「これが夕食?」と聞いた私に、不思議そうに首をかしげて、妹は頷く。
「カロリーメイト嫌い?」
「いや、嫌いじゃないけど…」
「美味しいよ!あと、今日はお姉ちゃんと一緒だからいつもの倍は美味しい!」
あぁ、自分は、あの時の妹の顔が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
嬉しそうな、なんとも微笑ましい、というか。好物を前にした子供のような笑顔。思いだすだけで、ズキズキする。
母ちゃんが忙しくなって、いい加減家事に手が回らなくなったらしい。
朝食はまだしも、夕食を作る事は不可能だったらしく。ある日の夕食にコーンフレークを出された妹は、「あぁ、お母さん忙しくて大変なんだな」と思ったとの事。
それから、「もう9歳なんだから、自分でご飯買いにいける」と駄々をこねて、母ちゃんからお金をもらったといっていた。
母ちゃんからもらったお金で買ったのが、カロリーメイトだったって訳だ。
それでもやはり、お金だけを妹に渡すのが心配だった母ちゃんは、ちょくちょく仕事の合間に妹へ電話を入れたり、ほんの少しの時間を見つけては家へ戻ってきて
夕食作りをしていたようだったが、最終的に妹はそれすらも拒否したと言っていた。
「学校へ行けない分、お母さんにこれ以上迷惑はかけたくない」とか言って、隣の家のおばちゃんが夕食を作ってくれた、とか、卵焼きを自分でやいて食べたから
今日は帰ってこなくていいとか、そんな嘘を母ちゃんについて、「心配いらないから、お仕事がんばってね」、と言い続けていたらしい。
それでもやはり、その事実は辛かったようで、めそめそしながら、妹は私にこの話をしてくれた。
私は、それでも真面目に働こうとは思わなかった。
働こうとは思わなかったし、じゃあ私が母ちゃんの代わりをしようとも思わなかった。
悪いな、これはドラマでも何でもないので、美談はないのだよ。
だけど、美談はないけど。それでも、これだけは思った。
妹の夕食がカロリーメイト。
これはさすがにやばい。
次の日私は本屋へ行って、調理本を買ってきた。この本は今でも持ってる。「簡単おべんとレシピ」って本だ。
朝は苦手なので、朝食は作らない。これは母ちゃんに任せた。
昼飯も母ちゃんに任せた。
自分がちょっとだけ頑張るのは、夜だけ。
本片手に、最初は簡単なカレーから。カレーは失敗がないからね、初めて作ったカレーを食べて、妹は「カロリーメイトより美味しい」と何度もおかわりしてくれた。それが単純に嬉しかった。なんか、ちょっと人の役にたててる気がしてね。
おべんとレシピの良い所は、あくまでもお弁当用レシピって所だ。
お弁当用レシピ=あんま手間がかからない
つまり、だらだらしたニートな自分でも、ちょっとがんばれば作れるって所。
妹の夕食を作って、妹が寝るまで一緒にテレビを見るか、ゲームをする。
妹が寝てから遊びに行く。遊び癖が抜けなかったんだな。
でも、私が家を出ていく度、妹が起きてしまう。「お姉ちゃんどこ行くの?」と泣いて、おもらしをしてしまう。
その度、出かける時間を遅らせて、妹を寝かしつける。その繰り返し。
妹は可愛いけど、当時は遊びを邪魔されて正直鬱陶しいという気持ちの方が強かった。
子供は凄い。まぁ、当時は自分も子供だったが(16歳とかだしな)、それでも、何も分かっていないだろうと思っていた妹の、人を見る目は半端ないと思った出来事がある。
夕方起きだして、夕食の支度をしようと思ったら、妹がいなかった。部屋中探してもいなくて、代わりに、妹のおむつがいくつもなくなっていた。あと、買いだめしたカロリーメイト
もなくなってる。お気に入りのポケモンのぬいぐるみもないし、洋服もない。
びっくりして、妹の部屋へ入ると「かぞくへ」みたいな文章から始まる手紙があった。
手紙の内容はよく覚えてない。気が動転してたし、とにかくすぐ母ちゃんと兄に連絡しなきゃ、って事で頭がいっぱいだったから。
覚えてる限りの内容は、「○○(妹)がいなくなれば、お姉ちゃんはたくさん遊べます」みたいな。
夜泣き(?)を繰り返す妹を鬱陶しいと内心思っていた自分の気持ちを、妹は見事に見透かしていたらしい。
母ちゃんに連絡してすぐ、兄と、母ちゃんが示し合わせたように家へ帰ってきた。
兄と私は顔を真っ青にしてたが、母ちゃんは「家出は思春期の勲章だ」とか言って、「大丈夫大丈夫」とか言ってた。
言ってたけど、声がぶるぶる震えてたのを覚えている。
当時を振り返る度、母ちゃんはこの妹家出事件が、何より辛かったという。
オヤジが借金した時より辛かったといってた。
働かなきゃ食べていけない。会社を大きくしたい。でも家族も大事にしたい。だって片親だし。
兄を進学させてやりたい。私を社会復帰させたくて、社会人の手本になりたい。でも母親として、
妹にずっと付き添ってやりたい。あぁでも、働かなきゃ生活が出来ない。もっともっと出世したい。
そんな思いで、自責の念と、後悔とでぐちゃぐちゃだったようだ。
父親役母親役、二役こなす母ちゃんだからこその本音だったのかもしれない。
警察に連絡しようか、と兄が言った時、「おおごとになれば、○○(妹)が帰りづらくなる」と言って、母ちゃんは一人探しに出かけた。
兄と私はいつ妹が帰ってきてもいいように、自宅で待機。兄は探しにいきたいと言っていたが、母ちゃんが「これは母ちゃんの仕事だから」、と兄を静止してた。
数時間たたない内に、妹と母ちゃんは帰ってきた。
小さい体を縮こめて、体に不釣り合いな大きなリュックを背負った妹を見て、発作的に泣いた。
安心というか、「何してんだよ」っていう、なんか、怒りに近い涙だったよ。