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デッサンの誤解

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デッサンはただひたすら「描き込む」だけの作業ではない。

誤解がなくなれば画力は向上する。


「デッサン」はフランス語でdessin 「素描(そびょう)」のことである。

絵に少しでも関心のある人なら「デッサン」という言葉くらいは知っているであろう。

しかし実際にその言葉の意味するところを理解しているかというと、
しばしば勘違いや誤解、まったく意味を知らずに用いていることがある。

よくある間違いが

「始めから終わりまで一貫して細部にいたるまで描写する」

というものである。

もちろん「一生懸命に描く」という意味では決して間違ってはいない。

けれども「細部にいたるまで描写する」のは必ずしもデッサンの要件ではないのだ。

むしろありがちなミスの一つである、

細部に注意を払いすぎるあまり、全体のバランスを損なってしまう

ことに陥りやすい。

全体のバランスが狂っていれば、いくら細部を描写してもやはり狂っているのだから、
完成したと思って絵を見直してみたときに納得いかなくなってしまうのだ。

余談だが、学校の先生に「絵が上達するにはどうすればよいですか?」と尋ねても
「それは君、デッサンが大切だよ」とデッサンの重要性を強調するものの
その意味ややり方については一切説明してくれないことが少なくない。
また、そもそも先生が絵をあまり上手に描けない場合もあり、
実際にデッサンのやり方を生徒に示すことができず、「絵を描く授業」を敬遠したり、
絵とは関係のない課題にいわば「それる」ことも少なくないのが現状である。

具体的なやり方を教えてもらえないから、せっかくやる気があっても、上達する時機を失ってしまう。
さらに「学校」では「絵」を描くこと自体があまり必要ではないとされており、
国語や数学や社会といった一般的な授業の中に埋もれてしまうのである。


さて、素描というのは「あらあら」「大まかに」絵を描くことである。
「適当に」「いいかげんに」「でたらめに」という意味ではない。
この点も間違いのないようにしたい。

決して「緻密(ちみつ)に」ひたすら「描き込む」作業ではない。

対象を大ざっぱに描くことが大切なのだ。


そのためには「観察」することがとても重要なのである。

たとえば動物園のゾウの全身を真横から見たところを描きたい場合、
どの部分から描き始めるだろうか?
  • 鼻?
  • 目?
  • 耳?
  • 足?
  • 背中?

……と、こんなふうに考えていてはダメなのである。

鼻から描き始めれば「ゾウの鼻」の絵になってしまうし、
耳から描き始めれば「ゾウの耳」の絵になってしまう。

描きたいのは「ゾウの全身を真横から見たところ」なのだ。

だから、まず、「ゾウの全身」を「観察」しなければならない。

どのように見えるだろうか。

大まかにいうと、横に長い長方形の中にゾウの全身が納まるはずである。

背中は緩やかなカーブを描いて膨らんでいる。

……

たったこれだけの情報でも、ゾウの全身を観察したことになる。

続けてみよう。

ゾウのお腹は背中と同じくらいのカーブを描いている。

お尻も緩やかなカーブに見える。

なるほど、長方形というよりは楕円形に近い。

……

こうして「観察」した結果を紙に描いていくのだ。

初めは大ざっぱに、ゾウの体長と体高に合わせた長方形を描き、
全体の輪郭をなぞるようにして楕円形に置き換えてみる。

このとき、細かいところを描こうとしないことが大切である。


楕円形をゾウの実際の形に「似せていく」ように何度も鉛筆でなぞるのだ。
ごちゃごちゃしてきたら消しゴムで不要な部分を「削り取る」ように消そう。

すると、その何度も重ねて描かれた線は、たしかにゾウの形に近づいていく。

頭部も丸みを帯びている。

足は円柱のようなものが4本。

鼻はやや先細りの円柱が地面に届くくらいの長さ。

……


初めから細かいところを描いたり、意識したり、観察しようとしたりしてはいけない。

大ざっぱに描く。これがデッサンなのである。

デッサンの本質は「観察」であり、「描く」ことよりも重要なのだ。




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