詩百篇第2巻2番


原文

La teste1 blue2 fera3 la teste4 blanche
Autant5 de mal que France6 a fait7 leur bien.
Mort à l'anthenne8 grand9 pendu sus10 la branche11,
Quand12 prins des13 siens le roy14 dira combien.

異文

(1) La teste : La Teste 1594JFp.172
(2) blue : bleue 1588Ro 1589Me 1590Ro 1597Br 1606PR 1607PR 1610Po 1644Hu 1650Ri 1981EB, bleüe 1589Rg, bleuë 1590SJ 1594JF 1627Ma 1627Di 1649Ca 1650Le 1653AB 1665Ba 1667Wi 1668A 1668P, glue 1649Xa 1672Ga, bleve 1716PR
(3) fera : sera 1716PRb, faira 1772Ri
(4) la teste : la Teste 1594JF
(5) Autant : Auant 1627Ma 1627Di 1650Ri 1653AB 1665Ba
(6) France : france 1589Rg 1627Di
(7) a fait : à faict 1557U 1557B 1568X 1590Ro 1649Ca 1650Le 1668A
(8) à l’anthenne : à l’automne 1588Ro 1589Me 1589Rg, l’automne 1612Me, à l’auton. 1594JF, à l’Anthene 1605sn 1628dR 1649Xa, a l’Anthene 1672Ga, à l’Antheve 1716PR
(9) grand : Grand 1594JF
(10) sus : sur 1590Ro 1590SJ 1594JF 1627Di 1644Hu 1649Ca 1650Le 1653AB 1665Ba 1668A 1668P 1716PRc
(11) branche : brance 1557U 1568X
(12) Quand : Quant 1589PV
(13) prins des : des prins 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668A 1668P, pris des 1594JF
(14) roy 1555 1840 : Roy T.A.Eds.

日本語訳

青い頭が白い頭になすだろう、
害悪を。フランスが彼らに善をなしたのと同じくらいに。
帆桁〔ほげた〕には死体が、枝には偉人が吊るされる。
臣下の捕虜(の数)がいかほどかを王が語るであろう時に。

訳について

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「青い法が 白い法に変わり」*1は誤訳。元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳でlawとなっていることを引き継いだものだろうが、なぜtesteがlawになるのか、根拠が分からない。
 2行目 「フランスがよくなるにつれて それだけ悪くなり」も誤訳。autant…que…は同程度を示す比較表現。
 3行目 「アンテナの先で死があり それは枝にかけられている」は、anthenneをアンテナと表記することの当否を措くとしても、grandが訳に反映されていない。
 4行目 「王がみずからその程度をいうときに」も誤訳。diraは確かに「言うだろう」という意味もあるが、prins des siensがまったく訳されていない。

 山根訳について。
 3行目 「死が枝にぶらさがる大きな触角(アンテナ)から」*2は、エリカ・チータムの英訳を踏まえたものだが、antenneは古語でも現代語でも女性名詞なので*3、grand もpenduも男性形であることとは整合しない。前半律の区切れ目から考えても、antenneとgrandを結びつけるのは妥当とは言えないだろう。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニー(1594年)は、青い頭と白い頭をアンリ2世とフランソワ2世とし、彼らを継いだ国王シャルル9世が1568年に危機的状況にあったことと解釈した*4

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、teste glueになっている版を使っていたことから、Glue-headと英訳したものの、何を意味するのか分からないと述べていた。また、後半についても若干の敷衍をしただけで、特定の事件には結びつけていなかった*5


 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、フランス革命と解釈した*6
 白い頭と青い頭をそれぞれどう結び付けるかはともかく、セルジュ・ユタン(1972年)、 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)、ミシェル・デュフレーヌ(1999年)もフランス革命とする解釈を展開した*7

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、青い軍帽(ベレー帽)をかぶった者が白い軍帽をかぶった者に勝ち、無線通信(radio)が沈黙している時に支配者が人質にされる、と解釈した*8
 この解釈は、具体的な史実と結び付けるものではなかったが、その日本語版では、青い軍帽をアメリカ、白い軍帽をドイツとし、フランス解放の予言とする解釈に修正された*9
 夫婦は、死後吊るされたムッソリーニの処刑と結び付け、 もそのまま踏襲した*10

 エリカ・チータム(1973年)は、特定のモチーフとは結び付けなかったが、3行目のanthenneを現代的な意味の「アンテナ」と解釈して、無線通信やその類似技術の描写と解釈した*11
 しかし、のちには、白い頭をアヤトッラー、青い頭をペルシアとし、イラン革命後から近未来にかけてのイラン情勢とする解釈に差し替えられた*12
 日本語版でもイラン情勢とする解釈になっているが、アメリカがイランに核攻撃を加えるというかなり過激なものとなっている。

 ジョン・ホーグ(1997年)は、アンテナをテレビなどの無線技術と結び付けつつ、事件そのものは「青いターバンのシーア派イスラームと白いターバンのスンニー派の衝突」「タリバンなどのイスラーム・ゲリラの行動」「青帽をかぶった国連軍がイスラーム圏に行う軍事行動」の3通りの可能性を挙げた。また、時期については詩番号から2002年の可能性があるとし、「新世紀〔=21世紀〕最初の数年は、イスラーム系テロリストとのクライマックス的対決の申し分ない好機」と述べていた*13


【画像】 中田考 『タリバン 復権の真実』

懐疑的な視点

 antenne が現代的な「アンテナ」を指すかどうかについては、antenneの記事を参照のこと。

同時代的な視点

 エドガー・レオニは白と青の意味するものが不明瞭とし、白がフランスと結び付けられる可能性を示しただけだった*14

 エヴリット・ブライラーは、白と青をともにカペー朝の分家であるブルボン家(紋章が青)とヴァロワ家(紋章が白)と解釈し、パヴィアのの戦いにおいてブルボン大元帥が裏切ったことと、国王フランソワ1世が囚われたことと解釈した*15

 ピエール・ブランダムールは、ノストラダムスの晩年の暦書
  • 同じく破滅的な戦争はペルシアで、白いターバンを着ける人々と青ないし空色のターバンを着ける人々の間で引き起こされるだろう(『1565年向けの暦』)
  • 七二年〔=1572年〕の期限までに、白い頭と青い頭、ないしは白色と空色との間で大きな不和が始まり、それは彼らにとって最大の事件となるだろう(『1566年向けの暦』)
といった言及を引き合いに出し、青い頭を青いターバンのペルシア人、白い頭を白いターバンのトルコ人と解釈した*16


【画像】 林佳世子 『興亡の世界史 オスマン帝国500年の平和』

 その上で、フランスとオスマン帝国が同盟関係にあった(善をなした)ことと対比し、オスマン帝国(トルコ)とサファヴィー朝ペルシアとの対立を描写したものと見なした*17
 この解釈は、高田勇伊藤進ブリューノ・プテ=ジラールジャン=ポール・クレベールリチャード・シーバースらが踏襲した*18
 ピーター・ラメジャラーは、白と青の解釈を踏襲しつつも、『ミラビリス・リベル』に描かれたイスラーム勢力による欧州侵攻のモチーフも部分的に反映されていると解釈した*19


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最終更新:2022年02月10日 00:57

*1 大乗 [1975] p.71。以下、この詩の引用は同じページから。

*2 山根 [1988] p.79 。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 DALF, T.08, p.130

*4 Chavigny [1594] p.172

*5 Garencieres [1672Ga]

*6 Fontbrune (1938)[1939] p.80

*7 Hutin [1972], Hutin (2002)[2003], Fontbrune [1980] p.108, Fontbrune [2006], Dufresne [1999]

*8 Roberts (1947)[1949]

*9 ロバーツ [1975][

*10 Roberts (1947)[1982], Roberts (1947)[1994]

*11 Cheetham [1973]

*12 Cheetham (1989)[1990]

*13 Hogue (1997)[1999]

*14 Leoni [1961]

*15 LeVert [1979]

*16 暦書の引用は高田・伊藤[1999] p.113の訳文による。

*17 Brind’amour [1996]

*18 高田・伊藤[1999]、Pete-Girard [2003], Clébert [2003], Sieburth [2012]

*19 Lemesurier [2003b], Lemesurier [2010]