EPISODE4「乱入」

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 緒川空は、すでに教室にいた。  特に理由はない。ただ、窓から空を眺めていたかっただけだ。  昨日、水をばら撒いた鉛色の塊は払われ、代わりに透き通るような水色の海が広がっている。  彼の友人、成川涼治も隣にいる。  暇をもてあましている。時折飽きもせず空を眺める友人を見ては、物好きだねぇ、などとからかってもみる。  友人に付き合って早めに来ているものの、彼としては暇だった。  幸せそうな友人の姿を見るのはいいが、こんな時には話相手にならない。  代わりにため息ばかりついていた。  それでも、教室に入ってから30分もすると人が集まり始めた。    涼治はその一段のほうに流れていく。まだ決まったグループも出来ていない。  陽気で行動的な涼治は、あっという間に打ち解ける。  その友人であるはずの空は、相変わらず窓際の自分の席から遠くを眺めているだけだ。  涼治が談笑し始めてから20分もすると、教室が埋まった。  授業開始の4,5分前である。空の隣には同じ名前の少女もいた。  昨日の約束どおり、自分の席を涼治に譲り、自分は立ったまま青い空を眺めている。  とはいえ、「上谷」の空はやはり自分と同名の男子も気になるのか、たまに声をかける。  しかし返事は決まっていた。 「どうかしたか」  話がしたい、というと視線を窓に戻している。  クラス中の男子から嫉妬の視線を浴びているのにもかかわらず、だ。  そんな時、彼らの耳にありえない音が入ってきた。  バイクのエンジン音。続いて、バイクが停止する音。  気がつくと、彼らの教室の前に、1台のバイクが停めてあり、そのライダーが教室の中を見ている。  乗ってきたバイクは、トライアル用を一回り大きくしたようなバイクだった。  全体的にシャープなラインで、やはり競技用といった方がしっくりくる部分がある。  日本製ではない。スペイン製である。GASGAS社のパンペーラ250と呼ばれるバイクだ。  とはいえ、バイクに関してはおいておこう。  教室中は騒然となっていた。好奇の視線は集中している。  そのライダーがヘルメットをとった。一部の女子は歓声をあげる。  その歓声に負けない声をライダーははりあげた。 「緒川空は誰だ!」  誰もが硬直する。  そして、誰よりも早く、名前を呼ばれた本人が我に返った。  ある意味流石である。 「なぜ、俺の名前を知っている」  彼はとりあえずの疑問を呈した。 「知っているからに決まっているだろう!」  ふんぞり返って言い放つライダー。答えになってない。 「だからなぜだと・・・」 「それはだな・・・妹から聞いたからだ!」  再び別の意味で騒然となった。  女子からは誰のお兄さんかしらだの、友達になって紹介してもらおうだの。  男子のほうは、妹が美少女だったら仲介してもらおうと。まぁ、同じである。  当の空は、ある種嫌な予感がしつつ、自らの考えを口にした。 「まさか、上谷空の兄なのか?」  口に出した後も外れてくれ、と居もしない神に祈っていた。祈ったのは初めてかもしれない。  だが、やはり打ち砕かれた。  やたらと必死な表情で、その通りだ、と返されたのだ。  頭が痛くなる。なぜ最近こんなことばっかりなのだろう、と。実際問題わずか2日で起きた出来事だが。  こっちに来い、話がある、と呼ばれた。  だが、こんな中で緒川空はある疑問を頭の片隅に浮かべるのを忘れなかった。  なぜ、教職員などに追い出さないのか。それ以前に4階にあるこの教室にどうやってバイクできたのか。  理不尽な気がする。しかし、とりあえずは呼び出した男の方へ向かった。 「して、用は」 「ぶすっとしていると思ったら、中々、直球じゃないか。面白い、率直に言うぞ」 「率直に言うならさっさと言って欲しい」  野次馬は興味津々である。一言も聞き漏らすまい、と全身を耳にしている。  さきほどまで、ガヤガヤしていたのにも関わらず、である。 「よぉし、俺の妹に手を出すな」 「?意味が分からないんだが」  一方、男子集団は益々聞き逃せぬと殺気だっている。  妹の方は目を真ん丸くして口をパクパクさせている。 「つまりはだ・・・その、なんだ。俺の妹がな、お前に一目ぼれしてしまったらしくてな。だが、よく分からん男にくれてやる気は毛頭ない!」    最早、男子連中がいっせいに空に飛び掛りそうな雰囲気である。  だが、それは緒川空の一言でストップした。 「一目ぼれとはどういう意味だ」  一瞬、世界が硬直したように見えたのは気のせいではあるまい。  今までどういう生活をしてきたのか。  成川涼治を除く、全ての人間の時間が静止した。  やがて時間を取り戻した上谷空の兄は、こう呟いた。 「これならしばらく安心だ」と。  だが、その呟きが終わるか終わらないかのうちに、妹に頭を叩かれた。 「何を言ってるの!それに、一目ぼれしたわけじゃないよ!名前が同じだから気になっただけ!」  それを聞くや否や、彼の兄の顔は輝き、「そうか!それなら安心だ」などとのたまっていた。  そして、教室中の人間に「驚かせて悪かったな」というとバイクにまたがり颯爽とその場を去っていった。  その日の授業は最早、誰の記憶にも残っていない。  それよりも、最大の疑問の回答が示されたことが重要だった。  ただし、放課後である。  なぜ、彼はあんなことをして教職員に追い出されなかったのか、と。  曰く、2年前に卒業した生徒で、それまでにも色々ヤンチャをやっていたため、最早突っ込む気もないのだ、と。  今更バイクで教室に姿を現しても、咎める気にもならないらしい。  凄まじい人間の存在に、彼らは自分が実はコメディ映画に出演しているんじゃないかと疑う羽目になった。
 緒川空は、すでに教室にいた。  特に理由はない。ただ、窓から空を眺めていたかっただけだ。  昨日、水をばら撒いた鉛色の塊は払われ、代わりに透き通るような水色の海が広がっている。  彼の友人、成川涼治も隣にいる。  暇をもてあましている。時折飽きもせず空を眺める友人を見ては、物好きだねぇ、などとからかってもみる。  友人に付き合って早めに来ているものの、彼としては暇だった。  幸せそうな友人の姿を見るのはいいが、こんな時には話相手にならない。  代わりにため息ばかりついていた。  それでも、教室に入ってから30分もすると人が集まり始めた。    涼治はその一団のほうに流れていく。まだ決まったグループも出来ていない。  陽気で行動的な涼治は、あっという間に打ち解ける。  その友人であるはずの空は、相変わらず窓際の自分の席から遠くを眺めているだけだ。  涼治が談笑し始めてから20分もすると、教室が埋まった。  授業開始の4,5分前である。空の隣には同じ名前の少女もいた。  昨日の約束どおり、自分の席を涼治に譲り、自分は立ったまま青い空を眺めている。  とはいえ、「上谷」の空はやはり自分と同名の男子も気になるのか、たまに声をかける。  しかし返事は決まっていた。 「どうかしたか」  話がしたい、というと視線を窓に戻している。  クラス中の男子から嫉妬の視線を浴びているのにもかかわらず、だ。  そんな時、彼らの耳にありえない音が入ってきた。  バイクのエンジン音。続いて、バイクが停止する音。  気がつくと、彼らの教室の前に、1台のバイクが停めてあり、そのライダーが教室の中を見ている。  乗ってきたバイクは、トライアル用を一回り大きくしたようなバイクだった。  全体的にシャープなラインで、やはり競技用といった方がしっくりくる部分がある。  日本製ではない。スペイン製である。GASGAS社のパンペーラ250と呼ばれるバイクだ。  とはいえ、バイクに関してはおいておこう。  教室中は騒然となっていた。好奇の視線は集中している。  そのライダーがヘルメットをとった。一部の女子は歓声をあげる。  その歓声に負けない声をライダーははりあげた。 「緒川空は誰だ!」  誰もが硬直する。  そして、誰よりも早く、名前を呼ばれた本人が我に返った。  ある意味流石である。 「なぜ、俺の名前を知っている」  彼はとりあえずの疑問を呈した。 「知っているからに決まっているだろう!」  ふんぞり返って言い放つライダー。答えになってない。 「だからなぜだと・・・」 「それはだな・・・妹から聞いたからだ!」  再び別の意味で騒然となった。  女子からは誰のお兄さんかしらだの、友達になって紹介してもらおうだの。  男子のほうは、妹が美少女だったら仲介してもらおうと。まぁ、同じである。  当の空は、ある種嫌な予感がしつつ、自らの考えを口にした。 「まさか、上谷空の兄なのか?」  口に出した後も外れてくれ、と居もしない神に祈っていた。祈ったのは初めてかもしれない。  だが、やはり打ち砕かれた。  やたらと必死な表情で、その通りだ、と返されたのだ。  頭が痛くなる。なぜ最近こんなことばっかりなのだろう、と。実際問題わずか2日で起きた出来事だが。  こっちに来い、話がある、と呼ばれた。  だが、こんな中で緒川空はある疑問を頭の片隅に浮かべるのを忘れなかった。  なぜ、教職員などに追い出さないのか。それ以前に4階にあるこの教室にどうやってバイクできたのか。  理不尽な気がする。しかし、とりあえずは呼び出した男の方へ向かった。 「して、用は」 「ぶすっとしていると思ったら、中々、直球じゃないか。面白い、率直に言うぞ」 「率直に言うならさっさと言って欲しい」  野次馬は興味津々である。一言も聞き漏らすまい、と全身を耳にしている。  さきほどまで、ガヤガヤしていたのにも関わらず、である。 「よぉし、俺の妹に手を出すな」 「?意味が分からないんだが」  一方、男子集団は益々聞き逃せぬと殺気だっている。  妹の方は目を真ん丸くして口をパクパクさせている。 「つまりはだ・・・その、なんだ。俺の妹がな、お前に一目ぼれしてしまったらしくてな。だが、よく分からん男にくれてやる気は毛頭ない!」    最早、男子連中がいっせいに空に飛び掛りそうな雰囲気である。  だが、それは緒川空の一言でストップした。 「一目ぼれとはどういう意味だ」  一瞬、世界が硬直したように見えたのは気のせいではあるまい。  今までどういう生活をしてきたのか。  成川涼治を除く、全ての人間の時間が静止した。  やがて時間を取り戻した上谷空の兄は、こう呟いた。 「これならしばらく安心だ」と。  だが、その呟きが終わるか終わらないかのうちに、妹に頭を叩かれた。 「何を言ってるの!それに、一目ぼれしたわけじゃないよ!名前が同じだから気になっただけ!」  それを聞くや否や、彼の兄の顔は輝き、「そうか!それなら安心だ」などとのたまっていた。  そして、教室中の人間に「驚かせて悪かったな」というとバイクにまたがり颯爽とその場を去っていった。  その日の授業は最早、誰の記憶にも残っていない。  それよりも、最大の疑問の回答が示されたことが重要だった。  ただし、放課後である。  なぜ、彼はあんなことをして教職員に追い出されなかったのか、と。  曰く、2年前に卒業した生徒で、それまでにも色々ヤンチャをやっていたため、最早突っ込む気もないのだ、と。  今更バイクで教室に姿を現しても、咎める気にもならないらしい。  凄まじい人間の存在に、彼らは自分が実はコメディ映画に出演しているんじゃないかと疑う羽目になった。    また、上谷空はその放課後に、人に取り囲まれていた。  やれ、緒川君がどうして気になっているだの、お兄さんを今度紹介してだの、緒川はきっとやめておいたほうがいいだの。  彼女も一々、「名前が同じで席が隣だとさすがに気になっちゃうよ」「彼女がいるけどそれでもいい?」「そこまで怖い人じゃないと思うよ」  と返していった。  彼女は内心、この騒ぎの原因の一つである隣の席の男子が出てくることを期待していたが、きっと屋上で空を眺めていてそんなことは絶対ありえない、  と諦めていた。  しかし、そのありえないことが起こった。まさしく、緒川空その人が教室に入ってきたのである。 「涼治、何があったんだ!」といいながら。理解した。彼の友人、成川が彼になにかしらでここに来るようにいったんだろう、と。  上谷空は思わず、涼治の手を取ってありがとう、といっていた。  涼治はこれに上機嫌で、笑顔で「お互い様、お互い様」といっていた。  そこに飛び込んできた緒川空が詰め寄る。はめられたことに気がついて、不機嫌を隠そうともせずに「何が『大変なことがあったからすぐ来てくれ』だ!」と詰った。  激しい口調で問われても、この手のことにはなれているのか、「まぁまぁ、クラスメートが困ってるんだから一大事だろ?」と返した。  そういわれると、怒りは収まったようだが、今度は怪訝な顔で「誰が困っているんだ」と聞いた。  「空ちゃんだよ、空ちゃん」と、涼治は明確に答えた。  そこで初めて自分と同じ名前の少女の存在に気がついたらしく、「何で困っているんだ?」と問いかけた。  今は取り囲んでいたクラスメイトも遠巻きにして3人を見ている。はっきり言って、このまま帰れると嬉しい。 「んっと、ありがとう、その、助かったから」 「何?」 「それじゃ、私帰るから!」  後は教室から飛び出る。さすがの緒川空もあっけに取られるばかりだった。  と、彼の携帯の呼び出し音が鳴る。姉からだった。 「分かった。すぐ学校を出る」  涼治とともに校舎を出た。  

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