※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

黄鬼異変 ストーリー(十六夜咲夜ルート)



目次


ストーリー

 (序章:どこか)
  • 八雲紫(幻想郷管理者)
 「……駄目よ。あなたは行かせない。」
 幻想郷の片隅に人知れずそびえ立つ巨大な門の前で、金髪の妖怪と黒髪の女性が向かい合っている。
 金髪のほうが、門を背中に、黒髪の女性を遮る形となる。
 「関係ないわ。……うるさいのよ。黄色いのも、赤い館の連中も。」
 黒髪の女性は、無表情のまま、めんどくさそうにつぶやく。
 「仮に外へ出られたとしても、あなたに居場所は無いわ。」
 そう語り掛ける金髪の女性は、八雲紫。境界を操る妖怪の賢者で、幻想郷の管理者でもある。
 「……居場所なら、ここにも無いわ。どこだって一緒よ。多分。」
 黒髪の女性は、まるで死人のように青白い顔をしている。……亡霊のようにも見える。
 「……そうね。でも、ここにいなきゃ駄目。あなたが生きてる事自体、外では非常識なのだから。」
 「だったら、外で死ぬだけよ。元々死んでるようなものだし。」
 彼女の名は、『圷青(あくつ・あお)』。妖怪のために作られた食用人間。通称『青人間』である。
  • 十六夜咲夜(完全で瀟洒なメイド)
 その彼女の背後に、音も無く一人の女性が現れる。十六夜咲夜。紅魔館のメイド長である。
 「あら。うちからのお誘いは死ぬほど迷惑だったかしら?」
 彼女と圷青とは、とある事情で以前から付き合いがある。
 と言っても、仕事上のみであり、彼女のほうから一方的にアプローチを掛けているだけだが。
 圷青は、人付き合いが苦手……というレベルですらなく、そもそも意思疎通にすら無関心な、
 幽霊か石ころのような存在である。さとりの妹ですら、自ら誰かに接触する事もあると言うのに。
 仕事上、メイドの作法を身に付け、ポーカーフェイスや毒への耐性など、メイドの仕事に役立つ
 能力を見せたために、咲夜の目に留まり、紅魔館からメイドとしてオファーが来るようになり、
 興味が無いのでスルーし続けているのだ。
 そして最近になって、オファーの理由が一つ増えた。
 これから異変を起こそうとしている連中に引き込まれる前に、部下として囲い込むためというものだ。
 「…………とにかく、私はここからいなくなる。止めたければ好きにすればいい。全力で抵抗するから。」
 咲夜の問いを無視するように、圷青は頑なに態度を崩さない事を表明する。
 こうなったら、梃子でも動かないだろう。最早取り付く島もない。
  • VS 圷青(青人間)
 咲夜は、強硬手段に出た。無理やりにでもどこかへ避難させないと危険という運命が出ているのだ。
 そう、主から告げられた。主とは、紅魔館当主レミリア・スカーレットである。
 勝利条件:圷青を撃破する。
 イベントバトル。最後は必ず時間停止を使うため、自動勝利となる。
 満身創痍となり、目の前で倒れ伏す圷青を、咲夜はそのまま紅魔館まで連行しようとするが、
 紫のスキマが唐突に開き、飲み込まれてどこかへ消えてしまう。
 「……いよいよもって、死ぬがいいわ。あの子。」
 最早紫にすら愛想を尽かされた模様。
 「……死なせてなんかいないわよ。外へ行っても野垂れ死ぬだけだと思うけど。知らないわ、もう。」
 圷青は、異変を起こそうとしている連中の手にも、紅魔館の手にも渡らず、幻想郷から追放され、
 外の現代社会のどこかにつまみ出され、姿を消した。

 (出発点:紅魔館)
 ふと気が付くと、紅魔館の窓からずっと外を眺めていた。
 いつの間にか、少し前の出来事を思い出していたようだ。
 「あれでよかったのかしら。(本当は再教育して、異変解決を手助けして貰いたかったのだけど。)」
 咲夜はいなくなった子の事が今更のように名残惜しくなる。
  • レミリア・スカーレット(永遠に幼い紅き月)
 咲夜の後ろには、レミリアが立っていた。
 「そろそろ準備はいいか?」
 「……はい。お嬢様。それでは、行って参ります。」
 「ああ。くれぐれも気を付けてな。……死ぬなよ。」
 「……はい。」
 そう返事をすると、咲夜は廊下を正面玄関のほうへ歩いて行き、そのまま館を出発する。
  • 紅美鈴(紅魔館の門番)
 門の前には赤い髪をした中華風の女性が立っていた。
 「咲夜さん……」
 「あら、美鈴。珍しく朝早くから仕事してるのね。」
 「ここでそれを言いますか? ……待ってたんです。咲夜さんを。」
 「そう……ごくろうさま。」
 「……館の守りは私に任せて、安心して行ってらっしゃいませ。」
 「ええ……行って来るわ。……任せたわよ。美鈴。」
 「はい!」

 (中間地点0.1:霧の湖)
  • VS チルノ(湖上の妖精)
 「……あたい、参上!」
 何やら見栄を切っているようだが、意味は無い。咲夜は華麗にスルーして、その場を去る。
 「こらー! あたいを無視するなー!」
 氷精が咲夜目掛けて氷を飛ばしてきたので、とりあえず応戦する。
 ……肩慣らしには持って来いだろう。
 勝利条件:チルノを撃破する。
+ 負けた場合
 勝った場合、チルノを軽く叩きのめした後、足早に霧の湖から飛び去っていく。

 (中間地点0.2:魔法の森)
 魔法の森は有毒な胞子などが舞っているので、上空を通り過ぎていく。
 すると、途中で数体の人形のようなものに囲まれる。
  • VS 人形少女×4
 咲夜は、彼女達の格好と雰囲気に見覚えがあった。さらに、懐かしい匂いもする。
 「あら。あなた達、いい香水付けてるわね。誰に教わったのかしら。」
 まるでお姉さんのような風格を漂わせ、上段から物を言う咲夜に対し、初対面と思われる
 人形のような顔を持つ少女達は、面喰らっている様子。
 「……誰? あなたなんか知らないわ。とりあえず、あなたの力、試させて貰うわよ。」
 「あらそう。……試されるなんて、何年ぶりかしら。……試せるのかしら。あなた達に。」
 力では咲夜のほうが遥かに格上だろう。しかし、凄んで見せる事すらせず、気迫も見せない
 咲夜の様子に、人形少女達は何やら不気味なものを感じ始め、若干戸惑いを見せる。
 「……い……行くわよっ! 後で泣いても止めないんだから!」
 勝利条件:人形少女達を全て撃破する。
+ 負けた場合
 勝った場合、満身創痍となり、崩れ落ちた人形少女達に目もくれず、咲夜はその場を去る。
 その様子を、木陰から覗いている者がいた。
 「……懐かしいわね。十六夜先生。」
 彼女はどうやら咲夜と面識がある様子。敬称を付けて呼んだのは、何らかの指導を受けていたためか。
 物陰から出て来た金髪少女は、ボロボロになった人形少女達の元へ駆け寄り、労いの言葉を掛ける。
 「ごくろう。敵戦力の把握に役立ったわ。……運が悪かったわね。あれはあなた達には無理よ。」
 無理と言われ、恨めしそうに見上げる人形少女達に、何かを催促するよう手を差し伸べる金髪少女。
 それに応えるように、人形少女達は、自分の頭を「取り外した」。まるで某眼鏡っ子ロボットのように。
 彼女達には、元々首から上が無かった。首無し人間である。人形のような頭は義肢みたいなものか。
 そして、外した頭から顔面を取り外すと、中に小型のデジカメのようなものが組み込まれていた。
 どこから仕入れたのだろう。幻想郷には似つかわしくない、現代風の電子機器である。
 その中からメモリーカードを取り出し、金髪少女に渡す。そして、金髪少女のほうからは、
 予備と思われるメモリーカードが渡され、それをデジカメの中に差し込んだ後、元通り頭の中に戻し、
 顔面を取り付けた後、頭を首に繋げる。
 「さて……これは解析に回すとして。遅かれ早かれ、いずれ攻略させていただきますよ。……先輩。」
 金髪少女は不敵に笑みを浮かべる。まるで自惚れているような厭味な後輩のオーラを発しながら。

 (中間地点0.3:無名の丘)
 スズラン畑を見渡すと、小さな人形のような少女……いや、少女のような小さな人形の姿を確認。
 そして、互いに目が合った。
 「野犬の侵入を確認! ……麻酔で眠らせ捕獲シマス!」
 機械的な音声でそう言い放った毒人形は、咲夜目掛けて毒霧を散布し始める。
  • VS メディスン・メランコリー(小さなスウィートポイズン)
 「……この子も……一応保護するべきよね。」
 咲夜は困ったような顔を浮かべながら、なし崩し的に応戦する事となる。
 勝利条件:毒が回り切る前に、メディを撃破する。一定時間後、自動敗北。
+ 負けた場合
 勝った場合、動かなくなったメディを小脇に抱え、そのままスズラン畑を後にする。
 ある程度毒を浴びたせいで、体の動きが鈍くなっている。次戦う時は時間操作が必須になるだろう。

 (目的地1:太陽の畑)
 途中、大分邪魔が入ったが、ようやく最初の目的地へ辿り着いた。
 運んで来たメディを寝かせ、しばしの休息を取る。周囲に気を配りつつ、時間を速め仮眠に入る。
 「あら……紅い吸血鬼の犬が、こんな所に迷い込んで眠ってるわ。捨てられたのかしら?」
 聞き覚えのある声で挑発的な台詞が聞こえて来たので、咲夜は反射的に目を覚ます。
 目的の人物が目の前にいた。しかし、気まずい。どう切り出したらいいものか。機を計り損ねた。
 「……吸血鬼の犬が、お遣いに上がりました。」
 気を取り直し、何とか受け流す形で切り返して見せる。
 「ふうん。……何の用かしら?」
 相手は興が削がれたのか、醒めたような眼差しで溜息をつきながら、用件を聞く。
 咲夜は一考した後、懐から一通の手紙を取り出そうとするが……
 彼女の喉元に、畳んだ日傘の先端が突き付けられていた。
 「待って。気が変わったわ。……犬に噛み付かれないよう、調教が先ね。」
 懐から得物を取り出して攻撃しようとしてると誤解されたのだろうか、それとも……
 ともかく、勝負を仕掛けられた以上、応戦するしかなさそうである。相手が悪過ぎるが。
  • VS 風見幽香(四季のフラワーマスター)
 勝利条件:相手のスペルカードを全て突破する。
+ 負けた場合
 勝った場合、満身創痍になりながら、無傷の幽香を目の前にする咲夜は、徒労感からか、疲れが倍増し、
 そのまま意識を失う。密かに毒も回っていたようだ。
 「あら……前戦った時よりも、だらしないわね。こんなんでヘバるなんて。」
 そう、軽い失望を交えた感想を述べた幽香は、直後、咲夜の顔色を見て、毒に冒されている事に気付く。

 咲夜が目を覚ますと、見覚えの無い天井が目の前にあった。知らない家のベッドに寝かされている。
 すぐに起き上がると、何だか体が軽い。先程までの痺れが無くなっている。
 「あら、気付いたの?」
 ベッドの横には小さなテーブルがあり、すぐそばの椅子に座りながら、ほうじ茶を飲む幽香がいた。
 テーブルの上にはコーヒーカップとポットの他に、開封済みの封筒と手紙が置かれている。
 懐をまさぐってみるが、手紙は既に抜かれているようだった。
 「あなたの分も淹れるわね。」
 幽香はそう言うと、用意してあった空のコーヒーカップにポットからお茶を注ぎ始める。
 「……用件、了解したわ。」
 どうやら話は通ったようだ。一つ任務完了か。
 貰ったお茶をコーヒーカップから飲むと、麦茶のような香りが口に広がる。
 「これは……」
 咲夜が感想を述べるのに逡巡していると、幽香が先に答える。
 「あら、これが分かるのかしら? 結構詳しいのね。(鼻が利くだけじゃないのね。)
 ……これは、うちの畑で採ったヒマワリの種で作った珈琲よ。あいにく珈琲豆は栽培してないから。
 大抵の人は麦茶と思うけどね。」
 いつになく嬉しそうな笑顔で話す幽香だった。好きな花の事になると、こうも変わるのだろうか。
 「しかし……この私が、弱小妖怪のお守を任されるとはね。」
 遠い目をしながら、そう話す幽香の表情は、複雑な気分と言ったところか。
 「どこをどう解釈すれば、弱いものイジメの好きな私にそんな甘い役が務まると考えられたのか……
 占い師の考える事は、全く予想も付かないわね。」
 そう言いながらも、満更でもない様子。
 「まあ、いじめっ子がたまにはそういう役回りを演じるのも、中々決まってるかも知れないわね。
 テレビの中のいじめっ子が、映画のスクリーンでは熱血ヒーローになる事もあるらしいし。」

 (中間地点1.5:紫の桜)
 幽香の家から次の目的地へ出発した咲夜は、途中にある桜の木の前で、目的の人物と鉢合わせする。
 「おや、あなたは……」
  • 四季映姫・ヤマザナドゥ(楽園の最高裁判長)
 「……お久しぶりです。どうです? 私の言い付けをキチンと守っていますか?」
 咲夜が最も会いたくないと思う人物その1であり、任務のために最も会わなければならない人物でもある
 幻想郷担当の、説教好きの閻魔様である。
 「ええ……私はより強く、より優しく、より思慮深くなりましたわ。」
 「そうですか。それは結構。……ですが、あなたはまだ少し自分に冷たすぎる。
 心身ともに、もっと自分を大切にする事が、あなたが積める一番の善行になるでしょう。」
 「あら、私は常日頃から健康面でも精神面でも気を使っておりますわ。」
 「……果たしてそうでしょうか。あなたは先程、花畑のほうから飛んで来ましたよね?
 そして、この桜の木の下に辿り着いた。……何か思うところはありませんか?」
 「いえ……何も。」
 「そう、あなたは少し生き急ぎ過ぎている。周りの事に振り回され、心身を尽くし期待に応えようと
 するあまり、目の前の事が疎かになり、大切なものを見落としてしまっている。」
 「大切なものは……常に私の胸の裡にありますわ。見落とす事など、万に一つもございません。」
 「本当に大切なものは、気付かぬうちに見落としてしまうものなのです。
 それも一つとは限りませんし、どこに転がっているのかも注意しないと分からなくなります。
 今のうちに気付いておかないと、死んでから後悔しても遅い。
 死後の生活を良い物にしようとするあまり、今の人生を楽しまない事が、人生の善さを損なう事と知れ!」
  • VS 四季映姫・ヤマザナドゥ
 いきなり弾幕勝負を仕掛けられた。どうあっても説教される運命のようだ。
 イベントバトル。スペルカードルールに抵触しない程度での限界の強さを見せ付けられ、必ず敗北する。
 (もし万が一勝てたとしても、疲労困憊で、負けたのと同じ程度のダメージを喰らう。)
 「先ずは、目に見える範囲で構わないので、周囲に散りばめられた『宝』を目に入れ、心から堪能しなさい。
 それが善行の一つになるでしょう。」
 満身創痍となり、仰向けに横たわっている咲夜の目の前で、閻魔様がありがたい忠告をする。
 「はぁ……はぁ……閻魔様……善処いたします…………それから……」
 咲夜は周囲に咲き乱れる桜の花に目をやりながら、息を弾ませつつ、やっとの事で、用件を切り出した。
 「何です?」
 「うちのレミリアから貴女様に大変重要なお話がございます。至急、当館へお越し願い申し上げます。」
 「……分かりました。すぐにそちらへ伺います。……ところで、あなたはどうします?」
 「……しばらく、ここでお花見を堪能する事といたしますわ。」
 「そうですか。では、ごゆっくり。」
 閻魔がその場を離れ、紅魔館へ向かった後も、息が整うまでしばしの間、咲夜は寝転がっていた。
 (綺麗ね……もっとゆっくり見たかったわ……スズランや、ヒマワリの花も……あのお茶も美味しかったし……)
 「でも……今の私には時間が足りない……早く……速く動かないと……間に合わなくなる……」
 徐に立ち上がり、懐中時計を取り出した後、次の瞬間、その場から姿を消していた。
 少し離れた上空から、桜の木を見下ろすようにして、咲夜は飛んでいた。
 「異変が終わったら……また見に来るわね。」

 (中間地点1.6:無縁塚)
 目的の人物と会えたので、目的地へ行かずに引き返し、次の目的地へ向かうまでの間、ここを通る。
 あくまでただの通り道でしかないため、咲夜は物陰に隠れた何者かに気付く事は無かった。
  • 黄鬼淋(幼きネクロマンサー)
 全身黒マントに身を包んだその幼い少女は、臆病なのか、見知らぬ何者かと直接出くわす事を避けるため、
 気付かれる前に、即座に木陰に身を隠した。
 「こんな辺鄙な場所を、女中さんの格好をしたオナゴが通るとは……いつもと何か違う気がするのう。
 一応、黄鬼殿に報告しておくか。」
 そして、咲夜が飛び去って行った後、身を隠すのをやめ、木陰から出て、辺りを見回し溜息をつく。
 「はぁ……今日も収穫無しか。まあ、珍しい人間を目撃したし、時間も無いからこれで引き上げるかの。」

 (目的地2:永遠亭)
 咲夜は既に永遠亭の前に到着していた。
 迷いの竹林で迷わないために、わざわざ時間を止めて、上空から虱潰しに探したのだ。
 (迷うのは、竹が伸びるのが速いからって聞いた事があるわ。だったら伸ばさなければいいのよ。)
 玄関の前まで歩く。すると、扉の向こうから微かな足音が聞こえてきた。急ぎ足の様子。
 そして、扉が開けられた。
  • 蓬莱山輝夜(永遠のお姫様)
 出て来たのは、お姫様だった。
 「ちょっと。うちの周りで勝手に時を弄られると気が散るから止めてくれないかしら?」
 何やらご立腹の様子。しかも、咲夜の能力使用を感知していたようだ。
 「あら。ご迷惑だったかしら。急ぎの用事ですので、ご容赦くださいませんか?」
 「急ぎの用事? (……今戦争中で忙しいんだけど。)」
 早速喰いついたため、咲夜は本題を切り出す。
 「ええ。近々大きな異変が起こる……との事で、うちに各勢力からの代表者を集め、会談を開くのです。
 永遠亭からも、最も有力な代表者一名を招待するよう、主から仰せつかっております。如何でしょう?」
 (最も有力な一名……代表者会談……これは千載一遇のチャンスね。今をおいて他にはない。最優先事項か。)
 お姫様は何やら考え込んでいる様子。そして、すぐに答えが出た。
 「いいわ。行ってあげる。で、いつになるの?」
 「今すぐですわ。」
 それを聞くと、お姫様はすぐに兎の一人を呼び付け、何やら指示を出し始める。
 そしてすぐに、廊下の向こうから玉兎がやってくる。
  • 鈴仙・優曇華院・イナバ(狂気の月の兎)
 「お呼びでしょうか? 姫様。」
 「ああ、これから出掛けるから、マクロ走らせといてくれる? メールは私の振りでお願いね。」
 「え? ちょっと……師匠に黙って出掛けると、私が怒られる……」
 「じゃ、よろしくね~。」
 そう言い残し、お姫様はさっさと玄関から出て行ってしまう。
 鈴仙は慌てて追いかけるが、一瞬後には影も形も見えなくなっていた。
 「はぁ~また私が師匠にどやされるのね……」
 「お互い苦労が絶えないわね。」
 労いの言葉を掛ける咲夜に対し、鈴仙は項垂れながら恨めしそうに見返す。
 そこに、突如空間のスキマが現れ、中から九尾の妖狐が現れた。
  • 八雲藍(スキマ妖怪の式)
 「ご苦労だった。十六夜咲夜。続きは私が引き継ぐので、地上の分は終わりだ。次は地底のほうを頼む。」
 どうやら、事情を知っている様子。そのまますんなり了解しても問題ないが、咲夜は念のために聞き返す。
 「あら? いつから私の主人が変わったのかしら。私はレミリアお嬢様からの指示で動いているの。
 あなたに指図される覚えは無いわ。」
 突っかかっていく咲夜に対し、一瞬目を伏せた後、藍は落ち着いた様子で答える。
 「……すまない。事情はそちらの館主から伺っている。今回はこちらとの共同作業で、手分けして行う。
 あまり時間が残されてないんだ。博麗のと、神と尼僧と聖人には既に伝えてある。残りは地底だけだが、
 あそこは地上の妖怪が行きづらい場所だから、人間のほうが適任なんだ。土地勘は無いと思うが、
 時間を遅らせてでも、急いで行って欲しい。これはそちらの主からの指示でもある。」
 彼女の真剣な眼差しを見る限り、嘘ではないだろう。他人の主人の名を騙る程、愚かではない。
 そう判断した咲夜は、素直に了承した。
 咲夜が竹林を後にしてから、藍は鈴仙に用件を伝え、屋敷の中に案内される。

 (中間地点2.1:地底への洞穴)
 こういう薄暗いダンジョンをじっくり探索するのも楽しいかも知れないが、
 今は悠長に遊んでいるわけには行かない。なので、咲夜は時間を止めたまま、足早に突っ切って行く。
 途中で土蜘蛛や釣瓶落とし、橋姫という嫉妬深い妖怪とすれ違うが、会うのはまた今度にしよう。
 一陣の風が突き抜けて行った後、その場にいた者達は気にも留めず、自分の時間の続きを歩み始めるが、
 橋姫だけは、何か妬ましいような気がした。
 (何かしら……? 人より速く動けて妬ましいって気がしたわ。風にまで嫉妬するなんて……まさか天狗?)
 慌てて風が通り抜けて行った方向を見るも、そこには何も見えなかった。

 (中間地点2.2:旧都)
  • 星熊勇儀(語られる怪力乱神)
 「……ここまで露骨にやられると、こそこそと隠れる意味が……ねえ?」
 突如、辺り一帯に立ち込めた人間の匂いにより、地上からの侵入者の気配を感じ取った地底の鬼だったが、
 あまりに広範囲に拡がる匂いのせいで、持ち主の居場所が特定できない事に気付くと、やれやれと言った
 感じで、肩を竦めて見せた。
 「木を隠すなら森の中……気を隠すなら大気の中ってか。」
 そして、珍しい地上からの来客により、次なる異変の臭いを嗅ぎ取っていた。

 (目的地3:地霊殿)
 咲夜は地底のあちこちを探し回り、やっと探し当てた大きな館の前で時間停止を解除する。
 ここが地霊殿で間違いないだろう。人が住む大規模な建物は地底に一つしかないと聞いている。
 そして、玄関のドアをノックすると、主と思われる少女が現れた。
  • 古明地さとり(怨霊も恐れ怯む少女)
 「……あら、お使いの方でしたか。……急ぎの用ですね。しばしお待ちください。」
 咲夜のほうから何かを話したわけでもないのに、この少女は一人で勝手に納得し、話を進めて行く。
 「あ……言い忘れました。地霊殿の主・古明地(こめいじ)さとりです。よろしく、十六夜咲夜さん。」
 まだ名乗ってもいないのに、名前まで言い当てられた事で、咲夜は自分がレミリアにからかわれている
 のではないか、予めこちらの事情は先方に伝わっているのではないかと疑い始めるが、彼女がそんな
 面倒な悪戯を仕掛ける訳がないと思い直し、その可能性を意識の外へと追いやる。
 「まあ……そんな悪戯があったら面白そうですが……ご安心ください。私はたった今事情を知りました。
 あなたのご主人……レミリアさんにも、まだ一度も会った事はありませんわ。」
 咲夜は、さとりの胸にある目のような物体に気付き、全てを見透かされているような気分になり、
 無意識のうちに警戒態勢を取る。懐から懐中時計を取り出し、見ようとする。が……
 「『あなたは、時間が分からない。それを見ても、それが何なのかも理解できない。』」
 (私は……時間……? が分からない。これを見ても、何なのか理解できない。……???)
 咲夜は、背筋が寒くなり、手から懐中時計を滑らせ、落としてしまう。
 ……それは、さとりの掌に落ちた。
 「……っと。落としましたよ。これ……誰のでしたっけ?」
 「え……? それ……何でしょうか。私には分かりません……」
 咲夜は、言い知れぬ恐怖に陥っていた。だが、それの正体が何なのかまでは分からない。
 何かとても大切な事を忘れてしまっているような気もするが、何なのか思い出せない。
 「お遊びが過ぎましたね。でも、これで分かったでしょう? ここではむやみに敵を作らない事です。
 そして、私はあなたの敵ではありません。ご安心を。もういいですよ。」
 さとりが穏やか表情で優しく語り掛けると、咲夜の顔色が元に戻った。
 「……あ! 私の懐中時計……」
 「お返しします。でも、あなたとは以後、本気で戦う事はありません。結果は見えていますから。」
 さとりの掌の上で転がされるような無力感を味わった咲夜は、絶対に勝てないと思い知らされる。
 「……でも、弾幕勝負ならいつでもお付き合いしますよ。今はあまり時間が無いようですが。」
 「……またの機会にお願いしますわ。」

 (中間地点3.3:間欠泉地下センター)
 咲夜はさとりを紅魔館に案内するため、一緒に付いて行った。
 帰りは洞穴を通らず、間欠泉地下センターから地上に伸びるエレベーターを使って移動する。
 しかし、2人しか乗らないはずのエレベーターに3人目の乗客がいた。
 気配すら感じさせず、2人はその事に気付いていない様子。
 何かをするわけでもなく、ただその辺をふらふらと歩いているだけなので、
 放って置いても問題はなさそうだが。

 (目的地4:紅魔館・正門前)
 エレベーターで移動した後は、時間短縮のため、さとりと咲夜以外の周りの時間を止めたまま、
 紅魔館まで一直線に移動する。
 「……実際、自分が体験してみると面白い能力ですね。
 止まった人の心が読めない事も、生まれて初めて知りましたし。」
 「きっと、意識が無い間は本人の心の時間が止まってるのと同じ事なのでしょう。」
 「ですから、時間が止まってる=無意識と言う事ですか……(うちの妹もそうなのかしら。)」
 止まった時間の中を移動しながら会話する2人の遥か後ろに、止まったまま置いて行かれた
 少女の姿があった。しかし、2人が会話を一通り終わらせ、遠くへ飛び去って行った後、
 彼女の体が独りでに動き出した事に気付く者は誰もいなかった。彼女自身でさえも。

 静止したままの門番の横を通り過ぎ、扉を開け、館の中に入る。
 「宙に浮いた物は、止まった時間の中で宙に浮き続けていましたが、扉は普通に動くのですね。
 エレベーターを動かす時は時間を止めていなかったので、てっきり止まったまま動かせないものと
 思ってました。」
 「あれは自動ですし、周りの駆動系やら電源系統と連動するものですから、機械に疎い私では、
 あれだけを動かすというわけにはいきませんでした。
 基本、止まったままでも私が手を加えれば動かす事はできます。でないと、意味がありませんから。」
 「なるほど……
 (さっきは絶対に勝てないと言いましたが、もし私が気付く前に不意打ちで来られたら、
 知らない間にやられてる……なんて事もあり得るかも知れませんね。時間も無制限のようですし。
 考えようによってはとても危険な能力です。早いうちに釘を刺しておいて正解でしたか。)」

 そうこうしているうちに、大広間の扉の前まで来ていた。
 ここからは、時間を元に戻してから、ノックする。
 「……入れ。」
 扉の向こうから、主の声がしたので、扉を開ける。
 すると、レミリアの他、錚々たる面々が並んでいた。半分程は咲夜が呼んだ人達だが。
 地獄の是非曲直庁からは、閻魔の四季映姫・ヤマザナドゥ。
 永遠亭からは、月のお姫様の蓬莱山輝夜。
 妖怪の山の守矢神社からは、2柱の神々、八坂神奈子、洩矢諏訪子。
 博麗神社からは、博麗霊夢の代理として、鬼の伊吹萃香。
 そして、地底の地霊殿から来た古明地さとりと、紅魔館の主・レミリア本人をを加え、計7名。
 人里の聖人である豊聡耳神子と、命連寺の代表・聖白蓮は来ていないようだ。
 風見幽香は、別働隊としての役目があるので、この場にはいない。
 それに、上記に加え後2人程足りない事に咲夜は気付いた。それを察してか、レミリアが答える。
 「……ああ、スキマ妖怪と亡霊姫は、既に事情を知っているからな。わざわざ会談に出る意味が無い。
 それに、あの2人は異変の手が届かない所に根城を構えているから、隠れていればいいわけだしな。」
 その話を聞いて、閻魔が鋭い突っ込みをいれる。
 「あの2人は私を避けているだけなのでは? でなければ、私も地獄に引っ込んでいれば安全な訳ですし、
 わざわざここに来る意味も無いはずです。」
 「……まあ、それもあるかもな。でも、あなたにはキチンと説明しておく必要がある。
 あなたの大事な部下を危険に晒さないためでもあるし、何より、休日は人のいる場所をあちこち
 転々としているから、それだけ敵に遭遇しやすい。
 碌に事情も聞かせずに、危ないから外出をするなと言っても、あなたが素直に聞くとは思えない。」
 「私がキチンとした説明でなければ納得しないというのは同意です。自覚もありますし。
 ですが、敵と遭遇する事の何がいけないのでしょう。返り討ちにすればいいだけの話です。」
 「確かにあなたは強い。敵う者などいないかも知れない。だが、今回はそうも言ってられない理由がある。
 追々話させてもらうが……今回の異変を起こそうとしている輩は、少々面倒なんだ。」
 どうやら話が始まったようなので、咲夜はお茶汲みのため、大広間を後にする。
 レミリアからの指示にいつでも対応できるよう、空間を操作し、自分との間で音が筒抜けになるよう、
 見えない音響のトンネルを作る。
 そして、キッチンへ向かっている最中、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。
 すかさず、咲夜は時間を止め、そのままキッチンまで走り、薬缶に水を入れ、竈に火を点けお湯を沸かす。
 水は井戸から汲んでいるので、井戸から上水道の配管を経て蛇口に至るまでの時間を進め、水を出す。
 竈も炎が燃えるよう時間を進め、空気を送る事で使えるようにする。薬缶の時間を速める事で瞬間沸騰させ、
 適温になるまで急速冷却した後、ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぎ、紅茶を浸み出させる。
 時間を掛けてじっくりやりたい所だが、ここでも時間を速め、適度な濃さになるよう調節する。
 そして、お茶を淹れる段階で、レミリアの分だけ隠し味として彼女自ら手首を切り、血を数滴落とす。
 すぐに止血をして、傷口を治癒させ、紅茶を淹れたティーカップをトレーに乗せ、大広間まで運ぶ。
 もちろん、零さないように、優雅に歩いて。冷めないよう時間を止めてるので、関係無いのだが。
 そうして、レミリアの横に、ティーカップが乗ったトレーを片手に持ちながら、現れる。
 「何でしょう。お嬢様。」
 「ああ。客人にお茶をお出ししろ。」
 「かしこまりました。」
 咲夜は言われた通り、7人分のお茶をそれぞれの目の前に出す。もちろんどれが誰の分かは把握した上で。
 「……本当に不便ねぇ。時間に限りのある人達って。」
 いきなり輝夜がそんな素っ頓狂な事を言い出し、レミリアが反応する。
 「なんだ? 藪から棒に。」
 「いやね……私みたいに不老不死なら、時間なんてあってないようなものだから、
 お茶汲み一つで(時間を止めてまで)そこまで急ぐ必要も無いのよ。いくらでも待てるから。
 結果を急ぐのは、時間が限られてる終わりのある者達の性なのかもね。」
 「まあな。だが、世の中には流れがあり、それを支配するのは終わりのある老い先短い連中だ。
 今回の異変に関しても、今集まって貰わないとそういった連中に対応できないから、急いで貰った。
 お茶に関しても、今出すのがベストだったからそうさせたまでだ。タイミング一つで運命は変わるしな。」
 「タイミングか……それはそうね。時間が無限にあっても、今はたった一度しか起こらないものね。
 (戦争でも、たった一度の行動で結果が変わるなんてザラだしね。
 ……うどんげったら、ちゃんとやってくれてるかしら。何だか心配になってきたわ……)」
 輝夜が何やら他の事に気を取られ、会話が途切れた瞬間を狙い、レミリアは指を鳴らす。
 「はい。何でしょう。お嬢様。」
 「……ちょっと、外の様子を見て来い。必要なら動け。」
 「……かしこまりました。」
 咲夜は時間を止め、その場から姿を消し、正門が見える廊下の窓の前まで移動した。

 正門の前では、門番である美鈴が、4人の妖怪と思われる者達に囲まれ、闘っているようだった。
  • 紅美鈴 VS 黄鬼戒(魂吸い女) & 名も無き妖怪少女 & ルーミア & レティ・ホワイトロック
 「……くっ……流石に4人相手はきついか……」
 美鈴の正面には妖怪少女が陣取り、まるで柔道のような格闘戦を仕掛けてくる。
 しかも、足が速いのか、まるでボクサーのように小刻みに移動し続け、一瞬の油断もできない。
 その後ろからレティが冷気を飛ばし、美鈴目掛けて氷の弾幕をぶつけるので、徐々に体温を奪われ、
 動きが鈍くなる。気の流れを速める事で体温の維持を図るが、長くは持たないだろう。
 そして、上からはルーミアが闇の塊を飛ばしてくるので、視界が遮られ、その分不利になる。
 正面にいる妖怪少女はどういうわけか、視界を遮られてもまるでそうでないかのように、気にする事無く、
 ズカズカと攻めて来る。そして、彼女達から少し離れた場所で、銀髪碧眼の少女が様子を伺っている。
 咲夜が見た所、この4人は完全に連携が取れているようだ。おそらく司令塔は銀髪少女だろう。
 まるで、昨日今日会ったばかりの寄せ集めではない、一心同体であるかのよう。
 そして、奇妙な違和感を覚えた。
 (何かしら……? まるでRPGのパーティのような……特にあの妖怪の動き……まるで上から見ているような……
 俯瞰視点を持つもう一つの目があるような……不自然な動き。もう一つの目は……ルーミア?)
 咲夜は、違和感の正体を理解した。……あれは、体が4つあるキメラだと。
 後ろの司令塔の少女が何らかの術で操っているのだろう。他の3人を、もう一つの体として。
 彼女だけが動きが少ない理由も把握した。一度に同時に動かせる数に限界があるのだろうと。
 (どうしましょう……このまま美鈴に任せるか……それとも……)
 咲夜は言いようのない胸騒ぎを覚えていた。もしかしたら、美鈴が負けてどうにかなってしまうのではと。
 その時、美鈴が構えを変え、踊りを舞うような姿勢となり、滑らかに動き始める。
 次の瞬間、美鈴の体が掻き消えた。
 妖怪少女が眩暈を起こしたようによろけ、その後ろにいるレティが白目を剥いて前屈みになるように倒れ、
 ルーミアの背後に、美鈴の姿があった。
 (……これで後1人!)
 美鈴がルーミアの首筋に手刀を叩き込もうとした瞬間、ルーミアはまるで後ろに目があるかのように気付き、
 ……そのまま前に避けるのではなく、後ろに自ら当たりに行った。
 美鈴の手刀が勢いを付ける前に、ルーミアのヘッドバットによって止められ、そのまま体同士がぶつかり合う。
 その時、よろける美鈴の目と、地上にいる妖怪少女の目が合った。
 (……まずい!)
 美鈴が対応しようとするも、ルーミアが前からタックルをし続けてくるため、身動きがとりづらい。
 自分の身を守る事すら放棄して、ダメージ度外視でぶつかって来る相手は想定外だった。
 それを遠くから見ている咲夜は、心の中で美鈴に警告するが、届くはずも無い。
 (駄目! そうじゃない! 美鈴……そいつらは……)
 妖怪少女がルーミア諸共、美鈴にタックルを仕掛けた後、ルーミアを押し退け、美鈴をホールドした。
 次の瞬間、美鈴の体が真っ逆さまにひっくり返り、そのまま地面へ投げ飛ばされる。
 「……捕まえた。」
 銀髪少女が美鈴の頭を鷲掴みにしていた。
 (しまった! いつの間にか、こいつから注意が逸れてた……)
 そして、美鈴が反撃しようとするが、体が動かない。
 (えっ……何で……私の……から……だ……が……)
 美鈴の心は止まった。
 「……ふぅ。強敵だったぜ。4人がかりで2人も倒されるとは……戦争だったら負けだろうな。」
 銀髪少女がそう呟いた瞬間、妖怪少女の体が時間差攻撃のように、弾けるように前後に揺れ、崩れ落ちる。
 「あらら……3人か。いつの間に喰らってたんだ。危ねぇなぁ。」
 美鈴の最後の攻撃に面喰らいながらも、手慣れた手つきで、彼女の頭から何かを引っこ抜く動作をする。
 そして、美鈴の顔から表情が消え、目からは光が消えた。
  • VS 黄鬼戒(魂吸い女) & 紅美鈴
 「そこまでよ。」
 黄鬼戒の背後に、ナイフを構えた咲夜が颯爽と登場する。
 既にナイフは黄鬼戒の首筋に突き付けられている。少しでも動いた瞬間、バッサリ行くだろう。
 黄鬼戒は既に詰んでいた。
 その時……
 「! ちょっと! 何て事……」
 美鈴の手が咲夜のナイフを掴んでいた。
 咲夜が気を取られた一瞬の隙を突いて、黄鬼戒はその場から離れ、一目散に逃げる。
 もはや、このまま戦っても勝ち目はないと判断しての事だ。
 咲夜は美鈴の手からナイフを引き抜こうとするが、握力が強く、ビクともしない。
 「この子……よりによってこんな時に本気出さなくても……」
 美鈴に手間取っているうちに、黄鬼戒は遠くまで飛んでいき、視界から消える。
 (よし……今しかないわね。)
 咲夜の姿が、美鈴の前から忽然と消える。ナイフを美鈴の手の中に残したまま。
 そして、遠くまで逃げ切ったと油断している黄鬼戒の背後に、咲夜の姿があった。
 「逃がさないわよ。……うちの美鈴にとんでもない事してくれたでしょう? このままでは返さない。」
 勝利条件:黄鬼戒をズタズタに切り裂く。
 力の差は歴然なので、イベントバトルで自動勝利。
 黄鬼戒にトラウマを植え付ける。
 「ひっ……もうやめてくれ……俺のライフはゼロだ……」
 「何勘違いしてるの? 私のバトルフェイズはまだ終了してないわよ。」
 そこに、美鈴が追い付いて来た。
 (あっ……)
 「へへっ……そいつも俺の目だ。離れれば互いの居場所が分からなくなるとでも思ってたのか?」
 「……元に戻しなさい。死にたくなければ。」
 「おいおい……このまま俺が死んだら、そいつは一生そのままだぞ。」
 (ちっ! 面倒ね……でも、解除する方法は他にもあるはず。このままここで殺してしまっても……)
 咲夜のナイフのように冷たい視線に背筋が凍るような感覚を覚えた黄鬼戒は、慌てて距離を取る。
 そして、入れ替わるように、美鈴が間合いを詰める。
 美鈴は手に持っていたナイフを咲夜目掛けて投げるが、既に咲夜は美鈴の背後にいるため、
 ナイフは掠りもしない。そして、咲夜のもう一本のナイフが美鈴の急所を狙うが、美鈴は見もせずに、
 それを振り払う。
 (やはり……狙うは美鈴ではなく、あいつのほうね。)
 勝利条件:美鈴の攻撃を捌きながら、黄鬼戒を仕留める。
+ 負けた場合
 勝った場合、黄鬼戒の胸に咲夜のナイフが突き刺さり、意識を失い、そのまま湖の中に落ちる。
 それにつられるように、美鈴も糸の切れた人形のように崩れ落ち、湖に落ちそうになる。
 「……っと。危ない危ない。」
 咲夜は咄嗟に美鈴を落ちないように支え、そのまま紅魔館のほうへ引き返す。

 館のほうは、更なる敵襲は無いようだ。咲夜は美鈴を図書館へ連れて行き、パチュリーに見せた。
  • パチュリー・ノーレッジ(動かない大図書館)
 「……これは、取り憑かれてるというより、むしろ『抜かれてる』と言ったほうが正しいわね。」
 「抜かれてる……と?」
 「ええ。厳密に言うと、無理やり放心状態にされているという表現のほうがしっくり来るかしら。」
 「では、どうやって操られてるのでしょうか。」
 「……精神の糸……と言うべきかしらね。まるで人形のように……いえ、自分で自分を動かすための
 コントローラーを横取りされてしまってる感じなのかしらね。」
 「コントローラー……ゲームのキャラみたいですね。」
 「そうよ。自我を持つ全ての存在は、この世界を舞台とし、一人一人アカウントを持つキャラなのよ。
 中の人が、それらを演じているに過ぎないわ。」
 「(アカウント……?)中の人ですか……つまり今の美鈴は……」
 「中の人が拉致されて、誘拐犯が本人に成りすましてるのね。きっと。」
 「じゃあ取り返してあげないと……」
 「……そもそも、どこにいたのかしら……いえ、中の人は一体どこにいるものなのかしら……」
 「え? (何を仰っているのやら、さっぱりですが……)」
 「そうか……中の人は、中にいるに決まってるじゃない。美鈴は、そこにいる。けど、自分で自分を
 操作できなくなって、そのまま動けないでいるだけ。奪われたのはコントローラーだけ。」
 そう言うと、パチュリーは何やら術式を組み始めた。
 美鈴は虚ろな顔のまま担架の上に寝かされ、魔力の檻のようなものに閉じ込められている。
 操り主が目を覚ましても、身動き一つ取れないだろう。また、遠隔操作により監視カメラ+盗聴器として、
 情報収集のため敵に利用される事も織り込み済みである。パチュリーにとって、見られて困るものなど、
 この図書館には何も無いのだから、心配は要らないだろう。
 咲夜は一通り用事が済んだため、レミリアのいる大広間へ戻ろうとした。
 その矢先、レミリアから小声で指示が飛んで来た。
 「咲夜。妖怪の山に敵襲だ。すぐに出発しろ。」

 (中間地点4.4:妖怪の山)
 妖怪の山は、戦場と化していた。
 『咲夜』は、実際の戦場を見たことが無い。彼女の過去についてはあまり知られておらず、
 彼女自身、今の名前となり、レミリアに仕えるようになる以前の記憶を喪失しているため、分からない。
 もしかしたら、記憶を失う前、幼い頃にどこかの紛争地域で体験しているのかも知れないが……
 だから、妖怪の山がいつもと違い、桁違いに殺気立っている事くらいしか分からなかった。
 そして……不吉であると、本能のどこかで警鐘を鳴らし続けていた。
  • 東風谷早苗(祀られる風の少女) VS 黄鬼一発(無慈悲な人間砲台)
 周りを飛び回っていた戦闘部隊の烏天狗は全滅し、白狼天狗の精鋭達も血塗れになって倒れていた。
 その中心に立っているのは、白黒の縦縞模様の雨合羽に身を包んだ銀髪の女である。
 彼女の目の前には、体中に擦り傷を作り、息切れしている風祝が立っていた。
 どうやら劣勢のようだ。
 「私も加勢しましょうか?」
 咲夜は、敵の背後に立っており、早苗に語り掛ける。
 次の瞬間、咲夜の姿が消え、敵の周囲に無数のナイフが浮かんでいた。
 それらが一斉に敵に降りかかる。どこにも逃げ場はない。チェックメイトか。
 と思った矢先、体だけ残し上空まで飛んで逃げた敵の生首が、地上目掛けて閃光弾を撒き散らしながら、
 遠くまで逃げて行った。時間操作では眩しい光を掻き消す事が不可能なため、これには対処できない。
 咲夜は、遠くに逃げてからでも時間を止めて虱潰しに探せば追跡可能と踏んでいたが、どういうわけか、
 逃げられる範囲全てを虱潰しに探しても、影も形も見当たらなかったため、捜索を断念する。
 そして、探し疲れて早苗の所に戻った後、衝撃の事実を聞かされる。
 ……敵は完璧な光学迷彩を使えるらしい。
 咲夜の時間は止まった……

 (目的地5:妖怪の山・河童のラボ)
 気を失った所を早苗に助けられ、そのまま河童の研究所まで運ばれた咲夜は、ベッドの上で目を覚ます。
  • 河城にとり(超妖怪弾頭)
 「お目覚めかい? かなり疲れているみたいだったけど、大丈夫?」
 そう話し掛けてくるのは、河童の少女・河城にとり。この研究所の所長であり、エンジニアである。
 「あなたは……河童のにとりさん。ええ、ご心配には及びませんわ。」
 「私の名前を憶えててくれて嬉しいよ。紅魔館のメイド長、十六夜咲夜さん……でよかったのかな。」
 「ええ。それで結構ですわ。……うちの主のご友人の方々の名前を憶えるのはメイドの嗜みですから。」
 「ははは。そんなに大層なものでも無いよ。お宅のご主人とはほとんど面識無いし。」
 「そんなに謙遜なさらなくてもよろしいのに。」
 ここで早苗が会話に参加し、話題を変え、にとりに振る。
 「よかった……何事も無かったようで。ところで、さっきの敵についての情報を聞かせて貰いたいのですが。」
 「ああ、そうだったね。この期に及んで秘密にして置くわけにも行かないから、全部話すよ。」
 にとりの話によると、敵の名前は『黄鬼一発(きき・いっぱつ)』。頭部がメカで出来ているサイボーグで、
 体は人間の少女のものらしい。何でも、元々首の無い少女だったとか。
 河童が製作協力しており、頭部と雨合羽には光学迷彩を搭載し、頭部にはレーザー砲やプラズマ砲、
 各種レーダーや、超合金製の鋭い歯など、最新鋭の殺戮兵器が満載らしい。
 ただ、現時点でも追加装備などの改造を続けているらしく、全容は河童にも知らされていないとの事。
 そして、ロボット製作協力の依頼者は『黄鬼喫姫(きき・きっき)』という抜け首の妖怪らしい。
 (!! ……あの懐かしい匂いは……そうか……あの子だったのね……!)
 咲夜はその人物の名前を知っていた。そして、人形少女と戦った時の事を思い出し、それがかつての教え子で
 仕事仲間のものだった事にようやく気が付いたのだ。
 「そう……異変の主犯は……つまりはそういう事だったのね。(あのスキマが言ってた事と、これで辻褄が合う。)」
 「つまり……どういう事ですか?」
 早苗はまだよく分かって無さそうだ。無理も無い。ほとんど何も知らされて無いのだろう。
 「そうね……これは、幻想郷相手の下剋上かしら? ……つまりは、内戦よ。」
 「内戦……ですか。異変ではなく……」
 「……そうとも呼べるわね。これも異変でいいのかしら。
 (あの小人が起こした異変も、幻想郷の秩序を根底から覆すという意味では、内戦以上だし。)」

 その頃、人里から離れたとある隠れ家で、秘密の会合が行われていた。
  • 黄鬼喫姫 & 黄鬼戒 & 黄鬼淋 & ????
 そこでは、真ん中に陣取っている金髪少女を、3人の銀髪の少女達が周りで取り囲んでいた。
 リーダーである金髪の少女・黄鬼喫姫が何やら薀蓄を語り始める。
 「ある高名な科学者の実験によると、ある動作を行う事を意識してから、実際に動作を始めるまで、
 約0.2秒掛かるらしいわ。そして……動作命令のための電気信号が脳から発せられるのが……その約0.5秒前。
 つまり、意識する約0.3秒前には脳による命令は完了しているのよ。意識する前……無意識のうちにね。」
 それに対し、銀髪の幼い少女が外見に似合わぬ年寄り染みた口調で答える。
 「何だかよく分からんが……つまり、儂らは無意識のうちにやる事を全て考え終え、その後になってから、
 やろうとしている事を考えていると思い込んどるというわけか……?」
 「受動意識仮説と言うらしいわ。意識はあくまで無意識の意思決定を後付けで解釈しているに過ぎない
 という説よ。」
 「それでは、儂らは何のためにわざわざ物を考えておると言うんじゃ……」
 「……納得し、覚悟するためなのかもね。無意識のうちに自分でやると決めた事を。」
 その時、横からかったるそうに口を挟む銀髪碧眼少女がいた。どうやらあれから生還した様子。
 「んで、何でいきなりそんな話するんだ? 俺には難しい話はわかんねーから三行で頼む。」
 「(さっき3行で説明したんだけどね……)
 つまり、能力発動しようと思う前に、無意識のうちに脳が動いてるって話よ。」
 「じゃあ、その時に魔力でも出てんのか?」
 「そうかも知れないわね。……それを予め察知できたら、便利だと思わない?」
 「んー……あまり意味があると思えねぇな。相手の手の内が分かった所でやる事は限られてるし。」
 「そうね~。全部予言で分かっちゃうから、意味無いかもね~。あたしはパス。」
 隣にいる銀髪赤目の少女も、あまり興味は無さそうだ。
 「何よぅ……皆反応薄いわね。もっと喰いついてくると思ってたのに。」
 「お前さんは頭が良過ぎるからのう。皆が付いて来れないだけじゃ。儂には気持ちは分かるぞ。」
 「はいはい。どうせ私だけ仲間外れですよーだ。」
 「あらら。拗ねてしまいおったわい。どうやら中身は儂らと一緒で子供のようじゃ。」

 金髪少女は別室に移動し、電子機器に囲まれてOAチェアに腰掛ける長身の男に近づく。
 すると、男は振り向いて微笑み掛ける。目元は眼鏡で隠れてよく見えない。
 「んふふ。お互い話し相手に恵まれないようですねぇ。」
 「まあね。で、解析はどこまで進んでるの?」
 「まあ、実用に耐えるかどうか分かりませんが、今ある装備でも対処できる方法ならあります。」
 「へぇ~……それは意外だわ。てっきり、現状ではほぼ無理だとばかり思ってたから。」
 「根本的に相手の能力を攻略し、対処法を誰にでも実現可能なレベルにまで洗練するとしたら、
 天文学的な予算と膨大な時間が必要になるでしょう。ですが、あなたのメンバーの一人だけなら、
 攻略可能です。」
 「……それで十分だわ。(こちらが私含め一人を残してほぼ全敗でも、相手を倒せれば申し分無いのよ。)
 で、どんな策があるの?」
 「んふふ……それはですねぇ……」

 咲夜と早苗は研究所を出た所で、敵からの奇襲を受けた。
  • VS 黄鬼一発(無慈悲な人間砲台)
 出入口の前で敵が待ち構えており、レーザーとプラズマを合体させた極大レーザーを発射したのだ。
 咲夜は咄嗟に時間を止め、早苗と一緒に安全な場所へ移動する事で、奇襲を回避する。
 その後、すかさず反撃に転じるため、咲夜は敵の姿を探すが、レーザーの発射場所には、どういうわけか
 見当たらず、その周辺を隈なく探してみるも、影も形も見当たらなかった。
 いつまでも時間を止めっぱなしにして、探し続けても埒が明かないため、早苗を物陰に隠し、
 咲夜自身も物陰に隠れたまま、とりあえず時間を進める。
 ……この時、違和感を覚えた。が、もう遅かった。
 咲夜は敵からの再度の攻撃に気付き、時間を止めようとした矢先、懐中時計をレーザーで撃ち抜かれたのだ。
 間に合うはずだった。たとえ、敵が咲夜の能力発動時の行動パターンを読んでいたとしても。
 時間停止を使うと心で念じ、懐中時計を取り出すまでの動作に掛かる時間はわずか0.1秒足らず。
 誰にも止められるわけがないのだ。さとり妖怪に心を読まれでもしない限り。
 咲夜は咄嗟にレーザーの発射元を見上げる。敵は上空にいた。
 そういえば、最初の攻撃である極大レーザーによる周囲の損傷が見当たらない。
 あれだけのレーザーを放てば、膨大な熱量により、周囲が焼け焦げるはずだが、痕跡すら見当たらないのだ。
 (……最初のレーザーはブラフ……おそらく幻か何か。あいつは最初から上空に身を隠していた。)
 咲夜は無意識のうちに右手を後ろに隠そうとした、その時……今度は右手を狙ってレーザーが飛んできた。
 (っ痛……!!)
 最早、何がどうなって、このような窮地に陥っているのか……咲夜自身にも訳が分からなくなっていた。
 動こうとすると、その直前に、まるで先手を打つかのように、行動を阻止されるのだ。
 ……無意識のうちに、彼女は時間を止めていた。
 あと少しで、心臓がレーザーで撃ち抜かれ、即死する所だったが、寸前の所で助かったようだ。
 (どうやら、能力を完封されたわけでは無さそうね……。どうやって先読みしてるのかしら。)
 咲夜は、止まった世界の中で、自分および懐中時計の時間のみを逆行させ、右手の怪我を治し、
 落下した時計を手元に戻して、破損箇所を元通りにする。
 普段の弾幕戦で、このようなチートは行わない。今回は特別である。
 何せ、相手は本気の戦いを仕掛けてきたのだから。
 「……この十六夜咲夜の世界を攻略しようとした心意気だけは、認めてあげてもいいわ。
 私もそれに応え、この世界の全てを見せてあげる。もう手加減は無しよ。」
 咲夜は時間停止を解除した。ただし、敵の周囲のみ。
 敵……黄鬼一発は、咲夜がとどめのレーザーをいつの間にか回避し、怪我が元通りになっているのを見て、
 彼女が時間停止能力を発動できた事を悟る。
 (能力発動確認……イレギュラー発生。行動パターンと今回の行動を照合し、相違点を元にパターンを修正。
 ……パターン修正不可。今回のみ例外もしくは新たなパターン「B」と認定。
 パターン「A」との発動タイミングおよび発生確率の違いを分析。……分析完了。)
 黄鬼一発はほんの一瞬で考察を済ませ、次の行動に移る。
 (魔力探知再開。対象の魔力変動確認までレーザー掃射を続ける。)
 黄鬼一発から多数のレーザーが掃射され、咲夜は咄嗟に回避するが、間に合わず、止むを得ず時間を止める。
 ……その一歩手前で、手にしていた懐中時計が再びレーザーで狙い撃ちされた。
 (……読み通り!)
 咲夜は黄鬼一発の時間を再び止めた後、懐中時計の時間を逆行させ、手元に戻し、損傷を修復する。
 (前もそうだった……時間を止める際の予備動作……懐中時計を手に取って見ようとするのが合図じゃない……
 さらにその前に、何らかの兆候があり、敵はそれを私自身より早く察知している。それしか考えられない。
 それは何時……?)
 咲夜は一考した後、修復した懐中時計を見る。時間は丁度、撃ち抜かれる寸前まで巻き戻っていた。
 (……? 時間が前より戻ってる……気がする……。……また確かめる? いいえ、そんなチャンスはもう来ない。
 相手もいい加減学習するはず。試すのはこれっきり。ここで……答えを出す。私が敵を攻略する。
 なぜ私が攻略されかかっているのかを……この場で解明する。できなければ……私はこの先負ける。)
 咲夜は再び思考に耽る。これまで生きて来た中で培ってきたもの全てを総動員し、頭の中から捻り出す。
 咲夜の時間全てを、過去を、今を、この場に引き出す。未来へ繋げるため。

 咲夜は、さとりとの会話を思い返していた。
 (無意識の間は、心の時間が止まっている……それ以外の時間は動いている。
 私が無意識でいる間、相手の時間が止まっていなければ、相手は私が無意識のうちに虚を突く事ができる。
 では……なぜ私は時間を正確に把握できるのか。……それは、懐中時計を見て、現実の時間を把握しているから。
 先程、私が見た時計の時間は私自身が思っていたよりもほんのごくわずかだけ多く巻き戻っていた。
 つまり……その戻った分こそ、私の無意識の時間であり、その分だけ私が気付くより前に、予備動作が行われ、
 知らないうちに、敵に信号を送っていたという事。その信号とは……予備動作とは何か?
 私は知る必要がある。自分の無意識について。……私はどうやって思い通りに時間を止めているのだろう?)
 咲夜は、この終わりの無い問いに挑もうと一瞬考えたが、すぐに考えるのを止めた。
 (私は時間を思い通りにできる。何らかの方法で。そして、無意識のうちに、確認可能な前触れを起こす。
 これだけ分かれば十分。……要は、前触れが分かってもキャンセルできないようにすればいいだけ。)
 「……上等じゃない。私の与り知らぬうちに、予告レーザーならぬ時間停止予告が実装されてたなんて。
 これでこそ、スペルカード戦というものよ。」
 咲夜は黄鬼一発の時間を再び進めた。

 黄鬼一発は、再び予想外の相手の行動に出くわし、再び思考に入る。
 (パターン「A」の行動にイレギュラー発生。能力発動の妨害後、能力の再発動を確認。
 妨害から再発までの間隔から、妨害を予期していたものと推測。これにより妨害成功率が著しく低下。
 成功率を上昇させるため、発射までのタイムラグが許容範囲内に収まる程度、レーザー出力を上げる。)
 今まで早撃ちのために抑えていた威力を上げたため、次からは一撃必殺となる。喰らったら終わりだ。
 ここからは、咲夜が攻勢に出る。いつまでもダラダラと戦っていたら、敵に圧されてしまうからだ。
 奇術「ミスディレクション」
 黄鬼一発が咲夜の能力発動の前触れを察知し、カウンターを仕掛ける前に、瞬間移動は終わっていた。
 咲夜は黄鬼一発の視界の外におり、目の前には無数のナイフが並び、一斉にこちらへ向けて飛んでくる。
 (対象を失認。攻撃多数。レーダー・オン。回避および索敵に移行。)
 黄鬼一発は無数のナイフを避けながら、咲夜の居場所をレーダーで捕捉する。
 (! 魔力変動を確認。レーザー発射……)
 しかし、レーザーは外れ、再び咲夜の姿が黄鬼一発の視界から消える。
 と同時に、ナイフが11方向に分かれ、何本も連なって、黄鬼一発の周囲を掠める。
 最早、能力封じは完全に無効化していた。
 (なるほど……こうすれば相手は追い付けないのね。)
 咲夜は相手がどうやって彼女の能力発動を事前に察知していたかを、突き止めた。

 最初に咲夜が敵からのレーザーにより懐中時計を撃ち抜かれた時、時間が普通に流れている世界の中で、
 咲夜以外の時間を止める操作を行おうとしていた。
 これは黄鬼一発の言うパターン「A」に該当する。
 次に、咲夜が無意識のうちに時間を止めた後(これはパターン「B」に該当する)、その状態のまま、
 黄鬼一発の時間のみを進めた時は、時間が止まっている黄鬼一発に、時間進行の操作を『上乗せ』した。
 その後再び黄鬼一発の時間を止めた際は、さらに時間停止を『上乗せ』し(見掛け上はパターン「A」と同じ)、
 停止解除の際は、上乗せした操作を解除した。
 そして、ミスディレクション使用時、瞬間移動のために時間を停止した際は、黄鬼一発に対し、
 時間停止を『上乗せ』するのではなく、逆に、上乗せしていた時間進行の操作を『解除』した。
 その後、再び時間進行を『上乗せ』する事で、彼女の目の前で瞬間移動をして見せたのだ。
 パターン「A」に関して言えば、最初と2つ目の時間停止は、時間停止を『発動』する操作だったが、
 ミスディレクションでの時間停止のみ、時間停止した上で時間進行を『解除』する操作だった。
 (黄鬼一発はこの違いに気付いていないため、便宜的に、これをパターン「A'」と呼ぶ事にする。)
 パターン「A」は、咲夜が無意識のうちに時間停止の準備のため、魔力を発動し、ほんの一瞬後になって、
 彼女自身が時間停止を意識し、懐中時計を見る動作を行う事で、時間停止を発動するものである。
 この時の、彼女自身が無意識のうちに魔力を出してから、意識するまでのタイムラグが、
 敵に先手を打たれる結果へと繋がった。
 そして、パターン「B」は、咲夜が無意識のうちに魔力発動と同時に時間停止を行うものであり、
 彼女自身が気付かないうちに行っていた。タイムラグはほぼ無いため、先手を打たれる事は無かった。
 最後に、パターン「A'」では、時間進行を解除するだけなので、維持していた魔力を減らすだけに留まり、
 それは意識的に行われたため、事前に先手を打たれる事は無かった。

 黄鬼一発は、ミスディレクション発動中の咲夜の能力発動について、これまでとはパターンが異なる
 事にようやく気付き始めたが、原理が分からず、答えを出せずにいた。
 (……魔力変動を僅かに検知。パターン「B」との相違を確認。原因不明。……解明は不可能。)
 そして、通信機能をオンにし、リーダーの黄鬼と連絡を取ろうとする。が……
 (……電波強度なし。通信電波が確認不能。原因を分析…………)
 通信が繋がらないようだ。考え込みながらも、体は自動的に飛んでくるナイフを補足し、回避し続ける。
 (……タイムサーバーとの通信も断絶。仮説を定義。『この世界の時間は止まっている。』と推測。
 ……わたくしは、十六夜咲夜が時間を司る閉鎖された空間に監禁されている可能性が極めて高い。)
 そして、ようやく、自身が置かれている状況を理解し始めた。
 (対処法は……なし。任務失敗。マザーコンピューターとの通信および記憶のバックアップ不可。
 ……撤退を開始する。)
 だが……逃げられない!
 「あら……これからだと言うのに。逃がさないわよ。」
 黄鬼一発の体は、見えない壁のような何かに遮られたように、それ以上前へ進めなくなっている。
 さすがに成す術が無くなったのか、黄鬼一発は咲夜に質問を投げ掛ける。それは降参を意味していた。
 「……十六夜咲夜さん。わたくしに、何をしたのですか?」
 「あら、喋れるのね。……空間を弄ったのよ。そこから外へは出られないわよ。」
 (……十六夜咲夜の発言は……真と推測するのが妥当。空間操作により、撤退は不可。戦闘を継続。)
 黄鬼一発は、どうやら最後の悪あがきをする事に決めたようだ。
 (何だ。こんなヤンチャな戦い方もできるんじゃない。ただの無味乾燥なロボットじゃないのね。)
 咲夜は、遊びとして付き合ってあげる事にした。
 「……そういうの、嫌いじゃないわ。」
 勝利条件:黄鬼一発のスペルカードを全て突破する。
+ 負けた場合
 勝った場合、満身創痍となった黄鬼一発が、最後の悪あがきとして、ラストワードを発動する。
 その攻撃は、辺り一帯をレーザーの絨毯爆撃で焼き尽くすものであり、物陰にいる早苗を避難させる
 必要があるので、時間停止を解除し、すぐに早苗を移動させ、安全な上空へ避難する。
 奇跡「客星の明るすぎる夜」 / メイド秘技「殺人ドール」
 咲夜と早苗の2人同時スペル発動で、黄鬼一発は撃墜された。

 早苗は、咲夜と黄鬼一発が時間の止まった世界の中で、外から見えない戦いを繰り広げた事を
 全く知る由も無かったので、ついポロッと要らない事を口にする。
 「……強敵かと思いましたが、案外簡単に片付きましたね。流石咲夜さん。」
 笑顔で無神経な事を言う早苗に対し、咲夜はイラッと来た。
 (まったく……時間を逆行させて、その発言を無かった事にしてやりたい気分だわ。
 私がどれだけあれに苦しめられたと思ってるのかしら。)
 だが、瀟洒なメイドはそんな事はおくびにも出さない。一々弱みを見せないのがメイドの嗜みでもある。
 そんなやり取りがあったので、咲夜はうっかり敵の残骸を確認するのを忘れていた。

 妖怪の山の渓流沿いの川縁に、首の無い女のドザエモンが打ち上げられていた。
 そこに、銀髪赤目の少女が歩み寄る。
  • 黄鬼羅羅(名状し難き紅の水)
 「きゃは! 見~付けた♪」
 紅の少女は、腕から紅い血のようなものを滴らせ、首の無い女の首の断面に垂らす。
 すると、紅い何かは首の断面に沁み込むように入り、直後、首無し女の体が動き始める。
 「……ごぼっ!! ……ひゅー……ひゅー……」
 首無し女は喉の穴から水を吐き出した後、呼吸音を鳴らし始める。
 そして、徐に、胃の中から何かを逆流させるように、吐き出した。まるで人間ポンプのように。
 ……それは、USBメモリのような細長い物体だった。
 「あら……ごくろうだったわね。そんな所に隠すなんて。」
 紅の少女は、軽く驚いて見せるも、出てきた物には決して触ろうとしない。
 それを察した首無し女は、川の水でそれをよく洗い、綺麗にした後、手渡す。
 「いいわ。お疲れさん。しばらく休んでなさい。」
 そう労いの言葉を掛け、紅の少女はその場を去る。残された首無し女は、川の水で首を洗った後、
 膝を抱え、眠るように蹲り、それっきり動かなくなった。よく見ると全身傷だらけである。
 ……その首無し女は、先程、咲夜に倒された黄鬼一発の体だった。
 (十六夜咲夜……わたくしを痛めつけた事……忘れません……憶えてなさい……)
 その女の首から上に、幽かに頭のような幻影が現れる。
 顔つきは黄鬼一発そっくりだが、その表情は怨嗟に満ちており、怒りの形相である。

 (目的地6:紅魔館・大広間)
 咲夜は耳元から指を鳴らす音が聞こえたため、時間を止めて、すぐに紅魔館へ帰る。
 後に残された早苗は、咲夜が目の前から忽然と消えた事で取り乱し、しばらく彼女を探し続けた。

 「……いかがなさいましたか? お嬢様。」
 大広間の一番奥の中央に陣取っているレミリアの傍に、咲夜が颯爽と現れる。
 メンツは先程のままだ。そして、レミリアの真正面に、一人の気弱な妖怪少女が立っていた。
 「こいつを太陽の畑まで送ってやれ。」
 レミリアは少女を指差し、そう指図する。
 「かしこまりました。」
 咲夜はすぐさま了承し、その少女の横へ行き、時間を止めて、太陽の畑まで送って行く。
 彼女は異変の中心人物らから保護するため、風見幽香の庇護下に置かれる事になる。
 弱小妖怪の保護は順調に進んでいるようだ。
 そこに、丁度幽香が通りかかる。見回りの時間らしい。
 「あら……随分慌ただしいわね。さっき会ったばかりなのに、もう久しぶりって顔じゃないの。」
 「ふふ……人間は人間らしく、生き急いでいるものですから。」
 「無理は禁物よ。草木だってもっと長生きよ。一年もしないうちに枯れちゃったら愛でる事もできないわ。」
 「……心得て置きますわ。」
 軽い会話を済ませ、咲夜はその場を後にする。
 (人間は変わるのが早いわね。さっきまでちっぽけな若木だったのに、もうこんなに伸びている。
 明日はどのくらい大きくなるのかしら。)

 紅魔館の大広間では、会談が終わり、来客の面々はそれぞれ帰って行く。
 「さ~て……早く帰って戦争しなくちゃ……うどんげに任せっぱなしだと何だか不安なのよね~」
 輝夜は足早に家路を急ぐ。異変についてはどうでもよさそう。
 「まだ何か聞く事があるのではないですか?」
 さとりが呼び止めるが……
 「ああ、いいのよ。あの程度の連中じゃ、どうせ1000年掛かっても追い付かれる心配は無いわ。
 人間のメイドなんかにあっさり抜き返される体たらくじゃあね。寿命でくたばるほうが早いでしょ。」
 輝夜は、万に一つも負けるわけがないと言った感じで、悠然と構えて見せる。
 先程の咲夜の戦いは、時間操作を察知する事である程度把握していた模様。覗いていた可能性もある。
 (なるほど……確かに杞憂かも知れませんね。ですが……私達は私達で、注意を怠らないようにしましょう。)
 さとりも輝夜の真意を察したのか、それ以上追及するのを止めた。

 客人が全員帰った後、レミリアは作戦を立て直すため、咲夜を呼び戻そうとした。その矢先……
 屋敷の外から轟音が鳴り響いた。地響きのようなものが伝わり、バランスを崩しかける。
 慌てて指を鳴らそうとした瞬間、レミリアは強烈な胸騒ぎに襲われる。何か悪い未来を見たらしい。
 『今、咲夜を呼び戻してはいけない。』
 そんな思考が頭から離れず、咲夜を呼び戻すのを思い留まる。

 (中間地点6.6:紅魔館・裏側の湖)
 「このタイミングで……やっぱり、敵はこちらを監視してるのね。」
 大図書館では、パチュリーが自分の意思で動けなくなった美鈴に救助のための術式を組んでいる所だった。
 美鈴は虚ろな顔のまま、魔力の檻を破ろうと手足を動かしているが、ビクともしない。
 「……そろそろか。もう隠す意味も無いかしらね。」
 パチュリーは新たな術式を発動した。
 手元には、ゲームパッドのような形をしたうっすらと光る透明な物体が出現し、そこから光の糸が伸び、
 美鈴の頭へと繋がった。その瞬間、美鈴の動きがピタッと止まる。
 そして、今度はゲームパッドのような物体に、掌から出した青い光球を合体させる。
 すると、ゲームパッドにコウモリのような羽が生え、自分で羽ばたきながら、声を発した。
 「パチュリー様……無事入る事ができました。」
 声の主は、パチュリーに仕える小悪魔のようだ。
 「結構。じゃあ、今度は美鈴を動かしてみて。」
 「はい。」
 その直後、美鈴の顔に表情が現れ、パチュリーのほうに視線を向ける。
 「「……あー。あー。……こんな感じになりますが……よろしいでしょうか。」」
 ゲームパッドの声と、美鈴の声が同時に発せられる。
 「OK。じゃあ、檻を解くから、立ち上がって、手足を動かしてみて。」
 パチュリーの指示通り、美鈴は檻が解かれた後、立ち上がり、手足を適当に動かしてみせる。
 「じゃあ、最後の仕上げね。小悪魔。美鈴の中に入って、完全に一体化しなさい。」
 「……ホントにやるんですか?」
 「遠隔操作だと限界があるし……魔力のコードが敵に見付かって切られる恐れもあるし。
 一人になったほうが有利よ。それに、あなたの本体は別の場所にあるから、心配ないわ。」
 「はい……かしこまりました。」
 そう言うと、ゲームパッドは美鈴の体の中へと吸い込まれていく。
 「……おはよう、美鈴。これから働いて貰うけど、いいわね?」
 「……私は構いませんが、わざわざ聞く意味などあるのでしょうか?
 美鈴さんご本人の意思は確かめようが無いのに……」
 「分かってるんでしょう? 私と美鈴の仲じゃない。互いに信頼し合ってれば、許して貰えるわ。
 小悪魔……いえ、美鈴。あなた自身も感じるはずよ。魂から発せられるあなた自身の意思を。
 ……思う存分戦いなさい。相手はあなたをこんなになるまで苦しめた憎い連中よ。」
 パチュリーの言葉に促されるように、美鈴の体からオーラが発せられる。
 「……はい。何だかとても……体の奥底から怒りが込み上げて来ています。早く仕返しがしたいと。」
 「そう……では、行きなさい。」
 「はい!!」
 美鈴は力強い足取りで、外へ飛び出した。
 その直後、パチュリーは糸が切れた人形のように力無く倒れ、四つん這いとなる。
 「……ふぅ……もうダメ……限界……」
 彼女は、息切れしていた。

  • 紅美鈴 with 小悪魔 VS 黄鬼淋 & 黄鬼戒 & 名も無き妖怪少女
 紅魔館の裏にある湖から、巨大な氷でできたゴーレムが出現し、館の外壁に氷の塊をぶつけてきた。
 外壁は全てパチュリーの魔法結界で完璧に守られているので、この程度の攻撃では傷一つ付けられないが、
 振動は館の内部にまで伝わるので、放って置くわけにもいかず、メイド妖精達が応戦していた。
 だが、状況は芳しくなく、エリート妖精ですら、全く歯が立たず、格好の的となっていた。
 「くっ……! こいつら……何て強さなの!? いつぞやの魔法使いレベルじゃない。」
 「だめ……やられる……!!」
 エリート妖精達は氷のゴーレムから放たれる無数の氷の弾丸により、次々と凍らされていく。
 そこに、極彩色の弾幕が降り注ぎ、氷の弾丸を跡形も無く打ち消していく。
 「美鈴様!」
 「……お待たせ。」
 美鈴が颯爽と登場した。
 「!? あいつ……操作できなくなったと思ったら、どうやって戻ったんだ?」
 黄鬼戒が、そこに自分で立っていられるはずのない人物がいる事に、驚きを隠せないでいる。
 (……この方が……美鈴さんの心から自由を奪ったのね。何だか顔を見るだけでムカ付いて来るわ。)
 美鈴は、無意識のうちに怒りを込めた瞳で、黄鬼戒を睨み付けていた。
 「ちっ……妖怪風情が。その目は気に喰わねぇんだよ! もう一度引っこ抜いてやるからな!」
 黄鬼戒のほうも、侮蔑と怒りを込めた目つきで、美鈴を睨み返す。
 だが、美鈴はさらにそれを上回る気迫を乗せ、黄鬼戒を目で射抜いた。
 「……ひっ!? (何だこいつ……妖怪のくせに……!! 怖くなんかねぇぞ!!)」
 思わず怖気づく黄鬼戒。実は結構気が小さいのかも知れない。
 「お前さん……あやつからよく心を引っこ抜けたな。まぐれかのぅ? 今のお前さんでは相手にならんわい。」
 「何おう!? この俺が妖怪如きにやられる訳が無ぇだろう。まぐれじゃないとこ見せてやるぜ!」
 相手の力量を見抜いた黄鬼淋が冷静に評価しつつ、黄鬼戒を煽ってみせ、戒はそれに乗せられ奮起する。
 見た目に反し、精神年齢は黄鬼淋のほうが高いらしい。
 華符「セラギネラ9」
 美鈴はごく自然に体から発せられるリズムに従って、彼女自身の弾幕を放つ。
 放射状の綺麗な弾幕が一旦球状に留まり、まるでクッション苔のように並んだ後、再び散らばって行く。
 黄鬼淋が思わず見とれていると、いつの間にか美鈴の姿が消えていた。
 華符「彩光蓮華掌」
 気が付くと、美鈴はゴーレムの後ろにおり、ゴーレムは一拍置いた後、強く振動し、爆散する。
 「……しまった!」
 無防備となった黄鬼淋は一旦距離を開け、再びゴーレムを召喚する準備に取り掛かるが、
 美鈴は追撃を掛けようとする。しかし、そうは問屋が卸さないとばかりに、妖怪少女が阻止してくる。
 後ろから羽交い絞めにされた美鈴は、まるで地面を強く踏み抜くような動作で、足の下の『空気』を
 思いっ切り叩き、振動させる。すると、妖怪少女の体が後ろへ弾き飛ばされる。
 と同時に、振動の余波が黄鬼淋のいる所にまで及んだため、慌てて後ずさる。
 黄鬼淋が湖面に手を付くと、湖から魚の形をした水の塊が高速で幾つも発射され、美鈴に降りかかる。
 魚雷「ダーツ・オブ・ガーフィッシュ」
 鋭い針のような水の塊が怒涛の勢いで襲い掛かってくるのに対し、美鈴はまるで流水のような動きで、
 ヒラリヒラリと躱す。
 だが、地の利は圧倒的に黄鬼淋のほうに傾いており、湖面から四方八方から無尽蔵に水の塊を発射し続ける。
 いよいよ避けられる隙間がごく僅かになった所で、美鈴はカウンターを発動。
 極彩「彩光乱舞」
 美鈴は錐揉み回転をしながら上へ向けて飛び、周囲に七色の竜巻を発生させ、水の弾幕を掻き消す。
 霧状になった水が浮力を失い、湖面に雨のように降り注ぎ、その場にいる者達は全員ずぶ濡れとなる。
 ……不意に、いつの間にか、美鈴の背後に黄鬼戒がいた。
 「俺の事……忘れてただろ?」
 黄鬼戒が美鈴の頭を鷲掴みにし、引っこ抜く動作をした瞬間、美鈴は思いっ切り両脚を踏みしめた。
 気符「地龍天龍脚」
 美鈴が起こした空気の振動により、黄鬼戒の体がわずかに上へ浮き、身動きが取れなくなった隙を突いて、
 追撃の飛び蹴りが命中する。そして、まるで釘打ち機のように唸る多段蹴りをモロに喰らう。
 「!!!???」
 黄鬼戒の体が、まるでボロ雑巾のように力無く宙を舞った後、湖面に落下する。
 (……危なかったわね。もし私が美鈴さん本人だったら、また心を操られる所だったわ。
 どうやら、既に操作されてる心には干渉できないようね。)
 焔車輪「ファイヤー・ネックレス」
 いつの間にか、美鈴の首に、タイヤのようにズッシリとした、真っ赤に燃える輪が掛けられていた。
 「……え?」
 次の瞬間、紅いタイヤ・ネックレスは爆発した。
 「きゃははははは!!! これであなたも抜け首の仲間入りね! ……あ、首は燃えちゃったから首無しか。」
 美鈴のいた場所から少し離れた所で、紅い目をした銀髪少女がケタケタと狂ったように笑い声を上げていた。
 しかし……
 「あ……(咲夜様……)」
 「おまたせ。」
 離れた場所に、美鈴と……咲夜がいた。
 咄嗟に時間を止めて、美鈴をタイヤ・ネックレスの爆発から逃がしたのだ。
  • 十六夜咲夜 & 紅美鈴 with 小悪魔 VS 黄鬼淋 & 黄鬼羅羅
 「どうやらパチュリー様の魔法で元に戻れたようね。ご苦労様。ここからは私の番よ。」
 「(そうか……咲夜様はまだ知らないのね……)では、後はお任せします。」
 咲夜が加勢した事で、紅い少女・黄鬼羅羅は警戒の色を見せる。そして……黄鬼淋に合図を送った。
 蔓蛇羅「マッド・アイヴィー」
 湖の中から黒く細長い蔓のようなものが伸び、咲夜と美鈴の周囲を取り囲み、身動きを取れなくする。
 咲夜が時間を止めようと考えた時、既に次の手が迫っていた。
 紅蛍「フライング・ファイヤー・フライ」
 黄鬼羅羅の両手の指先から、紅蓮に煌めく水滴のような弾幕が放たれ、咲夜に襲い掛かる。
 その時、既に美鈴の動きは完了していた。
 「水形太極拳」
 美鈴の放った虹色の気が、紅蓮の弾幕を吸収し、撃った相手に送り返す。
 黄鬼羅羅は咄嗟に弾幕を爆破させる事でカウンターを阻止しようとするが、
 爆破によりさらに威力が上がったため、逆効果だった。
 爆炎が黄鬼羅羅を飲み込もうとする瞬間、巨大な水の塊がそれを遮った。
 「アビス・ゲート」
 黄鬼淋が召喚した巨大な水でできた壁が門のように開き、中から巨大な水の龍が飛び出す。
 大瀑符「リヴァイアサン」
 巨大な水の龍は、黒い蔓に囲まれて身動きの取れない咲夜と美鈴を飲み込んだ。
 ……かに見えた。
 その時、既に咲夜は時間操作により、その場から逃れており、美鈴は黄鬼淋の目の前にいた。
 「……何じゃと!? 出られないはずじゃ……ハッ!」
 黄鬼淋は咲夜と美鈴のいた場所に目をやる。すると、黒い蔓の一部がカラカラに干からびて、
 脆くなっており、そこだけ崩れて穴が開いているのが確認できた。
 先程、紅蓮の弾幕が爆破された時、爆炎が蔓の一部を焼いて、水分を奪い、脆くした後、
 美鈴がその部分に穴を開け、咲夜の時間停止で、そこから二人とも脱出したのだ。
 黄鬼淋が驚いている間に、美鈴と咲夜の追撃の準備は完了していた。
 幻幽「ジャック・ザ・ルドビレ」
 黄鬼羅羅の周囲を、咲夜の放ったナイフと無数の大玉が取り囲んでいた。
 熾撃「大鵬墜撃拳」
 突進を仕掛けた美鈴の掌底(「打開」)が黄鬼淋の体をぶち抜き、そのまま上空へ弾き飛ばす。
 この時点で既に、黄鬼淋の意識は飛んでいた。
 そして、追撃を掛けようとした美鈴の目の前に、1人の人形少女が割り込んだ。
 美鈴の2撃目「鉄山靠」が人形少女の盾に炸裂し、防御を突き破り、衝撃が突き抜ける。
 そのまま人形少女も上空へ打ち上げられ、黄鬼淋の周囲はがら空きとなった。
 美鈴は最後の一撃を打ち込むため、再び突進しようとした矢先、急に変な気分となり、
 全身が硬直してしまう。
 (!? あれ……私……何してるんだろう……(いけない! 美鈴さんが……)え? 私何考えてるの?)
 湖の畔には、既に救助されていた黄鬼戒がおり、美鈴への操作を解除し、心を元に戻したのだ。
 「やっぱり……二重に操ってやがったか……」
 美鈴は急に意識を取り戻したため、目の前の状況に付いて行けず、操られている間の出来事が
 フラッシュバックした事で、混乱して頭を抱えたまま蹲ってしまう。
 (!?!? 何……私……え? (動いて! 立ち止まらないで! 戦闘中よ!) 戦闘中?)
 空中に打ち上げられている黄鬼淋はもう一人の人形少女により回収され、美鈴の背後には
 3人目の人形少女が迫っていた。
 咲夜は丁度その場面を見ていたので、美鈴の助けに入ろうと時計を見た瞬間、周囲を氷の弾幕に
 囲まれている事に気付いた。咄嗟に時間を止めた後、周囲の状況を確認する。と……
 黄鬼羅羅を仕留めたと思われた無数のナイフと大玉は、氷の壁により全て防がれ、中にいる敵は
 無傷のまま、わずかな隙間から脱出した模様。
 美鈴の背後には、今にも剣を振り下ろそうとしている人形少女が1人。美鈴は動けない。
 さらに、美鈴へ向けて飛ばされた銃弾一発と、咲夜自身へ向けて飛んでくる銃弾一発。
 咲夜への銃弾は、丁度、氷の弾幕にわずかに開けられた逃げ道を塞ぐように飛んできており、
 2発の銃弾を放った人物……黄鬼喫姫は、後ろを振り返りながら銃を構え、紅魔館の窓の前にいた。
 (レミリアお嬢様や、妹様に勝てるとは思えないけど……妖精メイド達が無事では済まないし、
 パチュリー様も心配だわ。それに……)
 今、咲夜の手元にはナイフが一本のみ。万事休すか。
 「なあに。簡単な事ですわ。」
 咲夜は迷わず、残り一本のナイフを黄鬼喫姫目掛けて投げ付けた。
 ナイフは弾幕の隙間を縫いつつ、弾丸をスレスレで避け、黄鬼喫姫の眼前まで飛んで行き、止まった。
 ……時は動き出す。
 (!!!???)
 黄鬼喫姫は、突如目の前に出現したナイフにビビり、思わず腰を抜かし、霊力が急激に弱まった事で、
 偶然頭の部分の実体化が解け、ナイフが頭をすり抜け、九死に一生を得る。
 それを見た人形少女達も一瞬動きを止めてしまう。……それで十分だった。
 次の瞬間、美鈴と咲夜の姿が忽然と消え、人形少女の振り下ろした剣が空振りし、そこに美鈴を狙った
 銃弾が命中し、剣が折れてしまう。体への命中は避けられたようだ。
 そして、咲夜を取り囲んだ氷の弾幕は、彼女がいた場所へ降り注ぎ、咲夜を狙った銃弾は忽然と消えた。

 館へ戻った咲夜は、動けなくなった美鈴をパチュリーに預け、再び外へ出ようとする。が……
 「待ちなさい。」
 パチュリーに呼び止められる。
 「……ご心配なさらずに。私は平気ですわ。」
 咲夜の左肩から鮮血が流れ出ていた。どうやら、肩を銃弾で撃ち抜かれていた模様。
 顔色が若干悪い。かなり無理をしている様子。
 「分かってるわ。止めたって無意味。……だから、ちょっと待ってて。」
 パチュリーは咲夜の肩に回復魔法を掛ける。すると、出血が止まり、顔色が少しだけ良くなる。
 「……かなり消耗してるから、あまり無茶はしないように。」
 「では、行って参ります。」
 「気を付けて……」
 咲夜はパチュリーの前から、すっと消えた。
 「……小悪魔。もういいわ。ご苦労さん。」
 パチュリーが美鈴の体から、ゲームパッドのような透明の物体を引き抜いた後、それの実体化を解く。
 すると、横で寝ていた小悪魔が目を覚ます。
 「……大変でした。まさかいきなり美鈴さんが目覚めるなんて……」
 「どうやら敵さんにネタがばれたようね。同じ手は二度通用しないか……後は咲夜次第かしら。」
 そして、蹲っていた美鈴がようやく動き出す。
 「あ……そういう事でしたか……パチュリー様……小悪魔……一言言ってくれれば……ちょっと酷いです……」
 事態を把握したようだ。
 「美鈴……動ける? 咲夜をサポートして欲しいんだけど。」
 「それが……気の使い過ぎで、もう一歩も動けないです。……小悪魔……あんた私の体乱暴に扱い過ぎ……」
 「あ……すみません。だって……あまりにも使い心地が良過ぎたもので……つい体が動いちゃいまして……」
 「美鈴……よかったじゃないの。いつもの何倍も働けて。今は好きなだけ眠りなさい。」
 「ちょ……それじゃあ普段サボってるみたいじゃないですか……」
 「そうよ。まったく、もうちょっと咲夜を見習いなさい。」
 「ぎゃふん……」

 咲夜が紅魔館を出て、裏側に回ると、黄鬼喫姫が待ち構えていた。
  • VS 黄鬼喫姫(一人でも百人力な妖怪)
 「お久しぶりです。……十六夜センパイ♪」
 口調は慇懃無礼で、態度からは不遜さが滲み出ていた。
 「今回はどういう風の吹き回しかしら。可愛い元教え子が、こんな所で悪さをしているなんて。
 元教官として、悲しいわ。あなたをそんな風に育てた覚えはないのに。」
 咲夜も、相手の調子に合わせて、小芝居を演じて見せる。
 「……で、どうしますか? 私は止まりませんよ。たとえ、先輩の能力でもね。」
 「再教育かしらね。……地獄に落ちるまで、たっぷりと扱いてあげるから、死ぬ気で生まれ変わりなさい。」
 「おお……怖い怖い。それって殺人予告ですよ……センパイ。」
 「あら……人間のつもりだったの?」
 咲夜の一言で、黄鬼喫姫の顔色が変わる。
 「!!! 先輩でも……今のはカチンと来たわ。取り消しなさい!」
 「私は事実を言ったまでよ。抜け首妖怪さん。」
 「……人間のくせに、悪魔に媚びる犬に言われたくないわ。……私の何が分かるって言うの?」
 今度は、咲夜の顔色が変わった。売り言葉に買い言葉で、ただの挨拶から罵倒合戦に変わる。
 「人間が、偉大なるお嬢様に媚びて何がいけないと言うの?
 ……私ならまだしも、お嬢様を軽んじる言動は許さない!」
 「驕り高ぶった妖怪にひれ伏す犬女め!! そういう屈辱が許せなくて、私は人間として戦うのよ!!
 人間の誇りを捨てた情けない犬畜生は、人間代表として、この私が粛清してやるわ!!」
 「あなたなんかに代表を頼んだ覚えはないわ。勝手な理屈を振り翳し、無用な争いを引き起こす、
 人間に成りすます化け物は、私達人間の敵ですわ。……成敗します。」
 あくまで人間扱いせず、妖怪もしくは化け物扱いを止めない咲夜に対し、黄鬼喫姫はブチキレそうになる。
 どうやら、舌戦は咲夜に軍配が上がった模様。
 そこに、唐突に地面から巨大な手が生え、黄鬼喫姫を掴んで遠くへ引っ張って行く。
 「ちょっ! 待て! 私はそこの犬女と戦うんだ!! 止めるなぁ!!!」
 そこに、紅い銀髪少女が現れる。
 「まったく……あんなんで勝てるわけないじゃない。今度人間に負けたらもう後が無いって言うのに……」
 「あら……あの子、そんな昔の事、まだ根に持ってるのかしら。」
 咲夜はかつて、黄鬼喫姫と初めて会った時、時間を止め、彼女をナイフで仕留めた事を憶えていた。
 「……こっちの話よ。あんたには関係ないわ。」
 「?」
 「というわけで、あんたはここで終わりよ! きゃははは!!!」
 「!!」
  • VS 黄鬼羅羅(名状し難き紅の水)
 咲夜は何となく予感のようなものを感じていた。彼女が無闇に時間停止を使う度に、事態が予想外の方向に
 捻じ曲げられるというか、敵に能力を読まれ、逆利用されている気がしたのだ。
 よって、彼女は時間停止能力を一旦封印する事にした。そのほうがうまく行くと感じたからだ。
 勝利条件:時間停止能力を使わずに、黄鬼羅羅を撃破する。(相手はラストワード不使用)
+ 負けた場合
 勝った場合、満身創痍となった敵は、自身の特殊能力か何かで全身の傷を回復させた後、慌てて退く。
 咲夜は敵の根拠地を突き止めるため、後を追う。

 (目的地7:妖怪の山・裏側にある施設跡)
 妖怪の山の裏手にある施設の跡。咲夜はそこが何であるかを知っていた。
 (……ここから、全てが始まったらしいわね。……興味無いけど。)
 人が暮らしていたような痕跡はあるが、その割に生活感というものが無く、まるで家畜の飼育場のような
 雰囲気を漂わせている。そして、何より……妖気のような……それよりもおぞましい何かが充満していた。
 (僅かに人の血の匂い……いい具合に瘴気を溜め込んでるのね。お嬢様が見たら何と言われるかしら。)
 咲夜は微かな血の匂いにつられ、場内を通り抜けて反対側の出口を抜けると、目の前に石碑が立っていた。
 そこから血の匂い、瘴気などが漏れているのが分かる。……悪霊の坩堝のようだった。
 (お土産に頂いていこうかしら。……でも、あの石は大き過ぎるわ。ナイフで切れればいいのだけれど……)
  • VS 黄鬼羅羅(這い寄る魑魅魍魎) 最終戦
 「きゃは! これを見ても怖がる素振りすら見せないの、あなたが初めてよ~。
 でも、鈍感ってわけでも無さそう。……あなたも、こっち側なのかしら~?」
 石碑の前に、唐突に紅い少女が現れた。瞬間移動などではなく、本当に突然その場に現れたのだ。
 「……そうね。そちら側なのかも知れないわね。」
 咲夜は事もなげにそう即答する。どうでもいいのだろう。
 「だが、あんたは悪魔の犬だから絶交ね! 星の魔人ツィツィミトル様もお怒りのご様子だわ。」
 「あら……似た者同士じゃない。吸血鬼と魔人様って。」
 「冗談ッ! 星の魔人様の予言では、あんたは死ぬのよ。」
 「奇遇ね。お嬢様の予言でも、私は死ぬと出ているわ。……数十年後に。(嘘だけど)」
 「真似しないでくれる? 正しい予言ができるのは星の魔人様だけよ~。」
 「あら、どっちがパクリかしら?」
 「……どっちでもいいわ。次元の高いほうが勝つから、私の勝ちで決まりよ~!」
 勝利条件:黄鬼羅羅を再度撃破する。ラストワードを発動させればこちらの勝利。
 尚、咲夜は引き続き時間停止能力を使わず、疲労によりボムの威力は半減している。
 相手のほうも、疲労などにより、体力が4分の3に減っている。
+ 負けた場合
 勝った場合、相手の頭部(本体)は跡形も無く姿を消し、ボロボロの首の無い体だけが残される。
 (これは……体つきが若干違う……体臭も……囮だったのかしらね。)
 体からは禍々しい瘴気などは消えており、意識も失っているようなので、害は無いと判断し、
 止めは刺さない事にした。
 そして、記念品として、石碑の一部をナイフで抉り取ろうとした瞬間、突如、地響きに襲われ、
 咲夜は咄嗟に時間を止め、首無しの体を担いでその場から離れる。
 施設から脱出した後、時間停止を解除すると、瞬く間に施設だったものは瓦礫の山へと姿を変えた。
 石碑のあった場所を見てみると、粉々になった石碑の破片が積もっていたが、血の匂いや瘴気などが
 綺麗さっぱり消えており、最早それが何なのかすら分からなくなっていたため、蒐集を諦める。
 「……残念。お宝は消えてしまいましたとさ。一体何だったのかしら。」
 咲夜はため息をつき、その場を離れるため、首無しのほうを一瞥すると、そこに彼女の姿は無かった。
 (どこへ行ったのかしら。目覚めるには早過ぎると思うけど。)
 辺りをキョロキョロ見回してみるが、影も形も見当たらない。すぐに諦め、その場を後にする。
 瓦礫の陰から、去っていく咲夜の後ろ姿を眺める土着神が一柱。
  • 洩矢諏訪子(土着神の頂点)
 「……まったく、手癖が悪すぎるよ。あのメイド。石碑泥棒なんて罰当たりな。そのうち祟られるよ。」
 諏訪子の傍らには、地面に半分程埋まっている首無しの体があった。
 どうやら彼女が隠したらしい。
 (さて……この子を連れて帰るとしますか。)

 (中間地点7.7:幻想郷北部山岳地帯)
 施設跡の出入り口から東のほうに、アスファルトで舗装された道路が延々と伸びていた。
 その道路を一歩一歩踏みしめながら、咲夜は歩みを進めていた。
 (……この感じ、久しぶりだわ。あの時以来かしら。)
 咲夜は、少し前の事を思い出していた。……かつて食用人間だった『青人間』の少女・圷青が幻想郷から
 出て行った日の事である。その時も、丁度この道路の先にあるのと同じ場所での出来事だった。
 咲夜の脳裏に、これまで知り合った元・食用人間の少女達の顔が次々と過る。
 (青……今、どこで何をしているのかしら。キチンとご飯食べられているのかしらね。
 でも、あなたは優秀で我慢強いから、たった一人でも、どこででも生きていけるでしょうね。
 ……ララ。あなたも随分前に見かけなくなったけど、やっぱり外の世界へ出て行ったんでしょうね……。
 あなたと少し似たような子が、ついさっきここで暴れてたけど、あなたが見たらどう思うのかしら。
 ……喫姫。一番手の掛かる子だったわね。それだけに、一番印象に残った子でもあるわ。
 ……こんな馬鹿な事さえしなければ、私が手を掛ける必要も無かったでしょうに。全くお馬鹿さん。)
 咲夜の目が、若干潤んでいた。道路の粉じんのせいだろうか。ハンカチで目を拭う。
 「やっぱり視界が悪いわね。ここ。目の前が霞んで見えるわ。」
 実際、ここの道路を含む山の裏側一帯は、常に白い霧に包まれており、視界は悪かった。
 そのまま延々とどこで終わるか分からない道路を歩き続けると、思いの外すぐに行き止まりとなる。
 咲夜が空間操作で短くしたのだ。

 (目的地8:異界の門)
 道路の行き止まりには、巨大な門がそびえ立っていた。そこからは名状し難いオーラが漏れている。
 まるで異界との境界線上にいるような、現実感の麻痺した幻想的な雰囲気を漂わせている。
 普通の人が正気を保ったまま長く留まれるような、まともな場所では無い事だけは確かである。
 「久しぶりね……青が出て行った時以来ね。」
 咲夜は何となく門に話し掛けてみる。もちろん、答える者はいない。
 「また会ったわね。十六夜咲夜。」
 咲夜の背後から、声が掛けられる。
 咄嗟に振り返り、胸元から取り出したナイフを一閃する咲夜。
 相手はすれ違いざまに、長く伸びた爪で咲夜の首を掻き切る……が、爪が砕けた。
 と同時に、咲夜の首筋に薄皮ほどの細い切れ目が走る。
  • VS 狼女(首無し女 with 狼の頭)
 「あら……いつぞやの狼女じゃないのね。……誰?」
 咲夜の目の前にいたのは、首から上が狼の頭になっている女だった。
 「この声を忘れたとは言わせないわ。ほんの数時間前に会っていたのだから。」
 「……覚えてないわね。あいにく狼の遠吠えに興味は無いの。」
 素っ気ない咲夜の台詞に、思わずコメカミがピク付き、青筋を立てる狼女。
 「だったら思い出させてあげるわ! 恐怖の記憶を、このわたくしの遠吠えで!」
 勝利条件:時間停止能力を使わずに、狼女を撃破する。
 狼女は『狼に変身する程度の能力』を使い、全身狼となって襲い掛かってくる。
 強さは今泉影狼と同じくらい。ただし、スペルカードは使用しない。
+ 負けた場合
 勝った場合、時間停止を一切使わず、狼女を完膚無きまで叩きのめす。
 「ぐぅ……強い……そんな、一度も時間停止を使わないなんて……」
 「あなたが弱過ぎるだけですわ。……思い出した。その負け犬スメルのお陰で。元ロボさん。
 今もロボ女(ロボ:フランス語で『狼』の意)だなんて、そんなに好きなのね。ロボが。」
 「!!! ……ひぐっ……そんな酷いオチ……あんまりだわ……!」
 ボロボロとなった、傷心の狼女に構う事無く、咲夜はその場を後にする。
 その時、耳元から指を鳴らす音が聞こえた。レミリアからの指示だ。
 咲夜は時間を止め、紅魔館へ戻った。

 (中間地点9:妖怪の山・大空洞前)
 咲夜は、妖怪の山の奥にある大空洞を見下ろしていた。
 レミリアからの指示で、ここから地底へ降りて、地霊殿へ向かうためだ。
 咲夜は紅魔館からここへ来るまでの事を思い出していた。

  • 伊吹萃香(小さな百鬼夜行)
 「私が調べた所、連中は地底へ潜るつもりのようだ。狙いはおそらく地霊殿と……勇儀だろうね。」
 大広間には、レミリアと、パチュリー、美鈴の他に、伊吹萃香がいた。
 萃香の言葉の後に、レミリアが続ける。
 「……というわけだ。地霊殿と旧都を頼む。地底へ行けるのは人間のお前だけだ。」
 「はい。かしこまりました。」
 咲夜が出発しようとすると、萃香が慌てて付け加える。
 「あ、そうそう。うちの霊夢も後から追い付くから、よろしくねぇ。」

 「……遅いわね。まあ、日が暮れるまで時間はまだあるから、もう少し待ちましょう。」
 咲夜は霊夢を待ち続けていた。どうやら待ちくたびれている模様。
 再び回想に入る。

 「あら……あなた達も来てたの。」
 咲夜が大空洞の前に到着すると、3人の先客がいた。
  • 霧雨魔理沙(普通の魔法使い)
 「うわっ! いきなり現れるなよ……心臓が止まるかと思った。」
 「あら……毛の生えた強心臓でも止まる事があるのかしらね。」
 「か弱い乙女のガラスのハートなんだぜ……もっと優しく気遣って表現してくれ。」
 「まあ……そんな透け透けのハートの持ち主だったなんて。道理で見え透いた嘘が多いと思ってたわ。」
 そんなハートフルな会話に花を咲かせていると、隣で準備を終えた兎耳少女が魔理沙に声を掛ける。
 「霧雨さん。準備は万全です。そろそろ行きましょう。」
 幼黄姫はそう言った後、咲夜に軽く会釈をする。
 「ああ。」
 魔理沙は返事をした後、箒に跨って、空洞の中へ飛び降りるための準備をする。
 後ろには早苗と幼黄姫が同乗している。
 (やっぱり強心臓じゃないの。こんな所から急降下だなんて。)
 魔理沙は咲夜の事が気になるのか、一応確認する。
 「お前も一緒に行くのか?」
 「……紅白のが後から追い付くから、2人で後から行くわ。(怖いからじゃないわよ。)」
 「そうか。(もう既に定員オーバーだから助かるぜ。)」
 魔理沙は箒の後ろにミニ八卦炉を装着し、スペルを唱え、ジェット噴射で急降下する。
 箒に跨った3人の姿は大空洞の奈落に吸い込まれ、あっという間に見えなくなる。

 「幼黄姫……元気でやっているようね。しかも、異変解決に関わってるそうじゃない。
 しばらく見ない間に随分見違えたわ。……よかった。あなたは味方でいれくれて。」
 久しぶりに会った元教え子の一人の元気な姿に感慨を抱いていると、後ろに霊夢の姿が見え始めた。
 「あら……遅かったじゃない。」
  • 博麗霊夢(楽園の素敵な巫女)
 霊夢は一瞬キョトンとした表情で咲夜を見詰めた後、我に返り、慌てて返事をする。
 「ああ……そうね。ごめんなさい。ちょっと色々忙しいのよ。」
 咲夜は怪訝な顔となり、疑問を投げかける。
 「……どうしたの? 私の顔に何か付いてるのかしら。」
 「んん。何でもないわ。こっちの事よ。」
 「そう……」
 霊夢は慌てて誤魔化すも、何かを隠しているのがバレバレである。しかし、咲夜はそれ以上詮索しない。
 (一瞬見違えたわ。……こいつ咲夜よね? 最近会ったばかりなのに、纏っている霊気が格段に上がってる……
 一体どんな戦いを潜り抜ければ、こうなるのかしら。)
 そして、霊夢は若干の警戒感を滲ませる。
 (今回も……そして、何度か一緒に戦った事があるけど……いつぞやの異変の時みたく、敵に回られたら……
 ハッキリ言って、勝てるとは限らないかも。)
 ここで、咲夜は何かを思い出したように、はっとした表情となり、いきなり姿を消す。
 (あら……忘れものかしらね。)
 そして、数分程経った頃、息を切らしながら、再び現れる。
 「何かあったの?」
 「……何でもありませんわ。ただの晩餐の準備です。」
 「そう……(大変そうね……)」
 その時、霊夢の腹から音が鳴った。
 (ありゃ。何かおやつでも摘まんどくんだったわ。ご飯どうしよう。)
 「巫女さん、緊張感に欠けるわね……」
 「ほっといて」

 (中間地点10:地霊殿)
 咲夜が地霊殿に着いた頃には、既に日は落ちていて、夕飯の時刻はとっくに過ぎていた。
 「あんた……お腹空かないの?」
 「私は時間操作の達人です。腹時計の操作くらいお手の物ですわ。」
 「そう……便利ね……」
 地霊殿の玄関のドアを叩いても、誰も出て来ないので、霊夢は無断で入って行った。
 鍵は掛かっていないようだ。
 咲夜は一応他人の振りをする。
 誰もいないので、咲夜は時間を止め、館の内部を探索し始める。
 すると、客間の一つに魔理沙と早苗、幼黄姫がいる事が分かったので、隠れて様子を伺う。
 時間停止を解除した後、早苗が風呂場へ向かったので、咲夜は部屋に入る。
 幼黄姫は寝込んでいるようだ。顔色がかなり悪い。疲れが出たのだろう。
 魔理沙がベッドの傍らで看病している。
 「おじゃまするわ。」
 「うわっ! 相変わらず心臓に悪い登場の仕方だな……どっかのスキマみたいだぜ。」
 「あら……壁に耳あり障子に目ありよ。気を付けなさい。」
 「目なら胸元にもあるらしいぜ。この館の主人とその妹とかな。」
 「ふぅん……それは、こわいこわい。気を付けなくっちゃ。」
 その館の主の姿がどこにも見当たらないので、事情を聞こうとした所、咲夜より先に魔理沙が切り出した。
 「ところで、霊夢は一緒に来てるんだろ? どこにいるんだ?」
 「……食事中よ。一応他人の振りしてるわ。」
 「そうか……(他人の振り?) 食堂にはさとりは戻ってるのか?」
 「いいえ……どこにもいないみたい。一体何があったのかしら。」
 「さあな……よりによってこんな時に突然いなくなるなんて困るぜ。」
 「大丈夫よ。ご心配無く。いざとなれば私がこの館のメイドに指示を出すわ。
 魔理沙も、疲れてるんでしょう? 戦いに備え、ゆっくり休んでなさい。後は私が看ておくから。」
 「お。サンキュ。じゃあ、先に入ってるぜ。」
 魔理沙は、幼黄姫の看病を咲夜に任せ、風呂場へ向かった。
 部屋で幼黄姫と二人っきりになった咲夜は、ベッドで寝息を立てている幼黄姫の寝顔を見詰めながら、
 感慨に耽っていた。

 咲夜は3人のメイド服を着た少女達の目の前にいた。
 少女達は皆ぎこちない様子で、ガチガチになりながら、直立不動の姿勢を取っている。
 その中でも、一段とぎこちなく、見っともない姿勢を取っている黒髪の少女が、たどたどしい様子で、
 自己紹介を始めた。
 「お……私の名は、『幼黄々(よう・きき)』です。人里生まれで山暮らしをしていました。
 元はお……男でしたが、山の崩落事故に巻き込まれた際、首無し少女の体に頭を移植され、女になりました。
 その後、永遠亭でしばらくお世話になり、その後は人里の食堂などで、大食い芸で食い繋いでおりました。
 ……よろしくお願いします。」
 咲夜は即座に冷たく言い放つ。
 「はい。駄目。全くなってない。あんた男? もっと女らしくしなさい。」
 「すみません……」
 「謝り方も駄目。声からして駄目ね。まるで男の声をボイスチェンジャーで高くしたみたいな……
 何それって感じ。気持ち悪いわ。……正しい発声練習からね。言葉遣いは……まあ努力は認めるけど。」
 気持ち悪いと言われ、咲夜の目の前の少女はズーンと落ち込む。
 「はいはーい。十六夜センセー。」
 そこに、頭だけの少女が(手も無いのに)挙手する。
 「何でしょう。黄鬼さん。」
 「幼さんの女らしさについては、女の子歴の長い私に任せてください。体で覚えさせますから。」
 咲夜は怪訝な顔となり、聞き返す。
 「どうやるのかしら?」
 聞かれると、すぐに黄鬼は自分の頭を霊体に変え、幼黄々の頭に重ね、憑依してみせた。
 すると、頭だけが黄鬼のような感じとなった幼黄々は、女らしい仕草で立ち上がり、挨拶して見せる。
 「私の名は『黄鬼喫姫(きき・きっき)』です。食用人間飼育場の首塚から生まれた黄人間の怨霊で、
 抜け首妖怪です。生まれてからしばらくの間、親とはぐれた女の子の体を操りながら力を蓄え続けて
 来ました。今では一人前の妖怪として自由気ままに活動しております。よろしくお願いします♪」
 咲夜は一瞬目を見開いたが、すぐに冷たい眼差しに戻り、駄目出しをする。
 「まだまだね。ただのぶりっ子ぶったクソガキって感じ。メイド見習いすら程遠いわ。」
 あまりの酷評ぶりに、黄鬼の顔が思わず引きつる。脇で見ている他の2人は呆れた顔をしている。
 「ク……クク……クソガキ……」

 「あの頃は、ホントにお転婆だったわね……今では考えられないくらいに。もうすっかり見違えちゃって。」
 咲夜は、まるで妹を見守るかのような優しい眼差しで、幼黄姫の寝顔を見続けていた。
 「お風呂上がりました。」
 風呂場から早苗が戻って来た。
 回想に耽っていた咲夜は現実へと返り、早苗に挨拶する。
 「巫女さん、こんばんは。」
 「あ……こんばんは。」
 そして、咲夜は幼黄姫の看病を早苗に任せ、風呂場へ向かう。
 「……後は任せたわ。」
 「はい。」

 しばらくして、館の主である古明地さとりと、妹のこいしが戻ってくると、咲夜は夕食の残りを御馳走になり、
 ようやく長旅での疲れと空腹を癒す事ができた。
 「咲夜さんは眠らないんですか?」
 心配そうに早苗が聞いてくるが……咲夜は表情一つ変えず、淡々と答える。
 「いつも夜型だから、平気よ。」
 「あ……ご主人様がそうでしたっけ。」
 「ええ。人じゃないけど。」
 冗談交じりの会話を交わした後、魔理沙、早苗、霊夢の3人は寝床に就き、咲夜は一晩中、幼黄姫の看病をする。
 「少し……疲れたわね。ちょっとゴメンね。」
 咲夜は周囲の時間を遅くし、自身の時間を加速させ、仮眠をとる。
 この場合、彼女の周囲のみ、時間を60倍遅くし、その中で自身の時間のみを60倍加速する事で、同じ世界の中で
 時間の流れに差が生まれ、バネのように揺り戻されるため、彼女の時間のみが3600倍に加速する結果となる。
 この世界の実時間にしておよそ8秒。彼女にとってはおよそ8時間分の睡眠がとれた。
 時間を完全に止めたまま眠れば、零時間で好きなだけ眠れるだろうが、彼女はそれを敢えて避けている。
 もし、目覚めなかったら、止まった時間のまま、誰にも気付かれなくなる恐れがあるからだ。
 それに、世界そのものを止めてしまったら、元に戻らなくなると皆が困る事になる。
 だから、時間を止めている間は決して倒れたりしないよう、常に気を付けているのだ。
 なお、時間を止めっぱなしにしておくと、どこかから苦情が来そうな気がするという理由もある。

 咲夜が仮眠を終えて程なく、旧都の方から轟音が聞こえてきた。
 霊夢達は目を覚ますが、幼黄姫は目覚める気配が無い。完全に安静モードに入っているのだ。
 咲夜はこのまま叩き起こしても、彼女は碌に動く事もできず、また倒れるだろうと予測し、疲れが取れるまで
 休ませる判断をした。ただし、時間を大幅に早回しにした上での事である。
 実時間にして1秒、咲夜と幼黄姫にとってはおよそ半日分の時間が経過した頃、幼黄姫は目覚めた。
 「体は動かせる?」
 「あ……十六夜先生……」
 幼黄姫はしばしの間ボーっと咲夜の顔を見詰めた後、我に返り、慌てて佇まいを正した。顔は真っ赤である。
 「どうやら、大丈夫そうね。」
 咲夜は幼黄姫の体を支え、ゆっくりとベッドから立ち上がらせるが、幼黄姫は僅かに体をよろめかせる。
 病み上がりのせいで、思うように力が入らない様子。
 貧血の上に夕食を少ししか取っておらず、栄養不足なのだろう。
 「……あれから、かなり鈍ってるわね。永遠亭は待遇がいいのかしら。医者の不養生というのは嘘のようね。」
 咲夜は呆れたように言い放つ。
 「……へ?」
 言われた幼黄姫のほうは、うまく飲み込めていない様子。
 「しゃんとしなさい。あなたは『半人前』のメイド見習いなのだから。異変解決でどれだけ忙しかろうと、
 それしきの事くらいで倒れて居眠りするなんて、だらしない真似はウチじゃ許されないわよ。」
 咲夜のナイフのように冷たい目線が幼黄姫を貫き、彼女は反射的に直立不動の姿勢となる。
 「は……はいぃっ!」
 まるで軍隊の鬼教官と教え子の新兵のようだった。場に緊張感が漲る。
 「……楽にしてよろしい。」
 咲夜の号令により、幼黄姫は緊張を解き、リラックスした姿勢となる。
 ついさっきまでとは見違えるように、凛とした佇まいへと早変わりしている。
 「……何をしているの? さっさと着替えて行くわよ。急ぎなさい。」
 「……はい!」
 幼黄姫はすぐに急いで着替え、咲夜と共に地霊殿を出発した。

 (最終決戦開始)
 時間を少し遡る。
 場所は地底の旧都。
 その上空に、天蓋の中から顔を覗かせ旧都を見下ろすようにして、黄鬼達5人は佇んでいた。
 「……オペレーション『ラグナロク(神々の黄昏)』を開始するわ。……準備はいい?」
 リーダーの黄鬼の呼び掛けに、他の4人が頷く。
 「……用意……進め!」
 号令と共に、黄鬼淋を除く4人が天蓋から飛び降り、同時に、黄鬼淋がスペルを発動する。
 土龍「ヨルムンガンドの目覚め」
 旧都全体が地響きに襲われ、地面から巨大な岩石で作られた蚯蚓のゴーレムが何体も出現し、
 建物を次々と飲み込んで壊していく。
 そこから、一本角の鬼が現れ、宙を舞う黄鬼目掛け、真正面から殴り掛かって来た。
  • 星熊勇儀(語られる怪力乱神) VS 黄鬼一派
 「チェストォォォォォ!!!」
 全身に鬼気を漲らせた地獄の鬼が、拳を振りかぶる。風圧だけで押し飛ばされそうである。
 その拳が届く寸前、黄鬼は両手を伸ばし、微かに見える魔力の糸を下へ引っ張る。
 すると、上から4人の人形少女達が勢いよく急降下してきて、入れ替わるように、黄鬼本人は
 勢いよく上へ引っ張られていく。
 勇儀は一瞬、それに気を取られ、上を見上げるが、黄鬼の後ろには黄鬼一発が構えており、
 極大レーザーを撃つ準備は整っていた。
 緋金「アルティメットスパーク」
 回避・防御不能なプラズマの奔流が勇儀の体を飲み込む。
 この世に実体を持つ生物であれば決して無事では済まないであろう高熱の炎とプラズマと
 レーザーが合わさった殺戮光線だが、勇儀は難なく耐え抜いた。鬼は格が違うという事か。
 「……痛くないねぇ。」
 と、次の瞬間、勇儀の頭上の死角から、4人の人形少女達が勇儀の両肩と背中に4本の剣を突き刺す。
 しかし、この世のものとは思えぬほど堅く強靭な筋肉に押し戻され、剣が突き刺さらず止まっている。
 「針ツボマッサージか……次は足腰を頼むよ。」
 そう勇儀が言い終わるや否や、思いっ切り前のめりとなり、逆立ち状態のまま両脚を後ろに蹴り上げ、
 それだけの動作で、4人の人形少女達を弾き飛ばしてしまった。
 まるで強靭な後ろ足を持つ草食獣の蹴りを喰らったかの如く、人形少女達の肋骨はズタズタとなり、
 人形の頭部はひび割れ、あっという間に戦闘不能になった。
 「おや……加減を間違ったかな?」
 勇儀は逆さになりながら、ボロボロの人形少女達を見下ろしつつ、飄々と言い放つ。
 次の瞬間、勇儀の片足のふくらはぎの部分に歯型のような模様が付き、僅かに出血する。
 「!!!」
 本能的に、自分がどんな攻撃を受けているのかを把握した勇儀は、ふくらはぎに力を込める。
 すると、出血は止まり、歯型は徐々に小さくなり、跡形も無く消え失せてしまう。
 「あぁ……そういえば、マッサージされてるのはこっちだったっけ。」
 そう言い放つや否や、勇儀は歯型の無いほうの脚を思いっ切り前に蹴り上げ、体を一回転させつつ、
 サマーソルトキックを前方の見えない敵にクリーンヒットさせる。
 鉄がひん曲がったような金属音が鳴り響き、遥か下のほうの地面に砂埃が立ち、激突音が鳴り響く。
 「……どうやら攻守の順番を間違えたようだ。悪い悪い。あっはっはっは!」
 地面に激突があった場所には、顔面が大破した黄鬼一発の体が血塗れで横たわっていた。
 「姿を隠して不意打ちしようったって無駄だよ。隠れてても肉体があれば当ててみせるから。」
 黄鬼一発の屍を見下ろし、余裕の表情を見せる勇儀。その背後から、妖怪少女が羽交い絞めにする。
 だが、並の妖怪程度の膂力では、鬼相手に到底敵うはずも無い。
 勇儀はまるで軽めのリュックでも背負っているかのように、全く気にする事無く周囲に注意を払う。
 その時、妖怪少女が勇儀の背後に死角を作り、そこから黄鬼戒が勇儀の頭を鷲掴みにする。
 そして、勇儀の頭から心を引っこ抜こうとした時、勇儀の全身に阿修羅のような殺気が迸り、
 まさに鬼の形相となり、逆に黄鬼戒のほうが心を引っ張られそうになる。
 「ほう。ようやく人間らしい人間に会えたよ……これで手加減無しでぶん殴れる。」
 今までとは打って変わり、明確な怒気を孕んだ勇儀の言葉に、黄鬼戒は思わず竦んでしまう。
 最早手加減の必要は無くなったとばかりに、勇儀は後ろを振り返り、思いっ切り拳を振りかぶり、
 妖怪少女もろとも、一撃で黄鬼戒を葬り去るための拳を繰り出した。
 ……その瞬間、がら空きとなった勇儀の全身に赤い液体が纏わり付き、妖怪少女が離れた次の瞬間、
 液体が勇儀を巻き込んで大爆発を起こした。
 「きゃははは!! これがホントの鬼火って奴ね!」
 全身火達磨になった勇儀のほうを指差し、黄鬼羅羅がケタケタと笑っている。
 それに反応したのか、勇儀の全身から炎が掻き消え、バリアのような闘気に包まれる。
 今までとは段違いのスピードで、あっという間に黄鬼羅羅の眼前まで間合いを詰め、音速のパンチを一閃。
 そこにいた相手を粉々に吹き飛ばした。
 ……いや、そこにいたと思われていたのは、ただのダミー人形で、岩石によって作られたゴーレムだった。
 「「「きゃはははは!! 鬼さんこっちら♪ 手の鳴るほ~うへ♪」」」
 勇儀の周りには、いつの間にか現れた数体の分身がいて、皆それぞれ手を叩きながら笑っている。
 いい加減このままでは埒が明かないと思ったのか、勇儀は遂に、今まで取って置いたスペルを発動した。
 四天王奥義「三歩必殺」
 一歩毎に周囲を高密度の弾幕で埋め尽くし、三歩目で視界の届く限り全てを弾幕の嵐に変え、
 敵の逃げ道を完全に塞ぐ技である。……攻略法は、『決して逃げない事』のみ。
 しかし、今の黄鬼達にとって、それは自殺と同じ事であり、選択肢としてあり得ない事だった。

 黄鬼は知人との会話を思い出していた。
 「鬼の歩幅? ……んふふ……それはきっと、人のより途轍もなく大きいだろうねぇ。」
 「どのくらい大きいのか分かる?」
 「それは……鬼さんに確かめてみないと分からないかなぁ。」
 「でしょうね……じゃあ、世界よりも大きいのかしら。」
 「それは無いんじゃないかな。」
 「どうして?」
 「歩くからだよ。世界の中をね。世界を跨ぐ程大きければ、わざわざ歩く意味など無いからね。」
 「なら、鬼から逃げるには世界の外に出て行くしかないわね。」
 「……んふふ。そうだねぇ。でも、鬼だって、いつもいつも世界中を動き回るわけじゃ無いんだろう?」
 「……何が言いたいの?」
 「弾幕勝負をするにしても、その度に一々世界中を巻き込んでいたら、世界が滅びてしまうから、
 無意識のうちに範囲を決めてあると思うんだ。鬼ごっこでもそうだろう? 公園から出るの禁止とか。」
 「……ああ、なるほど。じゃあ、公園の外に逃げちゃえば勝ちなのね。」
 「反則負けだろうけどね。」
 「それは別に構わないのよ。反則負けでも死なないから。」

 黄鬼は、上空に向け、ピストルで号砲を鳴らした。
 天蓋の中に潜んでいる黄鬼淋が、合図に従い、準備しておいた新たなスペルを発動する。
 歪地「ランドスライダー・ワールド」
 地面を撹拌して、地上の広い範囲にある物の位置をずらす、大掛かりな術である。
 黄鬼淋、黄鬼一発を除く、黄鬼達3人は瞬時に地面へ着地し、術に乗って、旧都の外側まで逃げる。
 逃走経路確保のため、予め旧都と離れた場所の空き地を術で繋いでおいたのだ。
 瞬間移動や口寄せに近いかも知れない。
 「なるほど……だが、まだまだ甘いね! それならリングを広げるだけだ!!!」
 勇儀は、周りへの被害などお構いなしに、明らかに地底全てを巻き込む規模の弾幕の嵐を展開した。
 それは、地霊殿や灼熱地獄跡、間欠泉地下センターをも巻き込んでしまう事を意味していた。

 鬼の巨大な気配が、周りの空間全てに充満したのを感じ取った咲夜は、咄嗟に時間を止め、
 空間を操作する事で、旧都と地霊殿の間に時空間の壁を作り、旧都から飛んでくる弾幕を堰き止める。
 そして、周りにいる仲間にも、バリアを作るよう合図を送る。
 霊夢は第六感で既に分かっていたのか、いち早く強力な二重結界を張っていた。
 魔理沙はバリアを打ち破って漏れてくる流れ弾をレーザーで全て撃ち落とす。
 早苗は神の加護により、地霊殿、灼熱地獄跡、間欠泉地下センターが奇跡的に助かる確率を上げる事で、
 バリアがカバーしきれない範囲から飛来する弾幕の嵐を凌げるようにする。
 そして幼黄姫は、鈴仙の能力を使い、弾幕の嵐の波長を操作し、できるだけ物理的被害が出ないよう、
 弾幕の存在そのものを世界から感じられなくしてしまう。
 お陰で、旧都以外での被害は軽微で済んだ。

 旧都は完全に崩壊していた。建物は全て全壊し、更地と化しており、人一人いない。
 「あはは……やり過ぎたかね。こりゃ……」
 辺りを見回しながら、勇儀は若干呆れ顔で、頭をポリポリと掻いていた。
 その時、足元から力が抜けて行く感覚に見舞われる。
 「!?」
 勇儀は反射的に飛び退こうとすると、両足が地面から生えた手に掴まれる。
 「なんだ……そこに逃げてたのかい。」
 「……何も水平方向だけに逃げるとは限らないわよ。こういう使い方もあるの。」
 (これで、あなたの力も頂いたわ。)
 勇儀の足を掴んでいたのは黄鬼だった。地面から顔を出して答える。
 「ほう……じゃあ、次はどうやって逃げるのか……見せてくれないか?」
 そう、飄々とした感じで切り返す勇儀だが、全身から爆発的な力が迸り、黄鬼の両手が弾け飛ぶ。
 「!!!???」
 恐らく脚の筋肉に力を込めただけなのだろうが、それだけで、黄鬼の手の指はひしゃげていた。
 「ほらよっ!!!」
 勇儀は地面に向けて拳を思いっ切り振りかぶり、黄鬼の頭に打ち下ろした。
 黄鬼は意識が飛んだまま、まるでボーリングのように地中深く撃ち込まれ、姿が見えなくなる。
 そして、そこを中心として、旧都全体に大きな地割れが広がって行く。
 ……強大な鬼の力の前に、黄鬼は敢え無く沈黙。戦闘不能となった。

 (キッキちゃん……起きなさい……まだ勝負は付いてないわよ……)
 体温の全く感じられない、完全な真っ暗闇の中、耳元から囁き声が聞こえる。
 黄鬼は、停止しかけた頭で、その声を聞こうとするが、思考すらままならず、聞き取れない。
 (あ……あ……え……)
 物理的に、あるいは超常的な力によって、頭部に壊滅的なダメージを受けたため、
 黄鬼の精神は壊れかけていた。
 (あい……?)
 (キッキちゃん……気が付いたのね! 返事をして? あたしが分かるかしら?)
 (え……あ……らら……あらし……ろうなってんの?)
 (……相当ね……鬼に脳天をやられたのよ……今、キッキちゃんの体のほうを治してるから……
 あなたは怨霊だからすぐに元通りになると思うけど……記憶までは戻せないから、覚悟してね……)
 (うん……わかっら……えへへ……ありがろう……)
 すぐに全身から熱気のようなものが感じられるようになり、頭も徐々にハッキリしてくる。
 が、頭頂部にツンとした痛みと痺れを感じ、思わず頭を抱えてしまう。
 (ああ……思い出した……でも、脳天……打たれた所は記憶に無いわ。……飛んだっぽいわね。……いてて……)
 一旦、実体化を解除した後、落ち着いて自己のイメージを整え、再び実体化する。
 そうすると、頭の痛みは完全に癒え、元通りとなった。
 「……記憶の一部が欠落したけど、問題ないわ。作戦続行よ。今の状況は?」
 (戒がやられたわ……あたしと淋が何とか時間を稼いでいる所。)
 「そう……勇儀は、まだ『オーラを纏っている』のかしら?」
 (え……ええ。とても近付けそうに無いくらいに。)
 「分かった。また……アレをやるわ。援護お願い。」
 そう告げる黄鬼の体からは、今までとは異質なオーラが漂い始めていた。

 勇儀は、いつまでもダラダラと逃げ続ける黄鬼羅羅(と黄鬼淋)に苛立ちを感じ始めていた。
 「時間稼ぎのつもりかい……? 無駄だよ! 私はスタミナが多いほうでね……。好きなだけ喧嘩できる。
 ……ただね、無駄に長引かせるのは嫌いなんだよ。さっさと終わらせてしまおうか!!
 上でこそこそ隠れてるアンタもな!!」
 どうやら、黄鬼淋の隠れ場所も把握していた様子。呼ばれた黄鬼淋に戦慄が走り、思わず手が震える。
 そして、勇儀は2枚目のスペルを発動させた。
 力業「大江山颪」
 上空から無数の大玉が出現し、地上へ向け隙間無く一気に降り注ぐ。
 地上に残っている物全て、嵐のような弾幕の餌食となる。勇儀一人を除いて。
 勇儀の体は絶大な鬼の気に覆われており、誰一人寄せ付けない。弾幕さえも。
 (!?)
 唐突に、勇儀の視界が暗転した。
 (…………)
 その事に彼女自身気付いてはいない。何も考えられないからだ。
 そして気が付くと、真っ暗な視界で何も聞こえない中、徐々に体の感覚がハッキリしてくる。
 背中から何者かに羽交い絞めにされているようだ。
 (……何だ? 私は一体何をしてるんだ……? そうだ……弾幕を撃ってる最中か……
 何をしたのか分からないが、こんな子供騙しに引っ掛かると思ってるのかねぇ。
 鬼を舐めるんじゃないよ……)
 勇儀はこのような状況でも、一切心乱さず、全身の感覚を頼りに、弾幕を継続する。
 しかし、徐々に違和感のようなものが増していく。
 (何だってんだ……? 何だかいつもより疲れるのが早いな…………力が抜けて行く……)
 そして、徐々にではあるが、視界が明るくなり、音も聞こえるようになってくる。
 (妙に頭が冷えてる気がするな……というか……背中のほうからも冷えが伝わって来る……)
 勇儀が後ろを振り向くと、背中から彼女を羽交い絞めにしている黄鬼がいた。
 「!!!!! ……何やってんだ!? 離れろ!!!」
 振りほどこうとするが、思いの外力が強く、ビクともしない。
 「あら……もうお目覚め? 早起きなのね。」
 黄鬼は、そう冗談めかして答えると、両腕から冷気を発し、勇儀の全身を凍り付かせる。
 もちろん、鬼である勇儀にとって、凍らされた所で致命傷にはなりえない。
 全身にオーラを漲らせ、氷をあっという間に溶かす。
 「……まだそんな力が残ってるなんて……鬼は、計り知れないのね。」
 黄鬼は心底感心しているのかしていないのか、少し小馬鹿にした様子で驚いて見せる。
 「ああ……地底の鬼の力は、まだまだこんなものじゃないさ。もっと見せてやるよ。
 ……駄目になるまで付いて来な!」
 勇儀は相変わらず、余裕の姿勢を崩さず、堂々とした受け答えを続ける。しかし……
 「でも……いつまでその余裕が続くかしら? ……これを見ても笑ってられる?」
 そう黄鬼が言った次の瞬間、黄鬼の全身から鬼のようなオーラが迸る。
 「!!??」
 勇儀の顔に、初めて警戒の色が現れる。
 「……頂いたわ。あなたの『怪力乱神を持つ』程度の能力。」
 「はは……何だそれ……鬼の目の前で嘘はいけないなぁ。」
 勇儀は笑って見せるが、心なしか、言葉に迫力が無くなっている。
 しかし、すぐに思い直したように、表情を切り替え、覚悟を決めた顔に変わる。
 「面白い……一度やってみたかったんだ……私と同じくらい強い奴とのタイマン勝負。
 萃香もいいけど、あいつは呪術的なもののほうが得意だからな……」
 その勇儀の様子を見ていた黄鬼は、底知れない恐怖と共に、得体の知れない渇望を感じるようになる。
 一度でいいから、強くなった自分の力を思いっ切り強者にぶつけてみたいという。
 だが……
 (うふふ……まだ駄目よ……ていうか、私はあなたと喧嘩をしに来たわけじゃないのよ……。ゴメンね鬼さん。)
 黄鬼は全身の震えを必死で抑えながら、頭を冷静に保ち、徐々に呼吸を落ち着けていく。
 (これは勝負ではない……『狩り』よ。鬼の気という多力を得られる至上の肉を喰らうためのね。
 星熊勇儀……お前は我々と言う『フェンリル』に一飲みにされる……戦いの神『オーディン』なのよ。)
 その様子を見ていた勇儀は、相手にその気が無いのを察し、頭を掻きながら、困ったような表情をする。
 そして……唐突に上空へ飛んだ。
 (!!! 狙いは淋!?)
 勇儀は天蓋目掛けて一直線に飛び、拳を思いっ切り振りかぶる。次の瞬間……
 (させない!!)
 黄鬼は咄嗟に拳銃を取り出し、勇儀を狙い撃ちにする。銃弾は一瞬で勇儀のコメカミを捉え、命中する。
 「!!! 今……何した?」
 振り向いた勇儀は、既に阿修羅の形相となっていた。コメカミの辺りから血が流れている。
 銃弾は弾かれ、皮膚に浅く傷を付けただけのようだった。しかし、勇儀の怒りに火をつけた模様。
 「喧嘩に……銃なんぞ使ってんじゃねぇ!!!!!」
 勇儀の大音声が地底全体にこだまする。耳が張り裂けそうな音の振動は、弾幕へと変化を遂げる。
 鬼声「壊滅の咆哮」
 黄鬼は咄嗟に頭の実体化を薄くし、鼓膜を大音声から守る。
 黄鬼羅羅も、一応耳を塞ぐ。もっとも、彼女の頭部は液体なので、音の攻撃は効かないが。
 だが、あまりに強大な音の振動のせいで、拳銃の弾倉が暴発してしまい、黄鬼は思わず銃を落としてしまう。
 「つっ……!! 危ね……! あいつの前で銃は地雷だったか……(咄嗟に使っちゃっただけなんだけど。)」
 一瞬、怖気づく黄鬼だったが、遠くを見るような目で何事か考えた後、手で合図を出す。
 すると、旧都の外で待ち構えていた別働隊の人形少女達が、望遠スコープを覗きながら、ライフルを構える。
 (だが……喧嘩じゃないから銃を使う! 敢えて地雷原に踏み込む!! 怒らせるのが却って好都合!!!)
 そして、人形少女達が一斉に勇儀を狙撃する。
 全弾命中。勇儀にダメージは無い。が……
 勇儀の顔は、最早阿修羅とすら呼べない程、喩えようのない程の怒りに満ち満ちていた。
 (勇儀……お前は、その鬼の力故に、喰われる定めなのよ! 怒り狂って死ね!!!)
 だが、唐突に、勇儀の顔から表情が消える。
 「あー……もうやめやめ。つまらん。あんたらやっぱ雑魚だわ。私が本気出してやる価値も無い。」
 突然の勇儀の豹変に、黄鬼は狐につままれたような顔となる。
 「一発だけ殴らせてやるから、どっからでもかかってきな。それで倒せたら、あんたらの勝ちだ。
 ただし、倒れなかったら、今度は私が一発お見舞いする。……それで終わりだ。」
 黄鬼は怪訝な顔となるが、一考した後、魔力の糸でどこかから隠してあった剣を引き寄せ、構えを取る。
 「なるほど、剣か。それでもいいよ。遠慮なく斬ってくれ。」
 勇儀は動じない。たとえ剣で斬られても絶対に倒れない自信の表れだろう。
 黄鬼は、その自信ごと叩き切ってやろうと言わんばかりに、剣に鬼のようなオーラを込める。
 そして、刺突の姿勢のまま、一気に間合いを詰め、勇儀の喉元目掛け、突きを放った。
 「しねェえぇぇぇぇぇぇー!!!!」
 その瞬間、金属が砕ける音が天蓋に鳴り響く。
 勇儀の喉元に僅かに突き刺さった剣が、押し戻され、粉々に砕けたのだ。
 喉元には僅かに傷が付いているだけで、ほぼノーダメージだった。
 攻撃が跡形も無く無効化され、大きな隙ができた所に、勇儀はカウンターパンチを放つ。
 黄鬼のどてっぱらに強力無比な鬼の拳が全力で撃ち込まれ、背中から目に見える形で、衝撃波が迸る。
 (……!!!)
 一瞬、白目を剥いてしまい、そのまま意識が飛びそうになるが、黄鬼は気力を振り絞り、何とか堪えた。
 しかし、内臓はほぼ全て破裂し、背骨は砕け、心臓も止まった。瀕死は確実である。
 「ぐば!!! ま…………」
 もう声も出ない。全身を痺れが襲い、体が動かなくなる。……が、黄鬼は気力だけで勇儀の腕を掴んでいた。
 (……これでいい。狙い通り!)
 黄鬼の顔には、脂汗が浮かんでおり、目は完全に正気のものでなくなっていた。
 「おや……まだ意識を保ってられるなんて……結構タフだねぇ……鬼に二言は無いから、私の負けでいいけど……
 このまま放って置いても死にそうだから、今楽にしてやるよ!」
 勇儀は相手の最後の気力と体力を刈り取るため、頭を大きく仰け反らせ、頭突きの構えを取る。
 そして、額から生えた一本角が突き刺さるのもお構いなしに、思いっ切り頭突きをお見舞いする。
 「あ……か……!!!」
 気力が途切れたせいか、頭突きの威力に耐えられなかったのか、黄鬼の頭が胴から千切れ、体を残し、
 頭だけ飛ばされ、地面に激突する。
 それから少し遅れて、力の抜けた体が、勇儀の腕から離れ、地面へ真っ逆さまに落ちていく。
 「あらまぁ……首が抜けちゃったよ。抜け首らしいけど、本当に抜けるもんなんだねぇ。」
 勇儀は黄鬼が動かなくなったのを見届けた後、天蓋のほうを見上げ、狙いを変える。
 「さて……残りは……2人かねぇ。名残惜しいけど、そろそろ締めと行こうか。負け宣言した所で、
 大人しく処刑されるつもりは無いし、相手の息の根を止めない限り、喧嘩は止みそうにないからねぇ。」
 その様子を瓦礫の陰から覗いていた黄鬼羅羅は、黄鬼喫姫の頭と体が地面に激突する際に、
 地面に細工を施し、爆発を人工的に起こす事でまともに激突したように見せ、黄鬼の頭と体をそれぞれ、
 衝突寸前にダミーとすり替えておいた。
 そして、黄鬼の頭と体を繋ぎ合わせ、紅い液体を注入して、怪我の快復を急ぐ。
 (キッキちゃん……予言は絶対当たるから……安心して……勝つまで戦い続けなさい。
 あなたは絶対に死なないって……星の魔人も仰せになってるわ。)

 勇儀は天蓋目掛け、拳を撃ち込むために構えるが、後ろから岩石でできた蛇のゴーレムが襲い掛かったため、
 振り向きざまに踵回し蹴りをお見舞いし、ゴーレムを蹴り砕いた。
 「陰からこそこそと……私の一番嫌いな軟弱なチキン野郎だ……一体どんな顔してるのか見てみたいよ!」
 それから間髪入れず、旧都の地面と天蓋の両面から無数の大蛇のゴーレムが出現し、まるで餌に喰いつく
 養殖ウナギのように、勇儀目掛けて入り乱れるように喰い付いた。
 だが、勇儀の体は鬼のオーラで覆われており、岩石であっても全く歯が立たず、触れるだけで粉々になる。
 「さて……このまま顔を拝みに行くとするよ。」
 勇儀はまるで散歩にでも出掛けるかのような、のほほんとした佇まいで、霧か小雨にでも当たるように、
 岩石の蛇ゴーレムの大群を突っ切りながら、天蓋へ向けて上昇していく。
 その時、粉々になったゴーレムの中から勇儀の角を掴む手が現れる。
 「あんたの弱点……見付けたわ!」
 黄鬼が、勇儀の頭に生えた角を頭上から掴んでいたのだ。
 全身に纏っている鬼のオーラに弾かれる事も無く、勇儀の頭の上を踏み台にしている。
 この行動が、勇儀の怒りに再び火を付けた。
 「おい……誰が頭を踏ん付けていいと言った?」
 勇儀の顔に、どす黒い闇が現れる。
 そんな様子を知ってか知らずか、黄鬼は上から目線で相手を小馬鹿にした分析をし始める。
 「そう……あなたはその強さと真っ直ぐさ故に、プライドが高過ぎ、怒りの沸点が低すぎる。
 生まれついての強者だから……弱者のように理不尽を強いられると、冷静ではいられなくなる。」
 「……黙れ。そして降りろ……今すぐ。」
 「そして、それこそが……あなたの命取りになる。」
 「……黙れェェェェェェ!!!!!」
 勇儀の全身から、大音声と共に、強大なオーラと衝撃波が入り混じった破壊空間が広がる。
 もはや、スペルですらない。避ける隙間も何もない、無秩序な破壊そのものであった。
 天蓋にクレーターが生まれ、徐々に深く広がって行く。
 ……だが、黄鬼は涼しい顔で勇儀の角を掴んだまま、頭の上に乗っていた。
 「……ご馳走様。美味しく頂いたわ。」
 気付いた時には、もう遅かった。
 勇儀の全身から、かつてのような鬼のオーラの大半が失われ、全身を無力感が襲う。
 「え……? 何だこれ……」
 いつの間にか黄鬼は勇儀の頭上から消えていた。
 次の瞬間、勇儀の背中から胸にかけて、強大なオーラを纏った剣が突き刺さり、貫く。
 「さようなら。絞りカスは好きじゃないけど、出されたものは残さず食べなさいって、
 厳しく躾けられたの。だから、残りはうちの仲間達とで美味しく頂かせて貰うわね。」
 そう言い終わるや否や、黄鬼は剣を勇儀の背中から引き抜き、その場から離れる。
 そして、いつの間にか復活していた黄鬼一発がレーザー光線で勇儀の全身を射抜き、
 穴だらけにした後、黄鬼羅羅が本体である赤い液体生物を勇儀の体に纏わりつかせ、
 直後、一気に爆発させる。

 ……あっという間の出来事だった。
 ボロ雑巾のようになり、角を掴まれ、力無くぶら下げられている勇儀が、そこにいた。
 その周りを黄鬼達5人が取り囲んでいる。
 あまりの急展開のため、遠巻きに見ていた者達が割り込む隙など無かった。
 しかし、勇儀が負けた今、黙って見ている理由は無くなった。
 恋符「マスタースパーク」
 魔理沙のミニ八卦炉から放たれた極大レーザーが、黄鬼達を飲み込んだ。
 ……かに見えたが、別のスペルで押し返され、相殺される。
 緋金「アルティメットスパーク」
 黄鬼一発が咄嗟に放ったのだ。エネルギーを溜めずに撃ったので、威力は低い。
 しかし、魔理沙のスペルも本気ではなく、威嚇目的だったので、相殺できた。

 (最終決戦・最終局面)
 咲夜:「これは……許されざる事ね。放って置いたら、幻想郷の勢力図が塗り替わるわ。」
 霊夢:「そうね……これは異変よ。妖怪の平和を乱す輩は、幻想郷をも脅かしかねないわ。」
 魔理沙:「それは別にいいが……勇儀をあんな風にする奴らは、私がただじゃ置かないんだぜ。」
 早苗:「ですが……地底の鬼を相手にあのような逆転劇を演じる方々と、どう戦えばいいのでしょう。」
 幼黄姫:「ここまで来たからには、もう後戻りできないでしょう。私達も腹を括りましょう。」
 5人それぞれ感想を言い終えてから、黄鬼達に一斉に挑みかかる。

  • 十六夜咲夜 VS 黄鬼喫姫(異変の中心人物)
 「十六夜センパイ……もうあなたなんかに負けませんよ。」
 「あら……いつ私があなたと戦うと決まったのかしら。まだまだ半人前のひよっ子の癖に。
 精々、同じ半人前の姉妹弟子と戦ってなさい。勝ったら相手してあげるから。」
 「くっ……! その選択、後悔しないといいですね。可愛い元教え子を一人失うかも知れませんよ?」
 「それは悲しいわね。あなたを失うなんて。謝るなら今のうちよ。」
 「……ご冗談を!」
 「冗談じゃないわ。精々頑張りなさい。」
  • 幼黄姫 VS 黄鬼喫姫(一人でも百人力な妖怪)
 「久しぶりね。キッキちゃん。」
 「……その呼び方で気安く呼ばないで頂戴。私はあなたなんか仲間と思った事は一度も無いわ。」
 「本当にそう? あなたが一番良く分かってると思うけど。」
 「……私がスキマ妖怪への復讐を決めたその日から、あなたとは絶交したわ。だから誘わなかった。
 他に、青人間と赤人間のあいつらを誘ってみたけど、どちらからも返事が無かった。
 だから、わざわざ自分で手駒を用意して、着々と準備を進めてきたってわけ。」
 「嘘……」
 「これ以上、話す事など何もないわ。まずはあなた……次に、十六夜先生。
 スキマ妖怪に勝つまで、邪魔者は全て排除し続ける。それだけよ。」
  • 霧雨魔理沙 VS 黄鬼一発(無慈悲な人間砲台)
 「弾幕は、パワーだ。私にパワーで挑もうなんて、いい度胸だな。」
 「いいえ。それは違います。霧雨魔理沙。弾幕は……プロセスです。」
 「あん? プロレス? たしかに見世物的でもあるな。だがパワーのほうが大事だ。
 私はいつでも本気だからな。三味線弾いたり、台本通りなんてのはあり得ない。
 どっちがより大事か、互いの大事なものを賭けて勝負しようぜ。」
 「いえ……プロレスではなくプロセスです……」
 「私が勝ったら、お前の一番大事なものを、死ぬまで借りるんだぜ。」
 「分かりました。(……もういいです。)」
  • 博麗霊夢 VS 黄鬼羅羅(名状し難き紅の水)
 「あーら……また会ったわね。邪教徒の巫女気取り。」
 「それはこっちのセリフよ! 少なくともあんたみたいな妄想電波よりは正統よ。」
 「じゃあ、神様の名前言ってみてよ。星の魔人より偉大なる存在など、あり得ないわ。」
 「ぐっ……!?」
 「あれれぇ~? 言えないのぉ~? うっそ~ん!」
 「……みだりに名前を口に出してはいけない程、高貴な御方なのよ! あんたには教えない!」
 「あらまぁ……何て恥ずかしがり屋な神様なのかしら。その名を知らしめてこそ、信仰も広がるというのに。
 そんなだから、あそこの神社には里人は誰も寄り付かないのね。きゃははは!」
 「……ころす!!!」
  • 東風谷早苗 VS 黄鬼戒(魂吸い女) & 名も無き妖怪少女(操られる妖怪人形)
 「とうとう、ここまで追い詰めました。妖怪さんの心を抜いて操るなんて酷いです! 許せません!」
 「あ? お前に何が分かる? まだ一度も妖怪に喰われた事も無い癖に。いけ好かねぇ偽善者め!」
 「悲劇のヒーロー気取りですか? 心を抜いて操るような悪党とは思えない思い上がりですね。
 ……いいでしょう。そのあなたの間違った根性、守矢の神徳で叩き直してあげましょう! ……覚悟!」
  • 十六夜咲夜 VS 黄鬼淋(幼きネクロマンサー)
 「……あら? 以前どこかで会ったかしら。」
 「お主、儂の顔を覚えとらんのか。」
 「ええ……多分、印象に残ってないかと。」
 「悲しいのう……じゃが、目立たない事もまた、隠密行動の鉄則じゃ。褒められたと思う事にしようかの。」
 「そうね。裏方は無闇に目立たない事が鉄則よ。完璧な仕事は裏でどれだけ働いたかで決まるもの。」
 「お主とは気が合いそうじゃの。」
 「ええ……でも、残念。敵ですわ。」
 「残念じゃのう。お主とはここでお別れじゃ。」
 「では、お別れ前に、思う存分楽しみましょう。……今宵は素敵な弾幕勝負を。」
 勝利条件:全力で黄鬼淋を撃破する。(時間停止能力を使用。)ラストワード発動すれば勝利。
+ 負けた場合
 勝った場合、黄鬼淋は倒され、他に加勢できる所が無いか見回してみると、他の仲間も戦い終えていた。
 リーダーの黄鬼喫姫は既に倒されていた模様。彼女の出番は無かった。
 元教え子と決着を付けられなかったのは心残りだが、もう一人の教え子である幼黄姫が勝った事で、
 結果的に自分のほうが上であると証明できたので、それでよしとする事にした。
 幼黄姫に労いの言葉を掛けようと、歩み寄った瞬間、彼女の背中がとても寂しげに見えたため、
 声を掛けるのを躊躇った。そして、よく見ると、先程までと比べ一回り大きくなっているような気がした。
 どうやら、もう半人前では無くなったようだ。
 教え子の一方を失ってしまったのは堪え難かったが、一人前になったもう一方の教え子を見ていると、
 2人が一つになったように感じられ、どういうわけか、少しだけ悲しみが和らいだ。
 異変は全て解決された。任務完了。咲夜は主の新たな命令を待つため、紅魔館へ帰る事にした。
 グッドエンド。

 (異変解決後)
  • 黄鬼喫姫
 幼黄姫との戦闘中、ラストワード発動の直前に力尽きて、消滅。
 その後、残された首無し少女達が勝負を引き継ぎ、ラストワードを発動し、最後まで戦い抜いた。
 正確には、完全に消えたわけではなく、力を使い果たしたために、一個の妖怪としての存在を保てなくなり、
 怨霊の断片として、あちこちに散らばって行ったらしい。これにより、彼女の人格や記憶の断片が、
 残された首無し少女達の中に宿る事となり、自立して動けなかったのが動けるようになった者達もいる。
 しかし、彼女が元の妖怪として再生する事は、首無し少女達が生きているうちは無いだろう。
 よって、死んだものと見なされ、異変のリーダーがいなくなった事で、異変解決となった。
 彼女が犯した罪については、地獄のほうで裁いて貰えるだろうから、これ以上現世でできる事は無い。
 咲夜は、元教え子だった彼女の行く末が気になったため、死神の元を訪ねたが、それらしい魂は
 まだ来ていないとの事。欠片となって現世に留まっているのだろうか。彼女の未練が解決されていない
 であろう事に対し、咲夜は彼女の魂にいつの日か安らぎが訪れる事を願わずにはいられなかった。
 と同時に、現世に留まっている限り、またいつの日か彼女が蘇るであろう事に、安堵を感じてもいた。
  • 黄鬼羅羅
 霊夢により、異変の裏から糸を引いていると目されていたため、(それと、霊夢の私怨込みで、)
 完膚無きまでに退治されたため、彼女の存在の源である穢れが完全に祓われ、この世界から消滅する。
 本質が悪であるため、更生の余地は無く、極めて危険な能力を持っており、受け入れ先も無いので、
 消え去るしか無かったというわけだ。
 咲夜がこの事をレミリアに話すと、とても残念がっていたそうだ。紅く穢れた血のような液体生物に対し、
 上質の食糧として興味を持つと同時に、決して壊れないため、妹のフランドールの遊び相手にも丁度良い
 のではないかと考えていたらしい。(実はパチュリーも、魔法実験の材料として密かに狙っていた。)
 どうやら、たとえ生き残れたとしても、その先に待っているのは地獄しかなかった模様。
  • 黄鬼一発
 魔理沙の手により木っ端微塵にされ、完全に消滅したかと思われていたが、スペアの頭部が多数残されていた
 事が発覚し、捨てるのも勿体無いので、平和利用できないかという話が持ち上がる。
 その後、危険な武装を全て解除され、お手伝いロボットの頭部としてマイナーチェンジされたものが、
 残された首無し少女達の何人かの頭部として繋がれ、メイドロボとして、紅魔館や守矢神社などの
 幻想郷のあちこちに配備される事となる。
 咲夜も多数の新しい部下を抱える事となるが、激務に耐え兼ね、隙あらば脱走を試みる者が後を絶たず、
 却って以前よりも忙しくなる。
  • 黄鬼戒
 早苗に倒された後、教育的指導を受け、自身の過ちに気付いた事で、魂だけ成仏してしまったらしい。
 生きたまま抜け殻となった体は、永遠亭に運ばれ、蘇生手術を受けた事で奇跡的に息を吹き返したが、
 記憶はそのままで、完全な別人になったらしい。以前のような、妖怪の心を抜く能力は二度と使えなくなり、
 それに加え、別人のように心優しい少女となり、今までの事を反省していると言う。
 その後、永遠亭が彼女を引き取る事となり、幼黄姫の妹分として、仕事を手伝う事となる。
 彼女によって心を抜かれていた妖怪達は、幼黄姫が鈴仙の能力により心の波長を操る事で元通りとなった。
 操られている間の記憶は、憶えていたりいなかったりと、様々であったが、ほとんどの妖怪は後遺症も無く、
 すぐに立ち直り、元気を取り戻した。長い間操られていた名も無き妖怪少女を除いては。
 現在は、永遠亭がカウンセリングを行う事で、精神的な後遺症の治療を続けているとの事。
  • 黄鬼淋
 異変は失敗に終わり、彼女以外の仲間が全滅した事で一人ぼっちとなり、生きる希望を無くしたため、
 戦いが終わった後、ひっそりと姿を消して自殺を試みた。
 しかし、胸騒ぎのようなものを感じた咲夜がこっそり後を着けていたため、寸前で阻止される。
 その後、彼女から事情を全て聞いた咲夜は、ビンタを張り思いっ切り彼女を叱る。
 なぜそうしたのか、咲夜自身にもよく分からなかった。ただ、出会ったばかりの分かり合えそうな友を
 失いたく無かっただけなのかも知れない。
 妖怪のせいで家族を全て失ったという彼女の孤独な境遇に同情したというのもあるが。
 そして、異変の首謀者達の中で唯一生き残った事で、異変の責任を全て負わされ、地底の修復作業に
 駆り出される羽目となり、しばらくの間は地底に滞在する事となる。
 地底の件が落着した後は地上に戻るが、人里の妖怪排斥主義者らと手を結んでいた事を糾弾され、
 人里への出入り禁止となり、帰る場所が無くなる。
 しかし、事情をよく知る上白沢慧音らの説得により、酌量すべき情状があると認められ、人里への
 居住を認められる事となる。さらに、孫娘が生前通っていた寺子屋への通学を認められる。
 ただし、収入能力は普通の大人と同じと見なされ、学費や生活費は自己負担となる。
 最近は、ゴーレムを作る能力を活かし、ゴーレム職人として自立した生活を送っており、
 動く案山子(ただのゾンビ)などを売っている。
 基本的に農家向けの商売だが、レミリアがゾンビに興味を示したため、紅魔館の警備および調度品として、
 何体か購入し、館の廊下を夜な夜な徘徊しているらしい。
  • 残された黄人間の首無し少女達
 黄鬼喫姫が消えて、彼女の心の破片を宿した首無し少女達は、それぞれ自立して動けるようになる。
 (元々自分で動ける者達もいたが、自分では動けない者達が大半を占め、黄鬼に操られていた。)
 彼女達の大半は地底の土木工事に駆り出され、メイドロボの頭部を接続され、使役される事になった。
 復興が終わった後は、紅魔館、地霊殿、守矢神社などで働く事になる。
 それ以外では、アリス手製の人形の頭を繋がれ、人形少女として魔法の森で暮らす者達もいる。
 また、無縁塚などで行き倒れたり行方不明になった者の遺体から頭蓋骨を無断で拝借し、
 自分の頭部として禁術で蘇らせて、身も心もその者に成り代わる(体は少女のままだが)者達もおり、
 死んだ者の遺族から頼まれて、同様の方法で死者に成り代わる者達もいる。
 そして、霊力や自我の強いごく僅かな者達だけが、首無しのまま生きる事を選び、虚無僧になったりした。
 中には、食用人間飼育場跡に守矢の分社を建て、そこの巫女になる者もおり、行き場の無い仲間達の面倒を
 一人で見ているらしい。
  • 黄鬼と行動を共にしていた謎の眼鏡男
 黄鬼の潜んでいた秘密基地からノートPC1台とUSBメモリ数本を持って姿を消したが、隠れ場所を探すため、
 幻想郷のあちこちを逃げ回っている所を、スキマ妖怪に捕まり身包み剥がされた後、服と財布だけ返され、
 そのまま外の世界に帰される。(どうやら外来人だった模様。)
 その後の足取りは不明であり、結局、名前や身元も分からず仕舞いだった。
  • その他の人妖
 黄鬼達に倒された星熊勇儀は、鬼の力の大半を奪われ瀕死の重傷を負ったため、力が元に戻るまでの
 しばらくの間、地霊殿で療養する事になる。
 元々強い鬼という種族であり、プライドも高かったため、それが圧し折られた事に対するショックは
 思いの外大きく、勇儀はしばらく誰とも顔を合わせたがらなかった。
 一度だけ萃香が上等な酒を持ってお見舞いに来たが、勇儀の様子を見た後、酒を置いて何も言わずに
 出て行ったっきり、お見舞いに来る事は無かった。
 だが、それは決して愛想を尽かしたとか、見限ったという事ではない。
 長い付き合いのある鬼同士、顔を合わせなくても心は通じ合っているのだ。
 萃香は、勇儀のプライドを重んじ、決して憐れんだり、同情したり、元気付けるために慰めるなんて事は
 一度もしていない。そんな事をすれば、却って怒らせるか、落ち込ませかねないと思ったからだ。
 能力の相性の問題もあるが、結果的に力で大敗したという事実に変わりは無く、勇儀はそれを真正面から
 受け止めざるを得ないため、じっくりと反省し、その敗北を乗り越えようとしていたのだ。
 彼女はくよくよしない性格だが、それでも、敗北から逃げたり目を背けてはいけないと感じたのだろう。
 しばらくしてから、彼女は大好きな酒を一滴も飲んでいない事に気付いた。
 先の戦いの反省に集中するあまり、酒の事をすっかり忘れていたのだ。
 萃香が置いて行った酒の瓶を手に取ると、懐かしい匂いがしたので、そっと鼻を近付けてみる。
 すると、勇儀の背後に、いつの間にか萃香の姿があった。
 どうやら、酒瓶に何かを仕掛けていた模様。勇儀がそれを手に取るまで待っていたのだろう。
 萃香は勇儀のリハビリ代わりに、彼女に決闘を申し込む。酒盛りはその後と言う事らしい。
 かくして2人の決闘は、地底奥深くの誰も見ていない場所で盛大に行われた。
 戦利品として、萃香は酒1樽を用意し、勝った方が全部飲み放題。
 結果は誰にも話しておらず、たとえ目撃できたとしても、他者の理解できる次元を超えているため、
 どっちが勝ったかなど理解できるはずもなく、2人にしか分からない。
 そして、酒1樽と酒瓶1升分は、結局2人で飲み干したとの事。
 地霊殿の古明地さとりは、異変発生後すぐに、レミリアから敵に関する情報を得ていたため、
 万全の対策を固めたお陰で、地霊殿の被害はゼロだった。
 異変解決後に、療養中の勇儀の心から読み取った記憶から、敵が精神的な駆け引きに長けており、
 よく練られた作戦に基づいて効果的に動いていた事を推察し、自分が適任であった事に気付く。
 そう、真っ先にさとり自身が出張っていれば、指一本触れずとも全滅させられた可能性もあったのだ。
 その事を気に病んでいると、妹のこいしが姉を元気付けるためなのか、小馬鹿にするためなのか、
 お姉ちゃんは弱いから前線で戦うよりも司令官に向いていると言い出した。
 さとりはそんな妹の言葉に若干イラ付きながらも、妹が言うのなら、それは正しいのだろうと思い直す。
 能力同士の相性の問題もあるから、一概に自分一人で全部片付けられると思うのは無理があるのだ。
 紅魔館のレミリアは、今回の異変において八雲紫と結託し、裏で作戦指揮を執っていたにも関わらず、
 その功績を声高に主張する事は無かった。異変の首謀者達が妖怪の被害者であった事が知れ渡り、
 食用人間牧場の存在があまりにもイメージが悪過ぎ、管理者側が悪と見られかねないせいである。
 それに加え、人里に潜んでいる妖怪排斥主義者を敵に回すのも面倒なので、今回は黙っている事にした。
 もちろん、謝礼はたっぷり貰っているし、それ以外にも異変による多大な金銭的利得があった。
 その事でマッチポンプを疑われかねないのも、黙っている理由の一つである。
 レミリアの作戦により、弱小妖怪を保護していた風見幽香は、戦いらしい戦いの出番が一つも無かった事に
 不満を漏らしていたらしい。全滅させずに一匹くらいこちらに逃がせとの事。
 腹いせに、保護した妖怪の中から可愛がり甲斐のある奴を選んで愛でていたらしい。
 本人曰く、相手は泣いて喜んでいたとの事。


 (異変の裏)
  • 人里の妖怪排斥主義者
 「これで……よかったんでしょうか。」
 人里の民家の一室に、主義者らの隠れ家があった。
 黄鬼淋を匿った後に霊夢らによって暴かれ滅茶苦茶に壊された後は、場所を移してある。
 そこにいるのは、人間の男性と、一人の少女……に見える何者かであった。
 「ほほほほ……問題ないでおじゃる。代わりはいくらでも作れるでおじゃる。」
 その少女は、場所に似合わず、白衣を着て眼鏡を掛けた現代の科学者のような格好をしており、
 さらに、その風体に似合わない公家のような言葉を使っている。
 「此度の異変の扇動、大義でおじゃった。お陰でわらわは大儲けできたでおじゃるからのう。」
 「なるほど……我々もまた、活動資金を大幅に増やす事ができました。それに……」
 「ん? 何じゃ? 早う申してみよ。」
 「……はい。異変を起こした者達の正当性もかなり広まっており、我々の活動の宣伝にもなりましたし、
 人間対妖怪の対立の機運を煽る事もできました。これで我々の目標まで一歩前進した事になります。」
 「ほう……そうでおじゃるか。……また何かおじゃれば、わらわに相談するとよいぞ。」
 「はい。この度の援助、大変助かりました。またよろしくお願い申し上げます。……百鬼(なきり)殿。」
  • 百鬼と呼ばれた少女(少女のような謎の存在)
 「ほほほ……礼には及ばないでおじゃる。……それと、壁に耳ありと言うでおじゃろう?
 わらわの名を呼ぶ時は、なるべく声をひそめておじゃれよ。お互い敵も仰山おるからのう。」

 少女は人目を忍ぶように、民家の裏口から出て行った。
 そして、すぐ傍に、笠を被った女が待っていた。
 「ご苦労でおじゃった。次の所に向かうぞ。」
 「……御意。」
 どうやら少女のお付きの者らしい。その女は銀髪に銀の瞳を持ち……黄鬼一発と瓜二つだった。
 メイドロボともどこか違う、生気が顔に宿っており、若干の悪意が見え隠れしている。

 2人は人里を離れた後、紅魔館の門の前にいた。
 お付きの女は、仮面舞踏会のような奇抜な仮面を付け、顔を半分隠している。
 「わらわは百鬼と申す。紅魔の当主に用がおじゃる。事前にアポは取っておじゃる。」
 怪しげな2人組に対し、門番の美鈴は警戒の色を隠せない。
 大抵の妖怪は見慣れており、そこそこ強い程度の妖怪相手では動じない美鈴が、警戒してしまうほどの
 未知なる何かを、この少女に見える何者かは宿していた。
 (こいつの言ってる事に嘘は無い。と言うか、レミリアお嬢様から事前に話を伺っているから、
 そのまま通すべき相手であるのは間違いない。……てか、通さないと私が怒られるし。
 でも、それは別として、こいつはヤバイ。
 もっとも、強さでは、2人がかりでも、恐らく私や咲夜さんの足元にも及ばない。
 ……が、もし闘ったら……いや、こいつの標的になった時点で……『喰われる』。)
 「かしこまりました。こちらへどうぞ。お嬢様がお待ちです。」
 美鈴は2人を館の中の、主のいる部屋へ案内する。

 謁見の間には、玉座に腰掛けるレミリアと、傍に控える咲夜が既に待っていた。
 「お嬢様、客人をお連れしました。」
 「ご苦労。」
 美鈴は用事を済ませたので、速やかに持ち場へ戻るため、そそくさとその場から立ち去る。
 百鬼と付き人の女は、レミリアの前に頭を下げる。
 「お久しゅうおじゃる。レミリア・スカーレット殿。」
 「うむ。そういえば、しばらくぶりだったな。百鬼マダラ。……いや、キャッツァータ・カニバリーズモ。」
 「おお……その名を憶えておじゃったか……光栄でおじゃる。」
 「お前は立場によって、百通りの名を持つ女だからな。……もっとも、私に明かしたのは2つか3つだけだが。」
 「ほほほほ……じゃが、どれが本名か分からのうては、どれも覚えられのうおじゃろうて。
 全部明かす必要はおじゃらん。2つか3つも知れば、わらわの素性は丸裸も同然でおじゃる。」
 「ふふ……それはどうだかな……」
 レミリアと百鬼が挨拶代わりの軽い会話を交わす間、付き人の女は咲夜に対し、殺気を込めた視線を
 向け続けていた。もちろん、咲夜はそれに気付いていたが、レミリアの手前、事を荒立てるわけにいかず、
 殺気を無視し続けていた。背格好や雰囲気からすると、彼女の正体に、大体の見当は付いていたが。
 「この度は、大義であった。お前の提案のお陰で、我が紅魔館は金融資産を大幅に増やす事ができた。
 礼を言う。……そして、これはほんの気持ちだ。受け取ってほしい。」
 レミリアの合図で、咲夜はアタッシュケースを目の前へ差し出し、中身を開けて見せる。
 中には、金の延べ棒がケース一杯に敷き詰められていた。
 「ほほ……! これは美味しそうな……山吹色のケーキでおじゃる。……では、有難く頂戴するでおじゃる。」

 客人2人が帰った後、咲夜はレミリアのほうを何か聞きたそうな目で見詰めていた。
 「……ああ、あれはあれでいいんだ。お前はミクロ経済(家計)については熟知しているが、マクロ経済に
 ついてはからっきしだからな。あの金は……巡り巡っていずれ何倍にも増えて返って来るから、心配するな。」
 「……それは分かりました。ですが……」
 「ああ、あの付き人か。お前に向けた殺気に気付いてないのは、あの場には一人もいなかっただろうな。
 もちろん、主人の百鬼も気付いてわざと放って置いたんだ。駄目なら最初から連れて来ないだろうからな。
 ……カモフラージュ目的だよ。自身の腹の内から目を反らさせるためのな。」
 「腹の内とは……」
 「あいつ、近いうちにまた何かやらかしそうだ。……咲夜。それと美鈴にも言っておけ。気を抜くなと。」
 「……はい。かしこまりました。(『また』?)」

 紅魔館を後にした百鬼達2人は、霧の湖から博麗神社の方向へ向かい、地底への洞穴の前まで辿り着く。
  • 黒谷ヤマメ(暗い洞窟の明るい網)
 「百鬼様。お待ちいたしておりました。(株)黒谷組の代表取締役社長・黒谷ヤマメと申します。
 この度は、我が社へ出資していただき、誠に有難き幸せに存じ上げます。」
 「ほほほほ……主が黒谷でおじゃるか。話は聞いておじゃる。儲かってるそうでおじゃるな。」
 「ええ……異変の爪痕は厳しいですが……不謹慎ですが、嬉しい悲鳴です。」
 「……で、おじゃるか。それでは、現場の視察と行こうかの。」
 「! ……ご案内いたします。こちらへ付いて来てください。」
 ヤマメに案内され、2人は地底への通路を通り抜け、旧都から離れた場所にある掘っ建て小屋へ向かう。
 その様子を陰から覗く者達がいた。
  • 水橋パルスィ(地殻の下の嫉妬心)
 「……何あいつ……金の匂いがプンプンするわ……妬ましい。」
  • キスメ(恐るべき井戸の怪)
 「…………あいつ嫌い。」
 普段は無口なキスメが珍しく感情を露わにして不快感を述べた事に、パルスィは軽い驚きを示す。
 「あら……キスメ。あんたにも嫉妬の心が分かるようになったのね。成長するなんて妬ましいわ。」
 「……そうじゃない。ヤマメちゃん、何であんな奴にペコペコ頭下げるの。本心じゃ何とも思ってない癖に。」
 「何だ。純真なお子様みたいで妬ましい事言うのね。……そうね……それが大人になるって事よ。……分かる?」
 「……わかんない。」
 「それが『若さ』って奴よ。全く妬まし過ぎるわね。誰も彼も。」
 パルスィは目の前の全ての現実に対する嫉妬に身悶えながらも、一つの事が頭から離れなかった。
 (それにしても……何なのよアレ。腹いせに嫉妬心を操ってやろうとしたら……持って無かった。
 あの女……嫉妬心が『無い』なんて……どんな大層な輩でも他人に対し、大なり小なり嫉妬するものなのに……
 一体どんな精神構造してるのかしら。伴天連や猶太の御本尊でさえ、嫉妬深いと言うのに。
 嫉妬する事が無い存在だなんて……聞いた事が無いわ。全く妬ましい。)

 ヤマメは、自分の会社の建物内に百鬼達2人を案内する。
 応接間に入り、最高級の湯呑に最高級の玉露を注いだものを、特別な客人へ出す。
 相手は大株主というだけではなく、一流料理人で、なおかつ食通としても知られているため、
 粗茶一つ、湯呑一個でさえ、気が抜けないのだ。
 今後の出資の事や、事業計画についての事を一通り話し終えた後、2人は会社を後にした。
 ……出されたお茶には一口すらも、口が付けられていなかった。
 ヤマメは、虚ろな表情で、冷めたお茶を片付け台所まで持っていき、流しへ全部捨てた。
 「はぁ~…………どうせ物の価値なんて分からない成金よ!!! 悪かったわね!!!」
 空になった最高級湯呑を思いっ切り流し台に叩き付けようとして……手が止まった。
 「やっぱり……あの陰険野郎を、勇儀姐さんと、さとりさんに会わせなくて正解だったわ。
 心底ムカ付いたのが、私だけで本当によかった。……これも地底のためだから、しゃーないか。」

 地上へ向かっている途中、付き人の女が百鬼に質問する。
 「……あのような対応でよかったのでしょうか。相手は、そうとう怒ってましたよ。」
 「ん? ……ほほ。あのような上辺のみの輩に、気遣いなど必要おじゃらん。
 ……今日は、とても暑うおじゃるし、地底は熱が籠り易いから、お冷が飲みとうおじゃった。
 それに、あの近辺の地下水は鉱物臭うて、一度や二度煮沸した所で、とてもわらわの口には
 合いそうにはおじゃらん。そのような泥水で濁った玉露などで、口を汚しとうなかった。
 せめて、濾過するなり蒸留するなりすれば、飲めたでおじゃろうが……。
 茶の湯を嗜むのなら、これくらい基本でおじゃろうて。」
 「なるほど。流石です……百鬼殿。」
 「ほほほ……おだてても何も出ては来んでおじゃるよ。」

 百鬼達は地上へ戻った後、間欠泉の近くにある秘密の穴の前へ辿り着いた。
 「……ここが、約束の場所になります。もうすぐのはずですが……」
 付き人がそう告げた次の瞬間、穴の近くの地面から唐突に人の顔が出て来た。
  • 謎のフンドシ男
 「……『兄者』に会いに来たのか?」
 その男は、全身土まみれで、褌一丁の全身マッチョな裸男だった。
 姿に似合わず、声は少年のように甲高い。
 「ええ。こちらの御方が、あなたの兄君に会いたがっている百鬼殿です。」
 「『なきり』……分かった……案内しよう。」
 そう言うと、フンドシ男は手で合図を送る。すると、地面に長方形の蓋が現れ、上に回転して大きく開く。
 蓋が開いた先には階段と狭い通路があった。
 「わらわは、土臭いのは苦手でおじゃる。」
 百鬼が不満を述べると、付き人の女が自分の笠を脱いで百鬼の頭に被せる。
 そして、主人よりも前に出て土埃避けの壁となる。
 「これでよろしいでしょうか。」
 「ん。苦しゅうない。」
 フンドシ男に、秘密の地下通路を案内され、ある男の地下秘密基地へとたどり着く。
 「『兄者』。客人をお連れしました。」
 「……ご苦労。」
  • 謎の男(フンドシ男の兄&裏社会のボス兼金貸し)
 「よく来てくれた。俺は、この郷の人里の裏社会を牛耳る派閥の領袖だ。『兄貴』とでも呼んでくれ。
 ……が、あくまでこれは『裏』の顔。表向きは金貸しの若旦那だ。屋号は『根古屋(ねこや)』。
 よろしく頼む。」
 どのような相手にも動じる素振りを見せない、ボスの風格を漂わせる男を目の前にして、
 百鬼はキョトンとした様子で、付き人にひそひそ声で話し掛ける。
 (……これ。こやつは何でおじゃるか? かような礼儀知らずの小僧など見た事おじゃらん。
 わらわへの挨拶一つも碌にできんとは、話にならぬではおじゃらんか。)
 (ですが……この男、中々骨のある奴ですし、人里での裏の影響力なら右に出る者はいないでしょう。
 味方に付けておいて損は無いかと。)
 (むむ……主がさように申すのでおじゃれば……)
 その時、男が飼ってると思われる猫が、百鬼の履いている靴に前足を伸ばし爪で引っ掛けた。
 (!!!)
 百鬼の顔色が変わり、猫へ向け、相手に死を想わせる程の、捕食者のような威圧的な視線を放つ。
 猫は反射的に飛び退き、背を向けて飼い主の男の陰に隠れた後、顔を覗かせながら威嚇する。
 「む……済まない。うちの猫が粗相をした。許してくれ。」
 男は謝罪するが、あまり申し訳無さそうには見えない。絶対に頭を下げないタイプなのだろう。
 「…………今日は気分が優れのうおじゃるから、日と場所を改めようではおじゃらんか?」
 「……分かった。今度は、もっと話しやすい場所で席を設けよう。……飼い猫のいない所で。」
 話は一旦打ち切られ、百鬼達はボスの弟であるフンドシ男に外まで案内して貰う。

 フンドシ男と別れた後、百鬼は周囲に人の気配が無い事を確認し、付き人の女に話し掛ける。
 「……あの男の派閥で、一番の切れ者は誰か知っておじゃるか?」
 「それは……存じ上げております。あの場にはいませんでしたが。」
 「なるほどの。では、そやつにこう伝えるでおじゃる。
 『妖怪の山の奥に、小金を隠し持った首無し共が仰山おるから、調べるとよい』と。」
 「御意。情報料のほうは……」
 「タダでよかろう。元手を掛けずとも、タダで見返りが手に入るのでおじゃるから。」
 「御意。(百鬼殿は……何をお考えなのだろう。わざわざ首無しの情報を教えるなんて。)」
 「……ん。何か言いたいことがおじゃるなら、早う申すがよい。」
 「……百鬼殿。あの男の派閥は、ならず者集団でもあり、とても危険です。
 特に……あのフンドシの弟は、わたくしでさえ力を測りかねており、未知数です。
 首無し達に何かあれば……取り返しが付かなくなるでしょう。」
 「ほほ……さような心配なら無用でおじゃる。首無し共は、山の神と繋がっておる。
 何か起これば、まずは山の風祝が動くでおじゃろう。万が一、風祝が不覚を取る事があったとしても、
 首無し達は幻想郷管理者の領分でおじゃるから、いずれはあやつが自ら動く事になるでおじゃろう。
 そして……あの男は確実に亡き者にされるでおじゃる。
 その後釜にまんまと納まれば、幻想郷の人里も、わらわの手中に入るというわけでおじゃる。」
 「!! 百鬼殿……」
 「何でおじゃるか?」
 「……流石です。」

 そして、百鬼達は妖怪の山の奥にある、異界への門の前に辿り着いた。
 「では……わらわはこれから本業が忙しゅうなるでおじゃるから、しばらく留守にするでおじゃる。」
 「……御意。留守の番はお任せ下さい。首無しの情報の件も、首尾よく進めておきます。」
 「頼むでおじゃる。」
 「いってらっしゃいませ。」
 別れの挨拶を済ませると、百鬼は掌から小さな魔法陣のようなものを光らせ、門に翳す。
 すると、門の錠が解かれ、扉が自動的に開く。向こう側はチラチラと水面のような煌めきを放ちつつ、
 よく分からない発光が見えており、混沌としたものが広がっている。
 百鬼は何のためらいも無くそこに足を踏み入れ、その直後、吸い込まれるように姿を消した。

 気が付くと、百鬼は検問所のような場所の前にいた。
 彼女の姿に気付いた警備員のような男が、近づいて来る。
 「IDの提示をお願いします。」
 「おお……そうでおじゃった。……ほれ。」
 百鬼が上着の胸ポケットから取り出したカードを提示すると、どうやら通行許可が出た模様。
 ゲートを通過した百鬼を、大勢のスーツ姿の者達が出迎えていた。
 「百鬼博士。こちらです。」
 出迎えの車に乗せられた百鬼は、巨大な施設へ連れられて行く。そこは研究所だった。
 彼女はその研究所の所長兼オーナーである。
 研究所に到着した彼女は、ある一つの研究棟へと直行した。
 そこが、所長兼オーナーになる前から彼女が使っていた彼女専用の空間である。
 「さて……ペットの様子はどうかな? 記録を見せておじゃれ。」
 百鬼は留守を任せていた助手から、留守中の記録を手渡され、それに目を通す。
 「……こりゃ。何でおじゃるか、これは!」
 「……何でしょう。」
 どうやら何か逆鱗に触れた模様。しかし、勘の鈍い助手はその原因に気付かない。
 「一度で言って分からんでおじゃるか!! これは何でおじゃるかと聞いておじゃる!!」
 「……実験体が急に動き始め、今までのデータからは予測不可能な異常値を示したため、
 危険回避のため、鎮静剤を投与し、動きを落ち着かせました。
 この事は、所長が帰って来られてから、ご報告する予定でした。」
 「だまりゃ!!! いつ誰が、無断で薬物を投与してもよいと言うた!!!
 何があったらすぐにわらわに伝え、指示を仰げと言うたでおじゃろう!!!
 主は己の判断に責任が取れると申すか!! わらわの研究ぞ!!!」
 百鬼が、物凄い剣幕で怒鳴り散らす。言ってる事は恐らく正しいが、周囲の者は皆怯えている。
 そして、当事者である助手は、ポカーンと口を開け、気が遠くなるような非現実感を味わっている。
 恐らく次の瞬間には自分の首が飛んでいるであろう予期可能な未来に、心がついて行けないのだ。
 「あら……随分お怒りのご様子ねぇ……鬼所長。私は帰ったほうがいいのかしら。」
 そこに、深緑色のベレー帽を被ったスーツ姿の金髪美女が現れる。
 どうやら、彼女は研究助手にとって救いの女神になるようだ。
 「おや、小泉殿ではおじゃらぬか。これはお見苦しい所をお見せしたでおじゃる。」
 彼女は、株式会社バリアーという大企業の社長であり、百鬼のお得意先である。
 「で……どうだった? 黄色い子は……負けたのかしら。」
 「ん。見事な散華っぷりでおじゃった。」
 「そう……で、ガラは回収できたのかしら。」
 「それがのう……クビだけが蒸発して、ガラは全て自ら動いて生きておじゃるのだ。困った事にの。」
 「何ですって……!? それじゃあ、出荷できないじゃないの。処分品が安く手に入ると思ってたのに。
 まったく……あの黄色いガキめ。勝手に逃がすなんて余計な事してくれちゃって……。」
 「まあ……去る者追わずと言うでおじゃろう。諦めて、わらわの新製品に期待する事でおじゃる。」
 「頼むわよ。共食いしたり、逃げたり、怨霊化するなんて、うちの製品には許されないんだから。」
 「ほほほ……ご心配には及ばぬでおじゃる。食肉に人魂など始めから宿さなければよいだけの事。
 今度の新作は、牛豚の魂を宿した正真正銘の家畜人間。品質は以前と変わらぬでおじゃる。
 そもそも中身が人ではおじゃらんから、倫理的な問題もクリアできるでおじゃる。」
 彼女は、食用人間の生みの親だった。
 つまり、今までの食用人間絡みの異変の元凶は、彼女……百鬼マダラだったのだ。
 そして……異変への加担勢力と異変後の復興事業の両方に関わり、常に利益を得る側でいると言う、
 まさにマッチポンプをも行っていた。
 彼女は持ち前の科学力の他に、誰かを焚き付ける事で争いを起こしつつ、そこから利益を掠めとる事を
 繰り返し、のし上がって来た。それが無ければ、誰からも認められない偏屈な三流科学者か、
 ただの一流料理人で終わっていた事だろう。(むしろ、そのほうが幸せだったかも知れない。)
 しかし、彼女の飽くなき『食欲』が、そういう地味で真っ当な生き方を許さなかった。
 そんな彼女の次なる野望が、幻想郷に新たな危機を呼び込む事を、まだ誰も予想だにしていなかった。

 (EXTRAモードへ続く)