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「前を向いて歩こう」(2007/11/04 (日) 16:20:52) の最新版変更点
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<pre>
<font size="6">前を向いて歩こう</font>
</pre>
<p> </p>
<p>学校の中庭にひっそりと佇む、小さな日本家屋。</p>
<p>見る人が見れば趣のある立派な庵。</p>
<p>でもきっと、大志や陽から言わせれば、“ただのボロ屋”。</p>
<p> </p>
<p>
ここは、学校の設備としては珍しいと思われる学校所有の茶庵だ。日本文化好きのこの学校の理事長が、この学校を設立すると決めた時に設置を決めたらしい。 「 横浜という土地柄、都会育ちで日本の文化に触れる機会のない生徒が多いに違いない。そんな生徒たちに、日本文化の素晴らしさを伝えたい」という、理事長の情熱がこもった施設だった。</p>
<p>それだけあって、中庭の環境は上々だ。 </p>
<p>春には桜が咲き誇り、夏には木々の緑が涼しげに揺れる。 </p>
<p>秋はすすきに紅葉。冬には山橘が寂しい光景に赤く浮き上がる。</p>
<p>
静かで居心地がよく、中庭なのに日当たりもよいので、生徒や教員の憩いの場所となっていた。逆にここで派手に騒ごうものなら大問題で、中庭はあくまで“静かに、心安らかに”というのがこの学校で暮らす者たちの暗黙の了解となっていた。</p>
<p>そんな中庭の茶庵が、茶道部の活動場所だった。</p>
<p>
茶道部はこの学校が創立された時からの部活の中でも最も古い類だ。活動は、文化祭でのお茶会を筆頭に、学外からのお客様を迎えたおもてなしのお茶会、出張茶会、講師の先生を招いた勉強会などだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>「―――小島小太郎君、よかった。いい所に。」</p>
<p>
後ろから声をかけられ、小柄な黒髪の少年が振り向く。 振り返ったその先には、細くて赤いふちの眼鏡をかけて、長い髪を後ろでひとつにまとめた若い女性が立っていた。</p>
<p>「あ・・・西野先生・・・。どうしたんですか・・・?」</p>
<p>“小島小太郎君”と呼ばれた少年の声はあまりにも小さくて、消えてしまいそうな声。でもこれが、彼にとっては普通のボリュームだ。</p>
<p>「今日からいらっしゃる講師の先生がもうすぐお見えになると思うから、みんなにそろそろ部室に移動するよう放送部にアナウンス頼んでくれないかしら。」 </p>
<p>「はい・・・わかりました。」</p>
<p>「頼むわね。」 </p>
<p>茶道部顧問の西野あかり先生。</p>
<p>
さばさばした性格と、はっきりした物言いが生徒に人気だ。そしてなぜかたった何人かの生徒を例外にして全ての生徒をフルネームで呼ぶ。本人いわく、鈴木とか佐藤とか同じ名字の人を呼び分けるのが面倒だし、名前で呼ぶか名字で呼ぶかで微妙な距離の違いができてしまうのが嫌だからだそうだ。</p>
<p>逆に言うとなかなかずばずばと物を言うタイプなので初めのころ小太郎は西野先生が苦手だった。</p>
<p>けれど彼女持前の明るさで引っ込み思案な小太郎を茶道部のメンバーに馴染ませてくれてからというもの、小太郎の中ではそういう感情はなくなった。</p>
<p>
ついでに言うと、小太郎は知らない人と話すことも苦手だった。だから、放送部への用事を頼まれてはみたものの、“ちょっと厄介なことを引き受けてしまった”と思った。“ちゃんと思うように要件は伝わるだろうか?”“それ以前に僕の言っていることが相手に聞こえるのだろうか?”色々な不安が心の中を駆け巡る。</p>
<p>
時々、こんな自分の性格を嫌になることもある。もっとはっきりものを言ったり、自分の考えを表に出したいときもある。西野先生みたいに、ずばずばとものを言っても好感を持ってもらえるような人になりたい。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>「あ・・・あの、アナウンス、お願いしたいんですけど・・・。」</p>
<p>小太郎はおずおずと申し出た。</p>
<p>何回か聞き返されながらも、何とか要件を伝えることができ、無事アナウンスも流してもらうことができた。</p>
<p> </p>
<p>やっとこさながらも一応はことづかった用事を完遂することができた充足感で、気分を良くしてその足で部室へ向かう。</p>
<p>茶道部の部室は茶庵とは別にある。</p>
<p>茶庵はたったの3畳ほどしかないため、部員全員が入るには手狭だからだ。 </p>
<p>
着いてみると随分みんな準備のいいことに、もう部室は部員で満杯状態だった。しかも心なしかいつもより部員が多い気がする。多分“部活に属している”という事実だけがほしい幽霊部員までもが集まっているのだろう。</p>
<p>「・・・随分、早いんだね・・・みんな。放送したばかりなのに・・・。」</p>
<p>「もう大分前からみんなここにいるぜ。なんでもさ、今回の講師の先生は超美人なんだってよ!!大分前から噂だったぜ。知らなかったのか?」</p>
<p>そう言われてみれば、何日か前から一部の部員達が「今年の講師は美人らしい」的なことで騒いでいた気がする。</p>
<p>
でも小太郎は別に興味なかったし、そういう会話に入っていける気もしなかったのでその話題には疎かったようだ。やがて一部の部員からその他の部員にもその熱は伝わり、今のような事態になってしまったらしい。</p>
<p>しばらくすると、西野先生が部室に入って来た。</p>
<p>「あ~らあら。野郎どもがこんなに集まってくれちゃってもう。佐藤悠木!!あんたいつも来ないくせにずうずうしいっつーの!!」</p>
<p>名前を呼ばれた幽霊部員は「まぁまぁ先生」とちゃらけた声で返した。</p>
<p>「・・・まぁ無理もないわね。あんたらの期待通り、今回の先生はめちゃくちゃ美人よぉっ!!」</p>
<p>待ってましたとばかりに拍手が起こる。</p>
<p>小太郎もおどおどしながらも一応拍手した。</p>
<p>西野先生はなぜか誇らしげに部室のドアへ向かう。</p>
<p>そしてドアを開け、「せんせ、どうぞ。」と小声で言った。</p>
<p> </p>
<p>講師の先生が入ってきた瞬間、部室にどよめきと歓声が響き渡った。</p>
<p> </p>
<p>「講師の、佐々木流美(るみ)先生です!!」</p>
<p> </p>
<p>小太郎はその人の美しさに目を丸くした。</p>
<p>生粋の日本美人、という形容がぴったりとでもいおうか。</p>
<p>すらっとした体形に、とても小さな顔。</p>
<p>大きくて切れ長の目が印象的な整った顔立ち。</p>
<p>年齢は一回りくらい上かもしれないが、確かに相当の美人だった。</p>
<p>・・・ただ、小太郎には妙な既視感があったのだけれども。</p>
<p> </p>
<p>「どうも、佐々木流美と申します。こちらの理事長さんにご縁があって、今回講師を務めさせていただくことになりました。よろしくお願いします。」</p>
<p>どこからともなく拍手が起きた。</p>
<p>男だらけの部室に、一輪の花が咲いたようだった。</p>
<p>「・・・んじゃあ・・・そうだな、小島小太郎!!先生を控室に案内して!」</p>
<p>いきなり名前を呼ばれて、一番後ろにいた小太郎はびくりとした。</p>
<p>「ぼ・・・僕が、ですか?」</p>
<p>おどおどして言うと、周りから「俺が!」「俺が!」という声がどんどん上がる。</p>
<p>「あんたらにまかせたら何しでかすか分んないから!!小島小太郎が一番信頼できる。」</p>
<p>そう言い切る先生に、小太郎は赤面した。</p>
<p>「じゃ、お連れして。」</p>
<p>小太郎は“だから知らない人と話すの苦手なのに・・・”とがちがちになりながらも、よろよろしながら部室から出た。</p>
<p> </p>
<p> </p>
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<font size="6">前を向いて歩こう</font>
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<p>学校の中庭にひっそりと佇む、小さな日本家屋。</p>
<p>見る人が見れば趣のある立派な庵。</p>
<p>でもきっと、大志や陽から言わせれば、“ただのボロ屋”。</p>
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ここは、学校の設備としては珍しいと思われる学校所有の茶庵だ。日本文化好きのこの学校の理事長が、この学校を設立すると決めた時に設置を決めたらしい。 「 横浜という土地柄、都会育ちで日本の文化に触れる機会のない生徒が多いに違いない。そんな生徒たちに、日本文化の素晴らしさを伝えたい」という、理事長の情熱がこもった施設だった。</p>
<p>それだけあって、中庭の環境は上々だ。 </p>
<p>春には桜が咲き誇り、夏には木々の緑が涼しげに揺れる。 </p>
<p>秋はすすきに紅葉。冬には山橘が寂しい光景に赤く浮き上がる。</p>
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静かで居心地がよく、中庭なのに日当たりもよいので、生徒や教員の憩いの場所となっていた。逆にここで派手に騒ごうものなら大問題で、中庭はあくまで“静かに、心安らかに”というのがこの学校で暮らす者たちの暗黙の了解となっていた。</p>
<p>そんな中庭の茶庵が、茶道部の活動場所だった。</p>
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茶道部はこの学校が創立された時からの部活の中でも最も古い類だ。活動は、文化祭でのお茶会を筆頭に、学外からのお客様を迎えたおもてなしのお茶会、出張茶会、講師の先生を招いた勉強会などだ。</p>
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<p>「―――小島小太郎君、よかった。いい所に。」</p>
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後ろから声をかけられ、小柄な黒髪の少年が振り向く。 振り返ったその先には、細くて赤いふちの眼鏡をかけて、長い髪を後ろでひとつにまとめた若い女性が立っていた。</p>
<p>「あ・・・西野先生・・・。どうしたんですか・・・?」</p>
<p>“小島小太郎君”と呼ばれた少年の声はあまりにも小さくて、消えてしまいそうな声。でもこれが、彼にとっては普通のボリュームだ。</p>
<p>「今日からいらっしゃる講師の先生がもうすぐお見えになると思うから、みんなにそろそろ部室に移動するよう放送部にアナウンス頼んでくれないかしら。」 </p>
<p>「はい・・・わかりました。」</p>
<p>「頼むわね。」 </p>
<p>茶道部顧問の西野あかり先生。</p>
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さばさばした性格と、はっきりした物言いが生徒に人気だ。そしてなぜかたった何人かの生徒を例外にして全ての生徒をフルネームで呼ぶ。本人いわく、鈴木とか佐藤とか同じ名字の人を呼び分けるのが面倒だし、名前で呼ぶか名字で呼ぶかで微妙な距離の違いができてしまうのが嫌だからだそうだ。</p>
<p>逆に言うとなかなかずばずばと物を言うタイプなので初めのころ小太郎は西野先生が苦手だった。</p>
<p>けれど彼女持前の明るさで引っ込み思案な小太郎を茶道部のメンバーに馴染ませてくれてからというもの、小太郎の中ではそういう感情はなくなった。</p>
<p>
ついでに言うと、小太郎は知らない人と話すことも苦手だった。だから、放送部への用事を頼まれてはみたものの、“ちょっと厄介なことを引き受けてしまった”と思った。“ちゃんと思うように要件は伝わるだろうか?”“それ以前に僕の言っていることが相手に聞こえるのだろうか?”色々な不安が心の中を駆け巡る。</p>
<p>
時々、こんな自分の性格を嫌になることもある。もっとはっきりものを言ったり、自分の考えを表に出したいときもある。西野先生みたいに、ずばずばとものを言っても好感を持ってもらえるような人になりたい。</p>
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<p>「あ・・・あの、アナウンス、お願いしたいんですけど・・・。」</p>
<p>小太郎はおずおずと申し出た。</p>
<p>何回か聞き返されながらも、何とか要件を伝えることができ、無事アナウンスも流してもらうことができた。</p>
<p> </p>
<p>やっとこさながらも一応はことづかった用事を完遂することができた充足感で、気分を良くしてその足で部室へ向かう。</p>
<p>茶道部の部室は茶庵とは別にある。</p>
<p>茶庵はたったの3畳ほどしかないため、部員全員が入るには手狭だからだ。 </p>
<p>
着いてみると随分みんな準備のいいことに、もう部室は部員で満杯状態だった。しかも心なしかいつもより部員が多い気がする。多分“部活に属している”という事実だけがほしい幽霊部員までもが集まっているのだろう。</p>
<p>「・・・随分、早いんだね・・・みんな。放送したばかりなのに・・・。」</p>
<p>「もう大分前からみんなここにいるぜ。なんでもさ、今回の講師の先生は超美人なんだってよ!!大分前から噂だったぜ。知らなかったのか?」</p>
<p>そう言われてみれば、何日か前から一部の部員達が「今年の講師は美人らしい」的なことで騒いでいた気がする。</p>
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でも小太郎は別に興味なかったし、そういう会話に入っていける気もしなかったのでその話題には疎かったようだ。やがて一部の部員からその他の部員にもその熱は伝わり、今のような事態になってしまったらしい。</p>
<p>しばらくすると、西野先生が部室に入って来た。</p>
<p>「あ~らあら。野郎どもがこんなに集まってくれちゃってもう。佐藤悠木!!あんたいつも来ないくせにずうずうしいっつーの!!」</p>
<p>名前を呼ばれた幽霊部員は「まぁまぁ先生」とちゃらけた声で返した。</p>
<p>「・・・まぁ無理もないわね。あんたらの期待通り、今回の先生はめちゃくちゃ美人よぉっ!!」</p>
<p>待ってましたとばかりに拍手が起こる。</p>
<p>小太郎もおどおどしながらも一応拍手した。</p>
<p>西野先生はなぜか誇らしげに部室のドアへ向かう。</p>
<p>そしてドアを開け、「せんせ、どうぞ。」と小声で言った。</p>
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<p>講師の先生が入ってきた瞬間、部室にどよめきと歓声が響き渡った。</p>
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<p>「講師の、佐々木流美(るみ)先生です!!」</p>
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<p>小太郎はその人の美しさに目を丸くした。</p>
<p>生粋の日本美人、という形容がぴったりとでもいおうか。</p>
<p>すらっとした体形に、とても小さな顔。</p>
<p>大きくて切れ長の目が印象的な整った顔立ち。</p>
<p>年齢は一回りくらい上かもしれないが、確かに相当の美人だった。</p>
<p>・・・ただ、小太郎には妙な既視感があったのだけれども。</p>
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<p>「どうも、佐々木流美と申します。こちらの理事長さんにご縁があって、今回講師を務めさせていただくことになりました。よろしくお願いします。」</p>
<p>どこからともなく拍手が起きた。</p>
<p>男だらけの部室に、一輪の花が咲いたようだった。</p>
<p>「・・・んじゃあ・・・そうだな、小島小太郎!!先生を控室に案内して!」</p>
<p>いきなり名前を呼ばれて、一番後ろにいた小太郎はびくりとした。</p>
<p>「ぼ・・・僕が、ですか?」</p>
<p>おどおどして言うと、周りから「俺が!」「俺が!」という声がどんどん上がる。</p>
<p>「あんたらにまかせたら何しでかすか分んないから!!小島小太郎が一番信頼できる。」</p>
<p>そう言い切る先生に、小太郎は赤面した。</p>
<p>「じゃ、お連れして。」</p>
<p>小太郎は“だから知らない人と話すの苦手なのに・・・”とがちがちになりながらも、よろよろしながら部室から出た。</p>
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