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122 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/21(金) 02:36:32 ID:2YnSFZz4
「あの赤い髪のコ、なんだっけ名前、えーと……」
 ……彼女の赤い髪のことは、そりゃあまぁすぐに広まるだろう。私のところまで来るのに、むしろ遅かったくらいだ。
「あきらのこと?」
「ああそう! あきらさん! ……うにゃ、知り合いなの?」
「うん、小学校からずっと同じクラスだったから」
 正確には、小学校高学年から、だけど。
「へぇー! そーだったんだー!」
 やけに大袈裟に驚くのぞみ。いつでもテンションが上がったまま下がらないから、彼女がいるだけでそのグループは賑やかになる。
「ああ、石橋さん。『悪魔』ね」
 玲が呆れたような顔と声でそんなことを呟いた。
「『悪魔』?」
 私は思わず聞き返した。あの大人しいあきらが悪魔などと呼ばれているなんて、一体彼女は何をしでかしたのか興味がある。
 玲は言う。
「何考えてんのかわかんないけど、あの子自分のことを『悪魔だ』って言ってんのよ。『話しかけるな、私は悪魔だからあなたたちを食い殺すぞ』ってね」
「……どこの中二病よソレ」
 かつてのいじめられっ子が高校デビューで電波少女と化していたらしい。
「でもでもあの容姿と合わせて話題性抜群だよっ。あの子かなり美人だしっ」
 理子が興奮しながら言う。あきらが美人……そうなのだろうか? 赤い髪にばかり視線が向いていて、彼女の顔をまともに見たことがなかった気がする。

「お腹すいたー」
「……あんたさっきあれだけお菓子食べといて、まだ食べんの? 太るわよ」
「ダイエットするから大丈夫!」
「そういうこと言う人は大体ダイエットしないのよね」
「玲ー、ハッキリ言わないでよー」
「じゃあのぞみんっ、あたしと一緒にダイエットしよう!」
「理子はダイエットする必要無いわよ。ってか細すぎ! 何食べたらこんな風に細くなんの!?」
「えー? あたし細い?」
「細いわね」
「細いっていうか痩せすぎ。もうちょっと食べなさい」
 雑談をしながら、学校の階段を降りていく。時刻はもう六時。下校時刻ギリギリだ。
 窓の外はうすい藍色ともいうべき暗闇に覆われていて、車のランプやビルのあかりが、夜を迎える街を彩っている。
 私は帰宅部だけど、理子と玲、のぞみの三人は美術部の仲間だ。今日は部活動が無いので一緒に下校できる。美術部の活動がある日は、私は他の友達と一緒に帰る。
 最近は誘拐事件も多いらしいし、私はなるべく友達と一緒に帰るようにしているのだ。
「にゃ?」
 いきなり、理子が変な声を出した。
 というか、変な声を出さざるをえなかったのだろう。私が最初に気付いてたら、私が変な声を出していたと思う。
 階段を降りたその先、生徒昇降口を目前にした廊下に、赤い髪の女の子が立っていた。


123 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/21(金) 02:37:32 ID:2YnSFZz4
 きみこちゃんのいるクラスは今、体育の時間です。この時間、この部屋にいるのは私とカールクリノラースくんだけです。
 私が受けるべきだった授業は英語。けれど、そんなものは関係ありません。あの他人たちは私がいなくても困りはしないのです。
 さあ、きみこちゃんの机を探しましょう。
 座席表は教壇の上にありました。きみこちゃんの席は窓際の、前から二番目の机です。
 ああ、ようやく私はきみこちゃんの親友になれるのです。とても嬉しいです。
 カールクリノラースくんは何も言いません。
 きみこちゃんの机から椅子を静かに引き出します。これがきみこちゃんがいつも座っている椅子。そう思うと身体が悦びで震えます。
 やるべきことをやってしまいましょう。机の中から、筆箱を取り出します。
 ずっときみこちゃんを見ていたからわかります。この筆箱は中学二年生の夏休み明けから使っているものです。さすがきみこちゃん、物を大切にする人です。
 私は筆箱を開け、シャープペンシルを手に取り、制服の内ポケットに仕舞いました。筆箱を閉じ、元の場所に戻します。
 これこそが、私の悲願。これでようやく、本当にきみこちゃんの親友になれるのです。

 私が本当にきみこちゃんの親友になった日から少し経ってからのことです。
 きみこちゃんが、知らない他人たちとおしゃべりをしています。
 きみこちゃんはとても楽しそう。きっと本当に楽しいのでしょう。きみこちゃんが楽しいと、私も楽しくなります。
 !
 眼鏡をかけた一人の他人が、分厚い本できみこちゃんの頭を叩きました。
 きみこちゃんが痛そう。なんて酷いことをするのでしょうか。
 けれど、私にはその明るい部屋の中に入ることはできません。
 私が悪魔だから? いいえ、ただ勇気が無いだけなのです。ただ足を踏み入れて、きみこちゃんになんてことをするの、と言うだけのことができない臆病者です。
 私はただ、教室の入り口からそっと、きみこちゃんの様子を見ることだけしかできないのです。
 ──本当に、それだけ?
 誰かが、そんなことを言った気がしました。
 わかっています。カールクリノラースくんです。
 カールクリノラースくんの言葉は、私の中から余計な感情を消し去ってくれました。
 そうだ、勇気を出そう。勇気を出して、きみこちゃんに会おう。

 結局私はその部屋の中に入ることができませんでした。
 だから、待ちましょう。階段を降りたところできみこちゃんを待ちましょう。
 とても楽しみです。ようやく、きみこちゃんに会える。