第0章「いないはずの誰か」


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うすぐらい。
昼も夜も分からない。
深い深い地面の下から這い出したそこは、やはり暗い森の中。
どっちにいけばいいのかな。
元来た道なんて全然記憶にない。

早く会いたいな。
たいせつなひと。
早く帰りたいな。
大好きな家。
早く見たいな。
まぶしい太陽・・・。

地面を這う。ずりずり、ずりずり。
出口を求めて。ずりずり。
薄暗い森から。
のろわれた運命から。

終わりのない、この悪夢から・・・



 「『近々転校生が編入』・・・っと。」
 「・・・ふう。」
学園新聞のコラムのタイトルを前に、ため息をつく。
毎月、俺の所属する新聞部から発行されている学園新聞。
俺はその1スペースを自由に書くことが許されている。
俺の文章力とその観察眼が部に認められたからこその栄誉なのだが・・・だからといって、自由スペースというのは毎回頭を悩ませる。
あまり私的なことをオープンにして書く訳には行かないし、なにしろ学園新聞のトップにもなっている記事だ。
疎かにする訳にも行かず、かといって難しいことを書くことも出来ない。
そして、ちょうど3年の桐島部長から、そういう話を聞かされていたのを思い出し、これはと思いタイトルに書き出した。
 「しかし転校生か・・・こんな秋の時分に、ねぇ。」
教室に置かれた椅子よりも上等な、回転椅子に体重を乗せ、ふと考えた。
かわいい女の子が転入してくるのを想像するのは、もう健全な男子学生としては当然の感情といえよう。
転校生が入ってくる時というのは、なにかこう、今までの自分の生活が変わるような、新しい何かが始まるような予感がする。
 (俺も何か、変わるのだろうか・・・。)
俺は椅子を戻し、俺のいる新聞部の部室を眺めた。

新聞部室は、数台のパソコンが置かれた、さながら会社のオフィスのような、整然とした教室になっている。
丸いラインを描く、デスクトップPCを置く事を前提とした机。
椅子も全て回転椅子。
新聞を、もうPCを用いたデジタルな作りを目指されていることは言うまでもない。
部室の前のほうに黒板が置かれているのは、ここがかつて教室だったことの名残。
桐島部長はたまにここに立ち、黒板に書きなぐっては新聞部の方針を熱く語ったり、部全体の指導を行ったりと、何かと活用している。
教壇のあった場所に置かれたデスクでは、その桐島部長がPCを見ながらうんうんと唸っていた。
その横の方にあるデスクには、副部長の町崎先輩がキーボードを規則正しく叩く姿が見られた。
他の部員はというと・・・。
わあわあとPCの前に集まり、今度の新聞に載せる校内の女子生徒の特集記事「今月の美少女」用の写真を選んでいた。
…部の男子生徒はもっぱらそこに集まることが多く、カメラ担当の生徒が来ると、わっと群がって画面出力をせがむことが常。
俺はというと、仕事が忙しくてその輪に入ることは許されなかったり。
あの作業、いつも俺抜きで決めちゃうんだよなぁ・・・。
ああ、俺も見たいなぁ・・・。

 「なーに物欲しそうな顔してるかな、風瀬 列くんー?」
 「んっ!!?」
不意に、誰かの声とともに、俺は首を掴まれ強制的に回される。
ごきいっと小気味のいい音とともに、俺の視線はその反対方向へと回された。
 「・・・痛いじゃないか。水野。」
俺はその相手である、俺の目の前の同級生の女に文句をたれた。
 「鼻の下なんか伸ばして、低脳な顔がますます低脳になっちゃってるじゃない。」
ぱっと俺の頭から手を離すと、そいつは立ち上がり、椅子に座る俺を見下ろした。
 「うるさいな。俺もああいうのが気になるお年頃なんだよ。」
首をさすりながら、その女に反論する。
 「全くオトコってのは愚かしいわよね~。なんであんな低俗な記事や写真で喜ぶのかしら?」
 「ムネが大きいとかスタイルがいいとか本当下らないわ。価値のある女、それは私みたいな若き天才美少女を言うのに。」
 「お前が言うと、そういう記事になりそうな女の子に対する妬みに聞こえてしまうな。」
 「・・・フン。あんたも私の価値が分からない、そこらのバカと変わらないようね。」
俺の軽口に、ついと視線をそらすその少女。
金の頭髪を後ろで束ねた、短めのポニーテールも一緒に揺れる。

水野水美は、俺のクラスメイトの飛び級の生徒だ。
自身の言うとおりに実際に若き天才少女である彼女は、14歳という年齢に関わらず、この学園の全単位を終え、
いつでも大学にいけるところを敢えて高等部に在籍している変わった奴。
先ほどから見て貰っている通り、天才であることを鼻にかけた嫌味な奴であり、年齢の違いも手伝って、
教室の誰かと何かをしている姿を見たことがない。
そんなこいつがいつも付きまとっているのが、別に天才でもなんでもない、俺な訳で・・・。
放課後、新聞部の部室に勝手に入っては俺にちょっかいをかけてきている。
俺としては鬱陶しい事この上ないのだが・・・。
こいつの毎日の教室での寂しそうな姿を見ると、無碍には出来なかった。

 「ん~?なになに、今日は何を書いてるの?」
 「おっ、おいおい!?」
そこで水野が俺を押しのけ、俺の打つ原稿を覗き込んだ。
 「近々転校生が編入・・・・?何これ、こんなつまんないこと書こうとしてるワケ?」
 「別につまんなくはないだろう。この時期の転校生、気になるじゃないか。」
 「ハーア・・・こんな学園内の小さな出来事を書くくらいなら、今町で噂の「仮面ライダー」について書くべきじゃない?」
 「仮面・・・ライダー・・・?」
聞き覚えのある言葉。
それは、テレビの中の特撮ヒーローを指す言葉で・・・
一般には、広く「正義の味方」と認知されている。
 「あんた知らないの!?遅れてるわねぇ新聞部のクセに。今、密かに噂になってるのよ。」
 「噂に・・・?」
 「そう。何でも夜の街に怪人が出るとか、それを確かめにいったものが帰ってこないとか、もう結構怪奇現象みたいな扱いされてるんだから。」
 「その中で、テレビで見たような仮面をかぶった何者かがそれらと戦ってたって話があるの。」
 「・・・・・・・・。」
正直、半信半疑。
そんな夢みたいな話、ある訳がないじゃないか・・・。
そう、俺は真剣には話に取り合わなかった。
 「・・・仮面、ライダー・・・・ね。」
その中でただ一人、水野の話に興味深そうに聞き耳を立てていた桐島部長のことには、俺は気づいていなかった。

 「面白そうじゃない?仮面ライダーが本当にいるって。私なんかわくわくするなぁ~。」
 「はぁ・・・。お前も見た目相応に子供っぽいところがあるんだな。」
俺は呆れ気味に返す。
 「子供いうなコラ!そんな風にあたしを小バカにすると、もしもアンタが怪人に襲われてても助けてやんないんだから!」
 「お前みたいなちんちくりんの助けが通じるような相手なら、そもそも俺一人で何とかなりそうだな。」
なぜかムキになる水野を、いつもの軽口でやりすごす。
 「むぐぐぐぐ・・・!このアホ!バカ!低脳!変態!!シスコン!!!!もうぜーったいに助けてやらないッッ!!後悔しろこのバカ!!!」
 「うえええ!?」
 ずだだだだだだだだっ!

すると水野は、世間が思うような天才とは程遠い捨て台詞をはき、部室を飛び出していった。
…シスコンと変態だけは、全力で否定したい。

何でアイツ、あんなムキになるんだか・・・?
ま、いいか。あまり深く考えないことにしよう。
天才のお考えは、俺みたいな凡才には理解できませんからね・・・っと。
廊下を走り去る水野を見送ると、ようやく落ち着いて文章が打てると、俺はPCに向かい合うのだった。

…………。

コラムを無事書き終えた頃には、もう学園の下校時間にさしかかっていた。
部室を閉める部長に挨拶を交わし、部員たちに別れを告げ、俺は新聞部を後にする。
時間は五時。しかし夏休みも明けた直後である今は、まだまだ外は日中のように明るかった。
途中、中等部の生徒玄関に立ち寄ると、俺は「風瀬」の苗字の入った下駄箱の中を覗く。
…内履きが入っている。もう家に帰ったようだ。
俺の妹、風瀬 華枝・・・。
もう、あんなことはないと信じたい。

あの事件以降、華枝には、授業が終わったらすぐに家に帰るように言い聞かせてある。
本当なら毎日でも一緒に帰ってやりたいところだが、新聞部の立場というものがある俺には、それは難しいことだった。
早く、帰ろう。
家で一人、寂しい思いをしているだろう妹の元へ、俺は駆け足で玄関に向かい、学校を出た。
……。

玄関から校門へ。
校門から、学園外へ。
さすがにこの時間まで残っている生徒はほとんどおらず、俺は人目がないからと、とにかく駆け足で進んだ。
学園からそう遠くない場所にあるオフィス街。
そこから落ちる長い長いビルの影は、世界に名だたる総合企業・スマートブレイン社のもの。
それは、俺が近道として使っている市民公園に挿し込み、そこにとどまる学生らに帰宅時間を告げていた。
誰もいない大きな公園というのは不気味なもので、出来れば夜に一人でうろうろしたくない場所だ。
日の高いうちに、俺はさっさとそこを抜けようとする。
ここを抜ければもう俺の住まいであるマンションはすぐそこだ。
俺たち兄妹の家まで、あと少し。
俺はいよいよ走り出し、家路を急いだ。

たったったったっ・・・。

静かな公園。
鳴り響くのは、俺の靴音だけ。
…だが。
その中で、ただ一人公園の中で立ち尽くす人間がいることに気づく。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
その人物は、微動だにせず、これから沈み行こうとする太陽をじっと見詰めていた。
昼間ならばもう少し観察しただろうが、今はさしたる興味もないので、俺はその人物の脇を通り抜け、やり過ごそうとした。

「・・・ばっかみたい。」
「!」
その人物が、そう呟いた。
…ように聞こえた。
その人物が、家路に向けて急ぐ俺に向かって、そう言った様に感じた。
でも、自分の呼吸の音と靴音、それにその声が小さく聞き取りづらかったことから、それは俺の空耳だったのかも知れない。
わずかに振り返り、そこに見える姿は白髪の小さな女の子だった。
…背が低いから、女の子だと思う。
ほんの少しチラ見しただけだったので、後姿しか見えなかった。
 (この辺じゃ見ないカンジだな・・・。)
俺は視線を戻し、さらに家路を急いだ。

……。

 「何を急ぐの・・・。ばっかみたい。」
 「急いだって、この世界。何も変わりはしないのに。」
 「失ったものは、もう取り返しはつかないのに。」
 「ほんと、ばっかみたい・・・。」

………。

 「ただいまー・・・。」
マンションの俺たちの住まいのドアに手をかけ、帰宅を告げる。
視線を下に落とし、華枝の靴があるのを確認・・・・。
…あれ?
靴がもう一組ある。
女物、っぽくみえる。
そういえばこの華枝しかいないはずのマンションの一室が、なんだかいい匂いと楽しそうな声に満たされている。
華枝・・・誰かと一緒なのか?
そう思ったとき、部屋の奥から声がした。
 (おにぃちゃん帰ってきた!)
華枝の声だ。
俺が靴を脱いでいる間に、キッチンからぱたぱたと小柄な女の子が駆けてくる。
 「おにぃちゃんおかえりー!」
 がばあっ!
 「うわわわわ!華枝、危ないって!」
その走る勢いのまま、俺の妹・華枝は俺の胸に飛び込んできた。
危うく倒れそうになるところを、何とか踏ん張って華枝を捕まえる。
 「無茶すんなよ・・・。危ないだろ。」
 「えへへぇ~♪だって、おにぃちゃん帰ってきて、私嬉しいんだもん!」
心底嬉しそうな笑みを浮かべて、華枝は俺に抱きついてくる。
俺はその頭をよしよしと撫でてやると、きゅっと目を細めた。
…本当、甘えん坊になった。
一ヶ月前のあの事件以来。
学園だけじゃない。警察や、テレビまで巻き込んだあの事件・・・。
 「・・・・・・・・・・。」
華枝を失ったあの時の事を思い起こし、ぎゅっと胸が苦しくなる。
二度と手放すもんかと、俺はぐっと華枝を抱きしめた。
 「あっ、おにぃちゃん・・・♪」

 「・・・じとー。」

どきっ!?

俺はそこで、ようやく横からの視線に気づく。
ぎぎぎ・・・と顔をそちらに向けると、そこにはクラスメイトの女の子の姿。
 「雅菜・・・ずっと見てた、よな?」
無駄だと思うが、一応確認はしておく。
 「ん、私は良いわよ。別に。二人の仲がいいのはよく知ってるし。」
俺の言葉に極めてクールに返す雅菜。
俺の幼馴染であり、学園では生徒会長をも務めるパーフェクト超人。
学園内で知らない人はいないとまで言われる、草加 雅菜その人だった。
その視線はとても冷ややかです。はい。

 「ま、なんでもいいんだけどね。生徒会長としては、誘拐事件の被害者を家まで無事送り届けるのも務めなのであって。」
ふうとため息をつきながら、彼女は淡々と述べる。
生徒会ってそんなこともやってるのか・・・。
そういえば、事件当時も雅菜には世話になった。
率先して生徒に呼びかけて、華枝の目撃情報を求めてくれたっけ・・・。
 「雅菜、その・・・ありがとう。俺の代わりに華枝を。」
 「ん、いいのいいの。仕事だから。」
お礼を言おうとする俺に、手をひらひらとふって、大したことではないとアピールする。
 「よし。じゃあ列も帰ってきたし、私は帰るわ。台所に夕食を用意したから、後で食べてね。」
そういってキッチンに戻り、荷物を取りに行く雅菜。
 「え・・・っていうか夕食まで用意してくれたのか!?」
 「サービスよ。幼馴染のよしみ。」
サービスって・・・食事の準備って大変なはずなのに、
それさえもなんでもないように言ってのける。
雅菜って、やっぱりすごいよな・・・
 「あの・・・、雅菜さん。ありがとう、楽しかったです。」
そこへ、おずおずと華枝が頭を下げた。
 「あ、うん。いいのいいの。これからも帰りには気をつけて。華枝ちゃん。」
 「は、はい。今日はその・・・ありがとうございましたっ」
かしこまる華枝に雅菜はにこりと会釈すると、次は俺に顔を向ける。
 「華枝を家に送ってくれただけじゃなく、話し相手にもなってくれてたのか?」
雅菜が何か言おうとしていたが、その前に俺から先に口を開く。
 「ん。一人には出来ないでしょう?」
 「悪いな。・・本当、何から何まで。」
 「そうね。・・・今度列には埋め合わせをしてもらおうかな?」
そこで、悪戯っぽい笑みを見せる雅菜。
ちょっと、安心する。
完璧な人間だといわれてる雅菜にも、そういう人間くささがあるんだって。
 「ああ。俺の出来ることなら、な。」
俺はそれが嬉しくて、それに笑みで返した。
 「ん。じゃあ、また明日ね。列。」
 「ああ。また明日。」
 「おやすみなさい~。」
華枝の振る手にあわせて雅菜も手を振り、部屋から出て行った。

 「さ、華枝。ご飯を食べようか。」
 「うんっ。」
 きゅっ
 「えへへぇ~♪」
俺の隣に立っていた華枝が、俺の腕にしがみつく。
そんな華枝を見下ろすと、満面の笑みが窺える。
俺はその頭をもう一度撫でると、華枝に話しかけた。
 「明日は、一緒に帰ろうか。」
 「わぁ・・・うんっ!」

夏休みが明けて間もない秋口。
近々訪れる転校生。
街に流れる「仮面ライダー」の噂・・・
本当に何かが変わるのかもしれない。
俺のいつもどおりの日常が、俺を取り巻く環境が。

あるいは、もう変わっているのかもしれない。
華枝が一ヶ月前、何者かに誘拐されたあの日から。
いないはずの誰かを認めるその瞬間から。


俺の気づかない場所で、闇に潜む者達が、何かを始めようとしていた。


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