623 :ぽけもん 黒 覚醒と何も知らぬ僕 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/10/01(水) 23:42:28 ID:QiulR6Y8
「え……?」
香草さんは僕の言ったことがよほど意外だったのだろう、信じられないという表情で、両手を胸の前で組み合わせたまま静止している。
「ゴールド、それってどういうことですか?」
ポポが後ろから、僕の言ったことの意味が分からない、というように尋ねてきた。
「そのままの意味さ。ここで解散ってことだよ。ポポは新しいパートナーを探すなり、野生に帰るなり、吉野町に住むなり好きにすればいいよ」
少し無責任な気もするが、僕が変にかかわっても、彼女にとってよくないだろう。結局、すべてを決めるのは彼女の意志なんだし。
「ゴールドはどうするですか?」
「僕? どうするって……考えてなかったなあ。受験までは時間があるし……まあどうだっていいじゃないか」
どうせ僕の夢は潰えるんだ。もう、どうでもいい。
「ポポも一緒にいるです! ゴールドと一緒にいれないなんていやです!」
「そうよ、どうして旅を終わりにしようなんてそんなこと」
二人して、僕の決定に反対してくる。
やめてくれ。そんなことをされたら、決定を曲げたくなるじゃないか。
「もう、限界だよ。これ以上旅を続けるのは無理だ」
「限界って……そんな……どうして……もしかして私のせいなの?」
「違う、そんなつもりで言ったんじゃない。香草さんは何も悪くないよ。悪いのは……全部僕だ」
そうだ、これは僕の責任なのに、香草さんに負い目なんて負わせてはいけない。
すると、突然香草さんはニッコリと笑って言った。
「そう、全部あなたが悪いのなら……いいわよね?」
同時に、両の袖から数本の蔓が伸びだしてきた。
一体何を。そう考えるより前に、僕は両手両足を縛られ、宙吊りにされていた。
「な、何するんだ!」
「だって、私は悪くないんでしょ? なら、いいわよね?」
「い、意味が分からないよ香草さん!」
僕は大声で香草さんに呼びかけるが、香草さんの表情は笑顔で固定されたままだ。
そして、世界が逆さに――違う、逆さになったのは僕か――なったかと思うと、次の瞬間には、意識を失っていた。
そして、目を覚ますと、僕は闇の中にいた。
咄嗟に飛び起きようとして、体にガサガサと当たる感触で気づいた。ここは闇の中じゃない、草むらの中だ。
よく目を凝らすと、確かに草の輪郭が見えてくる。
となると、僕は香草さんに草むらに放り投げられたのか? でも、だったらどうしてこんなに暗いんだ?
とりあえず起き上がり座ってみたが、頭頂部が酷く痛む。一体何があったんだ?
痛む頭を左手で押さえ、右手を地面について立ち上がろうとしたら、地面がやたらやわらかく、暖かかった。まるで人間みたいに。
まさか、と思いつつも、ゆっくりと右を見ると、そこには横たわる人影があった。
……痛みとは違う意味で頭を抱えたくなった。
とりあえず明かりだ、と思いポケットに手を入れたが、そこにポケギアは無い。
おかしいな、ポケギアはいつもポケットに入れっぱなしなのに。
624 :ぽけもん 黒 覚醒と何も知らぬ僕 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/10/01(水) 23:43:17 ID:QiulR6Y8
「はい」
ポケギアを手渡された。
「あ、ありがとう」
僕はそれを受け取り、電源を……って。
「だ、誰だ!?」
一体僕は誰にポケギアを手渡されたんだ!?
慌てて後ずさりながら僕にポケギアを渡してきたと思われる“誰か”に尋ねる。
「私よ」
そう答えたその声は、とても聞き覚えのあるものだった。
ポケギアの電源をいれ、ライト機能で照らすと、そこには僕と同い年くらいの少女が、上体だけを起こして座っていた。
とてもよく見覚えのある少女だが、頭にから生えている一枚の葉の大きさが以前の倍くらいになっているのと、首を飾るように葉が生えているところがその少女とは違う。
これはつまり。
「もしかして、香草さん?」
「そうよ。ひょっとして、見違えちゃった?」
香草さんはクスクスと笑いながら嬉しそうに答えた。
進化したのか。でも一体いつ?
「ゴールドを頭から地面に叩き落したら、体が急に光りだして。気がついたら進化してたの」
僕の頭が痛むのはそのせいか! なんてことするんだよ! しかも僕を倒して進化って……なんだかすごく複雑な気分だ。
「それで、ここはどこなんだ? 後、なんでそんなことしたんだ?」
「ここは草むらよ。見れば分かるでしょ。なんでそんなことをしたかって、だってゴールドが全部悪いんでしょ?」
「草むらってことは言われなくても分かってるよ。そんなことを聞いてるんじゃない、ここは地理的にどこなのか、って聞いてるんだ。それに、確かに僕が全部悪いって言ったけど、そういう意味じゃなくて……」
「ここは二十九番道路よ。つまり若葉町と吉野町の間」
……若葉町と吉野町の間だって?
「どうしてそんな場所にいるんだよ?」
「だって、全国を巡る旅なんだから、この道を通るのは当然でしょ?」
ええと…………意味が分からない。意味が分からないぞ。話がさっぱり伝わってこない。
「僕は旅は終わりにしようって言ったはずだろ?」
あれ? これってもしかして夢だったりするのかな? ポケモンマスターの夢を諦めきれない未練がましい僕の夢? いやいや、こんなリアルな夢が存在するはずがない
「だって、あなたが全部悪いんでしょ?」
……うん、いまいち会話がかみ合わないぞ。これは僕が頭を打った衝撃でおかしくなったわけじゃないよね? おかしいのは香草さんの方だよね?
多分このままそんなことを言い続けても埒が明かないだろうし、とりあえずそこは置いておいて、違うことを聞くことにした。
「ええと、全国を巡る旅にでるためにはおつかいを済ませないといけないはずなんだけど、僕が気絶してたんなら済んでないよね? だから旅には出れないよ」
「済んだわよ」
香草さんは平然とそう言った。
僕は、へっ? と情けない声が出そうになるのを既のところで堪えた。何だって? 一体何を言っているんだ?
「ザルよあんなの、所詮お役所仕事だから。気を失ったあなたをそのまま研究所の中に引っ張っていって、あなたを一番後ろの席に座らせて、所員にポケギアと荷物渡して、
書類もらって、筆跡変えて二人分書いて、提出して、またあなたを引っ張っていってここまで来たってわけよ」
香草さんはニコニコしながらそう答えた。その所業に反して悪意というものがまるで感じられない。まるで善悪の区別がついていない子供のようだ。
625 :ぽけもん 黒 覚醒と何も知らぬ僕 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/10/01(水) 23:43:59 ID:QiulR6Y8
「来たってわけよ、じゃないよ! 職員も何やってんだよ! ぐったりしていて、しかもずるずると引きずられて移動しているんだから少しくらい不審に思えよ!」
「ポポが怪しまれないように隠れてゴールドを動かしたです」
背後からの声に驚いて振り向けば、いつの間にかそこにポポが立っていた。というか、共犯かお前ら!
「ポポまで一緒になって何やってんだよ! なんで止めなかったのさ!」
「だって、止める理由がないもの。私も旅を続けられるし、ポポはあなたと一緒にいられるし、あなただって旅を続けられるじゃない。それに、引きずったりなんてしてないわよ。ちゃんと地面につかないように浮かせたわ」
「論点はそこじゃないよ! 引きずったか浮かせたかなんてどうでもいいよ!」
「どうでもよくなんてないわ! もしあなたが怪我なんかしたらどうするのよ!」
ああもう、どうしてこう話が通じないんだ。だんだん逃げ出したくなってきたぞ。状況的には願ったり叶ったりなのに、どうしてこんなに逃げ出したく思うのだろうか。
「ポポも、何か言うことないの? こんな……僕の意思に反して、誘拐みたいな真似までしてさ」
香草さんとの対話を諦めた僕は、脱出口をポポに求めた。
ポポを説得すれば二対一、しかもポポは鳥タイプ。いくら香草さんが強くても、力で押し負けることはないだろう。押し負けたとしても、僕の逃走術をもってすれば、逃げられないはずがない。
「ゴールドと一緒にいれて嬉しいです!」
ポポは喜色満面といった様子でそう答えた。
「そうじゃないだろ!」
僕はつっこまざるをえない。
「じゃあ……分かんないです」
ポポは本当に困惑している様子だ。ダメだこりゃ。香草さんとは違った意味で話にならない。
「ええとさ、僕は旅はもう終わりにするって言ったよね?」
「嫌です!」
「いや、そうじゃなくてさ」
僕はあくまで事実の確認がしたいだけなんだけど。
「ポポはゴールドと一緒にいたいです! 離れたくないです!」
ポポはそのまま両翼を広げて僕に抱きつこうとしてきた。僕は咄嗟のことだったので退避行動も取れなかったが、ポポに抱きつかれることはなかった。
ポポが驚いた顔をして静止したからだ。僕も首筋に突き刺さりそのまま突き破られそうな強い視線を感じたので振り向くと、案の定、香草さんがこちらをまるで目からレーザーでも出てるんじゃないかと思いたくなるような強さで睨んでいた。
あれえ? 香草さんってチコリータだったから、一回進化した今はベイリーフのはずだよね? ベイリーフって黒い眼差し覚えたっけ?
あ、黒い眼差しは逃げられなくなるけど、僕は今一秒でも早く逃げたしたいからこれは黒い眼差しじゃないね。それなら納得だ。
恐怖からか、動転からか、やたらどうでもいいことに頭が回る。
とにかく、もう香草さんと目を合わせていたくなくて、視線をそらすためにポケギアを見た。ただ視線をそらすと、蔓でグルグル巻きにされて視線を逸らせなくさせられそうな気がしたからだ。
ポケギアの待ちうけに表示された時間は零時を回って少しした頃だった。ここで僕は一つ不思議に思った。
「そういえば二人とも、こんな時間なのに眠くないの?」
以前なら今よりはるかに早い時間に寝入っていたはずだ。それなのに、二人は以前では考えられないほど元気である。
「眠いわよ。でも進化したせいか、前より大分平気になったの」
「ポポもです」
へえ、進化にはそんな効能も。
626 :ぽけもん 黒 覚醒と何も知らぬ僕 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/10/01(水) 23:44:48 ID:QiulR6Y8
というか、つまりこれは僕が夜間逃げ出すことも不可能になったということではないだろうか。
どうしよう。
ポポ懐柔作戦は本題に入ることすらなく失敗してしまった。僕一人で二人の目を盗んで逃げ出すのはかなり難しいだろう。
いろいろと思案を巡らせていた僕は、そこでピーンとひらめいた。
「ほ、ほら、僕親に何も言ってないし! 心配するだろうから、一度戻って伝えないと!」
「だめよ。そんなの時間の無駄だわ」
時間の無駄って。
確かにここから引き返すことも考えると事実だけど、そんな言い方はあんまりじゃないだろうか。
「でも、親が心配するだろうし」
「電話があるじゃない」
う、確かに、電話で事足りなくもないかもしれない。
というか、この路線で香草さんを説き伏せるのは無理か。
これで打つ手なしである。
……いや、そもそも手なんて打たなくてもいいんじゃないか?
確かに香草さんに恐怖を感じないこともないが、どうせ逃げられないのならもうおとなしく腹をくくって旅をすることにしたほうがいいじゃないか。
なんで香草さんがこんな凶行に出たのかは分からないが、旅を続けられるというのは彼女の言うとおり、僕にとっても喜ばしいことだし。
何より、彼女自身がいいと言っているのだから。根本の問題はクリアされている。
それに、僕に対して行ったことは人間に対するトラウマの裏返しと取れなくもないが、それならば今彼女にまったく怯えがないことの説明がつかない。つまり人間に対するトラウマなんてものは初めからなく、単なる僕の誤解だった可能性が大きい。
でもそうするとなんで彼女は急激に態度を軟化させたのか、ということの説明がつかなくなってしまうんだけど。
……まあいいじゃないか。僕は人の心を読めるわけじゃないんだし、分からなくても仕方がない。
家に帰って母に出発の報告を出来なかったことは残念だが、問題はそれくらいだし、別にいいじゃないか。
今は時間も遅いし、明日――正確には今日か――電話しよう。
……半ば無理やり自分を納得させている気がしなくもない。
「分かった。旅を続けることにするよ」
僕は二人に向かってそう言った。
ポポは「やったです!」といいながら飛び跳ね、嬉しさをあらわにしているが、香草さんはキョトンとしている。
「どうしたのさ香草さん?」
僕は腑に落ちず、香草さんに尋ねる。
「だって、旅を続けるなんて当然のことなのに、どうしてわざわざそんなこというのかなって」
どうやら彼女にとって旅を続けるというのはすでに決定事項だったようだ。
僕の意思は無視ですか。無いも同じですか。
このことに関してはもう話が通じないので僕は香草さんに何か言うことを諦めた。
代わりに僕のリュックはどこと香草さんに尋ねると、香草さんは体をひねって後ろを向き、「はい、あなた」と言いながら差し出してきた。なぜだろう、ただ自分のリュックを返してもらっただけなのに、やたら照れくさいのは。
なぜといいつつも理由は明白である。リュックを差し出す香草さんの所作がやたら可愛かったからだ。頬を軽く染め、微笑みながら差し出してくるなんて完璧な動作を見せられたら、誰だって可愛いと思わざるを得ない。
そもそも香草さんは見た目だけなら可愛いんだし。
627 :ぽけもん 黒 覚醒と何も知らぬ僕 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/10/01(水) 23:46:08 ID:QiulR6Y8
……見た目だけ、なんて実際に香草さん言ったらどんな目に合わされるか分からないな。
僕はリュックを置くと、リュックのほうに頭を向けて横になった。
するとガサガサという音とともに僕の右に香草さんが、左にポポが移動してきた。二人とも、やけに僕に近いような。
「固まって寝ろって言ったのはゴールドでしょ?」
香草さんは非難するように言う。
確かにそうなんだけど、なんというか……。
なんだか緊張してしまう。
さっきまで気絶していて、しかもこの頭痛で寝れるのかと思ったが、香草さんの頭の葉っぱから漂ってくる甘い香りを嗅いでいるとすぐに眠りに落ちた。
翌朝。
僕が目を覚まし、左右を見ると二人ともすでに目を覚ましていた。ならどうして横になったまま動かないのだろう。二人とも横になったまま僕の顔を眺めている。
体を起こして大きく伸びをすると、ポケギアで時間を確認する。 時刻はまだ五時半だ。
ポポに木の実を取ってきてもらうように頼むと、僕は出発の準備を整えた。
ポポは今までよりかなり短時間で木の実を持って帰ってきた。進化したお陰で飛ぶのが速くなったのか、それともたまたま近くに木の実のなる木があったのか。何かやたら香草さんのほうを見ていた気がするが、気のせいだろうか。
木の実は特に体調に異常のでない、普通の木の実だった。
これも進化することで木の実を見分ける能力が上がったのだろうか。……いや、これはさすがに関係ないな。
木の実を食べ終えると、僕たちはすぐに出発した。
道中、香草さんがやけにちらちらこちらを見てきたが、香草さんの性格からいって、何か言いたい事があったら言ってくるだろうから、彼女は何がしたいのだろうかと気になった。
昨日自分が僕の頭を地面に叩き付けた後遺症を心配してくれているのならありがたい。幸い、もう触らなければ痛みもないがこれが彼女が自分の言行を反省する機会になってくれるとありがたい。
それと、道中でポケモンと遭遇する頻度が上がった気がする。香草さんの甘い香りにポケモンが惹かれてくるのだろうか。
相変わらず余裕なので多少の遭遇数の増加は経験を積むのにも好都合だからちょうどいい。
十一時頃に昼の休憩という形で休みを取ることにした。
僕が母に電話し、もう全国の旅に出発していることを告げると「一度家に帰ってくればよかったのに」と予想通り小言を言われた。それに対し僕は「パートナーがすごく急いでいてさ」と誤魔化した。あながち間違いでもない。
電話が終わると、僕は「香草さんは親に電話しなくてもいいの?」と尋ねた。何せ香草さんは女の子だ。親の心配は男の比じゃないだろう。
すると彼女は「私はもう済ませた」と答えた。
628 :ぽけもん 黒 覚醒と何も知らぬ僕 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/10/01(水) 23:47:35 ID:QiulR6Y8
意外な答えだ。でも草むらから走り去った後や、僕を気絶させた後など時間は十分にあっただろうからおかしくはないか。
昼食をとった後も僕たちは進み続けた。同じ道を三度も通れば、さすがに今自分がどの辺にいるのか大体把握できるようになる。僕はこのペースで進めば今日中に吉野町に着けると踏んで急いでいた。以前の彼女らの活動時間では無理だったが、今の活動時間ならばいけるはずだ。
正直、野宿はあまりいいものではない。今は温暖な時期のため防寒の心配をしなくていいから大分マシとはいえ、敵に襲われる恐怖もあるし、なにより環境的に快適とは言いがたい。
本当は若葉町で一泊する予定だったのに、それが台無しになってしまったからここ数日野宿続きだ。出来れば早く暖かいご飯を食べて暖かい風呂に入ってやわらかいベッドの上で眠りたかった。
と、僕の思惑通り、日が暮れてから一時間もせずに若葉町着くことが出来た。今回はロケット団に会うこともなかった。
真っ先に向かったポケモンセンターの受付でさっさと手続きを済ませた僕は、割り当てられた部屋に一目散に向かった。
「はあー、やっと柔らかい布団で寝れるよー」
僕の口からため息が漏れる。かなり急いだからもうクタクタだ。もう風呂に入るどころか食事する気力すらない。一刻も早くベッドで横になりたかった。
「ごめんね、無理させちゃった?」
香草さんが心配気に言ってきた。思わぬ誤解をさせてしまったようだ。彼女も疲れているであろうに。
「とんでもない! むしろ僕が無理させちゃったんだから、僕が謝らなくちゃいけないくらいだよ。二人とも、お疲れ様」
と、僕は単純に二人にお礼を言いたかっただけだ。
それが何かが――多分二人ともというところだろう――まずかったのだろう、思わぬ問題に発展した。
「私のほうが役に立ったわよね!?」
「ポポのほうがゴールドのために頑張ったです!」
……どうしてそうなるかな君達は。
昨日僕を町から拉致したチームワークをずっと保てないものか。「ぼ、僕疲れたからもうねるね」
そういってリュックをベッドの脇に下ろすと、ベッドにダイブした。
この状況だとどちらを褒めても角が立つ。これが最善の対応だ……と思いたい。
しかしこの対応も、また思わぬ方向に発展した。……別に僕の想像力が貧困なわけじゃないぞ。
二人してベッドを覗き込んできたかと思うと、二人とも僕の両脇に滑り込んできたのだ。シングルベッドだから三人も寝るとかなり狭い。そのため、図らずも体が触れてしまう。
「な、何やってるのさ二人とも!」
「いや……ですか?」
「いや……なの?」
二人とも、甘い声でささやいてくる。
どちらを向いても対応に困る。何で二人ともこんなこと……ポポは親に対して甘えるようなものだろうから分からなくもないけど、香草さんまで。最近密着して寝てたから、それが癖になってしまったのか?
629 :ぽけもん 黒 覚醒と何も知らぬ僕 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/10/01(水) 23:48:54 ID:QiulR6Y8
「ほ、ほら、僕かなり汗臭いし!」
僕がかろうじて見出した弁明がこれである。我ながら、他に何かなかったものかと思う。
「ポポはそんなの気にしないです!」
「私のほうこそ汗臭いよね……。やっぱり嫌かな……?」
いいえ香草さん、あなたからはとても甘くていい匂いが、なんて口が裂けてもいえない。口が裂けそうになったけど。
僕が余計な弁明なんてするから、なおさら甘い雰囲気になってしまった。どうする? どうしよう? まったく、僕は眠いってのに、どうしてこんなに頭を使わなくちゃいけないんだ。というかこんな至近距離で香草さんの甘い香りを嗅いでいたらどんどん意識が落ちて……。
「ねえゴールド、柔らかい布団で寝れること喜んでたわよね? なら今度から……その……私を抱きながら寝ても…………ってゴールド? ……もう! 寝るのが早いのよバカ!」
香草さんはそう言って僕の脇腹を軽く殴った。
しかし僕はこの香草さんの葛藤も、僕が脇腹を殴られたとき、ぐえ、と声を漏らしたことも知る由がなかった。
最終更新:2008年10月02日 15:00