第2章第15話「暴れまわれ、沖島 八雲!」


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作:イシス


AM8:48 路地裏


混沌とした繁華街から離れ、黒衣の麗人は一人路地裏を行く。奥に進むにつれ、街の喧騒も遠ざかっていく。
辺りは塵が撒き散らされ、腐臭を放つ。誰であろうと好き好んでこんな所に来ようなど思いはしまい。だが、
“暗殺者”は不快感を表に出さず、まるで意にも介していないかのように歩を進める。


路地裏は駐車場に繋がっていた。“暗殺者”は回り道でここに来たが、実はここは通りを一つ抜ければすぐ街と
繋がっている為、ここまで走って逃げてくることは可能だ。しかし、騒ぎがかつてなく恐怖心を煽るもので
あった為か、ここまで来て車で逃走するという者はあまりいなかったのだろう。何台もの車がここに停められた
ままになっている。

いや、実際はここまで命からがら逃れてきた者もいた。ただ、逃げた先も死地だったのだ。

「ごきげんよう。」
『ブルルルル・・・・・・』

“暗殺者”が艶めかしい笑みを向けたのは、一目見て怪物と分かるそれだった。

身の丈は2m近く、異様に盛り上がった筋肉がさらに怪物の巨大さを引き立てる。怪物の頭部は馬に近い形状を
しており、全身からは群青の泡が湧き立っては消えてを繰り返す。“暗殺者”ら“騎士団”の追う宿敵たる
“タンタロス”特有の性質だ。

「・・・・・・」

“暗殺者”は馬の怪物、ホースタンタロスの足元に視線を移す。そこには何者かの衣服が散乱していた。
恐らく、ここまで逃げた所で“タンタロス”に襲われ、命を落とした。そんな所だろう。


哀れなものだと、“暗殺者”は思う。理解できない事件に巻き込まれ、助かりたい一心で必死に逃げて、結局、
逃げた先で最期を迎えてしまった。きっと何一つ理解できないまま、そんな終わりしかこの何者かは迎え
られなかったから、哀れなものだと、“暗殺者”は思う。
だが、それ以上の感情は芽生えない。人間に理不尽な死を齎す怪物への怒りに燃える心といった、青臭いものを
彼女は持ち合わせていない。彼女にとってそういった出来事は、“不運だった”の一言で片づけられる。

そういう点では、“暗殺者”、ミシェル・フェオニールは非常に淡白である。


必要なのは、怪物が人間を殺めた事実。“騎士団”が守ろうとする“秩序の安定”には、人間が必要不可欠になる。
安定に必要な要素は“騎士団”が決める。“騎士団”の介入なく生殺与奪があってはならない。

「とにかく困るのよ。お前たちのようなのに勝手に動かれると。秩序の安定の為には、いかなる不安要素が
あってはいけないの。だから・・・・・・」

“暗殺者”の左腕がまっすぐ、ホースタンタロスへと向けられる。


「ここで消させてもらうわ。変身。」


左腕に巻かれた黄金の腕環から、漆黒の光が解き放たれる。その光が“暗殺者”を包み込むと、黒衣の麗人に
代わって現れたのは、漆黒で彩られた狐面の戦士だった。

「黒姫、参る。」

“暗殺者”が変身した仮面ライダー、黒姫はそう呟くと、瞬時に指と指の間に数本のナイフを挟ませた。

「生きる人間、死ぬ人間。何が必要で何が不要か、それらは“騎士団”が管理してこそ正しく回るもの。
 それを“タンタロス”などに勝手にされると困るのよ。特に・・・・・・」

ナイフを握った右手が大きく振りかぶられる。黒姫と“タンタロス”との間には数メートルほどの距離があるが、
黒姫はナイフ投げを得意とする仮面ライダーだ。先手を取るのは容易い。

「あの男にはね!!」

怒気を孕んだような声と共にナイフが数本放たれる。一秒とたたず標的の急所を捉えられるそれだったが、
ホースタンタロスには掠りもしなかった。一瞬で今いる位置から斜め前へと移動していたのだ。

(速い!?)

投げナイフは当たり前だが直線にしか飛ばない。なので横や斜めに移動すれば簡単に避けられるが、黒姫の投げ
ナイフはそれを簡単に許すほど甘いものではない。先ほどまで“タンタロス”がいた位置を見ると、そこには
馬の蹄にも似た足跡が深々と作られている。強靭な脚力を誇る怪物という訳か。

ホースタンタロスはその異常な脚力でさらに距離を潰していき、一瞬で黒姫の真正面に躍り出る。

「ちっ!」
『ブルフゥ!』

投擲が通じないとあっては、あとは近接戦しかない。黒姫は素早くナイフを揮うが、ホースタンタロスは当たる
前に飛び退き黒姫の間合いから離れる。しかも次にはまた近づき、剛腕を黒姫に振るう。黒姫は体勢を低くし
それをやり過ごす。耳朶に届く風切り音が不気味なほど伝わってくる。直撃した時のことなど考えたくもない。

「はっ!」

黒い旋風と見紛うほど素早い蹴りが、ホースタンタロスの足元に見舞われる。まずは自慢の脚力から奪うつもり
だったが、ホースタンタロスは黒姫の蹴りが自分の脚を捉えるより速く、高く高く蹴り上がった。
さらに落下の勢いを利用し拳を打ち下ろしていく。

『ブルオッ!!』
「!」

拳はアスファルトの地面を容易く抉り取ってしまった。自分でそれを味わうより先に、黒姫は一陣の風のように
そこからいなくなり、さらに車体へ次から次へと移っていくことで標的を絞らせない。あんな馬鹿げた攻撃力の
持ち主と真正面からぶつかりあっては身がもたない。

だが、ホースタンタロスは黒姫の逃げる先のさらに先を読み、その大地を力いっぱい踏み抜き、その反動を
利用し一直線に黒姫へと迫った。

『ブルルルッ!!』
「ぐぅっ!」

そして馬の怪人の剛腕が全力で振りぬかれる。黒姫は当たるより先に衝撃を殺そうと、自分から後ろに跳ぶが、
ホースタンタロスのパワーは想像以上で、急所を守ろうと防御に専念させた両腕が痺れる。


黒姫は“暗殺者”のスピードを最大限に活かすべく、防御を犠牲にした設計になっている。ホースタンタロスの
ように攻撃主体の敵との相性はあまり良くない。スピードで圧倒できればいいが、この“タンタロス”は速さも
黒姫と互角かそれ以上のものを持っている。持久戦にもつれ込めば、不利なのはこちらだ。


着地した黒姫だったが、息つく暇さえ与えぬとばかりに、ホースタンタロスが急接近してくる。攻撃はやはり、
単純に殴るのみ。しかしそれは必殺の威力を持つ、十分な武器だ。今度こそ粉微塵にせんと“タンタロス”は
豪快に振りかぶる。怪人の巨体と相まってその姿は、大型車が自分目がけて減速なしで突っ込んでくるのに近い。
待ち受ける結果は言うまでもない。

「まったく・・・逃げてばかりじゃしょうがないってことね。」

黒姫はこんな状況だというのに、普段の彼女らしい艶やかな溜息を吐いた。

ホースタンタロスの姿がだんだんと近くなってくる。このまま何もせずいれば、あの大木のような剛腕で黒姫は
無残な最期を遂げるだろう。そんなものを待つつもりはない。
敵は全て迎え討つ。“タンタロス”は“騎士団”にとって忌むべき敵。それから逃げていて何が秩序を守る騎士か。


黒姫はナイフを握る力をより一層籠め、今度は自らも“タンタロス”へと向かっていった。


一瞬だけ、大気が震動した。それは両者がぶつかり合った影響だろうが、既に黒姫と“タンタロス”は互いを
追いぬき、攻撃の姿勢のまま動いていない。まるで居合、あるいは早撃ちでの決闘の一幕だ。

『グブフッ!?』

そして、くぐもった悲鳴と共に脇腹を押え、崩れ落ちたのはホースタンタロスの方だった。脇腹に刻まれた
傷跡は“タンタロス”に驚愕と恐怖を一度に与えた。

傷はそれほど深くない。だが、時が経つ毎にそこが腐敗し、しかも拡大していっているのだ。“タンタロス”は
戸惑っていた。ただのナイフでの斬撃だけで、ここまでの深手を負うとは。あれはただのナイフではないのか。
苦痛を必死に耐えながら、“タンタロス”は見た。

黒姫の持つナイフは、最初に仕掛けた投擲用のものが木偶に思えるほど美麗な造りであった。美しく光を反射
するほど磨き抜かれた刀身は、しかし“タンタロス”に毒々しいプレッシャーを感じさせる。

猛毒と腐食を併せ持つ、黒姫最大の得物。宝刀“幽世”。これで斬られて無事で済むものはこの世にいない。

「ああ、これ?よく効くでしょう。“あの男”に突き立てる為に造ったのだから。」

黒姫はわざとらしく宝刀“幽世”をホースタンタロスに見えるよう、手元で弄ぶ。仮面の下の素顔は、
間違いなく極上の笑みを作っているだろう。

“タンタロス”の呼吸が次第に荒くなってくる。想像以上に毒の回りが速い。ただでさえ“タンタロス”という
種は他の生物より命の消費量が多い故、総じて短命だ。だからこそ人間の命を糧にし、それを延命に充てている。
しかし、あの宝刀の毒はそれを奪っていく。この苦痛は、生きることを許さぬというあの黒いライダーからの
宣告にも思えた。

「放っておいてもあとは死を待つばかりだけど、聞くことは聞かないとね。さぁ、あの男の居場所を教えなさい。」

“幽世”の切っ先をホースタンタロスに向けながら、黒姫は優雅な足取りで歩み寄っていく。

「うぐっ!?」

突如、黒姫の体が大きく弾かれ、停めてある車に叩きつけられた。立ち上がった黒姫はあることに気づく。

「・・・・・・水?」

全身がずぶ濡れだったのだ。まるで鉄砲水のような不意打ちだったが、そもそもここは街中だ。そんなことが
起こりようはずもない。黒姫は素早く攻撃が来た方角へ視線を走らせた。


そこにいたのは、2mはあろうかという鎧だった。透き通った水で造られたかのような透明感のある鎧は、
飾れば十分美術品として成立しただろう。だが、その鎧は長大な鋸刃の騎士剣を振り下ろした姿勢を取っていた。

「・・・新手のお出ましとは、ついてないわね。」





同時刻 繁華街


“キャンサー”は破壊と殺戮の限りを尽くす。目につくものは片っ端から壊し、人間を見つければそれを手に
かけていく。それもできるだけ惨たらしく。

地獄さながらのその中を、漆黒の仮面ライダー、シキは狂ったように戦い続ける。それが己の目的を果たす
一番の近道とばかりに。もう一人、この地獄に身を投じた黒いコートを纏う巨人。こちらはその巨大な腕で
“キャンサー”たちを粉砕していく。しかし、形振り構わぬ戦いのシキに対し、この巨人は腕を揮うだけだ。
その動きは何かを押えているようにも見えた。


そして、もう一人。薄水色のおさげ髪をした、やたら背の高い女。“槍使い”の異名を持つ“騎士団”の一員、
沖島 八雲だった。八雲の様子は明らかに異様、というか変の一言に尽きる。この惨状を前にし、何故か口からは
涎が垂れまくっていた。

断っておくが、沖島 八雲は血みどろの光景が好きな変人ではない。彼女は別の意味で変人だから、様子が
おかしいのである。


この戦いの前で“暗殺者”から言い渡されたあの言葉が、八雲の頭の中で何度も駆け巡る。

怪物一体倒す毎に女の子一人を好きにしていい。

この言葉に釣られ躍り出てみれば、眼前には見たこともない怪物がうじゃうじゃいる。これを全部潰せば、
街中の女子を自分の好きにしていい。既に八雲の中では、怪物たちを倒した後のことが生々しく想像されていた。
生々しすぎて表現に困るぐらいだ。

「ぐふふ・・・今の私には、ここが女の子だらけの楽園にさえ思えてきちゃう!!」

そう思っているのは間違いなく彼女一人だ。

突然、八雲の体が何かに当たった。それは女だった。“キャンサー”に襲われ、命からがら逃げていた一人だ。

「およ?」
「あ・・・・・・」

女は恐怖と披露で生気を失ったような顔色になっていた。それとは対照的に、八雲の顔は見る見る内に精力が
増してさえいた。

「や~ん!お姉さん、可愛い~!どうどう!?私とこれから甘くてとろける女だけの秘密の時間を過ごさない?」
「え・・・な、あ、きゃあーーーーーー!!」

目の前には自分より長身な女が、いきなり意味不明なことを満面の笑みで言われたら、誰でも混乱するだろう。
ただでさえ女は極度に混乱していて、そこに拍車がかかったものだから、八雲を強引に振り解き、脇目も振らず
走り去っていった。

「あーん・・・せっかくのお姉さんがー・・・ん?」
「うわ!」

渋る八雲にまた何かが当たった。今度は男だった。こちらも“キャンサー”から逃げていた一人だ。すると突然、
八雲の形相が豹変した。何故か怒髪天を衝く勢いで激怒しているのだ。そして男の脳天に、いきなり拳を見舞う。

「ぐぎゃっ!」

男は悲鳴を漏らした。長身の八雲の打ち下ろしは、一般人なら簡単に叩きのめせる威力だ。あっさり気絶した
男を無理やり掴み上げ、後方に放り投げた。

「男のクセに私に触んな!ムカツクわねぇ!!」

沖島 八雲は無類の女好きだが、同時に極度の男嫌いでもある。女相手には猫撫で声を使い異常なまでにスキン
シップをとろうとするが、相手が男だと邪険にするどころか攻撃的になり、今のように暴力に訴える。

八雲は“キャンサー”に再び視線を合わせる。その手には槍型のネックレスが握られていた。

「まったく、男なんかが触ってきた所為で気分最悪だけど・・・ここから私の明るい未来が始まるのよ!!
 まぁ見てなさい!」

不機嫌な表情が一転して満面の笑みに変わり、そして手に握る槍型のネックレスを高々と頭上に掲げた。


「変身!!」


数日前は故障して何も反応しなかったネックレスだったが、今度は眩い銀の光を放つ。光は一瞬で八雲の体を
包み込み、ただでさえ大きな彼女の肉体をより大きく変容させた。

いかにも重厚そうな銀色の全身装甲に覆われ、頭部は三つに分かれた角を生やしている。特徴的なその容姿は、
昆虫の王の中の王、コーカサスオオカブトを思わせた。さらに、背中には長大な三本の槍を背負っている。

「仮面ライダージン!世界の秩序は女の子あってこそ!すなわち、女の子を守ることこそ私の使命!!」

相変わらず意味不明なことを恥ずかしげもなく宣言と共に、その頑強なライダーは仁王立ちを決めた。しかし、
はっきり言って全然決まってない。

「さってとー、カカッと終わらせちゃうわよ!!」

ジンは背中に背負う三本の槍の中から、一本を抜き構えた。その形状はまさに龍、尾が柄なら頭は刃。特に刃の
龍頭には巨大な一つ目が備わっていた。


「!?」
「コレハ・・・!」

シキと大男は揃ってただならぬ空気を感じ取った。それはジンの持つ巨大な槍からだった。気のせいではない、
龍の槍は大気を震わせるほど震動し、唸りを上げ、さらには辺りの空気を取り込み刃の先に真空の渦を形成する。
暴れまわる“キャンサー”たちも、ジンの槍が放つ震動音へと一斉に目を向けた。


「いっくわよー!私の龍槍“天津彦根”の必殺技!!ビーハイブテンペストーーーーーー!!!!」


ジンはその剛腕をもって、真空の渦を纏う龍槍“天津彦根”を振り下ろした。槍に凝縮されていた風は一気に
解き放たれ、空気の刃とかし“キャンサー”たちに襲いかかる。怪物たちを細切れにし、吹き飛ばし、さらには
周囲の至る所に斬りつけたような痕を残していった。まるで暴風が過ぎ去った後だ。

「ありゃりゃ、ちょっとやり過ぎたかな?ま、いいや。それより・・・」
「あぁ?」

これだけの破壊活動をしておいて、ジンには悪びれた様子がない。それよりも、この重装甲のライダーの興味は
仮面ライダーシキへと向いていた。

「可愛い娘ちゅわ~ん!!お姉さんとちゅっちゅして~!!」

気色悪い声色で、鈍重そうな見た目からは想像できないほど速くシキへと駆けよって行く。シキは身構えた。
何故自分を標的に絞ったのかは知らないが、何であれ全力をもって叩きのめす。

ジンが自分に近づいてくる。距離が少しずつ縮まっていく度に、シキの頭の中で警報音が大きくなっていく。
戦っても負ける気はしない。しないのだが、何故かあれと戦うのはよくない。むしろ近くにいてはいけない。
例えようのない恐怖にも似た何かを感じ取ったシキは、ジンが自分に跳びかかろうとした瞬間、思いっきり
横っ飛びし回避行動に移った。目標を失ったジンは、顔面からコンクリートの地面を迎えてしまう。

「いった~い!もぅ、可愛い娘ちゃんのいけず~!」
(・・・可愛い娘って、ひょっとして私のことか?何言ってんだこいつは・・・)

疲労とは別な理由で頭が痛くなる。シキにはジンが何を考えているのか、何でこんな行動を取るのかが本気で
分からなかった。分かりたくもないものを、どうして自分に向けてくるのだ。正直、放っておいてほしい。

「ん?ちょっと!何見てんのよ!!」

ジンの声色と態度が急に荒々しくなった。烈火のような怒りを、黙々と“キャンサー”を叩き潰していた大男に
向けた。大男はジンが“キャンサー”の大半を吹き飛ばし手が空いたこともあり、初めてジンへと視線を移した。

「何よやる気!?アンタなんか・・・って、あーーーー!!!」
「?」

突然、ジンは悲鳴にも似たけたたましい絶叫を上げた。鼓膜を破ってしまいそうな騒音にシキは鬱陶しそうに
耳を塞ぎ、大男は特に気にせずジンを見る。

「な、なんで!?なんでアンタからこう、今後の成長をゆっくり見守ってあげたくなるような女の子の匂いが
 するのーーー!?!?」
(・・・モシヤコノライダーハシルクスノコトヲ言ッテイルノカ?)

少なくとも自分とジンとは初対面のはずだが、ジンはシルクスのことを言っているようだ。しかし、匂いと
いうのは自分にシルクスの放つ何らかの匂いが付着でもしたのかと、大男は割と真剣に考えていた。
そしてジンが自分に殺気に近い気迫をぶつけてきているのは間違いではなさそうだ。

「うぎぎ・・・ゆ、許せん!こんな大男に弄ばれる女の子を必ず私が助けなきゃ!!」
「・・・頼むからお前、喋るな。」

さっきから暴走しまくるジンにシキは疲れていてもツッコミを入れずにはいられなかった。どうして
“カンケル”を追って来たのにこんな馬鹿と巡り合ってしまったのだろうか。誰だこんなのを仕組んだのは。

忍者の所為にでもしてやろうかと思ったシキだったが、新たな気配を感じ取り、瞬時に身構えた。
ジンや大男の方も同じく気配を察知している。

ビーハイブテンペストで吹き飛ばしたと思われた“キャンサー”たちが、いつのまにかまた現れていたのだ。
それも一度に広範囲に倒してしまった所為で、数を補おうと怪物の数は異常なまでに膨れあがる。

「ちっ!面倒なことしやがって・・・だが、やるしかねぇ!!」
「あ!ちょっと待ってよ可愛い娘ちゃ~ん!」
「うるせー!来るな!!」

満身創痍の体を鞭打って、それでもシキは“キャンサー”の軍勢へと飛び込んだ。その後をジンも追う。
残された大男は仕方なく、また黙々と“キャンサー”を潰す作業に戻った。





PM17:16 路地


夕焼けに包まれようとする街並みを、列と八代は他愛もない会話を続けながら通り過ぎていく。八代 みつるは
本当にどんなことでも楽しそうに話すし聞いてくれる。お陰で列はすんなりと彼と打ち解けることができた。

「ふーん。新聞部も大変だな。」
「ああ・・・どうなっちまうんだろう・・・・・・」

列は少し遠い目で赤く染まりかけた空を見上げた。今まで知らなかった新聞部の抱える闇、八枷 庵という男。
今日のやり取りの後では、新聞部の向かう先には暗く深い穴しか広がっているようにしか思えない。

「まぁ、俺にできそうなことあったら何か言ってくれ。力になるぜ。あ、喧嘩とかはやめてくれよ?
 俺、腕っ節弱いからさ。」
「そんなこと頼まないよ。でも、ありがとな。気持ちだけでも嬉しいよ。」

今回のはきっと新聞部が一致団結しなければ乗り越えられない問題だ。安易に他人に頼ってはいけない、
こういう時こそ部員全員で協力して立ち向かっていくことが大事だ。それは列にも十分理解できているが、
それでも八代がこんなことを言ってくれたのは素直にありがたいと思う。

それにしても、八代は自分を気にかけてくれているような気がする。少々自惚れが過ぎるかもしれないが、
そう思わずにはいられないような節もある。今日だって、わざわざ遅くまで待っていてくれたのだから。

「なぁ、八代。変なこと聞くけど、俺ってどこか変わった所でもあるか?」
「ん?どういうことだ?」
「いや、なんと言うか・・・その・・・・・・」

列は言葉に詰まった。こういう場合、どう答えるべきか。なかなか良い回答を思いつかなかった列を見て、
八代はおかしそうにくっくと笑う。少しだけ列は恥ずかしかった。

「別にどこも変じゃないと思うぜ。いい奴だなとは思うけど。」
「な・・・そ、それはいいけど・・・面と向かっていい奴って言われるのは・・・」
「いい奴はいい奴さ。だから俺も気に入ってんだぜ?」

どうして八代はこういうことを臆面もなく言えるのだろうか。列は恥ずかしさと驚きが混じった複雑な顔を作り、
まともに顔を見ながら会話を続けられなくなっていた。


「うわ!?」
「!」

突然、列は何かにぶつかった。一瞬だったが、それがかなり小柄な者だというのが見えた。小柄なその誰かは
ぶつかった拍子に尻もちを突いてしまう。

「いたた・・・あの、だいじょ・・・・・・」

列は息を飲んだ。眼前に繰り広げられた現実離れした光景が、最後まで言葉を出すことを許さない。


彼の体に当たったのは、妹の華枝やその親友、神歌とそう歳も変わらぬ少女だった。だが、この少女の容姿は
現実のものとはなかなか認識させてくれない。薄めの銀髪を肩ほどの長さで綺麗に揃え、顔立ちは西洋人形を
そのまま人間に昇華させたように整っている。

何より列を戸惑わせたのは、少女の格好だ。頭に布状の何かを乗せ、服はこだわりぬいた絹素材で編まれた、
解や皺など一切見当たらぬ純白のドレス。倒れた拍子にスカートから覗かせる少女の脚は、ドレスと同じく白の
ストッキングで覆われている。早い話、少女が着ていたのはメイド服だった。

しかし、少女の着るメイド服がただのコスプレなどでないことは、ただの人間の列にでも分かった。あれは
とても金のかかった、それこそかなり地位のある人間が与えたもののような気がする。

「あ、えと、き、君・・・立てる?」
「・・・・・・(そっ)」

おずおずと列は手を差し伸べると、少女も恐る恐るその手を握り返す。とても柔らかな感触だった。芸術品を
連想させるような少女の柔肌に、少年の動悸は不自然に速くなる。立ち上がった姿を見ると、ますます現実から
かけ離れた美しさを放つ。そこにいるだけで、一枚の絵画にしたくなる。

軽く埃をはたくと、すぐに少女は深々と列にお辞儀した。

「いや、そんなことしなくても・・・怪我とかない?」
「・・・・・・・・・・(ぶんぶん)」

少女は首を振った。どうやら何ともないらしい。だが、さっきから列は何か違和感を覚えていた。それは少女の
行動で確信に変わる。少女はしきりに手を動かし、こちらに訴えかけているように見えた。

「なぁ列。ひょっとしてこの娘がしてるの、手話じゃないか?」
「・・・・・・!」

一瞬、少女の目が丸くなったように見えた。それも次にはしきりに首を縦に振る動作で分からなくなったが。

確かに少女がしていたのは手話だった。しかし、列は手話など知らない。何か申し訳ない気がした。
そんな列の微妙な心境を感じ取ったか、少女は素早くスカートのポケットから紙の束を取り出す。メモのようだ。
同じくペンも手にし、慣れた動作で紙にペンを走らせる。程なくして書き終わり、少女はそれを列たちに見せた。

『私は大丈夫です。こちらの不注意でそちらに迷惑をかけてしまい、申し訳ございませんでした。』
「え?あ、いいよ俺の方は。まぁ、無事ならいいんだ。」

ここまでに丁寧に返してくるとは、相当いい所のメイドなんだろうなと、列は頭の片隅で考えていた。少女は
思い出したように左手に巻いた腕時計を見ると、慌ててメモにまた字を書いていく。

『申し訳ございません、火急の件により、これで失礼させていただきます。』
「・・・・・・・・・・(ぺこり)」

もう一度深々とお辞儀し、少女はスカートの裾を摘み、列たちを通りすぎていった。これ以上かける言葉が出て
こなかった列は、また誰かとぶつからないといいけどなどと、呆けた頭で思っていた。

「可愛かったな、今の娘。」
「え!?あ、ああ、そうだな・・・・・・」

八代の茶化しでようやく列は我に返った。

完全に見惚れていた。この街にあんな少女がいるなど、夢にも思わなかった。どこか海外から来たのだろうが、
一体どこの国の少女なのだろう。また会えたりしないだろうか。それは、淡く不思議な気分だった。

「・・・あれ?これって・・・」
「携帯・・・さっきの娘のだろうな。よっぽど急いでたんだろうな、落としたの気づいてないぐらいだし。」

さっきまで少女がいた場所には、携帯電話が落ちていた。ピンク色の可愛らしいそれは、あの少女によく
似合っているようだ。しかし、これをこのままにしておく訳にもいかない。列はしばらく考えて、


==================================================
 交番に届けることにした
⇒自分のポケットに入れた
==================================================


それを自分のポケットに入れた。本当は交番に届けた方がいいのだろうが、それをしなかった。
したくなかった、の方が適切だろう。これを警察に渡してしまったら、あの少女との繋がりが断たれてしまう
ような気がして、それがとても嫌だった。

自分勝手もいいところだ。列は自己嫌悪しそうになる。

「八代・・・俺・・・・・・」

嫌悪のあまり沈痛な響きの声色になった列の肩に、八代は何も言わず手を置いた。

「列。やっぱお前は俺が見込んだ奴だな!」
「・・・・・・へ?」

太陽のように輝かしい笑顔で、サムズアップまで向けてくるこの友人の態度は、最後まで分からないままだった。





PM 17:28 八代薬局


「た~どりつくう~たは~、ゆうや~みに陽をと~もし~、枯~れてなおは~なは~、凛と~其処に咲く~。」

間延びした声で、“騎士団”のエージェント“薬剤師”アンナ・ルチルナ、表向きには八代薬局の店主を勤める
八代 杏奈は店番をしていた。盲目の女性吟遊詩人の歌の美しさにアンナは惚れ惚れするも、現実はなかなか
厳しいものが待ち受けていた。

数日前の夜中の騒動以来、なかなか客足が伸びないのだ。あれだけ騒げば近隣住民も迷惑がるのも無理ない。
資金面は“騎士団”からかなり出資があるから困りはしないが、自分には経営手腕がないと思われるのも癪だ。
杏奈はなかなか負けず嫌いな面もある。

「はぁ~、お客さん来ませんね~。お薬には自信あるんですけどね~。」

独り言も今日何度目になるだろう。こんなことが続く毎日など辛いだけだ。杏奈は必死にイメージアップの為の
策を練るが、いい案は一向に出てこない。

「またあの猫執事さんが~来てくれればいいんですけどね~。そういえば~みつるくんのお友達でしたっけ~。
 みつるくん~、連れてきてくれませんかね~。そうすれば売上アップな上に~・・・うふふふふ~・・・・・・♪」

そして業績改善の為の思案は、薔薇色の性癖にすり変わっていた。こうなると、なかなか現実に帰ってこない。
しかし、突然のシャッターの開閉音が杏奈を現実に引き戻した。

「あ~、いらっしゃいませ~。八代薬局へ~・・・って、みつる君じゃないですか~。」
「よ、ただいま。」
「はい~、おかえりなさい~。」

入店したのは八代だった。もっとも、彼はここに住んでいるから、ただの帰宅だ。ふと、杏奈は八代の後ろに
いる少年に気づいた。

「あら~?みつるく~ん、そこの男の子は誰ですか~?」
「おう、紹介するぜ姉貴。友達の列ってんだ。」
「は、はじめまして。風瀬 列といいます。」
「列くんですか~。いいお名前ですね~。私は姉の~、杏奈といいます~。今後ともよろしくお願いしますね~。」

友達と聞き、杏奈の顔が綻ぶ。

「みつるくん~、学校でちゃんとお友達作れてますか~?姉として~、そこだけは心配なんですよ~。」
「いえ、八代はすぐにクラスと打ち解けたし、友達の数だってもう俺より多いと思いますよ。」
「本当ですか~?それはよかったです~。」

杏奈の喜ぶ顔を見ていると、列も嬉しくなってくる気がした。

弟の学校生活のことを心配する気持ちは列にもよく分かる。彼には妹の華枝がいる。あんな事件に巻き込まれた
華枝のことで彼は常に胸を痛めていた。杏奈も同じだ。新しい地で生活するということは、期待も大きいかも
しれないが不安も同じぐらいある。そこで新たな一歩を踏みしめようとする弟のことが、やはり心配なのだろう。

「俺は大丈夫だって。それより、列部屋にあげるけどいいよな?」
「はい~。まだ棗ちゃんも帰ってませんけど~、あんまり騒いでは駄目ですよ~。」
「棗のやつ、まだ帰ってねぇのか?何してんだか・・・」

そういえば、八代には妹がいたことを列は思い出した。今はいないみたいだが、どんな娘なのか少し気になった。
全校集会の時の挨拶では、やたら元気が良かったのを覚えている。確か頭に迷彩柄のバンダナをしていたはずだ。

気になるといえば、八代の姉もそうだ。どうして彼女はあんなにボロボロになった白衣を着ているのだろう。
おっとりした雰囲気を持っていても、あの白衣の影響で何か凄い裏があるような気がしてくる。
あの白衣を着ている理由を尋ねたかったが、あまり詮索しては向こうも迷惑だろう。列は自重することにした。


二、三言会話を交わして、八代と列は二階へと上がっていった。彼らの足音が聞こえなくなると、杏奈の表情が
また変わる。綻ぶどころか、完全に怪しい笑みだった。

「あんなに素敵な男の子を連れてくるなんて~、みつるくんもやりますね~。もしかして~、ボード学園って
 美少年が多いんですかね~。うふふふふ~♪」

この時の杏奈の脳内では、最大の薔薇が花を咲かせていた。





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