「小太ちゃん?小太ちゃんよね??」
部室を出て顔を合わせた瞬間、美人講師の流美先生は明るい表情と声を小太郎に向けた。
「え・・・?」
小太郎はどう反応してよいか分からず、おどおどしてしまう。さっき先生を見た時はなんだか1度見たことがある気がしたけれど、どこでどんな風に会ったのかは全く思い出せなかった。
「あの・・・どこかでお会いしましたか・・・?」
そう尋ねてしまって、“しまった”と思った。
相手が覚えていて自分が覚えていないなんて失礼極まりない。
もしここで先生を怒らせてしまってはみんなに迷惑がかかる。
「あのっ、すみませ・・・」
「やっぱり覚えてないわよねぇ~。無理もないか。」
小太郎が謝ろうとした瞬間、流美先生はそう言って屈託のない笑顔をのぞかせた。
「へ・・・?」
「最後に会った時はまだ確か1歳だったしねぇ。覚えてたら逆にすごいわね。それにしても大きくなったわね~。」
流美先生はぽんぽん、と小太郎の肩を叩いた。
「私ね、あなたのおばあさんのおばさんの孫なの。以前一度だけ旅館に泊まらせていただいたことがあってね、その時たまたままだ赤ちゃんだったあなたに会ったのよ。」
小太郎は正直驚いた。
親戚縁者に茶の湯の先生がいたなんて。
というのも、小太郎の将来の夢がお茶農園を経営することなのだが、祖母には反対されているからだ。
祖母としては、実家の旅館を継いでほしいのだ。いい大学へ行って経済や経営について学んで、旅館を盛りたてていって欲しいと考えている。祖母は考えの古い人なので、学問をするならば東京の方がよかろうと(祖母の中では横浜も東京らしい)今の学校に入学させられたところも少なからずある。
茶道部に入れてもらっているのだって、あくまで礼儀作法を学ぶという意味でだ。そうでなかったら、祖母にとって“お茶”の存在はできるだけ小太郎から遠ざけておきたい存在に違いなかった。
だけれど、遠縁とはいえ親戚に茶の湯の師がいるということは小太郎にとって嬉しいような、誇らしいような、こそばゆい気分だった。
しばらく二人で連れ立って歩くと、前方から見知った顔がやって来た。
青いふちの眼鏡が印象的で、一部では熱烈的ファンを持つ、またもう一部では恐怖の存在として恐れらているこの学校の副会長、佐々木佑介だ。
この人もまた小太郎の遠縁なのであるが、尊敬の念を抱く一方で彼を知れば知るほど“本当に自分と少しでも血が繋がっているのだろうか?”と思ってしまう。
「さ、佐々木先輩、こんにち・・・」
小太郎が挨拶をしかけたその時だった。
「母さん!?」
小太郎の挨拶に反応してこちらを見やった佑介の口から飛び出したのは、小太郎が思いもしなかった言葉だった。
「あらぁ、佑ちゃん。偶然~!」
「“偶然~”じゃないでしょう。どうしてこんなところに・・・・・。というか日本にいたのか。」
佑介は「やってしまった」的な様子で手をこめかみに当て、大きくため息をついた。
「・・・流美先生は茶道部の講師として、今日からいらっしゃってくれたんです・・・。」
小太郎はおずおずと答えた。
「茶道は本業じゃないだろう・・・。」
「本当は日本でお仕事があったから帰って来てたんだけどね。1週間くらい前に気晴らしでおばあちゃん家のお茶会で亭主をやったら、その時たまたまいらしてた理事長さんに『茶道部の講師をぜひ』って頼まれたものだから。」
親子二人の会話をしばらく茫然と聞いていた小太郎だったが、はっと我に帰って尋ねる。
「あの・・・佐々木先輩のおばあさんのおうちって・・・」
「・・・茶道の師範だ。宗家とまではいかないがそれなりに門弟もいる。」
それを聞いて、小太郎はもっとびっくりしてしまった。普段そこまで会話するわけではないとはいえ、そんなことは一度も聞いたことがなかった。だからといってなぜ言わなかったかと問えば、「聞かれなかったからだ」と彼なら答えるのだろう。
それにしても、これでやっと妙な既視感の原因が分かった。
そっくりなのだ。
・・・あの、佐々木先輩のミスコン写真に。
「佐々木さぁんっ!ちょっと来てもらえますかぁっ!!」
少し遠くから、佑介にお呼びがかかる。
それに反応して、佑介は小走りでそちらへ向かった。
「母さんっ!!小太郎に変なこと吹き込むなよっ!!」
という言葉を残して。