第1章第7話「Newcomers」

九月初頭の陽光はまだまだ厳しく、八月のものと言っても過言ではない。照りつける日差しは肌に対して決して寛容ではないし、
おまけに空気が異常なまでに熱気を帯びている。こんな中を歩いているだけでも汗は噴き出して止まらない。夏はまだ引き下がるつもりはないらしい。

暑気が猛威を揮うそんな中、ボード学園は新学期を迎えるべく始業式を行っていた。
生徒からすれば夏休みという貴重な自由時間の終了を嘆き、また勉強かと嫌になるのを認識する場に近い。



骨抜きになりそうな熱気に関わらず、“暗殺者”は相変わらず黒いドレスである。ドレスは“暗殺者”の見事な四肢の為に
誂えたというほど、文句のない出来だった。それ程までに彼女の容姿はどれを挙げても非の打ち所がない。
プロポーション抜群の艶めかしい肉体に、日差しを寄せつけぬように艶やかな紫のロングヘアー。

当然、彼女の美しさに惹かれぬ者は男女問わずおらず、すれ違う誰もが一度は彼女へと振り返る。
その美しさは確かに人目を引くが、同時にどこか毒々しくもあり、餌を誘き寄せる食虫植物が被る。

その“暗殺者”の足がボード学園へと向いたのは偶然だった。
根城とする地域の情報収集がてらに歩いていたら、たまたま通りがかったのだ。

(今日から新学期ね。“人形使い”もナツメも上手く学生生活を送れるといいのだけど。)

ボード学園の校舎を見やり、“暗殺者”は艶っぽく溜息を吐く。

ナツメは生来の明るさがあるから、友達作りにしろ学生生活にしろ特に問題はないだろう。
正義のヒロインになれるかどうかは本人次第だが。むしろ“人形使い”の方が心配だ。彼は自分を過小評価し過ぎる傾向にある。
そのことが災いして余計なトラブルに心を痛め、押し潰されたりしなければよいのだが。

(まぁ、その程度ならフェオニール家の養子にしたりはしないけど。)

まだ少年とは言え、彼は“人形使い”という“騎士団”のれっきとしたエージェントだ。様々な人形を扱うべく多様な
処世術を学んだ彼のことだ、きっとどうにか乗り越えるだろう。仮に今まで体験したことのない状況にでも出くわしたのなら、
それもまた人生と楽しめるぐらいの器量があった方がよい。

なんにせよ、“暗殺者”にとって学校に愛弟子であり弟であり、そして息子でもあるあの少年たちを入れることは歓迎だった。
学生生活を通じて今まで以上の成長を遂げ、また“騎士団”とは別に唯一無二の親友が作れるかもしれない場所。
その点で彼女は学校というものを評価しており、“人形使い”もナツメもそこでよい学生生活を送って欲しいと思っている。

(そこであの子たちはどんな選択をするのかしらね?)

校舎を眺めつつそう思う“暗殺者”の笑みは、妖艶ではあるがどこかサディスティックでもあった。



「あら?」

ふと“暗殺者”は学園の塀へと視線を移す。

塀に誰かがよじ登っていた。まだ日も高い現在、当然ながら学園前の人通りは決して少なくない。道行く人はその人物を見て
何事かと思いつつも、厄介事に巻き込まれるのを嫌ったか、或いは直感で関わらない方がよいと悟ったか、皆素通りしていく。

その者の特徴をまず挙げるとすれば、とにかくデカイ。ざっと見ただけでも190cm以上はありそうだ。
次に腰までありそうな薄水色のおさげ髪。これでもかと自己主張するかのような身体的特徴である。

「んーふふふふ♪えへへへへへ♪たまりませんな~♪♪」

朗らかな声が巨人から発せられる。声の質からどうやら女であるらしい。
だが、こんな時間にこの長身の女はここで何をしているのだろうか。あからさまに怪しい。おまけに手にはハンディカメラが
握られており、そこに映し出される映像を見ては足をばたつかせ調子の外れた鼻歌を奏でる。誰の目にも変質者であることは明らかだった。

その変質者を視認し、“暗殺者”にしては珍しくやれやれといった溜息を吐きながら歩み寄る。
黒のドレスを見事に着こなしたその艶めかしい女体の歩みは、さながら舞台女優だ。

「何しているの?」
「うへあ!?」

“暗殺者”の気軽な声に女巨人の体が大きくぶれ、ぶんと風を切る音まで立てて黒衣の麗人へと顔を動かす。
相当慌てているらしく、ハンディカメラも一緒にである。長身の女の大きく見開かれた目とハンディカメラが“暗殺者”を
捉えると、ようやく女は安堵の溜息を吐いた。だが、まだ塀から降りることはしない。

「なんだ、“暗殺者”じゃん。」
「なんだじゃないわよ、“槍使い”。覗きなんて貴女らしいけど、こんな白昼堂々とねぇ。」

“槍使い”と呼ばれた長身の女は声の主は“暗殺者”へと気軽な声を向ける。“暗殺者”の声色は一向に塀から降りようとしない
女への非難を含んでいたが、どうにも取り立てて責めようとかいうつもりはないらしい。


と言うのも、“騎士団”に在籍していればこの“槍使い”という名は必ず一度は耳にする。
その名の通り彼女もまた“騎士団”のエージェント、それもかなりの実力者である。“暗殺者”のフェオニール家に並ぶほど
歴史あるユナレシア家きっての女傑“炎使い”の弟子であり、名実ともに申し分ない。ただ、彼女には大問題があった。

それは性癖である。

“槍使い”は女でありながらは女を求める筋金入りの同性愛者なのである。その被害は“騎士団”内外を問わない。
女なら基本的に誰でもよいらしく、酷い時には任務を放り出して趣味に走る、いや爆走し味方に被害を齎すこともあった。
その度に師である“炎使い”からこっぴどく絞られるのだが、残念ながら今日までその効果はあまりない。

そして、“槍使い”は呆れるほどの楽天家であり、自分勝手で我儘な人間なのである。こんな無茶苦茶な女がよく“騎士団”の
エージェントになれたものだと、いまだに内部からは疑念が絶えない。
“騎士団”で五指にも入ろうかというトラブルメーカーとして彼女は有名過ぎた。

「いいじゃん、私の勝手なんだし。」

“槍使い”は脹れ面を作り尖らせた口からは悪びれた様子もない不平が零れる。
彼女が何をしていたかは状況が説明しているが、要はボード学園の女の子調査である。

「それもそうね。」

対して“暗殺者”はそれ以上咎めようとはしない。
これは彼女の悪い癖のようなもので、人の趣味や性癖などを悪い方向に進ませないようにするどころか、
逆に助長するような言動を平気で取ることがある。理由は至極単純、面白いからだ。それが大きな被害にならない限り
“暗殺者”は止めるつもりもないし、それで何かが起こっても本人の自業自得だ。
そもそも、“槍使い”の性癖で仮に世界が混沌の底に陥るような事態があるならば、とっくに彼女を処分している。

“槍使い”は既に“暗殺者”の方へは向いておらず、再びハンディカメラ片手にボード学園の盗撮を試みている。
どうやらお目当ての少女がかなりいるらしく、口元から涎が止め処なく垂れていた。女として、いや人としての見栄などあまりないのであろう。

「つーかさー、何でこの学校って共学なんだろうね。男なんか学校に置いたって邪魔なだけじゃん。
 “騎士団”が世界を統一した暁には、全世界の学校を女子オンリーにすべきよね。」
「それも面白そうね。」
「学校だけじゃなく、この世界から男なんか根絶させるべきよ!そう思わない?」
「いいんじゃないかしら。」

口を尖らせ常軌を逸した物騒なことを漏らす“槍使い”に、“暗殺者”は本気なのか冗談なのか分からないような同意をした。
蟲惑な微笑を口元に浮かべているのは、それがただの戯れであると信じたい。

「あまり遊びすぎないようにね。じゃ、私はもう行くから。」
「んー。仕事頑張ってねー。」

完全に人事として“槍使い”は“暗殺者”を見送る。だが、ふとあることに思い立ち、素早く顔を去ろうとする麗人に向けた。

「あのさ、このことお師匠様には言わないでよ?バレたら私、大目玉食らうなんてもんじゃないし。」

“槍使い”の師、“炎使い”は豪胆だが実直な女傑であり、常日頃からこの長身の女の悪行には目を光らせている。
特に“騎士団”は現在、“タンタロス”によるこの町での不穏な活動とその危険性を調査しているというのに、
“槍使い”の悪癖が発覚すればそれこそタダでは済まないだろう。何せ十割彼女が悪いのだから。

「なら真面目に仕事したら?」
「仕事も大事だけど女の子も大事!!」

尤もな“暗殺者”の意見に対し、“槍使い”のは私欲が優先されたような、もはや子供の我儘に近い。
内心、やれやれと“暗殺者”は失笑する。

「分かったわ。ディオナには告げ口したりしないから。」
「ホント?」
「本当。」
「ホントにホント?」
「本当に本当。」

紫のロングヘアーの麗人が作る笑みは、一見すれば相手を安堵させるような上品さがありつつ、
決して常人には覗けぬ裏側には嗜虐的な顔が潜んでいる。その真意も当然ながら推し量ることはできない。

「じゃあ、お師匠様には内緒ね。」
「ええ。」

愚かにも“槍使い”はサディストな麗人の微笑の正体に気づけず、あっさりと信じてしまった。
そして今度こそ去っていく“暗殺者”を止めようとせず、また女の子探しを始めるのだった。
もしも今からでも心を入れ替えて任務に励んでいれば、この後己の愚行を酷く悔やむこともなかったというのに。



「あら、ノア。お久しぶり・・・・・・ええ、ちょっと頼まれてほしいのだけれど・・・・・・そう、ディオナにね・・・・・・
 ありがとう、ノア。それじゃあ、また現地で会いましょう。」

“槍使い”と別れた“暗殺者”は黒い携帯を手にしていたエナメル質の手提げ鞄にしまう。

「別に私は告げ口したりなんかしないわ。ディオナにはね。」

彼女の作る笑みはやはり傍目にも穏やかなものにしか見えない。その裏で毒蛇が舌を出し入れし獲物を
尽く苛め抜こうと狙い澄ましていようとは、誰も見抜けはしないだろう。





始業式もホームルームも終了したボード学園。その高等部二年A組は、今日だけで四人も転入生が加わった。
クラスでは早速そのことが話題となり、何ヶ所かでグループが形成され会話に華が咲いている。

「どうも。」
「え?」

風瀬列が友人の護矢晃輝と会話している時に、その男は何の前触れもなく彼に話しかけていた。
八代みつる。本日よりボード学園高等部二年A組に加わった、転入生の一人である。
まさか向こうから話しかけて来るとは思ってなかったか、列も晃輝もややたじろいだ。

「えっと、八代君・・・だよね。」
「そ。君たちは・・・えっと・・・・・・」
「あ、俺は風瀬列。で、こっちが・・・・・・」
「護矢晃輝だ。よろしくな、八代君。」

列は緊張気味だったが、晃輝はその頃には割と落ち着きを取り戻していた。八代は何度か二人を確認するように
交互に見渡した後、穏やかに微笑みを作った。人懐っこい笑顔だ。
八代は薄水色の髪にエメラルドに近い色の瞳をし、顔立ちも中性的。はっきり言って美形だ。
体格も華奢な為か、彼の姿形には非のつけようもない。先ほどから周囲の女子から注視されているのも偶然ではない。

「風瀬君に護矢君、か。二人ともいい名前だね。」
「別に呼び捨てでもいいぜ。こっちもその方が楽だしな。」
「ん?じゃあ列に晃輝、こんな所か。俺は八代でいいよ。」

晃輝の勧めで八代は早速二人を名前で呼ぶ。気軽な様子には不快さはなく愛嬌があった。
列もこの八代なる転入生が、少なくとも悪い印象はないなと判断し、ようやく自分から口を開いた。

「八代は・・・えっと、いつ頃こっちに越して来たんだ?」
「夏休みくらいかな。妹とか姉貴とかも一緒にな。」
「姉?妹は確か中等部の子だったよな?お姉さんは何してるんだ?」
「姉貴は薬局で仕事だよ。八代薬局って最近できたんだけど、俺たちそこに住んでんだ。」

八代薬局がどこかは知らないが、そういえば新しく薬局ができたとか何とかという話を列は部活中に聞いた覚えがあった。

「さっそく仲良くしてる?」
「雅菜。」

列、晃輝、八代はほぼ同じタイミングでこちらに来た女生徒に向き直る。
女生徒は草加雅菜だった。雅菜の傍には八代と同じ転入生の志熊京、そして豊桜冥が連れ添っている。
京は学校というものが初めてということもあり緊張しきりである。一方の冥はと言うと、一応、人当たりの良さそうな笑みを
貼りつけているものの、あまり開かれていない双眸から彼女の様子を察することはできない。

「志熊さんに豊桜さん。こいつは私の・・・・・・まぁ、幼馴染かな。風瀬列よ。」
「なんだよその“かな”って。あ、風瀬です。よろしくね。」
「は、はじめまして。志熊京です。」
「豊桜冥です。こちらこそよろしくね、風瀬君。」

京と冥はそれぞれ列に挨拶を返す。京はしゃちほこばってどこかぎこちなく、冥は至って自然体だ。

「んで、俺が護矢晃輝だ。よろしくな、お二人さん。」
「よろしくお願いします。」
「同じく。」

気さくな晃輝の対応は京の緊張の糸を随分解し、お陰で先ほどよりも言葉はすらすらと喋れた。
冥は短く同意しただけだが、口調に少し冗談交じりな響きがあったので、彼女も晃輝には良い印象を抱いているのかもしれない。

「ねぇ列。そろそろ部活じゃない?」
「ん?おっと。じゃ、俺はお先に。」

雅菜に促され時計を一瞥すると、列は素早く鞄を持って立ち上がり教室を出た。
残された雅菜たちはしばらくその背を見送り、それが見えなくなると再び輪を形成する。

「何?列って部活か何かしてるの?」
「ええ。新聞部よ。」

新聞部と聞き、八代はなるほどと納得する。そういえば学内の廊下に何枚か“学園新聞”なるものが設置されていた。
新聞は学生が自由に取れるよう、廊下の壁面に設置された机の上に、ちょうど新聞が収まるぐらいの箱に入れられ置かれている。
八代だけではなく京や冥もそれに思い当たり、なるほどという顔をしていた。

「ただ、あいつあんまジャーナリスト根性ってのはないしな。良くも悪くも。」

晃輝はやれやれと肩を竦める。

それからしばらく五人は談笑したり、他に話しかけてきた生徒たちと会話をしたりで時間を潰していた。
ややあって、八代がふと別の机に視線を移す。それは最後の転入生、白鷺緋色だった。緋色は赤髪に金と銀のオットアイという
外見からか、それとも誰も近寄らせないという猛獣の威圧感にも似た何かを発している所為か、周囲から孤立している。

「おーい。君もこっち来ないか?」

そんなものを無視したのかどうか、八代は友好的な笑みで緋色に呼びかける。しかし、緋色はふんと鼻を鳴らしただけで、
一向に視線を合わせることもしなかった。これには流石に引き下がるより他はない。

「ありゃりゃ。もうちょっと友好的にしてくれてもいいのにな。」
「はぁ。問題があるのはシンだけにしてよね・・・・・・」

雅菜は将来トラブルメーカーになるのかもしれぬ少年を見て、現トラブルメーカーの名を浮かべ重い溜息を吐く。
空気を吸うようにサボる同級生だけでも手を焼いているのに、厄介事がこれ以上増えても困ると、
明らかに非難めいた感情がその溜息には籠められていたのだった。





新学期は新とつくだけあって、今までの休みで育まれた怠惰な気持ちを綺麗に捨て去り、代わりに“新しく”気持ちを入れ替えねばならない。
また授業が始まり、秋には文化祭や体育祭などがあるという事情があるから、気持も変わっていくのかもしれないが。
それにしても、この日の新聞部部長、桐島ふゆみの宣言は気持ちの入れ替わりには度を過ぎているものがあった。
新学期の新聞部の活動指針を、彼女はこう宣言した。

「仮面ライダーの謎を追いましょうッ!」

丹田から声を振り絞ったような力強い一言は、部員たちの表情を紙粘土のように心許ないものに変えてしまった。
ただ一人、新聞部でもないのにこの場にいる水野水美だけは拍手していたが。

「皆も知っていると思いますけど、この町には仮面ライダーや怪人の謎が真しなやかに囁かれております。
 それに対し、我々新聞部がすべきこととは何でしょう?当然、その謎を解明することですッッ!」

置いてけぼりの部員たちを他所にふゆみは身振り手振りを交えどんどん話を膨らませていく。もはや会議ではなく演説の域だ。
しかもふゆみには求心力というものが“不幸にも”あったお陰で、部員たちは次第にそれもいいかなとか考えだす。

「部長、少し待ってください。」

だから、ここで副部長の町崎光人が半ば強引に割って入らねば、誰もがふゆみに連れられて都市伝説を追う破目になっただろう。
最初からその気だったふゆみは当然、光人の横槍を快く思うはずがない。

「貴女は何を言っているのですか。仮面ライダー?確かに都市伝説として広まっているけど、そんなものを追ってどうするのです。」
「都市伝説だから追うのですわ。人知れず戦う仮面の戦士の噂、町崎君は気にならないですか?」
「気にならない訳ではないです。しかし、貴女はこの記事を取り扱うリスクを考えたのですか。」

息巻くふゆみとは対照的に光人はひたすら冷静だ。悠然とした態度に、剃刀の刃のような冷たさすら漂う。

「仮にこの噂が本当だとして、我々の身の安全は保障されますか?それに、この記事を読んだ生徒が興味本位で
 手を出した結果、仮面ライダーと同じく噂になっている怪物に襲われでもしたら、責任を取れると言うのですか?」
「う・・・・・・そ、そんなの・・・・・・」
「分からないでは済まないのです。部長、もしもこの内容を記事にしたいというなら、それだけの覚悟があるのですよね。
 ただ自分の中の探究心を満たしたい為だけなら、二度とこのような話題を持ち出さないように。」

光人の言葉は正しく、そして見方を変えれば冷ややかだった。何も光人とて嫌がらせでこんなことを言っているのではない。
彼もまた根はふゆみと同じジャーナリストであり、真実の追求に意欲を燃やす人物である。
しかし、彼は熱血とも言える部長と違い、一歩後に退いた立場の、言わば客観的な視点で探究する。
それ故に二人はしばしば対立するのだが、今回は光人優勢で終わりそうだ。結果、ふゆみの勢いに飲まれかけていた部員たちも急速に熱を失っていく。

その中には列もいた。彼も最初こそ部長の熱き血潮溢れる説明を聞きその気になりかけたものの、
副部長の尤もな意見に突っ走ることはなかった。内心、そのことに気づいた列は、沈静すべく溜息を大きく吐く。

「ぶー。せっかく盛り上がってたのにー。」
「水美・・・・・・重い。」

列の頭に肘を乗せ頬杖突く水美だけは今でもその気らしい。自称天才少女は見た目通り生意気にも人の頭の上に圧し掛かるものだから、
列は重みに耐えかねて不本意にも机に突っ伏す形を取らされてしまう。

「せっかく噂の仮面ライダーの正体が分かるかもってなのに、こんな段階で躓いてどうすんのよ。」
「しょうがないだろ。怪物に襲われでもしてみろ、ひとたまりもない。それに、仮面ライダーがいるかどうかも分からないし、
 仮にいても俺たちで見つけられるなんてとても思えないよ。」
「だったら見つけるよう努力しなさいよ。凡人ができるのなんてそんなもんなんだし、第一、
 やってもいないのに諦めてちゃ一生凡人どころか凡々人じゃない。」
「なんだよそれ。」

さっさと諦めればいいのにと列は思う。
水美は自分が天才だと言って憚らない。だから、平気で他人を過小評価する。
列もいい加減慣れたつもりだが、それでも時々彼女の侮蔑交じりの口調には辟易してしまう。

気づけばふゆみはもう言い返す材料も気力もなくなったか、膨れ面でデスクトップを睨んでいた。
こうなってはまともに部が機能しなくなる事態を恐れた光人は仕方なく、せめて今後の予定でも決めるべく黒板の前に立つ。
光人の口が開き、活動予定などが話されようかという時だった。部室の扉に控えめなノックがなされた。

「はい?」

光人は扉に歩み寄り開け放つ。瞬間、彼には珍しく息を飲んだ。

訪問者は二人の男女だった。ボブカットの少女に目鼻立ちの整った少年。二人とも髪の色はアイスブルーである。
また、夏が過ぎ去るには早いこの時期だと言うのに、どちらも肌の露出は極めて抑えられている。
制服はやや丈が長く、少女は黒のパンストまでしていた。

全員の視線が二人に向く。こういったことに慣れてないのか、二人は顔が紅潮し背筋が変にぴんとしていた。
最初、光人はこの二人は誰だと逡巡したが、すぐに思い出せた。彼は、いやこの場にいる全員が二人を一度見ていたのだ。
それは始業式で、転入生の紹介として姿を見せた時である。中等部に属していたはずだ。

「君たちは今日からの転入生でしたよね。」
「は、はい。」
「ぼ、僕は、転入生のユリウスです。こちらが、その、イオです。」

ユリウスと名乗った少年は傍らのイオなる少女と一緒に自己紹介をする。名前からして帰国子女だろう。
やけにおどおどしているが対人恐怖症なのかもしれない。そんなことはおくびにも出さず、光人は努めて冷静に対応しようとする。

「二人は入部希望か何かでしょうか。」
「は、はい。私たち、その、えと・・・・・・」
「焦らなくていいですよ。少々お待ちください。部長。」

まだむくれているかと思ったが、今のふゆみの振る舞いからは特に何も感じさせなかった。二人の転入生へと
歩み寄る姿も違和感なく、自然とその前に立つ。威圧するでもなく値踏みするでもなく、ただ真っ直ぐに目を見て。

「ごめんなさい、ちょっとゴテゴテしていまして。私が部長の桐島ふゆみ。こちらは副部長の町崎光人です。
 二人は見た感じだと入部希望と見ていいのかしら。」
「えっと、あの、ろ、廊下の新聞・・・・・・あれを、その、読みまして・・・・・・」
「僕たちもこういうのを書いて・・・・・・みたいなと・・・・・・や、やっぱり、無理なのでしょうか。」

イオとユリウスはいよいよ緊張のあまり声も小さくなっていく。

「とんでもない。私たちの新聞を見て興味を持ってくれて、しかも転入したばかりなのに来てくれて嬉しいわ。
 あなたたち、まだ時間大丈夫?よければまだ部活は続けるから、体験入部など如何かしら?」
「体験・・・・・・」
「入部・・・・・・?」

今にも尻込みしそうな転入生たちに、ふゆみは体験入部という門戸を用意し迎え入れようとする。
それに続くように、光人も温和な表情で二人にやんわりと声をかけた。

「イオさんにユリウス君・・・・・・でしたね。二人も我々がどのような活動をしているか、この体験入部で
 知ってみるのはどうでしょうか。本格的に入部するかどうかはその後でも構いませんので。」

自分たちの新聞を読み、しかもここまで足を運んでくれたことは素直に嬉しい。本心は入部をさせたいが、
本人たちの意向もある。その為の体験入部だ。これによりボード学園新聞部を知ってもらおうという算段であった。
新聞部がどのような活動をしているのかを実際に見て覚え、より興味を持ってもらいたい。
イオとユリウスはしばらく二人でどうするかなどと小声で会話を交わしていたが、数分ほどしてようやく決心がついたようだ。

「あの・・・・・・えと・・・・・・」
「私たち・・・・・・体験入部しても・・・・・・・よろしいでしょうか?」

ふゆみも光人もこの時ばかりはやったと心躍り、思わず笑みが零れる。そそくさと二人を部室に招き、
今度は教室中の視線が二人に向けられる。対人恐怖症らしいこの二人を長い間こうする訳にもいかないので、
部長と副部長はとりあえずサポート役となる部員を選ぶことにした。

「風瀬君。お願いできるかしら?」
「俺ですか?構いませんけど・・・・・・」

ふゆみより指名を受けた列はまだ頬杖突いていた水美を払い、転入生たちの前に立った。
二人とも綺麗な髪だなと列は何気なく思う。

「俺は風瀬列。えっと、イオちゃんにユリウス君だよね。ようこそ新聞部へ。」

彼なりに気を利かせた一言はどうやら功を奏したらしい。二人の視線が列と交わった。
髪と同じく美しいアイスブルーの瞳孔。それに列の姿が鮮やかに映っていた。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。ふ、風瀬先輩。」

代表してイオが挨拶を返し、それから二人は寸分の狂いもなく、同じタイミングでお辞儀をした。



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最終更新:2009年04月25日 21:08
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