんていうか結構可愛かったと思います」
「そう」
 先輩は自分で聞いておきながら、興味なさげにそう言った。
 そしてまた鉛筆を動かし始める。…と思ったら、また止めて口を開いた。
「なんで、断ったの?」
 核心を突く質問に一瞬驚くが、俺は素直に答えた。
「まあ、知らない子にいきなり付き合ってって言われても…。やっぱりそういうのは好きな相手じゃないと」
「…そう」
 先輩はそう言うとまた鉛筆を動かし始めた。
 今度は本当にデッサンに戻ったようで、時間が終わるまで何も話さなかった。
 どのくらい経っただろうか。
 かなり疲れが出始めた頃、若槻先生が手首の時計を見て「そろそろ休憩にしよう」と指示した。
 みんな集中していたのだろう。かなり疲れた様子で、それぞれ休息を取りだした。
 俺はふと先輩を見る。
 先輩は心ここにあらずといった感じで、ただぼうっと自分の描いた絵を眺めていた。
 さっきは色々と聞いてきたが、もしかして俺のことと何か関係があるのだろうか。
「……そんなわけないか」
 ふと窓を見ると、外は暗くなり始めていた。


63 :ヤンデレは誰だ/毒蛇 ◆i8W/K/qE6s [sage] :2007/09/18(火) 03:35:45 ID:vd74AtWu
 部活を終えた俺は、少し重い足取りで玄関へ歩いていた。
 やはりたまにしか顔を出さない幽霊部員には、あの長時間の集中は厳しい。
 今日は早く帰って、風呂でも入ってさっさと休もう。そう思いながら歩いていると、靴箱のあたりで見知った後姿を見つけた。
 やや小柄で、細身の体の腰あたりまである自慢の黒髪が、さらさらと揺れている。
「委員長。今から帰り?」
 俺が後ろから声をかけると、その背中はびくっと驚いた。
「さ、笹田くん。びっくりした…」
 振り返った委員長は、胸に手を当ててそう言った。
「あ、ごめん」
 そんなに驚くとは思わなかった俺は、反射的に謝る。
「あ、ううん。いいの。笹田くんも今から帰り? よかったら途中まで一緒に帰りましょう」
 そう言って微笑む委員長に、ノーとは言えない。
 俺たちは玄関を抜けて、薄暗くなった道を一緒に帰ることにした。
 しばらく一緒に歩いていると、委員長もどこか様子がおかしいことに気づいた。
 なにか落ち着かない様子で髪を触ったり、メガネをかけ直したり、とぎこちない。
「委員長。どうかしたの?」
 そう尋ねるが、委員長は答えずに下を向いて何かを考え始めた。
 しばらくすると、委員長は意を決したように重い口を開いた。
「あ、あのっ。笹田くん、一年生の子に、その…」
「…ああ、委員長も知ってたんだね」
「えっと、その…。振っちゃったの?」
 委員長は腫れ物に触るように、恐る恐る尋ねた。
「ん、まあそうなるかな」
 隠してもしょうがないので、俺はありのままを話した。
「やっぱり、全然知らない子とそういうのはダメかなって思って」
 そう言うと、委員長は「そうなんだ」と小さく呟いた。
 それにしても、こういう話に興味があるなんて委員長もやっぱり年頃の女の子なんだな、と俺は妙な感心をしていた。
 いつも控えめで地味なところもあるけど、この子も誰か男を好きになったりするのだろうか。
「そういえばさ、『俺のどこがいいの』って聞いたら『気弱そうなところ』とか言うんだよ、その子」
 どことなく静かな空気になってしまったので、俺は冗談交じりな口調でそう話した。
 しかし、委員長の反応は俺の期待したものではなかった。
「分かるな、それ」
「え? ここ笑うとこなんだけど…」
「でも、なんとなく分かるの」
 委員長は静かに笑いながらそう続ける。
「笹田くんって、何となくそんな感じ。母性本能をくすぐるっていうか…。ね」
 優しく微笑んだ彼女を見て、俺は一瞬ドキっとした。
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
 委員長もこんな顔をするのか…。
 なんだか今日は、女性には色んな顔があるということを勉強したような気がした。


64 :ヤンデレは誰だ/毒蛇 ◆i8W/K/qE6s [sage] :2007/09/18(火) 03:37:34 ID:vd74AtWu
「ねえ、誠。由香里の帰りが遅いんだけど、知らない?」
 家へ帰りテレビを見ながら食事をとっていると、キッチンから母の声がした。
「いや、知らないけど」
 もぐもぐと飯を口に押し込みながら答える。
「あいつだってもうそんな子供じゃないんだし、ちょっと帰りが遅いくらい心配ないよ」
「そうだといいんだけどねぇ」
 洗い物をしている母が背中を向けたまま答えた。
 すると、リビングのドア越しに玄関の扉がガチャリと開く音が聞こえた。
「ただいまー」
「ほらね」
 由香里が慌しく部屋の中へ入ってくる。…なにやら小さな体にたくさんの荷物を抱えて。
「遅かったじゃない、由香里」
 心配していた母がそう言うと、由香里はふて腐れたように答える。
「だって買い物してたら荷物多くて大変だったんだもん」
 そう言いながら荷物をどかっと下ろしていく。おそらく洋服や本、化粧品などの入った紙袋やバッグが幾つも転がった。
「この間お兄ちゃんに荷物持ち頼もうと思ったけど、ダメだったからさ。今日は一人で頑張ったよ」
「ん? それなら今日誘えばよかったのに」
 おかずのハンバーグを頬張りながらそう言った俺を、由香里はなぜか冷ややかな目で見た。
「お兄ちゃんは今日は幸せの絶頂だろうから、そっとしてあげようと思ったの」
「幸せの絶頂…?」
 一体なんの話だろう。そう思って記憶を辿ると、昼休みのことが思い当たった。
「…あぁ、お前も知ってたのか」
「当たり前じゃない。隣のクラスの子だもん」
 そう話す由香里は、どこか機嫌が悪そうだ。
「本当に物好きよね。よりにもよって、なんでお兄ちゃんなのかしら」
「まあ、あれかな。俺の秘められたカリスマ性に引き寄せられたんじゃ…」
「バカじゃない?」
 な、なんて可愛げのない…。
 まったく、昔はあんなに可愛かったのに。思春期の娘は難しいものだ。
 そんなことを考えながら、俺はテレビのリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。
 この時間なら確かどこかの局で音楽番組があっただろう。
 別に俺は見たい訳ではないが由香里が見たがるだろうと思い、チャンネルを回した。
 その時だった。

『……先ほど入ってきたニュースです。河崎市内の高校生、中島伊織さん(16歳)が下校中、自宅近くの道路で
 何者かによって腹部をナイフのような物で刺され、倒れているのを付近の住民によって発見されました。
 中島さんはすぐに市内の病院に運ばれ、現在意識不明の重体です。現場では現在警察が捜査を行っています。
 それでは現地のリポーターに様子を伝えてもらいましょう……』

 その日、俺のちっぽけな人生の中で、未だかつて経験したことのない大事件が起きた。
 そして、本当の事件が起こった。


65 :ヤンデレは誰だ/毒蛇 ◆i8W/K/qE6s [sage] :2007/09/18(火) 03:38:13 ID:vd74AtWu
「9/18 火曜日」

どうして。

どうしてみんな邪魔をするの。

わたしがあの人を愛しているのに。

わたしが一番、あの人を愛しているのに。

誰も近寄らせない。

わたしがあの人を守ってあげる。

あの人に近寄る女がいたら、わたしがあの人を守ってあげる。

そう。今日みたいに。

どうしてみんな、わたしたちの邪魔をするんだろう。

どうして。