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592 : ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/09/30(火) 19:27:58 ID:/cx0hQ2x
 太陽が昇って暫くした頃。僕達はポケモンセンターを出発した。
 元々表面だけの浅い怪我だったのか、それとも昨日のデロデロが副作用を上回る素晴らしい効能を発揮したのかは分からないが、怪我は包帯を巻けば歩いても痛みを感じなくなったので、早々に出発することにしたからだ。
 このおつかいの期限は一ヶ月なので時間的余裕はあるのだが、じっとしているということはそれだけ他のトレーナーから出遅れるということになるので、休んではいられない。
 それに今日は町外れの家まで行って、荷物を受け取って戻ってくるだけなので、そこまで長距離を歩くことにもならないだろうし。
 ……しっかし、かなりの人数のトレーナーが旅に参加しているから、運ぶ荷物の量もかなりの量になるはずだ。もしかしてこのおつかいは長い旅の前のウォーミングアップとかじゃなくて、単なる運送費の節約なんじゃないだろうか。
 そんな邪まな思いを抱きそうになる。
 香草さんとポポは普通に接しているように見るが、やはりギクシャクしてしまっている。
 しかし幸いにも僕と香草さん、僕とポポとの仲は悪化はしていないようなので、今までどおり旅を続けることは出来そうだ。
 でも、なんで香草さんは昨日あんなことをしたのだろうか。性格からして僕を逆さ吊りにするのなら何の疑問もないけど――こんな思考をしてしまう時点でいろいろと問題あるな――、ポポに対してやった上、僕をベッドに運んで介抱までした。
 彼女の意図がまったく分からない。でも、とりあえず目先のことじゃないことを考えてもしょうがない。そういう考えても分からないことはもっと余裕が出来てから考えてもいいんじゃないか。
「ゴールド、遅いわよ。やっぱり足、痛むの?」
 そんなことを考えていたせいで、歩みが遅くなっていたらしい。香草さんから心配そうに声をかけられた。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。足は大丈夫だって」
 僕は笑いながら答える。いらぬ心配をかけるのも心苦しいし。
「ならいいけど……無理しないでよ。旅は長いんだから」
 ……おかしい。やっぱり香草さんの対応おかしいよ。数日前とは大違いだ。数日前なら、「遅い! これだから人間はダメなのよ!」なんてどやしつけられそうなもんなのに、なんだかいやに優しい。
 昨日の僕の行いを考慮すると、いくら正気じゃなかったとはいえ、本部に通告して僕のパートナーの権利を失効させようとしてもおかしくないようなものなのに、むしろ以前より優しくなるなんて。
 ……もしかして僕は香草さんの心に人間に対する恐怖を植え付けてしまったりしたんじゃないだろうか。優しく見えるのは、単に僕に怯えているから……とか。
 …………香草さんの性格からいって、それはないよね。
 ……そうでも思わないと気が重くなる。
 僕がそんな悶々とした感情を抱えていても、香草さんとポポのペアは相変わらず優秀で、トレーナーも全て回避し、野生のポケモンとまともに戦うこともなく、日が天頂に上りきる前にはその町外れの家につくことが出来た。
 ちなみに、トレーナーを回避するのは余計なロスを食いたくないからだ。お互いまだ出発してからいくらもたってない者同士だ、戦っても得るものは少ないだろうし、それなのに怪我でもしてしまったら割に合わない。これは純然たる合理的思考だ。
 僕が臆病だとかそういうんじゃないぞ、うん。
 程なくして、一軒の家が見えてきた。家の脇には丁寧に『ポケモン爺さんの家』なんていう看板が立てられている。家のドアは既に開けられていた。かなりの数のトレーナーが来るからいちいち扉を開閉するのも億劫なのだろうか。


593 : ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/09/30(火) 19:29:47 ID:/cx0hQ2x
「失礼しまーす」
 そう言いながら家に入ると、奥のほうに一人の老人が椅子に座っていた。他には誰もいないようだ。ポケモン爺さんの家、とありながらいるのは老人一人だけ、ポケモンは一人もいないとは。これは皮肉とかそういう類のものだろうか。
「ポケギアをそこの装置にかざして、そっちの山から荷物を一つ持っていってね。はい、それと木の実。昼食にでもしてね」
 老人は手際よく手順を説明すると、数個の木の実を差し出してきた。半ば流れ作業のようだ。わざわざ老人をここに据える意味はあるのだろうか。
 僕は老人から木の実を受け取ると、ポケギアを中央部がくぼんだ箱のような機械にかざし、茶色の粗悪な紙で包装された荷物の山から、そのうちの一つを取り、足早にその家を後にした。
 そして吉野町に向かう途中の草むらが開けたところで皆で受け取った木の実を食べると、まだ日が高いうちに吉野町のポケモンセンターまで戻った。
 若葉町に戻るためにそのまま出発してもよかったけど、もう時間的に日が暮れるまでに大した距離を稼げないと思ったのと、香草さんが僕の足の具合を心配したのとで、今日はポケモンセンターに泊まることにした。
 当然、以前のようにポポと一緒に寝ることはない。僕は一緒に寝てもかまわないんだけど、そんなことをしようとするだけでも香草さんの防御力どころか体力そのものが削られそうな『にらみつける』を喰らうからだ。
そりゃ、あんな形とはいえ、香草さんに手を出しそうになったんだから、ポポに対しても何か間違いが起きないと証明することはできない。僕自身は絶対にそんなことをするはずはないんだけど、一応前科がある僕の言葉に信憑性はない。
 その晩は表面上は何もなく、普通に翌日を迎えた。
 朝食を終えた僕たちは、当然若葉町目指して出発する。
 ここからは一度通った道だ、大した障害はない。
 ロケット団のせいで相変わらず遠回りとなる別ルートを使え、となっているが、途中にチェックポイントのようなものが設置できてるわけでもないし、その別ルートを監視している警察の人間もトレーナーとポケモン全員を把握できているはずもないから、
そのルートを使わなくてもどうせ分かりはしない。それに、行きであっさりロケット団を撃退してしまった僕達としてはそんなことは馬鹿馬鹿しくてする気にならない。
 ……実を言うと、あんな下っ端じゃなくてちゃんとした幹部クラスに出くわす可能性もゼロではないんだから、僕はできれば遠回りしたいんだけど、
香草さんの「遠回りなんてアンタの足によくないわ! それにロケット団なんて相手にもならないじゃない!」という言葉と気迫に簡単に押し負けてしまった。僕の気、というか意思が弱いんだか、彼女の押しが強いんだか。
 行進自体は順調そのものだ。野生のポケモン相手でも、まともな戦闘にすらならない。おそらく半径十m以内に入れたポケモンすら皆無だろう。
 ただ、それでも夜間は火を使わないことと皆で固まって寝ることだけは徹底した。ポポが僕の右側に寝、香草さんが僕の左側に寝る形で落ち着いた。
 第三者が見れば両手に花だとか羨ましいだとか言って茶化すかもしれないが、実際には、気まずい空気が流れている二人に挟まれているというのはなんともいたたまれないものである。
 香草さんもポポも昼行性ということが唯一の救いか。
 でも、香草さんはともかく、ポポはそんな一つのことを引きずるような性格だっただろうか。また香草さんがあのような行動に出るかもしれない、と警戒してるのかもしれないが、一応僕がいるから身の安全は保障されているんだし。
 ……そういえば、ポケモンは野生よりも人間と行動をともにしていたほうがより早く成長する傾向がある、という現在主流となっている学説があるっけ。
この説があるから、知能の高い大人のポケモンはバトルの危険性を知っていながらも自分の子を積極的に旅に参加させるのだとか。
 そうすると、ポポも僕とすごしたこの数日で成長し、知能も、疑うことを知らない純粋な子供から、人を疑い、利用する大人に成長しつつある、ということだろうか。
 ……香草さんというかなり性格に難のある存在をすでに抱えている僕としては、ポポにはいつまでも純粋な子供のままでいてほしいと思わなくも無い。
 こういう思想抱いてしまう僕はもしかして危ない人間なのだろうか。


594 : ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/09/30(火) 19:31:26 ID:/cx0hQ2x


 日が昇る頃になると、早々に出発することにした。浅い眠りしか取れなかったので正直眠り足りないが、彼女らの活動時間に合わせなくてはならないし、これ以上この空気の中にいるのがいたたまれなくなってきたからしょうがない。
 木の実で適当に朝食を取り、昨日のようにさくさくと進む。
 すると日が傾き始めた頃には若葉町に着くことが出来た。
 行きにかかった時間が確か三日ぐらいだったから、およそ倍のペースで進んでいたということになる。一度通った道とはいえ、少し驚きだ。
行きだって決してのんびりしていたわけではなく、今僕自身は歩行に問題はないものの、一応怪我をしているというのに。これは二人が戦闘の経験をつみ、成長したということか。
 そんなことをぼんやりと考えながら、若葉町の手前の最後の草むらを越えようとしたそのとき、異変は起こった。
 空中を飛ぶポポの体が突然光り輝き始めたのだ。


595 : ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/09/30(火) 19:32:08 ID:/cx0hQ2x
 ポポは発光体となり、そのままふらふらと地上に軟着陸した。
「ポポ!?」
 僕は驚き、慌ててポポに駆け寄る。
 光はすぐに収まり、僕が駆け寄ったときには光はもう消えていた。
 光の落ちた場所には、ポポによく似たポケモンが倒れていた。
 ポポは髪が茶だったのに対してこのポケモンは赤。翼の面積がかなり大きくなり、羽毛は減ったが羽根は増え、羽根自体もポポに比べてしっかりしている。
 それ以外の見た目の差は無いといっていいだろう。もしかすると、これがうわさに聞く、“進化”という奴だろうか。
 ポケモンは年齢に関係なく、ある一定の経験を積むと、劇的な変化を起こすことがあり、それを“進化”と呼ぶことになっている。
 話としては知っていたが、実際に目の当たりにするのは初めてである。
「ポポ?」
 ポポの服を着ているからほぼ間違いなくポポだろうが、一応、確認のために声をかけてみる。
 僕の声に反応して、閉じられていたそのポケモンの目が開かれた。
「……ゴールド?」
 ポポは自身の体を見て、目をぱちぱちさせている。
「あ、あのさ、ポポはどうやら進化したみたいなんだ」
「ポポ、進化するのは初めてだけど、なんとなく分かるです。前から、こうなることが分かっていたような気がするです」
 そう答えるポポの口調はとても落ち着いたものだった。以前のポポなら平常時でももっと弾んだ声を出していたような気がする。進化すると能力が飛躍的に向上するという。その能力の向上が、ポポに落ち着きをもたらしたのだろうか。
 前から分かっていた、か。本能とか、そういうものだろうか。
「ポポ、おめでとう」
 僕はそういいながらポポの翼をとった。
「ありがとうです」
 ポポは僕の手をとり、ニッコリと笑いながら立ち上がった。
 そのまま、二人で向かい合う。
 うーん、なんというか、どういう風に対応していいか困るな。以前のような対応でいいのだろうか。とりあえずおめでとうは言えたから、これからどうすればいいのだろうか。
「ゴールド、進化してもポポはポポです」
 かけるべき言葉を捜しあぐねていた僕の気持ちを見透かすように、ポポはそう言った。はは、そこまで筒抜けとはね。恥ずかしい。「そうだね、ポポはポポだ」
 そう言って、僕達はどちらともなくクスクスと笑いあった。何がおかしいのかも分からなかったけど。

「もういいかしら」
 背後からかけられたその声で、僕は香草さんの存在を思い出した。このアクシデントですっかり脳の中から消えていた。僕の脳の並列処理能力の低さに呆れる。
「もういいかしら、って香草さん、ポポが進化したんだよ? おめでとうの一言くらいあってもいいんじゃないかな」
 僕はたしなめるようにそう言った。香草さんの存在を忘れていたのだって、ポポの進化にまったく触れもせず、背後でじっと僕達を見ていたからじゃないか。いくら自分自身のことではないとはいえ、その対応はあんまりだ。
「……どうせ私はまだ進化してないわよっ!」
 香草さんは感情的にそう怒鳴り、足早に一人で町に入っていってしまった。
 僕の言葉を嫌味と思ってしまったのだろうか。まったくそんな気持ちは無かったのに。僕はそんなに嫌味ったらしいのかな。
 ポポのほうに向き直ると、ポポも呆然といった顔をしていた。つまり僕は嫌味ったらしくないということだ。
嫌味ったらしいのなら香草さんがこういう行動を起こすのは当然なんだから、呆然となんてしないはずだ。……いや、単純にポポがそういうことを分からないだけかもな。
「行こうポポ、香草さんを追いかけないと」
「はいです!」
 ポポは以前のように元気よく返事をした。

 草むらを抜け、町に入ったが、香草さんの姿はどこにも見えない。ポポに飛んでもらって空中から見てもらったが、香草さんらしき人影は見えなかったらしい。このわずかな間にそこまで遠くに移動するなんて。
僕達の前から去るときは早足程度だったが、草むらを抜けたらそのまま全力疾走でもしたのだろうか。
 僕達には当ても無いので、とりあえずおつかいを済ませるために宇津木博士の研究所に行くことにした。おつかいの報告には僕とパートナーである香草さんのポケギアが必要だったが、幸いにも荷物管理はパートナーの仕事なので僕が香草さんのポケギアも持っている。


596 : ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/09/30(火) 19:33:27 ID:/cx0hQ2x

 ……そのせいで香草さんと連絡を取るすべがないんだけどさ。
 所内の案内にしたがって進むと、出発のときに集められた会場についた。場内には僕と同年代の人間とポケモンが数人、職員と思われる大人の男が二人いた。
 男に荷物を渡しに男のところまで行くと、「パートナーは?」と尋ねられた。状況的にはポポを僕の最初のパートナーだと誤解しても何もおかしくない。つまり職員は一応すべてのトレーナーとポケモンを把握している、ということか。まいったな。
「ええっと、久々に帰ってきたんだから町を周りたいとか言ってどこかへ行きました。勝手に手続きを進めてもいいそうなので、ポケギアは預かってます」
 この施設、多分夜間はやってないだろうから、下手するとここで抑留されてしまう。僕はポケモンマスターを目指す旅を楽しみにするあまり気がはやり、つい嘘を吐いてしまった。
「たとえ任されていたとしても、本人がいないのでは認められません。お引取りください」
 僕の嘘も空しく、あっさりと追い返されてしまった。当然といえば当然なんだけどさ。
「どうするですか、ゴールド」
 研究所の前で、ポポに不安げに尋ねられた。
 どうするも……ねえ。
「香草さんを探すしかないよね。ポポ、空中から探してもらうの、頼める?」
「分かったです」
 ポポは僕に向かって微笑むと、空へ飛翔した。
 高度十メートルに達しようとしたときだろうか、ポポは上昇を止め、降りてきてしまった。
 僕はどうしたのだろうと訝しんでいると、ポポが大声で、
「香草さんいたです!」
 と言ってきた。
 随分早い発見に僕は驚かされる。
 どこに、と僕がポポに尋ねる前に、僕は視界に香草さんを捉えた。
 ちょうど角を曲がってこちらに向かってきているところだった。香草さんもここを目指してきていたのか。そりゃ、合流するための手がかりなんてここか町の出入り口くらいしかないからね。
 僕は香草さんに早足で歩み寄る。
「香草さん、一体どこ行ってたのさ」
「別に……どこだっていいでしょ」
 彼女はぞんざいに返事をした。なんだろう、怒っているというよりは、駄々をこねる子供、というほうが近い気がする。でもどうしてそんな感じがするのだろうか。
「よくないよ。パートナーなんだから」
「パートナーだからって何よ! 私が何をしようと、私の勝手でしょ!」
 この言葉にはさすがにカチンと来た。何だよ、この言い草は。僕は確かに未熟かもしれないけど、至らない点は香草さんにもあるのに。協力とか妥協とかそういうのは一切なく、ただ自分の我が侭だけだ。思えばこの旅の最中、香草さんはずっと不快を露にしてきたくせに。
「そんなに僕と一緒にいるのが嫌かよ!」
 つい語気が荒くなってしまう。言いながら、僕は同時に後悔もしていた。香草さんの性格からして、こんなことを言ったら火に油を注ぐも同然だ。
不毛な口喧嘩が始まるのは目に見えてる。思えば、今までやってこれたのだって、僕が折れてきていたからなのに。彼女が自分から折れるとは思えない。
 ところが、それに対する彼女の反応は、僕の思いもよらないものだった。
「ご、ごめんなさい……そういうつもりで言ったんじゃないの……」
 香草さんはうつむいて、本当に申し訳なさそうに言ってきた。
 これには驚かされた。先ほどまでの苛立ちが一遍に吹っ飛んでしまっただけでなく、僕はそのまま思考まで停止してしまった。


597 : ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/09/30(火) 19:34:46 ID:/cx0hQ2x

 あの横柄だった彼女が、この短期間でここまで性格が変わるとは考えにくい。
 つまり……やはり僕は彼女に人間に対するトラウマを植え付けてしまったのか。
 何てことだろう。目の前が真っ暗になるようだ。
 こうなってしまえば旅の続行は不可能だろう。香草さんが旅を諦めるだけならポポをメインのパートナーに設定しなおせば旅は続けられる。しかし香草さんが本部に詳しいことを話せば、僕は間違いなくトレーナーとしての資格を剥奪されるだろう。
 あのポケモンセンターのせいで、僕は夢を諦めなければならなくなるなんて。糞、どうして僕が……いや、なんにせよ、僕がやったことだ。責任は僕にある。ならば相応の罰を受けよう。でなければ、僕はあのシルバーと変わらないことになってしまう。
「どうしたのゴールド? ……もしかして、怒ってる? 私が勝手なことばかり言ってるから……」
 僕がぼーっとしていたことを不審に思ってか、香草さんが僕の顔を覗き込みながら尋ねてきた。まだ日没前だというのに、彼女にいつもの威勢はない。ああ、やっぱりか。
 でも、ここで旅を止めることが、彼女にとっても、僕にとっても本当にベストな選択なのだろうか。彼女だって、ポケモンリーグを制覇して、草ポケモンの強さを証明するという夢を諦めることになってしまう。
それに、彼女にトラウマを与えておいて、後は知らない、じゃあんまりじゃないだろうか。僕が今後正気を失うようなことはまず無いだろう。アレを食べなきゃいいだけなんだから。
それならば、彼女の人間に対するトラウマを取り除いてあげることだってできるんじゃないだろうか。
 ああ、でもこれは僕の勝手な考えだ。結局、僕は旅をリタイアしないための言い訳に彼女を利用しているだけに過ぎない。そうだ、罪は……認めなくちゃならないんだ。旅は……ここでおしまいだ。
「香草さん」
「な、何!?」
 先ほどまで何のリアクションも返さなかった人間が突然反応したからだろうか、それとも僕におびえてだろうか、彼女は驚いた様子で僕の顔を見る。
「あ、あのさ……」
「うん」
「ここで……」
「ここで?」
 何を言いよどんでいるんだ僕は。ええい、女々しいやつめ。そんなに自分が可愛いか。お前はシルバーと同類なのか! 言わなきゃ。言うんだ!

「ここで……旅を終わりにしよう」

 言った。言えた。言ってしまった。これで、何もかも終わりだ。
 静止した空間で、風だけが二人の間をさあっと駆け抜けた。
 このときの香草さんの驚愕の表情は生涯忘れられないだろう。

 思えばこれがすべての始まりの原因となる、人生最大であろう判断ミスだったことを、このときの僕はまだ知る由もなかった。