写実的な絵は淘汰される


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現在進行形で「淘汰されている」?

今日、「まるで写真のようだ」と思える絵を描く技術は、実は数百年も前に確立されており、
それを描いているだけでどんな絵描きも生きていけるとは限らなくなっている。

絵を学び始めた人や、見るだけの人にとっては、写実的な絵ほど興味深いものはないかもしれないが、
いざ絵を描く立場になったとき、はたして自分を維持していられるだろうか?


「三次」と「二次」

本当に見たいと思っている絵。
描きたいと思っている絵。

どのような絵なのか考えてみよう。

一見「写真」のような絵なのか、あるいはそうではない絵なのか?


現実を考えてみてほしい。


(実際の人間に比べて)異様に 大きな目
緑やピンクなどのありえない 髪の毛の色
肩幅に比べて 巨大な頭部
内臓の状態が心配になってしまうほど 細い胴体
細いにもかかわらず 豊満な胸
オーダーメイドのズボンしか合わないような 長い足 など、
人物の姿だけを見ても、「写実的」にはほど遠い絵があるだろう。

これらは今日、多くの人の関心を集めている「アニメ」や「ゲーム」のキャラクターにほかならない。

このような絵が好きで、自分でも描いてみたいと思っている人もいるだろう。


「写実的ではない」のに、いや、写実的ではないからこそ感じることができる 魅力 があるからである。


「現実の女なんて嫌いだ」
「リアルの男なんて汚らわしい」

さまざまな思いがある。

そのような人が「写真」を見ても嬉しくないし、興奮もしない。

これが倫理的に正常か異常かを考えるのはさておき、
実際問題として、そういう絵のほうが好まれているというところが重要である。


写実的な絵が劣っているわけではない。

誤解のないために強調しておくが、
写実的な絵が、そうではない絵に比べて劣っているというわけではない。

基礎的な画力を習得するためには、写実的な絵を描くことが必要不可欠である。
(「描くこと」というよりは、描くために必要な「観察眼」を磨くためである)

あくまで「完成された作品」として世の中に送り出したときに、
どちらの絵が多数の人に支持されるか、ということなのである。

「ゲームオタク」や「アニヲタ」が増加し、社会的にも広く認知されるようになった世界では、
特に重要なことといえるだろう。




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