136 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:26:07 ID:y4jNeCr2
――今日は卒業式。中学校生活最後の日。私は今日この中学校を卒業する。
その式も終わり、卒業生達は最後の思い出を作ろうとそれぞれ世話になった担任、仲の良かった友達,思いを寄せていた人の元へ足を運ばせている。
私のそのうちの一人にはいるのかな。いろんな男子達から今更ながらの告白を受けたけど全て断り、今は人気のない校舎裏である人を待っている。

しかし、とうとう彼に言い出せないままこの日が来てしまった。今日が彼に会える最後の日だというのに。
私はここを卒業して彼らと違う高校に通うことになる。本当はすごく嫌だったけど、厳格な両親の言うことには逆らえない。
推薦で合格が決定した時は素直に喜べず、みんなが盛大に祝ってくれた時も上辺だけの笑いを浮かべていた。
逆に彼らはこのまま地元の同じ学校に進学すると聞いた時、胸がぎりぎりと締め付けられた。
嫌っ!!置いていかないで!!一人にしないで!!どうして私だけ?!ずっと一緒だって言ったじゃない!!傍にいてよっ!!
ベッドの中で理不尽な怒りと悲しみを強く感じ、幾度涙で枕を濡らしたことだろう。
だというのにどうしても彼に「好き」の一言が言えなかった。
もちろん彼に振られるのが恐いと言う理由もあるけど、最も大きな理由は彼女のことがあるからだ。
その彼女とは私の親友だ。私は彼女に謝らなければいけない。
何故なら私の発言によって今日ついに私達三人の関係が崩れることになるであろうから。

「ゴメンゴメン。なんかたくさん男子に絡まれてさ。今更告白してきてももう遅いってのにね?」
私の親友である『佳奈ちゃん』が息を切らせてやってきた。どうやら私と同じく男子に告白をされていたらしい。
「ふふっ、そうですねー」
いつもよりも声が硬い。うまく笑えない。やはり緊張は隠せないようだ。
「んで話って何?正義と一緒に写真を撮ってこいって親がうるさいから早く行かないといけないのよ。全く小学生じゃあるまいし、困ったもんよね」
いかにも迷惑そうに佳奈ちゃんは言う。でも彼女は気付いているだろうか。
その可愛らしい口の端がつり上がって微かな笑みを形作っていることに。
その表情を見ると言い様のない感情が胸の中で騒ぎ始める。
「あ、あのね。私、佳奈ちゃんにお願いがあるんですけど……」
声が震えてうまく喋れない。
「?」
彼女は不思議そうに私を見つめる。
「――私、よっくんのことがずっと好きだったんです!だ、だからよっくんに告白するのを手伝って欲しいの……」
か細い声をやっとの思いで喉の奥から絞り出す。恥ずかしすぎて彼女の顔を見ていられずに顔を俯けてしまう。
今彼女はどんな顔をしているのだろうか。
「――あ、あのさ」
佳奈ちゃんが口を開く。その声は少し震えている。
「私と正義、実は付き合ってるの。だからゴメン……」
「え……?」
理解できなかった。信じたくなかった。聞きたくなかった。
佳奈ちゃんは今何て言ったの?
「ほ、ほら、私って照れ屋でしょ?みんなに言い出すのが恥ずかしくて正義にも頼んで秘密にしてもらってたの」
佳奈ちゃんが慌てて言い訳をしているようだが私の耳にその声はあまり届いていない。まるで遠い世界の出来事のようだ。
気持ち悪い。足元がよろめく。体の中身全てを吐き出してしまいそう。
「そ、そうですか……ご、ごめんね。変なこと言っちゃって……………………よっくんと幸せにね!」
声は聞き取れないほどに震え、目からは涙が溢れそうになる。
それでもプライドだけで何とか彼女に祝福の言葉と精一杯の笑顔を贈ることはできた。
でもそれが限界だった。もうこれ以上ここにいられない。ましてや、よっくんと佳奈ちゃんが二人で仲良く写真に映る所なんて絶対に見たくない。
私は無言でその場から走り去る。彼女は私に悪いと思ったのか,一言も声をかけてこなかった。
でもそれが今の私にはありがたかった。
今彼女に引き止められたらきっと私は彼女に酷いことを言ってしまう。もしかしたら手を出してしまうかもしれない。
それは嫌だった。だって私と彼女は親友だから……
今は無理だけど時間が立てばちゃんと向き合えますよね?また三人で仲良く遊ぶことができるようになれますよね?

――その日私の初恋は想いを伝えることさえできずに粉々に砕け散った。




137 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:29:41 ID:y4jNeCr2
「ふふふ、ついに……ついにこの時がキターーーーーーーーッ!!」
おもちゃ屋の入り口を見るまでは我慢していたがもう堪え切れなかった。この喜びを表現するのにはどんなに叫んでも足りないくらいだ。
子供連れのお母さんが子供に向かって「しっ!見ちゃいけません」と言っているが全く気にならない。
『修羅場戦隊ヤンデレンジャー ヤンデレッド Ver.(1/8スケールPVC塗装済み完成品)限定スペシャル版』。
ヤンデレレンジャーファンなら垂涎物のこれを購入するときがついにやってきたからだ。
学生が五千円以上の物を買うというのはバイトをしているなど何らかの収入源を得ていない者にとって財布にかなりのダメージを与える。
実際俺はバイトも何もしていないので毎月の食費を切り詰めてやっと六千円を貯めたぐらいだ。
しかし、先日の佳奈美との一件で散々ケーキだの、アイスだのを奢らされているうちに虎の子の六千円があっという間になくなってしまった。
そこで泣く泣くこのフィギュアを買うことをしばらく断念していたのである。
しかし、財布の中が真冬のシベリアのごとく極寒地獄の俺を見かねたのか、なんと橙子さんが俺に大金を握らせたのだ。
もちろん俺は最初それを受け取ることを断った。しかし、橙子さんは
「いいから、いいから。どうせまた佳奈美が何か言ってマサ君を困らせたんでしょ?
これあげるから佳奈美とどっかに出かけてらっしゃい。あの子、マサ君と一緒に遊びたいばかりについ我侭を言っちゃうのよ」
と今まで見た中で最高の笑顔を浮かべて俺にお金をくれたのだ。
申し訳ない、と心の中でそう思ったが体は正直なもので気が付いたら俺の財布の中に諭吉様が幾人かすっぽり収まっていた。
さっきまでブリザードが吹き荒れていた俺の財布の中は花々が咲き乱れる春に早変わり。いやぁ、お金の力って恐いね。
しかし、だ。俺はこの後に佳奈美とのデート、正確に言うと強制市中引きずり回しの刑が待っているというのにフィギュアを買っていいのか?
いや、よく考えろ。本当ならこの前買えていたはずのフィギュアを今買う羽目になったのは他ならぬ佳奈美のせいである。
少しぐらい俺がいい目を見たっていいじゃないの。
しかし、フィギュアなんか買うと佳奈美に散々文句を言われることは今までの経験で嫌というほど分かっている。
なので「今日は一人で帰るよ」と強引に彼女の制止を振り切り、学校帰りから直行してこのおもちゃ屋に来たわけだ。
この辺りなら知り合いもいないので佳奈美の耳に入ることもあるまい。
だが購入すれば貴重なお金を一気に消費してしまうことになる。佳奈美とのデート?に渡された金だというのに。
嗚呼、なんと罪深いのだろうか、あの子の魅力は。購入することについては全く後悔してないけどな。
まぁ、飯なら一番安いものを頼んで、後は水でも呑んでいれば何とかしのげるだろう。
さすがの佳奈美も高い服を俺に突き出して「これ買ってくれるよね♪」などとは言うまい。
いや、もしかしたら根に持つあいつのことだ。まさか無理やり買わせるつもりじゃ……
普段からの佳奈美の傍若無人な態度を思い出し、さっきまでハイだった気分も少し憂鬱になる。

「いい加減にしてもらえませんか?何度も言われても答えは同じです!」
突然澄んだ張りのある女性の声が俺の耳に入ってきた。
この声、どこかで聞いたことがあるような……
思わず振り向くとそこには美人な女の子が見るからに軽薄そうな男に迫られていた。
この近くにある有名私立高校の制服に身を包んでいるところから見るとこの子は高校生なのだろう。
「そう言うなって。少し話すだけでもいいからさ?」
ナンパ男は拒否されているのにも関わらず、執拗に女の子に話しかけているようだ。
おいおい、顔がよくてもしつこい男はモテないと思うぞ。こういうのは引き際も肝心だぜ?
『彼女いない暦=年齢』の俺がいっても説得力はあまりないだろうけど。
「だから嫌だって言ってるじゃないですか!」
あらら、この子もずいぶんストレートに断っちゃうのね。少しこのナンパ男が哀れに見えてきた。
しかし、この女の子やっぱりどこかで見たことあるような……
「いいからちょっと付き合えって言ってんだろ!!」
「キャッ?!やめてください!!」
そのきつい断り方が気に障ったのだろう。逆上したナンパ男は女の子の腕を掴み、強引に連れて行こうとする。
女の子は必死に抵抗するが男は全く話を聞く様子もなく、為すがままにされている。
このままじゃ彼女が危ない!



138 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:30:22 ID:y4jNeCr2
そう判断した俺は
「おい!その子は嫌がってるじゃないか。やめろよ」
と二人の前に立ちふさがる。
確かにあそこまできっぱりと断られたことには同情するがお前の身勝手でこの子を傷つけていいわけがない。
俺の中の怒りと正義心が急速に燃え上がる。
「あ?!何だお前は?!」
ナンパ男は邪魔をされて気に障ったのか、ものすごい勢いでこちらに食いついてくる。
よし、いいぞ。こいつの注意は引き付けられた。
さぁ、今のうちに逃げるんだお嬢さんよ!
目配せをして女の子に「早く逃げるんだ!できれば警察かなんか呼んでくれ」と念を伝える。
しかし、彼女は突然の乱入者の驚いたのだろうか。俺をポカーンと見つめたまま固まっている。
おいおい、君が逃げてくれなきゃ俺が体張った意味があまりないんだけど。
仕方ない。ここは何とか得意の口八丁で時間を引き延ばそう。
進路相談で毎回水野ティーチャーに頭を抱えさせてるのは伊達じゃないところを見せてやるぜ!
「まぁまぁ、落ち着こうじゃないか。断られたのに見苦しい真似はするんじゃない」
俺としては紳士的に話がしたかったのだが、どうやら彼はそう思っていなかったらしく、
「うるせぇ!!」
と俺の頬をかなりの力で殴ってきたのだ。
おお、痛ぇ。尻餅をつき、無様に倒れる俺。
道路とキスしても全く嬉しくない。するならやはりピンクさんだろう。
いくら俺からナンパ野郎をいきなり殴るわけにはいかないとしても格好悪いなぁ俺。女の子は顔を真っ青にしてるし。
だがヒーローの方から殴るわけにはいかないのだよ。イメージダウンするから。
「お前には関係ないだろうが!!黙ってろ!!」
続いて腹に強烈な蹴りが入る。痛みと気持ち悪さで一瞬気が遠くなり、反撃する力も抜けていく。
やべぇ、昼食った弁当が逆流しそうだ。ヒーローたるもの公衆の面前で嘔吐するわけにはいかないってのに。
「さぁ、こんな馬鹿はほっといて俺と……」
俺を蹴り飛ばし、満足したであろうナンパ男が後ろで顔を青くさせていた女の子に話しかけようとしたとき、それは起こった。

『ゴッ』

突然嫌な感じの鈍い音がしたのだ。そう、例えば鈍器で人の頭を勢いよく叩いたような感じの。
驚いて見上げると女の子が持っていたバッグでナンパ野郎の頭を思い切り殴りつけていた。なんだこの展開?
どさりと俺の横に崩れ落ちる男。よう、地面の味はどうだい?
さっきと立場が逆になったようでポカーンと口を開けて固まる俺。
彼女はこちらに顔を向けると、ニコッと愛らしく微笑んだ。
やばい。状況が状況じゃなかったら俺は浮気していたかもしれない。
え?お前に彼女はいないだろうって?
馬鹿野郎。俺の心の中に住んでいる永遠の女神ことピンクさんのことに決まってんだろうが。
ボケーッとしている俺の手を突然掴むと無理やり立たせる女の子。
「早く逃げましょう!人が集まってきましたし……」
そう言われて慌てて周りを見渡すと確かに人だかりがこちらを興味津々な目で見ている。
まずいな。ここで騒ぎになると佳奈美にフィギュアを買おうとしていたことがバレるかもしれん。
とりあえずここはこの子の言うことに従っておいたほうがいいだろう。
警察沙汰になるのもゴメンだしな。ヒーローが前科者とか洒落にならん。
「ああ、わかった。でどこに……」
「こっちです!早く走って!」
「のわっ?!いきなり引っ張るなって!!」
突然駆け出す女の子。それにつられて引っ張られる俺。
痛い痛い!突然走るなって!腕が抜けるかと思っただろ。
黄昏時の金色の夕日に照らされながら街中を走り抜ける俺と女の子。
ふわふわとした栗色の髪が風に揺れ、そこから仄かに漂う甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。
ふと彼女の横顔を覗き見る。何故か彼女は笑っていた。笑いながら走っている。
何故だろう。走るこの少女の背中を見るととても懐かしい感じがする。
一体この女の子は何者なのだろうか……?
疑問は解けないまま、俺は彼女に手を引かれて夕闇に包まれていく世界の中を駆けていった。



139 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:31:41 ID:y4jNeCr2
「ほら、これでも飲みなよ」
「あ……ありがとうございます」
ベンチに腰掛けている女の子に近くの自販機で買ったスポーツドリンクを渡し、俺もすぐ横に腰掛け、一息をつく。
プシュと小気味のいい音を立てて缶を開け、一気に飲み干す。冷たさが喉奥に広がり、火照った体には心地よい。
あれから結局かなり遠くまで俺達は来てしまい、近くにあったこの公園でとりあえず休もうということになったのだ。
すでに辺りは夕闇に包まれ、薄暗くなり始めている。この公園で遊んでいたであろう子供達の姿もすでに見えない。
彼らは愛する親に手を引かれながら、夕食のことを和気藹々と話しながら帰っていたのだろうか。ふとそんなことが頭によぎる。
「あの……ごめんなさい。前からああいうのにはよく絡まれていたんだけど今日みたいにしつこいのは初めてで……」
突然女の子が申し訳なさそうに俺に謝ってきた。
「別に君が気にすることはないさ。困っている人がいたら助けるのは当たり前だろ?」
そう、彼女は何も悪くはない。むしろあのナンパ野郎の被害者だろう。
俺が勝手に仲裁に入っただけで彼女は何も気に病むことはないのだ。
「それにさ、こういうときは謝るんじゃなくてありがとうっていうべきじゃないかな?」
「……そうですね。助けてくれてありがとう、よっくん」
女の子が柔らかく微笑む。うん、やっぱりこの子には笑顔がよく似合う。まるで華麗に咲く一輪の花のようだ。
……ん?よっくん?そんな変わったあだ名で俺を呼んでいたのは確か一人しかいなかったはず。
――そう、中学時代まで俺や佳奈美といつもつるんで一緒に遊んでいた彼女しか。
「えっと、もしかしてだけど君って……」
「ふふっ、やっと気付きました?ほら」
そう言って彼女は背中まで流れる豊かな髪の毛の一部を両手で二房に纏め、持ち上げた。
その瞬間、俺の中で昔一緒に遊んでいた親友と今目の前でツーサイドアップにしている彼女が記憶の中で強く結びつく。
何故今まで分からなかったんだろう。一緒の時間を共に過ごした人物など佳奈美以外には彼女ぐらいしかいないというのに。

「……全く気付かなかった。すまん、『鈴音』」
「もう!昔からそういうところは鈍いですよね、よっくんは」
俺が彼女を正しく認識できたことに安心したのか、昔と変わらぬ笑顔で屈託なく笑う鈴音。
彼女『白河 鈴音』は俺のもう一人の幼馴染だ。といっても中学校を卒業して以来もう一年以上会ってなかったが。
無難に近くのそこそこのレベルの公立校に進んだ俺と佳奈美たちとは違い、彼女は有名難関私立校に進学してしまったのだ。
非常に礼儀正しく、頭も良くて、その上可愛いときたもんだからまさにアイドルのような存在だった。
中学に上がって徐々に女らしさが出てくるとそれに拍車がかかり、学年の男子の人気を佳奈美と二分していたな。
家が金持ちなこともあって、まさに「深窓の令嬢」と呼ぶに相応しいような少女だった。
「久しぶりだなぁ!元気にしてたか?ってさっきの豪腕を見ればそうに決まってるか」
俺の記憶だと鈴音は頭はいいが運動はあまりできない少女だった。
よく一緒に泥だらけになるまで近所の公園や空き地を駆け回っていたはずなんだけどなぁ。
一年間会っていなかった間に肉体改造でもしていたのだろうか?
笑顔でリンゴを片手でぐしゃりと握りつぶす鈴音を想像する。
……嫌過ぎるな。
「ち、違います!あれは重たい教科書がいっぱい詰まってただけです!」
そう言うと慌てて持っていたバッグを開けて中身を見せる佳奈美。
中には一冊だけでも十分殺傷力が高そうな分厚く重たい参考書や教科書がぎっしり。
そのうち一冊を手に取って開いてみると、難しい数列やら何やらでページが埋め尽くされているではないか。
「うへぇ、見ただけでも難しそうな問題ばかりじゃないか。やっぱり鈴音は頭いいんだな」
「そんなことないです。全国で考えたらとてもとても」
全国って言ってるあたりで既にレベルが違うんですが。俺だってあの学校の中では結構頭はいい方なのに。



140 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:33:12 ID:y4jNeCr2
「そういえば昔から鈴音は俺達の参謀役だったよな。当然俺がリーダーで佳奈美がストッパー役」
「二人の意見が衝突してよく喧嘩してましたね。それで私が仲裁役になって結局適当に遊ぶのがいつものパターンでした」
呆れたように肩をすくめるその態度に少しムカッときた俺は鈴音に反論する。
「そういうお前達だってヒーローごっこやるときは、どっちがピンク役をやるかでよく揉めてたろ」
「そ、それは……女の子には譲れない戦いってものがあるんです」
「譲れない戦い?何だそれ?」
「……にぶちんなよっくんには教えてあげません」
急にぷいっと俺から顔を背ける鈴音。
あれ?何か鈴音を怒らせるようなこと言ったっけ?

「……懐かしいですね。昔は公園や空き地でよく一緒に遊びましたよね」
ふと鈴音が物憂げな声で話し始める。
「ああ。月日が流れるのはあっという間だな……」
そう、俺達は幼稚園から中学校を卒業するまで常に三人一組で行動していた。
ほとんど俺と佳奈美は同じクラスだったのに対し、鈴音と一緒のクラスになることは少なかったがそれでも一緒に遊び続けた。
戻れるのならばもう一度三人で泥だらけになりながら駆け回っていたあの頃に戻りたいものだ。
「そういえばよく俺だって気がついたな。俺なんか全然分からなかったのに」
「簡単です。よっくんは全然変わってませんから」
「そうか?背は伸びてるはずなんだが」
「そういうところじゃなくて相変わらず優しいところとかです。全然変わってなくて安心しました」
嬉しそうに微笑む鈴音。……なんだか背中がむず痒くなってきたんだが。
「それよりどういうことですか?全然私だって気が付かなかったって」
さっきまで笑っていたと思えばもう頬を膨らませている。どうして女って生き物はこうも感情の切り替えが早いんだろうね?
「だから悪いって言ってんだろ。仕方ないじゃないか。だって……」
「だって……何ですか?」
無邪気に俺の顔を覗きこんでくる鈴音。その顔は少女特有のあどけなさが抜け、大人の女性へと成長している様子が見て取れる。
昔から鈴音はとても可愛らしい少女だった。いや、今の彼女にその表現は相応しくないだろう。
――そう、彼女は綺麗になった。

「って言える訳ないだろ……綺麗になったねとか常識的に考えて……」
「!!や、やめてください!そんなこと言われたら……私……」
声に出したつもりはなかったのだがうっかり漏れてしまったらしい。誰かこの締まりの悪い口をチャックしてくれ。
昔からこの癖が出るたびに何かトラブルが起こる。気が付くと佳奈美にブン殴られてたりとか。
今だってそうだ。鈴音は顔を真っ赤に染めて俯いている。
まぁ、あんな吐き気を催すようなセリフを言われたら誰でもそうなるか。
二人の間に痛々しい沈黙が漂う。これは気まずい。実に気まずい空気だ。
「……ねぇ、よっくん。彼女がいるのに女の子にそんなこと言っちゃダメなんですよ?誰かが勘違いしちゃうかもしれないから……」
どうしたらいいか分からず、とりあえずスポーツドリンクを啜っていると突然鈴音が全く訳の分からないことを言ってきた。
驚いて彼女の顔を見るとその顔はどこか悲しげに見える。



141 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:34:02 ID:y4jNeCr2
「は?誰に彼女がいて、誰に勘違いするって?」
「え……?だからよっくんには佳奈ちゃんがいるから女の子にそういうことを言っちゃダメって……」
頭が痛い。まさかあれほど一緒に少年時代を過ごした親友まで俺と佳奈美が付き合っていると信じているとは。
確かにいつも一緒にいたのは事実だがそれは鈴音、お前もだろ。
俺と佳奈美のためにもここは一つ、きちんと説明して本当のことを分かってもらわねば。
「……あのなぁ。昔から何度も言ってるように俺と佳奈美は別に付き合ってなんかいないって」
こういうところでちゃんと否定しておかないといつの間にか既成事実になってそうで恐い。
佳奈美が俺なんかと付き合っているという噂がいつまでも流れていると俺はともかく、佳奈美に迷惑がかかる。
この前ずるずると付かず離れずなこの関係をどうにかするって決意したばかりだろ。
「え?だってよっくんと佳奈ちゃんは付き合ってるって……」
鈴音は心底驚いたような顔をしている。そこまで意外だったのか?
俺と佳奈美じゃお似合いとはあまり思えんのだが……もちろん俺が佳奈美に釣り合ってないって意味だぞ?
「だから何度も言わせるな。俺と佳奈美は付き合ってない。これは事実だ」
「……」
すると鈴音は顔を俯けて黙り込んでしまった。
しかし、ここまで俺と佳奈美が付き合っているという噂が広まっているとは。
状況は俺が思っていたよりもずっと深刻なようだ。これからどうやって他の連中の誤解を解いていけばいいのだろうか?

「か…………う………よ……と………だ……!!」
俺が悩んでいると、突然何かぶつぶつ言っていた鈴音が『バッ!』という効果音が出そうなほど勢いよく立ち上がった。
「うおっ?!どうした鈴音?」
「……」
驚いてその顔を見ると元々大きい目がこれ以上はないほどに大きく見開かれ、口元には何故か笑みが浮かべられている。
その目がぎょろりとこちらを向き、俺の目を捕らえる。鈴音の目の中に映った俺の顔は奇妙に歪んで見えた。
「うん。信じますよ、よっくん。だってよっくんは私に嘘をつきませんものね?」
そう言って彼女は笑った。口元はさらに歪められ三日月のごとく弧が描かれる。
彼女の目は大きく見開いたまま、深淵の闇を覗きこんだかのようにどろりと濁っている。
それを見た俺は何故か酷い寒気を感じた。
さっきまで咲いていた可憐に野に咲く一輪の花の笑顔はない。
代わりに毒々しく咲き誇っているのは甘い蜜を垂らしながら獲物を今か今かと待ち構えている食虫花。
「黄昏」という言葉はもともと「誰そ彼」という薄暗く顔がよく分からないので人の見分けが付かないことから来ている。
何故かこんな時に古文の授業でそんなことを習ったのを思い出した。
だからなのだろうか。今俺の目の前に立っている少女が誰だか分からない。少なくとも俺の知っている鈴音の姿じゃない。
一体誰なんだ、この少女は?
「ですよ、ね?」
「あ、ああ。嘘なんかつかないよ」
俺はその問いにただ間抜けな声を出して頷くことしかできなかった。



142 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:35:20 ID:y4jNeCr2
「そう……ならいいんです」
突然鈴音は急にこれ以上はないって程の明るい笑顔を咲かせる。
俺の動きを止めていたプレッシャーはたちどころに霧散し、消え去った。
「へ?」
「だってよっくんが私に嘘をつくかと思うと、この胸が張り裂けそうなほどに苦しくなってしまうんです……」
大げさに鈴音は両の手を胸に添える。今更気付いたけど鈴音って結構胸でかいな……
って何考えてるんだ俺は?!この浮気者め!!ピンクさん一筋じゃなかったのかお前は!!
「さて。もうずいぶん暗くなってきましたし、名残惜しいですけれどそろそろ帰りましょうか?」
俺の葛藤も知らずに鈴音は涼しい顔をしている。
実に楽しそうな表情である。一年空けただけで男を弄ぶ悪女のスキルを習得してしまったらしい。
「……ああ、そうだな。俺は歩いて帰るけど鈴音はどうするんだ?もし歩きなら送っていくけど?」
そもそもこの公園に俺達が来たのは鈴音がナンパ野郎に絡まれたのが原因である。
このまま一人で返してまた同じ目に遭ってもらっては困る。
「そうですね……では駅まで送っていただけますか?」
「わかった。鈴音がまたさっき見たいな目にあったら寝覚めが悪くなる」
「嬉しいです。よっくんが私のことちゃんと思ってくれて」
俺の言葉を聞いた鈴音は本当に嬉しそうに微笑んだ。ええい、そんな笑顔をされるとなんだか背中がむず痒くなるだろ。
「よし。じゃあ、行くぞ!」

駅に向かう途中、たくさんのことを話した。昔のこと、最近のこと、これからのこと。
久し振りに会った親友との話しは弾み、あっという間に駅に着いてしまった。
「……だからついに異世界から4人目の妹にあたる最後の戦士が登場してだなぁ……おっ、着いたぞ」
「えぇ~、その兄妹達は最後どうなるんですか?続きが気になります!」
知識欲が強い所は昔と変わらないな。こんなしょうもない話でも何でも知りたがる。
「続きはWebで。っていうのは冗談だが、もう電車が来る時間じゃないか。だからこの話はおしまい」
「そんなぁ……よっくんは意地悪です……」
うげっ、本気で落ち込んでやがる。そんなこと言われてもなぁ。
電車がもうすぐ着くだろうからこれ以上話している時間はないし。
……そうか!あれを使えばいいんじゃないか!
「おい、鈴音。携帯持ってるか?」
「はい。持ってますけど……?」
不思議そうに首を傾げながら可愛い白の携帯を取り出す鈴音。
「アドレス交換するぞ。これなら電話するなり、メールするなり、いつでも話せるだろ?」
「!!」
その言葉を聞いた瞬間、鈴音の顔に笑顔がぱぁっと咲いた。
「します、します!!早くしましょう!!今すぐしましょう!!」
「わかったから少し落ち着けって!はしゃぎすぎだろ!」
無邪気にはしゃぐ鈴音をなだめて、互いのアドレスを交換する。これで互いの電話帳に登録されたはずだ。
「うふふ、よっくんの電話番号とメールアドレスだぁ……嬉しいです……」
登録された俺のアドレスを見て何故かうっとりしている鈴音。
俺のメールアドレスなんて見ても別に面白くも何ともないと思うんだが。



143 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:35:52 ID:y4jNeCr2
「まぁ、これで何の心残りもなく帰れるだろ。じゃあな……」
そう言って俺は鈴音に別れを告げ、我が家に帰ろうとした。
しかし、がしっと腕を誰かに強く掴まれる。振り向くと俺の腕を掴んでいたのは鈴音だった。
俯いていてその表情はよく見えない。
「どうした?これ以上まだ何かあるのか?」
「……佳奈ちゃんに会ったら伝えて欲しいんです。必ず返してもらう、って」
「は?何だ、佳奈美のやつお前から何か借りたままだったのか?」
「はい。私に嘘をついてそれをずっと自分の物にしていたんです」
「本当か?ったく、佳奈美もしょうがない奴だな。今度会ったら俺からきつく言っておくよ」
「お願いします。『人の物を勝手に取ったら泥棒』って言いますもんね」
そう言って顔をあげた鈴音の表情はいやに爽やかだった。それが何故か俺に違和感を感じさせる。
そう。さっきまで俯いていたため、その表情はよく見えなかったが本当はもっと違う顔をしていたんじゃないかって。
「今日は色々ありましたけどこうやってまたよっくんに会えてとても嬉しかったです。ではそろそろ電車が来るので失礼します。」
「あ、ああ。気を付けて帰れよ。またこうやってたまには会えるといいな!」
背を向けて改札口に向かう鈴音に向かって俺は最後に声をかけたつもりだった。
すると鈴音は立ち止まり、ゆっくりと俺の方を振り向く。
「心配しなくても大丈夫ですよ。またすぐに会えます。すぐに、ね」
鈴音はクスクスと本当におかしそうに笑っていた。
今日彼女の傍でずっと彼女が笑う様子を見てきたが、その中でも最も美しく、そして妖艶に笑っていた。
「ではまた近いうちに」
こちらに一礼をして改札口を出る鈴音。その姿はすぐに混雑する人ごみの中に紛れて消えていった。
何故か鈴音が最後に浮かべた笑みが頭から離れず、俺はしばらくその場から離れることができなかった。
今日鈴音と一緒にいて時折感じたあの違和感について考えていたからだ。
あれは一体……
「――あ」
その時俺は気付いてしまった。何でこんな重要なことを忘れていたんだ。自分の頭の馬鹿さ加減にほとほと愛想が尽きた。
「結局フィギュア買い忘れた……!!」
思わず頭を抱える俺を周りの人たちが危険人物を見るような目で見てくるが、そんなことは最早気にもならない。
俺の哀愁の慟哭は騒がしい雑踏の音にかき消されていった……



144 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:37:46 ID:y4jNeCr2
私とよっくんと佳奈ちゃんはいつも三人一緒で行動していた。
とても行動的なよっくん。血気に逸る彼を抑える佳奈ちゃん。そして私が二人の後ろで笑っている。
私達三人は幼馴染にして最高の親友でした。
そして私は初めて会ったときからよっくんのことが好きでした。彼のことを思うだけで胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
彼と初めて出会ったのは小学一年生の時。内向的で大人しい性格だった私はまだクラスの空気に馴染めず、友達は一人もいなかった。
どこの学校にも悪ガキはいるもので、彼らは下校中の道で私に目をつけると私が付けていた髪留めを面白がって無理矢理取り上げた。
「やめてっ!かえしてよぉ!」
泣きそうになりながらも必死に取り返そうとするが、いじめっ子達同士で私が取り返せないように髪留めを投げあう。
周りの子供達はそれをただ眺めているだけ。そうだ、私には助けてくれる友達はいないんだ。
そのことを理解すると急に涙が溢れてきた。誰も私を助けてくれない。
そう思っていました。

「おい!そのこないてるだろ!かえしてやれよ!」
幼くも力強い声が突然響き渡った。驚いて顔を上げると一人の男の子がいじめっ子のリーダーに詰め寄っていた。
「なんだよ。おまえにはかんけいないだろ!」
「いいからとにかくかえせ。じゃないとこのシュラレッドがおまえをたたきのめすぞ!」
彼はどうやら日曜日の朝にやっているヒーローになりきっているらしい。その時何故か私には彼の姿が輝きに満ち溢れて見えた。
結局いじめっ子達は私に髪留めを返そうとしなかったので、彼は実力行使に出た。
鼻血を流して、体中に痣を作り、ボロボロになりながらも私のために髪留めを取り返してくれた。
それがただただ嬉しかった。
「はい。とりかえしてきてやったぞ」
痣や鼻血で酷い顔になりながらも精一杯の笑顔で私に髪留めを渡す彼。
「ご、ごめんなさい……」
彼に申し訳なくてぼそぼそとした声で謝る私。
「こらこら。こういうときはありがとうでしょー?」
彼が笑いながら言う。私はそれを見た瞬間に顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ありがとう……」
何故か彼の顔を見ながら言うことができずに俯きながら言ってしまった。
でも彼はそんなことは気にせずに私の頭を優しく撫でると
「じゃあ、かえろっか。えっと……なまえなんだっけ?」
彼は私に名前を尋ねてきた。今度こそちゃんと言わなきゃ。
「すずね。しらかわすずね」
「ボクはあかさかまさよし。よろしくね、すずちゃん!……あっ、そうだ!ボクこれからかなちゃんとあそぶんだけどいっしょにあそぶ?」
「……うんっ!」
「じゃあ、いくぞー!」
私の返事を聞いた彼は満面の笑みを浮かべると私の手を引いて駆け出した。
小さな手と手が触れ合う。また私の体が熱くなる。でもそれは不思議と心地よい温かさだった。

この時からだった。私『白河 鈴音』が彼『赤坂 正義』に恋焦がれるようになったのは。



145 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:38:32 ID:y4jNeCr2
気が付くと自然に彼を目で追い、それだけでは満足できず彼の傍に歩み寄ってしまう。
体育の授業中、走るのが遅かった私を慰めて嫌な顔一つせずに一緒に走ってくれたよっくん。
クラスの男子にテストを取り上げられて泣いていた私のために少々荒っぽい手段でだけどテストを取り返してくれたよっくん。
家庭科の授業中、一緒に作ったカレーライスを「これ美味いなー!お前いい嫁さんになれるぞ!」と笑顔で褒めてくれたよっくん。
両親と喧嘩して家出した私を「しょうがないな。今日は泊めてやるけど明日になったらちゃんと仲直りしろよ?」と言ってお家に泊めてくれたよっくん。
彼に会えるかと思うと毎日学校に行くのが楽しみだった。彼とお別れだと思うと帰り道の足取りが重くなった。
中学生になって自慰を覚えると妄想するのはいつもよっくんとの行為。
彼のことを想うだけでこの無駄に大きい胸の先端は硬くなり、秘所は熱く潤ってしまう。
彼と愛を囁きながら交わり合うことを考えるだけですぐに達してしまった。
よっくんに会う度に、よっくんと話す度に、よっくんと触れ合う度に私の心は彼に惹かれていく。
そして今、彼に対する思慕の情はもうどうしようもないほどに膨れ上がっている。
要するに私にとってよっくんはなくてはならない存在なのです。
全部全部私と彼との大切な思い出。大事に大事に胸の奥にある宝箱にしまってあるの。

でもその思い出の中には必ず彼女がいた。いや、正確に言えばよっくんの傍らには常に彼女の姿があった。
私と一緒に走るよっくんの後ろで不満げな顔をしていた佳奈ちゃん。
料理が全くできないので調理に携われなかったカレーライスを無言で食べていた佳奈ちゃん。
私がよっくんの家に泊まりに行ったら、何故かよっくんの家に来て「あ、あたしも泊まる!!」と言って聞かなかった佳奈ちゃん。
誰もが気付いている。佳奈ちゃんはよっくんのことが好きってことに。
佳奈ちゃんは明るくて可愛いし、運動も勉強もできる素晴らしい女の子だ。
彼女は初めて会ったときから私に優しくしてくれたし、口調こそきついものの、ちゃんと人のことを思いやれる人物である。
そしてよっくんとは私が初めて会った時よりもずっと昔から知り合いだったらしい。
そう、きっと佳奈ちゃんは私が知らないよっくんをたくさん知っている。
しかも彼女は家族ぐるみでよっくんとの仲を祝福されている。皆に愛されているのだ。
それに比べて私はどう?
私は誰からも愛されていない……そう、両親さえも私に愛情を注ぐことはなかった。
両親は会社経営のためいつも忙しく、私を構っている暇などなかった。物心ついた時から私は毎日一人でお人形遊びをしていた。
当然そんな子供が社交的に振舞うことができるはずもなく、私はいつも一人ぼっち。
それは小学校に上がっても同じだと思っていた。
でもよっくんという初めての友達ができて私の退屈な日常は劇的に変わった。
あれほど行くのが嫌だった学校も彼に会えるかと思うと行くのが楽しみになった。
よっくんと佳奈ちゃんと一緒に道草を食うのはとても楽しかった。時を忘れるほどに、泥だらけになるまで遊んだ。
しかし、私の両親は昔から毎日泥だらけになって帰ってくる私の行動を快く思っていなかった。
そしてその原因がよっくん達と遊んでいることだと知ると、一時はよっくんと縁を切れとまで言ってきた。
そう、彼らは私のことを会社の跡継ぎに宛がう嫁となる以外価値がない子供だと思っているのだ。
だからそれまでは私に一切男を近づけたくないらしい。私はそれについては特に何も思わなかった。
中学校に上がり、私の体が急激に女らしくなると、急に手の平を返して下卑た視線で私に媚びてくる馬鹿な男どもには興味すら湧かなかったから。
所詮男なんてそんなもの。ステータスの高い女を自分の物にしたいと言う支配欲に突き動かされているだけの獣なのだ。



146 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:39:28 ID:y4jNeCr2
でもよっくんは違う。
私が皆に根暗、鈍臭いと蔑まれ、体の起伏もなかった頃から数え切れないくらい大切な物をくれて温かく包み込んでくれた。
よっくんは私が生きる白と黒の空虚な世界の中で唯一輝く鮮やかな色。一度目にしたらもうモノクロの世界には耐えられない。
そして私にも勝機はあった。普段の二人の態度から察するに、佳奈ちゃんはまだよっくんに告白していないらしい。
もちろん後ろめたさはあった。私はこれから親友の好きな人に告白するためにその親友に手助けしてもらおうとしているのだから。
よっくんのことはもちろん大好きだけど佳奈ちゃんのことも大好きだ。彼女も私に優しくしてくれる唯一無二の大切な友人だから。
でも私にはもうこれきりしかチャンスはない。
このまま仲の良い友達のまま終わってしまうことが耐えられなかった。彼との関係を親友からもう一歩進めたかった。
だから今まで逃げてきた分のツケを今払わなくてはならない。結果次第では彼女ともう二度と親友には戻れないかもしれない。
それは私にとってこの上ない恐怖だ。想像するだけで足がガクガクと震え、呼吸が乱れるほどに恐ろしい。
それでも私は彼が欲しい。彼以外の人など考えられないのです。
だから……下さい。よっくんを私に下さい。
いいじゃないですか。あなたは皆に愛されることができるような人物なのだから。
佳奈ちゃんならきっとこの先彼以外にも良い人を見つけられますよ。
でもね、私には彼しかいないんです。
そう、誰にも愛されなかった私にも彼ならきっと愛を囁いてくれる。私を大事にしてくれる。

そう思い、私は一年前彼にこの想いを伝えようとした。でも告白すらできずに私の思いは砕け散った。

それからの私はまるで抜け殻のようだった。はっきり言ってこの一年間の記憶はぼんやりとしかない。
両親は反抗期を過ぎたのかと安心していたがそうではない。私が全てに対して無気力になってしまっただけだ。
彼という色を失い、再び白と黒しかない世界に放り込まれた私は最早生きる意味すら見失っていた。
勉強ばかりしているのは何かを頭に詰め込んでいる時だけは彼のことを考えずに済むから。
全てのテストにおいて学年一位を取り、学校始まって以来の天才が現れたと周りは喜んだが私自身は特に何も感じなかった。
ここまでしなければ忘れられないほどに彼の存在は私の心の奥深くにまで刻み付けられている。
こんなに辛い思いをするくらいならもうよっくんのことは忘れよう。何度そう思ったか分からない。
『手に入らないものをいつまでも思い続けて一体何になるっていうのかしら?そんな無駄なことはやめて、もっといい男を探すべきだと思わない?』
頭の奥で賢い私が呆れた口調で私を諭す。まさに正論。反論する余地もありません。
なのに頭では理解していても、心が身を引きちぎらんばかりにそれを拒絶する。
「やっぱり好きなんだからしょうがないよ……」
嗚咽が漏れ、涙が溢れてくる。こうなるともう自分を止めることができない。
ベッドの中で縮こまり、ひたすら涙が枯れ果てるまで咽び泣くことしかできない。
疲れ果てて眠りにつくと決まって夢を見る。私とよっくんが恋人になって幸せそうにしている夢。
いっそこの夢がずっと覚めずにいればいいのに。
朝目が覚めるたびに本気でそう思う。夢の中なら私とよっくんは誰に気兼ねすることなく幸せになることができるから。
あれから一度も佳奈ちゃんはもとより、よっくんや中学校の元同級生達とも連絡を取っていない。
彼らと話をしたらよっくんと佳奈ちゃんと仲がよかった私のことだ。二人の動向に付いて話が進むだろう。
彼らが今どう愛し合っているかなど知りたくなかった。それを告げられたら本当に私は立ち直れなくなる。
幸い彼らが通っている高校からは結構遠いので、ばったり出会う心配はしていなかった。

でもいつだって神様は残酷だ。かつてこれ程ほどまでに偶然を呪ったことがあるだろうか。
――だって出会ってしまったんだもの。



147 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:40:31 ID:y4jNeCr2
「おい!その子は嫌がってるじゃないか。やめろよ」

低脳なナンパ男に絡まれていた私の耳に力強く、それでいて温かみのある声が響く。
そんなまさか。でも私がこの声を聞き間違えるはずがない。
そこには私が未だに想いを捨て切れず、恋焦がれ続けている彼の姿があった。
一年以上経っているので少し背が伸びて、顔つきが男らしくなっているが間違いない。
よっくんだ!!いつも私を助けてくれる永遠に色褪せることのないヒーロー、よっくんだ!!
でも何でこんなところに?それに彼は私が誰だか分かっていないみたいだ。
困惑と動揺で頭の中が真っ白になる。
しかし私が理解する間もなく、この屑はあろうことか、よっくんを殴った上に痛みと吐き気で動けないであろう彼に蹴りまでくれた。
さっきとは違い、怒りで頭が真っ白になる。体中の血液が沸騰するような感覚。
この屑には私が直々に制裁を加えてやらないと。よっくんを傷つけるもの全てを許すわけにはいかないのだ。
だから私は無駄に重たい教科書がぎゅうぎゅうに詰まったバッグを屑の頭上に大きく振りかぶる。
そして、見るだけで吐き気のするにやけ顔を浮かべて振り返った間抜けな男の脳天に思い切り振り下ろした。
『ゴッ』っと嫌な感じの鈍い音がしたが特に気にならない。多分死んではいないから平気だろう。
流石に人を殺すのはまずいだろうし、何より彼が悲しむ。
ポカーンと口を開けて固まっているよっくんを安心させるために私は彼に微笑みかける。
大丈夫ですか、よっくん?別にあんな屑のことなんか心配しなくていいんですよ。だってよっくんは何も悪くないもの。そう、全部悪いのはこの屑。
よっくんのことを殴ったり、蹴ったりしたんだから殴られて当然です。でももう平気です。私がちゃんとお仕置きしてあげましたから。
だから私のこといっぱい褒めてくれますよね。ねぇ、よっくん?
しかし、私の願いは叶うことはなかった。
この馬鹿騒ぎに人だかりができてしまい、こちらを興味津々な目で見ている。その中には当然女性の姿が。
やめろ!!そんな好奇の目でよっくんを見るな!!綺麗なよっくんが汚されちゃう!!
その事を危惧した私はボケーッとしている彼の手を掴み、無理やり立たせる。
「早く逃げましょう!人が集まってきましたし」
彼も周りの様子を見て、状況を理解したらしい。
「ああ、わかった。でどこに」
「こっちです!早く走って!」
「のわっ?!いきなり引っ張るなって!!」
考えもなしに勢いだけでオレンジ色に染まった町を駆け出す私とよっくん。
それはまるで昔の私達のよう。でも一つだけ違うことがある。
昔はよっくんが私を連れまわしていたけど、今は私がよっくんを引っ張っている。
それだけのこと。それだけのことなのになぜか酷く嬉しい。
私は走っている間、ずっと顔に浮かぶ笑みを隠すことができなかった。

それから結局かなり遠くまで私達は来てしまい、たまたま近くにあったこの公園でとりあえず休もうということになった。
太陽が沈み、代わりに夜の闇が顔を出し始める。この公園で遊んでいたであろう子供達の姿もすでに見えない。
彼らは愛する友に別れを告げて帰っていたのだろうか。ふとそんなことが頭によぎった。
「あの……ごめんなさい。前からああいうのにはよく絡まれていたんだけど今日みたいにしつこいのは初めてで……」
とりあえずよっくんに謝る。彼は私のせいであの屑に殴られたり、蹴られる羽目になってしまったのだから。
「別に君が気にすることはないさ。困っている人がいたら助けるのは当たり前だろ?」
しかし、彼は全く気にした様子を見せなかった。
「それにさ、こういうときは謝るんじゃなくてありがとうっていうべきじゃないかな?」
そう言って微笑むよっくんの姿が私と彼が初めて出会ったその瞬間と重なった。
ああ、やっぱり彼は全く変わっていない。私が好きだった彼のままだ。
「……そうですね。助けてくれてありがとう、よっくん」
つい私も笑顔になり、彼の名を呼ぶ。
今日会ってから一度も彼のことをよっくんと呼んでいなかったからきっと鈍感な彼も私が誰だか気付くはず。
ほぉら、よっくんが首を傾げて考え始めた。そして、私の顔をもう一度じっくりと見る。
やだ、そんなにじっと見られたら恥ずかしいです……



148 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:41:10 ID:y4jNeCr2
「えっと、もしかしてだけど君って……」
やっと気付きましたか。とどめに私だという確証を見せるために髪の毛の一部を両手で二房に纏め、持ち上げる。
彼の中の私の姿は髪型をツーサイドアップにしている少女のはず。
高校生になってから私は伸ばした髪をそのまま背中に流しているので気付かなかったのでしょう。
「……全く気付かなかった。すまん、『鈴音』」
本当に申し訳なさそうに謝るよっくん。なんだか可愛い。
彼は私を正しく認識できたことに安心したのか、私をからかうほどの余裕も出てきたみたい。
私が持っている鞄の中身や、その教科書のないようについて顔をしかめるよっくん。
ああ、やっぱりよっくんと話すのは楽しいなぁ。それだけでなんだか幸せな気持ちになれる。
話しは昔に遡り、必然的に私達三人で遊んでいた頃の話になる。
「そういえば昔から鈴音は俺達の参謀役だったよな。当然俺がリーダーで佳奈美がストッパー役」
「二人の意見が衝突してよく喧嘩してましたね。それで私が仲裁役になって結局適当に遊ぶのがいつものパターンでした」
「そういうお前達だってヒーローごっこやるときは、どっちがピンク役をやるかでよく揉めてたろ」
「そ、それは……女の子には譲れない戦いってものがあるんです」
そう、ピンクは彼が心から愛する理想の女性像そのもの。だから私と佳奈ちゃんはいつもその座を取り合っていた。
「譲れない戦い?何だそれ?」
なのに心底わからなそうに首を傾げるよっくん。
そうだった。よっくんは昔から信じられないほど鈍いのだ。
目の前で自分に想いを寄せる女の子が頬を上気させながら目を潤ませても「風邪でも引いたのか?」と勘違いをするくらい鈍い。
「……にぶちんなよっくんには教えてあげません」
あまりにも鈍感な彼に呆れて少し不機嫌になる私。
彼が私の気持ちに気付いてくれるんじゃないかって少し期待していたのが恥ずかしい。
いくら昔と変わっていないといってもここだけは変わっていた方がよかった。
自然と二人の間に生まれる沈黙。
だがそれは重苦しく圧し掛かるものではない。むしろどこか安心する心地の良さがあった。

……なんだか久し振りだな。こうやって他愛もないことをよっくんと一緒に話すのって。
「……懐かしいですね。昔は公園や空き地でよく一緒に遊びましたよね」
「ああ。月日が流れるのはあっという間だな……」
よっくんも目を細めて懐かしそうに呟く。
そう、私達は幼稚園から中学校を卒業するまで常に三人一組で行動していた。
ほとんどよっくんと佳奈ちゃんは同じクラスだったのに対し、私は一緒のクラスになることは少なかったがそれでも一緒に遊び続けた。
もう一度三人で泥だらけになりながら駆け回っていたあの頃に戻りたい。そうすればきっと今も三人で一緒に……
「そういえばよく俺だって気が付いたな。俺なんか全然分からなかったのに」
突然よっくんが話題を変えてきた。そんな質問はするだけ無駄ですよ、よっくん。
「簡単です。よっくんは全然変わってませんから」
そう、良くも悪くも呆れるくらい彼は何一つ変わっていなかった。
「そうか?背は伸びてるはずなんだが」
「そういうところじゃなくて相変わらず優しいところとかです。全然変わってなくて安心しました」
私の答えに頓珍漢なことを大真面目に言うよっくん。でもそれが妙に嬉しくて、笑みを隠すことができない。
でもこのことははっきりさせておかないといけない。
「それよりどういうことですか?全然私だって気が付かなかったって」
私は声を聞いた瞬間に分かったのに、よっくんは私が「よっくん」と呼ぶまで気付かなかった。
仮にも親友なのにこれはひどいんじゃないか。だから私はわざと意地悪く彼を問い詰める。
「だから悪いって言ってんだろ。仕方ないじゃないか。だって……」
「だって……何ですか?」
罰の悪そうな顔をして、何故か顔を赤くさせるよっくん。やばい、なんだかすごく可愛いです。
私の心はまた愚かにも彼に釘付けになっていた。
だからでしょうか。

「って言える訳ないだろ……綺麗になったねとか常識的に考えて……」
彼がうっかり口を滑らせたその内容が私の心に深く鋭く穿たれてしまったのは。



149 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:42:09 ID:y4jNeCr2
すでに打ち込まれていた楔がさらに深く食い込む。燻っていた炎が再び勢いよく燃え上がる。
「!!や、やめてください!そんなこと言われたら……私……」
やめてやめてやめて!!そんな甘い囁きで私を惑わさないで!!これ以上私を惨めにさせないで!!
だってそんなことを言われたらまた彼のことを愛してしまう。身の程も知らずに手に届かないものを求めてしまう。
『親友をまた裏切るの?』
ふと頭の奥で冷たい声が鳴り響く。
そうです。私は振られて、よっくんは佳奈ちゃんと付き合っているんです。私の入る余地なんかどこにも残されていない。
私にできることは二人の幸せを願うことだけ。それだけなんです……
だから私は何とか震える声を搾り出して言葉にする。
そう、よっくんのために。そして何より自分に言い聞かせるために。
「……ねぇ、よっくん。彼女がいるのに女の子にそんなこと言っちゃダメなんですよ?誰かが勘違いしちゃうかもしれないから……」
よっくんの彼女は佳奈ちゃんで私じゃない。
そんなこと本当はわかっていた。わかっていたのにどうして私は今日よっくんに会ってから子供のようにはしゃいでいたのだろう。
情けない。みっともない。涙が溢れそうになる。
ああ、もう今度こそ本当に私の恋は終わりだ。
本当にそう思っていた。

「は?誰に彼女がいて、誰に勘違いするって?」

よっくんが寝耳に水と言いたげな表情で言った言葉を耳にするまでは。
「え……?だからよっくんには佳奈ちゃんがいるから女の子にそういうことを言っちゃダメって……」
「……あのなぁ。昔から何度も言ってるように俺と佳奈美は別に付き合ってなんかいないって」
よっくんは呆れたように、しかし、強い口調ではっきりと否定した。
彼は昔から嘘とか曲がったことが大嫌いだから冗談は言わないはず。
あれ?おかしいなぁ?だってそうだったら佳奈ちゃんは私に……
「え?だってよっくんと佳奈ちゃんは付き合ってるって……」
そうですよ。そうじゃなきゃおかしいですよ。だって私は佳奈ちゃんから直接聞いたもの。
これが嘘だって言うなら私は一体何のために一年前……
「だから何度も言わせるな。俺と佳奈美は付き合ってない。これは事実だ」
そんな私の願いも空しく、よっくんは気持ちがいいほどに本当だと言い切った。

私は声一つ立てずに考え込む。思考の海の中に散らばった記憶のピースを一つ一つ丁寧に集め、繋げていく。
必ずどこかにある矛盾を探すために。そして紛い物のピースを取り除き、新たに真実という名のピースをはめ込むために。
そうしなければこの苦痛に塗りたくられた一年は一体何だったのか理解することができない。
まず、みんなはよっくんと佳奈ちゃんが付き合っていると思ってる。
実際私もそう思っていました。だって佳奈ちゃんがそう言っていたのを私はこの目で見て、この耳で聞いたのだから。
でもよっくんは違うと言っている。
これはどういうことでしょうか?
もしよっくんが本当のことを言ってるのなら佳奈ちゃんは嘘をついているってことになる。
でもなんでそんな嘘を言う必要があるのでしょうか?
いや、よく考えるのよ。本当はわかっているんでしょ?でも理解したくないだけ。
そしてある一つのパーツがどうしても埋められなかった穴にカチリと音を立ててはまった。
でもそれははまるべきパーツではなかった。私の中で次々と記憶が塗り替えられていく。
そう、私は全てを理解してしまった。
彼女が一年前私に何をしたのかを。いや、それ以前にも彼女がずっと行い続けていたことまで。




150 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:42:51 ID:y4jNeCr2
――佳奈ちゃんは待っているのだ。
ただの噂が本当になるのを。でも自分から告白して振られるのは恐い。
だからよっくんの方から告白してきて事実として成立するように仕向けている。
それまでよっくんが他の女の子に目を向けないように、他の女の子がよっくんの方を向かないように皆に嘘をついていたってことか。

……ふふ、うふふふふ、ふふはははははははははっ!!!あはははははははははははははははははははははっ!!!!
そうか。そういうことなんだ。
私の中で怒りとも悲しみともつかない感情が爆発した。
気付きたくなかった。でも気付いてしまった。
私の親友だと思っていた女の子は私を騙し、私がずっと恋焦がれていた男の子を奪った。
そして私は愚かにもその真相を確かめずにそのまま逃げ出してしまったことに。
噛み締めた歯と歯が擦れ合い、ギリリと音を立てる。握り締めた拳に思い切り爪が食い込む。
しかし、こんな痛みなど全く気にならない。彼女へと抱くこのドロドロとした全てを焼き尽くす業火の如き暗い情念に比べたら。
可愛さ余って憎さ百倍どころではない。彼女のことを信頼し、慕っていただけにその反動は大きかった。
「佳奈ちゃんは嘘をついてよっくんを私から獲ったんだ……!!」
とても自分の口から出たとは思えないほどに低い声が漏れる。その声はまるで呪詛のように聞こえた。
『よっくんの恋愛対象になりそうな女の子達を排除して選択肢を自分だけにする』
ずいぶん姑息な手を使ってみんなを欺いてくれたじゃない。
でもしょうがないよねぇ?だって佳奈ちゃん本当は自分一人じゃ何もできない臆病者だもんね?
本当は昔からうすうす勘付いていた。
いつも自信満々にしているその瞳の奥に微かな恐怖心、不安感が内包されていたことに。
そしてそれを隠すためによっくんに依存していることも。
そりゃよっくんみたいに自信に満ち溢れた逞しい人の傍にいたいよね?
彼と一緒にいるだけで自分の醜い場所が消えて輝いていられる。きっと彼女は本気でそう思っている。
でもね……そう思ってるのは何もあなた一人じゃないのよ?
そう、私も佳奈ちゃんと同じ穴のムジナ。私の場合、佳奈ちゃんより少し理性とか常識が強かったみたいだけど。
だから一年前あなたの嘘にあっさりと騙され、愚かにもいらぬ遠慮をしてしまった。
でもこれからはそんな遠慮はしなくて済みそうだ。
私と佳奈ちゃんの本質は同じ。私も佳奈ちゃんもよっくんが欲しくて欲しくてたまらない。
一度彼と言う極上の甘い果実を口にしてしまったから。
その優しさがこの上ないほどの猛毒とも知らずに果実を貪り続けてしまった私達はどうしようもない愚か者。
しかもその毒入りの果実は食べれば食べるほどのどの渇きは増し、より多くの果実を求めてしまう。
よっくんがその全てを食らわせてくれなければ私達は禁断症状によって身も心も引きちぎれるような苦しみを味わわなければいけなくなるのだ。
自分でもビックリね。まさか自分がこんな人間として堕ちるところまで堕ちているような女だったなんて。
でも私はあなたとは違うわ、佳奈ちゃん。あなたは彼に依存しているだけ。
醜い自分の姿を覆い隠してくれる優しい優しいよっくんを手放したくないだけなんでしょう?
彼の優しさを食い物にして辛うじて生き延びている醜い怪物。
それがあなたの本当の姿よ。見ていて虫唾が走るわ。
よっくんだってこんな女の元に居たがるはずがない。いつかは必ず可憐な外見の裏に隠された醜い本性に気付くはず。
そして慌てふためき逃げ出してきた彼の震える体を私は優しく受け止めて、こう言うのだ。
「大丈夫。私はあんな女じゃありません。よっくんのことはちゃんと守ってあげますからね。だからあなたはこの胸の中に包まれているだけでいいんですよ?」




151 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:46:59 ID:y4jNeCr2
そう、もうすぐすれば彼は私の所に帰ってきてくれる。だから私はよっくんに問う。
「うん。信じますよ、よっくん。だってよっくんは私に嘘をつきませんものね?」
まさかよっくんまで私を裏切ったりしませんよね?もし私を裏切って、あの女のことを選ぼうだなんてしたら××しちゃいますから。
二度も彼が私以外の人のものになるなんて到底私には耐えられない。私だけの彼になってくれないのならいっそ……
まぁ、そうしようとする前に私が彼の心を捕らえてしまえばいいだけの話で、冷たく光る妄執と情念の鎖で彼を雁字搦めにしてしまうのだ。
そうすれば彼も無駄な抵抗をする気もなくなるでしょう。
あら、やだ。私ったらこんなことを考えてはしたない。
まるで何かに中てられたように残酷で狂気に満ちた傲慢そのものの考え。
ふと頭の中にある単語が浮かんでくる。
『逢魔時』。その言葉の通り、妖怪や幽霊といった異形の存在に出会いそうな時間という意味だ。
もしかしたら私は夜と共にこの世界を訪れた魑魅魍魎に遭遇してしまったのかもしれない。
でもこれは私が最も望んでいた彼との関係なのかもしれません。だって今私はこれ以上はないほどの笑みを浮かべているのだから。
「ですよ、ね?」
「あ、ああ。嘘なんかつかないよ」
よっくんはそんな私を見て怯えたのか、青ざめた顔で少し後ずさる。
うふふ、可愛い。こうやってずっと彼を愛でていたい。
でもこれ以上彼を怖がらせたら逆効果ですね。
彼の知っている『運動は少し苦手だけど、頭がよくておっとりしたお嬢様の白河鈴音』に戻るとしますか。
「そう……ならいいんです」
彼を安心させるために私はとびきりの笑顔を作る。そう、まるで先ほどのことなど何もなかったかのように。
「へ?」
口を大きく開けたまま固まるよっくん。ちょっと間抜けだけどやっぱりそんな顔も可愛い。
「だってよっくんが私に嘘をつくかと思うと、この胸が張り裂けそうなほどに苦しくなってしまうんです……」
冗談ぽく本音を言いながら大げさな動作で胸に手を押し当てる。彼のためなら道化を演じることだって苦にはならない。
だってよっくんが私の胸を食い入るように見ているんですもの。ねっとりと、じっくりと熱の篭った視線が私の胸を貫く。
周りの男どもが穢れた視線で見てくるただ重くて大きいだけの脂肪の固まりと今日までは思っていた。
けど彼がこうして情欲に濡れた目で見てくれるのならばこうして成長してくれてよかったとさえ思える。
よっくんが私のものになってくれるならこの体を好きにしてくれて構わないんですよ?
今まで守り通してきた純潔も彼に散らされるのならばそれはむしろ喜ばしいこと。
やだ、私も少し濡れてきちゃいました。もう,よっくんがあんないやらしい目で見てくるからですよ!
このまま彼とホテルに入ってもいいとさえ思えるけど今日の所は我慢。今まで築いてきた私のイメージが崩れちゃいますからね。
家に帰ってからたっぷりと自分を慰めることにしましょう。
「さて、もうずいぶん暗くなってしまいましたし、名残惜しいですけれどそろそろ帰りましょうか?」
「……ああ、そうだな。俺は歩いて帰るけど鈴音はどうするんだ?もし歩きなら送っていくけど?」
やっぱりよっくんは優しい。さっきのことを心配してくれている。
ならありがたくその好意に甘えるとしましょうか。
「そうですね……では駅まで送っていただけますか?」



152 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:47:51 ID:y4jNeCr2
駅に向かう途中、たくさんのことを話した。昔のこと、最近のこと、これからのこと。
もちろんその会話の中でさりげなく佳奈ちゃんのことや彼の女性関係について聞き出すのは忘れない。
引き出した情報によるとやはりよっくんは佳奈ちゃんやその他大勢の女どもの好意には気付いていないようです。
これは好都合です。なぜなら彼女達と違って私は彼に女を意識させることに成功したから。
きっと傍に居過ぎて佳奈ちゃんのことは異性として認識することができないのでしょう。
他の雌どものことは得意の鈍感で意識すらしていないようです。
どうやら私が過ごした一年は無駄どころか大きなアドバンテージをもたらしてくれたようです。
つい気分も浮かれ、よっくんと他愛もないことを話しているとあっという間に駅に着いてしまった。
楽しいと感じている時は時間の進みが速く感じられると言いますがどうやら本当のようです。
よっくんと話していた戦隊物の話がちょうどクライマックスに入ったところで「電車の時間が近づいているから」と途中で打ち切られてしまった。
そこで私は大げさに落ち込んだ振りをする。そうすればきっとよっくんは私の望む通りの行動を取ってくれるでしょう。
「おい、鈴音。携帯持ってるか?」
きた!!やはり私の読みどおりです。
「はい。持ってますけど……?」
声が上擦らないように細心の注意を払って、何もわかっていないように可愛く首を傾げながら携帯を取り出す。
「アドレス交換するぞ。これなら電話するなり、メールするなり、いつでも話せるだろ?」
「!!」
パーフェクト!!さすがは私のよっくん!!私の期待に見事応えてくれた。
「します、します!!早くしましょう!!今すぐしましょう!!」
「わかったから少し落ち着けって!はしゃぎすぎだろ!」
つい嬉しくてはしゃぎ回る私をなだめるよっくん。
胸の中で暴れ回る高揚感を必死に押さえつけて、お互いのアドレスを交換する。
これでお互いのアドレスがお互いの電話帳に登録された。
「うふふ、よっくんの電話番号とメールアドレスだぁ……嬉しいです……」
他人にとってはただのアルファベットの羅列に過ぎない物でも私に取っては魔法の呪文。
だってこれからはよっくんといつでも、どこでも話すことができるから。
よっくんの声は私の心を癒してくれる清涼剤。これほど嬉しいことはありません。
「まぁ、これで何の心残りもなく帰れるだろ。じゃあな……」
そう言ってよっくんは私に別れを告げ、帰ろうとする。

そうだ。大切なことを一つ言うのを忘れていた。
彼女のためにもちゃんと言っておかないといけませんよね?



153 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:48:33 ID:y4jNeCr2
私はよっくんの腕を掴み、引き止める。
「どうした?これ以上まだ何かあるのか?」
「……佳奈ちゃんに会ったら伝えて欲しいんです。必ず返してもらう、って」
そう、今目の前にいるあなたを、ね。
「は?何だ、佳奈美のやつお前から何か借りたままだったのか?」
怪訝な顔をするよっくん。
「はい。私に嘘をついてそれをずっと自分の物にしていたんです」
親友を騙してまで彼を手にいれようだなんてひどいと思いませんか?本当に浅ましい子。
「本当か?ったく、佳奈美もしょうがない奴だな。今度会ったら俺からきつく言っておくよ」
呆れたように肩をすくめる彼。
まったくだ。佳奈ちゃんなんかさっさとよっくんに愛想を尽かされちゃえばいいんです。
「お願いします。『人の物を勝手に取ったら泥棒』って言いますもんね」
そう。佳奈ちゃんが余計なことさえしなければ今頃は私は彼と結ばれて幸せな毎日を送っていたはずなのに。
この泥棒猫!!薄汚い雌猫の分際でよくも人のものに手を出して……!!
はっ、いけない。こんな憎悪に歪んだ顔を見られたらきっと彼は私から離れてしまう。平常心平常心。
「今日は色々ありましたけど、こうやってまたよっくんに会えてとても嬉しかったです。ではそろそろ電車が来るので失礼します。」
少し名残惜しいけどなに、焦ることはない。これからはいつでもよっくんと話すこともできるのだし。
家に帰ってゆっくりよっくんとこれからのことを考えましょう。
「あ、ああ。気を付けて帰れよ。またこうやってたまには会えるといいな!」
背を向けて改札口に向かう私に向かってよっくんは声を掛けた。
多分何気なく言ったのでしょう。
しかし、取り損ねて咀嚼してしまった魚の小骨のような不快感と共に些細な言葉が私の心に引っかかった。
“たまには”?
わかってませんねぇ、よっくんは。これは私がちゃんと教えて上げないといけませんね?
私は立ち止まって、ゆっくりと彼の方を振り向くとニッコリ笑って告げる。
「心配しなくても大丈夫ですよ。また“すぐ”に会えます。“すぐ”に、ね」
そう。私達はすぐに会えるんですよ。
誰にも私達の仲を邪魔する権限はありませんし、邪魔させる気もありません。
もし再び巡り合えた私達を引き裂こうとする輩がいたらそうですね……少し手荒な真似をしてしまうかもしれません。
まぁ、そんなことをする人なんて私には一人しか心当たりはありませんけどね。
「ではまた近いうちに」

それまではしばしのお別れですわ、正義。私の愛しい人。



154 :Rouge?Blanc? [sage] :2008/10/16(木) 02:49:07 ID:y4jNeCr2
「クス……クスクス……」
一人電車に揺られながら私は笑い続ける。
周りの人は少し気味悪そうに私を見ているが決して目をあわせようとはしてこない。そのほうが私にとっても都合がいい。
どうしようもなく喜悦に歪んだこの笑顔を人に見せるなんて耐えられませんから。
だってしょうがないじゃないですか?あまりにもおかしくて笑いを止めることができないのです。
そう、今日はとてもいいニュースと悪いニュースが一度に飛び込んできた。
そしてそれは私を狂気へ誘うのに十分過ぎる内容だった。

やってくれるじゃない、佳奈ちゃん?まさかこの私を出し抜いてくれるなんてね。この借りは高くつきますよ?
そうですね。あなたがもう二度と私達の前に姿を現さないって誓うのなら昔のことは水に流してあげてもいいです。
私もあなたのことはまだ大切な友人だと思っているもの。
でもね。身の程もわきまえずにもう一度私から彼を奪おうというのなら――

「クスクス……クスクスクスクスクスクス……」

――最高に惨めな思いをたっぷりと味わわせてから佳奈美、あなたを殺してあげるわ。
最終更新:2008年10月16日 12:31