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黄鬼異変 ストーリー(十六夜咲夜ルート) EXTRAモード



注意(最初に必ず読んでください)
このストーリーには、極めて残酷な表現や陰湿な行為、謀略や諜報戦、侵略行為等に関する記述が含まれます。
また、多数の死人が出たり、何人かのキャラが凄惨な目に遭います。
これらに嫌悪感を抱く方は、読むのを控える事をお勧めします。
途中で気分が悪くなられた方も、読むのを中止する事をお勧めします。
このストーリーは、勧善懲悪のハッピーエンドになるとは限りません。主人公の側が善であるとも限りません。
そのため、善悪の判断は各自の責任でお願いします。
弱肉強食などの無情な世界観が混じる事がありますが、その中にある情を感じ取っていただけると幸いです。
最後までご精読された場合、読後感が良くない可能性もありますので、あらかじめご了承ください。

目次


ストーリー(EXTRA)

序章:【事件編】

 秋が深まり、冬が近くなってきた頃。
 人里のカフェにて、体格の良い男が人気メニューの『ホットサンドあみ焼きチキン』を片手に
 天狗の新聞を読んでいた。
 男の座ってるテーブル席の向かい側には、全身黒づくめの褐色の肌を持つ少女が座っている。
 少女の目の前には水しかない。少し奇妙に見えるカップルであった。
 「……おじちゃん、お仕事何やってるの?」
 少女は目の前の男をおじちゃんと呼び、素性を尋ねる。知り合ったばかりの他人なのだろうか。
 世が世なら、周囲に変な噂を立てられるか、お巡りさんに目を付けられそうな危険な交際だろう。
 仕事を聞かれた男は、少女の目を見た後、面倒臭そうに答える。
 「おじちゃんは、里の『自警団』なんだ。これから見回りに行く所だよ。」
 男は、むしろ警察側の人間のようだった。お上の腐敗は外も内も関係ないのか。
 「ふ~ん。おじちゃん強いんだね。悪い奴とかやっつけちゃうんだ。」
 少女は羨望の眼差しで男を見詰め、賞賛の言葉を送る。男は自尊心をくすぐられ満更でもない様子。
 「そうだな~。腕っぷしには自信があるんだ。」
 男は腕を捲り、曲げて力瘤を作って見せる。
 「じゃあ、悪い妖怪もやっつけちゃうんだ。」
 「え……」
 少女の屈託の無い眼差しと、無邪気な質問に対し、男は現実に引き戻されたかのように困惑顔となる。
 しかし、少女の眼差しを見返すうち、段々と気分が乗ってきて、自分がヒーローになった気分となる。
 「うん。そうだな~。おじちゃんは強いから、悪い妖怪だってへっちゃらさ。」
 男はさらっととんでもない事を口にしてしまったが、気分が高揚しているせいか、その事に気付かない。
 真後ろの席にいる白髪の少女が、むせてコーヒーを吐いた模様。聞き耳でも立ててたのだろう。
 彼女の向かいに座っている青服の女性がおしぼりを取って、白髪少女に手渡す。
 「(何だあの男……馬鹿か?)」
 「(気にするな妹紅。彼は子供の夢を壊さないようにしてるんだろう。ただのおとぎ話だ。)」
 「(そうか……)」
 後ろの女性達が小声でヒソヒソ話をする。その声が男の耳に入ったのか、急に顔が真っ赤になる。
 「おじちゃん、鳥の肉が好きなの?」
 少女は構わずに次の話題に切り替えたようだ。
 「え? ……ああ。ホットサンドか。そうだな、肉なら何でも好きだよ。」
 「ふ~ん。じゃあ、妖怪の肉も食べられる?」
 少女は唐突にとんでもない質問を投げ掛ける。どうやら先程の話の続きのようだった。
 「ふぇ!? ……いや食べられるわけ……」
 男は驚き、思わず本音が飛び出しそうになるが、少女の眼差しを見るうち、何だか変な気分になってくる。
 「妖怪の肉って……美味しいらしいよ。偉い人が教えてくれたんだ。」
 少女は男に顔を近付けながら、ヒソヒソ声で囁きかける。

 次の日、天狗の新聞の号外があちこちに飛んだ。
 『自警団の男、夜雀を襲い返り討ちにさる』
  • 霧雨魔理沙(普通の魔法使い)
 新聞を片手に、モンブランケーキをつつく黒づくめの魔女風の格好をした少女が、目の前の相手に呟く。
 「……さすがに変じゃないか?」
 「なにがよ。」
  • 博麗霊夢(楽園の素敵な巫女)
 目の前にいるのは、紅白の巫女風の格好をした少女。正真正銘の巫女さんである。
 「気でも違ったわけでもあるまいし、自分から襲われに行くなんて。しかも、自警団だぜ?
 妖怪が危ないってのは肌身にしみて分かっているはずなんだがな。」
 「んん。そうねぇ……私もそれ気になってたのよ。」
 「ん? 何か知ってるのか? 霊夢。」
 「これは……妖怪の仕業よ。」
 「夜雀が誘いを掛けたって事か?」
 「そんなんじゃないわ。別にいるのよ。……黒幕が。」
 2人の少女達が話している横で、聞き耳を立てている男達がいた。
 (なあ……やっぱり、自作自演なんじゃねぇか?)
 (いや、でも巫女さんは犯人は別にいるって言ってたからなぁ。)
 そんな感じで奇妙な噂話が尾ひれを付けてどんどん広がっていく。

 また明くる日、次の号外の束が人里のカフェに勢いよく投げ込まれる。
 『自警団メンバー、また夜雀に返り討ちにさる』
 人里のカフェのそばに人だかりができており、中心には男がいた。
 「皆の衆~! これは妖怪による人間狩りを正当化するための陰謀だ~!
 悪辣な手練手管で誘い込み人を餌食にする夜雀を退治すべきだ~!」
 男は煽るようにまくしたてる。紛れも無い『扇動家』のアジトークそのものである。
 その周りにいる人だかりからは戸惑いにも似たどよめきが起こる。だが……
 「そうだ~! 悪い妖怪を懲らしめろ~!」
 「「そうだそうだ~!」」
 見え見えのサクラを使った手口である。すぐに見抜かれるだろう。
 里人の何人かはすぐに飽きてその場からいなくなった。

 その次の日も、号外があちこちに投げ込まれるが、里人の反応が薄い。
 『今度は一般人! 宵闇の妖怪に挑み餌食となる』
  • 射命丸文(伝統の幻想ブン屋)
 烏天狗の少女は頭を掻きながら微妙な顔をしていた。
 「やはり同じネタは飽きられるのも早いわね……これで記事を作るのも億劫になってきたし。」
 里人にとって、里の外で妖怪の餌食になるのはごく当たり前の光景であり、一方的に襲われたのなら
 まだしも、自分から挑んで行くような命知らずに一々同情などしてられないのだ。
 その頃、民家で泣き喚く母娘がいた。
 「うちの主人は……自ら命を捨てにいくような人ではないんです……なのにどうして……」
 「笑い者にするなんてみんな酷い……父ちゃんは悪くないのに……きっとこれも妖怪の仕業なんだ。」
 民家の周囲には人だかりが出来ている。知り合いの他、野次馬も混じっている様子。
 そんな時、いつの間にか人だかりの隅にいた黒づくめの褐色少女が唐突に声を張り上げる。
 「みんな! 悪い妖怪から助けてあげようよ! 人が3人も襲われたんだよ?」
 少女の真摯な眼差しに、その場にいる者達の視線が釘付けとなる。
 「……そうだ! 俺達里の人間が立て続けに3人も襲われたんだ! 妙な形でな。
 これは妖怪の新手の手口に違いねぇ! 外に出た人間だけでは飽き足らず、誘い始めたんだ!」
 「そうなのか……じゃあ、このままだと俺達皆変になって、喰われちまうってのか……?」
 「やらなきゃやられる……こうしちゃいられねぇ。今すぐ準備だ! 皆で行けば怖くない!」
 「そうだ! 皆で妖怪を退治するんだ! 束になれば勝てるかも知れねぇ!」
 その場にいる男達が急に血気立ち、先程まで泣き崩れていた母親は事態に付いて行けずに戸惑う。
 しかし、褐色少女の眼差しを見詰めた娘のほうは、唐突に怒りの形相となり、声を張り上げる。
 「皆さん! うちの父ちゃんの仇を討ってください! 悪い妖怪をやっつけて!!」

  • ミスティア・ローレライ(夜雀の怪)
 「一月~は正月~で『人』が喰えるぞ~♪ 『人』が『人』が喰えるぞ~♪ 『人』が喰えるぞ~♪」
 人里から離れた森の中で、自分の経営する屋台の周りを里人の集団に囲まれた夜雀の妖怪は、
 まるで悪びれる様子も、恐れる様子も無く、呑気に替え歌を口ずさんでいる。
 「何ふざけた歌歌ってやがる……! こいつちっとも反省してやがらねえぞ! やっちまえ!」
 「はいはい♪ 数えるのも面倒だけど、里人数名様ご案内~♪ ゆっくり食べられていってね!!」
 一触即発の雰囲気の中、里人の集団の背後から、もう一人の役者が登場する。
  • ルーミア(宵闇の妖怪)
 「お前達が、食べられたい人類なのかー? 沢山いるなー。」
 背後に闇を纏った黒服の金髪少女が現れた。その雰囲気から察するに、人ではない何かだろう。
 「あら、ルーミア。早かったわね。まだ料理の準備はできてないけど。」
 「構わないわよ。セルフサービスのほうが好みだわ。生で楽しめるから。」
 人間にとって限りなく不穏な会話を交わす妖怪少女2人。
 彼女らに挟まれた里人達は、まさしく『前門の虎、後門の狼』であった。
 「お……おい……。俺達、やばくないか?」
 「これは……勝てるのか?」
 「まさか、俺達……ここで皆喰われて終わりなんじゃ……」
 事態の重大さにようやく気付いた里人達から弱音が漏れ始める。
 「あんたら……まさか、自分が死なないとでも思ってたの?」
 「命知らずだとは思ってたけど……身の程知らずの馬鹿だったのかー。」
 妖怪少女2人は、もはや引き返す猶予を与えるつもりなど無いようだ。無謀の代償は高くついた模様。
 「ひっ!! ……お、お助けを!!」
 今にも襲われるかと言うその時、里人の姿が忽然と消えた。
 「……あれー? いつの間に食べたのかー?」
 「私は何もしてないわよ。……何だったのかしら。」
 「きっと人類じゃなくて幽霊だったのね。」
 「幽霊ねぇ……ここら辺に枯れ尾花なんか生えてないけど……」

 先程まで夜雀の屋台の前にいた里人達は、いつの間にか里のど真ん中の広場に立っていた。
 時刻は真夜中である。ほとんどの人間は寝静まっており、彼ら以外の人間は一人しかいない。
 その一人は……紅魔館のメイド長だった。
  • 十六夜咲夜(完全で瀟洒なメイド)
 「……取り返しの付かなくなる前に、間に合ってよかったわ。」
 彼女以外の者は、いまだに事態を飲み込めていない。
 「俺達……どうしたんだ?」
 「助かった……のか?」
 咲夜は深いため息をつき、ゆっくりと言い聞かせつつ念を押すように説明する。
 「はぁ……あなた達、あと少しで死ぬ所だったのよ。もう馬鹿な真似はしないでちょうだい……二度と。」
 「あんたは……吸血鬼の館に住む女中さんか? 何であんたが……」
 「人間と妖怪の平和のためですわ。……戦争は無駄に血が流れるから、おすすめできません。」
 「無駄に血か……あんたが言うと、別の意味に聞こえるぜ。」
 「それは、偏見ですわ。」
 里人達は落ち着きを取り戻したのか、パラパラといなくなり、各々の家路に就いた。

 「うちの館の目の前で面倒事を起こさないでもらいたいわ。
 ……ただでさえ風当りがあるというのに、何かあれば、うちまでとばっちりなのよ。」
 咲夜は思いがけず、レミリアからの警告を思い出していた。
 『あいつ、近いうちにまた何かやらかしそうだ。』
 「まさか…………調べてみる必要がありそうね。」

第1章:【調査編】

 (出発点:紅魔館)
  • レミリア・スカーレット(永遠に幼い紅き月)
 「……咲夜。」
 「はい。何でしょう、お嬢様。」
 「最近の人里の情勢を調べに行って欲しい。不穏な動きを感じるんだ。」
 「かしこまりました。」
 館の主人からの命を受け、咲夜は人里へ調査に向かう。
 普段の仕事のほうは、最近ようやく仕事が板に付いて来た見習いメイドロボに任せる。

 (中間地点0.1:霧の湖)
 霧の湖の畔に、釣竿と網を持った人達が屯しているのが見えたため、咲夜は声を掛けてみる。
 「おはようございます。こんな寒い日に朝早くから釣りですか。」
 「おう。あんたは……館の女中さんじゃねぇですか。こんな朝早くからどこに行かれるんで?」
 「ちょっとしたお遣いですわ。……うちのお嬢様が何か珍しいものをご所望なので(適当なウソ)」
 「ほう……そうけぇ。珍しいものならここにも一杯あるだろうに。」
 「ここに……ですか?」
 「おうよ。この湖にゃあ世にも珍しい人魚が棲んでるらしい。その肉は不老長寿の妙薬になるってぇ噂だ。」
 「なるほど……少し見物させていただいてもよろしかったかしら。手伝える事があれば何なりと。」
 「おう。いいぜ。見ていきな。」
 咲夜は釣り人達と打ち解けた後、しばらく釣り見物をする事にした。その時……
  • 今泉影狼(竹林のルーガルー)
 「……あんた達!! 今日と言う今日は、ただじゃ置かないからね!」
 狼女が現れた。
 「あら……あなたはいつぞやの、竹林の……」
 咲夜が視線を合わせると、狼女は反射的にビクッとなり、思わず後ろへ退く。
 「あ……あんたは……ナイフマニアの……キラーメイド……」
 「酷い言われ様ね。私は人を殺した事など一度も無いわ(キッパリ)」
 「ナイフマニアなのは否定しないのね……」
 「ほっといて。」
 咲夜と狼女が掛け合い漫才をやってると、もう一方の当事者が話を本筋に戻すため、狼女に話し掛ける。
 「おうおうおう!! またおめぇか! これ以上俺達の邪魔しようってんなら、こちとらにも考えがある!
 口で言っても諦めねぇなら、これで白黒付けようじゃねぇか! ……おい、先生を呼べ!」
 「へい!」
 釣り人親分の命令で、子分が糸に吊り下げたトカゲかカエルのような干物を湖の中に垂らす。
 すると、糸の先のほうが凍り付き、引っ張り上げると水の中から氷の妖精が出て来た。
  • チルノ(釣りの名人)
 彼女の手には凍らされた干物が握られている。まるで凍ったカエルのようだった。
 「……何だ、生かと思ったら干物じゃん。釣りをするならもっとジョウシツな餌を使ってくれないと。」
 釣り餌に文句を付けているが、釣られたという事実は特に気にしてない模様。
 「あら……氷精さんごきげんよう。嫌なら釣られなきゃいいのに。」
 「何だメイドか。いい事教えてあげる。釣り針の餌は美味しそうに見えるのよ。あたいったら天才ね!」
 そこに、釣り人親分が恐る恐る声を掛ける。
 「……そろそろよろしいでしょうか、先生。」
 「あー? あたいに何か用?」
 「あそこにいる狼女をサクッっと凍らせてくだせぇ。そんで、ついでに人魚を釣り上げるのを
 手伝って欲しいんですが。……生カエル10匹ってとこでどうでしょう?」
 「いいよ。」
 交渉成立。チルノは釣り人達の仲間になった!(買収された)
 一部始終を見ていた狼女は先程までの敵意をむき出しにした態度から一変して気の抜けた表情となる。
 「はぁ……よろしく妖精さん。お手柔らかにね。」
 明らかに舐めて掛かってる様子。それに対してチルノも黙ってはいない。
 「あ~!? あんた、あたいを舐めてるな! 飢えた狼はあたいでも釣れるのよ! 最強だからね!」
 「はいはい。」
  • 今泉影狼 VS チルノ
 ……チルノは氷の塵となって消えた。すぐに復活するだろうが、一回休みである。
 「さて……狼化するまでも無かったわね。お次は人間か……まあすぐ終わるだろうけど。」
 影狼は続けざまに釣り人達を襲う気まんまんである。釣り人達は本気で怯えていた。そして……
 「こ……これ以上こっちに近寄ってみろ! こいつを湖にお見舞いするからな!!」
 釣り人親分が両手に電極を持っている。それらは足元にあるバッテリーに繋がれていた。
 現代日本の法律では禁止されている『ビリ』という漁法である。
 「あれは……電気かしら。物騒ね……」
 咲夜は顔を曇らせる。どうやら雲行きが怪しくなってきた。
 「電気!? まさか……そんな……」
 影狼はまさかの急展開にどうしていいか分からず、狼狽えている。
 「いいわ。私がお相手します。漁師さん達は、そんな物騒なものをしまって、後ろに下がってください。
 電気なんか流されたら、湖の生き物に迷惑となりますから。」
 咲夜が颯爽と前に出た。下がれと言われた釣り人達は、電極を納め、おずおずと引き下がる。
 「お……おう。後は頼んだぞ。女中さん。」
  • VS 今泉影狼
 「ごめんね。狼女さん。でも、こうでもしないと大変な事になるでしょう?」
 「へぇ……自信満々なのね。でも、あなたが負けたらどっちにしろあいつら電気を流すに違いないわ。
 ……そうならないようにするには、私の怖さを思い知らせる必要があるわね。……あなたを犠牲にして。」
 「あらそう。でも、顔はそう言ってないみたいよ。大丈夫? あなた……私と戦えるのかしら。」
 「……やってみるまでよ!!」
 勝利条件:今泉影狼を撃破する。
+ 負けた場合
 勝った場合、満身創痍となった影狼が湖に落ち、釣りの邪魔をする者はいなくなる。
 「……こんな寒い日に、水の中に入って大丈夫かしら? 場所を変えるべきだったわね。」
 咲夜は少しだけ胸が痛んだ。
 その時、ここぞとばかりに釣り人親分が湖に電極を差し込もうとするのを、咲夜は見逃さなかった。
 時間停止。
 釣り人親分から電極を取り上げ、バッテリーと一緒に手の届かない場所へ移動させる。
 ……時間停止解除。
 「……あれ?? 電極が……どこ行った?」
 「その物騒なものをしまうように言ったはずですが? 私が代わりに回収させてもらいました。
 ……必要ないでしょう? 狼女を感電死させるなんて。無益な殺生はいけませんわ。」
 咲夜の行為を裏切りと取ったのか、釣り人達にどよめきが走り、親分が激昂する。
 「おいおいおい!!! おめぇ……どっちの味方なんでぇ!? 釣りの邪魔する妖怪の息の根止める事の
 どこがいけないんでぇ!! こちとらここんとこずっとあいつに邪魔されっぱなしなんだよ!!」
 「私は……別にどちらの味方をするつもりもありませんわ。ただ……この湖での殺生は御法度とします。
 紅魔館の名において(適当)。ここは人も妖精妖怪も等しく遊べる場所ですわ。仲良くしてくださいな。」
 咲夜の言葉は……どうやら釣り人達の虎の尾を踏んだようだ。目つきが人に対するのとは違ったものとなる。
 「おめぇ……やっぱり妖怪の手下だな? 前々から怪しいと思ってたんだ。人間の敵じゃねぇかってな。」
 「敵も何も……この世にいるのは、強者と弱者のみですわ。人妖の区別などさほど意味がありませんもの。」
 「俺達ゃあその弱者なんだよ!! いつもいつも妖怪に狙われてるなぁ!!
 俺達人間だって、妖怪を狩れるんでぇ!! 人間舐めんなよ!!」
 釣り人達は異様に血気立っていた。普段では考えも付かない程に。その事に咲夜は違和感を覚え始めていた。
 「……よく言うわ。狼女程度相手に怯んだり、電極持ち出して脅したり、人間相手にしか粋がれない癖に。」
 「なんだとぅ!! このアマ!!」
 「今回だって、私がいなければ、あなた達全員狼女の餌食にされてたわよ。誰に助けられたか分かってる?」
 「……ぐぐっ……」
 どうやら力だけでなく口でも咲夜が押し込めた模様。
 「……今日の所は見逃してあげる。分かったら、二度とこんな危ない真似はしないように。」
 ぐうの音も出なくなった釣り人親分は、悪態を突きつつ、吐き捨てるように子分に退却命令を出す。
 「けっ! おい、帰るぞ! まったく今日は朝っぱらから最悪な気分でぇ! ちきしょーめ!!」
 物騒な釣り人達は怒りながら去って行った。
 「……ふぅ。いけないいけない。ついカッとなって、売り言葉に買い言葉ですわ。
 まさかこんな事になるなんて……あまり人様に恨まれると買い物に差支えるから気を付けなくちゃ。」
 そして頃合いを見計らい、咲夜は後ろを振り返る。
 「……もうそろそろいいんじゃないかしら? あんまり待たせるといくら毛深くても凍え死ぬわよ。」
 すると、咲夜の呼び掛けに反応するように、湖の中から狼女を抱えた人魚姫が出て来た。
  • わかさぎ姫(淡水に住む人魚)
 「匿っていただいたのですね。ありがとうございます。……ですが、なぜわざわざ里人と喧嘩してまで?」
 「……別にあなたを助けるつもりだったわけではないわ。成り行き次第では静観を決め込むつもりだったし、
 偶々彼らのやり方が気に入らなかっただけの事。それ以上でもそれ以下でもないのよ。」
 「そうですか……」
 「それより、お友達をそのままにしておいて大丈夫なの? 今日は結構寒いわよ。水も冷たいし。」
 「私は平気ですが、彼女……結構寒がりなんですよね。どうしましょうか……
 ここには温かい場所なんてありませんし。私も長い時間水から出る事ができません。」
 「じゃあ、私に任せてはどうかしら? いい場所を知ってるわ。」
 「本当ですか? それではお願いします。」
 「ちょっと待っててね……」
 咲夜はわかさぎ姫から狼女を渡され引き受ける。そして、時間を停止…………して戻って来た。
 狼女の姿はもうそこにはなかった。
 「どちらへ行かれたのです?」
 「ここよりも暖かい場所へ連れてってあげたのよ。世話してくれる人もいるし、もう大丈夫。」
 「はあ……」
 その頃、竹林の炭焼き小屋の前に枯れ葉塗れで倒れている狼女が、白髪の少女によって発見されていた。

 (中間地点1:人里)
 人里はいつもと変わらず買い物客などで賑わっていた。
 咲夜が歩いていても誰も気に掛けない。今朝起きた釣り人との一件はまだ広まっていないようだった。
 このまま聞き込みを始めても問題無さそうと判断し、咲夜はまず知り合いを探し始める。
 するとそこにタイミング良く情報に通じていそうな人物が現れた。
 「あやややや。やっぱりあなたでしたか。」
 烏天狗の新聞記者。毎度お馴染み『清く正しい』射命丸文である。
 「あなたこそ、こんなに朝早くから私に何のようかしら?」
 咲夜はわざとそっけない返事を返す。別に朝早く用事があっても悪いわけはなく、ただの言い掛かりである。
 「あなた…里人と何かトラブルでもありましたね?」
 文は全て見抜いているようだった。咲夜もシラを切るのは無意味と判断し、正直に答える。
 「単刀直入ね。……そうよ。でも私は何もやましい事など無いわ。」
 しかし……文の顔色が優れない。何か言いたいことでもあるのだろう。
 「そうですか……相手によってはそうでない受け取り方をされかねないので気を付けたほうが賢明ですけどね。」
 「……そうね。誤解されるのは慣れっこだし、一々目くじらを立てるほどの事でもないわ。」
 咲夜は割と落ち着いていた。彼女にとって周囲の誤解など日常茶飯事であり、一々構ってなどいられないのだ。
 「あなた方はそれでいいのかも知れません。が、我々が困るので、少々手心を加えさせて貰いますよ。」
 文の意味深な物言いに対し、咲夜は分かったような分かってないような生返事を返す。
 「ええ。別に構いませんわ。我々にとって良い事であるならば。」
 「……(ちゃんと分かってるんでしょうね……)」
 「ところで……烏天狗のあなたがこんな朝早くから人里に通っているのは珍しいですわね。
 ここ最近、人里で何か妙な動きでもあるのかしら? 例えば人と妖怪のいざこざとか……」
 咲夜は相手の沈黙を絶妙なタイミングと判断し、うまく話題を切り替えるとともに、鎌をかけてみる。
 「あや……(知ってるのかしら?) 私の新聞記事に書いてある以上の事はまだ何も……」
 「そうですか……人魚の肉を狙う不埒者が現れたので、また妙な伝聞が広まっていると思ったのですが……」
 「ああ、それですか。妙なんですよね。どこからそんな噂が広まったのか……私にも皆目見当が付きません。」
 「……ところで、コーヒーでもいかがかしら? どこか良い店でもご存知かしら?」
 「コーヒーですか……私は現場主義ですから、取材はいつでも相手のいる所で済ませます。
 わざわざ別のくつろげる場所を確保して、じっくり聞き込むのは性に合わないのですよ。」
 「まあ……相手の住居に行けば、大体くつろげますものね。お茶もお菓子も出ますし。」
 「あやや……バレてましたか。これはお恥ずかしい。」
 「いいえ……取材に余計な手間を掛けないのは殊勝な心掛けですわ。
 でもね……急いでばかりでは見えなくなる事もあるのです。今から私がご案内いたしますわ。
 もちろん私のおごりで。」
 咲夜はそう言うと、文を連れて人里のカフェへ入って行く。

 (中間地点1.1:人里のカフェ)
 「「「いらっしゃいませ。」」」
 店内に入った直後、いきなり元気の良い挨拶が飛んで来た。新入りのウェイトレスだろうか。
 背格好からすると、紅魔館に雇われている妖精メイドに似ている。
 (まさか……うちのメイドがコソコソ隠れて兼業してる……わけないか。うちにはいない顔だし。)
 「あやや。あの3人組……こんな所でバイトしてたんですね。(これは記事のネタになりそうね。)」
 咲夜は三妖精のウェイトレスをあまり気にする事なく、空いている席を物色し、店内を広く見渡せる
 一番奥のテーブル席を見付け、そこまで足早に歩いて行く。
 ウェイトレスの案内が聞こえているのかいないのか分からない様子で、案内の言葉もどこ吹く風なので、
 店員が少し困っているが、咲夜は気にしない。
 その間にも、周囲の時間を遅らせながら、店内にいる客を一人一人観察し、怪しい客がいないかを探る。
 そして、何人か目星を付けた所で、一番奥のテーブルの上座へ腰掛け、店内に目を光らせ始めた。
 向かいの席に座った文は咲夜の意図を理解し、周囲の話し声に聞き耳を立て始める。
 「(なるほど……ここは人の集まる場所。網を張っていれば魚が掛かるというわけですか。盲点でした。)」
 そこに、水を持った黒髪の妖精ウェイトレスがたどたどしい動きで歩いてくる。
 「ご、ご注文は……」
 「ブレンドコーヒー2つ」
 「……他にご注文は」
 「それでいいわ。」
 「か、かしこまりましたー」
 注文を受けたウェイトレスは慌てて店長のいるカウンターのほうへ急ぐ。
 咲夜は注文を言いながらも、店内全体への警戒を緩めない。
 注文のコーヒー2人分と、付け合わせの豆菓子2皿が妖精ウェイトレスによって運ばれてくる。
 テーブルに着く直前で、そのウェイトレスは何かに蹴つまづいたわけでもないのに、前のめりに転んだ。
 もちろん、お盆の上に乗っかっていたコーヒーカップと豆菓子は盛大にぶちまけられ……てはいなかった。
 いつの間にか全てテーブルの上に乗っており、惨事は回避された模様。
 ウェイトレス本人が盛大に床に顔をぶつけた音だけが店内に鳴り響いた。
 店内の客達の視線が転んだウェイトレス一人に一斉に注がれる。咲夜の注意も一瞬だけ彼女に向かう。
 鼻血を出しながら半泣きになっているウェイトレスに2人の仲間が寄り添い立たせている最中、文の注意は
 彼女達にではなく、店内の片隅にいる別の少女へと向いていた。
 「咲夜さん……今、聞こえませんでしたか?」
 「? え……何がです?」
 「あなたから見て正面に2つ分向こうにあるテーブルの手前側にいる黒髪の女の子。」
 「……あの子が何か?」
 「……妖精が転んで、客の視線が注がれた瞬間、小さく舌打ちをしました。」
 「……なるほど。」
 店内に入る時既に顔を確認してはいたが、特に怪しい所も見当たらなかったので警戒はしていなかった。
 店員が転んだ時に舌打ちをする。一見すればそれほど不自然な事ではない。
 そういう店員の不注意さから、サービスへの不満を持ち、従業員教育がなっていないとか、色々ケチを付ける
 材料を見付け、客の立場から怒りを露わにしてしまう事もあるだろう。
 しかし、そういう客にはある程度の傾向が見られ、幼い女の子がそのような心理を持ち、舌打ちするとすれば、
 それはかなり『変わった子』と呼べるだろう。
 怒りの沸点が人と違うだけの変わった子という可能性もあるが、咲夜はもう一つの可能性を見逃さなかった。
 舌打ちをしたのは、転んだウェイトレスに対してではなく、客が彼女へ視線を向けた事に対してではないか。
 この場合の客とは、黒髪の女の子の向かいに座っている連れの男性の事である。
 男性が他の女の子(ウェイトレス)に気を取られた事に対する嫉妬の可能性もあるが、彼はすぐに視線を
 ウェイトレスから外しており、咲夜が見た時には既に視線を目の前の女の子のほうへ戻していた。
 どのくらいの間、ウェイトレスへ視線を向けていたのか、店内への注意が逸れていた咲夜に知る術はない。
 しかし、そう長い間でもないだろう。恐らく、ほんの一瞬。
 その一瞬のみ、目の前の女の子から視線を外した事に対する舌打ち。これが真相だろう。
 どれほど嫉妬深い女性でも、連れの男性が自分から一瞬たりとも視線を外す事を許さない事などあり得ない。
 したがって、嫉妬によるものではなく、何か……目の前の男性が自分から視線を外す事で妨げられるような
 やり取りを邪魔された事に対するもの……と見るのが妥当と言える。
 「気付きませんでしたか? ……彼女、『妖怪』です。」
 「!?」
 文の突拍子もない指摘に対し、咲夜は驚きを隠せない。
 変わった所と言えば、幻想郷では珍しい褐色の肌である事くらいで、怪しさなど微塵も無い普通の少女だ。
 しかし、文は彼女を妖怪と見抜いた。
 「妖気は全く感じません。恐らく無いか、うまく隠しているのでしょう。……それこそが怪しいんです。」
 「……どういう事でしょう。」
 「例えばあなたの場合、人間離れした魔力を持っていますが、これはどれだけうまく隠していても、
 分かる人妖からすれば、わずかに滲み出てしまっているものです。そして人間の霊力も併せ持っている。
 だからこそ、我々はあなたを人間離れした人間と判別できる。」
 「……それで?」
 「人間であれば、よっぽど平凡で無ければ、大なり小なり怪しげなものを持ち合わせているものです。
 邪念であったり、煩悩であったり、害意であったり。」
 「……なるほど。つまり、それがあまりに無さ過ぎて、逆に怪しいと。」
 「ええ。あの子は人里で人間に溶け込み、ああして人間を誑かすタイプの妖怪でしょう。」
 「……で、私達はこれからどうしましょうか。」
 「様子見ですね。……女の子と男性の両方を。」
 「聞くまでも無かった事ですわね。」

 咲夜と文は、それからしばらく店内の様子を見張りつつ、コーヒータイムを楽しんだ後、
 女の子と連れの男性が店を出るのを確認し、すぐに後をつけるように店を出た。
 店の外で待っていた妖怪烏が文の肩に止まり、何かやり取りをした後、烏はどこかへ飛んで行った。
 「(これであの妖怪と男性の両方を監視し続ければ、何か分かるかも知れないわね。)」
 文はこれからあの2人を監視するつもりなのだろう。咲夜にこれからどこへ行くのか尋ねる。
 「……で、あなたはこれからどこへ行くんです?」
 「私は……(お嬢様の命令は『人里の情勢を調べる事』。あの男性も心配だけど……)」
 咲夜は少し言い淀んだ後、気を取り直し、改めて答える。
 「あの『妖怪』をもう少し尾行してみる事にしますわ。」

 咲夜はレミリアからの命令を優先するため、男性がこれから危険な行動を取るのを未然に防ぐ事よりも、
 妖怪少女のほうを尾行する事で人里で起きてる事をより詳細に調べる事を選んだ。
 しかし、彼女は失念していた。
 男性のほうも監視するであろう文もまた妖怪であり、人間の男性を助ける義理など無い事を。
 文はあくまで傍観者に過ぎず、何かあれば、恐らく男性は見殺しにされるだろう。
 彼女以外の誰かが助けにでも入らない限り。
 それに、彼女にしてみれば、記事のネタができるだけでなく、人間が妖怪と対立を深める事が
 妖怪全体への利益にもなるのだ。正々堂々と人間を狩る大義名分ができるからだ。

 (中間地点1.2:人里の民家)
 咲夜は油断していた。
 時間操作ができるから絶対に見失う事などあり得ないと高を括り、雑踏の中一瞬だけ死角に隠れた次の瞬間、
 少女の姿が忽然と消えていたのだ。
 恐らく向こうのほうもこちらの尾行に気付いていたのだろう。
 上空にいる烏も標的を見失ったようで、同じ所をグルグルと旋回している。
 時間を止めて、少女のいた辺り一帯を探してみても、影も形も見当たらなかった。
 「……」
 咲夜が捜索を断念し少し経った頃、少女が歩いていた場所の近くに、フードを被った女が佇んでいた。
 その女は気配すら無く、まるで幽霊のようであり、周りの風景に溶け込んでいた。

 尾行対象を見失った咲夜が別の情報を探ろうとあちこちをうろついていると、いつの間にか
 民家の前まで来ていた。
 軒先には陰鬱な雰囲気を漂わせた母娘がいる。何か不幸があったのだろう。
 咲夜が何となく眺めていると、娘のほうが彼女に気付いた様子。話し掛けてきた。
 「紅魔館のお姉ちゃん。」
 「あら……私の事を知っているのね。何の用かしら?」
 咲夜は笑顔を見せながら、気さくに答える。すると、母親のほうも話し掛けてくる。
 「この間は、里の者を助けていただいたそうで……何とお礼を申し上げればよいか……」
 咲夜には思い当たるフシがあった。夜雀と宵闇の妖怪に挑んだ命知らずの男達の一件だろう。
 彼女は母親から深々とお辞儀をされ、あの一件が好意的に受け止められた事にとりあえず安堵した。
 だが、娘のほうは顔色が優れない。如何にも気分が晴れないといった様子だ。
 「お姉ちゃん……」
 「何かしら?」
 娘が何か言いたそうなので、咲夜は聞いてあげる事にした。だが……
 「これっ……止めなさい。」
 母親が止める。しかし、娘はとうとう我慢できずに泣き出してしまった。
 普段から子供(外見と精神年齢のみ)の扱いに慣れている咲夜だからこそ分かる。
 娘の様子は駄々を捏ねると言った他愛の無いただの我儘ではなく、尋常ではない何かを感じさせ、
 並々ならぬ事情を秘めたものであると、容易に察する事ができた。
 「……構いませんわ。聞かせていただきます。私はあの男達よりも(妖怪よりも)強いのですから。」
 その自信に満ちた表情と、真っ直ぐ見据える目付きを真正面から見た母親は、本能で感じたのだろう、
 咲夜に信頼できるものを感じ、とうとう事情を打ち明ける事にした。

 話を一通り聞いた咲夜は、幻想郷の住人であればこそ感じ取る事のできる違和感をはっきり覚えた。
 現代人には想像し難いことだが、幻想郷での人命の価値は軽い。
 里の外では人間が妖怪に捕食されるのは自然の摂理であり、同情はされても、憎悪の理由にはならない。
 ましてや自分から妖怪に立ち向かっていった人間など、返り討ちにされても自業自得と見なされる。
 外来人ならともかく、生まれついての幻想郷の住人であれば、本来持ちえない復讐心である。
 にもかかわらず、娘のほうは妖怪に対しこのような復讐心を抱く事となってしまった。
 原因はほぼ間違いなく、あの『妖怪』の仕業だろう。
 この母娘の話には出て来なかったが、里の男達とのやり取りの中にスルリと入り込み、
 焚き付けた事は容易に推測できる。恐らく記憶を操作され、いなかった事にされているのだろう。

 全容は一通り掴めた。
 人里に入り込んで里人を焚き付けて他の妖怪の前に引きずり出し、襲わせるという回りくどい真似をする
 物好きで『陰険』な妖怪がいる。
 咲夜自身、思うところが無いわけでもないが、現状分かっている事だけでは手の出しようが無い。
 しかし、目の前の母娘を襲っている悲哀だけはどうにかできると感じていた。
 死んでしまった父親は戻っては来ないが、少しでも溜飲を下げ、悲しみを和らげるくらいは可能だ。
 咲夜は娘の頼みを二つ返事で引き受けた後、すぐに引き返し、人里近くの森へ向かって行った。

 (中間地点2:博麗神社そばの森)
 人里の近くにある森に入ってすぐ、咲夜は馴染のある匂いを嗅ぎ取った。
 ……血の匂いである。それも、人間のものではない。
 わずがに妖気が混じっている。妖怪の血だろうか。
 匂いのする方向へ歩いて行くと、異様な光景に出くわした。

 夜雀と、宵闇の妖怪が……はやにえのように、細く尖った木の棒の先端に串刺しにされているのだ。
 木の棒は、木の幹の周辺を刃物のような何かで削ぎ落として作られていた。
 2本のそびえ立つ木の幹に、それぞれ一人ずつ固定されており、2人ともピクリとも動かない。
 ……しかし、わずかながら血が流れ続けており、微かではあるが妖気も感じられる。
 死んではいないようだった。

 咲夜は咄嗟に周囲を見回し、監視役の妖怪烏がいないかを確認する。
 しかし、いないようだ。
 一体ここで何が起きたのか……咲夜には確かめる術は無かった。

 しばしの間、その場に立ち尽くしていると、後ろから誰かがやってきた。
 霊夢と魔理沙である。
 彼女達は、この場の異様な光景を目の当たりにし、一瞬咲夜の仕業かと考えそうになるが、
 そもそも数年来の付き合いであり、このような行為をしない人物である事は分かり切っているため、
 その考えはすぐに消えた。
 とりあえず、2人の妖怪は辛うじて生きているため、咲夜、霊夢、魔理沙の3人は、妖怪を串刺しのまま
 木の幹から切り離し、そのまま竹林の病院へと大急ぎで運び込んだ。
 木の棒を抜かないのは、出血が広がらないようにするためである。
 止血のために、2人の妖怪達の時間は咲夜の能力で停止しておく。

 ちょうどその頃、全身血塗れの男性が虚ろな顔のまま片手に大鉈を持ち、虚ろな足取りで人里入口に現われ、
 大騒ぎとなった。先程から妖怪烏に監視されていた男性である。妖怪烏の姿は無い。
 「俺は……妖怪を殺した。奴等を串刺しにしてやったんだ。」
 虚ろな顔のまま、無感情で淡々と衝撃的な言葉を吐露する男性の様子に、周囲は凍り付く。
 里の人間を襲う妖怪を退治したというのであれば、里人の立場であれば本来なら喜ぶべき事なのだが、
 男性のあまりに凄惨な様子に、見ている者はまず恐怖感を覚えるためだ。
 周囲からは人が一斉に離れ、距離を取る。男性の周囲にはバリアのような無人の空間が出現した。
 しかし、男性は自らが恐怖の対象になっている事に全く感付いていないのだろう。
 そのまま覚束無い足取りで、人里の一件の民家を目指し歩みを進め始める。
 少し離れた場所から様子を伺っていた文は、男性の向かっていく先に今絶対に会わせてはいけない人が
 いる事を予感し、慌てて男性を止めに入ろうとするが、本能的に全身が竦み上がり、そのまま黙って
 立ち止まってしまう。
 「(え……何? 今のは……)」
 文はたった今、背後から途方も無く恐ろしい髑髏の顔を持つ死神が、彼女の首に鎌を掛け、
 今にも斬り落とそうとしている場面を想像したのだ。
 もちろん現実にそんな事は起こってはいない。幻か妄想である。
 しかし、お陰で結果的に彼女は危険を冒さずに済んだと言える。
 だが……文がこうして立ち止まっている間にも、血まみれの男性は確実に歩を進めて行き、
 すぐにでも会ってはいけない人々のいる所に辿り着いてしまうだろう。
 我に返った文は機転を利かせ、男性を止めるのではなく行先へ先回りし、会わせたくない人々を
 どこか別の場所へ避難させる事にした。
 自慢の音速であっと言う間に目的の場所へ到着した文は、訝る母娘を半ば無理やり民家から連れ出し、
 男性に見付からない場所へ運んで行った。

 少しして、もぬけの殻となった民家の前に到着した血塗れの男性は、目的の人物がいない事に気付くと、
 残念そうに肩を落としつつ、途方に暮れていた。
 「何だ……いないのか……仇を討ったって、知らせてあげようと思ったのに……」
 男性の様子に警戒しながらも恐る恐る後から付いて来た里の人達は、民家の前で男性が全身から
 血を噴き出して斃れているのを発見した。……彼は、既に事切れていた。
 その様子を遠くから見ていた文は、危険が無くなったと判断し、男性の遺体が片付けられた後を見計らい
 母娘を民家へ帰した。
 しかし、彼女の顔色は優れないままだ。
 「おかしいわね……サブ(妖怪烏の名前)。どうしちゃったのかしら……まだ戻って来ないなんて。」
 まさか……と言う考えたくない可能性に思いを巡らしながら、文は遺体があった場所で鼻を利かせてみる。
 すると、妖怪の返り血や、人間の血の匂いが感じられた。しかし……同胞の血の匂いはそこには無かった。
 一先ず安堵するも、この時感じた匂いの様相が後で奇妙な違和感に変わる事を、まだ知る由も無かった。

 (中間地点2.1:迷いの竹林・永遠亭)
 永遠亭では突然の急患に大わらわである。
 いきなり突入してきた霊夢達が抱える重傷者2人を一目見たイナバ達は、即座に事態を把握し、
 現場のリーダーである鈴仙に報告し指示を仰いだため、あっという間に受け入れ態勢が整い、
 夜雀と宵闇の妖怪はすぐに集中治療室へ運び込まれ、緊急手術が行われた。
  • 八意永琳(月の頭脳) & 鈴仙・優曇華院・イナバ(狂気の月の兎)
 「これより、貫通性刺創の緊急処置を2人同時に行います。うどんげ、メス。」
 「はい」
 2人の凄腕ドクターの手による巧みな術式により、夜雀と宵闇の妖怪が受けた串刺しによる傷が
 見る見るうちに修復されていく。
 妖怪自身の自己治癒力も計算に入れた作業により、患者の体を貫通している木の棒が内部から切り刻まれ、
 中で切れた血管を縫合したりする事で、抜かずに全ての傷が塞がってしまった。
 それは鈴仙の波長を操る狂気の瞳と、永琳の神憑り的な卓越した技術の連携によるものだった。
 どれだけ発達した外の医術であっても、この2人の治療には及ばないだろう。

 手術しながら木の棒を除去された2人は、安静のため病室のベッドに寝かされている。
 現在は命に別状は全く無い様子。安らかな寝顔でぐっすり休んでいる。
 「もう大丈夫かしら。」
 咲夜達も一安心していた所、病室にやってきた看護師から安心できない知らせを受ける。
 「まだ安心するのは早いわ。問題は目を覚ましてからなの。」
 すっかり病院の仕事が板に付いた様子の元・教え子である。
 しばらくぶりの再会であり、前に会った時と比べ、大分印象が女らしくなっている。
 「(……化粧? アイメイクかしら)」
 咲夜は挨拶の言葉も忘れ、幼黄姫の顔……特に目元の辺りに見とれていた。
 「……咲夜さん? お久しぶりです……私の顔に何か付いてます?」
 「あ……いえ。しばらくぶりね。見違えたわ。元気かしら?」
 「ええ……ここ、労働条件は厳しいですが福利厚生はしっかりしてるんで、健康そのものです。」
 「フクリコウセイ……って何かしら? うちの屋敷では馴染の無い専門用語ね。
 今度パチュリー様にでも聞いてみようかしら。」
 「はは……相変わらずですね。(冗談に聞こえない所が咲夜さんらしいというか……)」
 「まあね。」
 久しぶりに会った師弟同士で他愛の無い冗談を交わしていると、いい加減じれったいのか、
 魔理沙が割り込み、本題を振って来る。
 「ところで……問題って何だ?」
 すると、幼黄姫はベッドに横たわっている患者2人の容体を確認した後、病室にいる他の3人を
 手招きし、患者から引き離すように別室へと案内する。

 案内された先は診察室で、医師である永琳と助手の鈴仙が待ち構えていた。
 「まずは、お礼を言わないといけないわね。ありがとう。
 あなた方の応急処置が適切だったお陰で、その後の処置が最小限で済んだわ。」
 永琳からの労いの言葉に、霊夢達3人は緊張が解け、思わず顔が綻ぶ。
 しかし、続けて永琳が放った言葉に、3人は再び緊張に包まれる事になる。
 「……で、今のがいい知らせ。悪い知らせもあるのよ。」
 今度は霊夢が質問する番だ。
 「何かしら? 勿体ぶってないで単刀直入にお願いね。」
 「そうねぇ……仮にも妖怪が何者かに惨殺されかけた。はやにえのような形でね。」
 「ええ」
 「手術中、うどんげに患者の精神状態を監視させたわ。その結果分かった事だけど……」
 ここで永琳が言いよどむ。すると、傍らにいる鈴仙が続けて話し始める。
 「ここからは私が説明するわ。……患者さんは悪夢にうなされていた。
 妖怪は心の生き物よ。目が覚めてからは要注意ね。」
 ここまで言われれば、勘の鋭い霊夢なら大まかな事情は一通り理解できた。
 夜雀と宵闇の妖怪は、おそらく彼女らをはやにえのように血祭りに上げられる程度の
 強大な何者かにボロ負けし、妖怪としてのプライドもボロボロにされたであろう事。
 だが、それが全てではない事も見抜いていた。
 「……で? まだ何かあるんでしょ? 勿体ぶらずに白状しなさい。」
 威圧的で有無を言わさぬ霊夢の態度に、魔理沙は若干引き気味である。
 「おい……お医者様に対して」
 「いいのよ。今は。そんな事気にしてる状況じゃないでしょ。」
 全てを見通すような霊夢の視線に、永琳は根負けしたかのように観念した表情を浮かべ、
 さらなる詳細の説明を始める。

 永琳の説明によると、夜雀と宵闇の妖怪2人を倒した何者かに『殺意』は無かったらしい。
 なぜそんな事が分かるのか。
 それは、2人を串刺しにした木の棒が急所を全て外していたためである。
 おそらく人体のみならず妖怪の体構造にまで精通し、とんでもなく器用な奴の仕業であろう。
 全身に付けられた無数の切り傷や刺し傷に関しては、単独犯の仕業ではなく、素人同然の何者かによる
 無造作な傷と、運動機能を奪うために狙ったように正確に付けられた傷の2種類が確認されたとの事。
 前者はカムフラージュで、後者は制圧目的だろう。そして後者こそが串刺しにした張本人の仕業だ。
 なぜそうまでして、2人を殺さずに痛めつける必要があったのだろうか。
 鈴仙の説明によると、2人が見ていた悪夢の内容が似通っているため、同じ恐怖体験に起因する
 ものだろうと結論付ける事ができるらしい。
 そして、その体験が後から植え付けられた疑似体験である事も見抜く事ができるそうだ。
 2人が同じ場所で共通の出来事を体験した場合、それぞれが違う位置に同時にいるため、
 加害者との位置関係や、害を受ける順序などが若干異なる。さらに、他の被害者(もう一方の人物)が
 被害を受ける様子を目撃する事もあるため、体験はそれぞれ異なるものとなる。
 しかし、今回の場合、悪夢の内容は2人とも同じ立場で同時に恐怖体験をするものであり、
 元となった体験がコピーされた偽の記憶によるものだと容易に推測できるのだそうだ。
 暗示を掛ける事のできる鈴仙だからこそ、このような違いに気付く事ができたのだろう。
 そして、永琳と鈴仙2人の共通する見解として、被害者2人はほぼ無抵抗のまま倒されたと結論付けられた。
 ナイフなどの斬撃の使い手との戦闘の場合、抵抗する際の防御創(体の一部を盾にしてできた傷)が
 できる事があるが、この2人の場合、それに相当する傷が見当たらなかったためである。
 仮に素早い回避でそのような傷を付けられなかったとしても、最終的に制圧された以上、
 紙一重でかすったりした際にできる擦過傷は必ずできるはずであり、それすら無いのも不自然との事。

 つまり、実際に起きた出来事として考えられるのは……
 達人クラスの刃物の使い手が2人に抵抗できなくなるような暗示を掛けた後、全身の関節部の腱などを
 正確に切断し運動機能を完全に奪い、その後、共犯者である素人が2人をメッタ刺しにし、
 最後に主犯が木の幹から削り出して作った木の棒に2人を串刺しにして、はやにえを作った。
 ……と言うものだろう。

 刃物の使い手として一番最初に思い当たる人物は、白玉楼の庭師・魂魄妖夢。
 次に、刃物マニアである紅魔館のメイド・十六夜咲夜。
 しかし、2人の人物面を考えるまでもなく、この2人は真っ先に犯人像から外れると言う。
 永琳の見立てでは、犯人の刃物の使い方はこの2人のものとは明確に異なるからだ。
 犯人は料理用の包丁を二刀流で扱う事のできる料理人。
 それに対して妖夢は剣術使いであり、愛用の刀の片方は脇差サイズで鈍な刀であるため、
 全く同じ切れ味の刀を両手で全く同じように同時に使えるわけではない。
 そして咲夜はそもそも剣術の心得が無く、二刀流でもなく、ナイフ投げのほうが得意である。
 メイドなので料理はお手の物だが、普通の人間と同じように、包丁は片手でしか使わない。
 それに料理の腕を磨く事はあっても、刃物の切れ味やスキルをひけらかす趣味は無い。
 もちろん、被害者を無抵抗のまま制圧する手段は2人とも持っているし、状況的に見れば、
 第一発見者である咲夜が一番怪しい事になるが、それでも容疑者では無いらしい。
 犯人は自身のスキルに自惚れており、心の奥底ではひけらかしたいと思っている。
 しかし、慎重な性格のため普段は抑えられており、表に出す事はほとんどない。
 今回のような絶好のチャンスが巡って来ない限りは。
 さらに、バトルマニアでもサディストでもないため、相手との駆け引きや反応を楽しむと言った
 考えが微塵も無い事が、切り傷の正確さから読み取れるらしい。
 犯人は、傷つけた相手を『相手』と見なしていない。
 『モノ』または『食材』か何かと見なしている……永琳はそう結論付けた。

 「動機は……何かしらね。」
 一通り話を聞いた後、霊夢は全く要領を得ないと言った様子で独りごちた。
 「何か怖いぜ。何を考えてあんな事したんだろう。」
 「……里人を襲われた復讐……でも無さそうね。復讐相手にそこまで冷静でいられるはず無いもの。」
 咲夜は先程まで父親を失った母娘の悲しみに共感していたため、復讐者の立場で考えていた。
 自分なら何の感慨も抱かずに同じ事をするのは無理だろうと結論付けたのだ。
 そして、何の感情も持たずにわざわざあんな事をするのは別の目的のためではないかと推測し始めていた。
 「(犯人がやった事と言えば……妖怪を痛めつけて恐怖体験の記憶を刷り込んだ事くらいかしら。
 ……妖怪を怖がらせてどうなるというのかしら。全く意味が分からないわ。
 もっと別の影響を狙ってそう。例えば、私達の反応も想定済みなのかしらね……?)」

 事件のあった現場を目の当たりにした文は、しばしの間、言葉を失った。
 「サブ……こんな所にいたの。……ごめんね。ごくろうさん。」
 現場近くの茂みの中に、僅かな血痕と……妖怪烏の生首といくつかの骨片が落ちていた。
 そして、彼女は先程人里で血塗れの男性の死亡現場を目の当たりにした時に嗅いだ匂いが不自然な事に
 ようやく気付き始め、それがはっきりとした違和感へと変わる。
 「この子をやったのは……別にいる。」

 (中間地点2.2:人里・金貸し商店前)
 咲夜達が永遠亭にいた頃、人里では大々的に見世物市が開かれていた。
 「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
 紅魔の館のさらに向こう、霧の湖の奥深く、水底に棲息するは人魚姫。
 絵にも描けない美しさ、はるか昔から言い伝えられる絶世の美女のミイラだよ~。
 食せば天にも昇る醍醐の味、煎じて飲めば不老長寿の薬に早変わり。
 お値段は何と……時価1万円(2013年時点の外の貨幣価値で約4千万円相当)!!
 そこのお爺ちゃん、健康のために煎じ薬でも一杯どうだい?
 お試しキャンペーンにつき、今なら粉薬1包30銭だよ~!
 そこのガタイのいいお兄さん! 一攫千金で一発当てて見てはどうだい?
 高価買取キャンペーンにつき、今なら期間限定で7割で買い取るよ~。」
 店の前では客寄せの男が怪しげな口上を披露し、人目を集めている。
 その店の奥では、店主の男がフードを被った女と密談している。
 「いやぁ~百鬼殿のお陰で色々事が上手く運ぶようになりました。お礼と言ってはなんですが……」
 男は菓子折りを差し出す。
 「これはこれは……お気遣い無さらずともよろしいのに。」
 そう遠慮しながらも、女は菓子折りを受け取る。
 「しかし……あのような精巧なモノを一体どこでどのように……」
 「精巧? あれは紛れも無く『本物』よ。」
 「え……? ご冗談を」
 「まあ……そう思うのも無理無いわね。誰も見たことの無い伝説だもの。」
 「まさか……」
 「あれは、正真正銘人魚のミイラ。食べれば極上の味、煎じれば不老長寿の薬になるわ。
 ……これでも、一流料理人のつもり。偽物なんか売るはず無いじゃないの。」
 「マジですか……へぇ~……」
 女の突拍子も無い発言に、店主の男は若干引き気味で顔を引きつらせている。
 しかし、女は嘘など言っていない。そう顔に書いてある。店主の男は半ば信じそうになる。
 「……では、今日はそろそろこの辺で。失礼するわ。」
 女が店から去った後、店主の男は首を傾げながら考え込んでいた。
 「しかし……本当に本物なのかな~? 本物見たこと無いから分からんけど……」

 店から出た後、フードを被った女は一人ほくそ笑んでいた。
 「……な~んてね。本物よ。……天然物じゃなく遺伝子組み換えだけど。」
 その女は……百鬼と呼ばれた女は……銀の長髪を持つ、百鬼マダラ本人……に見えた。
 眼鏡を掛けておらず、言葉遣いは変わっているが。
 公家言葉を使うのを止めて、キャラを変えたのだろうか。
 そして、背も高くなっているように見える。成長したのだろうか。
 年頃の成長期というわけでもなさそうだが。

 そこで偶然、一人の少女とすれ違った。
 フードの女は気付いていないが、すれ違った少女のほうは、違和感に気付いた。
  • 姫海棠はたて(今どきの念写記者)
 「(え? ……烏の血の匂い……?)」
 はたては、反射的に振り返り、フードの女を見ようとしたが、既に雑踏の中に紛れ、
 姿を見付ける事は困難だった。
 「(まさか……あいつ烏を食べた……わけないか。)」
 そう思い過ごすも、まだ違和感が拭えない。
 「(でも……あの香水の匂いって……文が使ってるのと同じやつよね……?)」

 その頃、永遠亭の白兎は仕事をバックレており、人里の見世物市の前にいた。
  • 因幡てゐ(地上の兎)
 「何だいあれ……あんなんで注目を集めるなんて。近頃の人里は随分レベル低くなったもんだねぇ。
 あれくらい私だって似たような事できるよ。どれどれ……」
 てゐは見世物の人魚のミイラに近付いて、間近からジロジロと眺めてみる。
 「おい嬢ちゃん……あんまりベタベタ触るんなら買ってくれよな。
 貴重な不老長寿の薬なんだ。鱗が剥がれちまったら勿体ないだろう?」
 客寄せの男が制止しようとするも、てゐはお構いなしに観察を続ける。
 そもそも触れてはいないのだから、ベタベタ触るなと言うのは遠ざけるための言い掛かりと、
 触らせないための予防線だろう。
 「(どこにも継ぎ目が無い……だと……? 手術痕すら……これ生き物?)」
 人魚のミイラに釘付けになったまま無言で微動だにしないてゐに痺れを切らした男は無理やり
 引き離そうとするが、その前にてゐが唐突に口を開いた。
 「……兄さん。これ……うちに譲ってくんない? うちの薬1年分タダで譲ってあげるからさ。」
 「へ? 嬢ちゃん……今何て?」
 「何なら、あんたん所にうちの薬格安で卸してあげてもいいよ。今なら独占販売権もあげるから。」
 「ちょ……ちょっと待て……今店主呼んでくるから。そこから動くなよ! 絶対だぞ!」
 客寄せの男が慌てて店主を呼びに行ったのを見て、てゐはほくそ笑む。
 「(……計画通り! なんてね。私のノルマ在庫1年分の期限切れだから二束三文がいい所だけど。)」
 その後、店主は二つ返事で取引を了承した。もちろん、この後に期限切れの薬を掴まされるとも知らずに。
 しかし、たとえドブに捨てるような取引であっても、本物かどうかも分からない怪しげな品を
 いつまでも持ち続けるより、利益になるなら早めに売ってしまったほうがいいと判断したのだ。
 百鬼から買った貴重な品ではあるが、その程度の値打ちしか感じなかったのは、この店主の器の限界か、
 はたまた商人の勘による思い切りの良さなのか……結果の良し悪しは誰にも分からない。

 竹林のイナバが人魚のミイラを買い取ったという話はあっという間に人里に広まり、尾ひれがついて、
 いつの間にか人魚で本当に一攫千金を狙えるという話に変わり、釣り人達が再び動き出すに至った。
 「……いつの世の中も、本物の価値は知れ渡るもの。
 百の嘘でも世の中を動かす事はできるけど、実を混ぜればもっと容易く動かせる。」
 その様子を陰から伺いながら、フードの女はほくそ笑んでいた。

 (中間地点3:玄武の沢)
 日が落ちてから大分時間が経ち、里人が寝静まった夜遅く、咲夜達は人里と霧の湖の間にある
 通り道の途中にある玄武の沢で待ち伏せをしていた。
 永遠亭に急な来訪者が来たからである。
 狼女が咲夜達が永遠亭にいる事を竹林のイナバ達から聞きつけ、助けを求めたのだ。
 わかさぎ姫がまた狙われているらしい。情報の出所は弱小妖怪で結成された草の根妖怪ネットワークで、
 里人の間で近々人魚探しが行われるであろうという確かな情報を掴んだのだ。
 最初の情報提供者は、ネットワークに入っていないが無関係というわけでもない、柳の下のろくろ首である。
  • 赤蛮奇(ろくろ首の怪奇)
 「……今、中間地点に差し掛かった所。このペースだと、あと10分でここを通り過ぎるわ。」
 咲夜と一緒にいるのは霊夢、魔理沙、今泉影狼と、赤蛮奇。総勢5名、異変解決者3名込みの大戦力である。
 相手が普通の人間のみであればたとえ300人いても100%勝てるだろう。
 もちろん、今泉影狼と赤蛮奇は戦わない。いくら仲間を守るためとはいえ、里人を襲うわけにはいかないし、
 大勢で来られたら勝てるかどうか分からないくらい、はっきり言って弱いからだ。
 そういうわけで、影狼はいざという時のためにわかさぎ姫を避難させる役で、赤蛮奇は監視役である。
 「……ちょっと! 何よこれ! 聞いてないわ!」
 突然、赤蛮奇が取り乱し始めた。咲夜が事情を聞こうとすると、慌てて説明に入る。
 「あいつら……夜雀と、黒いのが人間襲い始めたのよ! 病院に入院してるんじゃなかったの!?」
 ……予想できなかったわけではない、悪い可能性が当たってしまった事に対し、咲夜は自身の迂闊さを呪った。
 「ちょちょちょっと!!! 私は敵じゃないのに……逃げなきゃ巻き込まれるっ!!」
 赤蛮奇が胴から首を浮かせながら慌てふためく。両手が慌てて頭を首に押し付けようとするのが滑稽に見える。
 「てて撤退よ撤退!! あ、間違えた。こっちじゃなくてあっちだった。」
 そうこうしているうちに、咲夜の姿だけが忽然と消えていた。
 「あれ……咲夜はどこだ?」
 「……早いわねアイツ。私達も落ち着くべきだわ。」

 咲夜は時間を止めて中間地点のすぐそばまで駆けつけていた。
 釣り人の集団はおよそ50名近くに上るが、2人の妖怪に暗闇に乗じて襲われ、鳥の巣を突いたような
 阿鼻叫喚の様相を呈していた。時間は止まっているので、全員微動だにしないが。
 「まったく……世話が焼ける。自分の身も碌に守れないくせに、監視役を買って出るなんて。」
 赤蛮奇の体はすぐに見付かった。釣り人達を置き去りにして、一人で逃げようとしていたが、
 夜雀により目を潰され、身動きが取れずにいたのだ。ちなみに変装のため、別人の頭が乗っている。
 事前の段取りでは、何かあれば他に潜り込ませたスパイ仲間と共に素早く抜ける手はずだったが、
 他の仲間もそれぞれ散り散りになって逃げられないでいるようだ。
 「さて……お友達は誰と誰だったかしら……?」
 咲夜は赤蛮奇の仲間が誰であるかを事前に知らされていない。
 しかし、乙女の勘なのか、どういう人間が友達なのかを正確に予想する事はできた。
 「ん……? なるほど……」
 咲夜は何かに気付いたように、怪しい笑みを浮かべた。
 「ちょっと、ごめんなさいね。」
 そして、ちょうど近くにいる釣り人の一人の服を前から肌蹴させていく。
 すると、その者の胸元には見事な膨らみが二つ備わっていた。顔もよく見ると美女に見えなくも無い。
 「当たりね。初めて見たわ。これが首無し女子を使った死者蘇生術の成果なのね。
 ……妹様のための死なない遊び相手を作るのに使えるかも。男じゃなければ間違いも起きないだろうし。」
 そして、すぐに自身の物言いに間違いがあると気付き、訂正する。
 「あ……初めてじゃないか。全く雰囲気が違うから同じだと言う事を忘れてたわ。
 あの子(幼黄姫)もそうだったっけ。完全な死者蘇生ではなく、あくまで生きたままの蘇生術だけど。」
 気を取り直し、それっぽい人を片っ端からチェックして、男装している女性だけをピックアップして
 物陰に避難させていく。
 そして、どうせ避難させるのであれば、赤蛮奇の仲間以外を見捨てる意味が無い事にようやく気付き、
 咲夜は思わず頭を叩いてしまう。
 「さて……どうしたものかしらね……」
 少しだけ途方に暮れた後、頭を切り替えて救助作業を再開する。
 その際、赤蛮奇だけ時間を元に戻す。
 「……あ、あれ!? 俺一体どうしたんだ? 皆止まってる……一体どうなってるんだ?」
 別人の頭の影響か、赤蛮奇は男言葉で話し始めた。
 「もういいわよ。普通に話しなさい。時間は私が止めた。」
 「……はえ?」
 咲夜は、赤蛮奇から誰が仲間なのかを聞き出し、仲間だけ時間を元に戻す。
 そして、他の釣り人達を止まった時間の中、里まで運んで行く作業を分担して行う事にした。
 「しかし、あなたもよく考えたわね~。首無しの体を持ってるのが私の仲間だなんて。
 考え方としては間違っちゃいないけど、誤爆したら目も当てられないわよ?」
 「あら……もし違ってても締め上げれば済む事ですわ。」
 「おう……人間怖いわー。
 ともかく、元・首無しでも完全に別人になりきってる奴もいるからねー。油断は禁物よ?」
 「それもそうね。念のため、ハズレてそうな人もチェックしたけど……人類の夜明けを感じたわ。」
 「ああ……あいつかー。あそこまで頑張っちゃってるのも力み過ぎだよねー。自然体でいいのに。」
 咲夜と赤蛮奇が他の釣り人を里まで運んでいる最中、止まった時間の中で半裸になったまま、
 胸を丸出しのままで放置されている厳つい顔の釣り人の親分がいた。

 釣り人達を全員里へ避難させた後、咲夜一人が現場へ戻り、止めていた時間を元に戻す。
  • VS ミスティア・ローレライ(レイジモード) & ルーミア(カオスモード)
 「……待たせたわね。」
 2人の目の前には、咲夜一人。釣り人達の姿は影も形も見当たらない。
 「あれ? 皆いなくなったのかー?」
 「……余計な事しないでよ。折角仕返しができると思ったのに。」
 ルーミアは相変わらずのほほんとしているが、ミスティアの様子が普段と比べ物にならない程刺々しい。
 「……とりあえず、食べてもいい人類はあなた一人でオーケー?」
 「くっ……どうすれば……」
 しかし、ミスティアには若干の躊躇いが見られる。説得は可能か。
 「あなた……半分くらいは正気ね。おそらく暗示を掛けられたんだろうけど、冷静な判断が大事よ。
 今は帰りなさい。また後で相手してあげるから、その気になったらまた来なさいな。」
 「……」
 咲夜は宥めるように語り掛けるが、ミスティアの顔色が優れない。俯いたまま答えない。
 「…そんな話はどうでもいいよ。」
 そこにルーミアが割り込む。
 「妖怪が人を襲うのを理由付けて諦めたら死んだも同然だから……
 勝てそうとか負けそうとか……やりもしないうちにそんな事考えるくらいなら、
 やって結果が出てから後悔するほうがよっぽど前向きだと思うよ。
 ねえミスティア……そうは思わないかー?」
 ルーミアの言い分はブレないものだった。おそらく先程何者かに掛けられた暗示や恐怖体験など、
 彼女にとってはそれほど気にならない程度の事なのだろう。
 今回も仕返しのためというより、人が襲えるから付いて来ただけか。
 「あっ……ちょっと……」
 ミスティアが制止する間もなく、ルーミアは咲夜に挑み掛かった。
 「ああもう! そうよ! 私達妖怪は人間に本当の意味で負ける事なんて、あっちゃいけないのよ!!
 少なくとも、そんなままでは生きていていいはずがない!
 負けた妖怪は死ぬべきだし、死んでないなら勝つまでやる!
 人間にやられた仇は、人間を討つ事でしか晴らせない! 私は妖怪のプライドを取り戻す!!」
 ミスティアも覚悟を決めてしまったようだ。
 「仕方無いわね……覚悟しなさい。楽には死なせないから。」
 咲夜は見る者を凍えさせる程の冷たい眼差しで相手を威圧しつつ、戦闘態勢に入った。
 勝利条件:2人を撃破する。尚、本気で挑んでくるため、それぞれが普段の弾幕戦の2倍強い。
+ 負けた場合
 勝った場合、本気の2人を弾幕戦のみで咲夜がねじ伏せた事で、完全に力の差が明らかとなる。
 しかし、ミスティアはまだ諦めきれない様子。
 「まだ……終わってないわ。スペルカードルールではなく、本気で戦えば……」
 「果たしてそうかしら?」
 ミスティアが意識するより速く、一瞬で彼女の喉元に咲夜のナイフが突き立てられる。
 「本気で戦ったら……全妖怪を0秒で細切れにする自信があるわ。スペルカードルールでよかったわね。」
 ミスティアは声も出なくなった模様。
 「もういいんじゃないのかー? 私はクタクタだから降参するよー。」
 ルーミアは既に疲労困憊の様子。彼女がいち早く降参宣言した事で、残るはミスティア一人となる。
 ちょうどそこに、霊夢と魔理沙が駆けつけて来る。
 「!!」
 ミスティアは勝機を完全に失った事を悟ったようで、何も言わず俯いた。
 3対1。しかも、満身創痍の妖怪一人に対し、無傷の異変解決者3人。これ以上続ければ、虐待である。
 ミスティアもそんな弱者の立場を利用して瀬戸際戦術を取れるほど恥知らずではない。
 「……参った。私達の負けよ。」
 彼女の顔からは先程までの刺々しさが綺麗さっぱり消えていた。どうやら暗示も解けたようだ。

 (中間地点3.1:迷いの竹林・永遠亭その2)
 少し時間を遡る。
 咲夜達が永遠亭から玄武の沢へ出発してから数時間経過した頃。
 彼女達の話を盗み聞きしていたミスティアが、霧の湖へ向けて釣り人達が人魚釣りに出掛けた事を知り、
 こっそり病院を抜け出した後の事。
 「師匠ー! 彼女達、どこにも見当たりませーん!」
 「やっぱりね。」
 「……って師匠、気付いてらしたんですか!?」
 「去る者追わず、よ。治療を望まない患者さんに対し、強要すべきではないわ。
 ……たとえ医師の使命に背いたとしてもね。」
 「……もしかして、これも治療の一環ですか?」
 「ピンポーン♪ ご明察よ。流石私の見込んだ一番弟子なだけの事はあるわ。」
 「はぁ……もうどうなってもウチじゃ責任取れませんよ。」
 「責任なんか無いわ。妖怪は人を襲ってナンボでしょうに。負けて死んだらそれまでの事よ。」
 「それはそうですけど……」
 「本来野垂れ死にするであろう場面で救助されてウチで治療を受けて助かるのもまた天命であり、
 幸運の賜物だけど、必ずそうならなければいけないというわけではないのよ。
 もちろん人事は尽くす。絶対に手は抜かない。その上での天命であれば、受け入れるしかないの。」
 「……動かなくていいんですか?」
 「今、動くべきなのは私達ではないわ。既に然るべき者達が動いているし、うまく行く。
 もし私達まで無闇に動いたら却って邪魔になるから、手出しは無用よ。
 それに今、私達にはすべき事がある。無闇にここを離れるわけにはいかないわ。
 これも人事を尽くすという事なのよ。」
 その時、永琳と鈴仙のいる部屋の外から微かに床が軋む音が聞こえた。
 「誰? ……てゐ。入って来なさい。こそこそ逃げ隠れしても無駄だから。」
 鈴仙は目ざとく見逃さなかった。
 鋭い聴覚で足音を拾い、障子の向こう側までを透視して、外にいる人物の全てを捕捉したのだ。
 そして恐る恐ると言った感じで障子の戸が開く。やっぱり向こう側にいたのはてゐだ。
 「あはは……失礼しまーす。」
 「……ほらね。今ここにいるのが正解でしょう?」
 永琳はしてやったりと言った様子で得意げにのたまう。
 「はい。師匠は全てお見通しなんですよね。」
 鈴仙はもう何も言うまいと書いてありそうな顔で投げやりに受け答えするので精一杯だった。
 「へ? 何の話?」
 てゐだけが話に付いて行けず、呆気に取られていた。
 「……てゐ。その小脇に抱えてる箱の中身は何かしら?」
 鈴仙には既に中身が分かっているが、自分から話させるためにあえて聞いてみせる。
 「そうね。私も気になるわ。その箱には何が入っているのかしら?」
 永琳も一応聞いてみる。言葉とは裏腹に、あまり関心が無さそうな顔だが。
 「あー……今しがた、私のほうから説明しようと思ってたんですが……
 まあいいタイミングでしょうし、説明します。……笑わないで聞いてくださいよ?」
 如何にも言いづらそうな雰囲気で切り出すてゐの様子に、永琳は思わず吹き出しそうになる。
 「ぷっ……いいわ。説明してちょうだい。」
 説明すらしてないうちに、言ったそばから笑う永琳に鼻白みながらも、てゐは説明を始める。

 永琳はてゐから説明を聞いた後、箱の中に入っていた『人魚のミイラ』を食い入るように見詰めている。
 「……てゐ。」
 「はい。」
 「あなたの眼力は認めるわ。これは紛れも無く本物の生命だったもののミイラ。」
 「やはり、そうでしたか。(私ですら嘘が無いと認めたんだから、ま、当然よね。)」
 「……でもね。これは生命としては紛い物よ。」
 「……??」
 「つまりね……神の手によって作り出された本物の生命ではない、人工的に作られたものなのよ。」
 永琳は、それが遺伝子操作によって作られた生命であると見抜いていた。
 しかし、その話を聞いていた鈴仙が微かな違和感を覚える。
 「(人工的に作られた……本物の生命ではない……紛い物? ちょっと待ってよ……)」
 鈴仙にとって、今の師匠の発した言葉は……大切なある人物への限りない中傷のように感じられた。
 若干空気が強張ったのを感じ取ったてゐは、苦虫を噛み潰したような顔をする。
 永琳も慌てて言い直そうとするが、他に適切な言葉が見付からず、要領を得ない形となる。
 「そうね……これは見世物にする目的でゲノムを弄られた……見せ掛けの『人魚』よ。
 本物の人魚と同じように生きる事ができない……とても儚い命だったのよ。」
 「(言い直した所で一緒じゃありませんか……食肉にする目的で品種『改良』された『食用人間』……
 本物の人間と同じように生きる事ができない、とても儚い命だった……頭が無い限りは。)」
 鈴仙の顔色は晴れない。
 「(やれやれ……私も焼きが回ったのかしら。永遠を生き続ける月の頭脳と呼ばれたこの私が。
 弟子の目の前で、生命に意味も無く真贋の区別なんか付けて、心証を害するなんてねぇ。
 あの子があの子であることに変わりはないのに。)」
 永琳の表情からは自己嫌悪と反省の色が見て取れる。中傷の意図が無かったことは明白だ。
 しかし、それでも鈴仙はすんなりと腑に落ちる事は無かった。
 何より一番許せないのは、この瞬間から後輩の顔をまともに見られなくなるであろう自分自身である。
 「(師匠はそんなつもりで言ったんじゃない……それは分かる。この場の誰もそんな事思ってないし、
 思いたくも無いに決まってる。でも……そんな風に言えてしまうのが現状。
 これからあの子にどう向き合えばいいのか、分からなくなっちゃった。……自分が嫌になる。)」
 凍った空気を解きほぐすため、永琳が慌てて話を先へと進める。
 「ともかく……これは研究材料として預かっておきます。実際に不老長寿の薬効があるかも調べたいし。」
 「あ、さいですか。承知しました。(あれ……不老長寿の薬だって説明したかしら?)」
 「……で、領収書か請求書が欲しいんだけど。」
 「へ?」
 「まさか、こんな貴重な代物をタダで譲って貰ったわけでも無いんでしょう?
 私が研究目的で利用する以上、購入費用は必要経費として認められるので、証拠書類の提出を求めます。
 あなたが隠れて蓄財してるのは知ってるけど、衝動買いで1万円も即金で出せるわけないでしょうから……
 どうせツケか何かでしょう? 自腹じゃ恐らく無理よね?」
 どうやら、人里での噂話は永琳に筒抜けだった模様。てゐは目の前がグルグルと回るのを感じた。

 (中間地点3.2:妖怪の山・河童の研究所)
 昼間、人里で烏の血の匂いと文の香水の匂いをさせた怪しい女を目撃したはたては、記者の勘が働いたため、
 念写能力を使い、思い当たるキーワードを次々と打ち込んで写真の画像を検索し続けた。
 300回を超えた所で偶然、目撃した女とそっくりな銀髪の少女の顔写真がヒットしたため、
 その写真をプリントアウトした後、日も暮れた夜遅くに河童の研究所まで押し掛けたのだった。
 少女の身元の手掛かりを得るためである。
 彼女が気になった点は、『眼鏡を着用』、『科学者の格好』、『鬼の角のようなカチューシャ』である。
  • 河城にとり(超妖怪弾頭)
 「……見たこと無いよ。あ、ちょっと待ってて。」
 はたてから顔写真を渡され、それを一瞥した後、そう即答したにとりだが、何か考えがあるようで、
 写真を持ったまま奥の部屋へと引っ込んだ。
 「ちょっとこっちへ来て。」
 はたてを奥の部屋へ招き入れるにとり。
 招かれると、そこには巨大なサーバーのような機械群と、ブラウン管モニタが何台も並べられていた。
 持ち込んだ写真はスキャナで読み込まれ、画像の照合が行われているようだ。
 「……ああ、あったあった。やっぱりこれか。」
 何と、はたてが念写した写真と全く同じ画像が見付かったのだ。
 「(やばっ……天狗仲間の写真かと思ったら、河童の画像を拾っちゃってたんだ。)」
 「偶然だねぇ……同じ絵面が撮れるなんて。まあどうやったかは聞かないけど。」
 顔面蒼白になるはたてを横目で見詰めるにとりだが、あまり気にしてはいない模様。
 「私も他人の事言えないからね……」
 「?」
 にとりが意味深な事を呟くが、もちろんはたてには意味が分からない。
 その間も、彼女の手は休む事無く、次の作業へと移っていた。
 「撮影日時は……3ヶ月くらい前……場所は、『地底』か。……アイツの所……あの場所か。」
 そう独り言ちながら、にとりは何かを思い出している様子。
 「音声データがあったはず……この日時だから……あった。」
 サーバーの横にある棚からバックアップ用のテープを取り出すと、それを読み取り装置にセットする。
 すると、装置からノイズ音が流れ始めた。目的の時間まで早送りする。
 『ザザザ……こちらです。どうぞ、お掛けください。』
 スピーカーから、聞き覚えのあるような少女の声が聞こえる。
 『うむ。苦しゅうないでおじゃる。』
 そして、別の少女の声も聞こえる。聞いた事の無い声だが、話し方に特徴があるようだ。
 「ああっ! やっぱりコイツで間違いないよ。『おじゃる眼鏡女』だ。」
 「おじゃる眼鏡?」
 「ああ。お付きの人が『なきり』と呼んでいた。面白いから気になって調べたんだ。確か……」
 音声を再生してるテープを放り出し、にとりはもう別の作業に入っている。
 キーボードを素早く叩き、重要な書類が入っているフォルダを開け、ファイルを開くと……
 「河童製幻想郷縁起EXTRA……人妖ファイルNo.517、『百鬼マダラ』。分子ガストロノミスト。」
 はたてが目撃した女とそっくりな銀髪の少女の顔写真が入った個人データが表示される。
 「ガストロ……何?」
 「分子ガストロノミスト。ガストロノミーは『美食学』、つまり料理研究家。」
 「へぇ」
 「それに『分子』が付くと、より科学的な色合いが強くなる。……言わば、料理の科学者だ。」
 「料理の科学者……って何するんだろう。(まさか……幻想郷の妖怪を『採集』してるわけ……)」
 「……普通の奴は、料理を科学的な視点から研究するだけだよ。料理人の延長だと思えばいい。」
 「普通? 普通じゃない奴もいるって事?」
 「そうだね。この女は、普通じゃないよ。パラケルススの真似事をして、実現させてしまうんだから。」
 「パラケルスス……ってまさか……」
 「そう。ホムンクルス(人造人間)の生みの親だ。」
 にとりの表情はいつになく真剣そのもの。はたては気圧されそうになりながらも、核心に迫る質問をする。
 「ホムンクルスって……それじゃああの『牧場計画』って……」
 「察しが良くて話が早い。……黄鬼の生みの親……全ての元凶だよ。(忘れてたけど)」
 場が凍り付く。
 「ちょっと……妖怪レベルの(青人間を含む)強化人間を生み出すなんて、とんでもない奴じゃない!
 そんな奴がいるなんて……どうして公表しないのよ!? (今もここで何か企んでるかも知れないのに)」
 はたては我に返ると、いきなり取り乱し、にとりへ喰ってかかる。にとりのほうはキョトンとしている。
 「え? 何怒ってるの? こいつそんなに大した奴じゃないよ。(科学者としてはとんでもないけど)」
 「……え?」
 「だって、妖怪にとって人間は捕食の対象。人間にとっての家畜とあまり変わらないよ。
 ……河童は盟友だと思ってるけど。
 その家畜を品種改良したり、クローンを作ったりするのは、外の人間が既にやってる。
 食肉目的だけじゃなく、馬をより速く走れるように改造強化するのだって昔から行われている。
 牧羊犬や穴掘り用の犬、狩猟犬も生み出されてるし、生物の強化なんて珍しくも無い。
 妖怪が人間を目的に応じて品種改良する事は、妖怪が目くじらを立てるほどの事じゃないし、
 妖怪でも手に余るような『怪物』なら、スキマ妖怪や博麗の巫女が何とかしてくれるから心配ないよ。」
 「……ああ、そっか。でも……生みの親であるこいつは妖怪でしょ? こいつはどうするのさ。
 少なくとも、私はこの幻想郷でこういう奴に会った事が無い。あくまで勘だけど……こいつヤバイよ。」
 にとりとはたてには温度差があった。
 間近ですれ違い血の匂いを嗅ぎ取ったはたてと、ある商談の様子を覗き見ただけのにとりとの違いか。
 「まあ……私の傑作(黄鬼一発)を一番初めに強いと評してくれたあんたの勘なら信じてもいいだろうね。
 私もこいつの戦闘力に関しては全くデータが無い状況だし、弱いと決め付けるのは早計だから。」

 「私も混ぜてくれませんかね? ……身内を殺した犯人探しをしたいのですが。」
 にとりとはたてが話している所に、いつの間に入ったのだろうか。射命丸文がいた。
 「……いつから聞いてたの?」
 にとりは知り合いとは言え、突然の侵入者への警戒を露わにする。
 「私は『おじゃる眼鏡女』なんて誰か知りませんよ。勘弁してください……」
 「ああそう……全部ね。多分。」
 「さぁ? どう受け取られても構いませんが。」
 わざとバレバレなトボけ方をする文に、それを看破するはたて。長い付き合い故の見え見えの掛け合い。
 どうやらはたてのゴーサインが出た模様。にとりも首を縦に振らざるを得ない。
 「全く……仕方が無い。ただ、この件を記事にはしないでよ。(調査とかに)色々差し障りが出るから。」
 「了解しました。『河童製幻想郷縁起EXTRA』……貴重なネタを盗んだりしませんから、ご安心を。」
 意地悪く笑みを浮かべる文の言葉に、にとりはギクリとなり、顔を引きつらせた。

 (中間地点3.3:迷いの竹林・永遠亭その3)
 咲夜達に退治されたミスティアとルーミアは、怪我の治療のため永遠亭に緊急再入院となった。
 2人からの事情聴取が行われたが、人間の男性に襲われて刃物でメッタ刺しにされた記憶しか無く、
 それ以外の『共犯者』に斬られた憶えは全くないらしい。
 鈴仙の暗示による強制自白でも、得られた証言以外にまつわる記憶を読み取る事はできなかった。
 先程の怪我の検分結果と矛盾する事から、記憶を操作され『共犯者』の部分のみ消された事は明らかである。
 つまり、これ以上得られる手掛かりは無いという事だ。調査は行き止まりか。
 そんな時、真夜中の病室に医師である永琳が直々に現れ、別の空き病室へと案内される。

 人魚のミイラを解析した結果、その遺伝子配列が『食用人間』に似たパターンを持っている事が分かったのだ。
 そして、自然界では絶対あり得ない遺伝子の組み変わりも見付かり、遺伝子操作の産物である事も確定した。
 つまり、食用人間と同じ生みの親によって作られた事を意味する。
 これは黄人間の生みの親が幻想郷に自分の制作物を持ち込み、人里と取引を行っている事を意味する。
 てゐの証言と、人魚のミイラを購入する際に交わした契約書によれば、相手は金貸しの『根古屋(ねこや)』。
 かつて裏社会を牛耳っていた男が若旦那を務めていた店で、今はその右腕だった者が後を継いでいるらしい。
 (ちなみに元若旦那の男は突然弟と共に姿を晦まし、現在行方不明である。)
 そして、現在の店主は黄人間の生みの親と直接の面識がある事も推測できる。
 なぜなら、永琳がてゐから預かった店との契約書と、人魚のミイラの両方に、その痕跡が見られるからである。

 人魚のミイラには、黄人間に似た(人間ではない)種族の『妖気』が隅々までベッタリと染み込んでおり、
 その上からわずかに人間の男性のオーラが染み付き、さらにその上に妖怪兎の妖気がうっすらと付着していた。
 一方、契約書に書かれている文字には人間の男性のオーラに、同じ黄人間に似た種族の妖気が僅かに混ざった
 ものが込められており、それは契約書の紙に残った人間の男性の指紋と共に微かに付着した僅かなオーラと、
 てゐの指紋と共に微かに付着した妖怪兎の妖気とは別々に付着したものである事が判明している。
 文字に込められているオーラと妖気は恐らく毛筆を経由したものであるが、店主とその取引相手が同じものを
 使い回しているためとは考えにくい。また、筆ではなく墨汁由来かも知れないが同様にその可能性も低い。
 そこで、永琳は筆で書かれた文字の部分を薄く削り、紙の表面のささくれと、表面に付着したホコリ等を採取し、
 その成分や遺伝子情報を調べた所、黄人間に極めて近い種族の毛髪の断片が混ざっている事が判明した。
 (恐らく毛筆の材料に、黄人間に近い種族の毛髪が使われており、書く時に摩擦で削れたのだろう。)
 使われた毛筆は、取引相手から店主へ贈られたか、店側が購入したものだろう。
 ちなみに、人魚のミイラと一緒に持ち帰った際、妖気が移った可能性もあるが、その場合、文字だけではなく
 紙全体に移るためその可能性は限りなく低い。

 そして、ミスティアとルーミアが襲撃された際、串刺しに使われた木の棒の表面の削ぎ口に微かに残された、
 極々僅かな『妖気』と、人魚のミイラおよび契約書の文字部分に残った『妖気』が、完全に一致したのだ。
 いかなる使い手であっても、いやむしろ熟練した使い手であれば、自らが振るう刃の上に気迫を乗せてしまい、
 隠すのは不可能であろう。犯人はできる限り痕跡を消したつもりだろうが、意図せずに残してしまったのか、
 はたまた意図しての事だったのか……極々僅かな妖気を残したのだ。

 「黄人間が……犯人!?」
 「つまり……どういうことなんだぜ?」
 咲夜は驚きを隠せず、魔理沙は話を半分も理解できていない様子。
 しかし霊夢は、違っていたようだ。
 「それはないわ。黄人間は……人間だもの。妖気なんか感じないわ。」
 霊夢の冷静な指摘に、咲夜は頷くも、魔理沙はよく分からないと言った顔をする。
 「え……だって、あいつら妖力あるだろ。妖怪から能力盗んだりするし。」
 「あのねぇ~……黄鬼は、厳密には人間じゃないのよ。」
 霊夢はため息をつきながら、やれやれと言った様子で答える。が……
 「えぇ~? でもあいつらは首無しで生きられる。それでも人間なんだろ? おかしくないか?」
 魔理沙は矛盾点が気になり、中々飲み込めないでいる。
 「あの子らは、首に妖獣を飼ってるのよ。そのお陰で動けるの。体に妖気は無いし、普通の人間と一緒よ。」
 「ふぅん……そんなものなのか。」
 「それにね……首無しに毛髪なんか無いわよ。頭が無いんだから。」
 煮え切らない様子の魔理沙に、霊夢が見も蓋も無い形で駄目押しをするも……
 「あら、毛髪は頭だけとは限らないわよ。ある程度成熟した子なら……」
 咲夜が意味深な形で混ぜっ返し、意味を察した霊夢と魔理沙が思わず赤面する。が……
 「それは無いわね。毛筆に使われるのは直毛よ。それが生えるのは頭だけ。」
 永琳が遮るように横から訂正する。
 「厳密には、黄人間に似た人間ではない妖怪ね。高い知性を持っている。私は会った事の無い人物よ。」
 そう述べる永琳に対し、鈴仙は全て理解した様子で頷いた後、後に続ける。
 「そう……高い知性。師匠がそう言える程の人物は限られてるわ。犯人は知的階級……多分科学者よ。」
 「知っているのか? 鈴仙。」
 「知らないわ。でも私や師匠と面識の無い知的で高位の妖怪で、黄人間に近い人物と言えば、
 考えられるのは……食用人間の生みの親くらいね。」

 咲夜はその日一日に起きた出来事を反芻し、一連の妖怪焚き付けの手口と、ミスティアとルーミアに行われた
 記憶操作の手口が共通している事に思い当たり、同じ犯人によるものと直感する。
 しかし、まだ全てが繋がったわけではなく、いくつか不明点が存在するため、確認のための質問を始める。
 「ねぇ……そいつってどんな風体の持ち主か推測できる? もしかしたら目撃しているかも知れないわ。」
 「「「!!!」」」
 霊夢、魔理沙、鈴仙が驚き、一斉に咲夜のほうを見る。が、永琳は落ち着いたまま答える。
 「……筆に使われている毛は化学処理により脱色されているけど、東洋人の黒髪に近いものよ。
 年齢は十代で、性別は女性。一度説明したけど、直毛よ。パーマは使われてないわ。
 そこから推測される体格は……魔理沙。あなたと同じか、少し低いくらいの背格好の女の子。
 体格と刃物の切り口から想像できる運動機能は……木の棒に使われた木の樹齢から推定できる高さを併せて
 考えると……半霊の庭師と互角の、並の妖怪レベルと言った所かしら。」
 しかし、永琳の答えにまたしても、咲夜を除く他の3人は呆気に取られてしまう。
 「……並の妖怪って……妖夢はあれでも強いけどなぁ。」
 「でも、脱色した直毛の持ち主で、魔理沙と似た背格好で妖夢と互角の刃物使いって、妖夢本人じゃないの?」
 「それはないわ。半人半霊じゃないから。師匠の話聞いてたでしょう?」
 その時、咲夜の中で全てが一本の線で繋がった。
 「私は……恐らく犯人を知っている。」

 永琳:
 『脱色されているけど、東洋人の黒髪に近い』
 『年齢は十代で、性別は女性』
 『直毛よ。パーマは使われてないわ。』
 『魔理沙。あなたと同じか、少し低いくらいの背格好の女の子。』
 『半霊の庭師と互角の、並の妖怪レベルと言った所かしら。』
 鈴仙:
 『犯人は知的階級……多分科学者よ。』
 『黄人間に近い人物と言えば、考えられるのは……食用人間の生みの親くらいね。』
 文:
 『気付きませんでしたか? ……彼女、妖怪です。』
 『妖気は全く感じません。恐らく無いか、うまく隠しているのでしょう。……それこそが怪しいんです。』
 『あの子は人里で人間に溶け込み、ああして人間を誑かすタイプの妖怪でしょう。』
 釣り人親分:
 『この湖にゃあ世にも珍しい人魚が棲んでるらしい。その肉は不老長寿の妙薬になるってぇ噂だ。』
 『俺達人間だって、妖怪を狩れるんでぇ!! 人間舐めんなよ!!』
 文々。新聞:
 『自警団の男、夜雀を襲い返り討ちにさる』
 『自警団メンバー、また夜雀に返り討ちにさる』
 『今度は一般人! 宵闇の妖怪に挑み餌食となる』
 レミリア:
 『あいつ、近いうちにまた何かやらかしそうだ。』

第2章:【解決編】

 (中間地点4:迷いの竹林・永遠亭その4)
 「……犯人を……知ってる!?」
 「一体誰だよ!?」
 霊夢と魔理沙は豆鉄砲を喰らったような顔になり、すぐさま咲夜に詰め寄る。
 「確証は無いわ。それにまだ不明な点が残ってる。……それでも、主犯が誰なのか見当は付いた。」
 咲夜は一旦目を反らした後、向き直り、2人の顔を見据えながら話を続ける。
 「一連の人里での妖怪返り討ち事件……と、人魚狩りおよび妖怪襲撃事件の黒幕。
 それは……金融投資家『百鬼マダラ』。又の名を料理研究家『キャッツァータ・カニバリーズモ』。
 幻想郷の外の人物よ。」

 「幻想郷の『外』の…『人物』? 外来人じゃなく……人間ではなく……人物ねぇ。」
 霊夢は咲夜の言葉の端々から意味を汲み取った様子。しかし魔理沙はいまいちピンと来ない。
 「?? どういうことなんだぜ?」
 「あー……つまりねー。幻想郷でも外界でも無い別の場所から来た、人外よ。」
 「外の世界じゃない別の世界って、どこだ?」
 「さぁね。平行世界なんか数えてもキリが無いもの。私はお手上げ。咲夜に聞いて。」
 「それは……私の知る限り、一つだけ思い当たる場所があるわ。……『漂流都市』。」
 「あ……」
 「食用人間なんちゃらの元凶の場所かー」
 「恐らく、間違いないわ。奴の動向を探るため、一度だけ尾行した事があるのよ。
 (……その時、半径1キロ以内に近寄るのがあまりにも危険に思えたから、
 時折時間停止をしながら、1キロ以上離れた先から望遠鏡で監視した程度だけど)
 ……『異界の門』を通るのを確認したわ。」
 「つまり……異界人ね。」
 「アリスに聞いた事あるぜ。世界の狭間に漂う未来都市があるってな。そこの出身者か……」
 「私が知るのは投資家と、料理研究家としての彼女だけ。
 それが全てではないという事くらいしか分からない。全ての顔を知る人間はいないと言われるわ。
 今回の黒幕は恐らく別の顔……」
 「異界の料理研究家で、人間牧場の関係者……悪い想像しか浮かばないわね。」
 咲夜の説明で、霊夢は全てを理解した模様。恐らく犯人の本性も見抜いたであろう。
 「で、その料理研究家が何で人魚のミイラと黄人間の生みの親だと断定できるんだ?」
 魔理沙はまだ納得が行ってないようで、駄目押しの質問をする。
 「念のために説明するけど……何かにのめり込むととことん極めたくなる事って無い?
 例えば料理の素材にこだわるあまり、家庭菜園を作ったり、はたまた牧場を作ったり。
 紅茶の茶葉に拘るあまり、自家栽培を試みたりする感じに似てるわね。」
 「ああ、何となく理解できたぜ。魔法の研究のためにキノコを栽培するのと一緒か。」
 魔理沙も納得が行った様子。
 「どうやら犯人の目星は一致したようね。で、これからどうするつもり?」
 それまで様子を見ていた鈴仙がタイミングを見計らい、話題を締め、次の話題へ切り替える。

 「一旦、解散します。
 私は人里の情勢を調査する任務を帯びていますので、早速この話を主人へ伝えようと思います。
 それでは、また何かあればこちらから参りますので、ごきげんよう。」
 咲夜はそう伝えた後、一瞬でその場から姿を消した。

 ……と思った矢先、消えたはずの咲夜は病室のドアの前で固まっていた。
 「??? 何で……いくらやってもビクともしない。」
 ドアは固く閉ざされており、出入りできない状態になっていた。
 「残念。再提出ですわ。」
  • 八雲紫(神隠しの主犯)
 咲夜の背後の空間に裂け目ができ、そこからスキマ妖怪が出現した。
 「ちなみにこの部屋と外との境界を固定したので、どこからも出入りは不可能です。」

 トラブルメーカーの思わぬ邪魔が入り、霊夢は目を三角にしていきり立つ。
 「ちょっと!? 紫! あんたどういうつもり……」
 「解決へのヒントをあげるわ。いえ、ヒントというよりハードルかしら。」
 「ヒントって……あんたの説明まどろっこしいし、混ぜっ返されるのがオチじゃ……」
 「でも、今のままでレミリアに説明したとしても、咲夜……あなた怒られるのがオチよ。」
 しかし、紫は悪びれる様子も無く、霊夢の文句もどこ吹く風で、構わず咲夜に振る。
 「で……私の理解のどこに不足があると言うのでしょう?」
 「……やっこさんにはアリバイがあるわ。そして、これは二重の密室事件よ。
 片方はやっこさんの居場所である漂流都市。もう片方は、幻想郷。」
 「!!」
 咲夜の質問に対し紫がさらっと重大な事を言ってのけ、その意味を霊夢だけが即座に理解した。
 「今まで意識しなかったけど……幻想郷は、この部屋と同じ……クローズド・サークルと言うわけね。」
 「ええ。ちなみに漂流都市のほうも同じよ。出入りは厳重に管理されているわ。
 幻想郷との行き来があれば、『全て』捕捉できるから、完全な密室なのよ。
 そして、ここ数ヶ月の間での行き来はゼロよ。さらに漂流都市との間では、あらゆる形式の無線通信が
 行えないよう電磁波は境界で遮断されているし、外との物流はうちの式が把握しているから、やり取りが
 あれば把握できるようになっているの。数ヶ月間、漂流都市との信書の受け渡しを含む物流はゼロよ。」
 紫の証言が全ての事実を言い表すものであれば、百鬼はシロという事になる。
 「でも、襲撃されたみすちーとルーミアの傷を検分した結果は、百鬼以外あり得ないんだろ?
 だったら、漂流都市には最初からいなかったって事じゃないのか?
 数ヶ月間ずっと幻想郷で息を潜めてたんだろう。」
 「ん~。いい線行ってるけど、違うわね。百鬼は数ヶ月前、確かに漂流都市の入口ゲートを通過して、
 市内に入っているわ。そして、そこの学会に出席したのも確認されているし、講演活動の形跡もある。
 仮に影武者を用意したとしても、生体認証とオーラ認証、脳波、霊魂等でバレるからあり得ないわ。
 仮に記憶を完全コピーしたクローンを用意したとしても、霊魂が異なるから見分ける事は可能よ。」
 「それじゃあシロ以外あり得ないじゃないか……後考えられるとしたら、紫……お前が共犯者で
 嘘をついているか、奴を庇ってるかしかあり得ないんだぜ。」
 「ふふ。面白い着眼点じゃないの。でもね……それを考える事に意味など無いわ。
 だって、私が共犯者で犯人を庇ってるのなら、それは幻想郷の意思であり、絶対に解決してはいけない
 という事になるもの。そういう可能性を取ったら最後、負けなのよ。分かる?」
 「あー……なるほど。私はパス。お手上げだぜ。後は任せた、霊夢。」
 「ちょっと、私にいきなり振らないでよ。考えがまとまってないんだから。」
 「じゃあ咲夜。」
 「あら……私の番? そうねぇ……紫様。あなたのハードルはスキマだらけです。
 これではまるでヒントを散りばめたも同然ではございませんか。」
 「ふふ。そう思って貰えて光栄ですわ。では続けてください。」
 「漂流都市では偽物は必ず見破られるから、本人以外あり得ない。
 一方、幻想郷では、彼女の影武者が現れたとしても、本人と瓜二つで行動様式まで一緒なら、
 見分けられる者などおりませんわ。
 そして、数ヶ月間通信不能で全く指示を与える事ができなくとも、その前に全ての指示を与えておけば、
 本人がその場にいずして、影武者を思い通りに動かす事は可能です。
 ……方法までは思い付きませんが。」
 咲夜の隙間を突くような推理に、その場は水を打ったように静まり返る。
 「……私から、これ以上何も言う事はありません。では健闘を祈ります。」
 そして、紫はそう言い残すと、あっという間に空間の裂け目の中に消えた。
 「……これでいいのかしら?」
 「あいつ逃げたわね。まあ正解って事でいいでしょ。」
 「だな。」

 「話は終わったようね。」
 それまで静観していた永琳がドアに手を掛けると、すんなりと開いた。
 「全く……私達まで密室に閉じ込めるなんて、この忙しいのに勘弁して貰いたいものね。」
 そう愚痴を言い残し、永琳は鈴仙を連れて病室を後にした。
 咲夜がその場から姿を消したのは、その一瞬後の事である。

 「……ところで、さっきは気にしてなかったから聞きそびれたけど、犯人の動機は一体何なんだ?」
 その場に残された魔理沙がそれまで誰も聞かなかった質問を霊夢に投げ掛ける。
 が、霊夢はそれに答える意味も無いと言いたげな表情で、素っ気なく答えを返す。
 「相手は妖怪よ。動機の言語化を求めるなんて、お前は一体何の妖怪か?と聞くようなもので野暮だわ。」
 しかし、魔理沙はそれで納得するどころか、まだ新たに疑問が湧いたようで、さらに食い下がる。
 「……だから、犯人は何の妖怪か分からないんだぜ?」
 「言われてみればそうね。黄人間の生みの親としか知らない。科学者で料理研究家で投資家。
 一体何の妖怪なのかしら。……案外それがヒントになるのかも。」
 「(そうだ……奴は何者なのか……私が今一番知りたいのがそれなんだ。
 咲夜と紫は知ってるみたいだけど、私達が知る事のできる情報は、2人の話から断片的に分かる事だけだ。
 ……やっぱりさっきのうちに聞いておけばよかったんだぜ。)」

 「(霊夢、魔理沙。それは間違いの元よ。妖怪だからと言って、本分に忠実に生きるとは限らないわ。
 ……心を読まないさとり妖怪もいるし、鬼である事を隠し仙人として生きる者もいる。
 何の妖怪か……『種族』なんて、詰まる所、『学者』が知識の体系化のための分類に使う方便に過ぎないのよ。
 何者であるか、それはそのものの在り様から捉えられるものでしか無いのかも知れないわね。)」
 次元の狭間から、自らの正体すらも明確な答えを持たない、いわゆる『スキマ』と呼ばれる『妖怪』が、
 霊夢達の様子を覗き見ながら、心の中でそう独り言ちていた。

 (中間地点4.1:妖怪の山・天狗の隠れ家)
 射命丸文は、にとりから貰った最新型光学迷彩と小型カメラを手下の妖怪烏『バラ』に装着させ、
 人里の民家全てを巡回させる事にした。
 褐色少女とフードの女が潜んでいると思われる拠点を探るためである。
 昼夜問わず活動するため、暗闇でも見えるようにする妖術を掛けてある。
 なお、僅かな音や匂いで感付かれる危険性を排除するため、音や電磁波を発する機器は装着しておらず、
 無線も使えない。よって、撮影した映像ははたての念写能力で受信する事になる。
 さらに、烏自身は音や気配を消す訓練を積んでおり、匂いも出さないよう体質を操作されている。
 そして、長時間飲まず食わずで排泄無しで動ける。鈍足で戦闘向きではないが隠密行動に向いた、
 文の隠し玉である。(漆黒の体色は闇に溶け込むのに適しており、光学迷彩は保険である。)

 バラは人里を半分程巡回した所で、怪しい民家を発見する。
 そこは以前から不審人物がよく出入りする曰くつきの場所であり、妖怪排斥主義者の溜まり場と目されている
 チェック済みの場所だった。
 誰か怪しい人物を目撃したわけでもなく、家から目立つ明りが漏れたのでもない。ただの野生の勘である。
 バラは、その家が怪しいと感じたため、しばらく様子を伺った。
 そして、唐突に空高く飛び上がり、その民家が砂粒程にしか見えなくなるくらいまで離れた。
 ちょうどその直後のタイミングで、民家の裏口が開き、中からフードを被った男達が出て来た。
 そして、後に続いてフードの女も出て来た。
 女はふと上を気にして、夜空を一瞬だけ見上げた後、すぐに目線を元に戻した。
 ……バラは音も匂いも気配も全く出さなかった。そして、何の前触れも無く、直感で上へ逃げた。
 その直後にフードの女が現れ、気配も何もないはずのバラの存在を察知しかけたのだ。
 ……薄皮一枚分で、バラの首の皮は繋がった。
 それ以降、フードの女が外に出ている間中、バラは女からおよそ半径300メートル以内に近付く事は不可能であり、
 ずっと遠くから観察し続ける他無かった。

 「百鬼殿。到着しました。ここが演習場です。」
 妖怪排斥主義者の一団が人里から離れた暗い森の真ん中に到着した頃、男の一人がフードの女に話し掛けた。
 「ふぅん。中々いい場所じゃない。丁度手頃な的(まと)もゴロゴロ転がってるし。」
 女はご機嫌そうに返事をする。
 「では、本日の妖怪狩りの演習を始めます。」
 男はそう告げると、他の男達に大声で号令を発する。
 「全体、始め!!」
 号令を合図としたかのように、周囲で様子を伺っていた妖獣や弱小妖怪達が一斉に男達に襲い掛かる。
 男達は一瞬怯みながらも、猟銃や刀で応戦し、次々と敵を仕留めて行く。
 一部の妖怪達は、フードの女が一番弱いと見たのか、彼女に狙いを付け、一気呵成に襲い掛かった。
 しかし、女は応戦するどころか、一歩も動くことなく、その場に棒立ちとなる。
 一瞬後、周囲の妖怪達は他の男達が発射した銃弾の餌食となり、崩れ落ちた。
 女に近付くのは難しいと判断したのか、残りの妖怪達は邪魔者を排除するため、周囲の男達に狙いを変え、
 再び戦闘が始まる。
 小一時間程の戦闘の後、男達の周りは死屍累々たる有様となっており、妖怪や妖獣の屍が散らばっていた。
 戦闘中とは打って変わり、静寂に包まれており、最早襲おうとする妖怪は一匹も残ってはいなかった。
 「上出来よ。……では、撤収作業に入るわ。」
 「了解。撤収始め!」
 女の指示により、上官と思われる男が号令を発し、男達が一斉に妖怪の死体を片付け始める。
 それは掃除というよりむしろ、狩りで仕留めた獲物を持ち帰るための準備と呼べるものだった。

 「ちょっと……何よこれ。」
 念写で受信した映像を見たはたては絶句していた。
 映像が途中から自動ズーム補正が働いたものに変わり、撮影している烏が標的から急速に離れた事が分かる。
 そして、周囲からの目視が不可能で気配も音も無いはずの撮影者に向けて標的からの視線が注がれるという
 ショッキングな場面を目の当たりにし、はたては相手の並外れた嗅覚に恐れ戦いたのだ。
 「(こんな奴……監視するだけで命懸け。相対するなんてとてもじゃないけど無理! 怖すぎるわ!)」
 映像は携帯からケーブルでサーバーへ送られ、特大スクリーンに大写しになっており、
 にとりと文も鑑賞する事ができるようになっている。
 さらに、連続撮りにも対応しているため、コマ送りの高速カメラ映像をスライドショー形式で表示する事も
 可能であり、スローモーション映像のように繋げて見る事もできる。
 「あや? ちょっと、今の所もう一度見せてくれませんか? 妖怪共が女を取り囲んだ場面からです。」
 「了解。ここら辺からでいいかな?」
 「はい。オーケーです。」
 文は何かに気付いた様子。特定の場面を食い入るように繰り返し見続けている。
 「……妖怪の頭、眉間の辺りが凹んでますね。(速すぎて)写ってませんが、打突を喰らったんでしょうか。
 一瞬でトンでますね。多分この時点でもうお陀仏でしょう。直後の銃撃は茶番です。」
 「へぇ~凄いね。全く気付かなかったよ。言われてみれば……ミリ単位で変形してるね。
 これは……カメラのフレームレート超えてるよ。毎秒120コマの高速なのに……」
 「外のテレビの倍速程度じゃ捉え切れない妖怪なんてザラにいますし、一部の人間でもこれより速く動けますよ。」
 「勘弁してよ。小型だとこれが限界なんだ。本気出せば毎秒1200はいけるけど、機材とデータが馬鹿でかくなるし、
 映像再現するのに時間掛かり過ぎていつまでも見終わらないよ。」
 「やはり私の目で直接見るしか無さそうですねぇ……(まあお互い相見えた時点で殺し合いは必至でしょうが)」
 不敵な笑みを浮かべ、さらりと言ってのける文に対し、横で聞いていたはたては若干引いていた。
 「(何この会話……ないわ~。ちょっと付いて行く自信無くし掛けてる自分がいる……)」

 (中間地点5:紅魔館・大広間)
 紅魔館に帰った咲夜は、早速事件の一部始終をレミリアに報告する。
 「なるほど。やっぱりな。」
 レミリアは全て予見していたのだろうか、驚きは無く、予想通りという感じの反応しか示さない。
 「……ところで、この事を知っているのは一緒に犯人探しをした連中で全てか?」
 「ええ。紅白巫女と黒い魔女、紫様、そして永遠亭の皆様。これで全てです。間違いありません。」
 「そうか。一応、天狗のパパラッチにも気を付けた方がいいな。下手に動かれるとこちらの出方が筒抜けになる。」
 「かしこまりました。」
 レミリアはチェスの駒を弄びながら、何かを言いたそうにして考え込んでいる。
 「……どうなされましたか。」
 咲夜が尋ねると、レミリアは向かい側にある敵陣の白い駒を動かし、キングを脇に避け、クイーンを中央に置く。
 「この勝負、チェックメイトは不可能だが、我々の勝ちだ。」
 「と、仰りますと?」
 「こちらの陣地のど真ん中で暴れている奴(白のクイーン)を詰めてやればよい。それで勝負は終わりだ。
 本丸(白のキング)の出番は無い。」
 「なるほど。」
 「だが……」
 「?」
 レミリアは横に避けてあった白のビショップとルークを1個ずつ手に取り、白のクイーンの隣のマスに一緒に置く。
 「マスが小さすぎて一緒には置けませんわ。」
 「……ほっとけ。まあ、私の言いたい事は分かるな?」
 「ええ。暴れているのは1人だけとは限らない……という事ですね?」
 「ま、お前の話を聞く限り、こいつは白というより黒で、敵のスパイだがな。」
 そういうと、レミリアは一緒に置かれてる白のビショップとルークを横に避け、代わりに黒のルークを逆さまに置く。
 「それは困りますわ。同じ色の駒は取れませんもの。」
 咲夜はそう冗談っぽく返した。

 ※チェスではポーン(歩兵)が相手陣地の行き止まりに到達した瞬間から、好きな駒に昇進させる事ができる
 将棋の『成駒』に似たルールがあり、昇進したポーンは他の駒に置き換えて使う。
 (大抵はクイーンに昇進させるが、戦術によってはナイトに昇進させる事もある。
 クイーンに昇進した場合、本物のクイーンが既に相手に取られていたならば、それを返して貰い使う。
 また、クイーンが健在でルークが1個取られていた場合、ルークを逆さまにしてクイーンとして使う。)

 「(黒の中に敵のスパイ……果たしてそれだけかしら?)」
 チェス盤を見ながら、咲夜はふとした事に思い至る。
 「(黒の中にも動きの読めない駒がいる。)」
 咲夜の視線はチェス盤の脇に残されたもう1個の黒のルークに注がれる。
 ※ルークの動きは将棋の『飛車』と同じ。

 (中間地点5.1:妖怪の山・大空洞)
 妖怪の山の奥地には、外からは誰にも分からない所に地底まで続く巨大な空洞が開いている。
 その空洞の真ん中に、射命丸文はいた。正確には、宙に浮いていた。
 彼女の周囲は見えない空気の壁のようなものが渦巻いており、上昇気流を起こし、体を持ち上げている。
 直立不動のまま目を閉じて精神集中しているように見える。
 遠くから見ればただそれだけに見えるが、空洞の周囲の崖に立つと様相が一変する。
 よく見ると空洞の周囲一帯に動物の姿は無い。隠れているのではなく、近付けないのだ。
 それは、さとり妖怪の妹も例外ではなかった。
  • 古明地こいし(空想上の人格保持者)
 「…………。引き返そう。何だかあっちのほうへは行きたくない。」
 いつも何も考えずにフラフラする習性に似合わず、こいしは意識的に進路を変え、引き返して行った。

 長かった夜が明けようとしていた。

 (中間地点6:人里のカフェ・2日目)
 その日、人里のカフェは朝から大勢の客が押し掛けており、バイトの店員は忙しさに大わらわであった。
 客の目当ては新入りウェイトレスの妖精3人組……ではなく、天狗の号外記事である。
 『妖怪排斥主義者ら“妖怪狩り”始める』
 新聞の名前はいつもと違い『花果子念報』となっており、姫海棠はたての署名入り記事である。
 いつもは射命丸文が『文々。新聞』を投げ込む所が目撃されているが、今日に限り、投げ込む所を誰一人
 目撃しておらず、物音がして気付いたらいつの間にか新聞の束があったらしい。
 ショッキングな記事が口コミで伝わり、記事を読むために客が押し寄せてるという次第だ。
 ちなみに新聞は無断持ち出し禁止だが、たまに店員の目を盗んで持ち出す者もいるらしい。
 記事の内容は、見出しの通りであり、主犯格に百鬼マダラがいる事などは明かされていないが、
 妖怪烏を使って盗撮した写真が使われているため、当事者には覗き見された事が丸分かりだろう。
 その記事を目にして平静を失っている人物がカフェの店内に2人。
 前日と同じように里の男性を誘って店に来た褐色の少女と、調査継続中の十六夜咲夜である。
 「(全く動きの読めない駒には困ったものだわ……でもこれで確定。恐らく事態も動き出す。)」
 咲夜はすぐに落ち着きを取り戻し、周囲に気取られないように褐色少女のほうに視線を移す。
 褐色少女の向かい側正面に座っている男性は、少女からほんの一瞬発せられた深淵の底を思わせる
 極寒の気配に身震いしながらも、恐る恐る少女に話し掛ける。
 「ねぇ……何かあったのかい?」
 「……何でもないわ。」
 少女が動揺したのは一瞬であり、すぐに平静を取り戻したのを見て取った咲夜は、こちらに気付かれないよう
 すぐに視線を外し、記事を読んでいる振りをする。
 「(こちらからは取れなくても、あちらさんは本気で取りに来る……事も考えられるわね。
 背格好は半霊の剣士よりずっと小さいから、妖怪切り裂き魔は別人でしょうけど。)」
 誰も気付いていないが、カフェの建物の上で旋回していた烏(バラ)は、褐色少女の発した気配を感知した瞬間、
 すぐに高度を上げ、空高く離れて行った。
 この事は小型カメラとはたての念写を通じて瞬時に河童の研究所に送られ、にとりのほうでも褐色少女が
 敵(百鬼および妖怪排斥主義者らの味方)である確証を得る事ができた。
 「(この場にはいないみたいだけど……どこかで見てるんでしょう? 天狗の新聞記者さん。
 『オフェンシヴ・ヒアリング』
 ……流石ねぇ。相手を突く事で反応を伺う。何もせず観察するより相手の本音を引き出せる。
 そして、相手に手の内を読んでいると脅しを掛ける事で、動かざるを得ない状況へと追い込む。
 チェスで言うと『ツークツワンク』(動きの強制)ね。こちらも有効利用させてもらうわ。)」

 咲夜は褐色少女の向かい側にいる男性の顔色を見ながら、暗示に掛かった事を確認すると、先回りして店を出る。
 そして、周囲の気配に警戒しながら、人混みの中に紛れ姿を消す。
 ……と見せ掛けて、実際は時間を止めながら店内に戻り、別の客に成りすまして監視を続けた。
 実は、予め替え玉を用意していたのだ。メイド見習いであり教え子であった幼黄姫に協力してもらい、
 変装と『仮面を替える程度の能力』により、咲夜そっくりの人間に成りすまして貰ったのだ。
 服装も咲夜と同じメイド服を着ていたため、傍目からは咲夜に似た感じの長髪メイドにしか見えない。
 彼女と入れ替わった後の咲夜は長髪のカツラを装着しているため、よく見ないと入れ替わった事が分からない。
 仮面の能力を使用している間は幼黄姫も時間停止が使えるため、入れ替わりはスムーズに行われた。
 これにより、咲夜が店から出た事を敵に印象付け、そちらに注意を向けた後、褐色少女が店を出た後に
 『本物の咲夜』が敵にマークされる事なく店を出て、尾行ができるという算段が立つ。
 いわゆる『二重尾行』に備えた変則的な二重尾行……咲夜の時間停止能力ならではのトリックである。

 案の定、褐色少女は警戒せずに男性と一緒に店を出た後、それぞれ逆方向に分かれ、男性は人里の外のほうへ、
 褐色少女は人里の奥へ歩いて行った。
 咲夜は……褐色少女のほうを尾行した。

 丁度その頃、人里の民家の一室で緊急会合が開かれていた。
 「どうします? 我々の活動がここまで明るみに出ると動きづらくなってしまうでしょうな。」
 妖怪排斥主義者の男が、隣にいるフードの女に話し掛ける。
 「……これはいい機会です。徹底的に動いてやればいい。……天狗を滅ぼしてやりましょう。」
 「!!!!」
 女の爆弾発言に、その場に戦慄が走る。
 「百鬼殿……流石にそれは……些か口が過ぎるのでは。……壁に耳ありと申しますし(小声)」
 「……なあに。我々自らが手を下すまでもありません。『二虎競食の計』で十分でしょう。」
 「なるほど。しかし、どうやって。」
 「それは秘密です。……壁に耳ありと申しますし(小声)」

 今度は逃がさないよう、一瞬たりとも目を離さずに褐色少女を尾行し続ける咲夜だが、
 標的が急遽引き返したため、慌てて時間停止をして、空間を操作して広げた物陰に隠れる。
 相手に気付かれないよう死角になる場所から覗き見たため、相手の視線にまでは気付かなかった。
 その時、褐色少女は道行く人々とすれ違う瞬間、次々と目を合せて片っ端から暗示を掛けていた。
 『今日、守矢神社にお百度参りしなければならない』と。
 まるで尾行が分かっているかのように人里のあちこちを駆け回ったため、咲夜はそれに振り回され、
 徒労感に襲われる。
 「(まさか……尾行がバレてる!? でも周りに仲間がいない事は確認済み。
 気付かれる事はありえない。……幼黄姫も気配を消してどこかに潜んで監視しているはずだから、
 私が二重尾行されているとは考えられない。……どうする? このまま続けるか……)」
 咲夜は敵の与り知らぬ所で、重大な選択を迫られていた。
 「(尾行するのみ……! 絶対に掴んで見せるわ。主犯……百鬼マダラとの繋がりを。)」
 そして、迷う事無く尾行を継続する事にした。

 (中間地点6.1:妖怪の山・守矢神社)
 特別な年中行事も無いのに、その日はやけに参拝客が多かった。
 しかも見覚えのある人間を何人も、何度も見掛ける。
  • 東風谷早苗(山の新人神様)
 「皆さんどうされたんでしょう。お百度参りとの事ですが……
 熱心なのはいい事ですが、無理をしていないか心配です。」
  • 八坂神奈子(山坂と湖の権化)
 「まあいいじゃないか。信仰が集まるに越した事はない。
 参拝者の体の心配ができるくらい余裕があるのは喜ばしい事だろう。」
 そこに、巫女見習いのメイドロボが現れ、早苗に助けを求めた。
 「東風谷様。社務所(売店)に参拝客の人だかりが出来て、とても人手が足りません。ヘルプです。」
 「はい。今行きます。」
 早苗は社務所へ行き、見習い達に混じって売り子を担当する。
 その社務所の行列の中に、褐色少女と咲夜が並んでいた。
 「(どういう事なの……まさか御守りを買うだけのつもりじゃないわよね? 目的は一体……
 と言うか、流れで並んだけど今持ち合わせ無いのよね。……どうしよう。)」
 咲夜はふと売り場の中に早苗の姿を確認し、様子を伺う。
 すると、早苗がどこかに視線を向けている事に気付き、視線の先を追うと……褐色少女がいた。
 早苗の様子が急に変わり、売り場から奥に引っ込む。
 すると褐色少女は行列を抜け、社務所の裏のほうへ歩いて行く。
 「(……追い掛けるか)」
 咲夜は一寸の迷いも無く、素早く行列を抜け、褐色少女の後を追った。

 「何か御用でしょうか。……あなたが人外の者であるという事は、一目見て分かりましたよ。」
 社務所の裏口から出た早苗は、褐色少女と対峙していた。
 「…………」
 褐色少女は答えず、ただ早苗の目を凝視し続ける。
 「私にその手の術が通用するとでも思いましたか? 無駄な事です。退治されない内に失せてください。」
 どうやら早苗には効かないようだ。褐色少女はたちまち顔面蒼白となる。
 「…………」
 諦めたのか、しばらく黙った後、褐色少女は何もせずにそのまま引き返し、帰ろうとする。
 「……ちょっと待ってください。天狗の新聞で読みました。もしかして……
 里で人々を術で惑わし、妖怪に挑ませ、彼らの餌食にしているのではないですか?
 だとすれば、放っては置けません。今ここで……成敗します。」
 そう呼び止めた早苗の目は、本気だった。
 次の瞬間、褐色少女が振り返り、これまでにないくらい大きく目を見開き、ブラックホールのように
 真っ暗闇が広がる漆黒の目のような2つの穴を、早苗に見せた。(その際、首が180度回った。)
 「ひっ!?」
 流石に早苗もこれには怯んだ。
 『天狗を滅ぼせ。この山はお前のものだ。天狗を除けろ。ここはお前ら守矢だけが支配する山だ。』
 どこからともなく、地響きのように不気味な重低音が、早苗の精神の奥底に囁きかけた。

 「…………」
 早苗は何も言えず、ただ固まっていた。そして、顔には今までに見られない危険な笑みが浮かんでいた。
 「(ちょっと……待ってください。何ですかこれは……私とした事が、不覚……もう駄目……)」
 物陰で息を潜めながら見ていた咲夜は苦渋に満ちた顔をする。
 「(……馬鹿! 油断するから……)」
 褐色少女は、社務所の中にいる早苗を一目見た瞬間、一筋縄では行かない事を見抜き、目を合せて軽い暗示を
 飛ばして出方を伺い、裏口に誘った後、力をわざとセーブして自分の力の限界を早苗に見誤らせたのだ。
 そうして高を括らせておいて、降参して逃げる振りをした後、早苗がガードを降ろすタイミングを狙い、
 化け物じみた怖い顔を見せ付けて動揺を誘った瞬間に、全力で本当の暗示を掛けたのである。
 早苗は半泣きになりながら、必死で自分自身の心に植え付けられた危険な欲求を抑えていた。
 そして……誰かに助けを求めてもいた。
 「(誰でもいい……私を止めてください……)ふふふ……そうですね。天狗は滅ぼすべきです。今すぐに!」
 その言葉は、天狗への宣戦布告であると同時に……合図でもあった。

 「分かったわ。……『今すぐ』、『助けた』。」
 咲夜は時間を止め、早苗の背後にいた。
 「まったく……駄目ね。私も。これは『悪手』。本当は今何もしてはいけなかったのに。」
 そう。この時に早苗を止めた時点で、敵側は企みが失敗した事を察知するのと同時に、咲夜の尾行もバレ、
 百鬼への手掛かりが途絶える事を意味する。
 敵側は意図せずして、咲夜の悪手を誘うと言う『ツークツワンク』返しの手を打った事になる。
 無論、仲間を見殺しにできる薄情者や、作戦に徹する意志の強い者には意味を成さない手ではあるが。
 「ですが、カッコイイです。……先生。」
 咲夜の傍にはいつの間にか幼黄姫がいた。咲夜の能力を借りて時間停止の世界に入り込んだのだ。
 (事前に咲夜の能力発動を予見して、咲夜の仮面を付けていなければ時間停止に対応できないのだが……
 元教え子である経験からか、早苗のために助けに入る事を読んでいたのだろう。)
 「褒めても何も出ないわよ。……ゴマスリついでに頼まれてくれないかしら。」
 「言われなくとも。……かしこまりました。」

 気が付くと、早苗はベッドの上に横たえられ、両手両足をロープでベッドの端に括り付けられていた。
 「!? え? え? 何これ……」
 「おはよう。早苗さん。」
 「あなた……幼さん! ここは一体どこですか!? これは何のつもりですか!?」
 「手荒な真似をしてごめんなさい。咲夜さんから、あなたを救う事を託されました。もう大丈夫ですよ。」
 「…………余計な真似しないで!! あなたも天狗の味方でしょう!! 解きなさい!! この縄を解けー!!!」
 幼黄姫から事情を聞いた早苗は、強烈な暗示に心を飲まれたせいか、逆上して暴れ始める。
 だが、彼女の顔は怒り狂いながらも、目は嬉し涙に溢れ、安堵に包まれていた。

 「さて……悪手ついでに、極悪の限りを尽くしてみましたとさ。」
 サディズム的な笑みを浮かべ、そう呟く咲夜の足元には、手足をズタズタに切り裂かれ、両目を刳り抜かれ、
 胴体を細く削った木の幹に串刺しにされた褐色少女の頭があった。ちなみに両耳の穴の中も破壊されている。
 「!?」
 褐色少女はノータイムでもたらされた急激な変化に対し、事態を把握し切れていない模様。
 「ん……? もしかして痛覚が無い? お魚さんなのかしら。」
 「……東風谷早苗……術に嵌ってるはず……私に何をした……ん、耳がおかしい……?」
 「ええ。鼓膜も内耳も全て破壊しましたとも。何も見えないし聞こえないので、聞くだけ無駄ですわね。」
 咲夜は適当に話を合わせて受け答えして見せるが、もちろん相手には聞こえないので無意味である。
 「…………昨日から尾行してる女か。……吸血鬼のメイド。匂いで分かるぞ。目と耳を潰しても無駄だ。」
 「あら……ご名答。バレちゃったのね。」
 「標的は……紅魔館に変更だな。待ってるがいい……お前の主が血祭りに上げられるのをな……」
 目の無い顔で、褐色少女は寒気を感じさせる笑みを浮かべる。ハッタリなのはバレバレであるが。
 「ふふ。血祭りだなんて、お嬢様はさぞかしお喜びになられるでしょうね。『あなた』の血で。」
 「…………」
 「……動かなくなったわ。もう息の根が止まったのかしら。案外呆気なかったわね。」
 褐色少女が完全に動かなくなったのを確認した咲夜は、死亡確認も兼ねて、その時間を急速に進める。
 すると、見る見るうちに腐り落ち、干乾びて風化し、やがて骨だけになった。
 「悪趣味なグロテスク死体は、できる限り速やかに白骨化させるのがよいと聞いた事があります。
 でないと老人のお偉方に睨まれますから。」

 (中間地点6.2:魔法の森)
 咲夜が褐色少女を尾行していた頃、カフェで褐色少女と一緒にいた男性は少女と分かれ、
 魔法の森に到着していた。
 手には炎を灯した松明を持っている。
 「人間を惑わす魔女の棲む森は焼き払うべきだ。誰もやらないなら俺がやってやる。」
 ……男はサラリととんでもない物騒なことを口走る。暗示に心を飲まれたせいか。
 手に持った松明の炎を木々に燃え移らせようとしたその時、風が吹き抜け、炎が消える。
 「……? 火が消えたか。」
 男は懐からマッチ棒(黄燐製)を取り出し、火打石とこすり合わせて火を灯す。
 それを松明に点けようとした瞬間、再び風が吹き抜け、マッチの火が消えた。
 「ちっ……風が鬱陶しいな。仕方が無い……」
 男は火の消えた松明を傍に置き、マッチ棒をもう一本取り出して、風が来ないように体を丸めながら
 手元で火を付ける。……が、傍に置いたはずの松明がいつの間にか消えている。
 「あれ……? ここに置いたはず……」
 男がよそ見した瞬間、手に持ったマッチの火が勢いよく燃え上がり、袖口に燃え移った。
 「うぉわっ!! あちちち!!」
 慌てて燃えた服を地面に擦り付け、鎮火させるが、右手の指と右腕に火傷を負ってしまう。
 しかも、黄燐製のマッチの火なので、火傷が酷く疼く。

 いつの間にか、男の背後に短髪の女の子がいた。
  • リグル・ナイトバグ(闇に蠢く光の蟲)
 「おじさん。火傷だいじょうぶ?」
 少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、心配半分、からかい半分で話し掛ける。
 「……いてて……ああ……酷い火傷だ。ボウズ……嬢ちゃんは何だ?」
 「あっ、今呼び間違えたでしょ。酷いなぁ。まぁよく言われるけど。」
 「すまん……って、こんな薄暗い場所に一人でいちゃあ危ないから、おうちに帰んな。」
 「心配ないよ……だってここは私の庭みたいなものだから。」
 「庭って……。……!! てめぇ……」
 男は少女の正体に気付き始めたようだ。
 「そう。私は人間じゃないよ。」
 「おいっ! 俺から離れやがれ! 汚らわしい妖怪め! 取って食おうったってそうはいかねぇぞ!
 これでも喰らいやがれ……」
 男は懐からもう一本マッチを取り出し、傍に落ちてる火打石を拾い上げようとした。
 その瞬間、マッチが勝手に燃え始め、男は慌てて指を離し、マッチを捨てた。
 「!? また……」
 男が周りに目を凝らすと、辺り一帯を飛蚊症のような黒い点みたいなものがブンブンと飛び回っているのが
 段々と見えてくる。
 「何だこりゃあ……虫か?」
 「ピンポーン♪ やっと気付いたか。そう……これは私の可愛い虫達。マッチや松明の火を消したのもこの子達だよ。」
 「ひぃっ! おめぇ……虫野郎か! いつも害虫を呼び寄せやがって、気持ち悪いんだよ!!」
 「ちょっと……女の子相手にひど~い! 人間相手にはいつも有益な虫を選んでるつもりなんだけど?」
 「うるせぇ! 俺は虫が大嫌いなんだよ!! 見るだけで鳥肌が立つんだ! 失せやがれ!」
 そう言い放つと、男は全身にサブイボを作りながら、ぶるぶる震えて見せた。
 「……そうもいかないんだよねぇ。おじさん、ここに放火しようとしたでしょ。」
 「それが何だってんだ? お前には関係無ぇ! ……いや少しはあるか。ともかく、俺は魔女を退治しに来たんだ!
 巻き添え喰らいたくなけりゃ、いますぐどっかに失せろ! 森はここだけじゃねぇだろう?」
 「……おじさん。それは人間の勝手な言い分だよ。私はいいけど、この子達はどうするのさ。
 ここはおじさんの嫌いな魔女だけのものじゃない。虫達のものなんだ。むしろ魔女のほうが後から住み着いたのさ。
 私達は先住民として、ここを守る。放火なんかさせないよ。」
 「……けっ! 勝手に言ってろ虫風情が! 俺はお情けで言ってやったのに。
 本当は虫も一緒に燃やしてやれば一石二鳥だから、逃げようと逃げまいと、どっちだっていいんだよ!!
 魔女も虫もいるこんな気持ち悪い森、燃やしてやる!!」
 「……おじさん。あまり虫を舐めないほうがいい。」
 あくまで引こうとせず暴言を重ね、森への放火を試みる男に対し、虫使いの妖怪少女・リグルは
 それまで抑えていたものを曝け出す。

 リグルが立ち去った後には、虫の幼虫が無数に蠢く巨大な巣のようなものが地面に横たわっていた。
 それまでの一部始終を上空から烏(バラ)が監視し続けていた。映像はカメラを通してにとりの元へ送られる。
 「……虫怖いわー。」
 「弱いと思って舐めてたけど、あいつは怒らせないほうがいいな。」
 はたてとにとりがそんな会話を交わしている最中、はたての携帯にメールが届く。
 「ん? 何かしら……知らないメルアドからだわ。」
 『送信元:perfect-maid1341@scarlet-devil-mansion.gr.jp
 件名:里人を狂わせた妖怪の最期(写真付き)』
 「知らないメルアドだって? 迷惑メールなら読まずに捨てたほうがいいよ。ウィルスとかあるし。」
 「ん……違うみたい。そういえば、花果子念報にメルアド載せてたっけ。タレコミかも。」
 はたてはメールの内容を見て、目を大きく見開く。
 「どうしたの? 何か面白い事でも書いてあった?」
 「……これ、どう思う?」
 「ん? どれどれ……」
 2人が目にしたのは、咲夜によって倒され白骨化した元・褐色少女の成れの果ての写真であった。

 咲夜の携帯が鳴ったのは、それから程なくしての事である。
 「……さて、次はこちらから攻めさせて貰うわ。守矢の巫女さんの仕返しよ。
 動きの読めなかった駒をこちらの手の内に巻き込むのと同時に、立て続けの悪手誘い。
 乗らざるを得ないわよね? やられっぱなしのままでいたくなければ。」
 咲夜は相手に苦渋の決断を迫る作戦に出た。何もせずに心を折られるか、自ら仕返しに赴くか。

 (中間地点6.3:人里・妖怪排斥主義者の隠れ家)
 百鬼と呼ばれた女は、その日一日やる事が全て裏目に出たため、苛立ちを覚えていた。
 しかし、だからと言って目障りな相手に一直線に突っ込んで行くような真似が愚策である事も心得ているので、
 そうしたい衝動を必死に抑え込んでいた。だが、巧い手が思い付かない。
 このまま放って置いて、当初の計画の流れを尊重する事もできるが、要所要所で頻繁に邪魔される事で
 効果が上がらなくなる事が容易に予測できるため、阻害要因は排除する必要がある。
 それも、決して悟られず、直接手を下さず、邪魔者以外を敵に回さない安全で確実な方法で。
 敵意を見せないのが最上だが、どうしても見せる時は、確実に獲物を仕留める直前からでなければならない。
 それが彼女の『狩り』におけるポリシーである。

 なお、彼女は自身が裏で糸を引いている事を十六夜咲夜に既に知られている事に気付いていない。
 その一方で、花果子念報の記事から姫海棠はたてがある程度の情報を掴んでいる事には気付いている。
 だからこそ、天狗を潰すために守矢神社をけしかけようと試みたのだ。
 よって、現時点で消しておかなければならないと彼女が考える人物は、姫海棠はたて一人である。
 (咲夜は褐色少女を倒したため報復対象だが、緊急度および優先度はそこまで高くないと彼女は考えている。)
 しかし、はたての足取りは前日からパッタリと途絶え、新聞記事のみがバラ撒かれるため、
 居場所を知る手掛かりは全く無い。なので直接手を下すのは不可能である。
 守矢神社に天狗集団ごと攻撃させる手も不発に終わったため、新しい手段を閃かない限り手出しできない。

 そして何よりも重要なことだが、褐色少女を失った事で、他人に暗示を掛けて動かすという手口を用いる
 あらゆる手段が封じられた事は、咲夜が考える以上に彼女の戦術の幅を喪失させていた。
 「(やはり……ネロは回収する必要があるか。そうしないと再生できないから……)」
 『ネロ』とは、褐色少女の呼び名のようだ。(イタリア語で『黒』という意味がある。)

 女は一人考え込んでいる。
 「…………。
 (いや、今は再生も、回収もやめておこう。
 奴は私への手掛かりを得るのに躍起になってるだろうから、ここは待つのが得策。
 ネロは紅魔館のメイドに殺された事で上等な釣り餌となった。
 精々喰い付いてくれると後々助かるわ。)」

 そこに、妖怪排斥主義者の男がやってきて話し掛ける。
 「百鬼殿。妙案がございます。」
 「……何だ。申してみろ。」
 「あの新聞の天狗、恐らく今も我々に対し探りを入れている模様。
 ここは、奴の目を封じるために携帯電話を使えなくするのは如何かと。」
 「携帯を使えなくする?」
 「はい。あの新聞にはメールアドレスが記載されています。
 そこに向けて大量のメールを送り付ければ、奴のメールボックスは満杯となり運用に支障を来します。」
 「メールボムね……確かに嫌がらせには持って来いだし、私も一度は考えたわ。
 でもね。メールを送信するにはこちらもメールアドレスを晒さないといけないから、諸刃の剣よ。」
 「それならご心配無く。アドレス偽装の手段は確保してあるので、返信される事はありません。」
 「……そこまで算段が整っているのなら、やってみて損はないわね。いいわ。許可する。」
 「では早速取り掛かるとします。それでは……」

 男がその場を離れた後、百鬼と呼ばれた女は再び思索に耽り始める。
 「(……とは言ったものの、手間が掛かる割りに大して意味が無いのよね。
 メールボムは内容が判を押したように同じだからフィルタを掛ければほとんど受信拒否できるし、
 かと言ってフィルタが効かないように内容にばらつきを持たせると送信側の手間が半端無くなるから、
 嫌がらせとしての意味を成さなくなる。相手は当然対策してるだろうから、結局徒労にしかならない。
 ……数少ない効果としては、こちら側の『本気度』が恐怖と共に相手へ伝わる事くらいかしら。
 それでも嫌がらせとしては十分意味のあるものかも知れないけど。
 相手の携帯が多機能なスマートフォンであれば、バッテリーを発火させるウィルスを送り付ける事も
 できるんだけどね。まあここの人間の技術じゃ到底無理か。
 ともかく、『確実』に相手が愛用する唯一の武器を壊せる方法でなければ意味を成さないわ。
 中途半端に『上手く行けば壊せるかも知れない』というのが一番駄目なのよ。
 それなら絶対に壊せないと言い切れるほうがまだマシ。
 こちらが把握する状況の中に、わざわざ不確実性を作ってしまうのは最悪中の最悪……下の下。)」

 褐色少女(ネロ)というもう一つの目と耳を失った彼女にとって、現状は真っ暗な密室に籠っているのと
 それほど変わらない。
 そのような状況下で、たとえ風穴を開けるためとは言え、闇雲に突っ込むのはあまりに無謀すぎる。
 光明が差すまで待ちに徹するのは、彼女の行動原理からして至極自然な事なのだ。
 そして、そのような状況に置かれているのを咲夜とはたての側は知る由も無い。

 河童の研究所では、咲夜からのメールで得た情報を元に、はたてが新聞記事を執筆していたが、
 出所不明のメールボムが届いたせいで携帯が一時通信不能となり、迷惑メールの処理に追われたせいで、
 記事の執筆に大幅な遅れが出てしまい、夕刊を発行できる締切をオーバーしてしまった。
 次の新聞が出せるのは翌朝からとなる。
 「何なのよ……んもう。最悪だわ。」
 「キチンと迷惑メール受信拒否設定をしていないからこうなる。
 ……っていうか、あんたの仕事道具はその携帯一つなの? 不用心過ぎると思うよ。
 問い合わせ窓口専用のメールサーバーくらい用意したら? 何ならウチのを貸すからさ。(年間契約で)」
 「パス。うちは個人経営なのよ。そこまでの設備投資をする資金は無いわ。」
 「まあ趣味でやってるなら仕方ないね。個人用のクラウドサービスもあるんだけど。」
 「クラウド? 何それ? 外人の名前かしら。」
 「……ウチのメールサーバーで使えるアドレスとメールボックスを貸し出すサービスだよ。
 サーバー毎借りるより安い。携帯電話からでも使えるし、ウィルス・迷惑メール対策もバッチリだから安全安心。
 今ならβテストも兼ねてタダで使わせてあげてもいいよ。」
 「……考えとくわ。」

 (中間地点6.4:迷いの竹林・永遠亭その5)
 咲夜は八坂神奈子に事情を伝え、早苗を永遠亭に入院させる了承を得た後、褐色少女の白骨死体の一部を
 回収するための袋を貰い、それに入れた骨片を検証のために永遠亭まで持って行った。
 なお、回収しなかった残りは洩矢諏訪子の手で山中に埋葬され、万が一にも復活しないよう封印を施された。

 永遠亭では入院した早苗が麻酔により眠らされていた。
 鈴仙の暗示による強力なものなので、暗示が解除されるまで目覚める事は無い。
 ここまでやったのは、褐色少女に掛けられた暗示が極めて強力なもので、一朝一夕での解除が難しいためである。
 元々守矢神社には山の信仰を独り占めにしようという野望めいた欲求があり、そこに付け込まれた形になるため、
 天狗への敵意を無理やり取り除こうとすると人格改造レベルの洗脳が必要となる。
 そこまでしてしまうと早苗の精神が元通りとは程遠い別人のようになってしまうため、手間を掛けて
 徐々に暗示を解いて行く必要があるのだ。それまでは眠ったままでいてもらう必要がある。
 起こした状態でカウンセリングにより暗示を解く方法もあるにはあるが、それをしてしまうと早苗の心が
 暗示を受け入れ克服する事で『成長』し変革を来してしまうため、原状復帰できなくなる恐れがある。
 穢れた悪意によって植え付けられた暗示は可及的速やかに取り除かなければならない異物であり、
 予後の良し悪しに関わらず痕跡はできる限り残すべきではないというのが永遠亭一同の一致した見解である。

 咲夜が届けた褐色少女の骨片は、永琳によって解析される事となり、その後厳重に保管される予定である。
 用件を済ませた後、咲夜は立ち話すらせず直ぐにその場を後にし紅魔館へ帰って行った。

 「これは……へぇ~……こんな領域にまで踏み込んでるなんて。
 ……普通の研究レベルではこんな遺伝子は絶対に生まれない。まさか……自由自在に一からデザインする?
 ……そんな訳ないわね。自立した形で持続的に生存可能な生命の遺伝子パターンは意外と限られる。
 試行錯誤であらゆるパターンを網羅するとしたら、天文学的な時間が掛かる。
 宇宙開闢の瞬間から始めたとしても、宇宙が終わるまでに間に合うかは分からない。
 既存の生命を交配させるか、遺伝子組み換えしかあり得ない。
 でもその方法でこんな遺伝子パターンを作るには、『この世界』の生命だけではパーツが不足する。
 やはり……あちらさんはアクセスできるのね。『別の可能性世界』に。」

  • 蓬莱山輝夜(永遠と須臾の罪人)
 「もしかして私の出番かしら?」
 研究に没頭している永琳の背後に現れたのは、永遠亭の主にして月の姫君である蓬莱山輝夜だった。
 「……姫。どこまでご存知で?」
 「んー……別に何も。」
 「それでは、姫の出る幕はございません。姫がご存知ないのであれば、その程度の些事です。」
 「そう。じゃあ任せるわ。」
 「承知しました。」

 輝夜が部屋から出て行った後、入れ替わるように鈴仙が部屋へ入ってきた。
 「師匠~! お夜食の用意ができましたー。」
 「ご苦労さん。うどんげ。それじゃあ頂くから食堂まで運んでおいて。」
 「かしこまりましたぁ~」

 永琳が作業の手を止め、夜食を摂るために食堂へ行った後、無人となった部屋に輝夜が忍び込む。
 「……これが噂の妖怪の骨ねぇ~。時間の魔法で無理やり白骨化させられたみたいだけど……」
 輝夜は一目見て、それが咲夜によって時間を加速させられたものと見抜く。
 そして、しばし考え込んだ後、面白い悪戯を思い付いた子供のような顔になる。
 「死亡直後まで戻すのもいいけど……それだと何も起こらないから、こういうのはどうかしら?」
 輝夜は褐色少女の骨片に極々弱い『永遠の魔法』を掛けた。ある条件下で発動するように。
 「さて……仕掛けが動いた時、永琳はどんな顔をするか……楽しみだわ~」

 (中間地点7:人里のカフェ・3日目)
 翌朝、人里のカフェは前日に続き、大混雑となっていた。
 天狗の号外記事が人里全域にバラ撒かれ、記事の話題で持ち切りとなったため、新聞を取り損ねた人達が
 残っている新聞目当てでカフェに押し掛けたのだ。
 「大変です! 百鬼殿!」
 「……何事です。騒がしい。」
 「と……とにかく、一度目を通してください。天狗の号外記事です。カフェにあります。」
 「カフェ? あなたは新聞を持ってないのですか?」
 「……申し訳ございません。気付いた時には既に売り切れで……今はカフェにある分しか……」
 「……使えないわね。(私が本物の百鬼殿だったらとっくに『解体』してるわよ。)」

 そして、妖怪排斥主義者らのアジトからカフェへと足を運び、百鬼と呼ばれた女は一般客に混じり店へ入る。
 「(ネロの体で来た時は疲労や重さなどの現実感が無かったから匂いと音と光にのみ集中できたけど、
 こうして自分で来ると、また違った印象があるわね……混雑のせいもあるけど窮屈だわ。)」
 女は混雑に眉をしかめながら、新聞を1枚手に取り、空いているカウンター席へ座り、ブレンドコーヒーを頼む。
 「(味覚までは共有できなかったから香りだけで味わった事は無いけど……)さて、どんな味なのかしら。」
 女はコーヒーを啜りながら新聞記事を読む。

 花果子念報 号外
 一面トップ記事:『里人を扇動する妖怪、退治される』
 二面(裏面)記事:『妖怪に扇動された放火男、虫の巣になる』

 一面トップにデカデカと、褐色少女ネロの無残な白骨死体の写真が載っていた。
 記事を目にした女は……何事も無かったかのようにコーヒーを飲み、カップを置いた。
 そして、写真を冷静に観察し、写っている白骨の検分を始める。
 「(骨の関節に近い部分に切断痕、中間あたりに小さな傷が多数。肉が剥がされた形跡は無し。
 ……十六夜咲夜は『時間を操る程度の能力』を持つ。時間を早回しして白骨化させたのか。
 刺さってるのは細長い…木の幹? ……私への当て付けか。)」
 唐突に、女の周囲に不穏なオーラが漏れて立ち込める。
 すると、両隣に座っている客が唐突に胸を押さえ、苦しそうに咳き込み始める。
 女のコーヒーカップの傍に置かれている空になったコーヒーシュガーの紙袋が徐々に黒ずみ、
 ボロボロに崩れて行く。飲みかけのコーヒーもいつの間にか中身が無くなり、カップが煤けていた。
 ……とても不吉なオーラだった。天気に喩えると『塵煙霧』という表現が相応しいだろう。
 仮に、緋想の剣を持つ不良天人によって斬撃を喰らったなら、全身からPM2.5も顔負けの有害なスモッグが
 噴き出す事だろう。
 「(クソが…………忌々しい吸血鬼の犬……バラ(解体)してやろうか。)」
 女は今までの慎重さからは考えられない程、冷静さを失い、強い殺戮衝動に駆られていた。
 簡単に言えば、完全に逆上しているのだ。
 今の彼女にとって、十六夜咲夜を滅ぼす事が至上命題となっていた。

 冷静に考えれば、この挑発に満ちた新聞記事を発行した姫海棠はたてに矛先を向けるべきである。
 なぜなら、今回の記事は一面と二面がセットとなって、百鬼の計画を一発で水泡に帰してしまえるほどの
 影響力を持っているからだ。
 まず、一連の妖怪による里人返り討ち事件の真犯人を特定すると共に、犯人死亡を明らかにする事で、
 人間による妖怪狩りブームを特定の妖怪の仕業として全否定してしまい、事件の終結をも印象付ける。
 さらに、妖怪に扇動された愚か者の悲惨な末路を明らかにする事で、妖怪への畏れを呼び覚ます。
 これらの二段構えにより、人里の世論は百鬼ならびに妖怪排斥主義者により扇動された状態から、
 それ以前の平素の状態へと戻る事となる。

 そして既に、この期に及んで今まで進めていた計画に拘るのは愚策であり、計画の練り直しに備え、
 『敗戦処理』をする段階であり、その事にも女は薄々気付いていた。
 そんな時に、感情に任せて復讐する事もまた、身を滅ぼしかねない愚挙である。
 女は結論を決めかねていた。
 「(こんな時……『私』は……本物の百鬼マダラは、どうする?)」
 女は覚束無い足取りでカフェを後にし、人里の大通りをあても無く歩いていると、ふと閃いた。
 「そう……次の計画に移行する。その前に……私のケジメを付ける。まずはアイツを……」
 踵を返し、紅魔館へ向かおうとした矢先、女の脳裏に幽かなビジョンがよぎる。
 「……!!」
 それは、それまで音信不通だった自身の体の一部が蘇った事を告げるものであった。

 (中間地点7.1:迷いの竹林・永遠亭その6)
 丁度その頃、永琳の実験室で培養機に掛けられた褐色少女ネロの骨の細胞が急速に形を変え、
 小さな胎児に似た生物として新たに命を芽生えさせていた。
 そんな未だ魂も心も無いただの細胞の塊に、ある指令が送られる。
 『戻れ』……と。

 それは、永琳が遅い朝食を摂るため、ほんのわずかの間、目を離した瞬間に起きた。
 褐色少女の細胞が高速に振動し、培養器具を破り、外へ飛び出したのだ。
 実験室の床に叩き付けられた細胞は即座に自分の四肢を発達させ、蛙に似た形態となり、
 目にも止まらぬスピードで実験室内を跳び回った後、部屋から廊下へ飛び出した。
 永琳も、彼女を呼びに来た鈴仙も全く追い付けず、そのまま見逃してしまう。

 あっという間に屋敷の外へ脱出した褐色少女の細胞は、指令が送られてくる元の方向を目指し、
 迷いの竹林の中を一切迷わずに一直線に走って行く。
 いつの間にか二足歩行の類人猿のような姿となり、徐々に体毛が抜け、人型に近付いて行く。
 彼女の通った跡には、噛み千切られた小動物の屍がいくつも転がっていた。

 それと時を同じくして、百鬼と呼ばれた女は人里から離れ、竹林を目指して全力で走っていた。
 そして、竹林から抜けた褐色少女は元の姿となった状態で、自身の本体との再会を果たす。
 「おかえり。私のパーツ。」
 その声に応えるように、褐色少女は自ら手を差し出し、女と握手をする。
 (褐色少女自身は女の意識で動いているので、自作自演になるのだが。)
 その直後、女の手が見る見る赤っぽく変色し、褐色少女の体が女の手に吸い込まれるように消えていく。
 一瞬後には女だけがその場に残り、褐色少女は影も形も無くなっていた。
 「……これで、暗示が使えるようになった。算段は整った。あとは吸血鬼の犬を……」
 その時、女の体に異変が起こる。
 「!?」
 先程吸い込んだ褐色少女の体が女の手から吸い出されるように飛び出したのだ。
 「何事……」
 女が事態を把握する間もなく、褐色少女の体は引き戻されるように竹林の方向へ引っ張られていく。
 「……よく分からないけど、逃がさない!」
 女は透かさず後を追い掛け、褐色少女の腕を掴み、再び吸い込もうとするが、どういうわけか吸い込めず、
 見えないバリアのようなもので遮られてしまう。
 そのまま2人とも引っ張られるように竹林の中を移動し、永遠亭の屋敷内へ突っ込んで行き、
 永琳の実験室の中まで引っ張り込まれる。

 「何だ!? お前らは?」
 女の目の前には、永琳と鈴仙がいた。
 突然の侵入者と、侵入者を連れてきた実験体の意味不明な帰還に、鈴仙は目を見開くばかり。
 永琳のみが、その場の状況の意味を即座に理解し、意味深な笑みを浮かべた。
 「……あなたこそ、何よ!? いきなり上がり込んできて……曲者!?」
 鈴仙は反射的に臨戦態勢に入り、目を赤く光らせる。
 その次の瞬間、鈴仙の動きに反応した女が反射的に全身から不吉なオーラを迸らせる。
 「!!!???」
 鈴仙は……女のオーラに当てられ、本能的に全身を強張らせてしまう。
 もし一対一であれば、勝負はこの時点で終わっていただろう。
 横にいる永琳が、ほぼ同時に宇宙の天体にも等しい絶大なオーラを発していなければ。
 超巨大な月が落下し、目前に迫っているという絶望的なビジョンを感じ取った女は、
 絶望的なまでの力の差を本能的に理解し、迷わず撤退を選んだ。
 女の横で、褐色少女の体が急速に退化し、元の骨片に逆戻りしていた事など既に意識の外であった。

 「姫、お戯れが過ぎますよ。」
 「えへへっ……バレてた?」
 「ええ……すぐに。」
 女が引きずり込まれ、すぐに逃げていった後の部屋に、それまで様子を伺っていたかのように、
 輝夜が入ってきた。
 「まさか、あんな大物が釣れるとは、さすがの私でも予想外だったわ。」
 「で、これからどうするおつもりで?」
 「別に。どうもしないわ。モノが見れれば満足よ。あとは煮るなり焼くなり好きにすればいいわ。」
 「かしこまりました。仰せのままに。」

 その頃、迷いの竹林の中を女は必死の形相で走り続けていた。
 「クソッ……あんな罠だったとは。こうなれば、ネロがやられた場所を探って欠片を見付けるしか……」
 しかし、慌てて逃げて来たので気配を辿るための目印となるものも無く、成長の早い竹林に囲い込まれ、
 方向感覚が狂わされてしまっていた。
 「(チッ……迷わされたか。こうなれば、致し方ない。)」
 周囲に迸らせていた不吉なオーラを収束させ、精神を集中する。
 懐に忍ばせていた二振りの和包丁を構え、まるで陸上選手のスタンディングスタートのような態勢を取る。
 そして全身の筋肉を一気に爆発させ、ロケットのように前方へ一直線に飛んで行く。
 ……後に残ったのは強烈に踏み抜かれた足跡と真っ二つに斬られた竹の列、切り開かれた一本道のみであった。
 かくして、百鬼と呼ばれた女は迷いの竹林を脱出した。
 「ちょ……急に下半身の感覚が無くなったと思ったら、かまいたちが吹いてきて、私も家屋も真っ二つ……
 一体どうなってるんだ!? ちくしょう!!」
 竹林の炭焼き小屋に住む少女もそれに運悪く巻き込まれていた。(不死身なので体はすぐに復活したが。)

 (中間地点7.2:魔法の森・人形使いの縄張り)
 森の南東方向から急速に近づいてくる不吉な気配に、人形使いの家の傍で戯れていた人形の顔を持つ
 少女達は一斉に警戒態勢を取り、剣と盾を構えこれから来るであろう外敵に備える。
 しかし、突然襲ってきた毒ガスのようなオーラに包まれ、人形少女達は動けなくなってしまう。
 ……不意に、人形少女達の体があちこちへ引っ張られ、無理やりその場から離脱させられる。
 その一瞬後、死神のような形相となった『捕食者』が目にも止まらぬスピードで一直線に通り抜けた。

 「……! きゃああああああ!!!!!」
 人形少女の一人がけたたましい悲鳴を上げた。
 周囲にいた仲間の人形少女達が彼女を見ると、右肩から先が無くなっていた。
 「いやぁぁぁぁ!!!!」
 そして、別の人形少女も叫び声を上げる。
 周囲の仲間がそちらを見ると、その少女の左足の膝から下も無くなっていた。
 どちらも、鋭利な刃物で綺麗に切られたように無くなっており、出血は無かった。

  • アリス・マーガトロイド(七色の人形使い)
 「……間に合わなかった……いえ、誰も死ななかっただけでもラッキーだったわね。」
 仲間の思いがけない負傷に慌ただしくなっている人形少女達の前に、庇護者である一人の少女が現れた。
 「あ……アリスさん!」
 人形少女の一人がそう呼ぶ。呼ばれた少女は森の人形使いである。
 「怪我をしたようね。見せてみなさい。」
 「は、はい……見てください。こんな酷い事に……」
 「……悲しむのも無理ないわね。あなた達、ただでさえ欠損してるから。」
 「何とか治せませんか? 手足まで無くなるなんて可哀想で……」
 「永遠亭の医者なら治せるでしょうけど……ずっと首無しのままで不死身になるわよ。」
 「そんな……死にたくないし、五体満足でいたいけど……永遠に首無しのままなんて……」
 「……いいわ。義肢作成の心得ならあるから、代わりの手足を作ってあげる。
 完璧に元通りというわけにはいかないけど、それで我慢してちょうだい。」
 「……ありがとう……ございます。」

 アリスは、仲間の人形少女達の無事に安堵を覚えるも、通り過ぎていった極めて不吉な存在に対し、
 戦慄を禁じ得なかった。
 「(ヤバいわね……アレは誰かが止めないと。放って置いたら幻想郷が喰らい尽されるかも。)」

 (中間地点7.3:妖怪の山・守矢神社参道入口)
 その日の守矢神社は、前日のお百度参りによる混雑の反動か、参拝客がほとんどおらず、
 参道の入口には全く人がいなかった。
 幻想郷の全ての者にとって、これは僥倖と呼べるだろう。
 それは十六夜咲夜にとっても例外ではなかった。

 参道に入ろうとした女の周囲に、無数のナイフが浮かんでいた。
 「!!!」
 百鬼と呼ばれた女は、反射的に無数のナイフを洋包丁二振りで全て薙ぎ払い、ダメージを避ける。
  • VS 百鬼マダラ(の影武者?)
 「……吸血鬼の犬か。探す手間が省けた。今ここでバラしてあげる。」
 この時点では、女は褐色少女ネロとの繋がりが咲夜に知られている事にまだ気付いていないはずなのだが、
 しらばっくれるという選択肢は既に頭になく、自白するように敵意を露わにしてしまう。
 まさに、語るに落ちるというやつである。
 「手間が省けたのはこちらも同じですわ。
 竹林のほうから神霊級の馬鹿でかいオーラが出たかと思えば、薄汚い獣が竹林から魔法の森にかけて
 一直線に飛んで行くのが分かったので、これ以上分かりやすい目印はありませんでした。」
 百鬼(の影武者)を目の前にしても怯むどころか上から目線で見下ろしつつ、相手を虚仮にする言い方で
 挑発を行う咲夜に対し……
 「そうか。……で? 調理(コロ)される覚悟はできたか? こちらはいつでも準備万端だ。」
 ……百鬼(の影武者)は苛立ちを募らせつつ、凄んで見せる。
 「料理なら私の専門分野ですわ。あなたのような穢れた食材は毒抜きが必要ですけど。」
 「……その減らず口、骨から引っぺがして、全身まるごと膾(なます)にしてやろうか?」
 「まあ、生は体に毒ですわ。キチンと消毒しておかないと。……銀のナイフで。」
 「毒を喰らうのは生物界ではむしろ多数派なんだが。
 小さな虫や魚でさえ平気で喰らう毒ごときで死ぬ弱い人間などに、私は負ける気がしない。
 食物連鎖の頂点は、生物濃縮による高濃度の毒に晒されるのだから。」
 「まあ……ご立派なお考えですこと。それならば、私という毒を喰らっても死なない所を見せてごらんなさいな。」
 「貴様ごときに言われるまでも無いわ!」
 勝利条件:百鬼マダラ(の影武者)を倒す。
 なお、本物より力は劣る上に、ネロを失っており、白人間、黒人間、緑人間、紫人間を使役できないため、
 それらを使うスペルカードは使用できない。
+ 負けた場合
 勝った場合、百鬼(の影武者)は負けを認められず、それまで大事にしまっておいた禁断の薬を服用する。
 「十六夜咲夜……貴様にだけは、負けるわけにはいかないのよ……百鬼マダラの名に賭けて……!!」
 彼女のオーラがそれまでには考えられない程に大きく膨れ上がると共に、体つきがやや幼くなり背が縮む。
 「何が……起きているの? あなた……一体何をしているの?」
 咲夜は驚きと共に、若干の非難を込めた視線を投げ掛ける。
 傍目から見ても、やってはいけない事だと分かるからだ。
 「ほほほ……何の事はおじゃらん。わらわは、本物になり切っておじゃるだけの事。」
 もはや、そこにいるのは本物の百鬼マダラであり、本人に成り切った別人では無かった。
 今までとは比べ物にならないほど強大なオーラが迸り、目の前の人間に対し『強者への服従』を迫る。
 「……無礼者! 頭が高いでおじゃる! わらわにひれ伏せ! わらわは弱肉強食の頂点でおじゃるぞ!」
 強大な圧迫感に、咲夜は上から押し潰されそうになり、危うく跪きそうになる。
 「(いけない…! 思わず傅きそうになってしまう…! 私の主はレミリア様一人なのに。)」
 咲夜の心は決して折れない。しかし、体の自由が徐々に利かなくなっていき、言う事を聞かなくなる。
 「(立て……私! ここが踏ん張りどころよ! そして……次で仕留める!)」
 容易に跪く様子を見せない咲夜に対し、百鬼は二振りの和包丁を構え、仕留めに入る。
 「跪かぬでおじゃるなら……そのまま、わらわの腹に収まるがよい!」
 その瞬間、紅魔館の方角から途轍もなく強大で真っ赤なオーラが迸り、霧の湖を越えて幻想郷中に広がった。

 『調子に乗るなよ……ドサンピン。幻想郷で最強なのは、このレミリア・スカーレット様だ!!!』
 その場にいないにも関わらず、レミリアの声は咲夜と百鬼に届く。あたかもすぐそばにいるかのように。
 「……!!??」
 百鬼は一瞬だけ、小動物のように怯んだ。しかし、すぐに気を取り直して態勢を立て直す。
 『咲夜。お前には私がついている。運命はお前の味方だ。だから……全力で敵を滅ぼせ!!』
 「仰せのままに。」
  • VS 百鬼マダラ(完全態)
 勝利条件:百鬼マダラを完全撃破する。
 なお、咲夜にはレミリアの力が乗せられているので、低速ではレミリアの攻撃が使用可能。
 さらに、相手の暗示の力が通用せず、オーラにも気圧される事が無い。
 一方、百鬼は完全に本人と同等の力を扱えるため、白人間、黒人間、緑人間、紫人間を使役でき、
 全てのスペルカードを使用可能。
+ 負けた場合
 勝った場合、百鬼マダラは完全に精根尽き果て、崩れ落ちる。
 チェック・メイトだ。

終章:【結末】

 十六夜咲夜の目の前に、百鬼マダラ(の影武者)は跪いていた。
 「……わらわの……負けでおじゃる。」
 見下す咲夜の表情は固い。
 「いいわ。スペルカードルールに従い、あなたの降参を認めます。そして、命までは取りません。
 ……そもそも私達は、この幻想郷での殺しや謀略を罪として裁くに値しません。
 それは閻魔様の領分であり、私達が関知する所ではございませんので。
 これは……自衛のため、そして傷付いた友人達のための『私闘』に過ぎません。
 ……温情ではないので、勘違いなさらないよう。私は、あなたが大嫌いですから。」
 そう断言し、冷たい笑顔を見せる咲夜に対し、百鬼は自分のした事の重大さを初めて実感した。
 「…………」
 百鬼は、無言のまま立ち上がり、気の抜けた足取りで咲夜の前から去っていく。

 百鬼が去った後、咲夜の背後にスキマが出現し、中から胡散臭い妖怪が出てきた。
 「お見事。事件は解決したわ。もうあいつの牙は折れた。見逃していいわよ。」
 「ええ。そのようですね。」
 咲夜も納得し、紅魔館へ帰って行く。
 その様子を見送りながら、スキマ妖怪は一人呟く。
 「このまま見逃したほうが、見たくない結末を見なくて済むもの。」

 百鬼(の影武者)は、力無い足取りで一人、霧の湖の北東にある異界の門を目指す。
 「(わらわは失敗した……この事を、本物の百鬼マダラ本人へ報告せねば。
 幻想郷のビオトープ化は無理だった……挽回の余地も無く、何もかももう無理……と。
 それが……百鬼としての心を折られた、わらわの最後の仕事でおじゃる。)」

 その時、音速を超えた速度で、黒い影が音も無く百鬼(の影武者)の姿を掻き消した。
 『天狗攫い』

 気が付くと、百鬼(の影武者)は天高く持ち上げられていた。
 「!!!???」
 事態が全く飲み込めず、キョロキョロと見回すと、両肩を少女の腕に掴まれ、上から吊り下げられていた。
 その腕の持ち主は、黒い翼を羽ばたかせる烏天狗少女・射命丸文。
 「やあ。どこへ行くのかな?」
 「……!! な、何でおじゃるか!? お主は!」
 「これはこれは。紹介が遅れました。わたくし、清く正しい射命丸と申します。
 新聞記者をしております。この度はあなたへの取材のため、同行させていただいたのですが……」
 「ぶ……無礼者! かような取材のやり方がおじゃるか!」
 「無礼……名前も名乗らないあなたに言われたくありませんが……まあいいでしょう。
 ただ、新聞記者の取材活動が礼節を重んじるべきとは言え、『食い殺され』てまで大人しく泣き寝入りする
 義理は無いと思うのです。もちろん、取材活動に命の危険は付き物です。取材中に命を落とす事もまた、
 リスクとして当然覚悟すべきものであり、自分の身すら守れなかった者の自業自得でもあるでしょう。
 私は、あなたを記者殺しの罪で断罪するつもりは毛頭ございません。ですが……」
 「さっきから黙って聞いておれば、何でおじゃる!
 記者殺しなどと人聞きの悪い……わらわは殺しなど身に覚えがおじゃらん!」
 「……そうですか。身に覚えが無い、と。」
 「な、何でおじゃる。」
 「……妖怪烏の味はどうでしたか? あれ、私の部下だったんです。」
 「……味? 妖怪烏? 何の事を申しておじゃるのか……わらわにはさっぱりでおじゃる。
 第一、食事の内容など一々憶えておじゃらん。」
 「食事……なるほど。あなたにとって、その程度の些事でしたか。これは失礼しました。
 (どうやら、本当に憶えていないようね。しかも、サブが監視していた事すら気付いてなさそう。)」
 文は、しばしの間無言となる。拳を振り下ろす先を見失ったようだ。
 「まったく……たかが食事くらいでこう恨まれては、食べられる物が無くなるでおじゃる。
 この世界は弱肉強食……強い者が弱い者を食べるのが摂理。畜生などは底辺もいい所でおじゃる。」
 「……畜生? それでは、烏天狗である私の事も食べるのですか?」
 「無論。お主もわらわの餌でおじゃる。何なら、今ここで」
 それ以上の言葉は、文が続けさせなかった。
 『天狗のダウンバースト』

 妖怪の山の麓の森には、まるで隕石が落下したかのようなクレーターが開いていた。
 その中心には、潰れた蛙のようになっている百鬼(の影武者)の死体があった。
 「……弱者だって身を守るため強者を殺す事もありますよ。シマウマが獅子を後ろ足で蹴り殺すように。」

 首謀者の死により、事件は幕を閉じた。トゥルーエンド。

蛇足の章:【後日談および背景】

 射命丸文の手で仕留められた百鬼マダラ(の影武者)の死体は、他の妖怪烏や妖獣達の餌となり、
 その日のうちに綺麗さっぱり消え失せた。
 百鬼が姿を消した事で、人里の妖怪排斥主義者は行方探しや体制の立て直しなどで一時的に混乱を来したものの、
 程なく落ち着きを取り戻し、依然変わらず活動を続けている模様。
 金貸し商店の根古屋も、最大の取引相手で尚且つ相談役と音信不通になった事で迷走し始めるが、
 すぐに別の取引相手を見付け、何とか商売を傾けずに済んだ模様。
 百鬼マダラ(の影武者)の死亡は紫の手により情報管制が敷かれ、伏せられたため、知る者は少ない。
 何より、本物の百鬼マダラは何事も無く健在なため、死んだ事にすると色々拙いのだ。
 しかし、どこから漏れたのか、死亡説が噂として流れたせいで、彼女が大株主となっているいくつかの会社が
 風評被害により株価を暴落させた。(噂は否定されたため、すぐに元に戻った。)

 褐色少女ネロの暗示に掛かっていた早苗は、鈴仙の完璧な処置により、ほぼ原状回復を果たす事ができた。
 ただ、暗示に掛かった事自体は憶えているため、敵に不覚を取った事でいくらか自信を失ってはいる模様。
 その事は、陰険な手口を用いる妖怪への対策不足(簡単に言えば修行不足)として、早苗自身の中では
 反省材料として整理されたようである。

 咲夜は百鬼(の影武者)の死亡を知らされてないが、彼女が以前にも何度か会った事があり、その度に敵対して
 きた人物の成れの果てである事に何となく感付いており、最後まで分かり合えなかった事だけが心残りであった。
 そして、何となく二度と会えないような気がしていた。(たとえ生きていても仲直りなど到底望めないが。)

 事件の首謀者が死んだ事を文から告げられたはたては、河童の研究所に籠城する作戦を止め、自宅へ戻る。
 監視任務を終えた妖怪烏(バラ)も任務を離れ、しばらくの間休息を摂る事となった。
 監視している間中ずっと危険と隣り合わせで、百鬼(の影武者)の不吉なオーラに当てられたせいで、
 酷く衰弱していたためである。
 バラのお見舞いを済ませた後、文とはたては秘密の隠れ家まで赴き、傍にある小さな墓に手を合わせる。
 『取材中殉職せし妖烏佐武ここに眠る』……墓石にはそう刻まれている。

 事件が終わり、さらに数ヶ月後。幻想郷では年明けを迎えた頃。
 漂流都市では、百鬼マダラ本人が何かを待ち続けていた。
 「……遅いでおじゃる。一体何をチンタラやっておじゃるのか。」
 そこに妖艶な美女が現れる。
 「ごめんごめ~ん。うちの秘書が待ち合わせ場所を隣のビルと間違えちゃってたのよ。」
 「(また適当な出鱈目を抜かしおって。どうせ寝坊でおじゃろう。)」
 「何よその顔は。信じてないわね?」
 「信じておじゃるよ? (お主が嘘吐きでおじゃる事をな。)」
 「まあいいわ。例の企画が纏まったわよ。あとはあんたの『地上げ』が上手く行くかどうかよね。」
 「地上げとは人聞きが悪うおじゃる。放棄された土地を貰い受け再利用しているんでおじゃる。」
 「(私も大概だけど、あんたも相当な詐欺師よね。)」
 「何じゃその顔は。何ぞ文句でもおじゃるのか?」
 「何でもないわ。……で、用地は確保できたのかしら?」
 「ん。最適な物件を見付け確保したでおじゃる。」
 「あらそう。(まだしばらくかかると思ってたのに意外と早いのね。)」
 「偶々優秀な部下がおじゃってのう。……いや、先住民が『友好的』なお陰でおじゃるか。」

 この数週間前、幻想郷とは別次元の幻想世界『地上の楽園』から、百鬼へ連絡が届いた。
 送り主は百鬼の影武者の一人である。
 幻想郷と違い、その世界はいとも簡単に制圧され、先住民の抵抗勢力が悉く滅ぼされて行き、
 後には従順な家畜となった動物と植物、そして家畜化した一部の先住民しか残らなかった。
 彼らはいずれ百鬼本人の手により遺伝子組み換えのモルモットにされる運命である。
 ちなみに幻想郷担当の影武者の事は、百鬼本人は既に忘れている。
 いつまでも連絡が無ければ自然に失敗扱いになり、失敗した者は思い出す手間すら面倒なのだ。
 失敗者に掛ける温情など無く、弱者に興味は無い。それが百鬼という人物である。
 この傍若無人な悪鬼を止められる者は、今の所一人もいない。