もしスランプに陥ったら


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スランプは自ら作り出してしまうものである。

「時間」がそれを解消してくれるかもしれない。


「自分の好きなものを描いていればいい」

「描きたいものを描けばいい」

「いつものように描けばいい」


「仕事」を別にして本来、絵を描くというのは自由に行ってよいものである。

「当たり前」のことであるにもかかわらず、人はスランプに陥ってしまう場合がある。

描くのが「嫌」になったとか、直接的な負担を感じたからではない。


自分が描きたいと思っているタイプの絵であっても、
それが本来の自分の絵とわずかにでも異なるものであれば、
それを描き続けることはストレスになるのだ。

さらに、他人の絵を見たときに、その嗜好や傾向などを分析することがあるが、
それらの要素を自分と比較して「劣等感」や「違和感」を覚えるケースも少なくない。


もともと絵を「完璧に似せて描く」ことは原理的に不可能である。

コピー機を使ったとしても、オリジナルの絵は劣化してしまう。

「完璧に」という考えがいけないのだ。


自分はどうしてもあの絵を描くことができないとか、
似せようとする努力はむなしいとか、
もう自分の絵には価値がなくなったとか、
いったんスランプに陥るとどんどん悪いほうへ転がってしまう。


そんなときは一度、絵を描くことから離れてみよう。

完全に離れてしまうのではないかと心配する必要はない。

「忘れようと努力」しても、脳の記憶はそう簡単に失われないからだ。


そして絵を描く気になったら、そう、難しい思いをして「挑戦」する必要はない。
今まで自分が描いていた絵をなんとなく描いてみるだけでよい。
それを何かと比較しなくてもよい。
それはそのとき描いた絵として見ればよいのである。


自分の限界を超えて、自分の絵ではない絵を描こうとするのは苦痛である。
極端な「完璧主義」に走る必要はまったくないのである。

スランプに陥ったときは、他人の意見に耳を傾けないほうがいいかもしれない。
どんなに優しい励ましの言葉をかけられても、プレッシャーになる恐れがあるからだ。

スランプは自分自身が起こしているものであり、他人がどうこうできるものではない。


「時間」が、苦痛から解放させてくれるはずだ。




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