生徒作品(!)


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デッサンや模写から始めてみようの要領でどのような変化が起きるのか、実例を紹介したいと思います。
当時「バイオハザード2」が学校で流行りすぎていたため、題材のほとんどがバイオです≧∀≦ブハハハハハハ
このように興味の対象を共有できると上達しやすいですね。


その1

1-1 初めの模写

形を上手く「収めよう」とする努力が払われています。
注意深く描写しようとするあまり、その部分だけが大きくなりがちです。
「描く」ことよりも、まず「見る」ことを優先しなくてはなりません。

1-2 要領を覚えた模写

初めの模写とは違い、形を上手く作り出すことができつつあります。
周りの形を参照しながら描いていくことにより、レオンも男前になるのです。

1-3 形を十分に把握できている模写

全体のバランスが明らかによくなっていることがわかると思います。
ゾンビが生き生きと嘔吐し、指の形までかなり正確に描けるようになっています。

絵には個人差があります。
人によってまるで違います。

その2

2-1 1-2と同じモデルを模写したもの

これを見て「レオンだ」と判断することはきわめて困難な絵です。
髪の毛を描こうとしたら、頭部から完全にはみ出してしまいました。

2-2 もう少し観察した模写

髪の毛はある程度「収まる」ようになりましたが、体はほとんど観察できていません。
ポーズこそそれなりに見えるものの、寸法が完全に間違っています。

2-3 自分の好きな絵なら?

まったく同じ人が描いた模写ですが、上の2枚と比べるとはるかに上手に見えます。
まずは自分の好きなものを選び、描きやすいと思うものから始めることが大切なようです。

2-4 実物(3次元の物体)のデッサン

彼の携帯電話を見て描いたものです。
形を把握することができるようになったので、この感覚でさまざまな絵を描けるようになるでしょう。

どうしても絵を「小さく描いてしまう」人こそ、
あらかじめ描く範囲を決める長方形──画面の端を意識する──を利用するとよいでしょう。

その3

これはデッサンではなく、ほぼ想像のみで描かれた絵です。
「作画」と表現するのが正しいでしょうか。

3-1 想像だけで描かれた人物

体の大きさに対して、手が小さく描かれているところに注意してください。

3-2 体の内部構造や、各部位の大きさを調和させることに苦労している

人体の骨格や筋肉などの「知識」をさまざまに取り入れて学習している時期ですが、
それを適切に描き出すことに大変苦労していることがわかります。

3-3 体の「内部」ではなく、「外部」を描くようにしたもの

しばしば「人物を描くためにはその内部を知る必要がある」と教育されることがありますが、
それによって一向にプロポーションが改善しない人の場合は、「内部」より「外部」を見て描いたほうが上手くいきます。

骨の様子や筋肉の動きを「描く」ことが重要なのではないのです。
それらをあまりにも意識しすぎると、 実際に見えている部分 を適切に描けなくなってしまいます。

骨や筋肉といった「内部」にあるものは、「見る(想像する)」段階で重要なのであって、
「描く」ときに神経を集中しすぎてはいけないのです。

3-4 以前よりずっと楽に描けるようになったもの

頭部を描く「位置」を決めるのに 円形のしるしをつける ことはよく行われます。
位置さえ決めれば、あとは「その周りの広がり」に意識を向けるだけで描けるようになります。



「生徒」作品ってことは何? 教室でも開いているの?

あ、いえ、違います。
私を含めて、この絵を描いていた当時、同級生が中学・高校生だったので「生徒」と表現しています。

「こういう絵はどう描いたらいいの?」という疑問がきっかけ

小学校高学年から高校生あたりまでの年代(思春期とその後)は、いろいろな疑問を持つことの多い時期です。
自分で疑問の答えを見つけられることもあれば、親、友達、先生などに助言を求めることもあるでしょう。

同様の疑問を持つ仲間が集まるようになると、その中では一番まともに「絵を描くことのできた」私に答えを求めるようになり、
困っている人をほうっておけない性分 の私は、たぶん今までの人生の中でもっとも能動的に働き、自分で書店や図書館へ赴き、
さまざまな角度から「どう描いたらいいのか」について調査し、順次、答えを明るみにしていくことになったのです。
だから実質、私が「先生」で、友達が「生徒」のような関係だったのかもしれませんね。

しかしこれが私の脳にとっては大きな負担となり、自殺まで考えるようになってしまったというのは事実です。
一人だけで考え込んだり、誰にも相談しないまま生活したりすること の危険性を身をもって知るようになりました。
だから私は小さなことでも無視ができず、何らかの形で意識を向けていなければ気が済まないのです。

また、たとえ教える立場(先生)になったとしても、 学んでいくことに終わりはない と考えています。
ある意味、いつまでたっても「初心者」で「未熟者」ですが、学習を続けていく意欲を失うことはありません。
とかく絵を描くことに関しては、日常生活や遊びの中にも学ぶ要素がたくさんあると思いますから、
その点を意識して毎日を過ごすようにするとよいでしょう。




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