小説 オホーツクに消ゆ 三話 


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 第二話  繋がる線、繋がらない線


 「警視庁から来ました、鬼瓦と申します。
 こちらは北海道警の猿渡巡査です」

 由香は初動捜査に当たっていた刑事に警察手帳を示し、捜査協力を依頼すると快く了承してくれた。

 代わりに由香も北島に辿り着いた経緯を相手に話すと、刑事は首を傾げた。

 「東京で殺された増田が北島を恐喝していたとすると、それに耐えかねた北島が増田を殺した・・・そこまでは理解できます。
 でも、今度はその北島が殺されたとなると、いったい誰が犯人なんでしょう?」

 「・・・そうなりますよねえ、やっぱり。
 ですが、北島が増田殺しの犯人と決まったわけではありませんから、裏面にまだ何かあるかもしれません」

 由香も同じ疑問を持っていたので、それに答えることなく刑事の元を離れ、北島の死体の元へ赴いた。
 そこではすでにシュンが、検死医と刑事から説明を受けていた。

 「どう、シュン。被害者の死因は?」

 「死亡推定時刻は四日以上前。
 お腹は膨れていないし、海水を飲んだ様子はありませんから、溺死ではありません。
 頭の後ろに鈍器で殴られたような痕があります。これが直接の死因でしょう」

 「やっぱり、殺人か・・・」

 「しかし、警部。東京湾の死体はピストルで撃たれていたそうですね。
 この二つの事件は、別の犯人の仕業でしょうか・・・」

 シュンの言葉に、由香はその可能性は高いと思って考え込む。

 そもそも鈍器で人が殺せるなら、入手ルートが限定されているので犯人が特定されやすいピストルを使うのは愚かというものである。

 単純に弾切れや故障が起こってピストルが使えなくなり、鈍器を使った殺人方法に変更した、という可能性はあるが・・・。

 そこまで思い至った時、由香はふと尋ねた。

 「そういえば飯島っていう男、どういう人なの?結構な有名人みたいだけど」

 「飯島 幸男はこの街の実力者だったようですね。
 この不況に、なかなか儲けている会社を経営していたようです。
 妻は既にいませんが、彼には信司という息子がいるそうです。呼びましょうか?」

 確かに北島の死体の近くに、若い青年の姿が由香の視界に見えると、由香は頷く。

 「そうね、恐喝の事実について何か知ってるかもしれないわ」

 シュンは同感だと頷くと、信司の元へと小走りに走り寄ると彼を連れて戻ってきた。

 「警部、こちらの方が飯島 幸男さんの息子、信司さんです」

 「刑事さん、いったい誰が親父を?!」

 既にこの事件が殺人であると聞かされていたのだろう、信司はシュンから聞きたい事があると言われているため、由香達が何か知っていると思っているようだ。

 由香は小さく深呼吸をすると、さっそく話を切り出す。

 「もちろん、それを今から捜査します。
 ただ先入観を持たれてしまっては困るので、まずは北島さんについてお話し願えませんでしょうか?…特に最近、おかしな様子はなかったか」

 “これこれこういう人に疑いがあるんですが~”などと言ってから質問をすると、聞かれた側は無意識のうちにその人物が犯人との刷り込みが行われてしまい、記憶が改ざんされてしまうことが少なくない。
 それを防ぐため、由香はあえて先に写真などは見せないのだ。

 その理屈を理解してくれた信司は、さっそく気になっていたことを話した。

 「そういえば親父・・・誰かにゆすられているみたいでした。
 いつだったか通帳から五十万円ほどなくなっていて、問い詰めてもそのお金をどうしたのか言わないんですね」

 (ビンゴ・・・)

 増田の妻・多恵が、飯島から受け取ったという金額と一致する。
 飯島は確かに、増田にお金を渡していたのだ。

 「では、増田、という人に心当たりは?」

 「増田?・・・いえ、その名前に心当たりはありません」

 信司はそう答えた後も記憶を掘り起こしていたが、それでも心当たりはないと力なく首を横に振った。

 「親父は知人が多くて・・・情けない事に全員記憶してないんですよ」

 「いえいえ、それは仕方のないことですよ・・・お気になさらず」

 由香は死体の死亡推定時刻が数日以内に殺されたことを示していることから、半月近く前に殺された増田が犯人の可能性はないと断定した。

 となると残る可能性は、第三者が増田・飯島に繋がる何かを共有しており、口封じに殺した・・・というのが考えられるが・・・。

 「本名ではなく、偽名を使ってここに来た可能性があるかもしれませんね。
 とすれば、写真を使って聞き込みしてみますか?」

 シュンの推理に、確かにあり得るかもしれないと思った由香はパソコンを開いて増田の写真をウィンドウに出す。

 「ちょっと、これを見てくれますか?」

 正直期待はしていなかったのだが、意外にも信司はすぐに答えてくれた。

 「これはゲンさんですね。
 髪型がちょっと違うけど、ゲンさんに間違いないでしょう」

 「げ、ゲンさん?」

 本当に偽名を使ってここに来たのか。

 二人は視線でそう言うと、シュンが代表して質問する。

 「あの、ゲンさんってどなたですか?」

 「札幌薄野の炉端焼き屋で働いている人です。
 店の名前は確か・・・コロポックリだったと思います。
 親父に連れられて、2,3度行ったことがあるんで」

 信司の言葉に、二人は混乱した。
 示し合わせたわけでもないのに、くるっと二人で方向転換すると信司から離れ、小声で会話をする。

 「北島は増田から恐喝されていた・・・ここまではもう明らかよね?」

 「はい。でも増田は釧路に住んでいましたし、引っ越したことはないようです。
 札幌から釧路は相当な距離ですから、わざわざそこで金の受け渡しをする必要はないでしょう」

 「しかも恐喝の現場に、息子を連れていく必要はないわよね? 
 事情を知られたくないなら、なおさら」

 「ですよね・・・でも、北島は息子を連れてコロポックリなる店にいるゲンさんという名前の増田の所に行っていた?」

 明らかにこれはおかしい。
 意図が読めない。

 「・・・単なる、そっくりさんですかねえ?」

 「ちょっと確認してみる必要があるわね。
 そのゲンさんが働いていればそっくりさん、事件の前後に合わせて行方不明なら、まず増田と考えてもいいでしょう」

 そう結論付けると、パソコンでコロポックリの店のある場所を検索した由香は、大きく溜息を吐く。

 「・・・ここからすんごい遠いんだけど」

 「今日はもう遅いですから一泊して、朝一番で札幌に向かいましょう」

 「そうね、そうしましょう・・・ホテルも予約してくれたみたいだし」

 行動方針が決まると、二人は信司の元へ戻り捜査協力の礼を言った。

 「どうも、ご協力ありがとうございました。
 また何かございましたら、ご一報下さいませんか?」

 「あっ、もういいですか?では・・・」

 信司が踵を返しかけると、思い出したように言った。

 「あの、親父は誰かにゆすられてたんですよね?
 俺には誰がそのゆすってた奴かは解りませんけど、親父のシステム手帳を渡します。
 手がかりになるかもしれませんから」

 願ってもない話に、二人は幾度も頷いて感謝した。

 「もちろんです、ありがとうございます!
 シュン、信司さんを送りがてらその手帳を貸して頂いてくれる?
 その後北海道警に渡してから、ホテルに来てちょうだい」

 「了解です、ボス」

 シュンと信司が連れ立って現場を立ち去ると、信司との会話の内容を北海道警の刑事達に伝え、その手帳は北海道警に渡す代わりに内容をコピーしたものを後で由香のパソコンに送信する約束を交わす。

 さすがにこれ以上やることもないと思った由香は、そのまま駅前のビジネスホテルにチェックインをした後、夜になってますます冷え込んだ北海道の外に出たくなかったがために、戻ってきたシュンとデリバリーのピザで腹を満たし、眠りに就いたのだった。


 翌日午後一時。由香はシュンとともに、札幌薄野の地へと立っていた。
 車で来てしまったがために電車を使うことができず、朝起きてすぐに車に乗り込み、交替で運転し続けること約七時間という、同じ県内を移動しているとも思えぬ車の長旅であった。

 「これが本州だったら、七時間もあれば東京から神戸くらいまで車で行けるっての」

 「あー、そうでしょうねえ」

 北海道はでっかいどー、などというシャレじみた売り文句。
 由香はそれを脳内でむなしくリフレインさせながら車を降りると、さっそく目的地の“コロポックリ”といういささか不吉な店名の店を探し始めた。

 店の名前が名前だったためか、はたまた味のいい店なのかは不明だったが、道行く人に尋ねればすぐに場所を教えて貰えたため、二人はすぐにコロポックリに到着した。

 「この店のようですね。昼時ですが空いていますねえ」

 「夜のほうが炉端焼きは繁盛するでしょ・・・さ、入りましょ」

 二人はついでにここで昼食を取ることにすると、店ののれんをくぐって店内へと足を踏み入れた。

 「へい、らっしゃいっ!二名様ご案内!」

 元気のいい挨拶が飛んで来たので、二人はカウンター席に腰を下ろそうとした刹那、目の前にいた店員を見て驚愕した。

 「ま、増田!」

 思わず小さく叫んだ由香だが、慌てて自分の口を手で覆いながらシュンに視線を送ると、シュンも目を瞬かせていた。

 「これは・・・飯島 信司さんが勘違いされるのも無理ないですね」

 増田 文吉に瓜二つの店員を凝視しながらも、二人はその店員の前にあるカウンター席へと座る。

 「あのー、その・・・貴方、増田さん・・・ではないですよね?」

 由香が恐る恐る尋ねると、店員はぶっきらぼうに言った。

 「何だねあんた達は?お客じゃないなら、さっさと帰ってくんな!」

 まことにごもっともな言葉に、シュンが確認する。

 「えーと、貴方はゲンさん・・・ですよね?」

 「確かにワシはゲンだが・・・それがなんだってんだ?」

 訳の解らん客だな、とゲンが睨むと、シュンが警察手帳を出して相手に見せた。

 「すみません、ちょっとこれを見てくれますか?
 実はその、こういうことを言うのも何なんですが・・・貴方にそっくりな人が殺された事件を追っておりまして」

 警察手帳を提示した瞬間、ゲンの態度はころりと変わった。

 「へー、旦那達は刑事さんですかい?こんな若い女の人まで・・・。
 え?ワシが殺された?旦那、縁起でもない冗談はよしにしましょうや」

 どうやらこのゲンという男は、権力に弱い性質らしい。
 二人は警察にとって大変扱いやすいと見るや、さっそく昼食の焼き鳥数本とサラダなどを注文し、ゆっくり腰を落ち着けて話を聞くことにした。

 「確かに縁起でもないとお思いでしょうが、被害者の写真を見せて聞き込みをしておりましたら、貴方の名前が挙がりましてね。
 貴方に無関係ならそれでいいんですが、確認のためにお話だけ聞かせて頂こうと思いまして」

 由香はそう説明しながらパソコンで増田の写真を見せると、ゲンはハハと笑い飛ばす。

 「え?これがワシに似てる?
 そうですかね~、ワシの方がよほどいい男だって思いますがね」


 さすがに客商売をしているだけはあり、話上手である。

 「増田の事は、知らないんでしょうか?」

 「知ってたら言うでしょ、そっくりな人が殺されたって教えたんだから」

 事件に関係していたなら隠すかも知れないが、それならそれで今追及しても白を切るだけである。

 「あの、増田 文吉という男をご存じないですか?被害者の名前なのですが」

 シュンの問いに、ゲンは少し考え込んだがすぐに首を横に振った。

 「さあ・・・そんな名前の人は知らねえなあ」

 「やっぱり?じゃあ、飯島 幸男って人はご存知ですか?」

 今度は由香がねぎまを頬張りながら質問すると、ゲンは首を傾げたまま答えた。

 「飯島ねえ・・・そんな名前の客もいたような気がするけど・・・やっぱり解んねえや、刑事さん」

 そこそこ繁盛している店だし、キャバクラのように客の名前など把握する必要がない炉端焼き屋である。
 名前だけでは解らないのも当然ではあった。

 「この人なんですけど・・・」

 由香が飯島の写真を見せて確認するも、ゲンはやはり首を横に振った。

 「うーん、店に来たような気もするけど、覚えてねえや、刑事さん」

 「そーですか・・・ありがとうございました」

 結局、捜査の手がかりになるような話は聞けず、二人は昼食を取っただけに終わってしまった。

 増田 文吉にそっくりなだけという理由では、それ以上強引に話を聞くことなどできなかったため、二人は食事を終えると代金を支払って席を立つ。

 「また来て下さいよ、刑事さん!」

 明るい声でそう送り出すゲンに、二人は苦笑しながらすごすごと店を後にするのだった。



 「さて、これからどうしますか?」

 完全に行き詰った捜査に、シュンはやれやれと車の運転席に座りながら問うと、由香は昨日飯島 信司から北海道警へと渡された飯島 幸男のシステム手帳の内容をパソコン画面で確認していた。

 「北海道警から、システム手帳に書かれていた飯島 幸男の関係者のアドレスが送信されて来たの。
 とりあえず捜査員が手あたり次第に話を聞いているようだけど・・・」

 あいうえお順に整理されたアドレスをざっと斜め読みしたが、ゲンらしき人物の名前はどこにもない。

 飯島 幸男は北浜の名士だが、北海道内に知人がちらばっており、札幌にも数名、知人がいるようだった。
 単純に札幌来た時に寄るコロポックリがお気に入りの店であるというだけで、ゲン自身とは関わりがなかったのだろう、という結論に達した。

 「つまり、単なる偶然、ってことですか?」

 「状況証拠だけなら、偶然の範囲内で収まるわね」

 はぁ、と二人が肩を落とすと、由香が言った。

 「とりあえず網走に戻って、飯島について調べてみようと思うの。
 飯島に何か弱味があって、増田がそれをつかんで脅迫していたのは間違いない。
 北海道警もその線で話が進んでいて、捜査員が関係者を片っ端から洗っているようだから、何か進展があったかもしれないから」

 「それしかありませんね・・・ってことは、また数時間の車の旅ですか」

 「仕方ないでしょ・・・車ごと電車に乗るわけにはいかないんだから」

 二人は心底から嫌そうな顔をしたが、止む無くコンビニで飲み物とお菓子を買い、車に乗り込んで網走に向けて走り出したのだった。


 網走に到着した二人だが、既に夜になっていたため、二人はまたしても近場のビジネスホテルに宿泊する羽目になった。
 日帰り捜査なんて出来ない分、北海道警は捜査費用が膨大なんだろうな、とどうでもいいことを考えながら、由香は疲れた体を休めるべく、早めに眠りについたのだった。


 そして翌朝、二人は網走署に赴いて飯島 幸男に関する事件の調書を受け取り、部屋を一つ借りて協議を始めた。

 北島という人物は過去に新聞記者をしていたらしく、それゆえに人脈も相当にあったようで、知人の数は多かった。

 さらに新聞記者という仕事柄、知らなくていい情報を握っていた可能性が高いため、口封じに殺されてしまった可能性も高いそうだ。

 「つまり、捜査は難航中、ってことかぁ・・・」

 二時間かけて調書を見た結果が、これである。
 膨大な数の知人を洗い出して飯島殺害の動機を持った者を絞り込み、さらにその人物のアリバイなどを確認する・・・考えるだけで気が遠くなる。

 幸い由香はそこまでの権限がないので直接参加しなくていいが、増田の事件と繋がりがあるのが明白なため、彼らの捜査が進むまでは東京へ帰れない。

 「半月も長引いたなら帰れるかもしれないけど・・・それも嫌だな」

 「目立った情報が来るまで、網走で観光でもしますか?」

 シュンが半分本気でそう提案すると、由香はつまらなそうな声で言った。

 「網走って、刑務所くらいしかないじゃない。
 警察官が刑務所観光して、どうするっていうのよ」

 「東京の人は網走というと、すぐ刑務所を連想するかもしれませんね。
 でも見ての通り、穏やかな街並みでしょう」

 「まぁね・・・でも、他に見どころってあるの?」

 「オホーツクが臨む博物館とか、結構いろいろありますよ。
 それに、今網走はちょっと盛り上がっていて」

 シュンの言葉に、由香が興味を持った様子で尋ねた。

 「へー、何で?」

 「何でも地元から、阿久津という大臣が出るらしいですね。
 街はその評判でもちきりです」

 「阿久津・・・ああ、あの建設大臣に就任する予定の・・・あいつ、網走の出身だったんだ」

 さすがに由香は東京出身のキャリア組なだけあって、阿久津のことを知っていたらしいが、出身地までは知らなかったようだ。

 「あいつだなんて、大臣をそんな風に呼んじゃいけませんよ」

 シュンが苦笑しながらたしなめると、由香は露骨に嫌そうな顔で言った。

 「まだ大臣じゃないし・・・それにあいつ、選挙違反とかで何度も検挙されかけてんのよ?
 そのつど黒い手段使って逮捕逃れてきたってことくらい、警視庁じゃ有名なんだから」

 「あ、そうなんですか」

 「あんな奴を当選させるなんて、網走市民も見る目がないというか・・・」

 由香が愚痴りだすと、突然シュンの携帯が音を立てて鳴り響きだした。

 「あ、ちょっと待って下さい警部・・・はい、猿渡です。あ、山辺警部補・・・え?
 ・・・解りました、すぐ向かいます」

 シュンは山辺からの電話を終えると、由香に叫ぶように報告する。

 「今連絡があり、網走港に男の水死体が上がったとのことです!」

 「・・・へ?」

 思わず素っ頓狂な声で応答した由香は、嫌な予感がした。

 「・・・で、その水死体って・・・」

 「その水死体から名刺が見つかりましてですね、被害者の身元がすぐに割れたそうなんです。
 “白木 裕九郎”という男だそうで」

 名字はともかく、名前が変わっていたので由香もつい最近、記憶に残った名前である。
 パソコン内にある飯島 幸男のアドレス帳には、確かにその男の名前があった。

 「北海道警も、そのアドレス帳と名刺の住所と名前が一致したので、警部に連絡をしたそうなんですが・・・もちろん行きますよね?」

 「うん、そりゃあ行くけどね」

 嫌々ながら席を立った由香は、思わず本音を呟いた。

 「また水死体か・・・」

 よもや北海道全域を走り回って捜査する羽目になるんじゃ・・・と嫌な予感に身を浸しつつ、由香は温かい網走署を出た。

 北海道の寒風は、何故かより一層冷たかった。