「・・・知りませんでした。佐々木先輩のおうちが茶の湯に関係が深いなんて・・・。」
勉強会終了後、『ご飯いっしょにどう?』と誘われた小太郎は流美先生と食事に来ていた。「本当は佑介も誘ったんだけど、あの子忙しそうだったから」と少し口を尖らせていた。
「あの子は別に特別茶道が好きだというわけでもないからね。小さい頃お手前は一通り教えたんだけど頼まれでもしないとやらないみたいよ。」
「へぇ・・・。」
ということは、佐々木先輩もお手前をしようと思えばできるのだろう。つくづく何でもできる人なのだなぁと少し感心した。
「でも、あの・・・佐々木先輩からは、流美先生はアメリカで着物のお店を開いているって聞きましたけど・・・。」
小太郎がそう言うと、流美先生は「ふふっ」と笑った。
「そ。本業はそっち。」
「・・・でも・・・お家は茶道の師範なんでしょう?その・・・おうちを継ぐとかは考えなかったんですか・・・?」
いつの間にか小太郎はそんな質問をしていた。
これは、単なる質問ではなかった。
なんとなく、自分と流美先生に重なる部分を見たからだった。
「・・・そうねぇ・・・。確かにうちは結構代々お茶関係の仕事に就く人が多いみたいだしねぇ・・・。うん、考えなかったわけではないわ。」
そう言ってくいっとお酒を飲み干す。
「でもね、私は小さい頃から、お茶そのものよりも、お茶会にいらっしゃるお客さん達が身につけている着物の方に興味があったの。だから、どうしてもそれに関わる仕事がしたかったのよね。」
「・・・反対とか、されなかったんですか。」
「されたわよぉ、もう泣きながらの喧嘩なんてしょっちゅうだったわ。」
流美先生は懐かしそうに目を細める。
「でも喧嘩するほど着物への思いは強くなるばかりで。大学卒業するまで説得し続けてし続けて。それでやっと、許してもらえたのよ。それから鷹取さんのところへ修行に行ったの。」
「鷹・・・取。」
「そう。昨日聞いたら、息子さんが小太ちゃんの学校の生徒会長なんですってね。びっくりしたわ。」
それは大きな偶然ではあったが、今の小太郎の前にはそんな話より流美先生の話の方が大きなところを占めていた。
夢に向かって、反対されても突き進んでいく姿。
それが今の小太郎には大きな感銘だった。
その行動力は、確実にあの佐々木先輩に受け継がれていると思った。
僕にも、少なからずそんな人たちと同じ血が流れているんだ。
そう思うと、なんだかとても誇らしく、とても自分が大きな存在に思えた。
とにかく、前を向いて歩いていこう。
そう思った。
それから、約1か月の間。
流美先生は立派に講師を務めて、アメリカへ帰って行った。
佐々木先輩は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
そして、小太郎は。
ひとつの決意をしていた。
“何が何でも、夢を実現する”。
今までになかった小さな強さが、小太郎の中に芽生えていた。
The End