ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫 @ ウィキ
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2022-02-13T15:07:57+09:00
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『彼女にNOと言わせる方法』
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-[[『彼女にNOと言わせる方法』 第一話]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 第二話]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 番外編『元旦、或いは新たな恋心』(前編)]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 番外編『元旦、或いは新たな恋心』(中編)]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 1/2)]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 2/2)]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 第三話]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 第四話]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 第五話]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 第六話]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)]]
-[[『彼女にNOと言わせる方法』 第七話]]
2022-02-13T15:07:57+09:00
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『彼女にNOと言わせる方法』 第七話
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862: ◆lSx6T.AFVo :2021/06/09(水) 16:36:50 ID:fDGdApDk
「男らしいとは、どういうことなのか。まずは、その定義からハッキリさせようじゃないか」
夏期講習、午前の部を終えたばかりの昼休み。
メインで使っている四年二組の教室から、三つほど離れた埃っぽい空き教室の中、僕は授業用の指し棒を手のひらにポンポンと打ち付けながら授業を開始する。
普段なら決して許されないであろう、教壇に立って教鞭をとるという教職者にしか許されない行為に興奮する気持ちを抑えつつ、雄弁な口調で講義を続ける。
「近藤くん、キミは男らしいとはどう心得るかね?」
唯一の生徒である近藤くんは、筆箱とノートの配置を終えると、ゆっくりと顔を上げる。
そうですね……と、少し思案した後、
「まず、運動神経がいいという要素は不可欠だと考えます。体育や運動会などで、八面六臂の活躍ができる男子は、間違いなく男らしいと評されるでしょう」
「ほお……鋭い。実に鋭い視点ではあるが、足りない。足りないなぁ」
僕のもったいぶった口調に、彼の眉が怪訝そうに上がる。
「して、どういう意味でしょう?」
「考えてもみたまえ。たしかに、運動会のリレーでアンカーを走るような男子は一目置かれる。トップでゴールすれば、クラスのヒーロー待ったなしだろう。けれど、それはあくまで子どもの時だけじゃないかね。大人になった時、足が速いという要素が、果たしてどれだけの意味を持つというのだろう。いい年した大人が、俺って足が速いんだぜ! ってアピールしたところで、得られるのは尊敬ではなく、失笑ではないかね」
「た……たしかに!」
目からウロコといった様子で、筆箱から鉛筆を取り出すと、あわただしくノートに要約を書きつけていく。さながら、宗教的指導者の語録をまとめる信者といった様子だった。もしくは今風にいえば、オンラインサロンの主催者とそのメンバーといったところか。
「では、運動神経は男らしさの必要条件ではないと」
くるりと鉛筆を回し、嬉々とした表情で確認をとってくる。彼の残念すぎる運動神経を思えば、これほどポジティブな情報もないだろう。
「いかにも!」
僕は指し棒を最大限まで伸ばして、近藤くんの鼻先に向かって突き出す。すると、彼はウッとのけぞり手中の鉛筆をノートの上に落とした。
「他には、何が考えられるかね」
「そうですね……」
と、手中からこぼれた鉛筆を回収しつつ、
「ルールを守る人は男らしいと思います。周囲に車の影がないとしても、信号の色が変わるまで横断歩道を渡らずに待っているような人は、子ども大人に関わらず、尊敬の対象となるでしょう」
「……ルール」
僕は顔をしかめる。
チッと舌打ちまで飛び出てしまった。
「ルールを守る人は、全く男らしくないと思うね。ていうかさ、ルールを守らなくちゃいけないという社会の考え方自体がくだらないよ。たとえばさ、うちの学校って、シャープペンシル使用禁止ってルールがあるじゃん? でもさ、あれって合理的な理由何もなくない? どう考えてもシャープペンシルのが便利じゃん。鉛筆と違っていちいち削る必要もないし、芯もすぐに補充できるし。いや……百歩譲ってシャープペンシル禁止まではいいよ。でもさ、ロケット鉛筆まで禁止するってどういう了見なのよ。そんなのルールにないじゃん! ロケット鉛筆禁止なんて明言されてないじゃん! 拡大解釈が過ぎるよ! ちくしょう、僕のおニューのロケット鉛筆を没収しやがって。絶対に許さないからなっ。ということで、ルールを守る人は男らしくないです、はい」
863: ◆lSx6T.AFVo :2021/06/09(水) 16:37:27 ID:fDGdApDk
「はぁ……」
今の話には同意できなかったのか、かえってきたのは覇気のない返事。
徐々に尊敬の念が剥がれ落ちているのを感じ、空気を切り替えるためにゴホンと空咳をはさむ。
このまま学級崩壊(ひとりしか生徒がいないけど)に陥ってしまったら、職員会議(僕しか先生はいないけど)になってしまうので、さっさと結論に入ることにしよう。
僕は差し棒を教卓に立てかけると、真新しい白のチョークを手に取り、
「男らしいってのは、すなわち」
その答えを黒板にガリガリ書きつけていく。
「友が困っている時に――迷わず手を差し伸べられることを指す」
この時、僕的には一番の見せ場のつもりだったのだ。
ちょっと声を低めにして重厚感を出したし、普段の悪筆を捻じ曲げて読みやすい文字を書くよう心がけた。
だが、友が困って、のところでチョークがポキリと折れてしまった。
「…………」
なんと言いましょうか。
この水たまりに滑ってずぶ濡れになったようなカッコのつかなさを。
原則として、師とは弟子の前では常にカッコよくてはならない。
常に威厳を保ち、弟子を導く存在でなければならず、たとえ虚栄だと言われようとも、見栄を張れなくては師とは呼べないのだ。
ほら、たとえばさ、めっちゃいかつい感じの師匠がさ、陰でこっそり女子向けのスイーツとか食べてたらさ、なんか違うなーって思っちゃうじゃん。急にゆるキャラ感が出ちゃうじゃん。単行本の巻末にあるオマケ漫画の裏設定感が出ちゃうじゃん。
ってなことを秒で考えた後、さて、どうやって威厳を取り戻そうかなぁと近藤くんを見ると、
「…………」
彼は、黒板の字をじっと見つめていた。
思わし気にあごに手を添え、猫背気味の姿勢で、食い入るような瞳をして、途中までしか書かれていない不完全な文章を見つめている。
極度に集中した生徒が見せるような、滴り落ちる知識の雫を一滴すら逃さまいとする、吝嗇さを感じさせる勉学の態度であった。
その態度に、面食らったのは僕の方だった。
正直、何かしらの深い意味を込めた回答ではなかったからだ。
そもそも、これが僕自身の言葉であるかも怪しく、マンガかアニメかで取り入れた一句かもしれないし、酔った父さんが語る胡散臭い人生論が記憶の奥底に残っていたものかもしれない。
真剣に受け止められるとは思っていなかったので、端的に言えば動揺していた。
……どうやって二の句を継ごうか。
近藤くんは、校門に立つ二宮金次郎像のように全く動かず、ノート上の鉛筆を拾い上げようともしない。
864: ◆lSx6T.AFVo :2021/06/09(水) 16:37:46 ID:fDGdApDk
この生真面目すぎる、むず痒い空気に、僕はいよいよ困り果ててしまって、
「だから近藤くん、僕が先生に怒られている時は、即座に援護射撃をするように」
と、いつもの軽口によって、空気そのものを破壊してしまう他なかった。
シャボン玉がはじけるように、ハッとした表情で我を取り戻した彼は、
「嫌ですよ。〇〇くんが怒られているのは、いつもあなたが悪いからでしょう。自らの悪行の報いを受けている人をフォローする術なんて知りません」
器用に弟子の仮面を脱ぎ捨てて、いつものクラス委員長の仮面に取り替える。
うーむ、オンオフの切り替えが素晴らしい。一瞬で、師に対する尊敬の念が消え失せてしまったぞ。社会人になったら、仕事とプライベートをキッチリ分けるタイプだな。仕事終わった後に飲み会とか誘っても絶対に来なさそう。まあ、僕も絶対に行かないだろうけど。
なんとなく白けた雰囲気になってしまったので、黒板消しで中途半端な文字列をかき消す。
「それでは、第一回〇〇プレゼンツの漢塾は終了。各自、復習は怠らぬように」
「各自といっても、おれしか生徒はいないですけどね」
さらっとツッコミを入れつつ、筆箱とノートをリュックにしまう。代わりに取り出したのは弁当箱で、しゅるりと包みを紐解きながら、
「それじゃあ、昼食にしましょうか。早くしないと、午後の授業が始まってしまいますし」
「そうだね。お腹ペコペコでお腹と背中がくっつきそうだよ」
僕もさっさと師匠の仮面を脱いでしまい、近藤くんと一緒にランチタイムを開始する。
切り替えの早い者同士なので、こうしてすぐにクラスメイトとして接することができるのは、案外ありがたいことなのかもしれない。大人ならもっと面倒なしがらみとかがたくさんあるんだろうな、とかちょっと考える。
たとえプライベートであっても、会社の上司と部下が全くフラットな状態で接することが不可能なことは、日々の父さんの愚痴から想定できる。
やっぱり大人って、いいところないなぁ。
おにぎりを頬張りながら、そう素朴に思った。
865: ◆lSx6T.AFVo :2021/06/09(水) 16:38:32 ID:fDGdApDk
とまあ、こんな形でスタートした漢塾ではあるが、なかなか好調な滑り出しだったのではないでしょうか。
果たして、僕の益荒男論が近藤くんにどの程度の効用をもたらすのかは謎ではあるが、今のところ、興味深そうに講義を聞いてくれているので、僕としてもありがたい。冷め切った観客ばかりの音楽フェスみたいな様相を呈さなくてよかったよ……。
今回、人生で初めて教師役を務めることとなったのは、僕としても貴重な経験だった。おかげで、いろいろと実感したことがある。
まずひとつは、授業というのは教師と生徒の両者で成り立たせるものということだ。
教師からの一方通行の授業がいかにつまらないものであるかは、今さら説明するまでもないだろう。一時停止のきかないムービーのように、だらだらと垂れ流されるだけの講釈は、ほとんど耳に残りやせず、終始あくびを噛み殺すハメになる。
授業がつまらないのは、全部教師のせいだ。
今までは純粋にそう考えていたのだが、今回でそれが浅薄な考えだと気づいた。
我々生徒側にも反省すべき点はあったのだ。
先ほどの近藤くんのように、積極的に授業にコミットする姿勢を見せれば、自然と教師側のやる気も湧いてくるし、眠そうな顔をしている生徒を相手にしていれば、モチベーションは下降線を辿っていく。
つまり、授業はお互いに補っていく必要があるのだ。
どうすればわかりやすく伝わるだろう、どうすれば興味を持ってくれるだろう。教師はそう考えなくてはならないし、生徒もどうすれば理解できるのかを必死で考えなくてはならない。
それを実行できれば、互いの相乗効果により、授業はもっと充実したものになっていく。
先ほどの音楽フェスの例を用いれば、ミュージシャンも観客もノリノリの方が会場全体が盛り上がるのと一緒だ。
そして、次に気づかされたのは、近藤くんがいかに優秀な生徒であるかということだ。
正直に告白するが、僕にとって、近藤くんのいい子ちゃんな態度が鼻につくものだった。
教師から質問があれば、いの一番に手をあげるし、逆に教師に質問をしたりする。
以上のような、ちゃんと授業を聞いてますよアピールは、僕をはじめとする悪ガキにとって好ましく映らないのは当然だった。
ケッ、媚びを売りやがって。内申点稼ぎ、ご苦労様ですね!
ってな感じで、彼に対しては斜に構えていたところがあったのだが、どうやら間違っていたのは僕の方みたいだった。
単に、近藤くんは授業をより充実したものにしようと積極的に動いてくれていたのだ。我がクラス委員長は、僕なんかよりもずっと前に、授業の本質というものに気づいていたらしく、教室内に硬直化した空気が生まれないように、常に気を使っていたのだろう。
流石だよなー。
先生に可愛がられているのも、うなずける話というものだ。
866: ◆lSx6T.AFVo :2021/06/09(水) 16:39:03 ID:fDGdApDk
ってなことを考えながら、おにぎりを食べ終えると、
「そういえば、〇〇くん。夏休みの宿題はどの程度まで進んでいますか」
「あのさぁ……食事中に夏休みの宿題の話はマナー違反だって、親に教わらなかった? ったく、これだから育ちの悪いやつは」
「どこの世界の行儀作法ですか。まあ……その様子だと全然進んでいないようですね」
「おいおい、一方的な決めつけはよくないな。クラス委員長たるもの、クラスメイトのことをもっと信用すべきではないかね?」
「信用していますよ。〇〇くんなら絶対に夏休みの宿題に手をつけていないってことを」
「マイナスの方の信頼だったかー」
あちゃーと額に手をやると、彼は呆れたようにため息をつき、
「〇〇くん。提案なのですが、明日からは夏休みの宿題を持ってきてはどうでしょう」
「夏休みの宿題を? もしかして、夏期講習が終わった後に夏休みの宿題をやらせるような鬼畜の所業を……?」
「できれば、そうしたいところなんですけどね」
フッと意味深な笑みを浮かべる近藤くん。マジでやりかねないから、変に行間を匂わせるのはやめて欲しい……明日から不登校になっちゃうぞ。
「やるのは放課後ではなく、夏期講習中にですよ。プリントの方も順調に進んでいますし、平行して夏休みの宿題に着手してもいい頃合いだと思いましてね」
「え、夏期講習中に夏休みの宿題をやってもいいの?」
「全く問題ないです。むしろ、夏期講習を夏休みの宿題をやる場として考えている子もいるくらいですよ。ちなみにですが、宿題をやる場合であっても、わからない点があれば挙手して訊いていただいて大丈夫です。おれと先生が教えに行きます」
「でも、二足の草鞋を履いていいのかな。夏期講習用のプリントと夏休みの宿題とじゃ混乱しちまいそうだな。どっちかに集中した方がいい気がするけど……」
「どうして、そこで謎の渋りを見せるのですか。別に、最終的には〇〇くんに任せますが……おれはもう嫌なんですよ。夏休み明けに、担任の先生と醜い攻防を繰り広げる様を見せつけられるのは」
近藤くんとは、去年も同じクラスだったからな……九月一日が修羅場となるのをご存じらしい。なんなら、今年も夏休み前に名指しで牽制球投げられているからな。「今年こそはマジで頼むぞ」と全然笑っていない瞳で念押しされたっけか……。
ふーむ。
でも、これはチャンスではないか。
どうせ、家でコツコツ夏休みの宿題をやるタイプではないのだ。この夏季講習という場の勢いを借りて、一気に終わらせてしまうのも手ではないか。
というか、近藤くんの言う通り、これを断る理由が全然なかった。
何も僕だって、好きで担任の先生とバトルしているわけではないのだ。僕もそろそろ中学生になるわけだし、悪童を卒業するタイミングが来たのかもしれない。
というわけで、僕は近藤くんの提案を——
「いや、やっぱりやめとくよ」
——その直前で、断った。
僕の回答を受けて、彼は露骨に顔をしかめている。またぞろ、僕が無意味な反抗をしていると思っているのだろう。
「いい加減にしてくださいよ。少なくとも〇〇くんの場合は、夏期講習用のプリントよりも夏休みの宿題の方が、断トツで優先度は高いでしょう」
「近藤くんの言っていることはわかるんだけどさ……ほら、まずは基礎をしっかりさせないと。せっかくプリントが着実に進んでいるんだから、一歩一歩、確実に階段を上がっていく必要があると思う。それにさ、僕がプリントと宿題の両方を同時にやれる器用さを持っていると思うかい?」
自分の提案が断られて不満に感じるところはあるようだが、僕の言うことにも一理あるとは思ったのか、近藤くんは弁当箱のフタを閉めると、わかりましたと脱力してうなずく。
「〇〇くんが、そこまで言うのなら強制はしませんが……けど、宿題は家でしっかり進めておいてくださいね。アサガオの観察日記は、ちゃんとつけていますか」
「大丈夫。無駄に書かなくて済むように、もう枯らしておいたから」
説教する気力すら失せてしまったようで、メガネの奥の瞳はひたすら軽蔑の色に染まっている。
……明日からの漢塾は大丈夫だよね? 師匠に対する尊敬の念は死滅してないよね? 授業をボイコットしたりしないよね?
僕はハハハと乾いた笑みで誤魔化しながら、同じく弁当箱のフタを閉めたのだった。
2022-02-13T15:06:56+09:00
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高嶺の花と放課後
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-[[高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』]]
-[[高嶺の花と放課後 第1話]]
-[[高嶺の花と放課後 第2話]]
-[[高嶺の花と放課後 第3話]]
-[[高嶺の花と放課後 第4話]]
-[[高嶺の花と放課後 第5話]]
-[[高嶺の花と放課後 第6話 前編]]
-[[高嶺の花と放課後 第6話 後編]]
-[[高嶺の花と放課後 第7話]]
-[[高嶺の花と放課後 第8話]]
-[[高嶺の花と放課後 第9話]]
-[[高嶺の花と放課後 第10話]]
-[[高嶺の花と放課後 第11話]]
-[[高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』]]
-[[高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』]]
-[[高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』]]
-[[高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』]]
-[[高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』]]
-[[高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』]]
-[[高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』』]]
-[[高嶺の花と放課後 第19話『シオン』]]
-[[高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』]]
-[[高嶺の花と放課後『リンドウ』]]
2021-04-18T18:14:26+09:00
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高嶺の花と放課後『リンドウ』
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836: 高嶺の花と放課後『リンドウ』 :2021/03/05(金) 10:52:37 ID:rgNZ.V2g
世の中には知らない方がいいことってのがある。
けど人間って愚かな生き物は、探求心にあらがえない。
一度知ってしまえばもう、"知らない"には戻れない。
自分が正しいと思っていたことは全て間違っていたと気付いてしまうこともある。
けれど知らなければそれは正しいのままでいられる。
これから綴られる物語も知らなければ良かったと、そう為る物語。
親切なあたしは一度だけ警告するよ。
これ以上は読まないほうがいい。
警告したからにはもう読書を中断させる義務なんてない。
知ってしまったことに対する責任なんてない。
嗚呼、きっとお前は後悔するんだろうな。
それでもいい。
だってあたしは
悲しむ君が好きだから
837: 高嶺の花と放課後『リンドウ』 :2021/03/05(金) 10:53:51 ID:rgNZ.V2g
待ちに待った月に一度の性行為の日。
けれどあたしが一番楽しみにしてるのは性行為自体じゃなくてその後の出来事だ。
いつからだろう。
あたしの中にあるこの歪んだものに気づいたのは。
あたしの膝の上で眠る彼を見つめれば、苦悶の表情で夢を見ている。
嗚呼、きっと彼は悪夢を見ている。
忘れたくても忘れられない地獄が何度も何度も繰り返されている。
胸が締め付けられる思いになる。
初めは彼が苦しんでいる姿を憐んでいるからこんな気持ちになるのだと思っていた。
違う。
本当はそうじゃない。
彼の苦しんでる姿が堪らなく愛おしいのだ。
けれど自分がそんな歪んだ人間なんて認めたくなくて、何度も目を逸らし続けた。
彼の前で誰よりも正しく、真っ当に生きようと思った。
そうやって彼を、そして自分自身を偽ってきた。
でもどうしたって心のどこかでもう認め始めている。
不幸のどん底にいた彼に惹かれた時点で既に歪んでいたのだ。
少し考えればわかる話だ。
普通は絶望し「死にたい」が口癖の人間を好きになるなんてどうかしてる。
相談相手として話を聞いてるならこちらまで病んでしまいそうになる。
けれどあたしは彼の不幸を聞くのは何の苦でもなかった。
その頃、何も知らない女子高生のあたしはただの恋だと錯覚していた。
ただの恋だと思えたままなら、良かったのに。
己の中にある狂気なんて知りたくもなかった。
まだ彼は知りもしない。
あたしが歪んでいるなんて想像だにしていないだろう。
それが余計に彼が憐れに思えてきて、愛おしく感じてしまうのだ。
どうして彼はこんなにも歪んだ女性ばかりを引き寄せてしまうのか。
彼ほど絶望した人間がいただろうか。
彼ほど苦しんだ人間はいるのだろうか。
否、そうそういないだろう。
不幸な彼を甘い蜜のように啜るあたしはまるで害虫。
知らない顔して幸福を積み上げる。
そして積み上げた幸福をいつ壊してやろうか
、どうやって壊してやろうかと悪魔のような思考に駆られる。
彼はあたしにどんな絶望した顔を見せてくれるのか。
「やっ…ば」
行為が終わった後だというのに、急速に性的興奮が高まっていくのを感じる。
ただこれはジレンマのようなものでもある。
真実を知り、不幸になり、絶望する彼を見たいが、彼に嫌われたいわけではない。
望むのであれば不幸に堕ちつづける彼をずっと側で支えたい。
側で観ていたい。
「はぁ…はぁ…」
頻度の少ない性行為の穴を埋めるようにする自慰は、いつだって不幸な彼を妄想する。
無知な彼にはあたしを真っ当な人間かなにかと思ってる。
それが余計に哀れで愛おしい。
だからいつも思う。
私以外の誰かが彼を不幸のどん底に落とさないかな、と。
貴方のことは好きで好きで堪らないけど、多分『愛してる』という感情とは程遠いものなのかもしれない。
もしあたしがこれ以上ないくらいまで幸福を積み上げたとき、もっとも最悪な方法で壊すとするならばそれは…
「んっ…はぁぁぁッ…でも、それは、ァ…ン」
その方法で壊せば、不幸な彼を"この目で"見ることは叶わないだろう。
でも夢見てしまう。
838: 高嶺の花と放課後『リンドウ』 :2021/03/05(金) 10:54:35 ID:rgNZ.V2g
「あたしが首吊って死んだら、どんな表情をするのかなぁ…」
口端が歪に吊り上がって行く。
正直、愛故に監禁した女より、愛故に殺人をした女より、ぶっちぎりであたしがイカれてる。
愛故に、不幸にしたい。
「嗚呼…好きだ。大好きだ」
思うに、幸せの尺度は如何に無知であるかで決まる。
ある大人が言った。
『毎日、ご飯が食べれて幸せだな。貧しい国では十分な食事にありつけるのに精一杯だというのに』
一見その貧しい国を配慮したように思えるその台詞が、実は意図的ではないにしろ心の底で馬鹿にしていることに気がついたのはごく最近のこと。
だってそうだろう?
『十分な食事にありつけなければ幸せになれない』
ある大人はそう言ってるのさ。
じゃあ貧しい国の人たちは毎日毎日幸せを感じずに生きているのか。
そんなわけがない。
私たちは毎日3食十分食べれることを、そんな当たり前な日々をもう"知ってしまった"。
食事にありつけるの大変な日々になってしまえば、それを凄く不幸に感じるだろう。
最初から飯を食うのは大変だとしか知らなければ、それほど不幸に感じることはないだろう。
けれど、隣の奴が楽して飯を食えてることを"知ってしまえば"、途端に不幸に感じるだろう。
ましてや価値観や性格の違いで各々の感じる幸福に差異があるのであれば、幸福なんてものは実体がなく想像の域を出ない。
幸福も不幸も頭の中でしか起こらないものならば、知識の量で自ずと尺度が決まる。
自分より幸せな奴なんて知らなければ、自分が世界で一番幸せになれる。
だからあたしの中の化け物を知られるわけにはいかない。
彼を世界で一番幸福にするために。
貴方がこの物語を読むときがいつになるかは分からない。
もしかしたらあたしが死んだ後かもしれないし、あたしが誰かを殺した時かもしれないし、何も知らずに幸せに浸っていた時かもしれない。
いつだって構わない。
いっそのこと、これは読まれなくたっていい。
所詮、この物語はあたしの中にある矛盾に与えられる過度なストレスの発散でしかないんだ。
あの日より不幸な、人生最悪の日を今も模索している。
そしてあたしはいつか迎えるその日まで、貴方をうんと幸せにする。
世界一の幸福を壊す時、あたしはきっと満たされる。
世界で一番幸せになれる。
「イッ……クッッッ………」
この歪な感情すら愛と呼んでもいいのなら…
「……はぁ、はぁ。…愛してるよ、アマネ」
今日もあたしは何も知らない君に愛を囁く。
2021-04-18T18:11:23+09:00
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◆lSx6T.AFVo氏
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-[[私は人がわからない]]
-[[命題『彼女にNOと言わせる方法』]]
-[[殺人日和のバレンタインデー]]
-[[わたしのかみさま]]
-[[『きょうだい忌譚』]]
2021-04-18T18:10:59+09:00
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長編SS
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-[[終わらないお茶会]](完結) [[◆msUmpMmFSs氏]]
-[[題名の無い長編集]]
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-[[ことのはぐるま]] [[◆Z.OmhTbrSo氏]]
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-[[ヤンデレ家族と傍観者の兄]](完結) [[◆KaE2HRhLms氏]]
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-[[高嶺の花と放課後]] [[罰印ペケ氏]]
-[[『きょうだい忌譚』]] [[◆lSx6T.AFVo氏]]
2021-04-18T18:10:25+09:00
1618737025
-
『きょうだい忌譚』
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2790.html
-[[『きょうだい忌譚』 はじまり]]
-[[『きょうだい忌譚』 1]]
2021-04-18T18:08:59+09:00
1618736939
-
『きょうだい忌譚』 1
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2791.html
843: 1 :2021/04/13(火) 18:31:40 ID:QE9nDRzM
佳乃(よしの)は、瞳の少女だった。
「瞳のキレイな女の子ね」
初めて佳乃と会う人は、みんな決まってこう言った。
小さな顔の中に収まっている彼女の瞳は、いつも濡れたように黒く光っていて、人を惹き付ける怪しげな魔力を宿していた。対面すれば、花の蜜に吸い寄せられる蝶のように、自然と意識が持っていかれてしまい、瞳にとらわれすぎて会話の内容をほとんど記憶していないということすらまれにあった。
しかし、魔力とは言っても、ミステリアスな雰囲気などは全くなくて、むしろ人懐っこさを感じさせる爛々とした光だった。
なので、佳乃の周囲にはいつも人がいた。
公園に遊びに行けば、いつの間にか知らない子たちと鬼ごっこをしていたし、親戚の集まりでも子どもたちの中心にいることが多かった。
どちらかといえば内気で人見知りだった僕とは対称的に、彼女は小さな頃から、その社交的な性格を存分に発揮し、大人相手にも物怖じせず話しかけていった。愛嬌があって可愛がられやすかったので、よくお菓子などをもらっていたし、お年玉の金額も僕より高かった。
『素直で明るくて優しい子』
それが、僕のふたつ年の離れた妹である佳乃の、子どものころから一貫して変わらない世間での評価だった。
844: 1 :2021/04/13(火) 18:32:22 ID:QE9nDRzM
僕と佳乃の関係性はどうだったのかというと、別に悪いものではなかった。いや、むしろ良い方だったろう。少なくとも、第三者から見れば、仲良しなきょうだいに映っていたことは間違いない。
実際、妹からは懐かれていた。
僕はこれっぽっちも記憶していないが、母に言わせれば、「それこそ赤ん坊のころから、お母さんよりもお兄ちゃんの方が好きだった」らしい。
佳乃がまだ自分の足で立つことすらできなかった年齢のころ、近くに僕の姿が見えないとすぐに泣き出してしまい、抱っこをしてなだめすかしても全然泣き止まず、僕の姿を認めてようやくおとなしくなったという。
「子守唄を歌ってあげるより、お兄ちゃんの隣に寝かせてあげた方がずっと効果があったわよ」
と、母はよく笑っていた。
たぶん、大げさに言っていたのだろう。まだ分別のつかない赤子が、兄の存在をしっかりと認識していたのかは怪しいし、仮に認識していたとしても、母親の腕の中よりも優先されるとは到底思えない。
眉唾物だと切って捨てるべきではあるが、あながち嘘とも言いきれないものがあった。
記憶が次第に色彩を持ち始める幼少期を振り返ってみると、たしかに、佳乃はいつも僕のそばにいた。
遊んでいる時も、ベッドで寝る時も、ごはんを食べる時も、幼少期のどの場面を切り取っても、その絵の中には必ず佳乃の姿があった。
幼稚園の迎えのバスに僕が乗り込む時、彼女が決まってべそをかいていたの思い返せば、母の話にもある程度は信ぴょう性があるといえよう。
兄の目から見ても、妹は思いやりのある子に映った。
自分の欲望を優先しがちな幼児のころから、兄にはとても尽してくれていた。
いつもテレビのチャンネルを譲ってくれたし、午後のおやつも分けてくれたし、男の子の遊びにもつきあってくれた。
845: 1 :2021/04/13(火) 18:33:02 ID:QE9nDRzM
僕は、佳乃に訊いたことがある。
「本当は観たい番組があるんじゃないのか、お腹がいっぱいだなんて嘘じゃないのか、ヒーローごっこよりオママゴトがしたいんじゃないか」
佳乃は笑って、僕に答えた。
「そんなことないよ。ぜんぶね、わたしがそうしたいから、そうしているんだよ」
彼女の声には、暗に見返りを求めるようなずる賢い響きはなかったから、僕は鵜呑みにしてしまい、「本当のことを言っているんだな」と終わりにしてしまった。
深くは考えなかった。
彼女がとても寛容な心の持ち主だったのはわかりきっていたから。
佳乃の寛容さを示す、こんなエピソードがある。
彼女が幼稚園の年長になった時だったか。
ある日、僕は、佳乃の大切にしていたドールを誤って踏みつぶしてしまった。足の裏を通して伝わってきた確実な感触に、「ああ、やってしまったな」と苦々しく思ったのをおぼえている。プラスチック製の細い首は無残に折れてしまい、接着剤などで修復するのも困難な状態となっていた。
当然、佳乃はわんわんと大泣きした。
首のないドールの人形を抱え、「いたくしてごめんね」と謝り続けた。
ひたすら悲しんだ後にやってくるのは、いつだって怒りの感情だ。そして、怒りの矛先を向けるべき相手は、大切なものをめちゃくちゃにしてしまった兄だろう。
が、佳乃は最後まで僕を責めることはなかった。単に、ドールを失った悲しみに打ちひしがれていただけで、「お兄ちゃんのせいだ」とは一度も言わなかった。それどころか、落ち着きを取り戻すと、僕の足が傷ついていないか心配する優しさまで見せた。
846: 1 :2021/04/13(火) 18:33:36 ID:QE9nDRzM
以上の出来事を鑑みれば、よくわかるだろう。
佳乃は良い子だ。
とても良い子だ。
だから……そんな良い子をきらいだとおもうのは間違っている。
普通、これだけ兄を慕ってくれている妹をきらうだなんてありえようか。
いや、ありえるはずがない……。
たしかに、冷えきった関係性のきょうだいというのは存在する。けれど、そういうきょうだいは、互いに敵対していたり、極度に無関心だったりすることが大半だ。つまり、原因となる種がなくしては、破綻には至らない。
佳乃を嫌いになる要素なんてひとつもなかった。なら、妹とは友好的な関係性を築く他考えられない。
なのに、なぜなのだろう。
僕は、彼女に対して複雑な感情を抱えていた。
強いて例えるなら……絡まりすぎてほどけなくなった電源コード、のどに刺さった骨、服の中に入り込んだ虫、気づかずに踏んだ水たまり、ぬるくなった牛乳、靴の中に入った小石。
……いや、そのどれもが適当な例ではない。この感情を言語化するのは到底不可能なように思えた。赤子が自身の感情を伝える手段を十分に有していないように、この感情を伝え切るには、僕はあまりに未熟なのだろう。
だから、不本意ではあるが、『きらい』という言葉を用いるしかない。
僕は、佳乃がきらいだった。
太陽のように暖かな笑顔も、枝毛のない長く伸びた黒髪も、初雪をおもわせる真っ白な肌も、お兄ちゃんと呼びかける柔らかな声も。
ぜんぶ、ぜんぶ、きらいだった。
847: 1 :2021/04/13(火) 18:34:04 ID:QE9nDRzM
そして、何よりもあの瞳……。
みんなが褒め称える、宝石のように輝くあの瞳が、たまらなく嫌なのだった。何度、あの眼球をくりぬきたい衝動に襲われただろう。ふと視線を感じて振り向き、そこに佳乃の形のよい瞳があった時、僕は……僕は……。
いつからなのかはわからない。
それこそ、佳乃が生まれてから、ずっとなのかもしれない。
僕は生来、この説明不可能な感情に悩まされている。
もし、このマグマのように煮えたぎる『きらい』を素直に表すことが出来たのなら、ここまで苦しまずに済んだだろう。
だけど、僕には、兄は妹に優しくしなければならないという古風な価値観があった。
己を犠牲にしてでも妹を助けなくてはならない、とまではさすがにいかないが、『兄らしい生き方をする』というハードルが、他のきょうだいたちよりも高かったのは間違いないだろう。
だから、僕は内側からせりあがろうとする感情を乱暴に抑え込み、少なくとも表面上は良き兄としてふるまっていた。佳乃を怒鳴りつけたこともないし、手を上げたこともない。優しい妹にふさわしい、優しい兄としてあり続けた。
妹がきらいだという気持ちと、妹に優しくしなければならないという気持ち。
このせめぎあいの中で、関係性を築いていった。
けれど、押し付けたバネが、その力の分だけ反動力を持つように、いつまでもこの関係性が継続できるとは考えていなかった。
一度、ヒビが入ってしまえば、完全に修復することなんてできやしないのだ。
848: 1 :2021/04/13(火) 18:34:28 ID:QE9nDRzM
僕が初めて、兄らしさを維持できなくなった出来事があった。
詳しい日時は忘れてしまったが、佳乃が小学校に入学してまだ日が浅いころ。
当時、彼女は日曜の朝に放映している魔法少女のアニメに夢中だった。
そのアニメの主人公が、腰まで届く長髪だったことに影響されて、「今日から、わたしも髪をのばす」と宣言して以降、髪を伸ばし始めていた。腰までには届かないものの、十分に長いといえる黒髪は、妹なりに気に入っていたようで、髪を櫛でとかすなど、日常的に手入れすることが多くなっていた。
跳ねっ返りのない、糸のように真っすぐな髪は、佳乃の特徴的な瞳に負けず劣らず、みんなの注目を引いた。
人に褒められても得意げになることがない妹の、数少ない自慢の種だったらしく、よく僕にもその評価を求めてきた。
「ねぇ、お兄ちゃんは、わたしの髪、どうおもう?」
身をよじらせながら、おずおずと訊いてくると、僕は決まって同じ笑顔をつくり、
「佳乃の髪は、きれいだよ」
と、答えていた。
そして、ニマニマと照れたような笑みを浮かべ、サッと自室へ戻ってしまうのがお決まりの流れだった。
僕は良き兄だった。
「そんなの、ぜんぜん興味ないよ」
とは、口が裂けても言わなかったからだ。
だから、僕はこの時までは良き兄だった。
849: 1 :2021/04/13(火) 18:34:56 ID:QE9nDRzM
「お兄ちゃん!」
お風呂上りの佳乃が、じゃれて僕の背中におぶさってきた。
まだシャンプーの香りを残す長い黒髪が、さらりと僕の体に流れ込んでくる。
僕は、やめろよと苦笑しつつも、兄らしく妹とのじゃれあいに付き合ってあげた。
佳乃が、僕の耳元で、今日の学校の出来事を話し始める。
まだ小学校に入ったばかりの妹にとっては、学生生活の全てが新鮮らしく、やや興奮したような口調だった。
給食で好きなデザートが出たことや、ウサギ小屋のウサギに初めてエサをあげたこと、放課後、クラスメイトたちと鬼ごっこをしたことが、とても楽しかったと語った。
いつもの僕なら、「それはよかったね」と無難に相槌を打っていたはずだった。
けれど、それどころじゃなくなっていた。途中から、話が耳に入らなくなっていた。
僕の首をつたって胸元にまで流れ込んでくる黒髪が、異様なほどに気になってしまった。
まるで、その一本一本が個別的に生命を持っており、明確な意思をもって僕の首にからみついてくるような、えもいわれぬ想像に襲われた。
バカげたイメージだとは承知していたが、一度、思ってしまうと、もうダメだった。耳元で羽音がうろついている時のように、全身が粟立つのを覚えた。
僕の頭の中は、佳乃の髪のことでいっぱいになってしまい、あえぐような声が喉から漏れ始める。苦笑いを続けていた顔が徐々に崩れ始め、頬が痙攣を起こしたように小刻みにひきつく。
850: 1 :2021/04/13(火) 18:35:22 ID:QE9nDRzM
何かに背中を押されるように、僕はポツリとつぶやいていた。
「その髪、ジャマじゃないのか」
おもっていたより、冷たい声だった。
対話する気のない、一方的にぶつけるような言葉に、佳乃は過敏に反応した。
パッと体を離し、僕と向かい合うような位置に座ると、おびえた小動物のように上目遣いでこちらをうかがってくる。
風呂上がりで血色の良いはずの顔は真っ青になり、落ち着きなく視線をさまよわせている。まるで、突如、異国に放り込まれてしまったような不安を感じさせる表情だった。途中、思い出したように口角を上げたが、それは笑顔と呼びうるものではなかった。
「お、お兄ちゃんは、ジャマだとおもうのかな……?」
僕の感情を推し量るような瞳とともに問いかけてくる。
「うん。僕は、うっとうしいとおもう」
なんの躊躇もなかった。
するりと飛び出してきた言葉が、ナイフと化して彼女の胸に突き刺さっていくのがわかった。
トドメを刺された佳乃が一気に転落していく様は、外見上に表れた。
なんとか吊り上げていた口角は下がり、眉はハの字に寄り、口元がわなわなと震え始める。幼い子が泣きわめく前兆だったが、すんでのところで堪えているのはいかにも彼女らしかった。
851: 1 :2021/04/13(火) 18:35:47 ID:QE9nDRzM
やってしまったな、とおもった。
辛うじて保持していた兄としての矜持に傷がついてしまったのが、子ども心ながらにわかった。
今からでも挽回する術があったかもしれないが、僕の胸は不思議なほどに凪いでおり、なんら呵責を感じていなかった。仮に佳乃が号泣していたとしても、今と変わらぬ平静さであったことは容易に予測できた。
そして、その事実に最も狼狽していたのは自分自身だった。
……僕はなぜ、こんなにも冷静なんだ。
今まで苦労して積み上げてきた『兄らしさ』をこうも簡単に突き崩しておいて、他人事のように自分を客観視していることに驚いた。
たしかに、今まで妹に対しておもうことが何もなかったといえば嘘になる。だが、それにしたってあまりに血の通っていない態度ではないか。顔も知らない第三者と相対しているわけではなく、血の繋がったきょうだいだというのに……。
と、足元からじわりと侵食してきた当惑に意識が向いていたせいか、いつの間にか佳乃が目の前からいなくなっていることに気づかなかった。
どこに行ったのだろう。
辺りを見回していると、控えめにリビングのドアが開いた。
どうやら自室で髪型を直していたらしく、長い黒髪を器用にお団子状態にまとめあげた佳乃が現れた。
852: 1 :2021/04/13(火) 18:36:10 ID:QE9nDRzM
不器用な笑みをつくって近くに寄ってきたが、それでも僕の表情が変わらないのが不安だったのか、泣きそうな顔をしてソワソワと体を揺らしていた。
「あら、どうしたの。その髪型」
続けて、風呂からあがったばかりで事情を知らない母が、「かわいくなったじゃないの」と手を合わせて喜んでいたが、妹の表情は晴れなかった。
僕は、先ほどの発言を訂正すべきだと強く感じていた。
お前をからかっていただけだよ、と笑いかけて、すべてを冗談のカゴの中に放り込んでしまうのが正解だとおもった。
だけど、できなかった。
正解はわかっているのに、答案用紙に何も書き込まない。
そんな愚行を犯しているのは嫌というほど理解しているのに、僕は動かなかった。動く気すらなかった。
妹を傷つける言葉を吐き出したというのに、なぜ……。
釈然としない、曖昧さからくる苛立ちで、おもわず舌打ちが飛び出そうになる。
そして何より――その苛立ちの全てを妹に押し付けようとしている自分自身に対して、最も苛立っていたのだった。
853: 1 :2021/04/13(火) 18:36:34 ID:QE9nDRzM
結局、すべてを先送りにしてしまった。
就寝前、佳乃は「ごめんね、ごめんね」と何度も謝ってきたが、彼女自身、謝罪する理由は判然としていなかっただろう。
無理もない。僕自身だってわかっていないのだ。
だから寝たふりをして、謝罪には応えなかった。
暗闇の中、僕の顔を覗き込もうと佳乃が体を動かすのがわかった。だが、これ以上、不機嫌にさせたくなかったのか、途中で体を横にしてしまった。
まどろみはなかなか訪れなかった。
なので、僕は長い間、隣で眠る妹の体温を感じながら、腑に落ちない感情と戦わざるを得なかった。
翌日、睡眠不足による眠気で、脳内は霧がかかったようにぼやけていた。
登校してからずっとそんな調子だったので、体調不良のまま授業を受けざるを得ず、五時間目の途中、見かねた担任の教師に保健室へ行くよう促され、僕は級友たちのせせら笑いを背に受けながら退室する羽目となった。
足元をふらつかせながら保健室まで辿り着くと、養護教諭に「少し休めば良くなるはずです」と説明し、すぐにベッドに飛び込んだ。
しかし、真っ白いベッドは妙に固くて寝心地が悪く、僕は半分意識を保ったまま、中途半端な眠りについていた。
854: 1 :2021/04/13(火) 18:36:58 ID:QE9nDRzM
もし、今日がなんでもない日だったら、きっと最悪な一日だったと捉えていたかもしれない。
けれど、昨夜の佳乃とのやり取りを一時的に忘却できる利点を考えれば、この体調不良も決して悪いものだといえない。現に、今日はほとんど妹のことを考えずに済んでいる。
大丈夫……この後、家に帰れば、僕らはいつも通りになっている。仲の良いきょうだいに、戻っているはず……。
そんなことを考えているうちに、まぶたは重くなり、意識は落ちていった。
夕方、帰り道をひとりで歩く。
道路に標示されている『スクールゾーン』の文字の上を慎重になぞりながら進んでいく。普段はこんなことはしない。なんとなく、今日はゆっくりと時間をかけて帰宅したかった。
十分に休養をとったおかげか、気分はいくらか晴れやかになっていた。
今なら、フラットな気持ちで佳乃と接することができるだろう。昨日のことを、すべてチャラにできる言い訳はすでに考え付いていたし、彼女もそれを受け入れることはわかっていた。
855: 1 :2021/04/13(火) 18:37:18 ID:QE9nDRzM
つまり、すべて元通りになるのだ。
多少、脇道に逸れたものの、本道にさえ戻れれば仔細ない。反発することなんてほとんどなかったから、お互い混乱していたに過ぎない。そもそも、ふつうのきょうだいならば、この程度のいざこざは日常茶飯事だろう。
街灯に光が灯るころ、自宅に到着した。
ずいぶんと遅くなってしまったな、とおもいながら、カギを開けて中に入る。
子供部屋にランドセルを置き、乾いた喉をうるおそうとリビングへ向かう途中、
……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
刃物を擦り合わせるような音が、扉の向こうから聞こえてきた。
足を止め、ドアの中部に設けられたすりガラス越しに、中の様子を確認する。
モザイク状でわかりにくいうえに、電気がつけられていないので薄暗く、いまいち判別がつきにくい。差し込む夕陽のおかげで、ようやく小さなシルエットが認められた。
中に誰かいるらしい。
いや、考えるまでもなく、佳乃以外にありえない。
それならさっさとリビングに入ればいいのに、妙な心理的抵抗がドアノブを掴むことを拒否していた。手のひらがじんわりと汗ばみ、喉がさらに水分を失っていく。
856: 1 :2021/04/13(火) 18:37:42 ID:QE9nDRzM
……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
どの場所よりも長く過ごした自宅だというのに、まるで知らない人の家に無断で入ってしまったかのような緊張感があった。下腹部がキュッと締まるような感覚を覚え、あわや家を飛び出る寸前だった。
僕は、何をこわがっているのだ。
男の子のプライドというべきものが、無言で臆病な自分をなじってくる。
慣れ親しんだ自宅で怯えている事実が、急に気恥ずかしくなる。
何も取って食われるわけじゃない。この先にいるのは獰猛な肉食獣などではなく、まだ幼い子どもなのだ。幼子相手に恐れる男子がどこにいる。しかも、相手は生まれてからずっと一緒にいる妹だぞ。
決心がついた。
ズボンで手のひらをぬぐい、ドアノブをつかみ、音を立てないように押していく。
視界が徐々に開けていく。
まず目に入ったのは、リビングのフローリングに放射線状に散らばる黒い糸だった。
その中心に座る女の子は、ハサミを手に持って、自身の髪をなんでもないように淡々と切っていた。
……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
赤い夕陽も手伝って、まるで抽象的なアート作品のような佇まいとなっていたが、そこに込められているメッセージ性は何もない。
女の子は鏡すら見ず、ただ己の髪を短くすることだけを目的に、ゆっくりとハサミを入れていく。
857: 1 :2021/04/13(火) 18:38:02 ID:QE9nDRzM
……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
ためらいは感じられない。まるで藁半紙を切り刻んでいくような、無感動な手の動きだった。切られた髪は彼女の体をすべり、フローリングをすべり、円を大きくしていく。
こちらに背中を向けているので、彼女がどんな表情を����否、瞳をしているのかはわからない。いつものような、人を笑顔にさせる明るい光を宿しているのだろうか。それとも……。
……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
僕は、ドアの近くから動けないでいた。
声すらかけられずに呆然と立ち尽くしていた。
しばらく呼吸を忘れていたことに気づき、ヒュッと喉が開く音が、部屋の中に響く。
それに呼応するように、ハサミを動かす手が止まった。
女の子はハサミを置くと、ゆっくりと首と体を動かして、背後に視線を移していく。
不揃いな前髪の中からのぞく瞳――僕を見つめる黒い瞳は、驚くくらいに普段通りだった。
波紋ひとつない、鏡のように映る湖面を彷彿とさせる穏やかさが、容赦なく僕を包み込んでいく。
彼女は僕に声をかける前、頬に張り付いている糸くずに気づき、人差し指で払うと、
「お兄ちゃんのいうとおり、みじかいほうがジャマじゃなくていいね」
ようやく重い荷物をおろしたような、ホッとした表情が印象的だった。
僕は、何も答えることができず、阿呆のように立ち尽くしていた。
858: 1 :2021/04/13(火) 18:38:30 ID:QE9nDRzM
夜になって、パートから帰ってきた母は変貌した佳乃を見て、キャッと小さな叫び声をあげた。
いじめを疑ったのだろう、母は執拗に髪が短くなった原因を訊ねたが、佳乃はへらりと笑い、
「髪をね、みじかくしたかったの」
と、無邪気に答えた。
それからすぐに、佳乃は母とともに美容室へ行って、長短の乱れた髪を整えてもらった。
けれど、当然のことであるが、一度切られた髪は元に戻らず、快活な少年みたいな姿になって帰ってきた。
母はしばらくの間、女の子らしさを失った佳乃の姿を嘆いていたが、肝心の本人はどこ吹く風だった。
その後、時間が経っていく中で、男子みたいに短かった髪が、ようやく女子らしい長さを取り戻していく。
が、それから先もずっと、佳乃はショートカットのままだった。
みんなが褒めていたロングヘアに戻ることは、一度もなかった。
2021-04-18T18:07:55+09:00
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『きょうだい忌譚』 はじまり
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2792.html
842: はじまり :2021/04/13(火) 18:27:54 ID:QE9nDRzM
きょうだいのあり方は千差万別だ。
我が半身かのように切っても切れない関係性のきょうだいもいれば、互いに凶器で切りつけ合うような関係性のきょうだいもいる。目を合わせることもしないきょうだいもいれば、目を合わせることすら恐れているきょうだいもいる。
僕はおもう。
なぜ、こんなにもバラバラなのだろうか。
たしかに、同じ血を分けた者同士だからといって、何から何まで同じというわけではない。いくら外側は似通っていようとも、その内側まで似通っているとは限らない。
されど不思議なもので、内側の差異が関係性に影響を与えない場合もある。
白と黒のように正反対の性格であっても仲のいいきょうだいはいるし、鏡を写し合わせたように相似していても仲の悪いきょうだいもいる。
では、きょうだいの関係性を決定づける要因とは何なのか。
僕は、あの日からずっと考えていた。
それこそ、死ぬほどのおもいをして考え続けていた。
今でこそ坂道を転がり落ちるような、悪化の一途をたどっているが、答えさえ見つかれば、今の状況を変えられるのかもしれないという、かすかな希望があったからだ。
僕たちも、いつかはありふれたきょうだいになれるはず。それなりに好き合っていて、それなりに憎み合っている、ふつうのきょうだいになれるはず。
そう信じていた。
でも、最近は、徐々にその熱意が失われつつある。
もっとハッキリ言ってしまえば、どうでもよくなってきている。
なぜなら、僕はこれっぽっちも後悔していないと気付いたからだ。
過去を振り返って、「あの時、ああしていればよかった」と悔やむことは誰にだってあるだろう。
だけど、それは自分が違う行動をしていれば、違う結果を生むことができたと確信できている場合だ。
たとえるなら、通り魔に恋人を殺された日を振り返って、「あの時、外へ遊びに行こうと彼女を誘わなければ」と悔やむような。
しかし、僕の場合は違う。
ばかげた妄想になるが、仮に、僕が神さまから、過去に戻ることができる能力を与えられたとしよう。しかもその能力は、あらゆる時間帯に、何度だって戻ることができる、とても便利なものだとする。
そんな能力があれば、悔やむ者なら誰だって過去に戻るはずだ。
さきほど例に上げた彼にしたって、死ぬはずだった恋人の手を握りしめて、「今日はずっと一緒にいよう」と叫ぶに違いない。
でも、きっと僕は何もしない。
それほどの能力を授かったとしても、きっと僕は何もしない。
なぜなら、過去に介入できたとしても、どれほど過程をいじくれたとしても、あの結果だけは絶対に変えられなかったと確信しているからだ。
過去に戻れたとしてもその有様なのだ。いわんや現在をどう変えようというのだ。
ヒトは、どれほど努力しようとも空を飛ぶことはできない。そんな自明のことを悔やむ人がいないように、僕にも後悔はない。
答えなんかあったって、たぶん、どうしようもなかったのだ。
僕にできることは何もなかった。唯一できたのは、観客席に座って、劇の成り行きを見続けることだけ。せめてもの抵抗といえば、その劇が良作であるか駄作であるかを批評するだけ。
ならば、やり場のない、ぬるま湯のような絶望に浸りつつ、底へ向かって沈んでいく他ないじゃないか。
����僕と彼女には、あのような結果しかあり得なかった。
いつしか、そんな言い訳が唯一の慰みになるのだろう。
己を責任の拉致外に置き、心地のよい諦念に身を委ねつつ、僕はゆっくりと絶望に沈んでいく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
沈んでいく。
2021-04-18T18:07:04+09:00
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高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2788.html
819: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:25:06 ID:/peGHtq.
「でさ、彼氏とはどこまでいってるの?」
昨日、高校からの友人から数年ぶりに「会って話そう」と誘われた。
お昼に待ち合わせ、軽く百貨店で買い物を楽しんだ後、休憩がてら軽食を食べるためにカフェへと寄り、ようやく腰が落ち着いたころにそんな質問が飛んできた。
「あ?なんだよ、どこまでって」
「しらばくれちゃって。そんなの決まってるじゃない、セッ……ごめん」
これ以上何も言わせまいと睨みを利かせると恵は反射的に謝罪をした。
しかし相変わらずその瞳には、好奇心が宿ったままで、答えなければ話が進まないことは見え見えだった。
「…別に、そんなのとっくの昔にやってるよ」
「えええ!そうなの?!週何っ?週何っ?」
「うっさいな…。…月一くらいだよ」
「えー!あーでもまぁ確かに世間一般からしたら少ない気もするけど、あの不知火くんと紗凪だもんねぇ。むしろ多い方と評価すべきか」
「ああ!もう、だから嫌なんだよこういう話。それより同級生の連中には言ってないよな?あたしと不知火が付き合ってんの」
「流石に言ってないけどー、紗凪?まだ不知火くんのこと苗字呼びなの?」
「…別にいいだろ、むこうも名字呼びだし…」
「うっっっわ、淡白~」
「いいだろっ!あたしたちにはあたしたちのペースがあるんだよ!」
「ペースって言ったってあんたたちもう何年付き合ってんの?」
「えー…っと、大学4年の秋くらいだったから丸々3年くらいか…な」
「3年も付き合ってて名字呼びしてるなんてどうかしてるよ!本当に付き合ってんの!?」
「あー、煩い煩い。んだよ、じゃあ『ダーリン♡』とでも呼べばいいのか?」
我ながら気色の悪い声が出たと思う。
「ぷっ、あははははは!似合わなー!あはははははは、お腹痛い!」
「…ころす」
「ひひい、まって、謝るから!謝るから!謝…ぷっ、あはははははははは!」
「ちっ、人の事馬鹿にしやがって。そーいうお前の方は、どうなんだよ?」
「聞いてよーそれがさー、ついこないだ別れちゃってさ!」
「またかよ…あたしたちが付き合ってる間に何人取っ替え引っ替えしてんだ?」
「えーっと、まってね…たかくんでしょー?ひろくん、ふみくん、さとる…四人かな?」
「…呆れた。何となく高校の頃からそうなるとは思ってたけど男癖悪いなぁ…」
「違うんだって!こないだたかくんと別れたのだって向こうが悪いんだよ!?」
820: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:25:42 ID:/peGHtq.
「あーはいはい、どうせ『部屋でタバコを吸うのをやめてくれない』とかだろ?」
「違うもん!たかくんはタバコ吸わないし!こないだ私の誕生日だったんだけど誕生日ケーキにね?モンブラン出してきたの!!」
「だから?」
「だからじゃないよ!紗凪も知ってるでしょ!?私モンブラン嫌いなの!なのにそんなこと知らないで『ハッピーバースデー』だって!?彼女の嫌いなもの普通誕生日に出す!?」
「…もしかしてそれが別れた理由?」
「そうだよ!酷くない?」
「…ちなみに彼氏さんに教えたことあったの?モンブランが嫌いなこと」
「…ううん?でも、普通言わなくても彼女の好きなもの嫌いなもの分かってるものじゃない?」
地雷女だ。
十年来の親友を前にしてそんなことを思わざるを得なかった。
「…はぁ。喧嘩するならまだしも別れる必要ないだろ。いつまでもそんなことやってると婚期逃すぞ」
くだらないと言いかけた口に、珈琲を含む。
「…ぶぅ、うるさいなぁ。って、紗凪と不知火くん結婚するの?」
口に含んだ珈琲が吐き出される。
「…うわっ!紗凪汚ーい!一体何歳よ」
「っけほ。うっさい!お前と一緒の二十五歳じゃ。大体なんであたしたちが結婚する話になってんだよ」
「え?だって婚期ーなんて話し出したから、もう射程圏内なのかなって。ほら同棲もしてるんだし」
「今はまだ結婚とかそんなの考えられる状況じゃねーよ。これから作家として売れるかかかってるだから」
「あ、作家といえば、読んだよ!不知火くんの処女作。意外と面白かったし、重版も決まったみたいじゃん!」
「ありがたいことになぁ。正直贔屓目無しに編集者としてのあたしが見ても面白いと思うし、後はメディアを通してどこまで認知させるかって所が焦点だと思ってるんだよね」
「彼氏の作品を贔屓目無しに見れるの~?」
「見れるんだよ!ったく隙あらば直ぐおちょくろうとするんだから。ホントそういうの高校生の頃から変わんねーな」
「そーだよ!」
「開き直るな」
「話変わるんだけどさ!」
本当に忙しない親友だ。
「紗凪と不知火くんって何で付き合い始めたの?」
「何でって。…まぁ、偶々研究室が同じになって、それでアイツから告白された…からかな。なんだよ!」
親友の顔が腹の立つものに変わっていく。
821: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:26:22 ID:/peGHtq.
「いやぁ、不知火くんもやりますなぁ。紗凪と付き合いたいから同じ研究室行くなんて~」
「なっ、だからちげーって!偶々だ!偶々!…多分」
「でもなんで不知火くんは紗凪が好きになったんだろ?」
「あ?」
「わー!違う違う!紗凪を馬鹿にしたわけじゃないんだけど、ほら二人って高校の時はあんまり絡んだことないでしょ?」
「あー…まぁ。…色々あったんだよ、色々…な」
「なになになに?!同じ研究室で日々を送るうちに芽生えたラブなの?!ランデブーなの?!」
「うっさい!その馬鹿丸出しの質問やめろ」
「ねー教えてよー!教えて教えて!」
「もう小学生かよ。人様には言えない色々があったの!察せ!」
「…ふぅ~ん」
ニヤニヤとした笑みを浮かべてる。
殴りてえ。
「…なるほどなるほど。不知火くんと紗凪はあんなことやこんなことがあったのね~」
「それ本当に高校の奴らに言いふらしたらただじゃ置かないからな?」
「嘘嘘!言わない!言わない!ってかあの不知火くんだし、ちょっと言いづらいっていうか…何というか…」
「はぁ…そんな変な空気にすんなよ。あたしは今の関係に満足してるんだから」
「うっわラブラブかよ!リア充かよ!爆発しろ!」
「はいはい、いつか爆発してやるよ」
「あはは…。…あのさ、華ちゃんってあれからどうなったの?」
「どうなったって言われてもな…」
「ずっと気になってたんだけど分からずじまいで、当事者の不知火くんの彼女の紗凪なら何か知ってるかなって……」
「…もしかして今日呼んだ理由はそれか?」
「あーいや!そうじゃないんだけどね!あははは」
相変わらず嘘が下手な友人だ。
「正直、あたしも気を遣ってそんなに深くは聞いてないぞ。まぁポツリポツリと聞いた話だと、懲役10年だって」
「10年…」
822: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:27:30 ID:/peGHtq.
「でもまぁ模範囚とかだと大体刑期の三分の二ぐらいで仮釈放とかされるみたいだけど」
「だから、華ちゃんが模範囚だとしたら10年の三分のニだから6.666666666666……」
「だからその馬鹿丸出しの年数やめろ。普通に七年とかでいいだろ」
「七年っていうともしかして仮釈放の時期ってそろそろ?」
「…かもな」
感情を抑えきれず、どうしても雑な返事をしてしまう。
「…あー。やっぱり、紗凪的には微妙?」
流石の恵も、今の感情の昂りは察したようだ。
「…そりゃそうだろ。彼氏に一生心に遺る傷を残した上に、妹を殺されてるんだぞ。正直、模範囚だろうがなんだろうが釈放されて欲しくない。例えそれが旧友だとしてもだ」
「そっか…。正直申し訳無いけど私はまだ実感がないんだ。あの華ちゃんが人殺しなんて。何かの間違いなんじゃないかって」
ドンッ
間違いなんて聞いて、堪えきれず机を叩いてしまう。
「間違いなんかじゃねえよ!…あ、いやごめん」
「…あはは、いいのいいの。私部外者だしね…」
「間違いなんかじゃ……ないんだよ。あたしはずっとアイツがどんだけ苦しんできたか側で見てきたんだから」
そうどれだけ苦しんでるか、ずっと見てきた。
それこそ高校の頃は絶望しきって今にも折れてしまいそうな、弱りきった姿。
別にその姿に庇護欲が唆られたとかそんな事はない。
ただ…、ほっとけなかった。
時々だが一人じゃ歩けなさそうなアイツを一人で歩けるようになるまで肩で支えてやった。
少しずつだけどアイツの歩みが力を覚えて、なんとか一人で歩けるようになった頃、卒業式を迎えていた。
823: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:27:58 ID:/peGHtq.
当日の朝、無機質な白い封筒に白い手紙、そして「式の後、屋上で話したいことがある」とだけ書かれた文章。
直感でアイツと分かった。
式が終わった後、友人との別れを悲しみ再会を誓う。
そして、もう一人。
別れというより巣立ちを見守るようなそんな気分で屋上へ向かう。
扉を開けば、弱々しくも自分の力で立っているアイツが居た。
「やぁ、萩原さん」
「よう不知火」
「来てくれてありがとう。萩原さんの貴重な時間を取って、なんだか申し訳ないな」
「ああいいよ別に。気にすんな。それで?話って」
「一言だけどうしても伝えたかったんだ」
心臓が一度高鳴る。
「…なんだ?」
「ありがとう。命を救われた」
アイツはそのまま深く頭を下げた。
「…あー、いや気にすんなよ。あの日あの時のあたしの気紛れだ。恩を感じる必要なんてないよ」
何故だか分からない失望したようなそんな気持ちが湧いてきた。
アイツはもう一度顔上げて、一度も見たことない笑顔で
「ありがとう」
そう言ってきた。
「なんつーか…頑張れよ不知火」
あたしは雛鳥が巣立つ姿を見て安心し、そのまま屋上を後にした。
けれど安心したというのは自分を偽るための嘘。
本当はその場からさっさと居なくなってしまいたいと思っていた。
「…あー。そういうことか」
自分が何故失望したような気持ちを抱いたのか。
「卒業式の日に女子高生すんなよな…」
アイツを支えているうちに、いつの間にか惹かれてしまっていたことにようやく気がついた。
だけどアイツがどういう経緯で苦しんできたか、知っているからこそ打ち明けられない秘めた想いとなるはずだった。
824: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:28:38 ID:/peGHtq.
本来なら。
今生の別れとも覚悟したはずなのにまさか、一年も満たないうちに再会を果たすとは思わなかった。
まさか同じ大学の同じ学部、果てには同じ学科とはな。
「それに不知火が洗脳していた、なんて馬鹿げた噂が流れてたが、逆だ。"アイツ"が不知火を洗脳していた」
「えっ…」
「これは付き合ってから分かったことだけどな、不知火の身体は火傷の跡や切り傷の跡が大量にあったんだよ」
「それってどういう…」
「つまり、高嶺華は自分を愛してくれるように、気に入らないことが起きるたびに何度も何度も身体を痛めつけ、"高嶺華を愛さなければ痛い目に合う"ってマインドコントロールされてたんだよ」
「一番むかついたのは初めてやったセックスの時だな。『ありがとうございます』って…。いやなんでもない忘れてくれ」
しまった。
気まずそうな恵の表情を見て、余計なことを言ったと思わざるを得ない
「ったく。忘れろって言ったのにそんな表情すんな」
恵の頰をつねる。
「いひゃい、いひゃい、いひゃい!」
学生の頃によくやってたことを思い出し、思わず笑ってしまった。
「むぅ…痛いよ紗凪!」
「あはは、ごめんごめん。今のはやりすぎたな」
「不知火くんにもそーやってDVしてるんでしょ、暴力女~」
「あいつにそんなことするわけねぇだろ」
「うわ~、言い切るなんてやっぱ熱々なんだね紗凪と不知火くんって。3年も付き合ってしかも同棲してこれだもんなぁ~」
「同棲は関係ないだろ」
「あるよ!大いにあるよ。やっぱ付き合いたての頃はさぁ、相手の良いところしか見えなくて好き好き好き~ってなるけど、同棲した途端、相手の嫌なところばっかり目が付くでしょ」
「そうか?」
「分かってないのはそれだけ紗凪と不知火くんがラブラブだって証拠だよ!…はぁーあ、まさか紗凪から惚気話されるとは思わなかったなぁ」
「あ?どういう意味だ?」
「もー、そうやってすぐ怒るんだから!よーするに、お幸せにってこと」
「へ、言われなくても幸せになってやらぁ」
そう。
不幸のドン底にいたあいつを今度は幸せにしなきゃいけない。
あたしが幸せにするんだ。
825: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:28:59 ID:/peGHtq.
恋人の事を思い出すと、同時に恋人にした『夕飯までに帰る』と言った約束も思い出した。
慌てて腕時計で時刻を確認する。
「あ、もうこんな時間か。そろそろスーパー行って夕飯の買い物しないと」
「え?紗凪料理してるの!?」
信じられないものを見るような目でこちらを見る。
…むかついてきた。
「そりゃするだろ、彼女だし」
「…はぁ~、やっぱ恋って乙女に変えるんだねぇ」
「…取り敢えず殴っていいか?」
「わー!暴力反対!」
「…はぁ、ったく。でも今日は会えて楽しかったよ恵」
「ツンデレのデレが出た」
「じゃ、伝票置いてくわー」
「ぁぁん!冗談だって冗談!って本当に行っちゃうの!?」
「あんだけおちょくったんだから珈琲ぐらい奢れ」
「う~分かったよ。でも会計くらいちゃんと済ませてからバイバイしようよ」
「しょうがねぇなぁ」
そう言って恵は高級ブランドのバッグから高級ブランドの財布を取り出す。
一体、歴代の彼氏たちにどれだけ貢がせてきたのやら。
でもそういった身に着ける物が、身に纏う服が、身を整える化粧が、あの頃からどれだけ時が経ったかを感じさせる。
「さっ、じゃあ此処でお別れかな?」
「あぁ。本当に今日は会えて良かったよ恵」
「私こそ久々に紗凪に会えて楽しかった!」
「また暇な時にでも会おうな」
「絶対だよ!約束だからね?」
「あーはいはい、絶対絶対」
そんなに約束なんかしなくてもどうせまた会えるだろ。
そう思える友人がいることは、きっと恵まれてるんだろうな。
「バイバーイ!」
「あぁ、またな」
何だか気恥ずかしくなり、ぶっきらぼうな別れの挨拶をする。
「さて、と。夕飯なに作ろうかな」
恵が言ってたようについこないだ重版が決定した。
そのお祝いをしていないことに気がつく。
「…まぁお祝いを兼ねてハンバーグでも作るか」
826: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:29:18 ID:/peGHtq.
…
……。
「思ったより時間かかっちゃったな」
スーパーで買い物を終え、出てくる頃にはすっかり街は茜色に染まっていた。
挽肉やら野菜やらをビニル袋に抱えて、急ぎ足で帰宅をする。
ふと、目に入る路地。
「…遅くなっちまったし、近道していくか」
本音を言うとあんまりこの近道は好きではない。
辛うじて道と呼べる幅はあるが、街灯はなく、日が沈んでしまえば、深い闇包まれるからだ。
けれどここを通れば大幅に帰宅時間を短縮できる。
今は夕日が沈みかけてはいるがまだ明るい。
ギリギリの判断で近道を行くことを選ぶ。
「こういう時間帯ってなんていうんだっけな…。確か逢魔時って言ってたっけな、あいつ」
逢魔時。
昼と夜の境目、黄昏時。
読んで字の如く、魔物や妖怪に逢いそうな不吉な時間帯。
あるいは災禍が招かれる時間帯。
そんなことを言ってたような気がする。
「昔に国語の授業でそんなことも習った気がするけど、あいつと付き合ってから覚えた言葉の方が多いなぁ」
そんなことをしみじみと思う。
細い路地を突き進み、恵との会話を思い出す。
「いい加減四年目になるし、呼び方変えた方がいいのかな」
慣れてしまったから今更疑問に思わなかったが、今一度考え直すとおかしな事ということぐらいはわかる。
「あまね…いや違う。アマネ、うーん。遍…ただいま遍。…うん自然だ」
驚くかな、あいつ。
少し恥ずかしいけど、あたしだってそろそろ下の名前で呼ばれたいし。
付き合ってもう3年だ。
うんそれがいい。
パキッ
「ッ!」
背後から枝が割れる音がする。
慌てて振り返るが特に何かがいる様子はない。
けれど薄暗さと不気味さが相まって、恐怖が背筋を伝う。
「…野良猫か?」
あんまり幽霊の類いを信じちゃいないがそれでも怖いものは怖い。
刻一刻と日の入りが迫っているので、急いでこの道を抜けることにしよう。
「絶対、今日こそ言ってやる。ただいま遍って」
827: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:29:42 ID:/peGHtq.
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ーーーーー
ーーー
ー
「遅いな荻原さん」
集中の海から上がると、もう既に日が沈んでることに気が付いた。
恋人の帰りが遅く、心配する。
一度ノートパソコンを閉じて、煙草を手に取る。
そのままベランダに出ると、随分と冷え込んだ空気に身を細める。
まだ冬と呼ぶには早いが、すっかりと紅葉に染まった季節だと、日が沈みきってしまえば空気は身に染みるほど冷たくなっていた。
恐る恐る口に加えた煙草に火を付ける。
「…ふう」
夜空をぼやかすように、煙を吐く。
寂れたこの街は、明かりが少なく夜空の星が、都会よりは綺麗に写る。
とはいえ、都会と比べればマシ、といった具合なのだが。
「…嗚呼、オリオン座だ。もうそんな季節か」
強く光る四つの星で象られた体と、それを結ぶ帯を表す三つの星。
間も無く冬の訪れる、その報せだった。
「確か荻原さんに告白したのが三年前のこんな季節だったような気がする」
あの頃。
恋人と妹を同時に失ったあの頃。
今思えば、恋慕と憎悪と悲哀の矛盾した感情で、心が歪み悲鳴を上げ、正常な判断が出来なくなっていた。
簡単にお別れを告げたこの世と僕を繋げたのは、紛れもなく萩原さんのお陰だ。
「…"萩原さん"か」
想いを告げて、交際に至ってから今日まで三年という月日が経ったのにも関わらず、未だ下の名前を呼べずにいた。
原因は分かってる。
さな と はな
その名前が"彼女"のことを強く蘇らせる。
"彼女"の言葉が、未だ呪いとなって下の名前を呼べずにいた。
今となっては触れる、抱きしめる、口付けする、そして性交渉まで行っているが、初めは紗凪に触れるのも苦労した。
そんな臆病で奥手な僕を、決して紗凪は見限らずに、「焦らなくていいよ」と優しく応えてくれた。
交際を始めてから手を繋ぐまで、一年という月日を要したというのに。
「紗凪…。…面と向かってない時は言えるんだけどな」
喉に染み付いた怯弱が、癖となってしまっている。
客観的に見て、よくもまぁこんなに交際を続けられているもんだと感心する。
ベランダの手すりにかけていた腕の先から、煙草の灰が下へと落ちていく。
828: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:30:09 ID:/peGHtq.
「行儀が悪いなぁ」
己を叱責すると同時に、灰が落ちていった地面に目を向ける。
「…こんな安アパートの二階からじゃあ、打ち所が悪くなければ自殺なんてできないな」
それなのにあの日、屋上から見下ろした校庭より随分と距離を感じる。
今となっては自殺なんて毛頭考えちゃあいないが、絶望の淵に立っていた僕は、屋上の縁に立ち、自殺をしようとした。
飛び降りることなんて怖くもなんとも思っていなかった。
寧ろ屋上から校庭の高さが五メートルにも満たないような近さに錯覚していた。
「さよなら」
そう告げて飛び降りようとした僕を止めたのは、金網の隙間を通った細い腕、紗凪の腕だった。
「なにしてんだよ!!!」
「萩原さん…」
「そんな馬鹿なことはやめて、こっちに戻ってこい!」
強くシャツが握られる。
皮膚に爪も食い込んでる。
「……痛いよ、萩原さん。少し緩めてよ」
「じゃあ一旦こっちに戻ってこい。そしたらこの手も緩めてやる」
強く握られているとは言え、金網越しに片手かつ女子の握力だ。
飛び降りようと思えば無理矢理にでも出来るだろう。
けれど僕を引き止めているのはそんな物理的な話じゃなくて、彼女の瞳に宿る強い意志だった。
僕はその強い意志に屈するように、金網をよじ登り、彼岸から此岸へ渡る。
「どうして止めたんだい?」
恨み言のようにそう呟いた。
「自殺は…するもんじゃない。生きてれば死にたくなることもあるだろうが、その逆も然りだ。この先きっと生きてて良かったと思える時が来る。けれど死にたい奴らは、どうしても目の前が暗くなっちまって、何も分からなくなる。だから誰かがこうやって止めなくちゃいけないと、そう思った」
829: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:31:03 ID:/peGHtq.
「生きてて良かったって思える…?はは…無責任なこと言わないでよ。恋人は殺人鬼、妹は殺された、そして分からないだろうけど僕の夢だってもう叶わない」
「でもお前は生きている。それに夢だって持ってるじゃないか。一度や二度、落選したからって諦めるなよ」
「…!なんでそれを…」
「知っているかだって?ほら、これ。読んだよ」
それは表紙に『高嶺の花と放課後』と書かれたノートだった。
「こんな遺書紛いなもの、机の上に置いて置くもんだからまさかと思って屋上に来てれば、案の定だったな」
「なら、分かるだろう?僕はもう物語を書くことが出来なくなってしまったんだよ。落選したことも酷く落ち込みはしたけれど、書けなくなってしまったことの方がよっぽど深刻なのさ」
「こんなことがあったらショックの一つや二つでなんらかの支障が起きたって仕方がないよ」
「分かった風に言わないでよ。何も分からないくせにさ。萩原さんみたいな人にはきっと死にたいと思う人の気持ちなんて分かりはしないさ」
「おーおー言ってくれるね。まるであたしが死にたいと思ったことがないみたいな言い方だな」
「…間違ってるかい?」
「まぁ死にたいとは思ったことはなくはないが、お前ほど深刻なものじゃないな。…けどな、死なれたことならある」
「…?」
「中学の時だ。地元の幼馴染だった女の子がいたんだ。まぁ幼馴染ってだけでそこまで仲良くはなかったんだがな。中2のある日だ。そいつは自殺したんだ。原因は単純、いじめだよ」
「…」
相槌を打つことはしない。
ただ淡々と萩原さんの過去を聞く。
「特別仲が良い友達が死んだなら、きっと深く悲しんでたんだろうけど、あたしの中に芽生えた感情は罪悪感だった。確かに仲は良いとは言えなかったけれど、あたしはその子の死を止められた可能性のある立場の人間だった。もしかしたら助けられたかもしれない。そんな自責の念で毎日押し潰されそうになった。きっとあたしには関係ない人間だって思えば楽になれたのに。今だってそうだ。止められるのに止めなければ、あたしはまた何年も罪悪感に苛まれる。だから止めた。あたしがあたしであるために。理由としては満足か?」
「…萩原さんは、とても責任感の強い人なんだね。それに…、残酷だ」
「…」
「君はまた僕に地獄を生きろと言っている。想像できるかい?夜寝るたびに華が綾音を刺し殺す場面が何度も何度も繰り返される苦しみが?」
「ごめん、そこまでは考えてなかった。責任感が強いってのは無責任の間違いだな」
「きっとここで僕の自殺を止めたって死にたいって気持ちは消えるわけじゃあない。君がいなくなった隙に、また飛び降りようとするかもしれない」
「そしたらもう…あたしにできることはないかもな…。不知火…、これはあたしの我儘なんだけどさ…」
「なんだい?」
「生きて欲しい」
乾いた大地に水が染み込む感じがした。
誰にも、自分自身でさえ、己を生きて欲しいと思わなかったのに、ただ一言。
ただ一言、そう言われただけで僕の心はどうしようもなく喜んでしまった。
「…やっぱり君は残酷だ」
止めどなく涙が溢れる。
830: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:31:32 ID:/peGHtq.
…。
それから僕はまた地獄を生きる道を選んでしまった。
死にたいという気持ちを抱える日々。
死神が誘惑してくる毎日。
それでも僕は、以前の自分ならどういう道を選ぶのか、考えに考え、その道を必死になぞっていく。
今は書けないかもしれない。
けれどいつかは書けるかもしれない。
今は夢に酔おう。
そうすれば僕はまた明日を迎えられる。
地獄の日々だった高校生活も、今振り返ってみれば長かったようで短いという、ありきたりな感想が出てしまう。
「夢を叶えたぞ…」
過去の自分が少しでも救われるように呟いた。
届くことはないのかもしれないが、それでも今に繋がっている。
それでいいんだ。
「冷えてきたな…」
室外機の上に乗せた灰皿に、煙草を押しつけ火を消す。
寒さに身を縮ませながら室内戻ると、何の気の迷いか数年ぶり書き足したノートが開かれているのが目に入る。
「こんなものまだ持ってるって荻原さんにばれたら大変だ」
事件から7年。
風化とまではいかないが、あの時の苦しかった思いは少しずつ小さくなっていた。
それもこれも、恋人である萩原紗凪のお陰だと改めて思う。
彼女はとても強い人だ。
僕にはない、とても強い芯を持った人。
憧れにも似た感情が湧くが、一番は彼女といると少しでも自分が真っ当に近づけるような、そんな気がするのだ。
卒業式の日、命の恩人だと、格好つけて礼を言ったのは良いものの、すぐに同じキャンパスで再開した時は、なんとも恥ずかしさにも似た感情が湧いた。
高校の時にポツリポツリと吐いた事情を知っていた彼女は、何かと僕のことを気にかけてくれた。
なぜ自分にそう気にかけてくれるのか、当時の僕は全く分からなかった。
あの事件で失ったもの、傷ついたもの、壊れたもの、それは決して簡単に戻るものじゃあないが、それでも前に進もうとそう思えさせてくれたのは、紛れもなく彼女のお陰だ。
高校の頃の担任の先生の言う通り、大学に入学した僕は、小説を書けなくなってはいたが、それでも何度も旅に出かけた。
美しい景色や人、出会いがたくさんあった。
心が躍るようなものもあったが、結局筆を取れば同じことだった。
「まだ書けないのか?」
「うん、いざ筆を取ると頭が真っ白になるんだ。なにも物語が浮かばない」
「そっ…か。まぁ焦ることないよ。今は心の赴くままに生きてみよう」
「心の赴くまま…」
強く寛容な彼女を見ている日々。
すると、今まで何も浮かばなかった白紙の頭に一つ、物語が思いついた。
別になんてことはない物語。
さして面白いとも思わない。
けれど、数年ぶりに物語が頭に描かれた。
彼女をモチーフにした強い女性が主人公の物語。
面白くないはずなのに、筆が止まらない。
今まで塞ぎ込んでたものが溢れるように、物語が延々と綴られていく。
気がつけば僕は、三日三晩寝食忘れて、物語を書き完結させた。
完結させた瞬間、空腹と睡眠不足で倒れたのは、今ではいい思い出だ。
開いていたノートを閉じ、幾つかの"未開封の封筒"を共に仕舞われていた箱の中に入れる。
831: 高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』 :2020/06/14(日) 22:31:50 ID:/peGHtq.
ピンポーン
普段であれば受信料の徴収か、あるいは宗教の勧誘か。
生憎だが、ドアモニターのない安アパートじゃ、来訪者の顔を知ることはできない。
「…はい」
「あけて」
音質の悪いインターホンからは、聴き慣れた女性の声が聞こえた。
「…?おかしいな、萩原さん鍵忘れたのかな?」
いや、いつまでもこんな呼び方をしたらいつ愛想を尽かされるかわからない。
「紗凪。…紗凪。今日こそちゃんと言おう」
僕の心を救ってくれた恩人。
僕にもう一度愛を教えてくれた恋人。
ちゃんと気持ちを伝えよう。
感謝の気持ちを、そして愛してると。
玄関の鍵を開ける。
ガチャリ
扉がゆっくりと開かれていく。
言えるのだろうか。
違う、言わなくちゃ。
いつまでもありもしない呪いに囚われてちゃあ駄目だ。
紗凪。
君となら僕は強く生きていける。
扉が開かれる。
「ただいま、…遍」
2021-04-18T18:02:57+09:00
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