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あすぴん特別編 - 寝顔が予告した死

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あすぴんは結婚1年目のごく普通のサラリーマン。
明るく社交的で、ごく優しい好青年である。

妻のあすさんは、あすぴんが通っていた精神病院で知り合った少女。
内向的だが口数は多く、あすぴん以外の存在が目に入らないという一途な性格である。

二人はマンションの11階に住んでいる。


毎朝あすさんは夫よりも早く起き、彼の寝顔をカメラで撮影することを日課としていた。
寝顔をプリンタで印刷し、毎日欠かさずアルバムに収めていたのである。

あすぴんは当初、そのような妻の行動を不思議に思ったが、愛情表現の一つであると認識し、
毎朝自分の顔を楽しそうに撮影してくれる彼女を快く受け入れていた。




今日もいつものように彼の寝顔を撮影したあすさんは、朝食の準備を済ませ、
まだ寝ているあすぴんを起こすためにベッドに飛びかかった。

あすぴん「うはwwwwwwwwwwwwwwwwwおkwwwwwwwwwwwwwwwwwっうぇ」
あすさん「ねぇあなた、早く起きて一緒にお食事しましょ。今朝はビーフシチューよっ!」
あすぴん「ちょwwwwwwwwwwwwwwww朝からそんなものwwwwwwwwwwww」
あすさん「レトルトだけど、ごめんね」
あすぴん「そこが問題かよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
あすさん「納豆も食べる?」

いつも笑顔を絶やさない二人は、頭のおかしな部分もあるが、周りからはうらやましがられるほどの仲であった。


食事を済ませたあすさんは会社に行く準備を始め、顔を洗ってリビングに戻ってきた。
あすさんは夫の今朝の寝顔をプリントしていた。
しかし、印刷された写真を見たあすさんは恐怖に震え上がった。

あすさん「いやっ……、ちょ…………っ……。う、うそでしょ………」


そこに写し出された夫の寝顔が、鮮血のような赤い光に覆われていたからである。
まるで夫の最期の姿のように見えたあすさんは、恐怖のあまり声も出なかった。


あすぴんは準備を済ませ、玄関で靴を履いているところである。

あすぴん「じゃあ、行ってくるよ。懸命に留守番を頼むよ。……ん?」
あすさん「………待って。少しだけ待って……お願い……」

愛する夫の身に何か悪いことが起こるのではないかと心配になったあすさんは、
その写真を見せ、不安の思いを必死に伝えようとする。


あすさん「不安なの……今までこんな写真……なかった……。すごく不安……」
あすぴん「これ、ビーフシチューをこぼしただけじゃ………」
あすさん「こぼしてないわ……。第一、匂わないでしょ………」
あすぴん「そうだな…。紙とインクの匂いしかしないな…」

妻のことを非常に大切にしているあすぴんは、この異常な事態を慎重に受け止めた。


あすさん「気をつけて……。あなたにもしものことがあったら……………私……」
あすぴん「大丈夫。僕はいつだって“もしものこと”に気をつけて行動しているよ」
あすさん「あすぴん………」
あすぴん「その写真が撮られなかったとしても、僕はいつも手を上げて横断歩道を渡っているし、
 左右の確認も怠らない。バスに爆弾が仕掛けられていないかチェックもしてる。
 道を歩きながら電話をするという危険なことはしない。ちゃんと立ち止まって話す。
 落し物を拾ったら交番に届けるし、泣いている子を見つけたら助けてあげるつもりさ。
 もし娘が誘拐されたとしたら全力で取り返しに行くぞ!!!!!あとは……」
あすさん「…うん…。そうね…。ありがとう。ちょっと安心したわ……」
あすぴん「僕はむしろきみのほうが心配だ。今日はずっと家にいたほうがいいよ」
あすさん「………ありがと……。そうする……」
あすぴん「じゃあ、いってくるよ!」
あすさん「気をつけてね……」

あすぴんは妻の肩に両手を乗せ、気合を入れてから出ていった。


玄関で20分くらい話をしていたのだろうか。
ほとんどあすぴん自身が話していたのであるが、電車に遅れてしまいそうになった。

あすぴん「ふう……。遅刻することのほうが危ないな……」


電車の窓に映る自分の顔を見つめるあすぴん。
彼もあの写真のことが気になっていた。


あすぴん「あれは……心霊写真か? 僕の死を予告するという……。
 そんな都市伝説……。よくあるオカルトか何かじゃ……」

たとえ信じていなくても、実際に不可解な写真を見せられると気になるものである。
あすぴんはいつもより緊張し、周囲を警戒していた。


あすぴん「顔面が血まみれになって死ぬ……。顔面を何かに強くぶつけるのか……?
 電柱に衝突する。バットで殴られる。いや、死ぬと決まっているわけじゃないか……
 顔が二目と見られぬひどい姿になるのか……。きついな……。鼻血が出るくらいにしてくれ……」

彼もまた心配性であり、妄想を勝手に膨らませてしまうタイプなのである。
やがて降りる駅となり、足早に会社へ向かっていった。


会社のあるビルが見える。だが電車を2本も乗り過ごし、遅刻の危機が迫っている。

あすぴん「遅刻はまずい。僕は学校で遅刻だけはしなかったんだ。欠席や早退は多かったが…ああっ…」


「ウホホイウッホ……ウホホホホ……」


急ぐ彼のカバンの中で突如、携帯電話が鳴った。ゴリラの着信音である。
本来ならば一刻も早く会社へ向かうべきである。
しかしあすぴんの直感はそれをとどめた。
インベントリを開き、携帯電話を取り出した。

「ウッホホウッホ……ウホホ…ピッ」

あすさん「あすぴん………!」
あすぴん「………あすさん!」

彼は心の中では妻からの連絡を待っていたのだ。


あすさん「いきなりごめんなさい……。どうしても……どうしても心配で……」
あすぴん「いいんだ…。僕もちょっと怖くなって……」
あすさん「大丈夫?」
あすぴん「大丈夫。なんともない。いま会社に入るところさ」
あすさん「よかった………」
あすぴん「きみの声を聞きたかった……」
あすさん「ほんとに大丈夫?」
あすぴん「僕は大丈夫。……しかし……」
あすさん「え? しかし? なに?」
あすぴん「いやぁ……、会社におくr………」


「ズガシャーン」


あすぴん「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あすさん「え………」


爆弾が爆発したような音が周囲に鳴り響いた。
一瞬にして静まり返り、状況はすぐに把握できた。

あすぴんが今まさに入ろうとしていたビルの正面玄関。
そこがメチャクチャに破壊されている。
乗用車が猛スピードで突っ込んだためであった。


あすさん「あすぴん! あすぴん! あすぴん! どうしたの!?返事をして!!!!!」

静寂に包まれたため、携帯電話のスピーカーから発せられたあすさんの声が周囲にも聞こえる。
通行人、いや、周囲のすべての建物にいる人がその場を見つめていた。


あすぴん「……………………」
あすさん「ちょっと……やだっ……、いやあああああああああああああああああっ」


携帯電話から漏れるあすさんの悲鳴以外は聞こえない、静まり返ったオフィス街。
誰も声を出せない。
ただその凄惨な現場を見つめていた。


あすさん「やだよ!!約束したじゃない!!なのになんで………」
あすぴん「……約束……守ったよ……」
あすさん「あすぴん!!!!!!!!!!!」
あすぴん「携帯を取り出すために立ち止まったおかげで、命拾いしたよ……
 あすさん……、今日はきみに救われたのかもしれない……」
あすさん「あすぴん……」


電話に出た位置と玄関までの距離を考えて、もし立ち止まらずに歩いていたら、
間違いなく事故に巻き込まれていたということを、あすぴんはすぐに理解した。


あすぴん「……とまぁ、信じられないような光景だが……僕は無事でいる。きみは?」
あすさん「私は大丈夫。ただあなたのことが心配で………。無事だったのね……よかった……」



その後、事故の調査が終わり、報告を受けたあすぴんは驚いた。

乗用車を運転していた男性は酒を飲み、顔が真っ赤になるほど酔っていたという。
男性は即死。顔を強く打っており、血まみれの状態であった。

今朝撮られた自分の寝顔と重なったのは、いうまでもない……。


あすさん「まだ帰れないの?」
あすぴん「すまない…。現場検証で警察からいろいろ聞かれている。
 こんな事故があって会社のみんなも混乱しているんだ……」
あすさん「そう……気をつけてね……」
あすぴん「今日は帰りが遅くなってしまうから、きみも気をつけるんだよ。
 水道を出しっぱなしにしていないか? 戸締りにも注意するんだ。ベランダとか…
 ああ、今すぐ確認したほうがいい!」
あすさん「うん。あなたが言うんだもの。今すぐ確認するわ」

二人は、今朝の不安がこのような形で現実のものとなったことを知ったため、
内心ホッとしたようである。あすさんの声はいつもの調子に戻っていた。


あすぴん「まず台所だ。次にトイレ。異常はないかね?」
あすさん「大丈夫。異常なし」
あすぴん「玄関に鍵はかけてあるか?」
あすさん「大丈夫。あなたが出ていってから一度も開けてないわ」
あすぴん「よし。ベランダの窓の鍵もチェックするんだ。ああ、そうそう、
 ハーブの土が乾いていないか? 鉢植えも見てほしい」
あすさん「うん。今から見る」
あすぴん「暗いから気をつけて。ちゃんと電気をつけて……落ちないように…」
あすさん「まさか落ちるわけな……キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
あすぴん「あ、あすさん!??!?!!?」

一体なにが起こったのか。
今まで聞いたことのない、あすさんの絶叫であった。


あすぴん「ちょっと待て! 今は冗談はやめろ! いくらなんでもきつすぎ……る…」


あすさんは見てしまった。
窓を開けたとき、今まさに下の階からベランダをよじ登ってくる男と目が合ったのだ。
男はそのまま転落。
11階から夜の闇へと消えていったのである。
あすさんは気を失い倒れてしまった。

あすぴん「今いくからな……」


あすぴんがマンションに駆けつけたときには、周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。
パトカーの回転灯に照らし出される見慣れたはずのマンションの壁は赤く染まっていた。


あすぴん「一体なにが始まるんです?」
警察官「空き巣のようです。マンションから転落して、そこで発見されたんです。即死です」
あすぴん「………私の妻は!?」
警察官「ええ、ああ、奥様は無事です。空き巣の目撃者がいましてね。階と部屋はすぐ特定されたんです。
 それですぐに安全確認をしたところ、女性がベランダで倒れていた、と」
あすぴん「今どこ??」

あすぴんはいつもより3倍熱くなり、あすさんを捜し求めた。


警察官「ちょっと気分が悪いそうで、救急車内で横になっておられます」
あすぴん「あぁ……あすさん……」

長い一日を終えて再会する二人。
夫の帰りを待つ妻という本来の姿とはかけ離れた再会であった。


あすさん「……あすぴん……。私…………」
あすぴん「何も言わなくていい…。無事でよかった……よかった……」
あすさん「あすぴんが無事でよかった……」
あすぴん「ああ……感謝してるよ……。あすさんに救われた……」
あすさん「私も……。あすぴんに電話で指示されてなかったら……きっと今ごろ……」
あすぴん「そういうことは考えるな。考えるな。もう、終わったことだ……」

震えるあすさんを介抱するあすぴん。


警察官「…あぁ、こりゃ顔からいってるな」
警察官「11階から……見られたもんじゃない」
警察官「身元の特定は…面倒だな。もっと目撃者は」

死体の様子なのであろうか。警察官の話が聞こえてくる。


あすぴん「あの、空き巣って……ひょっとして顔面が……。あ、いえ、なんでも……」
警察官「ええ、まぁ普通は顔で身元が割れるもんなんですけどねぇ、
 持ち物もなくて顔もわからないとなると大変なんですよ」
あすぴん「…………………」




その後あすさんは、あすぴんの寝顔を撮るのをやめたそうである。





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