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106 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/08(月) 01:41:28 ID:btGIRyZm
***

 妹の様子が少し変わっていることに気付いたのは、風邪で体調を崩した妹が久々に居間に下りてきたのを見た時だった。
 妹は回復したのが嬉しいのか、朝の挨拶の声まで弾んでいた。
 でも、機嫌が良い理由は風邪が治ったからなのだろうか。
 妹が普段と違う。
 何か、こう……表情に余裕のようなものが感じられる。
 以前はぴりぴりとしていたのに、今ではすっかりそれが和らいでいる。
 妹が私から積極的に目を逸らそうとしないなんて、何かが変。
 そりゃまあ、今みたいな方が私は嬉しいんだけど。
 弟は珍しく朝早くから出かけていて、姿を見せていない。
 できれば妹に何があったのか聞きたかったけど……一緒に下校する時にでも聞けばいいかな。

 妹と二人、肩を並べて学校に向かう。
 実は二人っきりでこうやって歩くのは、五六年ぶりぐらいになる。いや、もっと前からだったかも。
 私の記憶が曖昧だから思い出せないけど、妹は中学に上がった頃、弟と一緒に登下校するようになった。
 もちろん私もついていくんだけど、どうも二人の会話に割り込めない。
 弟は相手してくれるんだけど、妹が生返事しかしてくれない。
 だから仕方なく、長女として身を引くことにした。
 弟と妹が仲良くしている姿を見られれば私は充分満たされた気分になれた。
 でも、時々つまらなくなって、弟と示し合わせて妹を置いて学校に行ったりもした。
 それをすると妹が三日ぐらい家族の誰とも口を聞いてくれなくなるから、最近は自重している。
 うちの妹は可愛いわ。お兄ちゃんを独占できなかったからって拗ねるなんて。
 できるなら、こう…………抱きしめて、頬摺りして、体をこねくり回してやりたい。
 添い寝させてくれなくなったのはいつからだったかしら。
 昔は、お姉ちゃん一緒に寝よ、って枕を抱きながら言ってくれたのに。
 今だって、一緒に歩いてくれても話しかけてはくれないし。
 在りし日の妹はもう居ない、か。
 冴子お姉ちゃん、悲しいわ。




107 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/08(月) 01:44:01 ID:btGIRyZm
***

「ではみなさん、明日からは土日と休みが続きますが、不摂生をしないように」
 篤子女史の締めの言葉が終わり、日直の号令に従ってクラスメイト全員が起立礼をしたら、教室内は次第に騒がしくなる。
 明日から休みとはいえ、実際にはこの時から休日が始まると言っても過言ではない。
 かく言う俺も開放感に包まれている。
 そう、この感覚こそが喜び。
 黙々と授業をこなし、甘美な睡魔の誘惑と胃袋の乾きに耐え、ようやく得られた休日である。
 こういう喜びは学校に通っていなければ味わえない。
 何日もぶっ通しで自宅や病院に籠もっていたら、余暇の貴重さなど無に等しくなる。
 明日と明後日は何をしようか――なんて考えるのが楽しい。
 だが、まずはやるべきことをやってからだ。

 鞄を置き去りにしたまま、クラスメイトの流れに乗り教室から出る。
 しかし向かう先は校舎の出口ではない。目的地は別にある。
 二階から一階へ下り、いつもなら左へ行くところで右へ曲がる。
 方向転換したところで、背後から話しかけられた。
「おや、どこに行くんだ?」
 振り向けば、学校指定のコートを纏った高橋が居た。
「ちょいとした野暮用。一年の教室に用があるんだ」
「ふうん? 君の弟と何か約束でもしてたのか?」
「そういうわけじゃないが……そうだな、心配事を片づけに、ってところか」
 高橋は数秒間無言で居続け、唐突に沈黙をため息でぶち破った。
「……なんだわざとらしい。今のはちょっとむかつくぞ」
「いや失敬。大したことじゃないんだ。
 実は昨日、僕の家の冷凍庫から冷凍食品の炒飯が無くなっていてね」
「ほう」
「どうしてかと思って首を傾げていたら、突然海外に出かけているはずの姉から着信があったんだ」
「おい、何さりげなくカミングアウトをしてる。お前に姉が居るなんて初耳だぞ」
「故意に隠していたから、当然だ」
 なぜこいつは、あえてどうでもいい情報を隠しやがる。
 普通、担任の女教師に恋してることを隠すだろ。
「……で、お前のお姉さんとさっきのため息がどう関係しているんだ」
「うむ。驚きつつ僕は携帯電話を手に取った。
 そして覚悟を決めて――――携帯電話の電源ボタンを一回、ポチッと押したんだ」
「……なんで?」
「考えてもみろ。国際電話や電子メールで連絡してくる姉が、いきなり僕の携帯電話に電話して来たんだぞ?
 僕は携帯電話の番号なんて姉には教えていない。不審に思って当然だろう」
「すまんが、同意しかねる」
「そうか。まあそれはいい。
 電話を取らなかったら、今度は家の方の電話に着信があってね。
 相手はなんとなく予想したとおりに姉だった。
 姉弟らしく手短に挨拶を交わした後、姉はこう言ったよ。
 ぷりぷりのエビが入った炒飯って美味しいわよね、って。
 そう言い残して、姉は電話を切ったんだ」
「あー……、なるほど。犯人はお姉さんだったわけか」
「さっきのため息は姉の行動を笑ってのことさ。
 あと二年は帰ってこないとか言っていたくせに、突然日本に帰ってきて、
 気ままな一人暮らしを送る弟の部屋に勝手に上がり込み、炒飯を食べてから帰る。
 そしてそれからは何の連絡もよこさない。また海外に行ったのか、この町のどこかに居るのかもわからない。
 勝手気まま過ぎる姉だよ。僕が君に話したがらないのも当然だろう?」
「うん、まあ……俺ではお前のお姉さんの行動を理解できないことはわかった」
「そうか。僕の姉がちょっと変わっているということがわかってもらえたならそれでいい。
 ではまた。来週会おう。怪我しているんだからあまり無茶するんじゃないぞ」
「ああ、またな……」



108 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/08(月) 01:45:07 ID:btGIRyZm
 高橋はそのまま振り返りもせず校舎の出口へ向かっていった。
 さっきの話の流れは、高橋お得意の話の焦点をずらして煙に巻く手法だ。
 今まで内緒にしていた姉の存在を明らかにしたのは、奴なりに焦っていたからなのだろうか。
 それとも実は姉など存在せず、逃れるために即興で話を捏造したのか。
 なんだか、欠席理由におばあちゃんの三回忌だったんですって言うのに似てるな……。
 だが、俺にとっては高橋に姉が居ようと居まいとどうでもいいのだ。
 上手い具合に乗せられている気がするが、それもどうでもいいと納得しておく。
 今重要なのは、心配事を片づけることだ。
 先週の事件の唯一人の首謀者にして実行犯、澄子ちゃんの様子を確かめること。
 今日あえて学校をさぼらなかった理由の一つである。
 自分でもおかしいと思う。なぜ、俺を短期間とはいえ監禁した澄子ちゃんに怒りを覚えないのか。
 俺が花火に怒りを向けないのは、きっと頬に傷を負わせたからだ。
 熱くなっても、花火の顔を脳裏に描く度に冷めてしまう。
 これは、精神的な負い目によるものだろう。
 しかし、澄子ちゃんに対しても同じというのは、どういうわけだ。
 彼女の性格? すぐに解放してくれたから? 監禁する理由を説明したから?
 いや――どれでもない。
 そもそも、監禁されても怒りを覚えていないんだ。
 どうしてだ? 昔伯母に虐待されていたから、か? そういった痛みに対して鈍感なのか?
 だとしたら、我ながら……嫌な鈍感っぷりだな。
 天性、いや後天性のマゾなのか。
 一応、否定しておくとしよう。あまりにも悲しすぎる。



109 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/08(月) 01:47:19 ID:btGIRyZm
 一年の教室が並ぶ廊下に来ることは、二年に進級してからはなかなか無い。
 自分の居場所が無い、違う言い方をすれば、すでに空気が変わっている。
 そんな空間へ文化祭の準備期間に飛び込んでいった去年の俺は少々浮かれすぎていた。
 こうして個人的な用件で訪ねていくと、そのことをひしひしと実感する。
 いや、衣装を作りたいからって手伝いに行くのも個人的意志からだけど。

 ともあれ、俺は弟のクラスの前まで辿り着いた。
 何やら入り口で女子二人がお喋りしている。ううむ、入りづらい。
 だがここで引き返すわけにも行かぬ。先輩に逃走は無いのだ。
 話しやすい距離まで近づき、努めて明るい声で話しかける。
「ねえ、ちょっといいかな」
「はい? ……誰、この人?」
 ぬう、やはり俺のことなど覚えていないか。
 あからさまに邪魔者に向けるような眼差しだ。
 仕方ない。できるならば顔パスでいきたかったのだが、奥の手を出すとしよう。
「実は俺、このクラスの男子の兄貴なんだけどさ」
 生徒手帳の名前欄を見せつつ言ってみる。
 果たして、効果は即座に現れた。
「ああ、彼のお兄さん!」
「あー、思い出した! 去年は文化祭の準備手伝ってくれてありがとうございました!」
「いえいえ、どういたしまして」
 はっはっは。便利だな-、クラスの人気者の兄貴というポジションは。
 こうまで警戒心が解けてくれるとは思わなんだ。
 別に顔を覚えられてないのが悲しいなんて思わないぞ。こちとらとっくに慣れっこだ。
「弟は居るかな?」
「いえ、もう帰っちゃいました。隣のクラスの、あの……金髪の人と一緒に」
「そう。まあ、あいつが居ても居なくてもいいんだけど。
 ちょっと聞きたいんだけど、このクラスに木之内澄子って子が居たよね。
 その子は今日学校に来てた?」
「えっ……澄子ちゃんですか?」
「そう」
 女の子たちはお互いの顔を見合った。
「来てないよね?」
「うん、先週からずっと。なんで休んでるか知ってる?」
「ううん、聞いてない。ずっと無断欠席」
 ――ふうむ。
「じゃあ、その子と仲の良かった友達は居ないかな?」
「居ますよ。でも、たぶん知らないと思いますよ」
「それでもいいんだ。何か情報が掴めればいいし、なければないで構わない」
「そうなんですか。ん、あれ? 先輩ってもしかして――――」
 右手にいる女の子が、もう一人の子に耳打ちしている。
 右の子は面白そうな顔。左の子は目を拡げて口を押さえている。
「どうかした?」
「いえいえ、何でもないですよ。
 そうなんですかー。先輩が……まさかそうだったなんて。
 心配ですよね。澄子ちゃんが学校に来ていないと」
「ん……どちらかと言えばそうかもね」
「へええええ。なるほどなるほど。
 そういうことなら協力しないわけにはいきませんね。
 澄子ちゃんと仲の良かった子なら、窓際の席に居ますよ。
 それでは先輩、どうぞごゆっくりー」
 二人してにこにこと笑顔を浮かべ、教室へと手で導いている。
 やけにノリがいい子たちだ。
 ちょっと不気味だが、警戒されるよりはマシと思おう。



111 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/08(月) 01:49:24 ID:btGIRyZm
 教室に入ると、澄子ちゃんの友達はすぐに見つかった。
 校庭側の窓際の席で話している女の子が二人いる。
 一人は澄子ちゃんと似たセミロング。男の庇護欲をかき立てる、大人しそうな顔つきをしてる。
 もう一人は背中を向けているので顔はわからない。
 乱れのない黒のロングから、しっかりした女の子だろうと推測する。
 どちらか、もしくは二人ともが澄子ちゃんの友達なのだろう。
 俺が接近していることに最初に気付いたのはセミロングの子だった。
「あ、の……何か……?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……って、あのさ」
「は、はい……?」
「何もしないから、そんなに逃げ腰にならなくてもいいよ?」
 そんな、俺が現れた途端に顔を強張らせて椅子をずりずり引いて後退しなくても。
 この子にとってはどうしようもない対人反応だったとしても、やられた方はいい気分がしない。
「は、はい。えっと、二年の先輩ですよね。私に、いったい何を……?」
「うん、君の友達の――」
 突然の机を叩く轟音に台詞を遮られた。
 教師が生徒を黙らせるために教卓を叩く音よりでかい。
 天井から机に着地すればこんな音が出るかもしれない。
 教室内には俺たち三人しか居ない。
 必然、俺以外の女の子が立てた音ということになる。
 おそらく音の発生源は、二人の女の子の中間地点にある机。
 見ると、そこには拳が一つ乗っていた。
 固く握りしめられていて、わずかに震えている。
 ついでに言うと、セミロングの子の唇も震えている。というか全身が震えている。
 無理もない。何せ、自分と向かい合って座っている女の子こそが、拳の主だったのだから。
「あ、あの……俺、何かしましたか?」
 思わず拳を振るった女の子の背中に敬語で話しかけてしまった。
 仕方あるまい。だって怖いんだから。
「いいえ、あなたは何も悪くない。ただ机の上に季節外れの蚊が止まっていたからつい、ね」
「そ、そうですか。はは、蚊なら仕方ありませんよね。刺された嫌ですもんね」
「ええ。放っておいて、大切なものを吸い取られちゃ、たまらないもの」
「ですよね。まったく蚊にも困ったもんですよ」
「そうよね。…………いっそのこと、害虫なんか全て消え去ってしまえばいいのに。
 いいえ、どこか一箇所に集中させて、私自らの手で一思いに葬ってあげたい。
 どうして捕まってくれないのかしら。抵抗しない限り、私は優しくしてあげるのに」
 これはまずい。何やら俺は最悪のタイミングで二人の会話に割り込んでしまったようだ。
 もう澄子ちゃんについて聞くなんて無理だ。
 それよりも無事にここから脱出する方が重要だ。
「話の邪魔してすいません。じゃあ俺はこれで……」
「ああ、ちょっと待ってくれないかしら」
 ……引き止められちゃいましたか。
 勘弁してください。こちとら右腕がいかれてるだけで大変なんだから。



112 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/08(月) 01:50:24 ID:btGIRyZm
「あなたはこの教室に来たら不幸になるわ。だからもう来ない方がいい」
「それは、何故?」
「あなたは去年の文化祭の準備期間、この教室の手伝いにやってきて、八面六臂の働きをした。
 私も知っているわ。うふふ……格好良かったわよ、あなたは」
「それは、どうも、ありがとうございます」
「だから、ここにはあなたに好意を抱く人が一杯居るの。
 でもそれに比例して、あなたを嫌う人も居る。
 世の中はバランスで成り立っているの。分かる?」
「ヒット商品の法則ですね。分かります」
「そうよ。でもあなたは一人しかいないの。
 あなたが仮に時計だったとしたら、大事にしてくれる持ち主の元へ行きたいでしょう?」
「それはもちろん」
「あなたにふさわしいのは、あなたのやりたいことを分かっていて、あなたの意志を汲んでくれる人よ。
 そんな人に出会えたら素敵でしょう?」
「夢じゃなくて現実で会えたら素敵ですね」
「いいえ、もうあなたは出会っている。これは予想じゃない。すでに実現している。
 私は占い師じゃないけど、あなたの未来を言い当てることができる。
 ――あなたは世界最高のパートナーと結ばれるわ。他の誰にも負けない、頼りになる女性と」
「あの、その人と結ばれるには、どうすれば?」
「クーリングオフ、がキーワードよ」
「えっと、それって、一定期間のうちならタダで返品できるってシステムのことですよね」
「そう。騙された消費者を救済するためのもの。
 そのシステムがあるんだから、過剰に警戒するのはやめなさい。
 使わない限りは、いつでもできるんだから。――――そう、一回も使わない限りは、ね。
 私の話はこれで終わり。あなたに幸せが訪れることを祈っているわ。うふふふふ……」



114 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/08(月) 02:02:03 ID:btGIRyZm
 スリルあふれる教室から脱出し、慣れた二年D組の教室に入り、俺はようやく安堵の息を吐き出した。
「こ、怖かった……」
 まさか弟のクラスにあんな怖くて不気味な子がいるとは知らなかった。
 少なくとも去年は居なかったと思う。
 転校生、なんだろうか。
 でもあんな子がいるなら弟が話してくれているだろうし。
 しかし……何だったんだ、さっきの忠告は。
 クーリングオフだと? それがあるんだから女の子と気軽に付き合え、と?
 それができれば苦労しない。
 そもそも、訪ねてくれる女の子が居ない。
 俺は弟とは違う。ニヤニヤしながら見ていられる甘いラブコメの主人公にはなれない。

「あ、まだ帰ってなかったんだ。よければ一緒に帰らない?」
「葉月さん? ……うん、いいよ。ちょっとだけ待っててね」
「ゆっくりでいいよ。怪我してるんだから」
「平気平気……っと。お待たせ、じゃあ帰ろうか」
「うん!」
 こうやって声をかけてくれるのが、俺が一度ならず二度までも振ってしまったせいで、
今ではただの友達になってしまった葉月さんだけなのだから。
 あの子の言うその最高のパートナーとやらが身近にいるのならぜひとも会ってみたいものだと、
腰まで伸びる葉月さんの黒髪を見ながら思った。