第1章第28話「黒姫、参る」


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

作:イシス


PM.22:50 鉄道の整備所


電車とは数多くの人を乗せ行き来する、今の時代には欠かせぬ移動手段だ。様々な地点に歩くよりもずっと速く
到達してくれるのだから、ありがたいことこの上ない。人によっては電車の利用が生活の中で大きな位置を
占めているという者も少なからずいるだろう。当然、電車とて使い続ければ消耗もするし、整備を怠れば使え
なくなってしまう。ここの整備所では少しでも長く電車を使えるようにと、車体を休ませ為の設備が整っている。
ここにだって利用時間というものがあり、整備の人間がいる時もあればいない時もある。

だが、今いるのは“人間”ですらない。頭と背中からそれぞれ小型のものと大型の羽が生え、全身もしっかりと
筋肉の鎧に守られた異様な姿の怪物だった。怪物はその容姿以上に、全身から湧き立つ群青の泡が特徴的だ。
それは時が経つに連れて少しずつ膨れ、弾ける量も多くなっていく。まるで全身が泡として空気に溶けていく
ような、幻想的でしかし不気味な光景である。


蝙蝠の異形は鋭い眼光をさらに鋭くして辺りを窺う。蟻の子一匹すら見逃すまいという鬼気迫るものがある。
しかし、この怪物は致命的なミスを一つ犯している。蟻どころか、ここには“人間”がしっかりといるのだ。

緑の車体の陰に見事なスタイルの美女が身を潜めている。その艶めかしい四肢は完全に夜の空気と同化しており、
いかに怪物の鋭い眼光でもなかなか捕捉できない。ここまでくると軽く人間離れしている域である。紫のロング
ヘアーをした美女、“暗殺者”は息を殺し相手の様子を窺う。表情からはおくびにも出さないが、“暗殺者”は
注視する蝙蝠の異形、バットタンタロスの動向が頭の中で引っかかっていた。


なぜあの“タンタロス”はここから離れようとしないのだろう。“タンタロス”の行動パターンというものは大体
決まっていて、人間を襲うのが殆どだ。この“タンタロス”のように、まるで何かを守っているように徘徊する
など聞いたことがない。仮にあの“タンタロス”がここで何かを守っているとして、では“何”を守っていると
いうのだろうか。車体の陰からは全てが見える訳ではないが、取りあえず見ている分には怪しい個所は何もない。

だが、バットタンタロスは歩き回ったり時折宙を舞っては旋回し空中からの監視もするが、遠くにいこうという
ことはしない。バットタンタロスが拠点しているのは、道具を積載したリヤカーの周辺だった。そこから離れ
ようとしないのだから、そこに秘密がありますよと宣伝しているようなものだ。

(あらまぁ・・・涙ぐましい努力ですこと。)

“暗殺者”は心の中で失笑を漏らしていた。所詮は畜生程度の知能しかないという訳だ。ここに何かを隠した
誰かがこの“タンタロス”に警護の真似事をさせているのは、早い話それしか使い道がなかったからなのだろう。
或いは、悟られても別に構わないのかもしれないと“暗殺者”は思った。それはあそこに隠した秘密が、如何に
“騎士団”や他の組織が調べても手を加えたとしても、どうにもできないという自信があるということだ。

ならあの“タンタロス”は精々、害虫駆除程度の役割しかないことになる。なんと哀れなものか。もしも自分が
舞台女優だったら、観客の涙を誘うような悲壮感漂う演技をしているに違いないと“暗殺者”は嘆息する。実質、
ここで有力な情報は殆ど得られないようなものではないか。もしもあるというのなら、ここに隠した者はあまり
頭が働かないことを願うしかばかりだ。

(さて・・・そろそろ・・・・・・)

これ以上見張っていても得られる物はないと判断し、“暗殺者”は僅かに姿を晒す。幸い、“タンタロス”はまだ
“暗殺者”に狙われていることに気づけておらず、奇襲を仕掛ける隙はある。長年の戦士としての勘が紫の髪の
麗人に頃合いだ、いやまだ早いなど、様々なタイミングでの成否を訴えかけていく。その中から彼女はもっとも
適した選択を選び、いよいよそれが実行に移されようとしていた。

(・・・・・・!)

緑の車両の陰から躍り出ようとした“暗殺者”だったが、咄嗟にその身を再び潜めた。彼女の最も得意とする
暗殺に適した機会がいきなり潰えてしまったのだ。


月明かりを背に、砂利を踏みしめ路線を歩く者がいた。胸には銀の十字架を掲げ、黒を基調とした衣装はどう
見ても修道女だった。背はかなり小柄な方で、15に達しているかどうか。また、服装自体は修道女のそれだが、
頭を覆うケープがないので髪がしっかり露わになっていた。長い桃色の髪で、どこかの令嬢のように前髪を
しっかりと揃えている。そして修道女は嫌に感情に乏しい表情をしていた。その癖して顔立ちが不気味なほど
整っていて、まるで人形が夜中に歩き回っている怪談話を目撃しているようだと“暗殺者”は思った。


修道女は一定の速度で歩みを進めていく。その先にはバットタンタロスがいた。だが、“タンタロス”は修道女を
排する行動に出ようともせず、むしろその到着を今か今かと待ち侘びているようにさえ見える。やがて修道女が
バットタンタロスの前に立った。両者の間の身長差は相当なもので、“美女と野獣”という言葉はこういう時に
使われるものだと見る者を感心させただろう。

『キキィ・・・』

甲高いが極力ボリュームを落とした声がバットタンタロスから聞こえた。バットタンタロスは修道女に矢継ぎ
早に語りかけ、“暗殺者”はそれを報告なのだと判断する。修道女は視線も挙動も一ミリたりとも動くことをせず
異形の言葉を聞き届け、それが終わるといつの間に持っていたのか、青い宝石を差し出した。

『クキキィ!』

“タンタロス”から興奮の声が上がった。かなり値打ちがありそうなその宝石が、異形の裂けた大口に飲み
込まれる。わざわざ誇示するようなゴクリという音がしたと思うと、バットタンタロスの体から湧き立つ泡が
次第に少なくなっていた。それが何を意味するかは探るまでもない。あの宝石は人間の命かそれに準ずる何かだ。

初めて修道女の瞳が動く。その先にあったのはバットタンタロスが守るリヤカーだった。それを見つめたのも
ほんの僅かな時間で、作り物のような目が再度バットタンタロスに向く。小さな翼を備えた異形の頭が大きく
頷かれた。もう成功した気でいるものだろう。修道女の表情は相変わらず変化がなく、“タンタロス”の態度に
どのような感情を抱いたのかも分からぬ内に踵を返した。その足取りに余計な動作はない。ただ目的を忠実に
遂行する自立人形のようであった。





「お仕事ご苦労様。ぐるぐる回ってばかりで大変だったでしょう?」

艶やかな声はこの夜の空気に不思議とマッチしていて、それ故魔性の声を思わせた。魔性は蝙蝠の異形の方だと
いうのに、“タンタロス”はその声に薄ら寒いものを感じずにはいられない。気軽な口調に反してその声色には
まるで人としての温もりといったものがない。バットタンタロスには人間の言葉など分からない。だが、奥底に
隠されたメッセージを知りたくもないのに読み取れてしまう。

“だから楽にしてあげる”、とでも言うべきだろうか。

「聞きたいことは色々あるのだけれど、私“タンタロス”の言葉を知らないのよね。どうしましょうかしら。」

声の主の女、“暗殺者”が黒いドレスを翻しながら“タンタロス”へと歩み寄っていく。女優のように見栄えする
歩調からは一切の隙を見いだせない。しかも“暗殺者”は自然と自分の有利な地形、位置を選択していた。
無駄な動作を感じさせない動きに“タンタロス”も気づけたかどうか。

最初こそ意表を突かれ困惑していた“タンタロス”だったが、だんだんと泡立つ頭に血液が逆流する感覚を抱く。
自分が人間に虚仮にされているからだ。人間は“タンタロス”にとって命を繋ぎとめる為の食料でしかない。
糧となって初めて益となる程度の価値しかない生き物が、圧倒的に優れた能力を持つ自分たちに生意気にも口を
きくこと自体が許されない。

『キキキ・・・!』
「あら、もうそのつもりなんて。意外と短気なのね。」

己の強大さを強調するようにバットタンタロスの背の翼が展開される。全長は悠に自分の身長を超えている。

『キィェーーーッ!』

“タンタロス”は相手の出方を待たず、不意打ち同然に突進する。発達した翼の力を利用した突進は、いきなり
大砲の弾が飛んできたと錯覚するほどだった。直撃でもすれば内臓が破裂するどころか、全身がバラバラになる
ほどの衝撃で簡単にあの世へ逝けるだろう。

だが、バットタンタロスには人間の肉を潰す感触がこなかった。どころか、さっきまで優雅に振舞っていた麗人
すらいない。ただの人間が“タンタロス”の攻撃を見切ることなど決してできやしない。滞空しつつバットタン
タロスはすぐに“暗殺者”の気配を探る。“暗殺者”は気配を隠そうともせず、電車の天辺に優雅に立っていた。

「まぁ、話なんか聞けなくてもいいのだけれどね。手掛かりはそこにあるのだし。それに・・・・・・」

それまで艶っぽい声をしていた紫のロングヘアーの麗人は、声色を豹変させる。一片の慈悲すら存在しえぬ。
女の声の調子は、ただ一つの目的からきているようであった。

それは、殺戮。


「この世に“タンタロス”が存在することは許されない。お前たちはこの世の秩序を乱す害悪でしかないの。
 だから、私自らが幕引きしてあげる。“騎士団”としてね。」


“暗殺者”は左手を前に突き出す。腕には見事な造りをした黄金の腕輪がしてあった。しかし、月明かりを
何倍にも明るく反射させそうな黄金の腕輪には、この夜の闇を凝縮したような漆黒の宝石が備わっていた。


「変身。」


その艶めかしい唇がそう呟くと、黄金の腕輪にある漆黒の宝石が黒い光を放ち、“暗殺者”を包み込む。

黒い光の中から出てきたのは、光と同じ黒い軽装甲に覆われた戦士であった。軽装な見た目は身軽な動きが
可能であろうことは容易に想像できるだろう。その姿は“暗殺者”の名をそのまま体現しているようでもあった。
最大の特徴は頭部の仮面。狐をモチーフにしたようなそれを備える黒衣の戦士は、今この街を賑わす都市伝説、
仮面ライダーそのものであった。


「仮面ライダー黒姫、参る。」


黒衣の仮面ライダーは短く名乗る。宣言はそれだけ、死出の駄賃には十分なほどだ。

『キィイイイイイイイッ!!』

耳を劈く甲高い声を上げながら、バットタンタロスは黒姫へと強襲をかける。だが、発達した爪牙は掠ること
すらできなかった。黒姫は“タンタロス”と同等かそれ以上の速度でその場を離れると、飛翔しながら移動する
“タンタロス”の動きにしっかりと付いていく。異形の動きを制限すべく、黒姫の黒い籠手で覆われた腕が
何かを放る。それは鋭利な短刀であった。一挙動で放たれた数本の短刀がバットタンタロス目がけて凄まじい
速度で迫る。とはいえ、短刀程度でやられるほど“タンタロス”は弱い種ではない。振り返り様に腕を軽く
薙いだだけで、短刀は全てあらぬ方向に弾かれてしまう。

だが、その時には黒姫も自分の後を付けていなかった。

『ギッ!?』

素早く地を見渡しても黒衣のライダーの影すら掴めない。途端、鋭い痛みが翼に走った。血の代わりに群青の
泡が止め処なく湧き立っては消えていく。翼の傷はかなり深く、最大の強みである飛行も不可能となり、バット
タンタロスはあっという間に高度を落としていく。地に落ちるまでの一瞬、“タンタロス”が見たのは月を背に
した漆黒の処刑人だった。

『グギャッ!』
「あら、あっけないのね。」

無様に地に叩き伏せられた“タンタロス”とは対照的に、黒姫はあくまでも優雅に電車の上に舞い降りた。
さらに黒姫は“タンタロス”へと肉薄する。ただ近づくのではなく、電車から電車へ次々と移りながらだ。

黒姫の強みはただ身体能力が高いだけではなく、培われた戦闘センスは並の“タンタロス”程度では敵わない。
立体的な戦闘を最も得意とする黒衣のライダーにとって、電車の車体を伝っての移動はお手のものだ。黒姫は
地を走ることしかできないという考えしか頭の中になかった“タンタロス”には、縦横無尽に動き回る
ライダーの動きに完全に翻弄されてしまう。

月光を照り返しながら、黒姫のナイフが何度も閃きバットタンタロスを切り刻む。一切り毎に“タンタロス”の
肉体を構成する群青の泡が零れていく。それは急速に命を縮めていることを意味した。

「ふっ!」
『ギゲェッ!』

黒姫の蹴りがバットタンタロスの水月へと見事に突き刺さる。受けた傷と蹴りの一撃は勝負を決するには十分な
ダメージだった。だが、黒姫に“容赦”などという言葉はない。

「さようなら。そしてあの世でも永遠の責め苦を味わいなさい。“タンタロス”にあの世があるかどうかは知ら
ないけどね。」

黒姫の左足に闇よりも暗い光が纏わりつく。それを十分に溜めこみ、黒衣のライダーは最高速度で異形の懐へと
飛び込む。仮に万全の状態だったとしても、その動きを捉えられたかどうか。ただ一言。


「暗黒殺戮脚。」


この死の言霊だけは決して聞き逃さなかっただろう。それは例外なく敵を殲滅する必殺の宣言。

黒姫が放ったのは大きく回転した反動を利用した後ろ回し蹴りだった。黒姫の技の中で最高の威力を誇るこの
技を受けて無事でいられる存在は少ない。蹴りが直撃したバットタンタロスは大きく吹き飛ばされ、先ほどより
強く地に打ちつけられる。何度か痙攣を繰り返しそれも収まると、“タンタロス”の肉体は燃え上がり、最後は
けたたましい音と閃光、そして大量の炎を死に絶えた肉体から放った。





変身を解いた“暗殺者”はバットタンタロスが守っていたリヤカーへと歩み寄る。乱雑に鉄道補修に使うと
思しき道具が満載され、その中に何か大事な物が隠されているのは誰でも予想できただろう。“暗殺者”は手近な
鉄棒を取り、それを使ってリヤカーの中身を一つずつ落としていく。

「・・・これは?」

この麗人にしては珍しく驚きの混じった声が漏れた。それはリヤカーの底にあったものが、彼女の予想から
大きく離れた代物だったからだ。

「何かの呪文なのかしら。」

“暗殺者”がそう呟くのも無理はない。そこにあったのは、見たこともない異様な紋章だったのだから。
円で囲まれた五芒星によく似た形のそれは、よく見るとその一辺が何かの文字で描かれていた。しかも文字は
どう見ても人間が使っているものではない。紋章は不気味に明滅を繰り返し、見ることすら危険だと想起させた。

胸の中に不快な蟠りが残ったような気がする。これを残しておくことは、後々に大きな災禍へと発展してしまう
のは火を見るより明らかだが、現時点では何ら対処法は浮かんでこない。とにかく何とかするしかないという、
“騎士団”でも屈指の実力と美貌を備えた才女ですら、具体性のない考えしか出てこなかった。

「カイン・・・貴方はこれで何をする気なの?」

分かっているのは唯一つ。これがかつて愛しあった男の取った手段ということだけだった。











PM.18:36 廃工場


工場内は鼻腔を狂わせるほどの鉄の臭いで溢れかえっていた。床や壁には赤黒いペンキみたいなものがこびり
付き、さらに大小様々な物体が乱雑に散らばっている。それは黒い腕のようなものや、白い足のようなものだ。腕や足、胴体や頭なども転がっており、さながら地獄絵図の如き光景になっていた。

さらに凄惨な内容が書き加えられていく。いきなり全身黒スーツの人間が落ちてきたかと思うと、その上に
勢いよく巨大な物体が落ちてくる。巨大物体は黒スーツを着た人間の胴から上にかけてを容易く潰してしまう。

「・・・・・・」

しばらく痙攣していた残った下半身を、軍服の女―リサ・シュルフは切れ長の目に何の感情も宿さず見下ろす。
だが、心の中では不思議と満たされるものがあった。それは己の方が上だったという強者としての自信もあるが、
何より久々に“殺した”感覚を味わえたことが一番大きいと思う。それも“仕事”の最中にだ。

互いに獲物を求め、殺し合い、そして勝つ。“死神”リサ・シュルフとして、これ以上の喜びはない。

(なんということだ・・・鬱憤でも溜っていたのか。)

そして、そんな感情を抱いてしまっていることにリサは驚きや怒り、呆れなどが複雑に混じった溜息を一つ吐く。
自分がこんな溜息を吐く羽目になったのも、そもそもあんな依頼主の誘いに乗ってしまったからだ。風瀬華枝の
誘拐を依頼した方ではない。彼女の元々の依頼主だ。

「・・・今はあの人のことはいい。考えたくもない。それよりも、ハナエだ。」

リサは黒スーツの人間を潰した己の得物、巨大な骨組みの大剣を軽々と肩に担ぐ。ターゲットの方にもこの競合
相手たちが向かっていった。これで横取りされたとあっては、“死神”の名折れだ。

「さぁ・・・いこう。」

そう呟くと、忽然と軍服の女の姿は消えていた。最初からそこにいないもののように。





PM.18:51 工業団地 路上


リサ・シュルフがここへ姿を現したのは、殺し屋としての才覚からかはたまた偶然だったからなのか。切れ長の
双眸が見たのは、標的を追っていったはずの黒と白の者たち。彼らは皆、戦闘不能に陥っており、しかも彼らの
上では黒い何かが滞空していた。背からは高速で動く羽らしきものがあり、大きな赤い複眼のようなものもある。

「・・・あれは・・・ライダー・・・・・・なのか・・・?」

職業柄、仮面ライダーの存在は知っている。事実、彼女の雇い主が“王”と崇めるあの男も仮面ライダーだ。
だが、それが何故こんな場所にいるのか。そしてどうして標的を追っていたはずの競合相手たちはああやって
倒されてしまっているのか。やがて、彼女の中で考えが一本の道として現れる。

「もしや・・・あれはハナエなのか?」
「その通りです。」
「!?」

リサの首は素早く声のした方向へと向く。彼女の後方から、ハイヒールが地面を突く独特の音を立てながら、
アタッシュケースを持ったスーツ姿の女が歩いてくる。なかなかに高い身長、抜群のプロポーション、そして
黄金で編まれたような美しい髪は、一流のモデルか何かと勘違いさせる。

無表情の仮面でリサはその女を真正面から見据える。だが、心中では警戒心と殺意が渦巻いていた。“死神”と
恐れられる自分に真っ向から歩み寄ろうとする女。まず間違いなくタダ者ではないだろう。

「はじめまして、リサ・シュルフさん。私はガブエイアと申します。」
「・・・はぁ。」

こちらの心境を知ってか知らずか、ガブエイアと名乗った女はこれ以上なく慇懃な笑顔と挨拶をする。気のない
返事を返すリサだが、本心ではガブエイアへの警戒心をますます高めていた。

「お気持ちは分かりますが、そう構えないでください。争うつもりはありませんので。」

やはりこちらの思惑などお見通しか。これ以上この女のことを勘ぐってもどうしようもないと思い、リサは
考えを改めることにする。敵として決める前に、まず確認しておきたいことがあった。

「あなたが私にハナエの誘拐を依頼したのですか?」
「ええ。」

ガブエイアは即答する。隠す理由もないらしい。その方が話を進めやすいので、リサも特別どうこう思うことも
なかった。切れ長の瞳をガブエイアへ真っすぐぶつけながら、リサは再度口を開く。

「依頼人、ガブエイアさん。この場合、依頼はどうすればいいのでしょうか。依頼には“捜してくれ”とあり
 ましたが、あの場合・・・」

言いながら、リサは黒いライダーの方へと視線を移す。

「“殺してしまう”のは大丈夫なのでしょうか。」

声の調子は決してハッタリなどではなかった。もしもガブエイアが許可を下してしまえば、間違いなくリサは
そうしようとしただろう。

「今はまだやめておきます。ですが、その時が来れば・・・」

金髪の美女はそれ以上言及しようとしなかった。リサも特別そのことを掘り下げようとは思わなかったし、
その時に殺して金さえ貰えるならそれでいい。黒いライダーの話題も早々に打ちきり、ガブエイアは次の話題に
移そうとする。まず、ガブエイアは持っていたアタッシュケースをリサの顔の前に持ってくる。

「こちらを。」

微笑を作りつつ、ガブエイアはアタッシュケースを開く。その中にあるのは、普通ではお目にかかれない札束の
山だ。ざっと見ただけでも一千万はあるだろう。真っ当な金銭感覚の者なら平然としてはいられない代物を、
ガブエイアは不気味なほど美しい笑みのままリサに見せる。

「あなたの他にも依頼した者はいますが、あなたと正式に契約を交わすのが目的を最も効率よく達成できると
 思い、このお金を用意しました。ひとまずこれは前金で、後ほど正式な契約を交わしたいと思うのですが。」

この半端ではない額は、ガブエイアがリサ・シュルフについてよく調べていると分かる。リサは金さえ払えば
どんな汚い仕事でも平然と引き受ける、ある意味殺し屋として純粋な女である。そんな彼女にこれだけの額を
目の前でちらつかせれば、返事一つで快諾するであろう。

だが、リサの反応はガブエイアの予想していたものとは大きく異なった。顎に手を当て、いぶかしむような目で
札束を覗きこむ。さらに懐疑の視線はガブエイアにまで及んだ。これにはガブエイアも多少驚き、やや目を丸く
してしまう。

やがて、リサは重々しく溜息を吐いた。信じられないことに、彼女は金を前にして迷っていたようだ。

「・・・すいませんね。本当は金のことで悩みたくはなかったのですが・・・」

少し声のトーンを落としながらの謝罪をしつつも、リサはしっかりガブエイアから札束のアタッシュケースを
受け取った。

「分かりました。ガブエイアさん、あなたと契約をしましょう。詳しいことはまた後ほどということで。」
「え?は、はい。」

打って変わってリサの声の調子は元の鋭利な響きを取り戻し、その急な変わり振りにガブエイアは面喰わずには
いられなかった。それもほんの僅かな間で、ガブエイアはまたも口元に薄笑いを浮かべる。

「随分迷っていられましたね。てっきり、破棄されてしまうものかと冷や冷やしてしまいました。
“死神”リサ・シュルフが金に目がないというのは偽りだったのかって。」
「・・・私が金に少しでも疑いを持ってしまったのも、元はと言えば今の依頼主の所為ですよ。」
「今の?まぁ、あなたほどの人なら他に仕事を掛け持ちしていても不思議ではありませんが。」

リサは苦虫を噛み潰したような表情で、忌々しげに地面に視線を落とす。

「大体、あの人の所為で私はロクな仕事もさせてもらえないんです。全く、支払いが破格なだけにそこが最悪
 ですよ。私はあんなに酷い人間を知りませんね。」
「あらまぁ・・・」

ガブエイアは先ほどから驚かされぱなしだった。あの“死神”がストレートに愚痴を零す光景など、そうそう
見られるものではない。そして、彼女にここまで言わせるほどの依頼主とは誰なのか。彼女自身の純粋な好奇心
として、少しずつ興味が湧いてきていた。

「一つだけよろしいでしょうか。あなたの依頼主とはどういう方なのでしょうか?」

気づけばガブエイアはリサにその質問をしていた。顔を上げたリサの切れ長の瞳は、ありありと疲れの色と
怒りの色を織り交ぜていた。やや間を置いてから、リサはドスの利いた声を発した。

「嫌な人です。」





ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。