EPISODE1「隣人」

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「ここみたいだな。俺たちの教室」 「おう」  ほぼあらゆる人の眠気を誘うであろう入学式の後、それぞれはこれから自分達が生活する教室に向かう。  人間とは不思議なもので、さきほどまで眠気を感じていても、気分が高揚しさえすれば、あっという間に騒ぎ始める。 「さっきまで皆、あれほど眠そうにしていてこれはなんだ」 「ま、新しい教室ってえのは、なんだかんだテンションが高くなるものだと思うさ」 「ほう。まあ、それよりも」 「屋上にいけるかどうか、だろ?」 「ああ」  彼らもそのうちのはずであるが、屋上にいけるかどうかを調べるらしい。 「屋上階段・・・閉ざされていないか」 「じゃ、大丈夫じゃないか?」 「試してみよう」  ドアノブをひねる。そして押す。開く。 「今回は・・・空を見られるな。見やすいところで」 「よかったな」  確認したいことを終え、教室に入る。  皆、一様に騒いでいるので、入ってもあまり目立たなかった。    教師が来てから座席表が発表されるため、それまでは自由。  とあれば、同じ中学から進学してきた者と近くに座り、思い思いに談笑となっている。    彼らも例に漏れず、適当にあいているところに座る。 「なぁ、空。あの子、新入生代表挨拶してた子じゃないか?」  そういって彼が指差した先には、一人の少女がいた。    腰まで届く黒髪、引き込まれそうな光を湛えた優しい眼。  まず、美少女といって差し支えなかった。  空、と呼ばれた少年も、そちらのほうへ眼を向け、そのようだな、と軽く言った。 「確か、彼女の名前、俺と同じ空だった気がする」 「ほう、あの子に一目惚れか?」 「いや、同じ名前というのは気になる」  それだけ言うと、彼は窓から『空』を眺めた。  ただ眺めている。茫洋と。その視線は雲を追いかけているのか、青い空を見つめているのか、鳥を探しているのか、  判然としない。ただ、空を眺めている。  彼の隣の友人は、そんな彼を見て、いつもどおりだな、などと考えていた。  ふと、その彼は空に声をかけた。 「なんだ、涼治」 「いやな、お前は空を見て何を探しているのかな、と思ってさ」  彼は軽く考えるそぶりを見せた後、 「見ているだけでいい」  答えになっていない返事をすると、すぐにまた、空を眺め始める。  もう病気だな、などと思いつつも、いつものことなので涼治も咎める気はない。  それから5分ほどして、中年の男が入ってきた。  メガネをかけて、やや神経質そうな見た目だった。線も細い。 「さて、私がこのクラスの担任となる、朝倉洋一です。担当は現代文と古典。では皆さん、名簿順に座ってください」  そういって、座席表を黒板に書き、そこに数字を書き込んでいく。  数字が完全に書き込まれ、全員が自分の数字を書き込まれた場所に当たる机を探し移動する。  ところが空(少年のほうである。)は、移動する気配がない。  彼が座っていた場所は、最初から彼の座席だったらしい。  彼の座席のほうに視線と声が集まってくる。所謂うるさい、という状況であった。  見れば隣が、例の少女―空である。  成る程、それで騒がしかったのか。  彼は納得する。注目される人間がいればそこに話題が集中するのは当然である。  再び窓に視線を戻そうとした時、隣の『空』から声をかけられた。 「同じ名前かぁ、こういう偶然もあるんだ。よろしくね」  そういって人懐っこく微笑んできた。  彼に男子から嫉妬の視線やらが集中するが、あいにく彼はそういうものに疎い。  特に何か変わった様子を見せるでもなく 「ああ、よろしく」  と軽く答えた。  近所同士の挨拶が終わったのを見届けて、朝倉が口を開く。  神経質な見た目の割には、それなりに柔軟らしい。  これからの予定や、諸連絡を終え、次に学級委員を決めることとなった。 「では、立候補するような方はいますか?」  彼の言葉に手を挙げるものはいない。  予想された光景だ。どこのクラス、どこの学校でも大抵こんなものである。 「では、推薦したい生徒は?」  一人が手を挙げ、「上谷さんがいいと思います」と推薦した。  即ち、女子の『空』である。  代表演説は当然、皆(朝倉も含め)見ていたので、反対するものはなく決まった。  本人も特に断ろうとはしなかった。明るい声で、「精一杯頑張ります」と決意を表明し、花の様な笑顔を見せた。  声援と拍手が教室にこだまし、彼女に口笛が殺到する  その熱気が冷めてきたところを見計らい、 「では他に推薦したい生徒は?」  そこで、空の友人、涼治が手を挙げる。 「成川君。誰を推薦しますか?」 「僕は緒川君を推薦します」  その直後、全員の視線が、たったいま学級委員になったばかりの少女の隣―緒川空に集中していた。    指名された少年は驚き、自分を推薦した友人を見るが、ニヤニヤしているばかり。    そして朝倉は、本人の意志よりも、クラスの意見をとる。  ―即ち、多数決。  クラスのアイドルの隣のヤツだから、という半ば腹いせに近い理由で投票した男子や、沈着そうな彼の様子を見込んだ女子など、ともかく、多くの賛成票が投ぜられてしまった。  明らかに剣呑な雰囲気を振りまき、しかめっ面で拍手を受ける緒川。 (涼治のヤツ・・・後で一発殴っておこうか)  彼は拍手を受けながらそんな物騒なことを考えていた。  しかし彼はここで思い出す。  まだ、会計と書記が残っていたという事実を。  起立した姿勢のまま、彼は挙手し、この状況に追い込んだ友人を書記に推薦した。  もっとも、涼治本人はそれにあまり驚いていなかった。予想の範囲内だったらしい。  こちらは本人もあまり反対していなかったというのもあり、すぐに決まった。  最後の会計は、結局誰も推薦されるような人がいなかったために、朝倉が一人の女子を指名した。  初日のHRはこれで終りである。  終了のあいずとともに、彼は屋上へと向かった。  上谷とその喧騒もないかのように。 「やはり・・・空はいい」  一人流れる雲を見上げながら、彼は呟く。 「空は・・・俺の心を癒してくれる。この穢れた大気の中でもそれを感じることが出来る」  常人が聞いたら、軽く引かれかねない言葉を吐く。  それきり、何も言わず、空を眺めているだけであった。  雲が離れ、又集まり、流れ、鳥が時折雲とともに青空をきるように流れてゆく。  飽きもせず、倦みもせず、ただひたすら時の流れと雲の流れを楽しむ。  しばらくして、彼はあることに気がつき、腰を上げた。 「これは・・・そろそろ雨が降るな」  教室に戻るべく、階段を下りる。 「あ、緒川君?」 「上谷か。なぜ屋上に?」 「実は・・その質問責めから逃げたくなって」 「そうか。そろそろ雨が降る。傘が必要になるぞ」  空はそれだけ自分と同じ名前の少女に忠告するとさっさと傘をとって校舎を出て行った。 「え?あの、えー?雨?」  後にはほとんど疑っている少女が残っていた。なにしろ快晴である。  すぐに雨が降るとは思えない。 「一応、万が一考えて毎日持ってきてはいるから大丈夫かな」  上谷空は軽く考えて、屋上を避難場所にした。

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