「クズ子先輩は、子供やお年寄りに特別優しいんです!」ガキはお菓子くれるし、じいちゃんばあちゃんは小遣いや釣りををこっそりくれるからだよ。「クズ子先輩がレジフォローについてくれた時、お客様一人一人に“是非ご意見下さい”って言って、お客様アンケートのハガキを渡していたんです。向上心があるんだなぁと思って、あんな人になりたい!と思いました」 お褒めの言葉狙いです。「お子さんの事業参観で出勤出来ないと言ったパートさんに、クズ子さんは『私が出ます』と言って嫌な顔せずシフト交換するし」残業代と、浅見さん目当てです。「とにかく、凄い凄い人です!」と、しめくくられたらしい名倉の言葉。ふん、嘘つけよ。ゴマすりすりしやがって、とぶっちゃけ思ったが、口元がにやにやしていた。
トレーナーと浅見さんが、「だったらクズ子に言ってあげなよ。あの子褒められるの好きだから」と名倉へ言ったら、名倉は「クズ子先輩はそんなに単純じゃないですよ!私なんかがクズ子先輩に尊敬してますって言っても、ただのごますりにしかなりません」と答えた。 「だからもっともっと頑張って、クズ子先輩に認めてもらえる仕事ができるようになってから、告白しますww」と言った名倉の顔をちら見して、ちょっと泣きそうになった。 やたら疑り深い私なので、もしかしたら私がこの話を盗み聞きしている事も計算なんじゃないかとか色々考えたけど、私の心の中の天使が、名倉は本物の良い子ですよ認定をかけたんだと思う。 計算でもなんでも、とにかく私を褒めてくれる人は、みんな好きだ。
「シャリ炊けましたー」とやたら上機嫌にトレーナーに報告して厨房に顔を出したら、名倉は私がシャリ場にいると思わなかったのか、やたら驚いて目をぎょろぎょろさせていた。この日から、名倉への私の態度は180度変わった。「レジ辛くない?」「変なお客さんに当たってない?」「パートさんにやたら偉そうな態度取られてない?」合間合間に、笑顔で名倉にそう問いかける私。むしろ私の方が名倉へごますりすりしてたと思う。ある日の帰り際、名倉はトレーナーに店の奥で相談事を持ちかけていた。帰ろうと思ったが、名倉の声が聞こえたのでこっそり盗み聞きしていたら、「最近、クズ子先輩が優しくしてくれるんですが、私はそんなにフォローしてもらえないと仕事が出来ない奴なんでしょうか?」とトレーナーに半泣きで聞いていた。
>>429色々あったけどこの間の私の話はまた後で、と以前書きましたが。この日の夜に、トレーナーから電話がかかってきた。「あんた、理由もなく突然新人に優しくするのやめて」と言われた。「理由はあります。あの子は私の事が好きらしいので、私の事が好きな人は私も好きですからね」「あんた本当単純だねwwwwじゃあ、あんたは新人の事認めてるんだよね?」「私に憧れている所ですか?それは認めてるというかわかってますよ」「そうじゃなくて、新人の仕事が出来る点は認めてるんだよね?」「まぁ一応」「だったら、それを新人に伝えてあげてよ。あんたの態度ひとつであの子も一喜一憂するみたいだからさ」面倒くせーな、なんで私が褒めてやらにゃいけないんだ、と本気で思ったけど、トレーナーの電話が長くなりそうで面倒だったので、とりあえず「はい」と返事しておいた。
次に名倉に会った時、とりあえず褒めなきゃいけないのかと思ったので、「そのオデコピカピカで綺麗だね」と褒めた。名倉は、「良いオデコってよく言われますww」と答えた。 名倉のバックに変な猫の人形がついていたので、「それ面白いね」と褒めた。名倉は、「じゃあクズ子先輩にあげます」と言って、私に変な猫を押しつけてきた。とりあえず二回褒めたし良いだろうと本気で思っていた。だけど、その日も、翌日も、また翌日も、連日トレーナーから「あんたが面倒見る約束の新人なんだから、ちゃんと心のフォローもしてあげて!」と怒られた。
>>446ちょっと強く言いすぎたカナぁ?><ごめんね(はぁと)母ちゃんに相談したら、「容姿や持ち物じゃなくて、仕事について褒めてあげなよ」よ言われた。「でも、後輩の仕事を褒めるなんてかっこわるい」と言ったら、「トレーナーだって、浅見さんだって、かっこわるいかもしれないけど、あんたをめちゃくちゃ褒めてくれたでしょ?」と言われたので、無言で肯定した。 「あんたは、今まで人に認められたくて必死だったかもしれないけど、これからはあんたが人を認めてあげる番に回ってきたんだよ。あんたが新人ちゃんを認めてあげる、新人ちゃんはまた次に来た新人ちゃんを認めてあげる。そうやって、社会の上下関係は成り立ってるんだ」と教えてくれた。「あんた、はじめて浅見さんに褒められてどう思った?」「嬉しかった」「じゃあ、今度は可愛い後輩にその嬉しさを味合わせてあげなさい」そうすれば、後輩ちゃんだけじゃなくて、あんた自身ももっともっと良い事がたくさんあるよと言った母ちゃん。母ちゃんの言葉も理解は出来るけど、それでも私の安いプライドが、名倉を認めて褒めようという意識を持たせなかった。
ある日に、名倉はレジではなく厨房を手伝いたいと言った。お前はレジ係でしょと言ったけど、なぜか浅見さんが「今日は私がレジするから、名倉にも厨房知識をざっと今日一日で教えてあげてよ」と言った。 浅見さんが一日レジに立つなんて、そんな珍しい事はない。どういう風の吹き回しだろうと思ったけど、浅見さん直々のお願いであれば断る訳にもいかない。「じゃあ、とりあえず手の洗い方からね」と面倒くささ全快で名倉に言ったら、名倉は「ありがとうございます!」と地面に頭がつくんじゃないかというほど、首をだらんと下げてお辞儀をした。厨房の仕事で、私が今まで壁にぶちあたったのは、イカとタコの握りだけだ。(と、思う)つまり、厨房仕事はニートでも出来た単純作業という意識が強かったが、名倉を見てそうじゃない事を改めて知った。名倉は、シャリ一つ取らせても、上手に出来ない。ただ機械から出てくるシャリの玉をケースに並べるだけなのに、シャリをぐちゃぐちゃに潰してしまう。 このままじゃ今日炊いたシャリを全部潰されると思ったので、今度はガリの補充をさせて見た。特定量のガリを出来あがった寿司の隣につめるだけなんだけど、量がまちまち過ぎて、これじゃ客からクレームになるレベルだと思った。洗い物をさせた。きっと名倉は、洗い物をほとんどした事がないんだろうと思った。一回洗い終えた物を点検したが、全て汚れが残っている。
一つ一つの仕事が出来ていないと名倉も察していたんだろう。「すみません、すみません」とこの日は一日中私に頭を下げていた。名倉が帰ったあと、トレーナーに呼ばれた。トレーナーは、「なんで名倉が今日厨房に入ったかわかる?」と言った。「さぁ、レジに飽きたんですかね」「馬鹿!あんたに認めてもらいたかったんだよ!あんた本当に人の気持ちが分からない子だね!」「でも、結局名倉は全然仕事出来なかったですよ」あのレベルで私に認めてもらおうなんて100年早いっすwwwwと言ったら、トレーナーに厳しい目で睨まれた。「あんた、それ本気で言ってるんだったら、がっかりだね」そう言って、トレーナーは店じまいを私に任せて帰ってしまった。私は、何で怒られたのかよく分からなくて、とにかく腹が立ったと思う。
浅見さんはレジにそう毎日立ってられない。なので、結局名倉が厨房仕事を手伝ったのはあの日が最後だった。だけど、ある日の休憩時間。休憩室で昼寝をしていて、なんかお腹がすいたので厨房につまみ食いをしに行った。そしたら、トレーナーと名倉が二人でいた。テスト休みだか夏休みだったか定かではないが、とりあえず学校はないにしても名倉の出勤時間までまだ1時間以上あるのに何してるんだと思ったら、名倉はひたすらイカを握っていた。名倉の隣には、山積みになったイカがあった。 そういえば解凍期限切れのイカと、時間切れのシャリが最近やけに減ったと思ったが、ここで売り物にならない材料を使って、名倉が練習していた事を察した。ある日の帰り道、名倉に、「クズ子先輩は何のネタが一番好きですか?」と聞かれた。「えんがわ」と答えたら、「えんがわかぁ…。私にはまだまだです」と言って、なんかしょんぼりしていた。 握りの練習をして、私に寿司を握って食べてもらって、そして認めてもらおうという考えか、と分かったけど、この時は名倉に何も言わなかった。
>>484トレーナー [trainer](1)指導者。トレーニングを行う人。(2)競技者などが着る練習着。厚手の木綿地で作ったもので、特に上半身に着るゆったりとした上着をいうことが多い。スウェット-シャツ。スウェット-スーツ。(3)厚塗りの女性。それから休憩中、いつ厨房をのぞいても必ず名倉はいた。そうそう期限切れの食品も出ないので、文字通りネタがつきたのか、いつのまにか練習用のネタ(プラスチック製の、本物の感触にきわめて近い疑似寿司ネタ)を使って、ひたすら握りの練習をしていた。 正直、えらいなぁとも思ったけど、それよりも、名倉が握りも出来てしまっては追い打ちをかけて私の立場がなくなるとも思った。ある日、名倉が「クズ子先輩!食べて下さい!」と言って、マグロ、イカ、サーモンの3カンだけの寿司を持ってきた。この時すでにはじめて名倉のこっそり練習を見てからかなりの日数が経っていたが、やっとイカを克服したか、とちょっとだけ嬉しくなる気持ちもあった。 お腹もすいていたので、ありがたく頂いた。美味しかった。まだ手につける水量が多いのか、べちゃっとする気はするけど、ほぼ気にならないレベルだ。私はこの日、美味しかったけど名倉に「美味しかったよ」とは言えなかった。というか、言わなかったが正解だな。ついに追いつかれた気がして、焦りの気持ちがMAXでそれどころではなかった。
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