第2章第6話「変わり始めた日常」


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「ごめんなさい・・・。部の演劇、出られなくなっちゃった・・・。」


おにぃちゃんにそう告げたのは、2日前の学校の帰り。

始業式の後で行われた、私の所属する演劇部の通し練習で。

2ヶ月前、誘拐事件を経験し、暗闇の中にいるとパニックを起こしてしまう障害を患っていた私は、
出番を待つ舞台袖の中の暗闇に耐えられなかった。




「・・・風瀬さん。言いにくいんだけど、正式に貴女を今度の演劇から外す事が決定したわ。」
「理由は、貴女が一番よく分かってるわよね?」

クラスメイトで同じ演劇部の八枷さんから、その現実を突きつけられたのは、その日の朝の教室での事だった。

通し練習でパニックを起こした私が連れ込まれた保健室で、保険の先生の橘さくらさんが言っていた通りに。
私の心身を心配しての、部の、学校の処置なんだと思う。



2学期の始まりは最悪。

頑張ってきた演劇はダメになり、その帰りには怖い怪物に襲われ、その上2度目の誘拐を経験する事になってしまった。
おにぃちゃんのお陰で私は無事に帰ることが出来たけど、その日は本当に疲れた。




そして今・・・。

AM8:50 中等部3年A組・教室

わーわー!

きゃー!キャナ☆ちゃーん!

キャナチャンハカワイイデスヨ!

キャナ☆ちゃんのスマイルマジ最高!

キャナ☆ーッ!俺だーッ!結婚してくれーッ!

キャナ☆ー!キャ・・・ナアーッ!ナアアアーッ!!!


朝のホームルームを終えた私のクラスは、とんでもない騒ぎになっていた。
朝の1時間目が始まるほんのわずかな間に、全校中から集まったんじゃないかと思えるほどの生徒たちが私のクラスに殺到した。
教室のドアはすし詰め状態で今にも外れそうだし、廊下が見える教室の窓からは壁に塗り込められた亡者のように男子生徒たちの携帯電話を握る手が伸びる。
・・・ちょっとお目にかかれない世にも恐ろしい光景だった。

その目当ては、今朝私のクラスに転校・・・いや、学業復帰した一人の女の子。


(皆さんお初ー☆今日から3年A組でみんなと一緒にチューガクライフを過ごす事になった、キャナ☆こと新浜香奈なのデース!)
(仲良くしてネ?よろしくぷ☆)

先ほどのHRでそんなハイテンションな自己紹介をした、TVなどで活躍する今人気絶頂のビジュアル系アイドル、"キャナ☆"ちゃんだった。

アイドルの事には疎い私も、彼女がTVの中で歌っているのを何度も見たことがあるし、彼女の出演するドラマの話題はいつも教室の中で持ちきりだ。
そんな人気者のキャナ☆ちゃんの突然のアイドル休業宣言、そしてこのボード学園への電撃復学。

同じ学園に通う生徒たちとしては、この一大事件を見逃せるわけがない。
私としては、それほど興味があるわけでもないんだけど・・・。


「ハーイ☆キャナ☆だよ~♪みんな私に会いに来てくれてアリガトー☆」
「でもみんなー?私に夢中になりすぎて授業に遅れちゃダメなんだからネー?キャナとの、や・く・そ・く☆だぞっ♪」

『ハアァァァァァイッ!』


キャナ☆ちゃんの言葉に、綺麗に揃った野太い返事が教室を越えて廊下中に響き渡った。



・・・すごいな。キャナ☆ちゃんって。
私と同じ年なのに、あんな大勢の人の前で堂々として、それであんな素敵な笑顔でお話できるなんて・・・。


何の因果か私の隣の席に座る事になったキャナ☆ちゃん。

私の視界の中には、これからはいつだって彼女の眩しい姿がある。

眩しいな。
・・・眩しくて・・・見ているのが、辛いかも。
アイドルの女の子と隣の席だなんて、私、どんどん惨めに思えてくる・・・。

怖がりで、泣き虫で、意気地がなくて、たった一つ始めた演劇もダメになった私なんて・・・。



あ・・・・。そういえば私、命李ちゃんの吹奏楽部の練習を見に行くって約束してたっけ・・・。

あの時・・・・。
始業式の放課後、私と命李ちゃんは帰りが一緒だった。

私の演劇がダメになったのを一番初めに話したのが命李ちゃんだった。
その時、落ち込む私を命李ちゃんが励ましてくれて、それで私が、今度からは命李ちゃんを応援するよって、話したんだ。
だけど私たちの前に怪物が現れて、・・・そういえば初めはなんだかやたらと高飛車なヒーローが助けに来てくれたっけ。

その場から逃げた私たちの前にまた別の怪物が現れて、もうダメだ・・・って。
そう思ったとき、・・・命李ちゃんの姿が、変わった。

・・・命李ちゃん。情けなく立ち尽くしていた私を、守ってくれた。




その次の日からだ。
命李ちゃんが、私と話をしてくれなくなったのは・・・。

3日前のあの日の放課後、あれ以来私と命李ちゃんは一言も会話を交わしていない。
今だってキャナ☆ちゃんの大騒ぎをよそに、机に伏せって顔を隠していた。

目もあわせてくれない・・・。


ひょっとして・・・私を助けてくれたあの「姿」の事を気にしているんだろうか?
私にその事を聞かれるのが、怖いんだろうか・・・?

私、命李ちゃんにお礼を言わないといけないのに。
命を助けてくれたお礼を。

放課後、吹奏楽部に行ってみよう。
そして楽器の練習をしている命李ちゃんに会おう。
私よりも引っ込み思案の命李ちゃんの事、教室の中だと話しにくいのかもしれないし、それに練習を見に行く約束もある。

もう私の部活なんて、いく必要がないし・・・。


1時間目の始まりを告げるチャイムが鳴るまでの間、私のクラスは異常なまでの喧騒に包まれ続けた。


「キャナ☆ちゃーんっ!視線くださーいっ!」
「列さんっ!列さんは神歌だけ見てて下さいッ!」
「み、神歌ちゃんっ!?ひぃッ!」

その中に、見覚えのある男子生徒の姿があったのは、私の中ではなかったことにした。




その頃・・・。



AM 8:39 繁華街


町を歩く小さな子供達を、ただ見ていた。
幼稚園にむかう園児と、手を繋いで送る母親達を見ていた。



笑顔だった。

友人らと過ごす幸せ、頼るものがそこにいる幸せ、守るべき小さな手を握る幸せ。
そこにはいろんな幸せがあったと思う。


・・・シルクの幸せはなんだろう。
家もなく、親もなく、過去もなく、ただ生きているだけの根無し草のシルク。

分からない。でも生きている。
生きている以上はそこに意味がなくても生きていかなければいけない。


「・・・ばっかみたい。」


シルクは口癖のその言葉を、誰でもない自分に向かって吐いた。

考えても分かるわけはない、シルクは無駄な事が大嫌い。
じゃあ意味もなく生きている私は無駄ではないのか、でも生きている以上は死ねない。

そういう無意味な事を考える自分が「ばっかみたい」だと小さく笑う。


シルクがこんなだからこそ、シルクは幸せそうな子供達を見ている。

幸せで、満たされていて、笑顔で・・・。
シルクはそんな幸せそうな人たちがうらやましかった。

自分にはどうやっても手に入らないものだろうから・・・。





バガァァァァァァァァンッ!!




「!!?」

突然、轟音が耳を襲った。
アスファルトを割るような乾いた音が周囲に響き、音の方からは大勢の人の波が流れてきた。

「怪物だぁーーッ!」「にげろぉぉーーーっ!!!」

悲鳴めいた声に、町の様子が一変する。
ただならぬ気配に母親はおびえ、その顔を見た子供達もまた不安に表情が曇った。
逃げ回る、恐怖にゆがむ大人たちは、小さな子供達の幸せを奪う。

悲鳴は悲鳴を呼び、子供達はとうとう泣き出した。
母親はそんな子達を抱えて走り出していた。

「あーーん、あーーーん・・・」

取り残され、一人で泣いている子供もあった。





そして・・・この胸に静かに燃える何かがあった。

「よくわかんないけど・・・やだな。こういうの。」


シルクはまた一人ごちると、その泣いている子供のところへ駆け出した。
人ごみを掻き分け、その子供の下へ。


「通して・・通して・・・きゃっ!」
「バカヤロウッ!もたもた歩いてるんじゃねぇッ!!」

シルクの小さな体は、逃げる大人たちの体に押されてよろけたりもしたけど、それでも何とかしゃがみこむ小さな子供の前にたどりつく。


「・・・・・・。」

そこでふと気がつく。
シルクは、こんな小さな子供と話なんてした事がない。
なんていって声をかければいいんだろうか・・・・?

「・・・・・?」

シルクの気配に気づいたのか、泣いていた子供は顔を上げ、シルクの顔を見た。

・・・知らない人がいる。そう思ったに違いない。
シルクはそのまま、その子供に向かって手を伸ばした。
母親がやっているように、手を繋ごうと思った。

「ひっ!」
子供は小さな悲鳴を上げた。

「え?」
「ひ・・・う・・・・」
「あああああああああああーーーんっ!!」

それどころか子供はシルクから離れて、建物の間に隠れてしまった。
そして影から顔を出して、警戒するようにこちらをにらみつける。

(困った・・・。)

どうしたらいいんだろう。
こんなところにあの子を一人置いていけない。
どうしたら・・・・。





『視線ヲ合ワセロ。ソシテ・・笑顔ダ。』


「っ!!」

シルクはその声に体を震わせ、さっと後ろを振り向いた。

『・・・・・・・・・・・・。』

するとそこには見上げるような巨体の、黒いコートの大男が立っていた。
そのあまりに大きな体は、間近で見れば柱か何かだと思ってしまうほど。

そしてその大男は、シルクの相棒だった。

「サンダ。お前こんな朝の時間にこんな街中に・・・・目立ってしょうがない。」
『誰モ、見テハイナイ。』

くぐもったような機械音声で流れる声は、この異常事態に自分を気にする人間などいない、と告げる。

『ソレヨリモ、シルク。』

「うん・・・。やってみる。」

サンダの促すまま、シルクは先ほどの小さな女の子の隠れた建物へ向かう。

ひっ、と子供がまた恐怖に駆られるのが分かった。
逃げないで、大丈夫・・・と、シルクは笑顔を作る。

笑う事なんてぜんぜん慣れてはいないから、無理やりの笑顔。
それでも子供は少しは警戒を解いたのか、逃げる姿勢を止める。

シルクはそのまま子供の前に立つと、ゆっくりとしゃがんでその子の目を見つめた。

「大丈夫。シルクと一緒に逃げよう?」

「・・・・・・あ。」
「うんっ!」

子供は笑顔になった。
シルクを見て、笑顔になった。

そしてシルクも、本当に笑顔になった。


きゅっとシルクの手を握るその子供。

もう、安心していいようだった。


「ありがとう、サンダ。お前のおかげ。」
シルクは建物の前で待っていた巨体の相棒に声をかける。

『デハ、早ク逃ゲルガイイ。』
「・・・?お前はどうするの、サンダ…。」

『・・・駆除ダ。』

「・・・うん。分かった。」

「いこう?」
「う、うん。」

サンダの言葉の意味を理解し、シルクはその子供を連れて人々の逃げた方向へと走り出した。



『フム。』

バシュウウウウウウンッ!

巻き起こる風。
サンダは言うが早いが、その巨体を空へと飛ばす。
その向かう先は、人の流れてきた源だった。




AM 8:55 ボード学園 廊下




そろそろ授業が始まるので、キャナ☆ちゃんの教室の前にいたファンの生徒たちがそろそろと戻っていく。
俺もまた、その連中の中にいた。

「ふぅ・・・ほくほく♪」

携帯電話の中に収められた、テレビの中の存在であるアイドルの写真を見て、我ながら気持ち悪いと思いながらもニヤニヤする。
「キャナ☆ちゃん、ちゃんとこっち向いてくれたなぁ、嬉しいなぁ・・・☆」

ファンの声にちゃんと応えてくれるあたり、さすがはアイドルというべきか。

いやあしかし、まさか本物の現役アイドルがうちの学校に戻ってくるなんてなぁ。
しかも華枝、神歌ちゃんとと同じクラスだし!

そういう理由で彼女を見かける機会も増えるだろうし、
もう、アイドルとか芸能人とかそういうのがたまらなく珍しく貴重がる性質である俺としては、今後の学園生活が楽しみで仕方がない!

それにしても雅菜も意地悪だよなぁ。
こんなビッグなニュースを新聞部員である俺に流してくれないなんて。
そしたら今月の一面はギャラリーのいない状態でのキャナ☆ちゃんの写真を掲載する事ができたかもしれないのに。

そういえば、部長は朝のうちにキャナ☆ちゃんの写真は撮れたのかな・・・?

いや、部長の事だ。きっと正式なアポを取ってインタビュー記事とかやるに違いない!
そしたらキャナちゃん☆と話し放題、写真撮り放題とこの世の天国が待っている!

くうぅっ!俺もキャナ☆ちゃんの記事とか書かせてもらえるかもッ!

これは新学期から俺の気分は有頂天!



・・・と、微妙に壊れたテンションで自分の教室に向かっていると。






(君・・・どういうことだいコレは?)
(え、いや、その、あの人ごみでは・・・)




小さな話し声が、階段の裏から聞こえてきた。
1階の階段の裏は死角になっており、階段を上る時にも普段は気にも留めない場所。

俺はその声のほうへと足を進めた。テンションが高い状態での、ほんの好奇心で・・・



・・・・・・・・・・・・。



「キャナ☆の写真を撮って来いと言ったのに、こんな写真で僕が満足するとでも思ったのかい?」

そう話す男子生徒は、自分と向かって立つもう一人の男子生徒に携帯電話を突きつけた。

「周囲は邪魔者ばかり、しかも手ぶれ、おまけに肝心なキャナ☆は横顔ときた」
「僕としては最低でも視線はほしかったって思うんだよね。」
「こんな写真で僕が満足すると思ってるのかい、君は?」

「いや、でも、副会長!うちの部活はアナログ専門で、こういうのは・・・」

ドッ!!

「か・・・・!」
「ゴホッゴホッ!!」

その生徒の声を遮る様に、副会長と呼ばれた生徒はその腹に拳を叩き込んだ。
殴られた生徒は思わず腹を抑え、後ずさり、せきこむ。

「言い訳なんか聞きたくないって思うんだよね。僕としては。」
「しかし、使えないなぁ・・・・君は。」

副会長と呼ばれた生徒は、その腹を抑える生徒にゴミを見るような目で一瞥すると、ぷいと背中を向けた。

「君の部活の予算は減額だな。初めの約束通りにね。」
続けて、そんな台詞を吐き捨てる。

「う・・・・えっ!!?げほっ、そんな・・・!」

「だってそうだろう?こんな簡単な「おつかい」もこなせない君のような使えない人間が部長なんて写真部、予算を割くのも勿体無いって思うんだよね。」
「その分浮いた予算は他の部活に回すから。「僕の認める優秀な部長」達のいる部活なら、有効に使ってくれるよ。フフフ。」

「じゃあね。時代遅れのフィルム写真部部長さん。」
「ぐ・・・・ううううっ・・・!!」

何事もなく去っていく生徒と、無念にひざを着く生徒。

どこか満たされたような笑みを浮かべる生徒は、階段のほうに向かおうとしていた風瀬 列の隣を通り過ぎていく。

列はその生徒の方を一瞬ふり向くが、すぐに階段の裏でうずくまる生徒に気をとられる。
腹を抱えて悔しそうな表情を浮かべる生徒とと、笑みで立ち去った生徒。

列が二人の関係を察するのもそう難しくはなかった。



互いに通りすがりでしかなかったこの二人。
しかしこの二人の2度目の邂逅は、意外にも早く訪れる事になる。


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