※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

712 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:27:40 ID:uUm7CUZ7
***

 弟と妹が家を出て行って、三日が過ぎた。
 それは、私の願った理想の家族のかたちが、現実で崩壊した証拠。
 両親と私の追求と説得にも応じず、その日の夜に二人は姿を消した。
 行き先は聞かされていない。
 昨日も一昨日も電話の前で待っていたのに、二人からの連絡はない。
 警察に捜索願を出したけど、まだ連絡はない。
 ないない尽くし。
 でも一番堪えるのは、二度と二人に会えないかも知れないという恐怖。
 乱れた感情に任せて今まで口にしたことのない汚い言葉で罵った。
 私だけ。家族の中で私だけが取り乱した。
 だからもう、弟と妹は私には会ってくれないんじゃないか。声も聞かせてくれないんじゃないか。
 それが怖くて、不安で、眠れない。
 ごめんって謝って、冷静になってもう一度話をしたい。
 でも私は、どうしたらいいの?
 弟と妹がセックスしてしまった。二人は兄妹。私の弟と妹なのに。
 二人の関係を認めるなんて、絶対にしたくない。
 じゃあ、別れさせる? 
 それができたら一番だけど、そんなの、どうやればいいっていうのよ?

 ふと、遠くで音が鳴った。
 電話機の呼び出し音だ。
 机の上に置いてずっと向かい合っていたのに、何メートルも離れたところで鳴っているようだった。
 腕を持ち上げるのが面倒なぐらい疲れてる。
 精一杯の元気な声で電話に出る。電話の相手はお父さんだった。
 傘を持って迎えに来てくれ、と言ってた。
 場所は近所の居酒屋。今日は一人で飲んでいたらしく、一緒に帰る人がいないらしい。
 窓の向こう側は闇に包まれていた。空全体が暗幕で隠されているみたいに黒かった。
 雨雲だ。分厚い雨雲が天を覆い隠し、無数の雨を地上に落としている。
 また今日も夜になった。今日という日が終わる。明日がやって来る。
 弟と妹から何の連絡もないまま、一日が過ぎてゆく。
 無駄な一日。無いも同然の一日。
 お願いだから帰ってきて、二人とも。
 こんな、立ち上がるだけでふらふらしてるなんて、本当の私じゃない。
 私は、あなたたちの頼れるお姉ちゃんだから、もっと強いんだから。



713 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:28:30 ID:uUm7CUZ7
 夜の闇の中でも迷わずたどり着ける、お父さんの行き付けの居酒屋。
 今日みたいにお母さんが仕事で遅れる日なんかは、私がよく迎えに行っている。
 でも、今日はいつもと違ってた。
 お父さんがお店の外で待っていない。
 いつもなら、未成年の私に気を遣ってお店の外で待っている。
 迎えに来いと言っておいて待ちきれずに先に帰ることはないだろう。
 とすると、お父さんはまだお店の中にいる。
 居酒屋の扉を少し開けて、店内を覗き見る。
 カウンター席に座り、突っ伏しているお父さんが見えた。
 他のお客さんの姿は見えない。
 居酒屋特有の雑多な声が聞こえない。雨の音の方がうるさいぐらい。
 店内に足を踏み入れると、お客さんはお父さん以外居なかった。
 その理由は、とっくにお店が閉店時間を迎えていたから。
 今の時刻は十時を過ぎている。
 それだったら、お父さんもお店をでなきゃいけないのに。
 そう思ってお父さんに近づくと、目眩のしそうなお酒の匂いがした。寝息も聞こえてきた。
 お父さんは私に電話した後で眠ってしまったらしい。
 お勘定は済ませてもらったから連れて帰ってくれ、と店員さんに言われた。
 お父さんの肩を強く揺り動かすと、とりあえず顔を上げてくれた。
 手を握って強引に店の外へ連れて行く。
 傘は二本持ってきているけど、この状態のお父さんじゃ傘を持つのは無理。まっすぐ歩くけるかも疑わしい。
 仕方ない。肩を貸してお父さんを引っ張っていこう。
 右手で傘を差し、お父さんを支えながら歩きだそうとしたところで、呟く声が聞こえた。



714 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:29:58 ID:uUm7CUZ7
 ――冴子はいい子だなあ。
 ――頭もいいし、器量もいいし。子作りして本当に良かった。
 ――でも、下の二人はダメだ。
 ――俺の言うことを聞かないだけだったらまだしも、兄妹であんなことして。

 そっか。お父さんがこんなになるまで飲んでたのは、二人のことで落ち込んでたからなんだ。
 私と気持ちは同じね。現実逃避したくなるもの。
 でも、二人のことを悪く言うのはやめてほしい。
 体を重ねてるところを私が見るまで、二人とも何の問題もないいい子たちだったんだから。

 ――作らなきゃよかった。

 ……え? お父さん今、なんて?
 変なこと言わないでよ。
 もし二人が居なかったら、私はお姉ちゃんじゃなくなっちゃう。

 ――子供は冴子だけでよかった。あの二人を作ったのは失敗だ。

 やめて。聞きたくない。
 それ以上言わないで。あの二人を見捨てないで。
 お父さんとお母さん、私、弟と妹。五人揃って家族なのよ。
 否定しないで。私の拠り所を壊さないで。

 ――帰りたくないなら帰らなきゃいい。
 ――二人とも、勝手にしろ。

「――――馬鹿っ!」
 我慢の限界だった。
 傘を二本とも放す。お父さんの手を放す。一際大きな水音が立った。
 私は一人で雨の中を進む。お父さんを放ったまま。
 どうして、お父さんがそんなこと言うの?
 お父さんは家族が大事じゃないの?
 もしも私が悪いことしたら、そうやって見捨てるの?
 お父さんは――――そんな人じゃない。
 雨に降られて反省すればいいんだわ。
 自分が悪いって気付くまで、家に帰ってこないでよね。


 その時の私はそう思ってた。心の底から、混じりっけなしに。
 お父さん、私はいい子なんかじゃないんです。
 あなたが帰ってこなければいいと考えました。
 全てはそれが原因です。
 あなたが、その日を境に家に帰ってこなくなってしまったのは、私のせいなんです。



715 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:31:49 ID:uUm7CUZ7
***

「あ……もしかして、ジミー?」
「……人違いです」
「嘘つくな! その腕は間違いなくジミーだよ!」
「人違い…………だったら、嬉しいのに」
 現実は厳しい。あまり出会いたくない人間に限って、思いがけない出会いを果たしてしまう。
 場所は自宅から最も近い、行きつけのおもちゃ屋のプラモデルコーナー。
 小学生ぐらいの子たちの姿はほとんど見られないここで、珍しく小さい女の子がいるなと思って見ていたら、
俺の視線に反応したのかその子が振り向いた。
 で、数秒の間を置いてから言われたのが先ほどの台詞だ。
 地味な容姿をしているからジミーなどという短絡的な名前で俺を呼ぶのは一人しかいない。
 俺の…………血縁にあたる少女、玲子ちゃん(九つ)だ。
 ここのつってひらがなで書くとココナッツみたいだ――が、それはどうでもいい。
 俺と玲子ちゃんは異母兄妹だ。
 しかし父の妻になった人間は今のところ母一人だ。後にも先にも誰も居ない。
 よって玲子ちゃんは父の不義の結果生まれた子供ということになる――のだが、
父と母は兄妹なのだから、俺だって不義の子にあたる。人のことは言えない。
 またしてもとんでもない話であるが、玲子ちゃんを産んだ母親は父の姉だ。
 身内で姉妹丼。しまいどんまん。
 真相を知ってから何度も思ったが……なんてことをしでかしてんだあの男は。
「ほら、やっぱりジミーじゃん。ごまかそうたってそうはいかないよ。
 そのあふれ出るしょーげききょーがく、しょーが……しょ、しょしょ、しょーがく的な地味地味オーラでバレバレだよ!」
「小学的か。だったらしょうがないな」
「そう。ジミーがいくらごまかそうったって無駄なんだよ」
 噛み噛み玲子ちゃん。小学的ってなにさ。
 話が展開しないからあえて受け流すけどさ。
「玲子ちゃんは何をやってるの、こんなところに一人で。
 伯母……お母さんは一緒じゃないのか?」
「んー、最近お母さん調子がよくないから病院に来ちゃいけないって言うの。
 ボクが来ても窓の外ばっかり見てて、あんまり話してくれないし。なんだかつまんない」
「ふうん。そういうことは前からあった?」
「んーん。最近の、ちょうどジミーに会った日からあんな感じ。
 どうしちゃったんだろ、お母さん」
 俺に会った日から、ね。
 伯母の顔を確認した途端に俺は逃げるように立ち去ってしまったから、逆に印象づけてしまったのかもしれん。
 伯母には過去のことを忘れたままでいてもらいたいのに。
 思い出してもらいたくない。良いことなんか一つもない。
 今更謝られても困るし、また昔みたいに絡まれたくもない。
 十年ぐらい前――たぶん今の玲子ちゃんよりも幼い頃の俺と、今の俺。
 一番の違いが見られるのはまず目つきだろう。
 昔は目がでかかったがあの頃より少し細くなった。はっきり言えば目つきが悪くなった。
 眼鏡をかけるほどじゃないが、視力が下がっているからな。
 それ以外にも細々と変化しているから、おそらく俺だとは気付くまい。
 本当は伯母と玲子ちゃんの親子とは二度と会うつもりはなかった。
 そうすれば過去のことをなげっぱなしにしていられるから。
 ここで玲子ちゃんに会ったのは、知り合いと偶然街で顔を合わせた程度のことだ。
 これ以上一緒に居たらずるずると話し込んでしまう。
 この子、反応がいちいち俺好みだったりするから困る。



716 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:32:55 ID:uUm7CUZ7
「じゃあ玲子ちゃん、俺はこのへんで」
「もしかして、ジミーがボクのお父さんになっちゃったりするのかな」
「……………………わけがわからない」
 この気分は、えーと、あれだ。
 かなり前の話になるが、弟と折半して買った、キャラが喋りまくるのが面白い新作アクションRPGを交互にやっていたら、
なんでか知らないが、いつのまにかヒロインが無口な女の子になっていたときの気分だ。
 真相は、単に弟が俺のセーブデータを自分のものと勘違いしてプレイしていった結果だったりする。
 それぐらい置いてきぼりにされた気分。
 弟には仕返しとして間違った数学の知識を仕込んでやったが、このケースではどうするべきだろう。
 ふうむ。とりあえず玲子ちゃんの口にガムテープでも貼って無口な少女にしてやるか。
「いや、場所を考えるならむしろマスキングテープか? あっちの方がいろいろ自由が効くし……」
「なにぶつぶつ言ってんの? ただのジョークなのに取り乱して。
 そんなにうれしいの? ボクのお母さんと結婚するのが。
 もしかしてジミー……年下より年上が好きだった?」
「ツッコミどころが三つある。
 まず俺は年下が好きなわけじゃない。そして、年上が好きなわけでもない。
 それに何より、俺が君のお母さんと結婚するわけがないだろ!」
「あれ、そうなの? ボクのクマさんパンツはじっくり見たくせに」
「ふん、白とグレーのストライプだっただろうが。嘘を吐くな、嘘を」
「あれ? ジミーと初めて会った日ってアレはいてた?
 よく覚えてるね。や、やっぱりジミーはボクぐらいの子が、す……好きなんだ」
「! …………ファッキン俺!」
 小学生のパンツごときに不覚をとるとは!
 違う、俺は小学生の下着が好きな訳じゃない。
 たとえばほら、葉月さんのだって思い出せ…………あれ、思い出せない?
 いや、人命救助が目的とはいえマウストゥマウスされたこともある。
 マッサージされたことも、押し倒されたこともある。
 一度ぐらい葉月さんの下着を拝んだことがあるはず。
 ――――ちくしょう、弟の洗濯物に混じった妹の下着しか思い出せん。
 見たことねえよ、葉月さんのは。
「ジミーのロリコン」
「違う!」
「もしくは女の子のパンツを思い出すことに必死なヘンタイさん」
「変態じゃない!」
「……仮にヘンタイだとしても」
「変態という名の――――変態じゃない! 断固たる否定の意志!」
 玲子ちゃんが舌打ちをした。隠そうともしていない。
 危なかった。乗ってしまうところだった。
 どうなってるんだ最近の小学生は。
 テレビか、DVDか、それともネットか?
 インフラが整いすぎてる。世代の格差を感じるぞ。



717 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:34:06 ID:uUm7CUZ7
「じゃ、ジミーは年上好きかあ。
 でもさ、十七才のジミーとボクのお母さんとじゃ差があり過ぎじゃない?」
「その通りだ。玲子ちゃんだってそう思うだろう。だから俺は違うんだって。
 というか、いつのまに俺が君のお母さんを好きだっていう設定ができたんだ」
「年下が好きなわけじゃないっていうから年上好きなのかな、って」
「なんでその二者択一になる。俺は相手の年齢で好きになったり嫌いになったりしないよ」
「じゃあ、どんな人が好きなの?」
「……嫌いなタイプならいる。
 相手のことを好きでもないのに好きと言う人。そういう人とは絶対にダメだ。受け付けない」
 中学時代に俺を浮かれさせた後にどん底まで落ち込ませた女のことだ。
 たぶん、あの経験があったから、中途半端な気持ちで葉月さんと付き合えないと思ったのだ。
「じゃあ、ジミーは相手が嘘つきじゃなければ付き合えるの?」
「まあ、そういうことかな……」
「じゃあ、ボクのお母さんでもいいんだ」
「いいや、それは無い」
 さすがにまずいだろう。さすがっていうか……絶対。
 だって、玲子ちゃんの母親は俺の母の姉だぜ? 
 相手が自分の母親より年上。俺から見たら伯母。小学三年生の子持ち。ちなみに子供は腹違いの妹。
 どれをとってもありえない。
 そんな相手と付き合う胆力は俺には無い。
 ……それに、昔の件だってある。
 俺にとって、伯母は最も会いたくない類の人間だ。
「そもそも、なんで俺が玲子ちゃんのお父さんになるのか説明してくれない?」
「だって、お母さんジミーと会った日から窓の外ばっかり見てるんだよ?
 他にも、ときどき屋上に行ってため息ついたりしてる。病院のご飯も全部食べないし。
 学校の先生に聞いたら教えてくれたもん。それはきっと恋をしているのよ、って」
「……いい先生だね。きっと先生は本気でそう思ってるよ」
 相手が高校二年生と知れば違う答えを返すだろうけど。
 真実はどうなんだろう。
 伯母は何を考えている?
 もしかして昔のことを思い出したとか? もしくは、思い出しつつある?
 これが俺の杞憂だったらいいんだが。



719 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:35:13 ID:uUm7CUZ7
「ジミーはこのお店、よく来るの?」
「時々ね。趣味でプラモデル作るから。ここは家から一番近いしね」
「そうなんだ。へー……一日にいくつぐらい作れるの?」
「んー……中身確認して、中性洗剤で洗って乾かして、メッキパーツはメッキ落として、
 仮組み、それからサフ吹いて……」
「カリグミ? サフってなあに?」
「あ」
 そうか。玲子ちゃんぐらいの年だとそんなことしないのか。
 接着剤不要のやつなら仮組みしない。
 ランナーから切り取って組み立てるだけでサマになる。
 つや消しスプレー吹くだけで終わらした方がいいキットとかあるもんな。
 うーん、スケールモデルじゃまず味わえない楽ちんさだ。
 俺みたいなやつは、あえて部品精度の悪いキットを買って、いかに自分流に作り上げるかにこだわったりする。
 小学生っていったら組み上げたロボットを早く見たいから、ちゃっちゃと作る。
 俺も昔はそうだった。
「ジミー?」
「あ、ごめん。えーとね、俺がよく作るのは……そう、とにかくでっかいんだ」
「でっかいの? どれぐらい?」
「バラバラなのに部屋がごちゃごちゃになるぐらい」
 これは嘘じゃない。とにかくでっかいは嘘だが。
 パーツの自作しつつ片手間に筆塗りしてエアブラシも使えば寝るスペースすら無くなる。
 部屋が広くないのも原因の一つ。加えて色々物が多いんだ、俺の部屋は。
 だがこう言えば、玲子ちゃんぐらいの子供なら。
「すっごーい! ジミーそんなおっきいの作るの?! もしかして高校生じゃなくて仕事人?」
「仕事人……? ああ、仕事じゃないよ。ただの趣味。
 そんなわけだから、一つ作るのには……早くて一ヶ月ってところかな」
「……すごいや。どんな人にでもとりえはあるって先生が言ってたけど、本当だったんだ。
 まさかボクがジミーに感心する日がくるなんて」
 なんだか、玲子ちゃんが今初めて俺を年上として見てくれた気がする。
 おかしい。これまでも年上の世界を見せてきたはずなのに。 
 なぜ俺の言葉には感心せず、脚色したプラモデル作りの話に感心するんだ。
 やっぱり、子供は自分でも理解できるものに興味を引かれるのか。



720 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:36:06 ID:uUm7CUZ7
「玲子ちゃんはここに一人で来たの? 家が近所なのか?」
「ううん。友達のお姉ちゃんといっしょ。
 ドライブに誘ってくれたから、ついていったの。
 今はちょっときゅうけい中。ボクの住んでる家、ちょっと離れてるんだ。
 ジミーも来る? ボクの家」
「それは丁重にお断りする」
「むう。なんでさ。ジミー付き合い悪い」
 それはもちろん、玲子ちゃんとこれ以上絡みたくないからだ。
 傷つくから言わないけど。
 このままずるずると話していたら、玲子ちゃんの家に遊びに行くことになってしまう。
 早めにこちらの意志を示しておくのが正解だ。
「ちぇ。お姉ちゃんとジミー話し合いそうなのに」
「そりゃまた、なんで?」
「だってこのお店、お姉ちゃんも使ってるって言ってたもん。
 ちょうどペーパーとえめらるどのよーざい? が切れてるから寄っていくとかなんとか」
「……それは、耐水ペーパーとエナメルの溶剤じゃないのか」
「あー、そうだったかも。時々お姉ちゃんよくわかんないこと言うんだ。
 ジミーぐらいの仕事人ならやっぱりわかるんだね」
「まあ、ね……」
 なんだ、この高揚感は。
 初めて趣味の合いそうな人間に会えるからか?
 ……なんか、すっごく語り合いたい気分になってきた。
「どうする? お姉ちゃん呼んでこよっか?」
「あ、うん。いや、やっぱり女の人だから……でもやっぱり会いたいかも……」
「わかった。じゃあすぐに連れてくるからここで待ってて!」
「え、ちょっと! まだ心の準備が!」
 玲子ちゃんが俺の静止を聞くはずもない。
 小走りで外へと向かっていった。



721 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:37:10 ID:uUm7CUZ7
 いったい玲子ちゃんの友達のお姉ちゃんとはどんな人だろう。
 どんな人というか、どれぐらいのレベルの人なんだろう。
 耐水ペーパーを使うってことは、下地づくりや鏡面塗装をやってそう。
 エナメルの溶剤は筆洗いや色を薄める時使う。エナメルで塗りをしてる証拠だ。
「何派だろう。カーモデルか、ミリタリーか、艦船か」
「私の好みはスーパーロボットだ」
「ちなみに俺はどれでもイケる」
「ただし、原作を知っているものに限る」
「ああ、知ってるのと知らないのとじゃ完成イメージが違うもんな……」
 …………ん?
 いつのまにか、右側に知らない女の人が立っていた。一歩分距離をとっている。
 プラモデルの箱の詰め込まれた棚の最上段にある、パッケージイラストが人型兵器の馬鹿でかい箱を仰ぎ見ている。
 話しかけてきたのはこの人か。
 俺にとってのオアシスであるここに現れる女性はこの人が初めてだ。
 ……ふうむ。なるほど。
 なら、試してみるか。
「あれって、子供にはまだ早いってことを暗に示してるんだと思う?」
「いや、特別なものだという認識を与えるためにあの位置に置いているんじゃないか。
 私が玲子ぐらいの背丈しかなかった頃は棚の上にある箱に憧れた。
 親に頼み続けて、クリスマスになってようやく買ってもらえたよ」
「俺も。張り切ってラッカー塗料買って部屋で塗りたくってたら母親がヒステリー起こした」
「私はでかくて高いからって、物の出来が良いわけじゃないということを思い知らされたよ。
 光の翼は再現できないわ、上半身と下半身のバランスが微妙だわ。分離機構はまあまあだったけど」
「だけど、今ならパテられる。あの時とは違う」
「まだ私は盛りつけなんだ……それに、いつまで経っても怖くて」
「誰だってそうだよ。俺がスクラッチして傷つけて、ダメにした奴らはたくさんいる。
 型取りしても上手くいかなくて、つい積んでしまう」
「そうか。じゃあ、私と君は似たもの同士だな。
 君と一緒なら複製できそうだ。今度一緒に取らないか?」
「いいのか、そんなこと言って。
 俺はファーストの太腿でもバリをつくっちまうんだぜ」
「それでもいい。まだ私には二つしか得意なものがない……ヒートプレスとバキュームだ」
「あれができるのか。俺なんかまだ絞れない」
「なら私がコツを教えよう。ただし、冬ならいいが、夏はダメだぞ。
 熱く、なりすぎてしまうからな……ふふふ。それもまたよし、かな」
 そう言って彼女は手を伸ばす。四箇所しか可動しない白い奴のキットに。
 俺は彼女の求める、四百から千番の耐水ペーパーセットとエナメルの溶剤を手に取る。
 そして俺たちは視線を交わす。
 ただそれだけで、俺たちの思いは一つになった。
「……あなたはどちら様?」
「……君は誰だ?」



722 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:39:00 ID:uUm7CUZ7
 まあ、お互いに相手の素性に見当が付いているのだが、確認はせねばなるまい。
「あなたが、玲子ちゃんのお姉さん?」
「そうだ。実の姉じゃないぞ。マンションの同じ階に住んでいるだけだ。
 で、君は? 玲子の知り合いみたいだが」
「あー、俺は……あなたと似たようなもんです。
 この間右腕をやってしまって入院した時にたまたま知り合ったんです」
「ということは、君が例のジミー君か」
「いえ、俺の本名はジミーじゃなくって」
「君と玲子が話しているところをこっそり聞いていた。
 玲子が君のことをジミーと呼んでいるのなら、私もそう呼ばざるを得ない」
「……そうですか、じゃあそれでいいです」
 どいつもこいつも俺を本名で呼んでくれない。
 兄さんとかお兄さんとか兄貴とか先輩とかジミーとか、代名詞ばっかりだ。
 名前だってちゃんとあるんだぞ。呼ばれないだけだ。
 でも代名詞だけで会話が成り立ってる以上、現状は変わらないんだろうなあ。
「ところで、ジミー君はどうして敬語で話しかけている?」
「え、なんとなくですけど」
「君は十七だったな。私の方が年上になるが……敬語はやめてくれ。
 せっかく趣味の合う人間に会えたんだ。敬語は抜きで頼む」
「ああ、わかった。そうする。
 それで、俺はあんたのことをなんて呼べばいい?」
「…………まあ、ジミー君は害が無さそうだから教えてもいいか。
 藍川京子だ。好きなように呼んでくれ。オススメは京子ちゃんだ」
「じゃ、藍川で」
「京子ちゃんは駄目か?」
「いや、なんか知っている人と混同しそうだからやめとく」
「なら仕方ないな。だが、いつでも呼び方を変えたかったら変えてくれて構わないぞ」
「そうするよ、藍川」
 年上にちゃん付けはどうしても違和感がある。
 なにより、澄子ちゃんと名前が似てる。
 澄子ちゃんと目の前の藍川とじゃ、容姿は似ても似つかないが。
 澄子ちゃんが赤ずきんを被った少女だとすれば、藍川は魔法使いに会う前のシンデレラ、もしくはマッチ売りの少女。
 背丈は俺と同じぐらいなのに体が細い。そのせいで、幸薄そうに見える。
 でも、澄子ちゃんは見た目が愛らしくても中身は狼だった。
 というか、俺の周りの女はみんな何かしら変なところがある。
 藍川も見た目通りの女とは限らないから注意が必要かもしれない。



723 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:40:52 ID:uUm7CUZ7
 藍川が買い物を済ませた後で店を出る。
 出た途端、入り口近くの壁にもたれながらジュースを飲む玲子ちゃんと会った。
「探す手間が省けた。二人ともここで待っててくれ。すぐに車を回す」
 そう言って立ち去る藍川。
 藍川が居なくなると、玲子ちゃんは俺の顔を見て笑った。 
 小学生は何か企んでいそうな笑顔を浮かべても似合うからいい。
 これが中学二年、早ければ中学に上がった途端に変貌する。
 余計な知恵をつけているから要らないことまで考えるようになるのだ。
 小学生の考えることは楽に読める。素晴らしきかな純真な心。
「楽しかった? ジミー」
「楽しいか楽しくないかで言えば、楽しかったよ」
「うそばっかり。すっごい楽しそうだったよ。
 言ってることは全然わからなかったけど」
「そう? あれぐらい普通……じゃないか」
 普通の人は安物のプラモの関節を十個増やしたりなんかしないもんな。
「お姉ちゃん、今は恋人いないんだって。男の人と話すのが苦手って言ってた」
「そうなの? そんな風には見えなかったけど」
「うん、きっとあれだね。お姉ちゃんはジミーにほれちゃったんだよ。間違いない!」
「ふ、若いな。玲子ちゃん」
「む。その言い方何? たしかにボクはジミーより小さいけど、せいしんねんれいは同じぐらいなんだからね」
 ああ、この子の頭の中は順調に成長しているなあ。
 児童だけに許される無自覚の痛々しさがある。
 自分より年上の人間と対等に渡り合えると本気で思っている。
 父親が不在、母親が入院中という家庭環境に置かれながらよくぞここまで育ってくれた。
 きっと、良識のある大人やいい友達に恵まれているんだろう。
「男と女の間にも友情は成立するんだよ。
 それが趣味を通じてのものだったら、なおさら繋がりは強くなる」
「ふうん、そういうものなんだ」
「初めて出会えた、俺が専門用語をわかりやすく言い換えなくても会話できる相手に。
 右腕が動かないのが惜しくてならないよ」
「そんなこと言って、お姉ちゃんのことを好きになっちゃっても知らないよ。
 ラブストーリーは突然に始まるんだからね」
「……玲子ちゃんがどこから古い知識を仕入れているのか、時々俺は疑問に思う。
 でも、その通りだろうね。
 他人や何かを好きになるきっかけなんて、ちょっとした思いつきや何気ない言動によるものがほとんどだから」
「じゃあ、ジミーはきっかけさえあればお姉ちゃんやボクやお母さんのことを好きになるんだ」
「何気なくありえない選択肢を混ぜてくるところが憎いなこんちくしょう。
 ……でも、否定はしないよ。これから先のことは俺にも読めないからね」
 玲子ちゃんや伯母を恋愛の対象として見ることは絶対にないけど。
 他の女性陣だったらどうか。
 妹という選択肢は無い。今朝はどこに出かけるのか細かく聞かれたけど、それ以外はいつも通りだった。
 あんな素っ気ない女は、仮に妹じゃなかったとしても好きにならない。
 澄子ちゃんは、無い。あの子は弟に惚れてるから。
 俺と弟と澄子ちゃんで三角関係? あまりにも俺が惨め過ぎる。
 同じ理由で花火も無い。あいつ自身は嫌いじゃない。
 だけどあいつには負い目があるから、そもそも好きになれないだろう。
 篤子女史、却下。理由は高橋も絡んでくるから。
 残るは一人。葉月さん。
 でも彼女を振った俺が、今更好きと言うなんて。
 だから、俺は彼女に――――



724 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:43:09 ID:uUm7CUZ7
 唐突に、思考を遮る携帯電話の着信音が鳴った。
「鳴ってるよ、ジミー」
「わかってるよ」
 着信音の特撮ヒーローのオープニングテーマに反応してくれないことに一抹の寂しさを覚えつつ、
携帯電話のディスプレイを見る。
 噂をすれば影が差す。噂ではなく黙考だが。
 葉月さんが電話をかけてきた。
 このタイミングでかけてきたことも驚きだが、葉月さんが電話してくることも驚きだ。
 連絡は専らメールで取り合っていたからだ。
 一応、何を言われても受け入れられるよう覚悟して、通話ボタンを押す。
「もしもし、葉月さん?」
「うん。私」
「何かあった? 電話してくるなんて」
「……どうして? 私が電話しちゃダメなの?」
「そういう意味じゃないよ。ただ珍しいなって思って」
「そう、かな? じゃあ……そう思わないように、今日からしょっちゅう電話かけようか?」
「ごめんなさい。勘弁してください」
 着信履歴が葉月さんだらけ。軽く話しかけてくるぐらいの頻度でかかってきている。
 さすがにそれはやめていただきたい。
 とはいえ、現状で着信履歴とメールの送り主は葉月さんがほとんどだからちょっとしか変わってない。
 俺の友人は顔を合わせた時しかコミュニケーションしてこないのだ。
「ねえ、あなたは今どこにいるの?」
「家から出てるよ。一人で買い物してる途中」
「……嘘、一つ。
 じゃあ、今誰かと一緒にいる?」
「ああ、たまたま知り合いに会ったから」
「知り合い? 友達じゃなくって?」
「あー、友達って言っていいのかな、一応」
「……どう見たって友達以上じゃない。嘘、二つ」
 さっきから葉月さんがぼそぼそ言ってるみたいだが、聞き取れない。
 何か数えてるのか?
「あなた、私の名前知ってるよね? 忘れてないよね?」
「そりゃもちろん。忘れるはずがない」
 携帯電話に『葉月さん』で登録しているのはなんとなくだ。
 俺は相手をフルネームでなく呼び名で登録するタイプなのだ。
「じゃあ、好きなように私を呼んで? オススメは……葉月ちゃんだよ」
 どっかで聞いた台詞だな。ちょうど数分ぐらい前に。
 しかし『葉月ちゃん』は、どうだろう。
 年下ならともかく、葉月さんにちゃん付けはできない。
 葉月さんは同級生の女子と比べたら年上に見えるぐらいだ。
「……うん、やっぱり葉月さんのままがいいな。そっちの方がイメージに合ってる」
 他意は無い。俺は本当にそう思ったのだ。



725 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:44:37 ID:uUm7CUZ7
「何よそれ! どういう意味なの!」
 だから、鼓膜を突き破らんばかりの怒鳴り声が聞こえてきたときは、訳が分からなかった。
 キンキンする。耳の穴から針を差し込まれたみたいだった。
 電話機の声と肉声がステレオで聞こえてきた錯覚までする。
 混乱と鼓膜の痛みで頭が回らない。
「いや、どういう意味って、そのまんまの意味なのに」
「嘘三つ! どうして嘘ばっかり! 仏の顔も三度までよ!」
「なんでそんなに怒ってるのか俺にはわからないよ。俺、何か悪いことした?」
「無自覚!? ど、どどど、どこまで鈍いのよあなたはあああっ!」
 もはや葉月さんはヒステリック。
 耳を塞ぎたいぐらいの声量で叫んでくる。
「そこはオススメとは別で呼ぶところでしょう?
 なんでいつも通りなのよ! 変えて欲しいって言ってるのがわからないの!?」
「……葉月さん、好きなように呼んでって言ったじゃないか」
「私のせいにするの?! ちょっとは気を利かせてくれてもいいでしょ!
 忘れてるみたいだから教えてあげる! たった今から私をこう呼んで!
 いいえ、呼びなさい! 呼ばないと実力行使に出るわよ!
 私の名前は、葉づ――――」
 そこで唐突に音声が途切れた。
 ディスプレイは表示されている。ツーツー、と音も出ている。
 ということは、葉月さんが電話を切った? あのタイミングで?
 弾みで電話を切ってしまうとは、葉月さんの興奮状態恐るべし。
「ジミー、今のだれ? 話全部聞こえてたよ」
「ああ、同じクラスの友達。今はね」
「女の人だよね。どうしてあんなに怒ってたの?
 ジミーが何か悪いことしたんじゃない? たとえばパンツ見たとか」
「そういうのだったら納得いくんだけどね」
 そういうのじゃなく、名前で呼んでくれないのが嫌で怒っているらしい。
 ううむ。なぜあそこまで冷静さを失うのかがわからない。
「女心はフクザツだからね。ジミーには気配りが足りてないよ。女の子にはやさしくしなきゃ」
「簡単に言ってくれるね、まったく」
 だから優しさって何なんだ。もうちょっと直接的に、わかりやすく言い換えてほしい。
 何かして欲しいとか、こう言う時はこうするようにって前もって言っておくとか。
 以前、妹が中学に上がった頃に口論になったことがある。
 俺が妹より先に風呂に入った件について。
 そんなこと考えなくてもわかるでしょ、と妹は言った。
 対する俺の言い分はこう。今までそんなこと言わなかったくせに、だ。
 その時は妹のすね蹴りで決着が着いたが、妹との関係にはしこりが残ってしまった。
 こんな感じで女は突然心変わりするものだという認識がある。
 以来、女に対して一歩引いて接するようになった俺を誰が責められようか。
 俺は葉月さん以外の同じクラスの女子としばらく口を利いていないのだ。



727 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00:49:26 ID:uUm7CUZ7
「あ、お姉ちゃんの車。ジミーもお姉ちゃんに送ってもらうんでしょ。ほら、行くよ」
「ああ、はいはい」
 対して、よく話す女性陣は一歩引いて接するとあっさり飲み込まれてしまうので油断ならない。
 思いやりの心が介入する余地なし。そこまで頭が回らない。
 しかし――いつか葉月さんは名前で呼んだ方がいいな。
 またヒステリーを起こされても困る。実力行使に出る、って脅されたし。
 やっぱり、ちゃん付けしないと怒られてしまうんだろうか。
 それとも呼び捨てがいいのか?
 ……難易度高いなあ、もう。