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249 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/05(金) 00:39:49 ID:8ck79HaF
 今日一日の疲れを風呂とベッドで癒す。
 あきらのことをどうするかは明日考えよう。そうして私は眠りについた。

 だから私は、知らなかった。
 あきらが同性愛者なんてものじゃあなかったということを。
 そして、あきらの異常性を。
 それを知るのも明日だというのに私は。

 翌日、私は珍しく早起きをして、朝早く登校した。
 通学路の途中で理子とのぞみを見つけ、玲が家に帰っていないことを知った。
 もしかしたらあの生粋の絵描きさん、まだ美術室にいたりして。そんな冗談を笑いながら、美術室に向かう。
 冗談は現実になり、私たちは笑えなくなった。
 玲は美術室にいた。ずっと、いた。

 首から流れ落ちる血。光のない眼。力を失った腕と脚。
 赤黒い海に横たわる少女。
 かすかに、肉が腐る臭いがした。

 その日学校は、休校になった。


250 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/05(金) 00:40:23 ID:8ck79HaF
 記憶が曖昧です。
 昨日、私は美術室で何があったのかを憶えていません。
 カールクリノラースくんは何も言ってくれません。
 私は学校を休むことに決めました。休む口実を考えながら学校に電話をかけます。
 ……出ません。たまたま誰もいなかったのでしょうか。そう信じて受話器を置いた途端、電話が鳴り出しました。
「はい、石橋です」
『あ、もしもし。春日です。あきらさんいますか?』
「あの……私があきらですが」
 春日。どんな人物でしたでしょうか。私の記憶の中にありません。そういえば連絡網の石橋という名前の隣に、春日という名前があった気がします。
『ああ、あきらさん? 丁度よかったぁ。あのね、連絡網。なんかしばらく休校するらしいです』
 休校? 学校が? ……何があったのでしょうか。
『あのね、殺人事件があったみたいなの。他のクラスの……アケモリレイって子が、美術室で殺されてたって』
 一瞬、目の前がぐにゃり、と歪んだ気がしました。
『だから、学校はしばらくお休みだってさ。これ次にまわしてね……つってもみんな野次馬気分で学校に残ってるけど』
 ?
 ああ、そうでした。他人たちは皆登校しているのです。こんな時間にまだ家にいるのは学校が近くにある家の人だけでしょう。
「春日さんの家は、学校の近くにあるんですか?」
『ああ、あたしは風邪でお休みしてんの。……人殺しなんて、あたしの身近で起こるなんて思わなかったよ』
 私もです、と思いましたが、口には出したくありません。
『あのさ、こんな話題の後で空気読んでないみたいなカンジなんだけどさ、ちょっといいかな?』
「なんですか?」
『女にコクったってホントな』
 通話を切って、連絡網を取り出します。次の家は古塚と書かれています。
『はいもしもし』
 いつの間にか私は電話番号を入力していました。
「石橋と申します。古塚さん──古塚一志さんのお宅ですか?」
『はい、そうですけど……一志ならもう学校ですよ』
「その学校からの連絡網です。学校で殺人事件が起きたそうなので、学校はしばらく休校するそうです」
『え? え、いや、え?』
「それでは」
 通話を切りました。必要最低限のことは伝えたので、大丈夫でしょう。
 イタズラだと思われたかもしれません。しかしすぐにイタズラではなかったと思い知るでしょう。
 私はテレビをつけました。笑顔と化粧を貼り付けた他人が口から雑音を吐き出しています。テレビを消しました。
 部屋に戻ることにします。朝食は食べていませんが、平気です。
 暗い部屋で、裸になって、あの冷たい感覚を求めることにします。
 骨の髄まで。冷凍庫の中のように。


251 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/05(金) 00:40:56 ID:8ck79HaF
 何があったのか思い出せない。私は何をしたんだっけ。
 ああ、そうだ。
 死体があって。
 長門先生が来て。警察の人が来て。
 パトカーに入れられて。警察署に連れてこられて。
 いろいろ聞かれて。いろいろ答えて。
 家まで送ってもらって。
 いつの間にか夜中で。
 一人になりたくて。散歩に出かけたんだ。

 夜の公園は、とても静かで、暗い。しんと静まり返った花壇は雑草だらけで、誰も手入れをしていないらしい。
 花壇の傍でふんぞりかえってるベンチに座る。そういえば、学校の制服のままだった。
 顔を上げると、そこに玲の顔がある気がして、私はうつむく。そうしていると、目の前に玲の顔が浮かぶ。
 目をつむる。それでも玲の顔は浮かぶ。耳を塞ぐ。玲が呼んでいる気がする。いやだ。
 一人になりたかった。なのに今は、一人が怖い。
 一人ぼっちの私は、この暗がりに押し潰されそうで。

「きみこちゃん?」

 声がした。
 顔をあげると、玲の顔の代わりに、あきらの顔があった。
「あきら……っ」
「大丈夫?」
 こっちの気も知らないで、あきらは心の底から心配そうな顔をしてやがる。
 そんな顔しないでよ。頼りたくなっちゃうから。
「あんた、こんなところで何してんの?」
「さんぽ。家がすぐそこなの」
 あきらが微笑んだ。その微笑みは、何故だか暖かくなる。あの冷たくなる笑い方はしないのだろうか。
「私も散歩よ」
「そっか」
 私も笑って、あきらもそれを返した。


252 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/05(金) 00:41:49 ID:8ck79HaF
 隣に座っていいでしょうかときみこちゃんに尋ねたら、きみこちゃんはいいよと言ってくれました。感激です。
「……いや、なんか近い」
 きみこちゃんの隣に座ったら、きみこちゃんが何か嫌そうな顔をしました。
 きみこちゃんに触れ合えるくらい近い『隣』なのですけど、私は何か過ちをおかしてしまったのでしょうか。
「まぁ、いいわ」
 きみこちゃんは困ったように笑って、顔を自分の足元に向けてしまいました。
 私はそんなきみこちゃんを、見ていることしかできません。
 この暗闇の中で、きみこちゃんと二人きり。何故でしょう、胸が引き裂かれそうなくらい、熱い。
「知ってるでしょ? 殺人事件」
 ぽつりと、きみこちゃんが唇を開きました。
「死んだ朱森玲って、私の友達だったんだ。あんたも会ったでしょ、眼鏡かけてた子よ」
 眼鏡をかけた。何故か、頭が痛みます。
「会ってから一、二ヶ月程度だけどさ……私は玲のこと、友達だと思ってた」
 友達。あの眼鏡をかけた塵が、友達? あんな淫乱売女な他人が、友達?
「その友達が、死んでたの。首から血を流して、首にっ、首に、…………」
 だめ。
 きみこちゃんは、あんな塵のために涙を流してはだめです。
 違う。あんな塵が、友達であるはずがない。そうです、あんなのは、殺さなければいけないのです。
 殺さなければ。

『本当さ、石橋さんってスタイルいいね』『…………』
『こんな綺麗な身体してて……勿体無いよ』『…………』
『顔も、胸も、ウェストもカンペキ……』『…………』
『もちろん希美子もね。あなたも希美子も、本当に綺麗よ』『…………』
『ねぇ。あたしと石橋さんて気があうと思わない?』『…………?』
『実は私もね、女のコがスキなんだ』『…………』
『……ねぇ、一緒に希美子を襲っちゃわない?』『…………!』
『場所も時間も、もう完璧なの。道具もあるのよ』『…………』
『石橋さんさえよければ、だけど……一緒に、希美子を犯さない?』『…………っ!』
『あぁん……どんな声を聞かせてくれるのかしら、希美子は』
『穢すな』
『え?』
『きみこちゃんを穢すな』
 ドッ────
 鈍い音と鋭い感触。赤い赤い、汚濁まみれの赤い花。

 そう、あんな塵は死んだほうがいい。きみこちゃんを穢すなんて、そんなこと許さない。赦しは、しない。