5-2

148名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:03:17.95 ID:WuCu4FE0

浅見さんは最後まで味方でいてくれたし、ピザだってなるべく私とシフトが重なるようにしてくれたのに、そんな好意を無にして、目の前の辛い物から逃げ出してきた後悔で、頭が痛かった。
母ちゃんは、「それで後悔しないの?あんた本当に後悔しないの?」と聞いた。後悔している事も、母ちゃんはお見通しのようだ。
少しでも後悔しているなら、今からでも遅くないんだよ、と母ちゃんは復帰を促してくれたけど、トレーナーの顔を見る勇気がない。
抜け殻のようになった私は、またニートに戻って毎日部屋に引きこもる生活を送った。働こうとは思わなかった。働く=傷つくと覚えた。

目標がない人間は本当に駄目になると思った。
毎日うんこして食って寝るだけだ。
ある日2ちゃんを見たら、「働かざるもの食うべからず」と書いてあった。じゃあ食わねーよ!とむきになって、一週間ポカリだけで過ごした。真症のバカだったと思う。
まだ2年前の方が家事もしてたし、良かったと思う。

 

153名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:10:13.66 ID:WuCu4FE0

出来あがった着物が届いたけど、見る気にもなれなかった。
当然、オヤジにも会いたくなかったので、家族で記念写真の話なんか絶対に嫌だと言い続けた。

成人式の手前で、私は20歳の誕生日を迎えた。全然嬉しくなかったけど、もらえたプレゼントが嬉しかった。
母ちゃんから新しいミシンと、兄からは覚えてない(なんか洋服とかだった気がする)妹からは120色入りの色鉛筆と、スケッチブックをもらった。
このスケッチブックは嬉しかった。毎日狂ったように絵を描いた。前に寿司屋でポスターを描いた時、楽しかった事を思い出したし、絵を描くと時間潰しにもなる。
そしてミシンも嬉しかった。前も書いたけど、頭の中で思った物を形にするのは得意なので、“どういう作りなんだ?”というアニメとかのキャラクター衣装を作るのが得意だった。
もちろん余り布とかで形だけ作ってるだけだったので、特に着る事もなく作っては捨てていたけど、それでも楽しかった。

 

158名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:15:36.17 ID:WuCu4FE0

ある日に、妹が昔好きだったアニメのキャラクター衣装を作ったら、妹が「お姉ちゃん、これインターネットとかで売れば?」と言った。お金もそろそろつきていたし、昔やったバザー感覚で、いっちょオークションに出品してみるかと思った。
材料費2000円くらいの物が、20000円で売れた。妹に着せて撮った写真が良かったのか、明らかに男性ですね、という方が落札してくれた。
調子にのってもう一つ出品したら、こっちは12000円で売れた。時期的に冬の大きなイベント前で良かったのかもしれない。
165名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:19:34.63 ID:WuCu4FE0
母ちゃんにその事を話したら、「自分でビジネスするのは色々と大変だよ」と言った。いくら以上稼ぐと税金がどうので、確定申告がうんたらかんたらと言われた。
別にこれを仕事にしようとは思ってなかったので聞き飛ばしていたけど、それでもまたやる気というか、楽して金が手に入る!精神が目覚めてきた。
衣装作りは苦じゃないというか、多分前世は洋服屋だったんだと思う。一日に2着作るのは余裕だったし、見かけも悪くない。
ただ、いくらモザイク入りとはいえ妹の写真を使うのは怖かったので自分で着て出品した。妹の写真を使った時よりも落札金額が低かったのはなぜだろうか。

 

170名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:24:59.91 ID:WuCu4FE0

ひと月で、結構な金額が稼げた。母ちゃんが、「○○円は税金として申告して提出しなきゃダメなんだからね」と教えてくれた。だけど、ひと月でこれだけ稼げてしまっていいものなのかちょっと怖くなった。

ある日母ちゃんが、「今度うちで新しい缶を作ろうと思うんだけどアイディアない?」と聞いてきた。そういうのを考えるのは大好きなので、一晩中缶のデザインを考えた。
翌日母ちゃんにデザイン画を渡して見せたら、母ちゃんは驚いていた。「あんた絵上手くなったね」と褒めてもらった。
一日中ずっと絵を描く生活をしていたので、画力が上がったんだと思った。

デザイン画を持って、母ちゃんが「これが通れば、母ちゃんの株も上がる」と言った。

 

175名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:29:32.28 ID:WuCu4FE0

絵の勉強がしたいと思った。いわゆるアニメ絵とかはからっきしダメだから、漫画を描こうとは思わなかったけど、とりあえず絵を習いたいと思った。
母ちゃんに言ったら、「学校に行く?」と言われた。学校は嫌だったので、もう独学でいいやと思った。
だけど、独学で絵を勉強するのは難しい。だって、第三者の言葉がもらえないじゃん。自分では上手い!と思っても、実は他人からみたら“いや、ここが…”ってのがあると思うんだよ。
母ちゃんに相談したら、母ちゃんは、「オヤジに習ったら?」と言った。絶対嫌だと言ったけど、絵を習っていたらしいオヤジの絵には興味があった。
母ちゃんにオヤジの絵が見たいと言ったら、母ちゃんが一枚の絵を見せてくれた。母ちゃんの絵だった。油絵だったけど、めちゃくちゃ上手かった。

 

178名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:34:11.96 ID:WuCu4FE0

私が今まで心奪われたのは、人生で二つだけ。えんがわと、このオヤジの油絵だ。
結婚前に描いてもらったらしく、もうかなり古い物だからヒビ割れて状態は悪かったけど、でも、ずっと見ていても飽きない絵だった。
何とかしてこの絵を描きたい衝動に駆られたので、模写した。模写しまくったけど、やっぱり全然違う。何が違うかなんか明白だ。接客の時の、ピザと私の違いと同じ。心がないんだと思った。
オヤジは本当に母ちゃんを愛していたんだなと思った。

オヤジに会おうと思ったのは、これがきっかけだ。
オヤジに会おうというか、感覚としては大ファンの画家に会いたいという気分だった。
もちろん相手はオヤジだけど、それでもこの絵を描いた時の気持ちが聞きたいと思った。それは娘として思ったのではなく、一人の人間として思った。

 

187名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:39:57.23 ID:WuCu4FE0

母ちゃんがオヤジのアパートまで連れていってくれた。
数年ぶりに見たオヤジは、前歯がなかった。「オヤジ、前歯は?」が、久々の対面の第一声だったと思う。

前歯の真相は、週に一度の母ちゃんとのデートの日。仕事から帰ってきてからうきうきはしゃいでアパートの階段を降りたら、そのまま転倒したらしい。
歯医者で「もう駄目なので抜きましょう」といって抜かれたオヤジの前歯。もちろんしばらくは仮の歯が入っていたが、そこから治療費をけちって歯医者へ通院しなくなり。仮歯も取れてしまい、みごとな歯抜けになったという訳だ。
「いや、歯医者行きなよ」
「いやーお父さん歯医者嫌いだからねー」
HAHAHAと笑うオヤジは、昔からこういうオヤジだ。軽いというか、うん、軽い。

 

192名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:46:08.80 ID:WuCu4FE0

オヤジのアパートで、母ちゃんはかいがいしく洗濯や掃除をしていた。
しかしオヤジの部屋は矛盾だらけの部屋だ。
まずテレビがないのにDVDがあるし、炊飯器がないのに生のお米がある。でも鍋もないんだぞ。
そして部屋に貼られた、某子役のポスターと、某タレントのポスター。丁寧に新聞の切り抜きまで貼ってある。名前は伏せさせてもらう。
某子役は、妹。そして某タレントは私に顔が似てるから好きなんだと言っていた。
「毎日妹とクズ子が家にいるみたいで嬉しいから、お父さん貼っちゃった」と言った。

悪いけど、うちのオヤジは歩くギャグ漫画みたいな人なので、あまりエピソードを書くと漫画みたいになっちゃうから、書くのはなるべく控える。

 

201名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:51:45.22 ID:WuCu4FE0

なぜテレビがないのにDVDプレイヤーがあるのか聞いたら、見たいDVDがあったからだと言った。
でもテレビないじゃんと言ったら、どうやら数日前まではあったらしい。だけど、家で米が食べたかったから売っちゃったと言った。
「でも炊飯器ないじゃん」
「そうなんだよ!だから、DVDプレイヤー売って炊飯器買おうかな」
「やだわ、あなたwwwwそれじゃせっかく買ったDVDが見れないじゃないwwww」
「そうなんだよね~」
あははうふふと笑いあう法律上は元夫婦の二人。そういえば、小さい頃からオヤジと母ちゃんはこんなだったなぁと思った。

オヤジは、私の現状をたくさん聞いてきた。
なので、そのまま話したら、オヤジは寿司屋をやめたきっかけを聞いて、黙って頭を下げた。

 

205名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/19(日) 23:57:01.98 ID:WuCu4FE0

意外に、話しているうちにあれだけ恨んでいた気持ちが消えていった。
オヤジは昔から、人を和ませる力を持っている人だったし、やっぱり元営業マントップだけはある、穏やかというか、優しいというか。何度も何度も謝ってくれて、こっちが申し訳ない気持ちになってきた。

これは正直な気持ち、今の今でも、なぜオヤジが借金してしまったのか分からない。
もちろん理由はあったけど、でも、とてもこんなに優しいオヤジがなぜだろうという気持ちしかない。

まぁ話は戻って。
久々の父と娘の対面というよりは、今だけ昔に戻ったように、普通に話せた。
気まずいという事もなかったし、話題に困ることもない。
オヤジの人柄がなせた技だと思う。

 

207名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/20(月) 00:02:12.60 ID:Y2JziXw0

オヤジの描いた油絵を見せて、「これに凄く感動した」と伝えた。
オヤジは懐かしそうに油絵を見て、「クズ子も絵が好きなのか」と言った。

「絵の仕事でもしたいのか?」
「ううん、ただ絵が好きだから勉強したいだけ」

じゃあお父さんが教えてあげると言って、オヤジはスケッチブックに私を描いてくれた。鉛筆のラフだったけど、ずっと描いていなかったせいか、「下手になったなぁww」と自分の絵を見て笑っていた。
それでも私から見たら、凄く上手。
一日中、模写とか、静止画とか、オヤジと一緒に絵を描いた。夕方に母ちゃんがご飯を作ろうとしてくれたけど、フライパンしかないので何も作れないという事になり、3人でご飯を食べた。そういえばこの日妹がいなかったけど何でいなかったかは覚えてない。

 

213名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/20(月) 00:08:49.11 ID:Y2JziXw0

帰りの車の中で、母ちゃんに家族写真の話を自分で切り出した。母ちゃんは嬉しそうに、「じゃあ、兄の成人式もやってあげられていなかったから兄も単独で写真撮ってあげなきゃ」と言ってた。

家族と記念写真をとる、というか成人式の直前だったかな。ある夜に、荷物が届いた。トレーナーからだった。
中を見たら、バッグが入っていた。成人式用のやつ。
手紙が入ってて、ごめん今ちょっと現物が手元にないので内容は詳しく書けないんだけど、文末に「いつでも戻ってこい」の言葉に泣いた覚えがある。
あと、「受け止めきれなくて申し訳なかった」とか、謝罪の言葉が並んでたと思う。

母ちゃんにもバッグは買ってもらってたけど、トレーナーからもらったバッグを使っていいかと聞いたら、母ちゃんが「当たり前でしょ」と言ってくれた。

 

218名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/20(月) 00:13:07.53 ID:Y2JziXw0

3年ぶりにそろった家族で、兄もオヤジと会うのは久しぶりだったようだ。
やっぱり兄も、「オヤジ前歯は?」と聞いていた。

兄は、オヤジに「妹の事は俺に任せてくれよ」と言った。「離れて暮らしている分、俺とオヤジで父親二人になろうぜ」と言った。この時だけは兄がかっこいいと思った。
中学生なのに、いつまでも小さい子供のような妹は、はしゃいではしゃいで仕方なかった。
「今日が毎日ならいいのに!」と言って、車の中でもスタジオの中でも、ぱたぱた走り回ってとにかく落ち着きがない。

 

226名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/20(月) 00:19:41.96 ID:Y2JziXw0

母ちゃんに買ってもらった着物姿の私に、オヤジは「凄い綺麗だけど、母ちゃんはもっと綺麗だったなぁ」と言った。母ちゃんも「やだwwwwあなたったらwwww」と言って照れていた。いまだにこの二人が元夫婦だなんて思えない。今も昔もずっとこんな感じだからな。

帰り際に、母ちゃんが「これを機に、月に1度は全員で集まりましょう」と言った。
妹の賛成の掛け声を合図に、みんなで賛成した。
そして母ちゃんが、もう一つ報告があると言った。
「母ちゃん、次の仕事が上手くいけば取締役になれるの」と言った。運転中のオヤジが、急ブレーキを踏んで驚いていた。

実質社長と母ちゃんの2トップの会社になるんだと。
オヤジは、「しゃ、社長と再婚するのか?」と言ってたけど、社長はもう奥さんもいるしそんなんじゃないと母ちゃんは言った。

 

237名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/20(月) 00:25:11.17 ID:Y2JziXw0

母ちゃんのヘッドハンテングの声が増えてきて、でも母ちゃんも年が年だしこの景気だから、他に移る気は皆無なんだそうだ。
前も書いた通り、あくまでも母ちゃんは今の会社で出世して、会社を大きくする事が夢だからな。

でも、大学も出てない、ただのパートのおばちゃんだった女性をこれ以上出世させる事もなかなか難しいらしい。部長が精一杯て事だろうね。

そこで母ちゃんは、「じゃあ女性も男性も関係なく、学歴にも負けない良い実績を上げればいいんじゃん!」と思ったらしく、第二工場を作って、事業を広げる一大計画を考えたんだと。
241名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/20(月) 00:28:51.45 ID:Y2JziXw0
>>236
パート

主任

現場監督

課長

部長

が正しい


そういえばちょっと前に、なんか新しい缶のデザインを考えろとか言われたなと思って、「あれも母ちゃんの計画のひとつ?」と聞いた。
母ちゃんは、「あんた絵が好きだし、もし上手くいけばうちでデザイナーとして雇ってもいいかなと思ったんだけど、その権限も今はないから欲しいのよね」と言った。
「権限が欲しけりゃ手に入れればいいじゃん!よっしゃ出世しよう!」という、いかにも母ちゃんらしい発想。
オヤジが「…多分、今の母ちゃんは俺の倍は稼いでるよな」と呟いて落ち込んでいた。

 

248名前:クズ子◆6ClmPIZy/M[sage]投稿日:2009/04/20(月) 00:33:34.90 ID:Y2JziXw0

それからまた母ちゃんはめちゃくちゃに忙しくなった。携帯を持って風呂に入るぐらいだった。睡眠不足なんてものが母ちゃんにはないんだろうか。よく分からないけど、毎年会社の健康診断は「判定A」だった。医者お墨付きの健康体。
多忙になれた結果だと言ってたけど、それでも凄い。母ちゃんのお肌もつるつるだし、何よりも皺とかがない。40代後半を迎えているはずなのに、30代前半にしか見えない。(娘のひいき目かもしれないが)
働くとエネルギーが湧いて老けないんだと言っていた。それは間違いないと思った。

でも、妹の授業参観は必ず参加するし、運動会なんか朝一番で場所取りするし、中学校の合唱祭も、一番前の席で一眼レフを光らせる。

 

 

 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年04月27日 09:32
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。