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351 :もう何も信じない :2008/09/22(月) 01:55:00 ID:HdjnMexj
 もうなにも信じない―――そう思ったのはいつだったろうか。

 母親は俺たちを産んだときに死んだ。
 父親は6歳まで俺たちを育ててくれたが、妹が死ぬと突然女を作って俺を捨てた。
 どうやら母の面影を求めていたらしい。妹にまで。
 やむなく預けられた親戚一家は、ある力をもつ俺を気味悪がり、虐げた。傷が服
 にかくれるように。
 唯一頼れた小学校の先生は俺がいじめに耐えかねて手を出したとき、いじめっ子
 らを弁護した。
 あとになって知ったが、いじめっ子の親には教育委員に知り合いがいるとかで教
 師は逆らえないそうなのだ。
 後日、伯父はその親に対し菓子折りを持って謝罪しに行った。その日の夜、俺は
 伯父に酷く殴られた。

 ああ、思えばこの時からかも知れない。何もかもを信じなくなったのは。

 俺の名は佐橋 歩。今年の春、高校生になった。
 別に行きたくもなかったが、世間体を気にする親戚に半ば無理矢理入れさせられ
 たのだ。
 高校に入るにあたり、母の残した遺産の俺の取り分とアパートの1部屋をあてがわ
 れ、一人暮らしを始めた。早い話が厄介払いだが、あの家を出られるのなら実に
 ありがたい話だった。

 だが、高校なんぞごめんだった。さっきも言ったとおり俺は人を信じられない。
 赤の他人に話しかけるなんて怖くてできやしないし、関わられるのも嫌だ。中学
 時代はそうして可能な限り誰とも関わらなかった。
 今日は壇上で答辞を詠んだらさっさと帰って寝るつもりだ。
 そのはずだったんだ―― あいつが現れなければ。

 入学式が終わり、家に帰ろうと玄関に向かったらそいつに呼び止められた。

「佐橋歩!僕を覚えているかい?」

 ……意味が分からん。そもそも誰だこいつは。
 中学時代は友達はいなかったし、近所にもこんな知り合いはいない。…小学校か?
 ああ、確かいたな。女のくせに自分のことを僕と呼ぶ変な奴が。名前は―――
「光(コウ)だよ。三神 光。3年ぶりだよね、歩。」

 そう、たしかそれだ。腰まで伸ばした黒髪がよく似合う美少女なのに男口調で何
 かがぶち壊しなのが残念だ。

「で、何の用だい、三神 光さん?」

 あえて他人行儀で話しかけた。こんな奴に構ってられるか。俺には惰眠をむさぼ
 るという大事な使命が――――

「僕は君が好きだ! 付き合ってくれ!!」

 ………頭が痛くなってきた。神よ、これはなんの試練ですか?

「…冗談はその変な口調だけにしろ。寝言は寝てから言え。それとも寝てんのか?」
「あははっ、やだなぁ。僕が君に嘘をついたことがあるかい?」


352 :もう何も信じない :2008/09/22(月) 01:56:25 ID:HdjnMexj
確かに、こいつだけは俺に嘘をつかなかった。あの時から、人間不信に陥りあら
 ゆる他人を拒絶していた俺にこいつは変わらず話しかけてきた。そのたびに俺は
 寝たふりをし、男子トイレに逃げ込み、目の前で耳栓まで装着した。
 
  いや、こいつは俺にひとつだけ嘘をついたな。あれはたしか小学校の卒業式の日
 。教室に忘れ物を取りに行ったときだった。教室には光がいた。 

「忘れ物かい?しっかり者の君がなんて、珍しいなあ。」

 俺は無視した。机の中にあった本をとり、教室をあとにしようとした。すると、

「歩…。君は最後まで僕を無視するんだね。でももういいんだ。二度と会うこと
もないだろうし。」

 俺はこの時なぜか振り向いてしまった。いつもの明るい声とは違う、暗く、哀し
げな声に。

「僕だっていいかげんあきれてるんだよ?いくら何を言っても君は無視を決め込む
しね。会えなくたって別に困りはしないさ。むしろせいせいするよ。」

 そう言いながら光は……
 泣いていた。この時思ったんだ、これは嘘だと。
 気が付けば、勝手に口が動いていた。
「…すまない。俺は、もう何も信じられないんだ。」
「僕のことも、なのかい?」
「……ああ。本当に、すまない…。」

 彼女はしかし、笑ってこういった。

「は…初めて僕と話をしてくれた…ね。うれ、しいよ、歩…。」
「……………。」
「歩、君が何も信じないというなら、僕が次に君に言う言葉を、絶対に信じない
でくれ。」
「………………。」

 返事はしなかった。


「僕は……、君なんかだいっきらいだ。二度と会えなくても全然平気…だよ。だ
から、僕のこと…ひぐっ、なんか、忘れて…よ。」

 これが、光が俺についた、唯一の嘘だ。