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 [[第1巻>百詩篇第1巻]]・[[第2巻>百詩篇第2巻]]・[[第3巻>百詩篇第3巻]]・[[第4巻>百詩篇第4巻]]・[[第5巻>百詩篇第5巻]]・[[第6巻>百詩篇第6巻]]・[[第7巻>百詩篇第7巻]]・[[第8巻>百詩篇第8巻]]・[[第9巻>百詩篇第9巻]]・[[第10巻>百詩篇第10巻]]・&bold(){第11巻}・[[第12巻>百詩篇第12巻]]
 
  [[ミシェル・ノストラダムス師の予言集]]の&bold(){詩百篇第11巻}(&bold(){百詩篇第11巻})は、2篇の四行詩しか現存していない。それ自体がノストラダムスの生存中はおろか、死後2年目の最初の完全版にすら収録されておらず、正編と認められていない。
 
  最初に公表したのは[[ジャン=エメ・ド・シャヴィニー]]で、1594年のことだったが、本当にノストラダムスが書いたかどうか自体が疑わしく、第11巻と第12巻は正当性が全くない。最初に紹介したシャヴィニーはノストラダムスの詩篇の偽造を行ったことがあると疑われており([[予兆詩旧2番]]参照)、第11巻と第12巻についても同様に偽造された疑いをかけてしかるべきであろう。
 
  仮に本物だとしても、シャヴィニーは解釈の際にかなりの改変を加えることが度々あったので、これらの詩篇についても、解釈のために改変されている可能性は視野に入れる必要がある。反面、シャヴィニーが引用したのは全て「過去編」(1534年-1589年)の詩篇のため、未来を描いていると判断された詩篇が省かれた可能性がある。つまり、本物ならば、この13篇以外の素材もシャヴィニーの手許に伝わっていたと考えられる。
 
  また、[[エドガー・レオニ]]がいくつかの詩篇の解説で指摘したように、特に第12巻には予兆詩にスタイルの近い、断片的なイメージを連ねた詩篇が見られる。描かれているモチーフも、多くは当時の宗教戦争と解釈できるものである。これらからは、仮に本物だったとしても、それは百詩篇用の草稿ではなく、暦書に今後掲載しようとしていた(もしくは過去に出版されず廃棄された)予兆詩の草稿だった可能性が想定できる。
 
  このように第11巻と第12巻をめぐる論点は多いが、実証的な論者はほとんど触れてこなかった素材でもある。
 
- 1611年以降の版には六行詩集に「詩百篇(百詩篇)第11巻」と銘打っているものがあるが、それについては[[この世紀のいずれかの年のための驚くべき予言]]を参照のこと。
+ 1611年以降の版には、六行詩集に「詩百篇第11巻」と銘打っているものがあるが、適切な位置づけとは思えない。それについては[[この世紀のいずれかの年のための驚くべき予言]]を参照のこと。
+
+ なお、[[五島勉]]は、第11巻・第12巻の全200篇がかつて揃っていた版があったと主張し、その断片を紹介したが、ほぼ間違いなく捏造であろうと思われる。それについては[[セオフィラスの異本]]を参照のこと。
 
 *全訳
-詩番号にリンクが貼ってあるものは、別ページに解説を用意してある。リンク先の各詩の底本は1594JFである。 
+ 詩番号にリンクが貼ってあるものは、別ページに解説を用意してある。リンク先の各詩の底本は1594JFである。 
 
-[[91>百詩篇第11巻91番]]
+[[91>詩百篇第11巻91番]]
 メニエ、マンチ、そして第三の者が来るだろう、
 ペスト、新たな騒乱、囚人たちを妨害するために。
 エクスとその一帯、その内部を憤怒が侵食するだろう。
 そして、[[フォカエア人]]が彼らの災禍を倍加させに来るであろう。
 
-[[97>百詩篇第11巻97番]]
+[[97>詩百篇第11巻97番]]
 [[ヴィルフランシュ]]経由で、[[マコン]]に混乱が。
 兵士たちは柴の束の中に隠されるだろう、
 初めの季節に王のために変える(目的で)。
 [[シャロン]]とムーランでは全てが細切れにされる。
 
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