小説 オホーツクに消ゆ 二話


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 第一話  北の地の相棒



 「う~、あ・・・着いたか」

 夢の中でまで仕事をしてしまった由香は、不愉快そうな顔で飛行機から降りると、思い切り腕と背中を伸ばした。

 「うー、やっぱ寒いなあ・・・これだから北国は嫌なのよ」

 ぶつぶつ文句を言いながら薄手のコートを羽織り、北海道警の迎えを探しに出口を出ると、茶色のスーツを着た壮年の男が若い男を連れて立っているのが見えた。

 同類は匂いで解る、とはよく言ったもので、直感で彼らも刑事だと悟った由香は、足早に二人に歩み寄る。

 「どうも、お世話になります!北海道警の方ですよね?」

 「はい、そうです・・・いやあ、お話には聞いておりましたが」

 後半は口にしなかったが、珍しい女性のキャリア警部を、壮年の刑事は頭からつま先まで凝視する。

 「ああ、失礼しました。
 東京からいらした、鬼瓦警部さんですね?
 何でも東京で起こった殺人事件を調べにいらっしゃったとか」

 「ええ、警視庁の鬼瓦です。
 被害者の方が北海道の出身、ということが判明したので、詳しく身元の確認に伺いました」

 壮年の刑事と軽く握手をしながら言うと、刑事はなるほどと頷いて自己紹介を始めた。

 「わしは北海道警の山辺です。
 それにしても、物騒な世の中になりましたなあ・・・」

 最近凶悪事件が全国各地で相次いでいるので、お互いに溜息をついて同意する。

 「こちらでも北竜会というヤクザが、妙な動きを見せてまして。
 ま、そちらの事件とは関係ないと思いますが・・・」

 世間話に紛らせて、彼が担当しているのだろう事件の愚痴を聞きながら由香が応じる。

 「暴力団規制法で、あっちもいろいろシノギが大変だそうですから、必死なんでしょうね」

 「そうですなあ・・・ああ、失礼。いや、年をとると話が回りくどくなっていけませんな。
 さっそくですが、鬼瓦警部の案内役をする刑事を紹介しましょう」

 山辺は漸く話を戻すと、先ほどから放置されたままだった青いスーツを着た青年紹介する。

 「猿渡 俊介君です。道内では彼が相手役を務めますから、こき使ってやって下さい」

 眉の太い、いわゆるイケメンと称されるであろう青年を見て、由香はやっぱりと肩をすくめた。

 (身元判明のためだけの捜査だから、ベテランを貸してくれるとは思ってなかったからなー。
 ま、運転手さえしてくれたらいいし、別にいっか)

 何気に失礼なことを考えた由香は、にっこりと笑みを浮かべて俊介に手を差し伸べる。

 「警視庁の鬼瓦です。ほんの少しの間ですが、よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします。
 とりあえず、釧路市内までご案内いたしましょう」

 律儀に頭を下げて握手をする俊介は、生真面目な性質なのかさっそく仕事に入った。
 由香としても異存はないので山辺に視線を送ると、山辺は頷く。

 「というわけでわしはここで失敬させて貰いますが、事件が解決するよう、わしも祈ってますよ。
 では、また」

 山辺が立ち去った後、残された二人は示し合わせたわけでもないのに同時に咳払いをした後、まず俊介が口を開いた。

 「えーと、僕は猿渡という長い名字なので、みんなからはシュンって呼ばれてます」

 「名字を略されてサルって呼ばれたくなかったんですか?」

 「・・・解ってくれますか」

 「お互い様にね」

 由香だって幼少時のあだ名は“鬼”である。
 二人は互いに沈黙した後、由香が提案した。

 「シュンって呼ばせて貰いましょう。
 私のことは警部でいいです」

 「了解です・・・あ、それと敬語はいいですよ。警部の方が上司で、年上ですから」

 てっきり同じ年か年上だと思っていたので、由香はびっくりした。

 「え、じゃあもしかして・・・新卒?」

 「いえ、警察学校を卒業してから交番勤務を一年終えて、今年から捜査一課に配属されたんですよ。
 ですから、今24歳ですね」

 「うわ、1つ年下かー」

 うっかり年齢を言ってしまったことに由香は一瞬硬直したが、シュンは聞かなかったことにして再び咳払いをした。

 「では行きますか、警部!」

 「そうね、シュン!」

 二人ともほんの数日限りの付き合いだと軽く考えていたから、二人は年齢が近い事もあってフレンドリーに付き合っていこうと軽いノリで車に乗り込む。

 どうせ被害者の身元確認と、周囲の人間との関係を調べるだけだからだ・・・ 現時点では。
 二人は車に乗ると、車を走らせながら捜査方針を相談する。

 「まず、このハガキの住所に書かれた場所に行きたいんだけど」

 由香が東京から持ってきたハガキをシュンに見せると、シュンは信号待ちの時にそれを手にとって宛名を読む。

 「釧路市緑が丘 増田 文吉・・・と書いてあります。
 なるほど、これが殺されたという男の唯一の手掛かりですか」

 「そうなの。それからハガキの文面によると、どうも付き合ってた女もいるみたいだし」

 「そのようですね・・・解りました、さっそく行ってみましょう」

 シュンは慣れた様子で車を釧路市まで向かわせると、緑が丘周辺で車を止めた。

 「この辺りが緑が丘ですが・・・」

 家がいくつも密集した東京とは違い、隣家まで十メートルといったのどかな住宅地に、由香は羨ましそうな声を上げた。

 「いいなあ、こんなゆとりある空間・・・こんなとこ、東京にはまずないわよ」

 「らしいですねえ・・・北海道のさらに田舎じゃ、民家がぽつんとあるだけなんて土地もありますから」

 シュンが物珍しそうにキョロキョロする由香を、微笑ましそうに見ながら笑う。

 「そうなんだ・・・まず、増田って人がいないか、探してみましょう。
 民家が少ないから、あるならすぐ見つかるわ」

 「おや、増田という人のうちがありました」

 由香の言葉が終るか終らないかのうちに、あっさり告げたシュンに、由香はずっこけた。

 「早っ!」

 「間違いなく、ここね・・・・あ、誰かいるわ」

 庭先から人の気配がしたので見てみると、この家の奥さんらしい中年の女が、洗濯機の横で何やら作業をしている。

 「何考えてるんでしょうね、この家の人は」

 シュンが呆れたように言うので、由香が尋ねた。

 「どうしたの?普通に洗濯機回してるだけでしょ」

 「北海道じゃ、洗濯機を外に出すなんてことやりませんよ。
 凍りついてしまいますからね」

 「ああ、なるほど」

 どうも東京の感覚でいると、土地柄の事はどうも解らない。
 由香はさっそく、女性に話しかけた。

 「どうも、いきなり失礼します。
 私鬼瓦という者ですが、こちらは増田さんのお宅で間違いないでしょうか?」


 女性はいきなり現れた男女の二人組に驚いたようだったが、やがておっくうそうに答えた。

 「確かにうちは増田で、あたしはその妻の多恵だが。
 何だね、あんたらは」

 「突然に申し訳ございませんが、警察の者です。
 少し、ご確認させて頂きたい事がございまして」

 由香が目くばせすると、シュンは小型のノートパソコンを取り出し、増田の写真を彼女に見せた。

 「ちょっと、これを見てくれますか?」

 多恵は不審そうに眉をしかめながらも写真を見ると、すぐに答えた。

 「おお、こりゃうちの人だが・・・・」

 「間違い、ございませんか?」

 由香が少し辛そうに確認すると、多恵は幾度も頷く。

 「うちの人に間違いない・・・でも、なんでそんなことを聞くんか?」

 怪訝そうな多恵に、由香は小さく深呼吸をしてから彼女に告げた。

 「実は九月の末に、お宅の旦那さんの水死体が東京で発見されました。
 胸をピストルで撃ち抜かれたのが、死因です・・・」

 「・・・・え?」

 多恵は豆鉄砲を食らったかのような顔になったが、やがて由香が改めて警察手帳を示し、詳しい経緯を話すとようやく彼女はそれを信じたようだった。

 「何だって・・・殺された?!
 そ、そんな・・・」

 「お気を確かに・・・お気持ちはお察ししますが、ご主人の無念を晴らすためにも、お話をお聞かせ願えませんでしょうか?」

 由香に崩れ落ちて泣く多恵の背中をさすりながら由香が言うと、多恵は小さく頷きながら立ち上がった。

 「では、申し訳ありませんが、ご主人のことを聞かせて貰えますか?」

 シュンの問いに、多恵は涙を拭きながら答えた。

 「私はあの人とは再婚で・・・つい最近、籍を入れた。
 あの人の出張が終わって、新婚だったけど東京に出張に行くって言ったきりで・・・それが、まさか・・・」

 泣き声でそう言う多恵に例のハガキを差し出すと、彼女はさらに声をあげて嗚咽する。

 「人に恨みを買うような人じゃなかったのに・・・この前もうちの人に世話になったという人がお金をくれたりして・・・」

 「え?」

 由香は東京でも似たような証言があったことを思い出して、思案する。

 (東京でも、彼は大金が手に入るような事をほのめかしていた。
 そして今も、金銭のやり取りがあった・・・もしかしたらあの男、恐喝の常習犯なのかもしれないわね)

 そしてその恐喝した者から恨みを買い、殺された。

 状況からしてその線が濃いことをシュンも悟ったのだろう、シュンが尋ねる。

 「その、お金をくれたという人の事はご存知ですか?」

 「え?お金をくれた人か?
 確か・・・北浜の飯島 幸男とか言っとったのう」

 「北浜といえば、網走の東の方ですね・・・あの、詳しい住所などは・・・」

 「知らんなあ・・・お金を持ってくれたんも、うちの人と一緒だったし。
 でもどんな人かは憶えとるよ・・・確かうちの人より年上に見える男の人で、四角い眼鏡をかけとった」

 「そう、ですか・・・」

 他にもいろいろと話を聞いたが、北島という男以外の話はさして捜査に関係指なさそうだったため、二人は視線で北浜に行くことを決めると、増田家を辞去することにした。

 「お話、ありがとうございました。
 あの、ご主人の遺体は警視庁に安置させて頂いております。
 お引き取りに・・・・」

 「もちろん、行く・・・どうやったらうちの人に会えるんかな?」

 涙ぐむ多恵に手続きの方法を教え、自分からも連絡しておく旨を伝えると、北海道から出たことがないという多恵のためにパソコンで飛行機の手配をする。

 「私の部下の黒木という男を、空港まで出迎えにやりますから」

 「すまんねえ、刑事さん・・・あの、うちの人を・・・うちの人を殺した犯人、絶対に捕まえて下さい」

 涙を拭きながら訴える多恵に、由香は力強く頷く。

 「もちろんです、増田さん。
 必ず仇は討ちますので・・・どうか、気を落とさずに」

 「お願いするわ・・・じゃあ、頑張ってください」

 「では、失礼しますね。シュン、行くわよ」

 由香とシュンは多恵に頭を下げて増田家の門を出た後、大きな声で泣き崩れる多恵の声を聞きながら車へと向かう。

 「大丈夫ですかねえ、奥さん」

 「さあね・・・でも、あのままあそこにいても仕方ないわ」

 冷たいようだが、それが事実なのだ。
 彼女のためにも、犯人逮捕に全力を尽くすのが二人の役割なのだから。

 シュンも頷くと、さっそく情報を整理する。

 「増田という男は奥さんには悪いですが、善良とはいえない経歴を持っているようですね」

 「たぶんね・・・北浜の飯島か」

 由香は多恵が犯人だとは考えなかった。
 海まで死体を運ぶなど中年の女性には無理だし、また東京まで行く意味もない。
 アリバイ作りが目的なら当然彼女にはアリバイがあると言うはずだが、彼女は泣くばかりでアリバイを主張しなかったからだ。

 「ってことは、北浜まで?」

 「行かないとまずいでしょ・・・有力な容疑者候補なんだから」

 身元確認だけで終わってもいいのだが、容疑者が見つかったのなら捜査をするのが道理というものである。
 捜査が行き詰まるまでは捜査を続けるべきだという由香に、シュンも同感だった。
 飯島 幸男の住所が解らないため、シュンは北海道警を通じて北浜に住む全ての飯島 幸男という男の住所を調べておくように携帯で依頼し終えると、車のドアを開けた。

 「では、北浜まで行きますか。
 でも、車で3時間くらいかかりますが・・・よろしいですか?」

 シュンの宣告に、由香は引き攣った顔になった。

 「そ、そんなにかかるの?」

 「はい」

 いっそサイレン鳴らして走ってくれ、と命じそうになったが、ぐっとこらえてシュンに言った。

 「・・・交替で走らせれば、疲れもしないでしょ。行くわよ」

 「それくらいなら僕一人で大丈夫ですよ。気を使わないで下さい」

 シュンは笑ってそう言うと、一路網走の北浜へと車を走らせるのだった。


 三時間半後、二人は寒い風が吹く北浜へと到着していた。
 海が近くにあるせいで、海風がもろに寒い。

 「うう、ちょっと寒いな。
 あったかいココアでも買ってきてくれない?」

 「そうですね、僕はコーヒーでも」

 寒さに慣れない由香は震えながら、北海道育ちのシュンは震えもせず、北浜駅近くにある自動販売機にやって来ると飲み物を購入する。

 缶を開けて温かい飲み物で一息つくと、由香が周囲を見渡しながら言った。

 「何もないところねえ」

 「そうですね。でもオホーツク海に一番近い駅として、ちょっとした観光名所ではあるんですよ・・・ま、ポピュラーではないですが」

 「ふーん・・・にしても、今日は何だか騒々しいわね。お祭りでもあるの?」

 さっきから駅構内がざわめいており、新聞記者らしき男やテレビカメラマンなどが通って行くのを見た由香の問いに、シュンも首を傾げる。

 「いえ、シーズンオフだし目立った催しはなかったと思うんですが」

 それでもただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、シュンが近くにいた駅員に尋ねてみた。

 「すみません、何か今日お祭りでもあったんですか?」

 「いいえ、違いますよ!今日実は、この北浜で殺人事件があったんです!」

 興奮気味の駅員の台詞に、由香は眉をひそめた。

 「だからさっきから新聞記者やテレビカメラとかが来て、ちょっとした騒ぎになってるんです」

 「なるほどね~。で、被害者の方はどんな?」

 「飯島っていう地元の名士の方なんで、余計に大騒ぎに・・・」

 駅員が告げた被害者の名前に、二人は飲んでいたココアとコーヒーを盛大に噴き出した。

 「へ?!げほっげほっ」

 「だ、大丈夫ですか?」

 駅員がティッシュを取り出して二人に手渡すと、二人は礼を言いながら受け取ると濡れた服から茶色の液体を拭きとっていく。

 「い、飯島って・・・あの飯島 幸男かな?」

 「え?飯島さんをご存じなんですか。
 じゃああんたたちも、飯島さんが殺されたと聞いて?!」

 由香の囁きを耳ざとく聞いたらしい駅員からの質問が、殺されたのが飯島 幸男という男だと語っている。

「あの、詳しい話を聞かせて貰えませんか?
 僕達はその飯島さんに会いに来たんですけど・・・」

 シュンが恐る恐る尋ねると、駅員は興奮しているのか叫ぶように答えた。

 「何を言っているんです!
 今朝飯島さんの死体が浜に上がったって、街中大騒ぎですよ!」

 知らなかったんだから叱られる謂れなどなかったが、二人は困惑して顔を見合わせる。

 「同姓同名の別人・・・ってことはないわよね?」

 「どうなんでしょう・・・とにかく、浜辺で確認してみましょう」

 二人は缶をゴミ箱に投げ入れると車に乗り込み、浜辺へと向かう。

 「別人だといいんだけど・・・いや、別人なら殺されてもいいってわけじゃなくてね」

 「解ってますよ」

 浜辺まではわりとすぐに着いた二人が見ると、シーズンオフもオフだというのに大勢の人がやって来ている。

 「北浜の浜辺です・・・かなりの人が集まっています」

 「そりゃ、死体が見つかったとなればね・・・駅員さんが北島さんって呼んでたくらいだから、この辺じゃ有名なのかもね」

 ちらっと野次馬に視線を送ると、それを証明する言葉をひそひそと囁き合う。

 「あの北島さんがねえ・・・何かあったのかねえ?」

 「あの人は名士じゃから、恨みもあるかもしれんけども・・・」

 二人は現場へと足を向けると、そこには老年齢に差し掛かった男が眼鏡をかけたままで横たわっているのが見えた。

 「確か多恵さん・・・北島 幸男は眼鏡をかけた老年の男だって言ってましたよね?」

 「言ってたわね」

 二人は嫌な予感がしつつ、依頼したそろそろ飯島 幸男に関する情報が出来た頃だと思い、シュンが携帯で北海道警に電話をかけた。

 「どうも、猿渡です・・・先ほどの件で・・・はい、はい・・・そうですか。
 了解です・・・・警部」

 シュンがいっそ笑みさえ浮かべて携帯を切ると、にこやかに告げた。

 「北浜で飯島 幸男という男は、たった一人しかいないそうです。
 で、そのたった一人が今朝、死体で発見されたという情報があったと山辺警部補が」

 「・・・・」

 「北浜署に捜査協力をするよう通達しておくので、出来ればこちらも情報を担当刑事に開示して欲しいとのことです」

 「了解・・・・」

 増田を追った先で、容疑者が死亡したとなると、これは関連している可能性が高い。
 山辺が気を利かせてくれたことには感謝するが、それはつまり・・・・。

 「北島の事件が片付くまでは、帰れないってことか・・・あはは・・・はは・・・」

 由香は涙目でそう悟ると、乾いた笑みが自然と溢れ出る。
 シュンがにこやかな理由がようやく理解出来たなあ、と軽い現実逃避に走っていると、そのシュンは北浜駅前のビジネスホテルに電話をかけ、シングル二室を予約しているのが見えた。