第1章第1話「ある朝のこと」


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 「おはようございますー・・・」
暗い気持ちで教室のドアをくぐる。
メガネに緑の髪、フィッシュボーンテイル、両手でかばんを持って俯き気味。
夏休みの明けた今日、2学期最初の学園の日。
しかし朝から日差しは強く、まだまだ夏は続いていた。
始まる学園の日々。
私の小さな声で挨拶しても、教室のみんなはほとんど答えない。
1学期と変わらなかった。
でも、それでいいの。
注目されるのは苦手だし、目をつけられたりするの、いやだから。
すとんと私は教室の後ろの方の席に着くと、すぐに少し先の席の方にある人だかりが目に付いた。
大勢のクラスの男の子達。
その中心にいるのは、少し背の高い、赤い髪のショートカットの女の子。

私の・・・。
…。
わたしの、ともだち・・・
私の親友の・・・。
……。
英琉、神歌(えいる みか)ちゃん。

楽しそうに、大勢の男の子たちと話しているのが見える。
夏休みのことで色々聞かれたりして盛り上がっているんだろう。
一学期の、頃と、変わらない。
神歌ちゃんは男の子に人気がある。
背もすらっと高くて、可愛くて、赤い髪がきれいで。
それに明るくてやさしくて、ちょっと意地悪で、でもそこが良いって男の子たちは言う。
そんな神歌ちゃんだから、ああして人が集まるんだと思う。
私なんかとは大違い・・・。
 「・・・。」
そこへ、もう一人神歌ちゃんに羨望の眼差しを投げている子を見つける。
同じクラスの、護矢 命李(まもや めいり)ちゃん。
私のおにぃちゃんの友達の妹で、今では私の、・・・神歌ちゃんとも友達。
命李ちゃんは私とよく似た気弱な子で、長い前髪は目を隠してしまっている。
私たち3人はよく一緒に遊びに行ったりするけれど、神歌ちゃんに引っ張ってもらうのがほとんどで・・・。
私たちの中心で、このクラスの中心でもある神歌ちゃん。
同じ演劇部に通っているけど、私は通行人とか子供とか、名前のない役ばかりだけど、
神歌ちゃんは高等部の演劇部員に混じって劇をしたり、中等部の中ではヒロインをやったり、演技の才能もある。
神歌ちゃんは小学校の頃からの幼馴染で親友だけど・・・私なんかとは違いすぎるから、
クラスにいる間はなるべく話さないようにしている。
神歌ちゃんは、眩し過ぎて・・・。

 「・・・ちょっと、いいかしら英琉さん。」  
 「?」
そんな風に神歌ちゃんを見ていると、そこに別の女の子がその輪に入ってきた。
露骨に嫌そうな顔をする男の子たち。
対照的に、不思議な顔をしてその子を見る神歌ちゃん。
それは、かっちりと切り揃えられた長い後ろ髪、前髪、頭には牡丹の花をあしらえたカチューシャをつけた黒い髪の女の子。
私たち3-Aの副委員長を務める、八枷 千鶴(はちかせ ちづる)さんだ。
八枷さんはここからでも分かるくらいに怖い顔をして神歌ちゃんに近づくと、かっと口を開いた。
 「ちょっとあなた、夏休み中は演劇部に顔を出すように言ったわよね?何で一度も来なかったのよ!」
 「秋には大きな演劇部のコンクールがあるの!貴女はそれにヒロインとして出るよう、私も、顧問の先生も言っていたでしょう!?」
 「なのにその大事な役を放り出すなんて・・・あなたは何を考えてるのッ!!」
……。
その大きな声に、クラスの喧騒がぴたりとやむ。
八枷さんは今にも噛み付きそうな形相で神歌ちゃんを睨んでいる。
…確かに、神歌ちゃんはそのコンクールに出るための私たち中等部演劇部の劇に、ヒロインとして出るように言われていた。
そのときのミーティングに、私もいたから知っている。
 「んー、だって神歌、今年の夏休みは、お父さんお母さんと一緒に旅行に行ってたから。」
 「国内旅行だけどねー、でもすっごく楽しかった!一生の思い出になったって思うな♪」
その八枷さんに、神歌ちゃんは満面の笑みでそう応えた。
部活動に出なかった事、それをさも当然のように。
 「旅行・・・?でも、それも数日でしょう?残りの日、こっちに来ることは出来たでしょう!?」
 「それにー、神歌、演劇にそんなに興味ないから。だって神歌、そんな時間があったら神歌の大事な人と会ってる方がいいもん♪」
 「なっ・・・・!!?」
神歌ちゃんの返事に、言葉を失う八枷さん。
そしてすぐ、その顔はもっと怖くなる。

八枷さんは、私たちと同じ演劇部で、脚本や演出などの裏方の仕事をしている子。
自分の脚本がそのコンクールに出展されるとあって、彼女が今回どんなに情熱を注いでいるのかも知っている。
そんな八枷さんだから、神歌ちゃんの態度が我慢できないんだと思う・・・。
 「貴女はッ!どうしてそうなの!!演劇で主役を演じられる力量を持っているのに、それに出ないで男の子とばっかり話して!!」
 「だって、神歌は楽しい方が好きなんだもん。神歌の大好きな人たちと一緒に過ごせる時間を、大事にしたいの。」
 「八枷さん、そんなに肩に力入れてると疲れちゃうよ?リラックスしていこ?」
 「それとも、八枷さんは大事な人とか、いないの?だから演劇に一生懸命なのかな?」
 「・・・・・・!!!!!!」

あ。
神歌ちゃんのその言葉で、八枷さんの顔がさらに引きつるのが見えた。
そして次の瞬間、八枷さんの右手が上がろうとするのが分かった。
 「・・・ぁ!」
小さく喉を鳴らすような声が、命李ちゃんから聞こえた。
私と同じく、それを感じ取ったんだと思う。
神歌ちゃんが叩かれる。
そう思った。



 「神歌ちゃんッ!!!」
…思わず、大声を上げていた。
誰かの手が、誰かの頬をはたく音はしなかった。
 「・・・風瀬さん。」
 「華枝・・・?」
そこにいたみんなの注目が、私に集まった。
みられてる、すごくみられてる。
私は席を立ち、前のめりに叫んだ状態で止まっていた。
そして当然、八枷さんの注意は私に向けられた。
つかつかとわたしの席によってくる。
 「風瀬さん。確かあなた、英琉さんと仲が良かったわよね?」
 「貴女からも言っておくように言ったわよね?英琉さんに、部活に出るようにって。」
 「は、ぅ、はい・・・。」
八枷さんの迫力に、私は彼女と目を合わせられない。
怖くて、震えて、喉が縮こまっていた。
 「彼女と連絡が取れないから、あなたに言っておいたのにどうして?ねぇ、応えなさい風瀬さん!」
 「ひぅっ!」
こわい、こわい、こわい!
さっき思わず叫んだ勢いはとうに私の中から失せ、心は恐怖に満たされていた。
私がそうして怖がっていると、八枷さんが私に寄ってくる。
 「風瀬さん・・・?またそうして怯えているの?」
 「貴女、舞台の上でもそう。人目を怖がって、怯えて、縮こまって、台詞の一つもいえないの。」
 「練習ではそんなに悪くないのに、貴女はどうしてそうなの!」
 「風瀬さん、あなたも演劇をバカにしてるの?英琉さんみたいに!」
ち、ちがう、ちがうよぅ・・・!
わたし、こんな弱い自分を変えたくって、それで人の前に立つ演劇部に入ったの・・・!
でも結局それは直らなくって、私と一緒に付き合って入部してくれた、神歌ちゃんのほうが注目されちゃって・・・。
でも、声にならない。
これを言った後、何を言われるのか怖くって、いや、いやなのぅ・・・!!
 「ねえどうなの、応えなさい、風瀬さんっ!!」
ひぅ・・・!!!
八枷さんの迫力に、私も叩かれてしまうんだと、きゅっと目を閉じた。


 「もうやめとけよ。八枷。」
……え?
私は、叩かれなかった。
それを制したのは、私と八枷さんの間に割って入る男の子の姿。
私を背に向けて、八枷さんに向かい合うのは・・・。
 「方城、くん。」
そう声を発したのは、八枷さん。
 「怖がってるだろ?風瀬さん。それに部活に一生懸命なのもいいけど、それを人に押し付けるのはよくないんじゃない?」
 「英琉さんにも、そうだろ?」
 「う・・・。」
方城君の言葉に、八枷さんは黙ってしまう。
方城 宗介(ほうじょう そうすけ)君は、私たちのクラスの委員長で・・・。
クラスの中でも神歌ちゃんと1,2を争う人気者で、かっこよくて、優しくて、スポーツも得意で、頭もよくて・・・。
とにかく、すごい男の子・・・。
私と八枷さんの間に入ったことで、今度は方城君がクラスの注目を一身に集めた。
でも、方城くんは一つも臆することなく、余裕の笑みで続けた。
 「それに、風瀬さんは部活に熱心だろう。毎日部活に行ってる八枷なら、そこらへん、わかってるだろ?」
 「まあ英琉さんは・・・・・・・・ともかく。」
そこで、静まり返ったクラスメイトの中から、くすりと笑みが聞こえた。
 「ちょっと、ともかくって何よ方城君~。そりゃ神歌は適当だけど♪」
そこで神歌ちゃんが軽い文句を入れて、クラスの雰囲気は少しずつ和やかになっていく。
 「ぅ・・・・・・・・・・。」
熱くなっていた八枷さんが、逆に気まずそうな顔になっていく。
 「八枷。とりあえず熱くなりすぎだったな。二人に謝っておいたほうがいいんじゃないか?」
 「う・・・分かったわよ。確かに、私興奮してたわ。」
方城くんがそういうと、八枷さんは私の前に向き合う。
その表情は、本当に申し訳なさそうだった。
 「ごめんなさい、風瀬さん。貴女にまですごんだりして・・・。」
 「あ・・・ううん。」
 「でも、私の言った事、半分は本当。私、貴女に演劇を頑張ってもらいたいの。」
 「本番さえ克服すれば、貴女はもっと輝けるって思うから・・・。」
それだけ言うと、八枷さんはくるりと振り返り、神歌ちゃんの席へ向かう。
 「・・・英琉さんも、ごめんなさい。」
そして、ぺこりと頭を下げた。
…その声のトーンは、わずかに重く聞こえた。
 「ううん。神歌も気にしてないから。じゃあ・・・今学期はもう少し部活に出るようにするね♪」
それに、可愛らしい声で答える神歌ちゃん。
周りの男の子たちもわずかに盛り上がる。
神歌ちゃんやさしいな~、とか、俺も今度練習見に行くよ!とか、そんな声が聞こえていた。
 「はぁぁ・・・・。」
そんな様子を見て、わたしはぺたんと席にお尻をつく。
一気に緊張が切れたので、大きくため息が漏れた。
 「大丈夫だった?風瀬さん。」
 「え?」
方城君の声がした。
声のした方をみると、私の机に両腕をつき、その上に顔を乗せて私の顔を覗き込む彼の姿が・・・。
 「ひゃ!?」
その距離の近さに、また少しびっくりする。
 「あはは。本当に風瀬さんは怖がりだね。」
 「は、はぅぅ・・・。」
方城君が私の様子を見て笑うので、私はまた顔を俯けてしまう。
 「ちょっと、聞き捨てならなかったから。」
 「・・・・・ん?」
聞き捨てならない・・・?
何のことを言ってるの・・・?
 「八枷が、君が演劇をバカにしてるって言うの。俺我慢できなかったから。」
 「え?あ・・・。」
そういえば、八枷さんはそんなことを言っていた。
でも、何で方城君がそれを我慢できないって・・・?
すると、方城君は立ち上がって私を見下ろす。
 「これからも頑張ってね。風瀬さん。」
 「はわ・・・!」
その次には、方城君の手は私の頭に乗せられ、軽く撫でていた。
そのまま方城君は、わたしの席から離れていく。
は、はぅぅ・・・。
おにぃちゃん以外の男の人に、初めて頭を撫でられちゃった・・・。

 「・・・あ、あの、華枝ちゃん。」
 「ん・・・?」
今度は、命李ちゃんがわたしの席に来ていた。
 「怖くなかった・・・?大丈夫だった・・・?」
おずおずと口を開く命李ちゃん。
その両手を胸の前で握り合わせて、その顔は今にも泣き出しそうだった。
 「うん。怖かったけど・・・方城君のお陰で助かっちゃった。」
 「方城君、かっこいいよね・・・。八枷さんのこと、怖くなかったのかな・・・。」
 「あの二人よく話してるし。友達みたいなものなんじゃないかな・・・?」
私がそういうと、命李ちゃんは、自分の席に戻った方城君を見る。
そこには、クラスの女の子たちが数人集まって、さながら神歌ちゃんの逆のような状態になっていた。
 「方城君って・・・女の子、誰にでも優しいから・・・。」
 「八枷さんも、そんな方城君の友達の一人、なんだろうね・・・・。」
……。
だれにでも、やさしい・・・。

何気なく言ったであろう命李ちゃんの台詞が、ほんのすこし、胸を締め付けた。
 「それから・・・。」
 「ん?」
 「神歌ちゃん・・・。」
 「なんで、華枝ちゃんを助けてくれなかったのかな・・・・?」
 「・・・・・・・・・。」
私が、八枷さんに詰め寄られたとき。
神歌ちゃんは・・・。

……。

 「・・・こわかったんだよ。きっと・・・。」
 「そう・・・・だよね。八枷さん、こわいもんね・・・・。」

………。

その後の朝のホームルームで、新聞部員は部活に出るように伝えられた。
おにぃちゃん、今日は一緒に帰れないのかな・・・・。



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